06/12/22 22:24:40 rQjrIXXq
雪が溶けて、春の息吹がエドワード家の農場にも感じられるようになりました。
「アン、私達これから綿畑に行くから、アダムのこと見ていてね」
父親のジョナサンと母親のメアリーに手を引かれた末っ子でまだよちよち歩きのアダムが、
きゃっきゃっと笑いながらアンに抱きつきます。
アダムの相手をするのは元々アンの役目ではありませんでした。でも泣き止まないアダムが、
アンに抱きつくと不思議と泣き止んでご機嫌になるものですから、メアリーの
「アンがこの子を見てくれたら助かるわ」の一言で、まだ小さいアンの役目になりました。
母屋の隣にある藁をいっぱいに敷き詰めた納屋での添い寝は、アンとアダムのお決まりの日課です。
陽光がふたりを優しく包み、アダムは眠っていてもアンの耳を握ったり、
お乳のように吸ったりしています。
ある初夏の日には納屋に忍び込んだ毒蛇を、アンが踏みつけて退治したこともありました。
農場の草の色が少しずつ黄色に変わり始めた頃から、エドワード家の食卓が
目立って寂しくなりました。今年は綿の収穫が少なかった上に、ジョナサンは借金を
たくさん抱えていたのです。
冷たい風に雪が混じる様になった頃から、ジョナサンのお酒の量が増えてきて、メアリーや
アンにまでつらく当たる様になりました。でも、すぐにお酒を買うお金も失くなりました。
農場がすっかり雪で覆われた夜のことです。家にある最後のお酒を飲み干し、覚束ない足取りの
ジョナサンがアンに散弾銃を向けたとき、アンは恐ろしさのあまり足が竦んで動けませんでした。
銃声が農場に轟きました。
「許してくれ…本当はお前とあと一匹雄豚を飼って、子豚を増やそうとしたんだが…。お前を食べないと、
私達一家は冬を越せないんだ…」
厳しい冬がやっと終わり、農場にまた春が訪れました。アンとアダムが仲良く昼寝をしていた
納屋に柔らかい陽射しが差し込んでいます。そこではアダムが独り藁の中ですやすや眠っています。
もうすっかり干からびて硬くなったアンの耳を握り締めて…