ラノベ・ロワイアル Part10at MAGAZIN
ラノベ・ロワイアル Part10 - 暇つぶし2ch74:リーディング・カラケ(なぜか変換できない) ◆l8jfhXC/BA
07/02/03 22:52:03 uEjsekvt
「着ぐるみが脱げなくなって、混乱していた可能性もありますわ。
それに、着ぐるみが邪魔だったけれど、何かを必死で伝えたかったのかもしれませんし。……たとえば、好意などを」
「何ー!?」
「いや、それはさすがに飛躍しす……」
「飛びかかってきたんでしょう? 抱きつこうとしたのかもしれませんわよ?」
「んなまさか、千里が浮気など……!?」
「吊り橋効果ってよくいいますし……こんな美形な方がいたら、心も動くんじゃないですのー?」
「千里―っ!?」
 叫び、出雲は頭を抱えて悶え出した。
 それを追いつめた当人がにやにやと眺める場面は、とても殺し合いゲームの最中とは思えない。
 と、不意にその笑みがギギナの方へと向けられた。
「……これでまともに話せますわね」
 その呟きと同時に、アリュセの足が大地からわずかに浮いた。
 そのまま空中を滑るように移動して、ギギナの足下に着地する。
「今なら、横やりなしで情報交換できますわ。
覚は忘れてるようですけど、その着ぐるみならあたし達も見てますもの。あんな体格、人間ではありえませんわ」
「……意図的に誘導したというのか? 貴様、その姿は咒式か何かの偽装か?」
「偽装? あたし十歳だから難しいことはわかりませんわ」
 白々しい答えとは裏腹な艶っぽい笑みを浮かべて、彼女は対話を続ける。
「ともかく、他の二人の方についても教えていただけません?
もし知っていれば遠慮無く話しますし、知らなくとも今後出会うことがあれば、あなたのことを伝えておきますわ」
「……条件は何だ?」
「見返りなんて求めませんわ。強いて言うなら、あたし達とその知人に危害を加えないことですけど。
あたしはただ、できる限り多くの方の助けになりたいだけですもの」
「こんな闘争の場で、か?」
「状況によって信念を変えられるほど、あたしは器用じゃありませんもの」
 疑念に返ってきた苦笑は、少し弱々しく見えた。しかしすぐに元の微笑に戻り、こちらの返答を待っている。
 まっすぐにこちらを見る目に、嘘はないように思えた。そこには確かに、確固たる信念を貫き通せる意志が見える。

75:リーディング・カラケ(なぜか変換できない) ◆l8jfhXC/BA
07/02/03 22:52:44 uEjsekvt
「……探しているのは、クエロという女と、クリーオウという小娘だ。特徴は―」
 己の判断を信じて、ギギナは二人の情報を告げた。
 並べ立てられた特徴を、アリュセは真剣な面持ちで聞いていた。
 しかし最後まで伝え終わると、彼女は少し申し訳なさそうな顔をして、
「残念ですが、どちらの方の情報も持ち合わせていませんわ。
少し前までここにいた、もう一組の参加者達でしたら、何か知っていたのかもしれませんが……」
「あのロリコンビとは危険人物の話しかしなかったもんな。
今考えれば、問答無用で殴りかかってきたあいつら自身も危険度高いと思うんだがどうよ?」
「……その方々に問答無用でバニースーツを勧める方よりは、危険度低いと思いますの」
 唐突に、ふたたび出雲が会話に割り込んできた。
 アリュセに半眼で睨まれても、先程と変わらず平然としている。確かに様々な意味で危険と言えた。
「案外早く復活しましたのね」
「さっきは狼狽えてしまったがもう大丈夫だ。
俺は千里の心を信じる! 千里の愛の実在を証明してみせる!」
「主催者辺りに見せつけると、効果的な気がしますわね。……脱力効果で」
 意気込む出雲に、アリュセは大きなため息をついた。
 それで諦めたらしく、彼を無視してふたたび視線をこちらに向ける。
「では、その方々に出会ったらあなたのことを伝えておきますわね」
「いや、クエロは危険人物だ。私のことを伝えればろくなことにならんだろう。
クリーオウの方は、オーフェンという人物から捜索を依頼されている。
私よりも彼の名前を言って、出来ればE-5の小屋に行くように伝えてほしい。
彼女はくれぐれも丁重に扱え。我が娘の恩人の探し人だからな」
「娘? アリュセ並の子供がまだいたのか? つくづく趣味悪ぃ主催者だな」
「参加者ではない。許し難いことに支給品として他人に配給されていた」
 そう言ってヒルルカを保護しているデイパックに視線を向けると、二人は怪訝な顔をした。
「支給品って……呪術でもかけられたんですの?」
「いや、救出してすぐに健康状態は確認したが、異常はなかった。
重傷も尊い犠牲と温情によって癒された。私が生んだ椅子だ、これ以上は傷つけさせぬ」
「…………い、いす?」
「椅子だが?」
「えっと、座る、あの?」
「椅子だ」

76:リーディング・カラケ(なぜか変換できない) ◆l8jfhXC/BA
07/02/03 22:53:19 uEjsekvt
 断言した直後、アリュセの表情が固まった。
 不審に思い声をかけようとすると、なぜかものすごい勢いで後退された。
 さらにふたたび空中に浮き上がったかと思うと、出雲のいる位置まで高速で逃げ去った。
「なななななんですのこの人は! なんで椅子が娘になるんですの!?」
「落ち着けアリュセ。色々とおかしいが個人の趣味だ。そういうことにしとけ。
深く考えるとこっちが変な時空に巻き込まれる」
「そ、そうですわね。個人の趣味個人の趣味個人の趣味……」
 しゃがみ込んで会話しつつ、恐れ、または哀れみを含んだ視線でちらちらとこちらを見る。
 突然の態度の変化に、疑問符だけがギギナの脳裏に浮かぶ。
 できる限り真面目に対応しているつもりなのだが、何か不備があっただろうか。
「覚はやっぱり慣れてるんですのね……今初めてあなたが頼もしく思えましたわ」
「これくらいのおかしな奴、俺んとこには腐るほどいるからな。
むしろお前が免疫なさ過ぎじゃねえ?」
「免疫なんて普通できませんわ!
……って、もしかして、あたしみたいなまともな世界から来た人の方が少数派ですの?」
「ロリが火球飛ばす世界はまともじゃないと思うんだがなぁ。まぁ、俺んとこはセメントロリが滑空砲ぶっぱなしてるが」
「うわぁ、恐ろしいところですのね日本って……」
 訳のわからない会話を数十秒続けた後、出雲の方がギギナを見据えた。その瞳には、なぜか若干憐憫の色が見えた。
 彼は立ち上がると、表情を引きつらせたアリュセをかばうように前に出て、
「椅子の恩人の知人ってのはあんまり想像したくねえが、会ったらちゃんと伝えておくぜ。
脳がアレな奴を怒らせたくはねえからな」
「……こちらも千里とやらに出会えば伝えておこう。
脳の存在自体が危ぶまれる輩の恨みを買いたくはないからな」
 思わずいつも通りに言い返してしまったが、彼は特に気にしていないようだった。
 というより、それを機に別の何かに気づいたらしい。
「……その言いようで思い出したんだが、佐山・御言って知らねえか? まぁあくまでついでなんだが」
「佐山……だと?」
「お、知ってるのか?」
「早朝出会った。詳細は言いたくもない」

77:リーディング・カラケ(なぜか変換できない) ◆l8jfhXC/BA
07/02/03 22:54:15 uEjsekvt
 尊大な態度と奇妙な物言いで、やる気を徹底的に削いだ男女のことを思い出し、ギギナは眉根を寄せる。
 あの不愉快な少年の知り合いだと知っていれば、そもそもこの二人と話そうとは思わなかっただろう。
「そうか。まぁ、その気持ちはわかるぜ。
人の話は聞かないわ場をわきまえずエロ話するわ惚気るわで最悪の……ってアリュセ、なぜそんな目で俺を見る」
「別に……ただ類は友を呼ぶという言葉の意味を痛感しただけですの」
「るいって誰だよ?
よくわからんが、つまり俺のおかげで一つ賢くなったってことか? おお、すげえぞ俺!」
「ええ、本っ当に凄い人ですわ……」
 アリュセのため息と共に呟かれた言葉に、ギギナは胸中で同意した。
 彼は佐山とは別の意味で、関わりたくない奇人だ。
「……では、私は行く。協力には感謝しよう」
「こちらこそ、ありがとうございましたわ。
あなたの価値観は、ええと、よく理解できませんでしたけど、ご武運を」
 穏やかな、しかしどこか恐れるような声を疑問に思いながら、ギギナは荷物を持ち直して歩き出す。
 具体的な目的地はない。非力な人間が隠れていそうな建物を、しらみつぶしに覗いていくしかないだろう。
(ガユスならば、もっと効率のいい探索方法を思いつくのだろうな)
 そんなことを考えてしまい、ふたたび苛立ちを覚えては唇を噛む。
 口うるさい相棒がいないことが少し、本当に少しだけ悔やまれた。



【E-4/倉庫入口前/1日目・18:40】
【ギギナ】
[状態]:静かなる怒り
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系5発分、生体変化系5発分))
[思考]:人がいそうな場所をしらみつぶしに探す。
    クエロとガユスとクリーオウの情報収集。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まればする)。クエロを警戒。

78:リーディング・カラケ(なぜか変換できない) ◆l8jfhXC/BA
07/02/03 22:55:26 uEjsekvt
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水500mm)、炭化銃、うまか棒50本セット
[思考]:千里、ついでに馬鹿佐山と合流。
    クリーオウにあったら言づてを。ウルペンを追う。アリュセの面倒を見る

【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1000mm)
[思考]:覚の人捜しに付き合う。できる限り他の参加者を救いたい。
    クリーオウにあったら言づてを。ウルペンを追う。覚の面倒を見る。

79:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 02:57:53 6oecZmsd
 人は本当の恐怖と相対した時、どんな反応を示すのだろう?
 震えるか? 立ち竦むか? 命乞いか? はてまた崇めるか?
(違う)
 ウルペンは首を振った。
 それは単純なものではない。そんなひと言で表せるようなものではない。
 体が震えている。もとより体は五体満足よりほど遠い。だが、彼を苛んでいるのは体の欠損などではない。
 眩暈がする。吐き気がする。脳が裏返り、地面を足が掴んでいられない。
 生きたまま内臓を全て引き抜かれるような激痛と虚脱。体がくの字に折れ、自然と視界が下を向く。
 足下には仮面を被った死体がある。エドワース・シーズワークス・マークウィッスル。その骨と皮。
 念糸は強力な武器だ。そして訓練された念糸使いが用いれば、不可避の武器にすらなる。
 速度、距離、隔てる物質―すべて無効化し、念糸は相手に届く。
 もとよりそれは思念の通路。耳を塞いでいたって言葉は届く。だから念糸は如何なる手段であっても防げない。
 ―本当に?
 本当に、死んだのか?
『未来永劫、お前は何も信じられまい』
 EDの視線と言葉は極めて鋭く、それはまるですり抜けるようにウルペンの心臓を突き刺した。
 動揺と激しい動悸に、ウルペンは知らず呼吸を乱す。
 空気が足りない。血液が足りない。光が足りない。全て不足している。
 世界の全てが信用できない。
 呼吸しているのは毒素ではないか? 体を巡っているのは熱湯ではないか? 眼前の世界は虚像ではないか?
 妄想だ。そう一蹴できた。できたはずだ。
 信じることが出来れば。

80:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 02:59:35 6oecZmsd
「はっ―あ」
 喘ぐ。だが取り入れたいのは生存のための酸素ではなく、存在のための真実。
 地面の存在を信じることが出来なければ、人は外を歩くことも出来ない。
 空の不動を信じることが出来なければ、人は空が堕ちてくることを恐れる。
 ウルペンは転がっている骸の脇で膝を折り、その仮面に手をかけた。
(俺の、俺の絶望。それすらも確かなものでは無いというのか?)
 仮面を剥がす為に力を込める。込めたつもりだった。
 動かない。仮面はぴくりともしない。
 だがその理由さえ分からない。仮面がキツイだけか? それとも無自覚の拒絶か?
(これで証明されるのならば―)
 眼球が零れるほど目を見開き、ウルペンはもう一度力を込めた。
 今度は、あっさりと仮面をむしり取ることに成功する。
「……あ」
 そして、直視した。直視してしまった。
「……ああ」
 EDの仮面の下。念糸の効果でミイラ化し、人相さえ分からないはずのその表情。
 だがその眼球は―いまもなお鮮明に、ウルペンを睨んでいる。
 萎んでいるはずの双眸が永劫に彼を糾弾し続けている。
 まるで水晶眼だ。死体は腐敗してもこの視線は不滅だろう。永久にその弾劾を閉じこめたままだろう。
「ひっ―!」
 悲鳴を上げた。弾けたバネ仕掛けのように死体から飛び退く。
 死体から遠ざかり、それでもウルペンは二、三歩よろめくように後退した。
 足りない。どれだけ逃げても逃げられない。
 この死体は死んでいない。
 怪物だ。怪物領域があった。その仮面の下に隠していた!

81:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:01:10 6oecZmsd
「あ、あああ」
 右手を見る。引き剥がした仮面を落としていなかったのは、単純に筋肉が硬直していた所為だろう。
 仮面という単語は、すぐに黒衣を連想させた。逆しまの聖人。その中は空洞だと思わせることで、怪物に皮一枚だけ近づいた者達。
 かつて、ウルペンもその格好をしていた。黒衣の内側。そこは帝都だった。確約された安息の場所。
 震える手で、仮面を自分の顔に押しつける。だが。
「違う!」
 そのまま顔の上半分を覆う仮面を肉に食い込ませるように押しつけ、絶叫する。
「俺が求めていたのは……こんな、ものではっ!」
 かつての安寧はない。あるのはただの寒々しい行為とその感触のみ。
 よろめき、尻餅をつくように座り込むと、ウルペンはそのまま片手で顔を覆った。
 泣くのではない。その撫でるような感触すら信じられないのだから。
(分かっていたはずだった。俺はかつて死んだ。だがここにいる)
 いずれ果たされるべき約束は破られた。契約は信用できない。
 死んだはずの自分が生きている。死してすら確たる物が手に入らない―
『未来永劫、お前は―』
「やめろ……やめろっ……」
 耳朶にいつまでも残響する呪いの言葉を振り払うように、ウルペンはかぶりを振った。じりじりと死体から遠ざかる。
 ED。戦地調停士。己の舌先と謀略のみで問題を解決する者。
 故に、彼の言葉はこの世の如何なる刃よりも鋭い。
 そして、鋭すぎた。振るうのを加減する者が居なければ、それはどこまでも切り裂いてしまう。
 彼の最後の言葉は、放たれた。放たれただけだった。振るう本人が死んでしまったのだから、誰もフォローは出来ない。
 あるいはEDが生存していたのなら、抉られた心を利用することもできただろう。
 それでも現実には誰もいない。EDの残した呪いに縛られているウルペン以外には。
『―何も信じられまい』
「―ぁぁああああああアアア!」
 叫び、駆け出す―EDから受け取った地図を粉々に引き裂き、今しがた侵入してきた地上との出入り口へと。
 怖かった。ただひたすらに怖かった。あの男の言葉が現実になるのが恐ろしかった。
 あの男の地図が真実ならば、あの男の口走った予定は予言になる。そんな気がしてならなかった。

82:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:01:54 6oecZmsd
 地上に出る。清涼な夜気を口にしても動悸は収まらない。ウルペンは走り続けた。
 気が付くと声が響いていた。強い声。どこかミズー・ビアンカを髣髴とさせる。そんな声。
 島全土に響いているのだろう。ウルペンは絶望を叫びながらそれを聞いた―

『忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ』

『あたくしは進撃します』

『あたくしは怒りに身を任せない』

『あたくしは諦めに心を委ねない』

『あたくしを動かすのは……』

『……決意だけよ!!』

「―なにを根拠に信じればいい!」
 立ち止まる。それは息が続かなくなっていたためでもあったが、放送の主に癇癪をぶつける為でもあった。
 何故、そんな言葉が言える。何故、そんな確信を込められる。言葉などというあやふやな物に。
「―いつだって求めてきた! 八年もだ! それなのに見つからなかった!」
 アストラは彼の物にならなかった。
 彼女を愛していた。それだけは確かな物だと信じたかった。
 だが、それを唯一肯定してくれた義妹は、死んだ。

83:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:02:27 6oecZmsd
「おまえの言葉は確かな物か!? アマワに約束でもされたか!? ならばそれは果たされない!」
 帝都は滅び去った。ベスポルトは死んだ。ウルペンは死んだ。約束は果たされなかった。
 地面に膝を突き、狂ったように頭を掻きむしる―髪が引きちぎられる痛みも、今は心地良い。
「おまえの決意とやらは確たる物か!? それが精霊に弄ばれているのだとしてもか!」
 駄々を捏ねる子供のように、ウルペンは吼える。赤く裂けた空に、慟哭を投げかける。
 ―まるで血の色だ。未来を暗示させる。
 これは開幕の宣言となり得ないだろう。ウルペンは胸中でそう断じた。
 これは絶望で塗りたくられる予兆だ。かつて彼の帝都を焼き尽くした二匹の獣。彼女たちと同じ炎の色。
 業火の力―すべてを虚無に飲み込む。
「……殺すまでもない。貴様は散々アマワに弄ばれ、それを決意と勘違いしたまま死ぬがいい」
 鬱憤をすべて吐き出した後、最後にぽつりと付け加える。
 声が小さくなったのは、自身の台詞に覚えがあったからだ。
(精霊に弄ばれ死ぬ、か)
 ―まるで、生前の自分だ。
 吐き捨て、立ち上がる。
 激昂は体力と気力を消耗させた。放送の直前まで眠り続けることとしよう。
 そうして、粉菓子のようなすかすかの決意だけで歩みを始めた時。

84:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:03:36 6oecZmsd
「……見つけた」
 茂みから、金属製の筒のような物を構えた男が出てきた。
 赤銅色の髪。常にやる気のなさそうだった顔は、あの時のまま無表情という絶望に凍り付いている。
 ウルペンは、その男に見覚えがあった。
(……契約者)
 自分の意志は信じられると断言した黒髪の少女。その連れだ。名前は―ハーベイ、とか言ったか。
「……あれからずっとあんたを探してた。叫んでるなんて思わなかった」
 自分自身に確認するような口調で呟きながら、その男はこちらを射程に納めた。
 筒の穴をこちらに向け、殺意を放射してくる。念糸で片腕を破壊したはずだが、いまは五体満足のようだ。
 どうやら叫び声を聞きつけてきたらしい。だが真に恐るべきはこの瞬間にウルペンの近くにいたという幸運よりも、その執念か。
「お前は殺す。けど、その前に答えろ。なんでキーリを殺した」
 表情はほとんど変えないまま、だが強く睨み付けてくる。
 念糸の効果を知り、警戒しているのだろう。武器は例の自動的に動く腕が握っている。
 金属製の筒は、ウルペンも似たような物をこの島で何度か見ていた。
 ボウガンのような武器だろう―威力も速度も桁違いだが。
 何にせよ、すでに照準されているのなら、念糸では対抗できない。
(図らずとも、いままでとは逆の状況になったか)
 命を握られ、質問を強要される。
 それを不快と感じないのは、ウルペンが打ちのめされた後だったからだろう。これ以上は倒れようがない。
 問いに答えるのは簡単だった。だが、その前にすべきことがある。
 ウルペンはかつてのように、質問を投げかけた。
「お前は……確かなものを提示できるか?」
 殺されるかも知れない―
 その可能性はあった。それを恐れる気にもなれないが。
 だが意外にも、赤銅髪の男は律儀に返してきた。僅かに考え込むようにしてから、告げてくる。

85:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:04:44 6oecZmsd
「……面倒くさくて今まで考えないようにしてたけど、無くしてみて分かった。
 俺にもあったんだ。あんなナリでも、キーリは俺にとって大きな存在だった。
 不死人として惑星中を彷徨ったけど、俺はあいつが……あー、なんだ。
 上手く言えないけど、一番くらいに大切だったんだ」
 普段はほとんど無口で、喋ったとしてもぶっきらぼうなこの不死人は、かつて無いほどに長く言葉を紡いだ。
 ―何十年も惑星を歩いて、それ以上の年月を不死の兵士として過ごして。
 殺伐と無味乾燥な日々。戦争中はレゾンデートルの為に何となく殺して、戦後はすることもなく何となく放浪した。
 そして、いつのまにかあの少女がついてきた。兵長を埋葬しに行く途中だった。
 兵長とはそれほど仲が良かったわけではない。当然だ。自分が殺してしまったのだから。
 あるのは罪悪感だけで、言ってしまえば腫物だった。
 過去の清算。埋葬を引き受けたのも、そんな思いがどこかにあったからかもしれない。
 いつからだろう。その気持ちが薄れていったのは。
 いつからだろう。キーリと兵長との三人旅から抜け出せなくなってしまったのは。
 幸せなんてぬるま湯と同じだ。浸かっている間は暖かくても、そこから出てしまえば風邪を引く。
 絶対に、後のタメになんか、ならないのに―
 ……いつからだろう。それにずっと浸っていたいと思い始めてしまったのは。
 ウルペンはそれを聞いていた。僅かに沈黙し、そしてさらに問いを重ねる。
「それは、愛していたということか?」
「……かもな」 
 ハーヴェイもしばし黙考した後、そう返した。
 とても不器用な言葉だったが、それでも確かなものだったのかも知れない。
 だったのかも、知れない。

86:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:05:20 6oecZmsd
 ウルペンは即座に返した。刃の切っ先を向けるように、辛辣に言葉を突きつける。
「ならば、なぜ俺を殺そうとする?」
「……命乞い?」
「そうではない」
 今となっては、死すらも確たる物ではない。
 生命を失っても、こうして動き回るのではないか? そも、今の自分は生きているのか?
 ある意味目の前の不死人よりも、ウルペンにとって『死』は遠い。
「俺を殺して、お前は何か得るものがあるのか? あの娘が帰ってくるわけではあるまい。
 俺が、奪ったのだから」
「……それを殺した本人が聞くかよ」
「問われなければ、解答を得る機会もあるまい?」
「知るか。とにかく、殺す」
「―そうか」
 無感情に即答してくる男を見て―
 ウルペンが浮かべたのは、失望の表情だった。
「ならば、あの娘の意志とやらもその程度のものだったというわけか」
「……ヨアヒムより腹の立つ奴がいるなんて思いもしなかった」
 それが、合図だった。

87:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:06:18 6oecZmsd
 体勢を低くしたウルペンが、ハーヴェイの懐に飛び込んでくる。
 ハーヴェイもそれに反応していた。悠久に近い時を生きる不死人。兵士として過ごした年月は誰よりも長い。
 構えた拳銃を撃つ。遅れて紡がれたウルペンの念糸が放たれる。
 着弾は、やはり弾丸の方が早かった。
 血と、ウルペンの装面していたEDの仮面が飛ぶ。黒衣を身に纏った体がよろめく。
 だがウルペンは絶命していなかった。弾は仮面を掠め、かつて奪われた方の眼球を削っただけである。
 二発目を撃つ前に、念糸がハーヴェイの肩―義手と二の腕の境目を捉える。
「この―!」
 振り払おうとしても、念糸には干渉できない。
 パン、という袋を破裂させたような音。ハーヴェイの右肩が干涸らび、骨と皮だけなる。
 それでも義手は動いていた。肘だけを曲げ、器用にウルペンを狙い―
 その義手をウルペンが掴んだ。袖から覗いた金属骨格に残った指を絡ませ、脆くなった接合部から一息とかけずに千切りとる。
 そしてそれを鞭のようにして、ウルペンは義手をハーヴェイの顔面に叩きつけた。衝撃で金属の指から拳銃がこぼれ落ちる。
 地面に落ちた危険な金属塊を蹴飛ばしながら、ウルペンはもう一度義手を振り上げた。
「……おい」
 だが、それが振り下ろされることはなかった。
 ウルペンの右手首が掴まれている。顔面、それも目の近くを打たれたというのに、ハーヴェイは怯む様子もない。
 驚愕に、ウルペンは目を見開いた。それが隙だった。
 ハーヴェイが手首を掴んだまま背後に回り込み、そのまま俯せに押し倒す。
 そしてトドメとばかりに関節を捻っていく。抵抗しようとしても、力ではウルペンに勝ち目はない。
 不死人が兵器として有効だったのはそのタフネスと、自身が自壊するほどの筋力を容易に発揮できるからだ。
 ハーヴェイは躊躇いもせず、相手の関節を稼働限界以上にねじり上げた。なんら抵抗無く、関節がおかしな方向に曲がる。
 どこか遠くで再度、乾いた音が響くのをハーヴェイは聞いていた。念糸の炸裂音。
 だが痛痒は感じない。痛覚を遮断することは、不死の兵士にとって容易い。
 三撃目を喰らうよりも早く、殺す。抵抗力を奪ったところで、次は首をへし折ろうとハーヴェイは決めていた。

88:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:08:21 6oecZmsd
 だが首筋に手を伸ばした刹那、メキメキと嫌な音が背後から響く。
「……!」
 咄嗟に背後を振り向くと、抱きついても両手が回りきらないほどの大木がこちらに倒れてくるところだった。
 弾けた木片が頬に当たる。幹の折れた部分が、まるでそこだけ脆くなったようにボロボロになっていた。
 銀の糸が、視界の隅で閃く。
 どうやら先程の二撃目はこの木を壊死させたらしい。なるほど。威力を調節すれば倒す方向を定めるのは簡単だろう。
 だが、不死人にとってこんな事態はピンチでも何でもない。
 木が倒れてくるよりも早く、ウルペンの首をへし折る。それで終わりだ。
 ハーヴェイはすぐに視線を戻した。木に注意を取られていたのは一秒足らず。腕の折れている敵が脱出できるはずはない。
 ―その、はずだ。
 だがその理論とは逆に、現実のハーヴェイは地面に突っ伏していた。
 ハーヴェイと地面の間にウルペンは、いない。欠片も存在していない。

89:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:09:07 6oecZmsd
「……腕を掴まれたままだったのなら、相討ち以上にはならなかっただろうな」
 底冷えのする声が、間近で響く。
 見ると、ウルペンはいつの間にかハーヴェイの傍らに立っていた。不死人の首筋を容赦なく踏みつけている。
「がっ!?」
 地面に押しつけられ、気道が塞がる感触に唾を吐きだす。
 死ににくいとはいえ、基本的な構造は人間と同じだ。頸動脈を圧迫され、脳に血液が回らなくなれば意識は保てない。
 次々と機能を放棄する脳髄。こういう時は決まって、ろくなことを思いつかない。
(なんで……折ったのに動けるんだ……?)
 起死回生の手段だとかそういうものではなく、ハーヴェイが疑問に思ったのはそんな些細なことだった。
 ウルペンの肘関節はまだ奇妙な方向に曲がったままだ。が、腕を一振りするだけで正常な形に戻る。
 折れていない―その理不尽を見せつけるかのように、ウルペンは右腕の先をハーヴェイに向けた。
 血が足りなくてぼやける視界。白く歪んだその世界で、相手の指先から放たれた銀の糸は一際美しく見えた。
 念糸が接続され、ハーヴェイの体から水分を奪っていく。
 ―『心臓』がある限り不死人は無敵。だが、それを被う肉の鎧がない状態で『核』は大木の一撃に耐えられるか?
 暗転し始めた思考回路で、そんなことを考えられる筈もなかったが。
 幻覚が見え始める。眼前の黒衣とだぶるように、黒い影がウルペンに覆い被さっている。
 幻聴も聞こえる。小さな罵声と泣き声は、満足に目的を果たすことも出来なかった自分の物だろうか?
(キー……リ……)
 赤銅色の不死人は、最期にその名前を呟く。
 そして倒壊する大木の速度が零になった瞬間、体の中心で何かが砕ける音を聞いた。

90:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:14:29 6oecZmsd
◇◇◇

 大木が地面に倒れるよりも一瞬早く、ウルペンはその場から飛び退いていた。
 轟音と地響き。乾いた体からは血も飛び散らず、骨の砕ける音だけを耳朶に捉える。
 木の下から覗いている相手の四肢はぴくりとも動かず、ひたすらに死の感触しか伝えてこない。
 敵は死んだ。契約者を殺した。
「……さて、それは事実か?」
 呟き、死体を蹴飛ばしてみる。反応はない。だが本当に?
 契約の有効性。契約者の死。どちらも信じ切ることが出来ない。
「だが、どちらも同じことか」
 ウルペンは笑った。可笑しくもなく、嘲るでもない。それは完全に空虚で、薄ら寒い、感情のない微笑みだった。
 信じられないのなら、事実は無意味だ。虚無と妄想に生きるしかない。
 だが、彼にはまだやることがある。
 森の中の不確かな地面に、靴の裏を叩きつける。ミシリという音と、金属の感触。
 月明かりを頼りに、ウルペンは拾い上げた。先程、いつの間にか落としていた勝手に動く腕が、今まさに拾おうとしていた拳銃を。
 金属の腕を踏みつけ動けないようにし、ほとんど銃口を押しつけるようにして撃つ。
 顔をしかめた。思わず反動で取り落としそうになったのだ。小指と薬指がなければ、こんな動作にも苦労する。
 それでもウルペンは時間をかけて全弾を義手に叩き込んだ。衝撃にフレームが曲がり、ケーブルが切れる。
 最後に弱々しいモーター音をひとつだけあげて、義手は活動を停止した。
 感慨もなく、ウルペンは軽くなった拳銃を捨てた。きびすを返し、その場を後にする。

91:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:17:12 6oecZmsd
 月のある寂寥とした夜。その暗がりを黒衣が行く。かつて虚無の獣に奪われた傷から血を流しながら。
 その血涙は誰がために? 己の泣く理由も分からぬまま、黒衣は行く。
 かつて泣かずに逝けた男が、今は生きながら泣いていた。口元に笑みを浮かべながら泣いていた。
「アマワ……貴様の契約が確たる物でないのなら、俺は貴様を殺しに行くぞ」
 周囲に人の気配はないが、それでも夜空に宣告する。
 どうせどこかで聞いているだろう。問題はどうやって引きずり出すかだ。
「決まっている。全て殺して俺だけになれば、確かな物は残らない」
 絶望すら信じることが出来なくなっても、やるべきことは変わらない。
 アマワに答えを捧げよう。貴様の求める物は手に入らないのだと教えてやろう。
(俺は虚無だ。何もない男だ)
 何も信じることができない、あやふやな存在だ。
 だが、それでいい。
「どうせこの盤上遊技も貴様の下らない問いかけなのだろう、アマワよ!
 ならば俺がそれを終わらせてやろう! お前を破滅させてやる!」
 ―この島から、俺がすべて奪った時に残る物。
 それはとても不明瞭で、グシャグシャの、底抜けにグロテスクなものに違いない。
 ウルペンは高らかに笑い始めた。それはまるで精霊のように、どこまでも狂気に純化した哄笑だった。

92:絶望咆哮  ◆CC0Zm79P5c
07/02/07 03:18:13 6oecZmsd

【017 ハーヴェイ 死亡】
【残り 44人】

【B-6/森/1日目・21:40頃】
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼け落ちている/疲労/狂気
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:参加者を皆殺しにし、アマワも殺す。
[備考]:第二回放送を冒頭しか聞いていません。黒幕はアマワだと認識しています。
    第三回放送を聞いていたかどうかは不明です。
    チサトの姓がカザミだと知り、チサトの容姿についての情報を得ました。
    これからは質問等に執着することなく、参加者を皆殺しにするつもりです。

※【B-6/森】に破損したEDの仮面、壊れたハーヴェイの義手、Eマグ(弾数0)が落ちています。

93:道は通ずる(1/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:48:50 m1PEGG5O
「……そんな奴の、言うことなんて、聞く必要ないわ」
 動揺を露わにする保胤に対し、リナは声を絞り出した。
 呻き声のような弱々しさに自分でも頼りなさを覚えるが、仕方がない。
「……リナさん?」
 訝しげに自分の名を呼ぶ声には、微笑だけを返した。
 そして彼から周囲へと視線を巡らし、室内の惨状を目に焼き付ける。
 この状況は、自分が作り出したものだ。
 八つ当たりで感情を爆発させた結果、ベルガーを瀕死の重体にし、保胤を追い込むこととなった。
 この島では、こんな暴走と空回りの連続だった。ガウリイの死に絶望してゲームに乗ったときから、歯車が狂い続けていた。
 自分は何一つ救えていない。何一つ成していない。
 だからもう、間違えたくはなかった。
 改めて覚悟を決めると、わずかに眉をひそめた臨也が問いかけてきた。
「それは、どういう意味だい?」
「仲間を陥れようとする奴なんかに、扇動されるな、ってことよ」
 切れ切れの声を発しながら、無理矢理口元を吊り上げた笑みを臨也に向ける。
 言葉を紡ぐたびに命がすり減っていく感覚を覚え、目眩がした。
 しかしまだ先は長く、我慢するしかない。視線だけを彼に向けながら、床に意志を刻むように指を這わせる。
 あからさまな虚勢の挑発を受けた彼は、ただ目を細めるだけだった。
「失礼だなぁ。ただ心を鬼にして、現実を語ってるだけじゃないか」
「確かに、今のことだけなら、そうとも言えるでしょうね」
 当事者でなければ、リナも同じことを保胤に言ったかもしれない。
 半分の不死の酒で、二人とも助けられる可能性は薄い。
 たとえ中途半端に助かったとしても、完全に治療できるメフィストが戻ってくるのはいつになるか。
 彼とベルガー、終が向かった先からは、今も破砕音と咆哮が鳴り響いている。
 状況が切迫しすぎていた。臨也の言うとおり、現実的に考えればどちらかを見捨てることが不可欠だった。
 だからこそ。
 同じ思考に行き着いたからこそ、こうして貴重な時間を割いて、口を動かしている。
「だけど、志摩子を殺したことは許せない」
 致命的な言葉に、場の空気が凍る。
 それにはかまわず床に腕を滑らせながら、続ける。

94:道は通ずる(2/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:49:44 m1PEGG5O
「声を聞いてたけど、あんたは保胤に不死の酒を渡して、志摩子に飲ませたわね?
それなのに、ここにある酒の量が、半分から減ってないのはなぜ?」
「! 確かに……」
 それに気づいたのは、ベルガーの刃に倒れた後だった。
 皮肉にも臨也自身が話題に出さなければ、気づく機会はなかっただろう。
「へぇ、そうなんだ? 俺はあの時に見たのが初めてだったし、それもすぐに渡しちゃったから、元の量はわからないな。
それに、俺は渡しただけだよ? 実際に飲ませたのは保胤だ」
 指摘に対しても、臨也は大仰に肩をすくめただけだった。
 矛先を向けられた保胤は、顔を俯かせたまま何も言わない。歯痒さを感じながら、指が床を掻く。
 確かにこの弾劾だけでは、彼に対して疑念が生じるだけだ。
 だがもう一つの証拠と、先程彼が言った“友”という言葉が、リナに雑念を抱かせない。
(あたしは、保胤を信じている)
「あたしは、見てたのよ。
あたしが、ライティングを唱える前に、あんたが、デイパックに酒瓶を―中身が八割以上残った酒を、戻すのをね」
 臨也の表情がわずかに強ばるのを見ながら、何かを掴んだ感触を得た。
「武装解除の際の、あのウォッカの瓶か……!」
 証明の続きを、アラストールが継いだ。限界に近づいていたので助かった。
 彼の行動を目撃した時点では、指摘以前に気にする余裕などなかった。思い出したのは、やはりたった今だ。
 おそらく彼は、自分の酒を不死の酒とすり替え、保胤に使わせた後うまく回収したのだろう。
 デイパックに戻された酒瓶を確認して、その残量が減っていれば言い逃れは不可能だ。
(まだ、大丈夫よね)
 言うべきこととすべきことを終えた後、リナは同じく横たわるベルガーを見た。
 両の肺を傷つけられても、彼は意識を保っていた。弱々しいが明確な怒りが込められた視線で、臨也を見据えている。
 異種族の血が混じる彼は、リナよりもタフだ。肉体的にも、そして精神的にも。

95:道は通ずる(3/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:50:27 m1PEGG5O
(……この世界には光が必要だって、ダナティアは言ってたわね)
 ふと、そんなことを思い出す。
 彼女はそのために感情を凍らせ、自らを犠牲にし、その存在を島中に訴えた。
 リナに同じ真似はできなかった。ただ感情に振り回され続け、そこまでの強い決意を抱けなかった。
 だからせめて、その意志を繋がなければならない。
 と、ベルガーの視線がリナの腕に向けられ、その表情に驚愕が浮かんだ。
 意図に気づかれたらしい。だが肺を損傷した彼は、それを仲間に伝えられない。
 ただ苦笑だけを彼に送ると、視線をふたたび臨也に向けて、叫んだ。
「あんたなんかに、あたし達は弄ばれない。あんたなんかに、あたし達は負けない!」
 宣言と同時に、最後の力を振り絞って腕を―光の剣の柄を握った腕を、胸部へと引き寄せた。
 ベルガーに斬られ落としていたこれを掴むために、今までずっと注意をそらさせ、時間を稼いでいた。
 見つかれば、絶対に止められるだろうから。
 案の定青い顔で腕を伸ばす保胤を見つめながら、リナは小さく息を吸う。
 最期の一瞬に考えたのは、この剣の本来の持ち主のことだった。
「光よ!」
 胸を貫いたそれは、とても暖かかった。



「リナさん!」
 保胤の手がリナに届いたときには、柄から伸びた光が彼女の命を奪っていた。
 持ち主の死と共に光刃は消え、柄を握った手が血を流す胸に重ねられる。
「なぜ……」
 呟きが漏れるが、答えは既に理解していた。
 彼女は保胤の迷いを断ち切るために、自ら死んだ。
 わかっていて、それでも否定したかった。
 彼女は死んでいい人間などではなかった。彼女に生きていてほしかった。
 こんな状況でも最後まで方法を模索して、二人ともを助けたかった。

96:道は通ずる(4/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:51:30 m1PEGG5O
 そんな絶望に沈む保胤を引き戻したのは、場違いな両手を叩く音だった。
「いやぁ、まさかこんな展開になるとは思っても見なかったよ。
仲間の葛藤を潰すために―自分が死ぬために俺を利用するとはね!
ああ、人間はいつも俺の想像を越えてくれる」
 リナに対し純粋な感嘆を見せながらも、心底楽しそうに臨也は笑っていた。
「あなたは……!」
「俺に構うよりも先にすべきことがあるだろう? 彼女の命を無駄にしないためにもさ」
 非難を遮る声も、惨劇が起こる前と変わらず軽い。殺人を暴かれた直後だとは到底思えない態度だった。
 しかし、ベルガーの治療を最優先で行うべきなのは確かだ。
 警戒は緩めぬまま、不死の酒を手に取る。
「確かに俺は、藤堂志摩子の命よりも不死の酒を優先させた。でも、こんな状況でそれを責められる筋合いはないよ?
彼女に不死の酒を使っていれば、選択すらできずに二人とも死ぬしかなかったんだから」
 淡々と紡がれる言葉に反論はせず、ただ唇を噛んでベルガーの方へと向かう。
 向けられた彼の視線は弱々しかった。その口が何かを告げようとして動くが、空気が抜ける音しか届かない。
「ああ、それともやっぱり、二人よりも志摩子ちゃんの方が大事だった?
確かに今よりも、志摩子ちゃんのときの方が焦ってたね」
 予想外の指摘に、腕の動きが止まる。
 保胤にとっては、三人ともが大切な仲間だ。そこに差異はない、と自分では思っている。
「それなら理解できるよ。
確かに君は、仲間を利害でしか考えていないと俺を非難していた。
もし今回の選択肢に志摩子ちゃんがあれば、君は彼女を選んだんだろうねぇ。
この緊迫した状況よりも二人の命よりも、何よりも彼女が大事なんだからさ」
「そんな―」

97:道は通ずる(5/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:53:02 m1PEGG5O
「俺の行為を否定するってことは、そういうことだよ?
しかし今となっては、君はもうダウゲ・ベルガーを助けることしかできない。
藤堂志摩子が死んでくれたおかげで、生き残れる彼をね。
……いや、あくまで感情を貫き通すってのもありかな?」
 言葉と共に、酒瓶が保胤の足下まで転がってきた。
 臨也が持っていた、スピリタスという名の酒だった。こちらが葛藤している間に、デイパックから取り出したらしい。
 不死の酒とは瓶の形こそ似ているが、よく見れば中身や瓶の色、ラベルなどが明確に違っていた。
 リナの言葉を証明するように、その中身は武装解除時に確認された状態よりも、少し減っていた。
 これが、志摩子を殺した。―そして、ベルガーを生かすこととなった?
「……僕に、何をしろと言うのですか」
「ん? 俺は何も言わないよ? ただ選択肢を増やしただけさ。その内容はわかるだろう?
―選ぶのは君だよ、慶滋保胤。今度こそ、君自身が選ぶのさ」
 顔を上げた先の臨也は、やはり笑んでいた。吐き気がするほど悪意に満ちた笑顔で、こちらを見据えている。
 答えなんて決まっている、はずだ。ベルガーは、助けなければならない。
 しかし、臨也の言葉が頭にこびりついて離れない。
 ベルガーの命を助けることが、志摩子の死の肯定に繋がるのか。
 志摩子の死を拒絶することが、ベルガーの命の否定に繋がるのか。
「惑わされるな!」
 迷走する思考を断ち切ったのは、アラストールの言葉だった。
 遠雷のような重い声が、ベルガーの胸元から響き渡る。
「偶然で生じた結果からのこじつけなど、何の意味もない。
こんな下衆の詭弁で、リナの犠牲を無駄にする気か? 先程彼女が言った言葉を忘れたか!」
 ―あんたなんかに弄ばれない。負けない。
「確かに藤堂志摩子の命は失われて、戻らぬ。それはもう覆せないだろう。
だが、おまえには今この時に取り戻せるものがあるだろうが!
それを見捨てることは、彼女の―なによりおまえの意志に適うことか!?」
 頭に雷を撃たれたような一喝だった。
 自分の命が危ぶまれる状況でさえ、他人を慈しんでいた志摩子が望んでいたこと。
 そして何よりも、自分が願っていること。

98:道は通ずる(6/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:54:08 m1PEGG5O
「……ありがとうございます、アラストールさん」
 それが明確に思い出されると、迷いは消え去った。
 コキュートスに向けて礼を言うと、保胤はふたたび臨也を見据えた。
 先程とは変質した眼光を受けて、彼に緊張が走る。
「これが、僕の答えです」
 その視線はそらさぬまま片手でスピリタスを取ると、保胤はそれを床に叩きつけた。
 高い音と共に呆気なく瓶が壊れ、こぼれた中身が床と直垂を濡らす。
 それにはかまわず、すぐにもう片方の手にあった不死の酒の栓を抜き、ベルガーの口に付けた。
 彼の意識は既にない。まだ息はあったが、そこまで時間を浪費してしまったことに自責の念を覚える。
「……凄いな。今、何が“出た”?」
 畏怖と興奮が入り交じった声が聞こえたが、答える暇などない。
 注意は臨也に向けたまま、慎重に酒瓶を傾け続ける。
 当然ではあったが、志摩子のような拒絶反応がないことに安堵した。
「死者をどうこうできる力の他に、そんなものもあるとはねぇ。
そっちのアラストールとやらも、あのシャナちゃんの身内だ、さぞかし凄い存在なんだろうな」
「あの子の名を、貴様のような人間が気安く呼ぶな」
「本人は別に嫌がらなかったよ?」
 抵抗も逃亡もせず、開き直ったかのように臨也は喋り続ける。
 実際のところ、彼にこの状況を打開できる手段はなかった。
 この場にある武器はすべて、保胤の近く―倒れ伏すリナとベルガーの付近にある。
 彼が元から所持していたものは、既に雑貨を除いてすべて没収されている。
 荒事には慣れているが、卓越した戦闘能力はないとセルティから聞いていた。ならば、こちらが符で動きを止める方が早い。
 それでも念のため、警戒は一切緩めなかった。

99:道は通ずる(7/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:55:14 m1PEGG5O
「しかし、本当にこの集団はもったいなかったなぁ。興味深い人間がたくさんいた。脱出できる力も意志もあった。
こんなに運が悪くなければ、もっと色々楽しめただろうにねぇ。
ああ、本当に―」
 だから、すぐに対応できた。
 半分残っていた酒の、三分の二程度を飲ませた直後だった。
 視界の端で、臨也の左手が動きを見せた。
 その指が袖口に収まったかと思うと、何かが高速で投げ放たれた。小さな銀色の、直方体の箱。
 咄嗟に片手を瓶から離し、手首で払いのけ、その直後初めて気づいた。
 箱の裂け目、蓋のように開いた部分から、小さな火が漏れていることに。
「とても残念だ」
 酒で濡れた床に落ちた瞬間、それは紅蓮の猛火に変化した。



「ぐああああああああああああっ!?」
 ジッポライターの火が引火したスピリタスは、瞬く間に保胤の全身に燃え移った。
 叫びながら彼は床を転がり続けるが、火の勢いは衰えない。
(本当にもったいないんだけど……まぁ、バレたら仕方がないよね?)
 予想通りの状況を冷静に眺めながら、臨也は荷物を持って退避する。
 あの程度の揺さぶりで、保胤をどうこうできるとは端から考えていなかった。
 ただ自然な成り行きで、スピリタスをあちらに移動させられればよかった。割ってくれたのは嬉しい誤算だ。
 スピリタスは、消毒剤としても利用できるほどの高アルコールを持つ。
 そこに火をくべれば、当然面白いほど燃え上がる。
 ほぼ瓶一本分がぶちまけられ、床だけではなく当人の服にも染みこんでいるのならなおさらだ。

100:道は通ずる(8/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:56:00 m1PEGG5O
(しかし、突然出てきたと思ったらまた消えて……どこに行ったんだろうね)
 炎が床と保胤に燃え移った瞬間、その足下で横たわっていたベルガーの姿が消え失せた。
 先程、シャナを追っていたはずの彼が突然現れたように、またどこか別の場所に転移したのかもしれない。
 次の放送で呼ばれなかった場合、クエロ同様何か対策を考える必要があるだろう。そのためには新たな物資も必要になる。
 スピリタスを出すついでに、テーブルの上にあった携帯電話と探知機は手に入れた。
 マンションの外に隠しておいた、禁止エリア解除機も回収したいところだ。
 移動の最中も思考は止めることなく、次の手を模索し続ける。
「……まさかとは思っていたけど、本当に“不死”の酒なのか」
 そしていつでも逃げられる体勢になった後、改めて臨也は彼のなれの果てを見た。
 炎に包まれ、直垂の大半が焼け落ちながらも、それでも保胤は生きていた。
 焼け爛れた皮膚が時間が巻き戻るように蘇り、しかしすぐに炎に焼かれ、それでもふたたび再生され―という現象が、何度も繰り返されていた。
 彼自身も途中でそれに気づいたらしく、火を無視してふらつきながらも片膝をつき、臨也を見据えていた。
 全身を焼かれる激痛に顔を歪ませているが、鬼気と言うにふさわしい気迫と鋭い眼差しは、肌を粟立たせるには十分だった。
(それでも君は、絶対に俺を追いかけられない)
 あの惨劇の際、保胤自身が不死の酒を飲んだことを示唆していたため、こうなる可能性は予測済だ。対策はあった。
 そもそも、制限などで完全な不死にはなっていないだろう。殺しても死なない存在がいては、殺し合いにならない。
 現に炎の勢いが、皮膚の回復よりも上回りつつある。
「俺を睨める気力があるくらいなら、周りをちゃんと見た方がいいよ?」
 それだけを言い残して、臨也は窓から飛び降りた。

101:道は通ずる(9/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:57:22 m1PEGG5O
 不死の酒は延々と身体を焼かれる苦痛と引き替えに、保胤にある程度の思考と行動の自由を与えていた。
 本当に“不死”になっていることに気づき、灼熱の中身体を支えることができるまでに、それほどの時間はかからなかった。
 網膜が焼け、すぐに修復される感覚におぞましさを感じながらも、窓から逃げゆく臨也を睨みつける。彼だけは、どうしても許せなかった。
 懐にあった符は既に塵と化している。光の剣の柄を回収する暇もない。
 ただ追おうと床を這い、窓のすぐそば―にある机の前を抜けようとして、踏みとどまる。
 それは、“計画”の会議や各自の知識をまとめる際に使用した机だった。
 その上には、保胤自身も執筆した刻印の研究を記した紙や、悠二が残したレポートが置いたままになっている。
 木製の机や紙片そのものに引火すれば、刻印解除や脱出の鍵の一片が、一瞬にして失われる。
 さらに振り返れば、もう一方の出口も塞がっていた。
 廊下へと続く扉の手前、惨劇の際に茉衣子が短剣を落とした辺りに、未だに千絵が横たわっている。
 このような事態にも何ら反応を返さない無惨な状態の少女は、それでもまだ生きている。巻き添えにできるわけがない。
(……これも、考慮していた?)
 最後に臨也が残した言葉を思い出し、その周到な悪意に炎熱の中でさえ寒気を覚えた。
 これ以上犠牲を出さないためには、大人しくこの場で死ななければならない。
 吸精術を使えば、逃げた彼を文字通り灰燼に帰せるが、やはり千絵やレポートは失われる。
 それどころかマンションの周辺にいる者達も、無差別に朽ち果てる。
 術が一度発動すれば保胤自身には止められず、その命が失われるまで滅びは続く。
 唯一止められる訃柚は、ここにはいない。
 もはや打つ手はなかった。一度そう確信してしまうと、意識は急速に薄れていった。
 肺に吸い込んだ煙が呼吸を阻害し、爛れる皮膚の回復は次第に追いつかなくなっていく。
 走馬灯のように、二度と取り戻せない過去の情景が浮かび始める。

102:道は通ずる(10/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:58:46 m1PEGG5O
(……あ)
 それに身を委ねようとした寸前、かすれゆく視界に映った何かに、保胤は目を見開く。
 リナの死体のそばに、彼女が持っていた拡声器が落ちていた。
 終の従姉とシズという青年が、そしてダナティアが、自らの意志を島中に告げるために使った道具。
 何ら力を持たない、しかし使いようによってはどんな武器よりも強いものが、そこにあった。
(それなら、せめて―)
 心地よい回想を振り払い、文字通り力を振り絞って、保胤はふたたび床を這う。
 頭の中で聞き覚えのある声が響いていたが、その内容の把握に費やせる力はない。
 ただそれが、時間帯から絶望を告げる主催者らの放送だと言うことは理解できた。
 それを打ち砕くためにも、伝えるべきことがある。
 臨也のことを言うべきかとも考えたが、すぐに打ち消した。
 こんな状態で正確に人名を伝える自信はない。かつての自分と同じように、誰かに間違った疑念を持たせてしまうかもしれない。
 だから告げるのは、意志だ。
 確かにここにあった、十二の仲間の思いを。
 慨然なきその遺志を、同じ思いを持つ者達が継げるように。
 ダナティアが提示した光は、未だ消えていないことを知らせるために。
 この最悪の遊戯に、最後の抵抗をするために。
 やがて保胤は、それらを担う希望へと辿り着いた。
 数秒でも熱に耐えてくれることを祈りながら、その取っ手にある突起を指で沈める。
 そして最期になるであろう息を吸い、思いと共に吐いた。

                            ○

 ゲーム開始から二十四時間が経過し、四回目の放送が生存者へと響き渡った。
 放送は過去三回と同じように、死者の名と禁止エリアを告げ、最後に愚弄の言葉が吐かれて切れた。
 しかしその直後に、異なる男の声が聞こえ出した。
 無理矢理絞り出したような苦しげな、しかし力強い声だった。
 告げられたのは、たった一言。

「継がれる意志がある限り、僕らの道は絶たれない!」



103:道は通ずる(11/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 22:59:27 m1PEGG5O
【026 リナ・インバース 死亡】
【070 慶滋保胤 死亡】
【残り 42人】



【C-6/マンション外/2日目・00:00頃】
【折原臨也】
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、探知機、携帯電話
    救急箱、セルティとの静雄関連の筆談に使った紙
[思考]:ひとまずこの場から離れる。禁止エリア解除機を回収したい。
    ベルガー、クエロに何らかの対処を。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す


【C-6/マンション1・2F室内/2日目・00:00頃】
【海野千絵】
[状態]:物語に感染。錯乱し心神喪失状態。かなり精神不安定
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:不明
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

※メガホン、強臓式武剣”運命”が床の上に落ちています。
 光の剣(柄のみ)がリナの死体の上にあります。

104:道は通ずる(12/12) ◆l8jfhXC/BA
07/02/09 23:00:47 m1PEGG5O
【?-?/不明/2日目・00:00頃】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:意識不明、両肺損傷(右肺の傷は塞いだが、どちらにせよ長く保たない)
    不死の酒を瓶全体の1/3摂取したが、効果の有無は不明。
[装備]:PSG-1(残弾20)、鈍ら刀、コキュートス
[道具]:携帯電話、黒い卵
[思考]:不明
※黒い卵の転移機能で、縁者のところへ転移しました。誰のところかは次の人におまかせ。


※保胤が死亡したのは放送終了直後のため、第四回放送では呼ばれません。

105:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:49:55 ofoInfcu
 ―目が開く。目が合う。
 ぼんやりとした両眼。その双眸が自分を見つめている。
 午睡から醒めたばかりの赤子のように、その視線に邪気はない。
 だというのに体が硬直した。眼球が凍り付いた。舌が痺れて動かない。
(……あ、れ?)
 視線の交錯など日常茶飯事。少なくともこの島のような理不尽よりは理に適っている。
 電車の中で見知らぬ人物と交錯する視線。学舎のクラスメートと交錯する視線。部室で錯綜する五つの視線。
 ひどく当然。ひどく何でもないその行為。
 ―ならば、なぜ混乱が生じる?
 考えろ考えろ。その理由も知らぬまま焦燥だけが募る。
 きっとどこかで分かっている。だから意識は急き立てる。目を開け思考せよ早急に答えを認識しろ!
 腕が、震えた。
「―あ」
 理解する。間抜けに開いた口から漏れたのは、吐息とも囁きとも付かぬ掠れた振動。
 腕が震えたのは何故か。その理由を腕が震えたことで理解する。
 寒さ? 否。そんなものを感じるために割く感覚などなく。
 恐怖? 否。そんなものを噛み締める余裕もなく。
 憐憫? 否。そんなものはこの島に来た時から捨て去り。
 ―掲げた腕が痙攣したのは、単純にナイフの重みからきたものだった。
 座り込み、ナイフを掲げ、傷ついた敵を見下ろす。そんな非日常。
 その視線交差は、古泉一樹の人生で初めての、殺害目標との視線交差。
 混乱から回復し、現状を把握する。極めて剣呑な現状を把握する。
 それと同時に、目前で寝転がっている竜堂終のぼやけた視線が焦点を取り戻した。

106:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:50:27 ofoInfcu
「……う、く」
 年相応のあどけない視線が一転し、敵意を帯びる。
 敵を映している。竜堂終の網膜には敵が映し出されている。
 では誰が? そこには誰が? 一体誰が?
 覗き込めば分かるだろう。震えながらそう判断し、古泉は覗き込んだ。
 だがおかしい。そこにあるのは自分の顔。どこにも敵なんてイヤシナイ。
 さらに覗キ込ム。だけどどれだけ覗き込ンデモそこにあるのは古泉一樹ノ微笑ミデ。
 ―嗚呼、ソウカ。
 殺サレルノハ、自分カ。
 ……理解した理解した理解した! 自分の未来を理解した!
 自分はきっと殺される。なんの力もない自分はここで死ぬ。古泉一樹が終幕する。
 そんなのは嫌だ。絶叫する生存本能。ならばどうする? どうすれば破滅を回避できる!?
 ……不思議と体が灼熱していた。
 熱病に浮かされたかのように、意識が脳髄から剥離し浮遊する。
 雷光の速度で閃くのは、極めてシンプルな解決手段。
 だが間に合うか。自分の逡巡はどれほどだった? 一瞬、一秒、あるいは一時間?
 否。行動に過去は関係ない。不必要な思考を排除。必要な目的に最短で辿り着く。
 寒気も恐怖も憐憫もなく。ただひたすらの殺害意識をもって。
 笑顔を張り付けたまま、古泉一樹はナイフを振り下ろした。

107:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:51:07 ofoInfcu
 全力で穿ち、伝わるのは肉を抉る感触。だが、すぐに金属が擦れる耳障りな音。
 弾かれる。皮膚の下の鱗に弾かれる。ナイフの切っ先が落ちたのは傷口のすぐ脇。目測を誤った!
 失態に舌打ち。否、もとより自身が手を下さねばならないことになった時点で失敗している。
 古泉一樹に力はない。ここでは超能力も使えない。ならばこそ、こうなる前に盤石の体勢を築かねばならなかった!
 その失点を取り戻すために、もう一度ナイフを振り上げる。だが、今度は抉る前に阻まれる。
 視界が反転する。腹部に巨大な衝撃。短い浮遊感。擦過する落下の衝撃。
 殴り飛ばされたことを理解する。人ならざる膂力を持つ怪物に攻撃された。その敗北を理解する。
 だが思考停止のその先に、さらに意識が拡大する。理解できたことで理解する。
 古泉一樹はただの人間だ。ならば怪物の一撃で死んでいなければならない。だが生きている。
 すぐ傍で咳き込む音。痙攣する目前の少年。
 ―怪物は手負いだ。その判断と行動は同時。
 起きあがる。腹部の鈍痛と擦り傷を無視し、怪物に駆け寄る。それほど間があいたわけではない。
 怪物は起きあがろうとしていた。だが焦る必要があるか?
 断裂した背腹筋を瞬時に癒着させる? 不可能。重要臓器の欠損を瞬時に修復する? 不可能。
 不可能不可能不可能。この怪物は起きあがれない!
 ほとんど滑り込むようにして飛びつき、腹部に抱きつく。怪物の傷口が圧迫され、血液が吹き出た。
 ―眼球が朱に染まる。それは怪物の血の色か、それとも果たして―

108:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:53:10 ofoInfcu
「あああああアア!」
 背筋に衝撃。何度も何度も怪物が殴りつけてくる。
 肺が強制的に収縮され、意識と反して呼気が漏れる。視界が点滅し、意識が連続しない。
 だが死にはしない。怪物は弱り切っている。さっきはナイフを振り上げるというその体勢の不安定さに付け込まれただけ。
 そうだ。この怪物は血を失っている。血液は瞬時に補給できない。貧血では動けない。
 では、もっと血を出せばいい。
 ナイフを傷口に突き立てる―外れた。再試行。外れた。再試行。外れた。
 募る苛立ち。それを扇動する衝動。募る焦燥。それを増長させる時間の浪費。
 時の刻みは自分を不利にする。怪物は徐々に力を取り戻している。背筋の痛みでそれを知る。
 ―いまからでも離れた方がいい? それとも続けた方がいい?
 逃走と闘争。相反する二つの衝動。それらは胸中を掻き乱し脳髄を喰み絡み剥離し捻切れ癒着しぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
 ―そして、その果てに、成就する。

109:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:56:34 ofoInfcu
 幾度目かの試行の末、響いたのは金属と竜麟の衝突音ではなく、ぐちゃりという水っぽい音。初めて聞く、肉が潰れる音。
 古泉一樹が自らの手で成し遂げた、殺人を告げる音色。
 傷口に差し込まれたナイフの柄越しに、古泉は胎動を感じた。生命の脈動。それが銀の切っ先にある。
 一瞬の躊躇い。だがそれは憐憫でも恐怖でもなく、ただ力を込めるための一呼吸。
 ―その生命を断ち切るために、古泉は刃を押し込んだ。
「あっ―」
 竜堂終があげたのは、断末魔の声としてはおよそ似つかわしくもない、だが喪失感に満ち満ちた声。
 再度、視線が交差する。殺人鬼と犠牲者の視線が。
 加害者は、まるでそれ以外の表情を忘れてしまったかのように、いつもの薄い笑みを浮かべ。
 被害者の瞳にもはや意志はなく、まるでガラス玉のように無機質なそれを虚ろに向けて。
 そして血で汚れたナイフは、ようやくその務めを果たした。
「はっ、はっ、はぁっ―」
 息も絶え絶え、全身血塗れの古泉は、ようやくナイフから手を離した。
 一時の灼熱は嘘のように消え去り、舞い戻ってきた冷静さが噎せ返るほどの血臭を思い出させてくれる。
「ふ―げぇっ」
 吐く。倒れ込み、ありったけの胃液を撒き散らし、それすら無くなっても空咳を繰り返す。
 しばらくそんな行為を繰り返して、ようやく思考が戻ってきた。
(―どうやら、僕は殺人に向いていないようです)
 顔色ひとつ変えず他人の生命を略奪する行為に、古泉一樹は慣れていない。
 神人を狩るのとは違う、人間を切り裂く感触。どこまでもおぞましい。

110:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:57:09 ofoInfcu
 はぁ、とひとつだけ溜め息を吐くと、古泉は立ち上がった。
 殺人による自己嫌悪に捕らわれず、次の目標に向かって歩き出せる程度の切り替えの早さは古泉にもある。
 ―奇跡が起こっても自分が闘争で生き残れないことは証明された。
 死にかけひとり殺すにしてもこの無様。ならば、やはり誰かと同盟を組むのが一番確実だ。
(それにはこの格好じゃいけませんね。
 まずは血を落とさないと。それから着替え。あるとすれば商店街か住宅地ですかね
 あとはマーダーと遭遇した時のための保険も欲しいところですが……)
 終の死体に近づき、刺さったままのナイフを引き抜いてみる。心臓が停止していたせいか、それほど血は吹き出ない。
 だが刃の部分を見て、すぐに古泉は顔をしかめた。
 金属を超える強度を持つ竜麟に叩きつけた所為で、ほとんど刃が馬鹿になってしまっている。
 これではパンを切り分けるのにも苦労するだろう。仕方なく諦めて、それを適当に放り捨てた。 
(……我ながら、こんなものでよく殺せたものです。こっちの長剣は重くて運べないでしょうし。
 できればパイフウさんとの合流が一番いいのですが、生き残っているでしょうか?)
 冷静に思考を重ねながら、その場を後にする。疲労のため、足取りは重い。
 ……もしも古泉が殺人に慣れていたのなら、その歩みはもう少し早かっただろう。
 少しでも離れてしまえば、木の群れと茂み事実を覆い隠してしまう。
 だが現実として、古泉がこの場から去ろうとしたのはいまこの瞬間だった。

 ―故に、世界で二番目の不幸が起きてしまう。

111:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:57:39 ofoInfcu
 背後でドサリという物音。思わず死体が蘇るという恐怖を想像しながら、古泉は振り返った。
 幸い死体が起きあがり、胡乱な目つきで両手を突き出しながら向かって来るということはなかった。
 ただ、死体が増えていただけだ。
「……降ってきたんですかね?」
 空を見上げるが、そこには月があるだけだ。
 しばらく観察していたが、どうにも動く様子がないので近づいてみる。
 だが、古泉はすぐに足を止めた。
 死体の懐から落ちたのか、それともさっきからあって自分が気付かなかっただけなのか。
 そこには黒い球体があった。卵の様な外見で、うっすらと文字のようなものが浮かび上がっている。
 とりあえず手にとって見るが、
「……?」
 卵は、まるで力を使い果たしたとでもいうように、崩れて塵となってしまった。
 砂よりも粒子が細かいのだろう。夜風に運ばれ、すぐに手の上からも消えてしまう。
「……回数制限でもあったのか、それとも選ばれし者にしか使えないインテリジェンス・エッグとか、そのあたりでしょうか」
 疲労を紛らわすために軽口を呟くが、それに重なるようにして別の呻き声が聞こえた。
 どうやら死体だと思ったのは早計だったらしい。
 慌てて月明かりを頼りに顔を覗き込む。その人相には、パイフウが大暴れしたマンションの一室で見覚えがあった。
 ダウゲ・ベルガー。先程、例の巨人に潰されたと思っていたが。
「生きていますね。あるいは、死にかけているとも言えますが」
 息はあるようだが、荒く、意識も朦朧としているらしい。

112:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 18:59:48 ofoInfcu
 ―彼の体に注ぎ込まれた不死の酒は、少量だった。
 『酒』はその効果を完全に発揮するために約半分の服用が必要だ。故に、その治癒は非情に遅々としたものだった。
 無論、そのまま放っておけばダウゲ・ベルガーは完全な状態になっただろうが―
「全く……僕の手を煩わせないで欲しいものです」
 溜め息と共に独りごちると、古泉は落ちていた騎士剣・紅蓮を手にした。
 やはり、重い。だが、時間をかければ使えないこともない。
「二度目ですが……さて。一度目よりは上手くできることを願いますよ」
 両足のスタンスを大きく取り、大剣を上段に振りかぶる。
 ―狙いは頭部。剣の重量に任せ脳を叩き潰す。
 その時、放送が始まった。生き延びるためには重要な情報。
 その時、声が聞こえた。強く、巨大で、どこか王を思わせる。その怒号。
 だが古泉はそれらを海馬に書き留め、あるいは無視しながら、視線を一切ベルガーから離さなかった。
(どうやら、二度目もそれほど上手くはいかないようだ)
 あの灼熱がやってくる。冷静な思考が脳髄の奥に退避する。
 思考はすでに殺人にシフトした。すべてを後回しにし、この背徳を成し遂げる。
 やがて放送が終わった。長々と息を吐く。唇を掠める呼気は、まるで唄うように静寂に浸透した。
 その音と被るように、声が響いた。力強い声。未来へと一直線に延びる声。
 だが、言葉とは受け取る側によって色を変える。だから古泉にとって、その声はどこか虚しく聞こえた。
 ダウゲ・ベルガー。リナ・インバースと慶滋保胤が己の生命を賭してまで繋げた彼らの意志。

『継がれる意志がある限り―』

 ―その継がれるべき意志を、

『―僕らの道は絶たれない!』
 
 ―ただの一太刀の下、断絶した。

113:泥臭殺戮 ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 19:00:23 ofoInfcu
【078 ダウゲ・ベルガー 死亡】
【100 竜堂終 死亡】
【残り40人】

【C-5/森/2日目・00:00頃】

【古泉一樹】
[状態]:疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある) /軽い擦過傷
[装備]:騎士剣・紅蓮
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:血を落とすための水、着替え、脅しになるような武器の入手
    生き延びるために誰かと組む。
    出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない
    全身が血塗れです。

※ダウゲ・ベルガーの死体がPSG-1(残弾20)、鈍ら刀、コキュートス 携帯電話を所持しています。
※黒い卵は消失しました。
※近くに刃の潰れたコンバットナイフが落ちています。

114: ◆CC0Zm79P5c
07/02/10 19:33:00 ofoInfcu
>>105-113の泥臭殺戮はNGとします。お騒がせしてすみませんでした

115:名無しさん@公民館でLR変更検討中
07/02/12 01:27:02 v2LJeg6p
お疲れ

ときに思ったんだが、死亡キャラをこのまま死なせて退場にするのは惜しいな
序盤で消えたキャラは見せ場無かったしなー
終幕に向けて死亡キャラにも何か役割を与えたいのだが、どう思う?

116:名無しさん@公民館でLR変更検討中
07/02/12 01:31:18 v2LJeg6p
って、こういうのは議論の方にするべきか。スマヌ

117:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:32:26 bs8alj+B
 ―眼下にある少年の体。死に体に近かったはずのその体に、意志の光が灯される。 
 開かれた竜堂終の双眸に己の姿を映し、古泉一樹は空気の塊を喉の奥に落とした。
 振り下ろすはずだったナイフの切っ先が震え、静止する。
 胴を文字通り一刀両断されておいて、これほどの短時間で意識を回復するという異常。
 神仙が一、風と音を操る西海白竜王。終がその化身であることを、古泉は知らない。
 魔界医師メフィスト。終の治療を行ったその超人が死者すら蘇らせる奇跡の担い手であることを、古泉は知らない。
 ―その無知故に、古泉一樹は驚愕した。不随筋すらも硬直したと錯覚させる未知の衝撃が彼を不意打ちした。
「―あ」
 喉の奥からようやく絞り出せた、短い無様な声。
 知らない。こんな感情は知らない。
 背筋が爛れるような灼熱を、古泉は知らない。
 脳天から喉の辺りまで貫く怖気を、古泉は知らない。
 意識という手綱を越えて体を震わせる痺れを、古泉は知らない。
 知らない。知らない。知らない。大鎌を携えた死神が、自分のすぐ隣に佇んでいる感触なんて知らない。
 ―ならばどうなる? 自分はどうなる?
 三つ路地を曲がった先に殺人鬼が居ることを知らなければ、人は鼻歌を歌いながらそこに辿り着く。
 二歩先に落とし穴があることを知らなければ、人は容易くそれを踏み抜く。
 一秒後に銃弾が自分の頭部を貫くことを知らなければ、人は笑いながらその表情を散らす。
 だが、その死はすべて回避できたものの筈だ。
 自分は死ぬ? ここで死ぬ? 何も出来ずに死体になる?
 ―余人には予想を許さない理不尽。そんなものに自分は殺される?

118:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:33:58 bs8alj+B
(それは……少々遠慮願いたいですね)
 いつものようにやんわりと、だが断固として拒絶する。
 目的がある。自分には果たすべき目的がある。
 帰るのだ。あの日々に。取り戻すのだ。あの日々を。
 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。興味を引いて止まなかったかしましい団長。
 その団長に振り回されていた男は、よく自分とゲームに興じていた。手元には常に彼女が淹れた甘露があった。
 それは涼宮ハルヒを中心とした綱渡りのような関係だったが、それでも―
(彼に言っても信用して貰えないでしょうが―ええ、認めます。僕は気に入っていましたよ。あの奇妙な関係をね)
 だが、奪われた。彼らは即座に殺された。勝手にこんなゲームに放り込まれて殺された。
 理解は出来る。いまだ生存している長門有希を除けば、彼らは戦闘に長けていたわけではない。殺し合いを知らなかった。
 それでも納得は出来ない。彼らは殺された。知らなかったというだけで殺された!
 ならばどうする? 奪われたのならどうする?
 ―確認のためだけの自問自答。答えはすでに決まっている。
 喪失を取り戻せるのは生者だけだ。ならば古泉一樹は反逆しよう。超常に対して食らいつき、覆い被さる理不尽を突破する。
 さあ考えろ。彼我の戦力差を、現在の状況を、為すべきことを。すべて飲み下しかき混ぜ生存のための行動を提示せよ。
 ―思考するのに時間はかからない。
 丹田の辺りから沸き上がる熱波に急かされるように、思考回路は無限に加速する。
 血液が足りないのか、あるいは気絶から回復したばかりだからか、敵の焦点は合っていない。
 だが油断するな。敵はすぐにピントを取り戻すだろう。取り戻せば古泉一樹は終わる。
 最大にして最短のアドバンテージ。それが終わるまでに行動を終了させろ。

119:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:35:58 bs8alj+B
 並列する思考。一瞬の逡巡で万の手立てを模索する。
 ―説得する? 否。すでに自分は敵対している。聞き入れられるとは思えない。
 ―投降する? 否。崩壊しかけの不安定な集団に捕らえられれば生かされる保証はない。
 ―逃亡する? 否。すでに顔と名前を覚えられた。情報が出回れば、単独で勝ち抜けない自分は生存できない。
 否否否。無限に近い選択肢。それが次々と否決される。焦燥に狂乱し、叫び出したくなる衝動を抑え込む。
 最終的に残った選択肢はひとつ。これならば問題はすべて解決する。
 だが可能か。古泉にとって最大の敗北は死。この行動はそのリスクに直結している。
 ―否。それこそ否。舞台を整えておいて何を今更。
 白刃は振り上げた。何を躊躇うことがある。すでに殺人の一歩を踏み出しているのだ。あとは駆け出し踏破しろ!
 ナイフを振り下ろす。殺傷の軌跡はどこまでも直線を描き、そして目標に到達する。
 引き延ばされもせず、ただ刹那的な経過の後、肉を抉る不快な感触が右腕を支配した。
 だが、すぐに終わった。金属の陵辱が、それ以上の硬度によって阻まれる。
 至近距離での銃撃すら防ぎきる竜麟。何者であっても突破できない。
(外れた―!)
 衝動に任せた一撃は正確さを欠いていた。傷口を正確に穿たなければ、古泉一樹は竜を殺せない。
 そしてこのミスは最悪だった。痛みは茫洋とした意識を引き戻し、怪物を覚醒させる。
 振るわれる剛力。左腕の折れる感触。
 竜堂終が寝転がったまま放った不完全な一撃は、それでも古泉の左腕をへし折った。そのまま吹き飛ばされる。

120:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:37:18 bs8alj+B
「―ぐぅッ!」
 地面に叩きつけられ、古泉が悲鳴を上げる。痛みは怒りを呼び起こさず、灼熱した殺人への衝動を退避させた。
 残るのは骨折の痛痒。死に対する恐怖。
 古泉とて戦闘に慣れているわけではない。これは閉鎖空間での神人狩りとは違う。有効な一手を持っていない。
 怖い。痛い。死にたくない。固めていたはずの意気が消失していく。
 萎縮する勇気。生存本能が逃走と命乞いを勧告する。
 抵抗は無駄だ。歯向かうのは無駄だ。逃避以外は全て無駄だ。
 ―そうだ。無駄だ。古泉一樹に力はない。あくまで口先三寸と誘導で勝利せねばならなかった。
 それをこうして殺し合いに発展させてしまった己の無様さ。それを悔いて死ぬ。それを悔いて死ね。沈むほどの悔恨に殺されろ。
 脳内を埋め尽くす諦観の群れ。古泉一樹はそれに圧倒され―
「……嫌ですね。そんなのは」
 ―だが、退けた。
 絶望的境地。それでも古泉は立ち上がる。折れていない右腕で砂を握りしめ、激痛に息を漏らしながら立ち上がる。
 すでに彼を突き動かしていた灼熱は冷え切った。突破しようとする狂乱も消え去った。
 だが彼は抜け殻ではない。彼の体を支配していたものはほとんどが消え去ったが、それでもまだ残っている。
 それは決して残滓などではない。むしろ確固たる―
「僕にだって……意地があるっ!」
 ―意志だ。奇妙で平穏なSOS団を望む、古泉一樹の意志だ。
 目前では怪物がゆっくりとした動作で立ち上がっている。鋭い眼光。どこまでも刺し貫く竜王の視線。
 彼我の戦力は圧倒的。無敵の防御たる竜麟。不完全ながら一撃で骨を砕く腕力。対して自分のなんと脆弱なことか。
 それでも古泉一樹は前進する。ただひとつの目的のために。
 意志とは貫くもの。ありとあらゆる障害を蹂躙し、成し遂げるものだ。
 そう―古泉一樹には、意志がある。

121:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:38:14 bs8alj+B
◇◇◇

 彼の意識は戻ったばかりであったが、それでも眼前の学生が敵だということは分かっていた。
 竜堂終はゆっくりと立ち上がった。だが、それだけの動作でも視界が揺らぐ。
 血液が足りない―両断されたことを思い出し、思わずぞっとして腹部に手をやる。
 かくしてそこに胴はあった。横一文字の傷が走り、決して無事ではないが、それでも下半身と上半身は連結している。
(そうか、あの後―)
 この島でこんな離れ業が出来る人物を、終はひとりしか知らない。
 おそらく、あの後にメフィストが彼を治療してくれたのだろう。
 弱体化の影響で死者を蘇らせることは出来なくとも、処置が早ければ魔界医師は死者を生まない。そういうことか。
 命の恩人。文字通り頭の下がる思いだが、その瞬間に傷が自己主張するかのように疼いた。
 ―メフィストは数多ある世界の中でも頂点に立つ癒し手だろう。だが、それでもいかんせん完治には時間が足りなかった。
 故に、彼は終が生存することのみを優先させた。重要臓器を修復し、主要な血管や神経を縫合し、断裂していた胴を針金で留めた。
 終が切断されてから僅か三十秒足らずでこれらをやり遂げてしまったのだから、もはやそれは神の御業と言っても過言ではあるまい。
 だが、それでも両断だ。
 外側から見て一目で『隙間』と分かるような傷を、刻印で弱体化した回復力では瞬間的に治癒することは望むべくもない。
 竜堂終は苦悶の表情を浮かべた。胴が切断された痛みなど、そうそう味わうことはあるまい。
 傷口からは血が滲み出ていた。反射的に拳を振るった反動で、繋がりかけていた筋繊維や毛細血管が再び断裂し始めたのだ。
 強力な拳打とは、つまるところ腰の回転で生み出される。
 腕の筋力などは二の次だ。接地した足を発射台にし、拳をそれに乗せ、溜めた腰のひねりで打ち出す。
 いまの終にはそれができない。その回転力を生み出す筋肉がすべて断絶されたのだから。

122:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:39:23 bs8alj+B
(打てて後一度、ってところか)
 直感で、それを察する。
 その打撃で眼前の敵を打ち砕くのは容易だろう。
 だがその後は? 竜の筋力で全力を放てば、いかにメフィストの施した固定とはいえ耐えられるかどうか未知数だ。
 最悪、胴体は再び分裂するだろう。そしてどうやら魔界医師は近くにいないようだ。今度は治療されない。
 そもそも周囲に人の気配が全くない―いや、それも当然か。まるで地獄を背負って連れてきたような二人の少女を思い出す。
 あれからどうなったのかは分からないが、満足に走ることも出来ないような今の状況で声高に助けを叫ぶ愚は冒せない。
 そして相手は自分を殺そうとしている。加えて竜堂終は自殺志願者ではない。ならば、
(ここで倒すしか、ない)
 覚悟を決め、格闘の構えを取る。
 竜の転生体であるその身は既に傷を修復し始めていたが、恐らく間に合わないだろう。決着はすぐに訪れる。
 敵の格好には見覚えがあった。先のマンションで従姉妹の仇を告げられ、反応して容易く激昂した自分の隙を利用された。
 ……ああ、つまり。
 直結する思考。閃く想像。容易く象となって脳裏を支配する。
 あの後は、慌ただしくて考える余裕もなかったが。
 目の前にいるこいつは、茉理ちゃんの仇の仲間、なのか。
 古泉とパイフウの同盟がいつからなのか、終には分からない。
 マンションに訪れる直前か? それとも暴れ出した瞬間からか?
 だが、もしかしたら。もしも初期から組んでいたとしたら。
 自分の助けを呼んでいた少女が無惨にも死んだ時、目の前の少年はその傍で笑っていたのかも知れない。

123:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:41:03 bs8alj+B
 ―瞬間が訪れるのは、いつだって唐突だ。
 竜堂終が咆吼する。異形の声で咆吼する。
 想像は怒りを。怒りは感情の噴出を。そして激情は変化を促した。
 肌が真珠色の鱗に覆われ、瞳孔が異形のそれに変わる。
 圧倒的な存在感と畏怖を見る者に与える竜王の姿へと、竜堂終が化粧していく。
 変化は外形だけに留まらない。竜堂終という存在が、凶暴な獣性に浸食される。
 ラッカー・スプレーで塗り潰されるようにじわじわと、だが素早く。理性が凶暴な顎に噛み砕かれる。
 ―霞んでいく人としての心象風景。最強の獣へと変じるための代償。
 守りたかったはずの人達。心に残る彼らの表情を、その獣は際限なく飲み込んでいく。
 それは、なんという矛盾か。
 復讐で喜ぶ故人は―いるのかも知れないが、少なくとも兄や茉理はそれを望む人種ではない。
 それは理解している。だが理解してなお、竜堂終は彼らのために怒り、復讐を為そうとする。
 ならばその彼らの笑顔を食い尽くしてまで行う殺戮とは―なんだ?
 意味など無い―それも、分かっている。
 この行為は無益。残るのは疵痕だけ。炎症を掻いて誤魔化すのと同じ。ただの自傷以外の何でもない。
 それでも変化は止まらない。一度始まってしまったのなら、竜堂終では止められない!
 溶ける理性。穿たれた笑顔。消失する意味。

 ―だが全てが暗闇に沈む寸前に、見えた物があった。

124:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:43:12 bs8alj+B
 最初は光だと思った。眩い光。暗闇では光を包めない。だから残ったのだろうと思った。
 だがその光も霞み始めていた。その金色が黒く薄れていく。光さえ獣性は食い尽くす―?
 違う。終は直感的に否定した。これは光ではない。
 ならばこの金色は何だ。万物を浸食する獣性に抗えているこの『強さ』は―何だ。
 金色に触れるのを恐れるかのように、闇の侵攻は遅々としたものだった。
 そして気付く。その金色の背後に、死んだ兄と従姉妹の顔がある。
 守っているのだ。金色は、竜化が竜堂終から喪失させることを拒んでいる。彼らを守るために、その身を獣の牙に晒し続けている。
 ならば、なおさらその正体が分からない。
 兄貴は死んだ。茉理ちゃんも死んだ。ならば何だ? そうまでして竜堂終を守ろうとするモノは何だ?
 ―居るではないか。居たではないか。
 気付くと同時、金色が振り返る。金の髪をたなびかせ、強靭な『女王』が振り返る。
 彼らの旗。潰えたと思っていた旗。
 だが、そうではなかった。
「……ああ、そうだ」
 言葉を紡ぐ。狂乱する獣ではない、人としての言葉を。
 それを合図とするように、ささくれだったような鱗は再び人肌に戻り、針のように細められた瞳孔も丸く戻り始めた。
 ―取り戻す。竜堂終が、人としての心を取り戻す。

125:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:44:30 bs8alj+B
「……負けて、たまるか」
 憤怒が冷めたのではない―冷ましたのだ。終単身では制御できなかったはずの竜化を、制御していた。
 怒りはある。ともすれば簡単に吹き出すだろう。
 だが、それでも、
(……そうだ。俺は託された)
 ―あの時、ダナティアが自分を止めた理由。
 それが分からないほど終は愚かではない。それを伝えられないほどダナティアは無力ではない。
 憎しみに任せての殺人を自分の仲間達は止めてくれた。それを無駄にする? そんなことには耐えられない。
 自分が手玉に取られた所為で舞台は崩壊した。そんな失態を二度も晒す? そんなものは冗談にもならない。
 彼らは憎しみの連鎖を起こすために凶行を止めたのではない。竜堂終は、竜堂終の自意識をもって敵を退けなければならない。
 ―そうだ。やはり彼は単身で竜化を制御していたのではない。
 竜堂終を、人として繋ぎ止めていたのは―
「あんたなんかに―譲れるかっ!」
 ―遺志だ。ダナティア。ベルガー。メフィスト。彼らが竜堂終に託していった遺志だ。
 目前では少年ががゆっくりとした動作で立ち上がっている。左腕は折れ、それでも退かずに立ち向かってくる。
 その様はまるで不死身の怪物のよう。竜すら喰らう巨大蛇のよう。
 それでも竜堂終は前進する。受け取ったものを無駄にしないためにも。
 遺志とは継ぐもの。後継者を守り、正しい方向へと導くものだ。
 そう―竜堂終には、遺志がある。

126:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:46:10 bs8alj+B
◇◇◇

 片や己の意志により喪失を埋めようとする怪物。
 片や託された遺志により喪失を防ごうとする怪物。
 彼ら怪物達の咆吼は、示し合わせたかのように同時だった。

「―うぁあああああアア!」
 刃を構え、古泉が走る。
 必要なのは速度。だが怪物を超越できる加速を古泉は持たない。
 ならば用いるのは古泉一樹にとっての最速。腕の痛みに苛まれながら、それでも出せる限りの脚力を尽す。
 勝算は低い。だが何もせずにに死ぬのは我慢できない。それは古泉一樹の意志が許さない。
 ―そして、必殺を期するため、白刃を掲げ―

「―ぉぉおおおおオオオ!」
 竜堂終は構えを鋭化させていった。不思議と腹部の傷は痛まない。
 それは不完全ながらも竜になりかけた効果なのだろうが、終には違うように感じられていた。
 支えられているのだ―そう、思えた。これならば安心して力を振るえる。
 だが油断するな。怪物相手に油断をするな。継承した遺志を無駄にはするな。
 拳を引き絞り、待つ。傷はまだ深い。跳んだり跳ねたりはできない。
 故に、狙いはカウンター。一歩の踏み込みと一撃のみの拳打に全身全霊を込める……!
 ―そして、必殺のタイミングを計るため、敵を見据え―

127:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:47:51 bs8alj+B
 ―だが突如、もう少しで終の間合いに入るといった所で、古泉がナイフを地面に落とした。
(なんだ!?)
 終が驚愕したのは、敵の寸前で武器を取り落とすという間抜けにではない。
 敵のその動作が、明らかに意識的に行われたものだということに気付いたからだ。
 古泉が右腕を振りかぶった。何かを握っている―
 だがそれを終は視覚で捉える前に、触覚で感じることとなった。
 左腕が動かせないため不自然な投擲となったが、それでも投げつけられた何かは投網のように広がり、終の眼球を汚染する。
(……土!)
 瞼の内側に砂が入り込み、視界が奪われる。
 先程終に吹き飛ばされ、立ち上がった時、古泉はそれを握りこんでいたのだ。必殺を期するために。
 そう。古泉に力はない。だから勝つには不意打ちしかない。
 ある程度離れていても、投げつけられた土は十分に目つぶしとしての効果を発揮する。
 終は焦った。敵は怪物。ならばこちらが見えていない間に自分を殺すのは道理。
「この―!」
 苦し紛れに拳を放つ。だが、当たるはずもない。
 ―奇襲、不意打ちのメリット。それは何か。
 ひとつは技量、身体能力を無価値に出来ること。武術の達人でさえ、暗闇で背後から金属バットで殴られればチンピラに敗北する。
 そしてもうひとつ。敵を焦らせ、正常な判断力を乱すこと。
 目で見えないのなら、音で判断すれば良い―終がそれに気付いたのは、拳を放ってしまった後だった。
 失策に舌打ちをしながら、それでも拳を引き戻す。音を吸収する森という悪条件を呪いながら、敵の位置を探る。
 だが敵の位置が分かったのと、背後からの衝撃は同時だった。強い衝撃。
 目が見えないということもあったが、それでも抗えたはずだ。だがその理屈に反し、終が転倒する。
 拳打を主力とするならば、背後はほとんど無防備だ。それを晒しているという事実に寒気がする。
 一秒でも早くその悪寒を振り払うために、立ち上がろうとしたところで―
 終は、己の敗北を知った。

128:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:49:15 bs8alj+B
「……あ」
 足が、動かない。下半身は感覚さえない。背中に鈍痛を感じる。
 すでに、攻撃は終わっていたのだ。
「……両断されたのだから、勿論背中にも傷口はありますね?」
 倒れた終の頭上から、古泉の声が響く。
 終の背中の中心。修復中で脆くなっていた背骨を通る脊髄を断ち切るように、コンバットナイフが刺さっていた。
 砂を投げた後、古泉はすぐにナイフを拾い、終の脇をすり抜けるようにして安全な背後に回り込んだ。
 そして片腕という非力さを補うために、全体重を掛けて押し倒しながらナイフを突き刺したのだ。
 危険は多かった。背後に回る際、終が闇雲に打った拳が一発でも当たっていれば古泉の負け。砂の目潰しも持続性は高くない。
 終が重傷を負っていて身軽に動けなかったからこそ成功した、古泉一樹に可能だった唯一の奇策。
 そして殺人の感触に疲労しきった微笑みを浮かべながら、古泉は刺さっているナイフの柄尻に足を乗せ―
「……すみません。僕が、進ませて貰います」
 ―全体重を掛け、一気に踏み込んだ。



【100 竜堂終 死亡】
【残り41人】

129:怪物対峙 ◆CC0Zm79P5c
07/02/15 18:49:58 bs8alj+B
【C-5/森/1日目・23:55頃】

【古泉一樹】
[状態]:左腕骨折/落下による打撲、擦過傷/疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない

130:機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o
07/02/15 23:43:00 14P9isGE
カリオストロ。サン・ジェルマン。パラケルスス。シュー・フー。
 そう呼ばれたのは昔の話―――。


※※※

 細葉巻(シガリロ)を曇らせながら、この部屋の主―――イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファーは目を細めた。
モニターには当初の目的であるデータが随時更新されつつある。
 我が君―――カイン・ナイトロードは一度灰となった。
原因は宇宙から地球に向かって放り出されために。
自身の弟の手によって。
だが彼の中に巣食う破壊者達は死んではいなかった。長い時間を有し蘇生。復活。
しかしまだ完全ではない。
かつて、同胞達と共に六百万人を殺戮したカインはまだ不完全な存在。


131:機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o
07/02/15 23:44:27 14P9isGE
 我々、薔薇十字騎士団が何の理由もなく誰かに力を貸す事は無い。
目的があり、利益があるからこそ彼等に力を貸しているのだ。
彼等は彼等の目的に夢中になってればいい。
その間に私達は私達で、この殺し合いの真の目的を果たさせてもらう。
 私達の目的――。
 参加者達の戦闘データを集めること。詳しくはその能力のデータ収集し、カイン復活の資料にするのが目的。
人間誰しも自身の命の危機には予想以上の力がでる。
だからこそ、この環境はデータ収集にもってこいの環境であった。
 盗聴やら刻印とやらもコチラにとってはデータを効率よく採取するための道具に過ぎない。
 盗聴は作戦中の暇つぶしの道具。少し能力を持つ参加者ならば発見できてしまうチャチな代物。


132:機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o
07/02/15 23:45:17 14P9isGE
 刻印も盗聴機器とそんなに変わらない。付け加えると我々に対する抑止効果とデータ収集の効率をよくするためでもある。
 神野蔭之が制作した刻印に新たな機能を付け加えたのもこのためだ。
データを収集するからには詳しくて、できるかぎり多いデータが欲しい。
 刻印の中に参加者達の能力観測用の魔術(アルチ)を施さしてもらった。
そのデータが目の前のモニターに今もなお、写しだされている。
 ダナティア達、一行にはとても感謝している。
あそこまで騒ぎを大きくしてくれなければ、この巨大な“力”の観測には成功しなかったであろう。
 ウルトプライド、フレイムヘイズ、黒魔術、etc、etc………。

この短い時間でここまでしてくれるとは。



133:機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o
07/02/15 23:46:09 14P9isGE
※※※

 実はもう一つ、困難とされ廃棄された作戦がある。

 それがクルースニク02の覚醒。
当初の目的では“02”もこのゲームに参加させる予定ではあった。
 勿論、コチラの独断でだ。
しかし、その存在はこちらの作戦をも破壊してしまう力を持つ。
さらには我々に不利な点を参加者にばら蒔き、作戦に支障がでる可能性もありうる。
このゲームの崩壊。それだけは回避しなくてはならない。



134:機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o
07/02/15 23:47:24 14P9isGE
 短くなった細葉巻を灰皿に押しつける。
そろそろ放送の時間だ。

「安心、それが人間の最も近くにいる敵である――シェークスピア」

 そう呟いた時、モニター上の生存を表していた光が複数個消えた。
 その一つには見覚えがあった。 ナンバーは…………………。
「NO.26か」

 私もディートリッヒのことは言えないらしい。
 死亡者リストを手に取るとケンプファーは立ち上がった。


魔術師の指先が奏でしは、
破壊と殺戮の交響曲
彼の伴奏にあわせて、いざ詠え、堕落せし者よ。
───我ら、炎によりて世界を更新せん!


【23:55分頃】




135:正 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:13:26 kvaL3+TY
 懐中電灯の光ひとつを頼りに暗闇を進む。足元に注意して歩いていくだけの、単調な作業。
 しかしそれが安全な行動であるかといえば答えは否、危険である。なぜなら今、この島では物騒なゲームが行われている。
最後まで生き残った者一人が勝者という、単純明快なルールのゲームである。要するに殺し合いゲームだが。
 クリーオウ・エバーラスティンもその参加者の一人であって、他の参加者に狙われる立場にある。ましてやクリーオウの
装備は拳銃一丁で、しかもクリーオウは決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに
拳銃を使ったことなど一度しかなく、無力に近い状態であるということは否定できない。要するに殺人上等な戦闘狂だとか
自分が生き残るために皆殺しを覚悟した一般市民だとかに狙われた場合、その生存確率は非常に低いといえる。不安だ。
 例えば今。クリーオウは懐中電灯の光を正面と足元を交互に向けて照らしている。懐中電灯の光というのは少ない電力
で照度を得るために光束を集中しているから、向けている方向は明るいがそれ以外は暗い。容赦なく暗い。何しろここは
明りのない地下道で、ついでにいえば地上もそろそろ太陽の沈む時間である。周囲は闇。ひたすらに暗闇が広がっている。
 そんな真っ暗闇の中に、誰かが潜んでいないと誰が保証できる? ましてやその「暗闇に潜んでいる誰か」がクリーオウ
に敵意を持っていないんてことは誰にも保証できない。そしてその「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」
が、ちょいと気まぐれを起こしてクリーオウに襲い掛かったとすれば、クリーオウ・エバーラスティンの人生はそこで
終わりだ。死ねば暗闇に怯える恐怖も絶望もないが、ついでに未来の夢と希望もない。

136:正 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:14:02 kvaL3+TY
 そういうわけで、クリーオウ・エバーラスティンは最大限に警戒しながら目的地へと進んでいる。目的地はG-4、何の
酔狂で作られたのか判らないが、とにかく地図上には存在する城の、地下である。そこにピロテースがいる。地下である
以上、彼女に会っても周囲は暗闇で、「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」の襲撃を警戒する必要はある
だろうが、一人ではなく仲間がいるというのは安心できることだ。それに、仲間はピロテースだけではない。少し遅れて
クエロとせつらも来るはずだ。クリーオウも含めて合計四人のパーティ。サラと空目が欠けて、四人。あの学校に集った
皆も、たったそれだけになってしまった。
 そして、これからもまた欠けていくのだろう。
 次は自分かもしれない。いや、その可能性が一番高い―と、クリーオウはどこか冷静に考えた。何しろ四人の中で
最弱なのは自分だ。というより、自分だけが弱い。無力だ。例えば今、「先行している仲間と合流する」というたった
それだけのおつかいにすら怯えている。
 と、そこでふと、クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
 決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに拳銃を使ったことなど一度しかなく、
無力に近い状態であるということは否定できないクリーオウを、
 クエロ・ラディーンと秋せつらは、
 何故、
 一人で送り出したのか―

137:正義 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:14:43 kvaL3+TY
 考えてはいけないと思いつつもクリーオウは考えてしまう。大した距離じゃないから自分を信頼してくれた、なんて
美談はない。何しろここは今、問答無用容赦無用情け無用の殺人ゲームの真っ最中だ。クエロとせつらの二人が絶対に
クリーオウを護ってくれるなどと盲信しているわけではないが、それでも今さら切り捨てるぐらいならまず前提として
無力なクリーオウを仲間にする理由がない。安全確実を狙うならクエロとせつらはクリーオウと行動を共にするのが
最善策で、そんなことはあの二人だって判っているだろう。ピロテースとの合流が遅れるというのは建前にしかならない。
何しろピロテースも放送を聴いて、こちらに何かがあったことぐらいは気付いているはずだ。死体実験の現場を見られ
たくない、というのも建前以上の理由にはならない。そんなことは今さらである。
 さて。
 ここで思い出すのは、第二回放送前に不幸にも欠けてしまった仲間、ゼルガディス・グレイワーズである。
 彼もまた、今のせつらと同じようにクエロと二人で行動し、クリーオウからは何が起こっても判らない場所へと出かけて
行って、そして、帰って来なかった。
「―そっか」
 クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
 今さらだが蛇足を描こう。
 音というのは大気の振動、波である。波は物に当たれば反射する。つまり音というのはそういう理屈で反響して、意外に
遠い場所までうっかり届いたりする。地下道みたいな閉鎖空間ならなおさらだ。例えば暗闇に怯えてちんたら進んでいた
金髪小娘の耳に、半キロほど離れた場所の戦闘音が届いたりすることもある。偶然だが。その戦闘音というのが例えば細い
ワイヤーが風を切る音だったり、男女の諍いの声だったり、拳銃の撃鉄音だったり、あとはなにやらプラズマ的な音だったり
する、こともあるだろう。ちなみにクエロの武器である魔杖剣というのは、拳銃と似た機構を持っていて、クエロはそれで
プラズマ的な魔術を使うそうだ。
 これ以上ないほど、蛇足である。

                        ○


138:正義に ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:15:20 kvaL3+TY
 ドクロちゃんはふと、『桜くん』と刻み込んだ巨木相手のバッティング練習をやめた。もちろんフルスイングだ。
 しばし虚空を見上げ、おもむろに<くんくんくん!>と匂いを嗅いで、
「焼肉……!!」
 と叫ぶ。そう、ドクロちゃんの天使的嗅覚はお肉の焼けるジューシースメルを嗅ぎつけてしまったのです……!
「早く行かないとボクのお肉が売り切れちゃう! ああもうダメだよ桜くん! 桜くんにはボクのお肉をあげるから……!」
 そして釘バットを片手にムーンウォークで全力ダッシュ。
 と、おもむろ急ブレーキをかけて立ち止まり(急ブレーキは事故の元です。注意しましょう)、
「このビリっとした感じ……ダメッ!」
 <ぶうんっ!>と振られた愚神礼賛の先端が音速超過の水蒸気を引いて、
「そんな電撃で桜くんを幼女趣味に引き込んだりしたらダメなんだからッ……!!」
 そのまま上天へと大跳躍。
 見よ―その姿。
 どこかのお医者さんを見に来た月さえ<おおっ>と月光を強めてしまうそのボディ。愛らしい顔立ちの口元からは涎が一筋。
 それはまさに天使の降誕ともいえる一枚絵。大上段に振り被った釘バット『愚神礼賛』が、月光を反射してキラリと光ります。
 そして天使は重力の鎖に引かれ、大地に……!
「―地球割り」

                        ○


139:正義によ ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:16:11 kvaL3+TY
 死体は禁止エリアへ。不法投棄業者の気分で炭化した人間の残骸を投げ込んだ。刻印が発動し、彼の魂を貪欲に略奪する。
 これで証拠隠滅は充分だ。禁止エリアに踏み込む生者はいないし、死者に口はない。
 クエロ・ラディーンはそこまでやってようやく、一息をついた。
(これでいい。証拠が無ければ追求もされない)
 最も、追求されたとしても大した問題ではない。サラも空目も死に、ゼルガディスとせつらも殺した今、
 クエロを追求してくるとすればピロテースのみだ―クリーオウは誤魔化せる。
 ピロテースをどう誤魔化すか、というのは難問だった。何しろ前提として、疑われているのだから。
 彼女を納得させられるだけの嘘を幾通りか考え、一番勝算のある案はどれかと考える。
 第七階位咒式の使用で負荷のかかった頭で、採用した案は単純なものだった―クリーオウを使う。
 クリーオウ・エバーラスティンは無力で純真な少女だ。自分のような、薄汚れた咒式士―処刑人とは違う。
 クエロの言葉は信じられずとも、クリーオウの言葉は信じられる。今までもそうだった。ならばこれからもそうするまでだ。
 彼女を騙すのは簡単だ。今の自分の惨状を見せて―『襲撃され、せつらが殺された。反撃したが、逃げられた』。
 クリーオウがこれをどうやって疑える? 身体の傷は戦闘の証拠―咒弾が減っているのは反撃したから―せつらの死体は襲撃者の手

で禁止エリアに投げ込まれた―
 クリーオウへの説明はこれで充分だろう。何しろ、クエロはこのゲームが始まった当初からクリーオウと行動を共にしている。
 一番縁の深い仲間。あの少女がこちらを疑う理由は、ない。
(本当に役に立ってくれるわ、クリーオウ)
 胸中で、感謝する。言葉に出せるほどの余裕はない。
 と、足がもつれた。
「っ!」

140:正義による ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:16:52 kvaL3+TY
 無様に倒れる。
 どうにか受身は取ったものの、少し擦り傷が出来た。とはいえ傷の一つや二つは今さらでしかないが。
 身体中にある無数の傷。そこから滴り落ちる血液は体力そのものであり、負傷から来る熱がじりじりと残った体力を蝕んでいく。
 痛覚などは随分前から忘却の彼方にある。アドレナリンの過剰分泌という問題だけではない。脳にそれを処理するだけのキャパシティ

が不足している。咒式。演算。頭痛。電子が磁場へ電荷との積を―
「う―」
 意識が危うい。身体が休息を欲している。筋肉がアデノシン三リン酸を食い尽くしている。あとどれだけ動ける? 2-ヒドロキシプロパ

ン酸すなわち乳酸に漬かった気分。
 刻印さえなければ。この身体が正常で、咒弾があり、〈内なるナリシア〉があれば。咒式が好きなように使えればどいつもこいつも大

した敵ではない。管理者も。ギギナも。そして臨也も。アマワも。
「……臨也。折原臨也。ガユスを殺した折原臨也」
 名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「……アマワ。未来精霊アマワ。この下らないゲームを仕組んだ未来精霊アマワ」
 名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「私は負けない。私は処刑人。私は殺す。幾ら奪われても尽きない憎悪で私は殺す―」
 呟きの果てに―
 クエロはようやく身体を起こした。
 まだ動ける。いや、動かねばならない。
(まずは……クリーオウ、ね)

141:正義による処 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:18:07 kvaL3+TY
 贖罪者マグナスを抱き、縋るように足を進める。右、左、右、左、右左左右右右左―歩き方とはどうだったか?
 そんな些細なことすら考えなければ判らなくなった自分を、クエロは嘲笑した。
 まずは右、と一歩を踏み出して、暗闇の中から光が来たのを感じた。懐中電灯の照明。
 光に目を細め、光源に向かって言葉を投げる。
「クリー、オウ?」
 返答は一拍置いてから。
「……クエロ」
 感情を押し殺した声音で、クリーオウ・エバーラスティンが近付いてきていた。

                        ○

「クエロ、……せつら、は?」
「……ごめんなさい、クリーオウ。さっき、誰かに襲われて。せつらは……」
 クエロ・ラディーンが何か言っている。だが違う。
(わたしが聞きたいのはそれじゃない)
 クリーオウ・エバーラスティンは言葉を無視して、クエロに近付いた。
 その時には、クエロも気付いていたのだろう―こちらの手に握られているものを。
 強臓式拳銃“魔弾の射手”。
 クリーオウは両手でそれをしっかりとホールドし、銃口をクエロに向けた。照準は胴体―無理に頭に当てる必要はない。今のクエロ
・ラディーンにとっては、一発の銃弾が致命傷になるだろう。
 せつらとの戦闘でついたのだろう負傷。そのお陰で自分が優位に立てる。クリーオウは彼に感謝して、トリガーに指をかけた。
 そして銃弾ではなく、言葉を撃ち放つ。
「……せつらを殺したんでしょう」
 その言葉は。
 表面上は、何の変化も及ぼさなかった―あくまで表面上は、だが。

142:正義による処刑 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:18:50 kvaL3+TY
 表情に変化はない。体勢に変化はない。呼吸にも変化はなく、心臓の脈動すら一定のままで。
 だが―皮一枚隔てた裏側、骨肉と体液の逆位置で、蠢いているものを感じる。いや、蠢いているのだとクリーオウは想像した。
 あるいはそれはただの妄想かもしれないが、少なくとも、目に見えず耳に聞こえぬレベルで、クエロの何かが変化した。
 彼女は明日の天気でも聞くように、静かに言ってくる。
「ええ、そうね。それで―」
 と、視線で拳銃を示し、
「―それであなたは何をするの? まさかそれで私を殺せると? あなたにそれが、」
「わたしができるかできないかは関係ないの」
 クエロの言葉を遮って、クリーオウは言った。
「前に使ったことがあるから分かるの。わたしがどう思っていようがおかまいなしに、指を少し動かせば弾が出てクエロに当たる」
 言って、改めてその重さを実感する。
 拳銃。この鉄の塊は人を殺すための重さだ。
「答えて、クエロ―なんでせつらを殺したの?」
「その理由があなたの意に沿わないものなら、私を殺すというわけね」
 その言葉には懐柔が、その視線には嘲笑が含まれている。
 クエロ・ラディーンはこういう状況で、何の絶望もしていない。そのことにクリーオウは少し驚いた。
 驚いて、しかし考えを変えた―彼女は単に、絶望し続けていただけではないか?
「……違う。わたしは撃つつもりなんてない―でも、クエロはこうしないと本当のことを言ってくれないでしょう?」
「あなたに撃つつもりがなくても、指が動けば私は撃たれるんでしょう?」
 その言葉には嘲笑が、その視線には懐柔が含まれている。
 放たれるたびに、こちらの何かが剥ぎ落とされていく。それは決意か覚悟か憎悪か、あるいは哀れみか。
「自分を騙したって無駄よ、クリーオウ。あなたは、せつらを殺した私なんて死んでもいいと思っている」
 その言葉には弾劾が、その視線には憐憫が含まれている。

143:正義による処刑執 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:19:38 kvaL3+TY
 これではまるで、尋問されているのは自分の方だ―ふと、クリーオウは苦笑した。
 事実、そうなのだろう。クリーオウ・エバーラスティンは裏切りの事実から感情を制御できていない。
 そしてクエロ・ラディーンは、殺人の事実から感情を完全に制御できている。
 ならば、そのもみくちゃになった感情をそのままぶつければいい。
 クリーオウはそう思い、クエロが言葉を―言葉に似せた茨の檻を―放つ前に、自分から言葉を放った。
「約束する。わたしはクエロを撃たない。だから答えて」
「なら、武器を下ろしなさい。武器を持ったままの約束が、信用に値すると思っているの?」
 言われて、クリーオウは銃口を下げた。そのまま、デイパックに仕舞った。
 その―無防備になった瞬間に。
 クエロが動くのは分かっていた。分かっていたが、クリーオウにはそうすることしかできなかった。
 短剣が動く。刃が懐中電灯の灯りで煌き、銀光がクリーオウへと迫る―
 刹那。
 豪音と共に、クエロの背後に何かが落下してきた。

                        ○

 落ちてきた少女は土埃にケホケホと咳をして、釘バットを手にクルリと一回転した。
 その回転速度で大気が動き、ゴウッと豪風になって土埃を吹き飛ばす。
 と、そこで見知らぬ人影二人から注視されていることに気付き、釘バットを振り上げてポージング。にっこりと笑う。

 撲殺天使ドクロちゃん、堂々の登場である。

「こんにちはー!」
 まだ昼間だというのに『こんにちは』と挨拶をするドクロちゃん。うっかりニューヨーク出身かと思ってしまうが単なる時差ボケであ

る。
 その天然ボケっぷりには誰もが微笑んでしまうだろう。撲殺天使ドクロちゃんは魔性の女である。

144:正義による処刑執行 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:20:36 kvaL3+TY
 とはいえそんなことは全く知らないのがクリーオウ・エバーラスティンとクエロ・ラディーンの金髪コンビ。
 クリーオウは呆然としたまま、クエロはなんとか魔杖短剣をドクロちゃんに向けたが、咒式をトリガーするかどうかは決めかねている。
 と、挨拶に返事が無いことに怒ったドクロちゃん。プンプンと頬を膨らませ、ブンブンと愚神礼賛を振り回して、
「もうっ。誰かに挨拶されたらちゃんと返さないと、ちゃんとした大人になれない―」
 そこでハッ、と何かに気付いたかのように後ずさり、
「まさか―もう桜くんにイケナイ手術を……!?」
 呟いて、イヤイヤと首を、ブンブンと愚神礼賛を振って、
「そんなの―フキョカッ!!」
 <カッ!!>と目を見開いて愚神礼賛を投げつけるドクロちゃん。
 投げられた愚神礼賛は―ああ、なんということだろう。
 猛烈なスピンのかけられた鉄バットはその空力特性を存分に活かし、土埃を纏っていくではありませんか。
 土色に染まり、地面スレスレで飛来するその鉄バットはそう―大リーグバット2号!
 大地の保護色に彩られたバットに、クリーオウは反応できない。
 反応できたのはクエロ。地面スレスレで飛来する愚神礼賛にあわせるように魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉を構え―
 しかし!
 大リーグバット2号はその対応をあざ笑うかのように<グワァ――ン!!>とホップした!
 その動きにクエロは対応できなかった。
 愚神礼賛が右の胸に突き刺さる。
 鉄バットに生えた鉄の棘がマグナスを弾き飛ばす。
 そして愚神礼賛の運動ベクトルを受け取ったクエロの身体が、ねじ回りながら吹っ飛んだ。
「クエロ―!」
 クリーオウの叫びに、クエロは残る左肺の空気の全てを使って、
「―逃げなさい!」
 叫んだ瞬間、血を吐いた。もはや声は出ない。出せない。
「っ、クエロ……」
 クリーオウは迷い、しかし、クエロの言葉に従って踵を返した。
「待ってて―ピロテースを呼んで来るから、待ってて―」

145:正義による処刑執行 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:21:28 kvaL3+TY
 地下道の暗闇に向かって走り出すクリーオウ。
 少女の身体が、はためく金髪が、すぐに暗闇へと呑まれた。
「逃げるのは―フキョカッ!」
 そしてそれを追いかけるドクロちゃん。軽やかなステップで走り出し、まずクエロに突き刺さった愚神礼賛を引っこ抜いた。
 鮮血が吹き出る。
「後で治すから―!」
 だけどそれを無視してドクロちゃんはクリーオウを追いかける。愚神礼賛じゃちゃんと治せないことなど、既にキレイサッパリ消えている。見たまえこの真っ白なショーツを……!
 血まみれ致命傷のクエロを一人残して、クリーオウとドクロちゃんは去った。
 ピロテースが来てもどうにもならないと、クエロ・ラディーンは判っていた。何しろ血まみれ致命傷である。
 あるいは咒式が使えればどうにかなるかもしれない―だが、魔杖短剣は弾き飛ばされて、手元にない。そしてそこまで這って行く体力も、クエロ・ラディーンには残っていない。
 暗闇の中、一人の時間が訪れた。
 そこにガユスが現れた。

                        ○

 そのガユス・レヴィナ・ソレルの姿を見て、クエロ・ラディーンは自分の死を再確認した。
 ガユスは死んだ―折原臨也に殺されて。精霊アマワに弄ばれて。だから臨也とアマワを憎悪する。
(死の寸前に見る幻覚―)
 声が響いた。
「クエロ・ラディーン」
 その声は、記憶にあるガユスのものと同じだった。
(死の寸前に聞く幻聴―)
 その思考を、クエロは打ち切った。
 目の前にいるガユスの―ガユスのようなものの姿を良く見る。

146:正義による処刑執行 ◆E1UswHhuQc
07/02/18 21:22:04 kvaL3+TY
 それは確かにガユスだった。記憶の全てに適合する。間違いなくガユス・レヴィナ・ソレルで、誤謬なくガユス・レヴィナ・ソレルだ

った。
 しかしそれは違うのだ。それはガユスではないのだ。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
 それはガユスの姿を真似ているだけだ。それはガユスの姿を模倣しているだけだ。それはガユスの姿をした贋作でしかないものだ。
 生体変化系咒式士の〈変幻士〉―否。これは違う。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
 これは万物に対する挑戦だ。これは生命に対する罵倒だ。これは人間に対する愚弄だ。これは―悪だ!
 思考が戻る。〈処刑人〉ではない正義の咒式士のそれに。
「―アマワ」
 出ないはずの声が、出た。
「不思議なことだ……なぜお前たちはすぐに分かる? どういう思考から確信を得ている?」
 ガユスの声で、ガユスの姿で、アマワは言う。憎悪が沸く。底無しに底抜けに、憎悪が湧き出る。
 これこそが、目の前にいるそれがガユスではないという確信だった。
 この感情は違う。
 ガユスに対する殺意ではなく、ガユスに対する憎悪ではなく、ガユスに対する悲哀ではなく、ガユスに対する愛情ではない。
「答えないのか」
 アマワが言う。クエロは答えない。
「ならばそちらが問うといい。わたしは出会った者に、たったひとつだけ質問を許している。その質問でわたしを理解せよ。理解して―

―証明せよ」
 アマワの言葉をクエロは聞いていない。
 ただ、這った。四肢に力を入れる。断裂した筋肉を気合で動かして、前に進む。
「……クエロ・ラディーン。問わないのか。問わないのであれば……お前には答える意思もないと判断するが」
 ガユスの姿をしたアマワがガユスの声で何か言っている―そんなものは雑音に過ぎない。
 なぜならあれはガユスではない。ガユスではなく、何物でも何者でもない。あれは存在しない。
 存在しないものが何かを言うはずもない。クエロに聞こえている言葉の全てはただの空耳に過ぎない―
 クエロは手を伸ばした。マグナスの柄を掴み、引き寄せる。咒弾は装填済み。
 咒式を紡ぐ。


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