06/06/24 03:38:24 ysLYb8YC
「そうですか。…………ありがとうございました」
志摩子は礼を言い、千絵の話を反芻する。
聖がどのように生き、苦しみ、楽しみ、堕ち、栄えていたか。
聖は確かに吸血鬼だろう。
最早、人の倫理は忘れ去り、自らの喜びの為に奔放に任せて生き遊ぶ。
血に飢えてアメリアを殺め、更に千絵を毒牙に掛けた。
理由は判らずも死にかけた青年にとどめを刺した。
闇に生き、ダナティアの仲間だという少女シャナにも牙を突き立てた。
その生き様は最早佐藤聖で在るべきものではない。
なのにどうして……
(なのにどうして、お姉様なの……)
血に飢えて倫理を忘れた『吸血鬼になった』事。
聖の変化はその一言で片づいた。
他は何一つ変わっていない。
勿論その一言が人の善性を尽く否定しつくし塗り替える悪しき一言なのは間違いない。
しかし言葉にすると、あまりに短くて呆気ない一言になってしまう。
「聖お姉様……」
戦わなくてはいけない。
戦うつもりだ、人間だった聖と共に生きた人間である志摩子として。
だけど……
(……私は、本当に戦えるの?
聖お姉様を………………………………殺せる、の?)
物理的な圧倒的戦力差は問題ではない。
志摩子の心には迷いが芽生えつつあった。
もう一人、彼女達の話を耳に挟み、思い悩む者が居た。
彼は藤堂志摩子に問い掛ける。
「藤堂さん。…………島津由乃さんには会いませんでしたか?」
「……いいえ。由乃さんはそもそも、最初の放送で名前を呼ばれて……
まさか、その前に由乃さんに会ったのですか?」
「そういうわけでは無いのですが……」
226:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(09/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:39:23 ysLYb8YC
保胤は静かに語り始めた。
「私が彼女に遭ったのは、既に殺されてしまった後です。
彼女の魄は強い未練に引かれて地に縛られていました。
あ、魄とは……」
「白骨に宿り地へと還る人の意志ですね。どうぞ続きを」
単語への説明が必要かと思い付け加えようとするが、志摩子はそれを制して続きを促す。
伝統的なミッション系の女子校に通っていながら、実は志摩子の実家は寺である。
流石に陰陽道には詳しくないが、保胤の居た平安京の死生観は知っていた。
保胤は頷くと話を続ける。
「無理矢理にでも成仏させるべきだったのかもしれません。
ですが、出来れば納得して自ら成仏を選んで欲しいと思い……」
言葉に詰まる。
「……いえ、言い訳は止しましょう。
私は術を知る者として彼女を弔い、確実に成仏させる義務を負いながら、
自らの甘さ故に彼女に仮の人型を与えてしまいました」
「仮の人型……?」
「実体の無い霊体と思ってもらえばよろしいでしょう。
歩き回り、人と言葉を交わす事も出来ます」
「っ!?」
息を呑む。
「それでは由乃さんは、今も何処かで……」
「いいえ」
保胤はそれを否定する。
「霊体のままで在る事は感情の抑制が効かなくなる極めて危険な事です。
だから私は、彼女に10時間の制限時間を与えました。
……それだけ有れば、誰か知人を見つけて遺言を残す事が出来ると考えたからです」
「………………」
志摩子は出会わなかった。
佐藤聖も出会っていない。
小笠原祥子は死に、福沢祐巳は灰色の魔女に意識を奪われているという。
彼女達と同じ世界から来た者は、他には居ない。
227:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(10/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:39:59 ysLYb8YC
「すみません。私はきっと、彼女を余計に傷つけてしまいました」
「そんな…………保胤さんは由乃さんの為を思ってやったのでしょう?」
「ですが……」
保胤は気まずく口を閉ざす。
たとえ如何なる理由が有ったとしても、彼が自責の念を感じている事は明白だった。
ふと気づいて訊ねる。
「どうしてその話を?」
「せめて、知ってもらうためです」
保胤は言う。
「島津さんが何を言い残したかったのか、私は知りません。
彼女本人が言い残せると思いこんでいました。
ですがせめて、彼女が未練に思うほどに誰かに言い残したい事が有った。
同じ地から来たあなたやあなたのご友人達に、何か言い残し、あるいは託したかった。
その事だけでも知っておいて欲しい。そう思いました」
「言い残したかった事……」
二つ、想像は出来た。
一つは自らの死への恨み言。
どんな聖人君子でも、死という生者には判らない苦痛の中で誰かを恨んでも仕方がない。
自分を殺した誰かへの復讐を言い残したとしてもおかしくはない。
しかし意識的にその可能性を切り捨てて考える。
もう一つは、生者に進んでもらう為に託す言葉。
自らの死が大切な人達を傷つけ、その心を壊してしまうのが怖く、悲しく、苦しくて。
だから生者に遺した言葉。
(もしそうだとすれば、由乃さんは誰に何を言い残そうとしたの?)
何かを遺そうとした事を知った今ならば、それを考える事が出来る。
それが本物の遺志かは判らなくても、想いを受け継いで繋げられる。
「保胤さん、ありがとうございます」
それはきっと大切な事だから。
* * *
228:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(11/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:41:19 ysLYb8YC
「…………畜生」
夜空は薄雲に覆われ、静かな月の光も、優しい星の光も届かない。
「ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう! ちくしょうっ!!」
闇夜には天の光さえ差し込まず、懐中電灯の無機質な明かりが闇を切り裂いている。
その闇夜から切り取られた一角に、赤い血溜まりと一つの死体が転がっていた。
無数の銃創が全身を穿ち、苦痛と絶望で固められた死に顔はただ闇夜を見つめていた。
「茉理ちゃん……痛かっただろうな……」
鳥羽茉理の死は随分と前から判っていた。
放送で呼ばれた事でその死は間違いのない事になっていたし、
あの島中に響きわたった悲鳴で、その死に様が恐怖と苦痛を伴う物だった事も判っていた。
だけどだからって、こうして目にしてみるとそれはどんな想像よりも悲痛な光景だった。
どうしてこんな事になったのか。
理由は幾つも有るけれど、その殆どが理不尽だ。
ただ、こうして放っておくわけにいかないのは間違いなかった。
「ダナティア、茉理ちゃんを……」
「ええ。……セルティだったかしら。お願いするわ」
ダナティアの要求に応えてシーツを持ったセルティが茉理の前に屈み込む。
あの奇妙なバクテリアは未だに終やダナティアに付着したままだ。
メフィスト医師は駆除出来ると言うが、制限のせいで少し時間が掛かるらしく後回しになっている。
だから今の終やダナティアが茉理の体に触れれば、その身を冷たい夜風に晒してしまう。
それに茉理という少女とて、友人である異性に無惨な体を曝されるのは嫌だろう。
終、ダナティア、セルティ、ベルガーという狙撃に強いこの人選の中ではセルティが一番適任だ。
(首の無い女に触られるのも嫌かもしれないがな。……それにしても、無惨な物だ)
肩口、脇腹、腹部、太股、そして額に穿たれた銃創……。
セルティは哀れみと共に茉理の遺体をシーツで包み、その傷を覆い隠していく。
額にはシーツの端を破った包帯を巻いた。
最後に茉理の顔に触れて、その瞳を優しく閉じてやった。
絶望を映して闇夜を見続ける瞳が、静かな眠りに就けるように。
終はその作業が終わるのを待って、一言だけの言葉を掛けた。
「…………おやすみ、茉理ちゃん」
夜は更けていく。
229:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(12/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:42:08 ysLYb8YC
………………。
「……あの昼前の放送を行ったのが彼女なら、これがその道具かしらね」
ダナティアは屋上の床からメガホンを拾い上げた。
落ちた時にスイッチがオフになったようだが、オンにしてみるとブツという音が遠く響いた。
すぐにオフにする。
雨に濡れもしただろうに、どうやら問題なく使えるらしい。
「ああ、そのようだな」
そういうベルガーの手には奇妙な物体が握られていた。
金の装飾をあしらった刃の無い黒い柄だ。
「それは何?」
「俺の得物さ。……こんな所で出会うとは思わなかったがね」
強臓式武剣”運命”と精燃槽一式。
死の運命さえをも断ち切る強大な力。
「力は集まってきたわね。武器を生き残りが持っていくのだから当然だけれど」
「その一方で今も参加者達は殺されている。何より強い本当の力が失われていく」
「……結局、追いつめられているわけね」
「そうだな。…………ああ、そうだ」
ダウゲ・ベルガーはダナティアを見つめ、問い掛けた。
「ダナティア皇女、二つ訊いておきたい事がある。
彼女は、テレサ・テスタロッサは何故死んだ?」
「……誤殺よ。あたくしの領分のミスだわ」
ダナティアは返答する。
テッサの事など、別れていた間の事は、互いにまだ詳しくは話していない。
先に埋葬などの別の作業を済ませた後で、改めて詳しい情報交換を行う予定なのだ。
「そうね、あなたには先に話しておくわ。
あなたはあたくし達と会う前から彼女と居たのだから。
彼女は相良宗介を庇って死んだ。そして相良宗介は生き残った。
あたくしの放った力がテッサを殺し、助けられず、死んだ。
挙げ句に後で必要になって、その死体からも物を奪う事になったわ」
その言葉から感情は測れない。ダナティアの心は冷たく硬く凍り付いている。
230:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(13/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:43:00 ysLYb8YC
「君は、これからどうするつもりだ?」
「前に進むわ。……それしかしてやれないもの」
残るのは意志だ。
凍る心の一角で、その意志が蒼く静かに燃えている。
「テッサが生かした相良宗介は、片腕を失ったけれどある程度の安定を得たわ。
千鳥かなめが同行している間、彼がゲームに乗る可能性は低くなったでしょうね。
本当は同行させて護りたかったのだけれど、それは拒否された。
テッサの為に他にしてやれる事はこのゲームの打倒を目指す事だけ。違うかしら?」
「さあね。けど、それが正解の一つである事は間違いないだろう」
ベルガーもその事は認めた。
この狂ったゲームの破壊は、ゲームを望まずに死んだ全ての者に対する弔いとなるだろう。
「……君も変わったな。まるで燃える氷だ」
「そうかしら?」
「ああ。最後に会った時は氷を隠して燃えているようだった」
思い返す。そういえば彼とは10時過ぎに別れて以来だ。
「……そう、あなたと会うのは随分と久しぶりだったわね」
「顔を会わせたのは8時間前だったな」
「ええ、随分と前よ」
その後に二度の放送が有り、そしてテレサ・テスタロッサが死んだ。
ダナティアの最大の友であるサラ・バーリンが死んだ。
「それじゃ、二つ目の質問だ。
……君はさっき、力は集まってきたと言った。それはそのメガホンも含んでの事だな?」
「ええ、そうよ」
「君はそれをどう使う?」
メガホンでの島中への呼びかけは極めて危険な行為だ。
もしそれで仲間を集めようと言い出すならば、彼女は冷静さを失っていると言わざるをえない。
ダナティアはベルガーを見つめ返す。氷のように、硝子のように揺らがぬ瞳で。
「そうね、あたくしならこれで島中に呼び掛けるわ。そして……」
その内から噴出したのは確かに炎だった。
「あたくしという存在を宣言するわ。
ゲームに乗ったバカ達が大勢集まる事も前提にして」
231:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(14/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:44:21 ysLYb8YC
「……正気か?」
「正気も正気、大真面目よ。安心して、この場でやる程バカでもないわ。
あたくし、負ける準備をするつもりはなくてよ」
ダナティアはメガホンの危険性を正しく認識していた。
その上でそれを行うという選択肢を視野に入れていた。
「……焦ってやしないだろうな?」
「焦る? まさか」
―最も失いたくなかった存在を失った今、彼女が焦る理由など有りはしない。
「自棄になってもいないな?」
「当然よ」
―やるべき事、為したい事が有る以上、自棄になる理由も有りはしない。
「あたくしは勝ちに行くわ。求めるのは必生にして必勝」
失った者達の為に。サラ・バーリンの残したであろう想いを継ぐ為に。
そしてまだ失われていない者達の為に。
その意志を知ってベルガーは小さく息を吐く。
彼女はまだ、何一つ壊れてはいない。
ただ凄みを増した、それだけだ。
「それじゃ、やるべき事は山のようにあるな」
「ええ。埋葬に、体勢の立て直し。ゲームを打ち倒すための前進。
灰色の魔女カーラの事に、吸血鬼達の事……そしてシャナの事」
「……ああ。皇女よ、頼む」
ダナティアの胸元でコキュートスが煌めく。
ベルガーは午前中に小耳に挟んだ話を思い出した。
「それがコキュートス、そしてアラストールの声か」
「そうだ、ダウゲ・ベルガー。あの子が世話になったそうだな。礼を言う」
「いや。……結局、俺はシャナの荷を降ろしてやる事は出来なかったよ」
焦りから全てを排斥してしまった孤独。
吸血鬼化の進行に伴う汚辱。
坂井悠二の死。
そして、血塗られた遺品を手に霧の彼方へと飛翔したシャナ。
ベルガーの言葉は届かず、ダナティアは間に合わなかった。
232:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(15/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:45:09 ysLYb8YC
「……歯痒いわ」
「まったくだ」
「………………」
三者は口を閉ざした。
想いが重い、短い沈黙。
「…………皇女はかつて、あの子を生かすと言った。だが、まだあの子を……」
「当然よ、アラストール。少なくとも命と魂は救うわ。例えそれが残酷な事でも」
命と魂は救う。生かして吸血鬼の汚染から解放する。
ならばとベルガーは問う。
「心はどうするつもりだ?」
「生き残りさえすれば、改めて時間を掛けて癒す事も出来るわ。
だいたい、一日二日で癒える傷なわけはないでしょう」
「………………そうだな。まったくもってその通りだよ」
第三回放送までに呼ばれた死者の数は60にも及ぶ。
藤堂志摩子の大切な友人であり、保胤により与えられた幽霊の時間の末に果てた島津由乃。
ベルガーの友であり、あまりに早い時期に死体で再会したへラード・シュバイツァー。
ダナティアと出会い、短い間だけ共に歩み、そして僅かな隙に死んだ朝比奈みくる。
竜堂終の兄、竜堂家を束ねる頼れる家長であったが早くに殺された竜堂始。
海野千絵の親友の幼なじみで、仲間だった物部景。
海野千絵と共に正義の心を燃やして燃え尽きた、リナの仲間アメリア。
藤堂志摩子の大切な友人の義姉で、出会う事なく何処かで死んだ小笠原祥子。
竜堂終が灰色の魔女カーラに操られて殺害してしまったオドーという男。
竜堂終の大切な友で、仲間で、参加者への結束を呼び掛けた為に殺された鳥羽茉理。
藤堂志摩子を護り、護られ、少しの間だけ共に歩み、そして再会叶わずに死んだ袁鳳月。
藤堂志摩子に祐巳を護った事、聖の事を伝え、その後にやはり再会叶わなかった趙緑麗。
ベルガーと出会いダナティアと歩み、宗介を庇って事故死したテレサ・テスタロッサ。
ダナティアと出会い、喋るモトラドを残してはぐれ、何処かで死んだいーちゃん。
シャナにとって最も大切だった、残酷なゲームに一人挑み続けて惨死した坂井悠二。
ダナティアの掛け替えのない親友で、夜闇の魔王に宣戦を布告するも散ったサラ・バーリン。
233:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(16/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:46:45 ysLYb8YC
今ここにいる彼らと関わりのある者達だけでも、こんなにたくさんの人々が死んでいる。
朝比奈みくるやテレサ・テスタロッサ、シャナの知人は更にもう少し居たはずだ。
その死者達が失われて出来た隙間は埋まらない。
どれだけ新たな絆を繋げても、どれだけ記憶の闇に封じても、その隙間は埋まらない。
例え時間が傷を癒しても、そこには消えない痕が残る。
いや、それ以前に……
「だけど、独りぽっちじゃ傷の痛みを忘れる事もできはしない」
「……そうね、まったくもってその通りだわ」
シャナは今、どこでどうしているのだろう。
それは判らない。
判らないが、きっと独りぽっちで居るのだろう。
コキュートスも仲間も無くして、ほんとうに初めて独りぽっちで居るのだろう。
坂井悠二の居なくなった隙間を誤魔化すことさえ出来ないで。
「……あの、馬鹿者。あの子の心を占めて死ぬなど……」
アラストールの声は夜に溶けた。
死者達の命と生者達の想いを包み込み、夜は静かに更けていく。
やがて彼らは死体と遺された物の回収を終えて、マンションの中庭に集まった。
三人分の穴を掘り、三人分の死体を埋めた。
そこに三つの墓標を立てた。
名も知らない青年と、鳥羽茉理、それと坂井悠二の三つの墓標。
そして彼らと多くの死者達に冥福を祈り、再びマンションへと入っていった。
情報を纏め、体勢を整え、反撃を始めるために。
この狂ったゲームを攻略し、粉砕するために。
234:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(報告1/2) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:48:20 ysLYb8YC
【C-6/マンション/1日目・19:30】
【大集団】
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:行動する事で吸血鬼の記憶を思い出さないようにしたい。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。メフィストの美貌で理性維持。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
PSG-1(残弾ゼロ)
悠二のレポートその1(異界化について)
悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
235:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(報告2/2) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:49:03 ysLYb8YC
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊/メガホンは慎重に
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける/由乃の遺そうとした言葉について考える
【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:生物兵器駆除/病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する
【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける
※:マンションの中庭に坂井悠二、鳥羽茉理、シズの遺体が埋葬されました。
236:・──雨は全てを裏返す。 (1/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:09:56 tHx6oSfL
彼は走っていた。
四方が濃霧に包まれた島の中を、彼は正面を見据えて走っていた。
全身を雨に濡らしたまま、同じく雨を吸った不安定な大地の上を力強く蹴っていく。
ぬかるみに足を取られることなく、立ちはだかった木々や崖はすべて軽く登り飛び越え、所々に建てられた建造物をすべて無視し、彼は走り続けた。
十八時の放送を耳に入れたときから、彼は全力で駆けていた。
(空耳だ)
否定の言葉を、何度も何度も胸中で繰り返す。
あんな放送で─死者の名前を呼ぶ放送などで、彼女の名が告げられることなどありえない。
彼女は死なない。なぜなら彼女は強く、そして自分の恋人だからだ。
しかしそうなると、こともあろうに死者の名前を呼ぶ放送で、恋人の名前を聞き間違えてしまったことになる。
聴覚には自信がある。表裏どちらの職業でも求められるものなので、視力同様最大限の努力をしてきた。
あいにくその能力が彼女の声を聞くために使われることはなかったが、彼女に関することを聞き間違えることなど一度もなかった。
ならば彼女はやはり─いや、そんなことが起こるわけがない。
彼女が死ぬということは、自分と共有していた彼女の世界が壊されたということだ。世界の半身が破壊されるわけがない。
こんな殺人ゲームに自分と彼女を巻き込んだこと自体が世界に対する侮辱だ。さらに傷つけられることなど、あってはいけない。
もちろん放送自体がはったりであることも考えられた。強者をゲームに乗せるための策と考えれば、納得がいく。
だがそんな風に楽観することが出来ないほどの胸騒ぎを、先程からずっと感じていた。
それは彼女に出会うこととなったあの列車の中で、車掌仲間の死を告げられる直前に感じたものとひどく似ていた。
ゆえに彼は走る。
自らの思考の矛盾と不安を解消させるために。恋人の安否をこの目で確かめるために。
彼女を捜し、彼女が待っているであろう場所へと。
遊園地へと向けて、クレア・スタンフィールドは走り続けた。
○
237:・──雨は全てを裏返す。 (2/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:11:29 tHx6oSfL
たどり着いた島の西端は、早朝訪れたときとは違いかなり荒れていた。
いくつかの建造物が倒れ、所々に焦げ跡が残っている。さらにバスが瓦礫に突っ込んでいたりと、かなり派手だ。
血の臭いは雨にほとんど塗りつぶされていたが、ここで争いが起きたことは間違いない。
(……シャーネか? ああ見えて元テロリストだし、支給品が爆弾とかだったらこれくらいはするだろうな)
思考を巡らせ、しかし彼女の痕跡を一片たりとも見逃さぬよう神経を尖らせて奥へと進む。
荒れた建造物の山を超えると、落ち着いた雰囲気の場所に出た。
椅子とテーブルが並べられ、小さな売店が設置されている。壊されているものは何もない。
(休めそうなのはここだが……再会の場としてはやはりあの観覧車の方がふさわしいな。
あそこならこの周辺を見渡せるし、もう一度登ってみる価値はある)
そう結論づけ、エリアの最奥へと方向転換し、
「……ん?」
それに気づいた。
238:・──雨は全てを裏返す。 (3/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:13:48 tHx6oSfL
売店の死角になり見えなかった場所に、いくつかのベンチが並んでいた。
それは円を描いて並べられ、中央にある円形の花壇を囲っている。
その花壇の中央に。
様々な花々の上に、シャーネ・ラフォレットは横たわっていた。
「シャーネっ─」
─ドレスの鮮やかな赤が痩躯を包み、そこから伸ばされた四肢が白く瑞々しい肌を外気に晒している。
艶やかな黒髪は花々の精彩にも劣らず、むしろ際立った強い影をそこに落としている。
言葉を紡がない朱唇と、言葉よりも正確に意思を紡ぐ金の瞳は軽く閉じられ、まるで童話に出てくる王子のキスを待っている姫君のような、
そんな彼が予想していた光景はどこにも存在しなかった。
「……シャー、ネ?」
紫に変色した唇。白といわず青白くなった頬。硬く強ばって投げ出された四肢。
髪の黒は雨に穿たれ蹂躙された花の残骸と、土の濁った色の中に埋没している。
水を吸って彩度を失ったドレスは所々が切り裂かれ、さらにより暗い赤の染みが布地を侵していた。
それらを覆うように泥水となった土が飛び散り、彼女の全身を汚す。
「シャーネっ!」
知らず止まっていた足を叱咤して、クレアは花壇へと駆け寄った。
彼女を抱えて地面から引き離すと、ドレスから覗く背中が暗い紫に染まっているのが見えた。
死斑、という言葉が浮かぶよりも先に、触れた肌の冷たさに指が震えた。
それでも冷たい身体を思い切り抱きしめ、顔に掛かっていた泥を拭い、何度も何度も名を呼んだ。
しかし身体に熱は戻らず、肌に生気は返らず、声に反応してその目が開くこともなかった。
いつまで経ってもどれだけ呼んでもどんなに信じても、彼女の死が覆ることはなかった。
239:・──雨は全てを裏返す。 (4/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:15:29 tHx6oSfL
○
観覧車の頂上から見た景色も、やはり早朝に見たものとはだいぶ変わっていた。
荒れ果てたアトラクション。その向こうには切り倒された木々と割れたコンクリート。北の方には爆破でもされたかのように派手に全壊した建造物も見えた。
「走ってるときは気にならなかったが……どこも結構派手にやってるんだな」
稼働するゴンドラの屋根の上からそれらを捉え、早朝と同じようにクレアは呟く。
今まで特に意識していなかったが、やはりここは異常な世界だった。
殺人を求め、拒否する者には死を与える理不尽な状況。能動的か受動的かはさておき、それに応えざるを得ない参加者達。
自分が午前中に戦った二人や、早朝すれ違った異質な雰囲気を持った青年などは積極的に“参加”するタイプだろう。
もちろん何が何でも殺し合いを拒否して抗う者もいるだろうが、その力が及んでいないのは今回の放送で明らかだ。
だが、今まではそのすべてがどうでもよかった。
殺し合いだろうが何だろうが、そんなちっぽけな世界ごときに自分と彼女が飲まれるはずがないと思っていた。
彼女以外に知り合いがいないことは最初の会場で視認済だったので、彼女にさえ再会出来れば後はどうでもよかった。
しかし、彼女は死んだ。
(いや……殺された)
ポケットにしまい込んだ一枚のメモのことを思い出し、そのことを強く心に刻みつける。
シャーネの遺体の隣には、おそらく彼女のものであろうデイパックが放置されていた。略奪されたのか、それらしき支給武器や食料は入っていなかった。
だがその荷物を重しにするように、何かが書かれた紙片がデイパックと地面の間に斜めに挟まれて残っていた。鉛筆もそばに落ちていた。
内容の大半は雨に濡れて読めず、解読出来たのはデイパックに挟まっていた部分に書かれたごく一部の文字だけだった。
─【クレアへ】という短い一文と、おそらく人名を指している“ホノカ”と“CD”という二つの単語。
それ以外の文字の意味は、断片的すぎてわからない。
240:・──雨は全てを裏返す。 (5/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:19:47 tHx6oSfL
(多分シャーネは、この名前の奴らに騙されたかして殺された。それで、何とか最後にこれだけを書き残した)
単に襲われただけであれば、他人の名前はわからない。
彼女は強いが、一度心を開いた仲間を大切にする。そこを利用されて不意を討たれてしまったのだろう。
もっとも、これが彼女によって書かれたものなのかの確証はない。─彼女の筆跡を知らないためだ。
シャーネは喋ることが出来ないが、意思疎通はその目を見れば容易だった。筆談などしたことがない。
そうはいかない他の仲間とも、筆談は必要最低限しか行っていないらしい。手話はそもそも覚えていないと言っていた。
唯一の例外はあの列車の屋根のものだが、ナイフで刻まれたものなので丁寧な言葉遣いという特徴以外はまったくわからない。
自分の魂の名に宛ててくれたということだけが、これがシャーネの書いたものだと信じるに足る唯一にして最大の根拠だった。
(しかし、具体的には何が起こってこうなったんだ?)
シャーネが倒れていたのは確かに花壇だったが、そこに争いの跡や血痕はなかった。
彼女のドレスとすぐそばにあるベンチ以外に、血の跡がついているものが存在していなかった。
少なくともベンチ周辺の石畳には痕跡があっただろうが、すべてが雨で押し流されてしまっている。
ベンチで殺害され、そこからメモを残すためにデイパックに手を伸ばし、花壇に転げ落ちたと考えれば辻褄は合う。
だがそもそも彼女には、出血するような傷跡が一つも残されていなかった。まるで、魔法でも使って傷口を塞いでしまったかのように。
「……いや、どうでもいいか」
ただシャーネが死んだことと、彼女の命を奪った誰かがここにいること。それだけが確かだとわかれば十分だった。それと、
「俺が、お前を─お前の世界を守ってやれなかったってことも、だ。
お前の世界を決して壊さないと約束したのに、俺はそれを破ってしまった」
悔恨の言葉を、横抱きにしている彼女の遺体に向けて、静かに言った。
泥などを丁寧に拭きとっても、彼女が生前の美しさを取り戻すことはなかった。ただ硬くなりかけた肉の塊としての重さだけが、両腕に伝わっている。
埋葬はしなかった。火葬にも水葬にもしない。こんな世界に恋人を葬ることなど出来るわけがない。
241:・──雨は全てを裏返す。 (6/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:23:59 tHx6oSfL
「お前が朽ち果てる前に、必ずここからジャグジー達のところまで連れて帰る。
ただその前に、お前の世界を壊したこの世界すべてを、特にお前を殺した奴らをぶち壊す。それが約束を破った俺に出来る、唯一の償いだ」
そう宣言し、クレアはゴンドラの上から飛び降りた。まだ地上からある程度距離があったものの、難なく衝撃を殺し着地する。
足下にあった水たまりに靴が沈み、水音が小さく響き、ふと視線を下にやった。
水面に映った、意気込んだ自分の顔。目に入ったそれに、何となく既視感を覚えた。
(……ああ、似てるな)
揺らぐ鏡面をしばらく眺めて気づき、苦笑する。
少し前にすれ違った、機械の腕を持った赤毛の青年。胸騒ぎが始まった原因。
その表情や雰囲気が、今の自分に酷似していた。先程とは異なり、相違点がほとんどない。
おそらく彼も、求めていたものを失ったのだろう。そして新たにその代償を求めて、彷徨っている。
「……だが、やはり俺は俺だ」
しかしすぐに、重なった幻影を振り切った。
赤毛。体格。雰囲気。表情。そして、感情を自分自身に閉じこめたその目。確かにどれも似ていた。
だがその感情の温度だけが、決定的に違っていた。
彼はひどく冷めていた。荒野を思わせる、虚無を帯びた錆びた血の色の目をしていた。
自分はひどく熱かった。戦場を思わせる、激情を帯びた燃える黒の炎の目をしている。
彼と自分の道は交わらない。それを確信し、独り言を続ける。
「俺は、お前らにとっての怪物だ。お前らをすべて喰らい尽くす怪物だ。
この島も世界も参加者も管理者も、黒幕がいるのならそいつも含めて、この世界のすべてに対しての怪物になってやる」
そのどす黒い両眼で水面に移るもう一対の目を睨み、言った。
「─お楽しみは、これからだ」
242:・──雨は全てを裏返す。 (7/7) ◆l8jfhXC/BA
06/07/01 21:26:53 tHx6oSfL
【E-1/海洋遊園地・観覧車前/1日目・18:30】
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:健康。濡れ鼠。激しい怒り
[装備]:大型ハンティングナイフx2、シャーネの遺体(横抱きにしている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、コミクロンが残したメモ
[思考]:この世界のすべてを破壊し尽くす。
“ホノカ”と“CD”に対する復讐(似た名称は誤認する可能性あり)
シャーネの遺体が朽ちる前に元の世界に帰る。
[備考]:コミクロンが残したメモを、シャーネが書いたものと考えています。
243:イラストに騙された名無しさん
06/07/09 00:40:39 9R5gYem4
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244:折れない牙でありますように 1 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 20:57:21 Xas7wNUq
「確かここの角を左に曲がって……」
「そこの通りは十分前に通った」
「そ、それなら右に―」
「市外に出るぞ」
「はっはっは、このボルカノ・ボルカン様を惑わすとは……
小癪すぎるぞこの霧めがぁぁぁ!」
屍は舌を鳴らした。
放送が始まってから二十分ほど経過していたが、未だに『怪物』を発見できない。
市街地の中心で戦闘が終結してから随分と時間が経ってしまった。
ボルカンの証言では壁にめり込んだそうだが、脱出していても可笑しくはないだろう。
そもそもボルカンに道案内を任せたのが失敗だった。
屍自らが検討をつけて市外をうろついた方がまだ効率的だったかもしれない。
「おまえ、実は怪物から逃げるために時間を稼いでいるんじゃないだろうな?」
「そそそそんな滅相もない! 俺はあの乱暴な連中から逃げるのに精一杯すぎて、
記憶が清く正しく食い違っているだけだと激しく主張したいっ!」
屍の一睨みを正面から受けて、ボルカンは激しく焦っていた。
先ほどまで、霧の所為だと叫んでいたのは何処の誰だったのだろうか。
いい加減、痺れを切らしかけてきた屍がボルカンを引っつかんで、
自ら怪物探しに乗り出そうとしたその時、
「よお、そこのお前ら。―ヒマしてるなら俺に付き合えよ」
即座に身構えた屍の視線の先、霧の中からゆっくりと男が出てくる。
同時にボルカンは脱兎の如く逃走を開始。
屍に言われた『いざとなったら俺を置いて逃げても構わん』という言葉を忠実に実行したのだ。
屍はボルカンの逃亡っぷりから、この男が『怪物』と戦闘したとされる
リュードーなる人物ではないかと推測した。
相手はまだシルエットしか表していないが、少年といった所だろう。
情報元がボルカン一人なので明確な断定はできないが、男の言動から察するに
友好的な人物では無さそうだ。
とりあえず、剣のような目立った武器は持っていないように思える。
245:折れない牙でありますように 2 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 21:00:39 Xas7wNUq
屍の沈黙に対して、
「あぁ? 無視かよ。つれねえ野郎だな。まあ、どうでもいいさ」
言って、男はポケットに手を突っ込む。無駄のない動きだった。
とっさに屍は電柱の影に身を潜める。
相手の飛び道具を警戒しての行動だ。いくら屍でもこの距離では避けづらい。
「お前、乗っているな……何人殺した?」
「どうでもいいだろうが、そんな事は。たとえ何人死のうが、殺そうが、
今の俺は知ったこっちゃねえ!」
「正真正銘の屑だな―叩き潰すぞ」
相手の背筋どころか魂の底までも凍りつかせる屍の威圧感。
魔界都市<新宿>一の刑事。<凍らせ屋>の異名は伊達ではない。
正面から屍の気を受けて、しかし少年は屈することなく相対する。
そして、ゆっくりとポケットからカプセル大の物を取り出し、口に含む。
少年の顔が狂気に歪んだ。まるで、この状況を心の底から願って
いたとでも言うかのように。
そして、狂相を通り越して死相に近くなっていく。
死ぬほど嬉しいという想いが、文字どおり顔に出ている。
「……ジャンキーか」
「おうよ。俺はただのラリったジャンキーさ。この瞬間のみを
感じて生きる。後にも先にも何も無え。最高にハイってやつだ―!」
言うが早いか、屍の眼前に一匹の鮫が現出した。
その全長は10メートルを越え、全身に力を湛えている。
光を吸い取るかのような黒い表皮と、雄大に動く背ビレが印象的だった。
人間を一呑みにし、驕り高ぶる全ての獣の上に君臨する神獣の放つが如き圧迫感。
その鮫は少年―甲斐氷太が召喚した悪魔だった。
246:折れない牙でありますように 3 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 21:03:35 Xas7wNUq
100人が見たらその九割が仰天するであろう鮫の悪魔。
それを眼前にしても屍の心は揺るがなかった。
魔界と呼ばれる新宿は、変人奇人を超越する魔人が跳梁跋扈している。
それらを取り締まるのが刑事・屍刑四郎であり、当然この程度の怪物には屈しない。
「遅い」
短く叫んで鮫の鼻先を蹴り上げる。
しかしながら鮫もさるもの、一瞬だけ堪えた後に地獄の釜のような
大口を開けて、魔界刑事を呑まんと突進してきた。
屍はそれを避けようと、電柱を蹴って斜め上方へ跳躍し、
「ちい」
まるで待ち伏せたかのように空中に浮かぶもう一匹の鮫を睨みつけた。
ツー・パターン。これが甲斐の選択した戦術だった。
白と黒の二匹の鮫を駆使して死角を減らし、同時に相手の反撃を
許さない。今回は完璧だった。
空中ならばもう方向転換は利かない。これであえなくジ・エンドかと思われたが、
「詰めが甘いな」
魔界刑事は器用に空中で体を捻って鮫に足を向けた。
鮫は躊躇無く突っ込んでいくが、餌である屍の顔には余裕がうかがえる。
そして、大きく開かれた鮫の口が閉じられようとした瞬間、
屍は足を思い切り縮めて一撃を避け、鋭い前歯の前面部に足先を当てて
猛烈な蹴りを打ち込んだ。
屍が狙っていたのは鮫の歯そのものだったのだ。
鮫の歯自体は頑丈で折れも砕けもしなかったが、
蹴りの反作用で屍の体は後方へと吹き飛んでゆく。超人の技量のみが成しえる脱出方法だった。
そのまま屍は流れた体を再び捻って、甲斐から離れた場所の電柱を蹴る。
まさしく空中移動だ。
「ほう、避けやがったか。おもしれえ」
甲斐がつぶやいた時には、すでに屍は地面へ着地していた。
そして先ほどの推測を撤回する。ボルカンの証言と異なり、
この男は奇妙な術を使う。リュードーなる人物では無さそうだ。
247:折れない牙でありますように 4 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 21:04:33 Xas7wNUq
数秒の攻防が終わり、二人が視線をぶつけ合ったその時、
「をーっほほほほほ!」
空を切り裂かんばかりの哄笑が当たり一面に広がった。
声の発信源はちょうどボルカンが逃げていった方角に等しい。
哀れな地人は再び女傑と遭遇してしまったのだろう。
「なんだぁ?」
興がさめて大層不機嫌そうな甲斐とは対照に、
「あれが、怪物か」
眉をひそめた屍は身をひるがえして、哄笑の方角へと駆け出した。
屍にとっては目の前のジャンキーを潰すより、ゲームの被害者を救う方が
重要に思えたからだ。
しかし、その行為は甲斐のプライドを深く傷つけた。
「おいっ! 逃げんのかよっ!」
目の前のご馳走が掻き消えたかのような表情を浮かべて甲斐は叫んだ。
相手は自分より怪物を選んだ、その事実が火種となって爆発する。
「なめやがって……逃がしやしねえ!」
猛然と、二匹の鮫が屍を追い、甲斐自身も駆け出した。
激情の中で、甲斐はウィザードとの闘争を思い出す。
あの高揚感、あの緊張感、あの歓喜に満ちた時間をもう一度……。
余計なものを切り捨てて、この幻覚のような世界の中で唯一、
間違いなく手ごたえのあるもの。
甲斐の進む先にはそれがある。この手で掴みたかった。
絶対に。
248:折れない牙でありますように 5 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 21:05:36 Xas7wNUq
【A-3/市街地/一日目/18:30】
【屍刑四郎】
[状態]健康、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1800ml)
[思考]ボルカンを救出し、怪物と甲斐を打ちのめす
[備考]服は石油製品ではないので、影響なし
【ボルカノ・ボルカン】
[状態]たんこぶ、左腕骨折、生物兵器感染
[装備]かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)、ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具] デイパック(支給品一式、パン四食分、水1600ml)
[思考]とにかく逃げたい
[備考] 服は石油製品ではないので、影響なし
【甲斐氷太】
[状態]肩の出血は止まった、あちこちに打撲、最高にハイ、生物兵器感染
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、煙草(湿気たが気づいていない)
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]屍や怪物と戦う
[備考]生物兵器の効果が出るのはしばらく先、
かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下
249:折れない牙でありますように 6 ◆CDh8kojB1Q
06/07/09 21:06:17 Xas7wNUq
【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]自分の武器を持って逃げたボルカンを成敗する
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
250:イラストに騙された名無しさん
06/07/14 12:39:28 aFx8dui9
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251:イラストに騙された名無しさん
06/07/20 22:16:58 dtHfTTW0
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252:イラストに騙された名無しさん
06/07/25 08:03:44 LzllpDSK
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253:イラストに騙された名無しさん
06/07/30 00:54:04 e4rEwuAD
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254:イラストに騙された名無しさん
06/07/30 20:30:04 YgnXZIhg
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255:イラストに騙された名無しさん
06/08/01 04:56:11 4XbF/o77
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256:イラストに騙された名無しさん
06/08/05 23:04:27 o8bSkmyg
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257:イラストに騙された名無しさん
06/08/09 08:33:36 qneQ5g9c
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258:イラストに騙された名無しさん
06/08/13 22:26:22 p0VdAHGp
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259:弱さの矛先 (1/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:04:58 hEwKzTgM
第五百十四話
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『弱さの矛先』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
前方穿ち招くは加速
後方抉り掴むは安定
下に向けても何も得られず
────────
260:弱さの矛先 (2/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:05:30 hEwKzTgM
(何っかなぁー……死にすぎじゃねえ?)
死者の名の羅列が終わった際、匂宮出夢が抱いた感想はそんなものだった。
既に知っていた戯言遣いの他にも、四人の知り合いの名前があっさりと告げられていた。
戯言遣いや霧間凪はともかく、萩原子荻や哀川潤などはどうやって殺されたのか見当も付かない。
知らない人間も名前を呼ばれ過ぎていた。これで全体の半分以上の死体が、島内に転がったことになる。
しかし何よりも苛立たしいのは─
(……ったく、人がせっかく探してやってんのに勝手に死ぬんじゃねーよ)
別れてからずっと行方を追っていた少年の名前も、最後の最後で呼ばれてしまっていた。
こんな場所で半日も生き残ったのはむしろ健闘した方かもしれないが、それでも苛立ちが募った。
(まぁ、今更何考えてもしょうがねえ。それよりも問題は……)
倉庫の中自分の隣で眠っていた、彼を捜していたもう一人─長門有希の姿を見る。
いつの間にか身を起こし、ただ正面の壁を見つめる無表情は、平常とまったく変わっていない。
その双眸が、ほんのわずかに見開かれていること以外は。
(あーくそ、何てフォローすりゃいいんだ? 思いつかねえ)
硬い表情に小さな亀裂を生じさせている彼女に対して、何と声を掛ければいいのかわからない。彼女の抱く感情が想像できなかった。
何か大切なものを失った経験は自分にもあったが、状況が特異すぎるし、自分と彼女とではだいぶ感覚が違う。
自分は身近な人間の死に徒労と空虚さを覚えることはあっても、彼女のように泣くようなことはない。現に今も、苛立ちしか感じていない。
(さっさと復活させて早く出発しねえと、最後の一人も死んじまうし─)
と。
思案を巡らしていると、突然その長門が立ち上がった。
無駄のない動きで隅まで移動し、そこに置いてあったデイパックを手に取る。
その表情は放送前とまったく同じの、表情筋が硬直しきった感情の読めないものに戻っていた。
どんな葛藤があったかは知らないが、何とかショックから復帰したらしい。
261:弱さの矛先 (3/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:06:42 hEwKzTgM
「もう行くのか? 雨は止んだが、さっき確認したら今度は霧がたちこめてたぞ」
その動きに同じく倉庫に滞在していた、紛らわしい名前の青年─出雲が疑問を投げる。
「霧なんて僕たちには関係ねえな。休憩も十分過ぎるほどとったし、これ以上ここに居座る理由はねえ」
殺し合いは加速している。もう一人の探し人である古泉一樹も、長門によれば戦闘能力はないらしい。急ぐ必要があった。
出発の準備を整えるために、こちらも立ち上がると、
「あなたとは、別」
「は?」
直後、訳のわからないことを言われた。
「別々に捜すってことか? だがこんな状況じゃあ、一旦別れちまったら合流場所を決めてもなかなか─」
「違う」
否定の言葉で遮った後、彼女は足を止めて振り向き、続ける。
「後はわたし一人で古泉一樹を捜索する。あなたとは、ここで別れる」
「何でいきなりそうなるんだよ? ……ああ、あのノイズがどうたらって奴か? 僕は大丈夫だってさっき言ったばかりだろ?」
「そのノイズの侵蝕が先程から急速に進行している。おそらく、坂井悠二の死が原因。
いつ思考が支配され、暴走状態に陥ってもおかしくない状態。抗うのは困難。わたしの意志とは関係なく、あなたを害してしまうおそれがある。
たとえば彼やわたしの仲間を殺害した人物が判明すれば、あなたを巻き込んででもその人物に危害を加えるかもしれない」
まるで他人事のように、彼女は淡々と己の現状を語る。
「じゃあ古泉と再会した後はどうすんだよ? そいつは絶対に傷つけねえっていう自信でもあるのか?」
「あなた同様に、ない。だから事情を説明後、早朝構築途中だったシェルターを形成、そこに彼を保護する。
その後蓄積したデータを元にこの空間に対して情報結合の解除を申請、脱出口の作成を試みる」
「脱出口って……そんなもんがつくれるのか?」
「確率は低い。それ以前にノイズにより暴走する可能性の方が高い。でも代替手段は皆無」
出雲の問いにも即答し、長門は荷物を取って今にも扉に向かおうとする。
彼女の案はどう考えても無謀だ。しかも、こちらの意思をまったく考えていない。
262:弱さの矛先 (4/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:07:23 hEwKzTgM
「これじゃ坂井のときとまったく同じじゃねーか!」
「違う。……今度は殺される前に、終わらせる」
響いた言葉は、ある意味頼もしげに聞こえた。悲壮な覚悟とでも呼べそうなものが、彼女から感じ取れていた。
しかし、納得できるわけがない。
「少しはこっちの意思ってもんを─っ!?」
罵りと同時に腕を取り引き留めようとして、しかし出夢はその動きを止めた。
いや、止まってしまった。
「…………何しやがった?」
息はできる。首も回せる。身を乗り出すことも多少は。
だが腰から下の半身と四肢が、まるでコンクリートにでも埋まってしまったかのようにまったく動かせない。
首を動かして出雲の方を見ると、彼も惑いの表情を浮かべ、座ったまま身体を不自然に硬直させていた。
彼が羽織るコートの裾も、まるで時間が止まったかのように、重力に逆らった虚空に停止している。
「空気中の分子の結合情報を操作した」
事態を引き起こした張本人は、やはり意味不明の説明しかしない。
「ここでは恒久的な変質はできない。しばらくすれば元に戻る。安心して」
「できるわけねえだろ!」
強い抗議にも、長門は表情を変えない。
停止してしまった面々を一通り見回し、その後もう一度視線をこちらへと戻す。
静かに自分を見据えるその瞳を思い切り睨み付けてやっても、彼女の反応は変わらない。
やがて、彼女は自分から視線を外した。わずかに目を伏せ、ゆっくりと二回瞬く。
そして小さく口を開いて、呟く。
「さよなら」
「─おねーさんっ!」
思わず叫んだ声にも、反応は返らなかった。
彼女は伏せた目をあげることなく顔を背け、倉庫の出口へと振り向く。そして、
その動きを止めた。
わずかな驚きを無表情に付加し、今の自分のようにその動作を止めている。
また知り合いが死んだわけではない。自身を停止させることなどもちろんないだろう。
疑問だけが浮かぶ思考に応え、彼女の目線の先を追うと、
263:弱さの矛先 (5/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:08:18 hEwKzTgM
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
長門の視線の先にあったのは、何の変哲もない灰色のコンクリートの壁だった。それだけしかなかった。
つまり、扉が消えていた。
豪雨の中、開きっぱなしだった鉄扉をくぐったことはよく覚えている。
こともあろうに服を乾かしている途中で、出雲が勢いよく扉を開けて入ってきたことももちろん忘れていない。
だが、今やそれがあった痕跡はまったく残されていない。ここには窓がないため、完全な密室になったことになる。
「…………」
動けないこちらを尻目に、長門は表情を無に戻して出口─のあったはずの場所へと足を運ぶ。
そして鉄扉だったはずの壁面に何度か触れると、何かを物凄い早口で呟いた。
だが、何も変わらない。
しばらく壁を凝視し続けた後、彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。
何かを探るような目をまず出夢に、次に出雲へと向ける。最後にさらに奥へと視線を投げ、止まる。
そして、ふたたび短く言葉を告げた。
「通して」
「お断りします」
声を投げられた、今までずっと黙っていた、自分と同じく片割れを失ったらしい出雲の同行者。
アリュセと名乗っていた幼い少女は、長門の要求を間髪入れずに拒絶した。
「あなたの行為は無意味」
しばしの沈黙の後、靴音を室内に響かせながら、長門はふたたび口を開く。
「わたしの行動を阻害しても、あなたには何の益もない。あなたには関係ない」
「あたしに関係あるかないかはあたしが決めること。あなたに判断される筋合いはありませんわ」
その進む先に座るアリュセは、やはり突き放すように即答した。
反論を許さない毅然とした態度を崩さぬまま、前方の長門を見上げている。
(……見た目通りのガキじゃあ、こんなとこには呼ばれねえってことか)
自由な上半身を二人に向け、出夢は何も言わずに事態を見守っていた。口が挟めそうな状況ではない。
もちろん好機ができればすぐに長門を押さえるつもりだったが、その注意は主にアリュセに向けていた。
彼女は白い外衣に包んだ小さな体躯をさらに折り、倉庫の奥に座り込んでいた。やはり長門によって拘束されているのか、まったく動かない。
ただ首だけを上向かせ、幼さを強調させるような大きな薄藍の瞳を長門に向けている。
264:弱さの矛先 (6/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:09:15 hEwKzTgM
しかしその雰囲気は、その声は、その視線は。
放送前は確かにそこに存在していた無邪気さや無垢さは、今や微塵も残っていなかった。
あるのは温度を感じさせない、大人びるのを通り越してひどく超然とした無機質さ。ある意味、長門に似ているともいえる。
その長門の歩みが彼女の数歩手前で止まると、彼女はふたたび淡々とした声で言い放つ。
「自他を顧みない無謀な行動をする方を行かせてしまうのは─あなたの言い方で返すのなら、あたしの精神面において不利益ですの。
一時の感情に振り回されて無謀な行動に走ることは、ただ状況を悪化させるだけだとどうして気づかないんですの?」
「無謀ではない。わたしには力がある。
本来の出力よりも相当抑えられているが、自衛しつつ目的を遂行するには十分。あなたの遮蔽空間も、いずれ破ることができる」
「いずれ? 今すぐにではありませんのね」
感情のこもらない、だが挑発めいたアリュセの言動に対しても、長門は自分のペースを崩さない。
「扉は消えていない。分子構造は鉄のまま。
倉庫全体に内向きに展開されたフィールドが、観測及び干渉を妨害している。解除しなければ壁面の破壊も不可能。
しかしそのフィールドの情報がデータベースには存在せず、また論理構造が皆無のため解析が困難」
「論理が皆無って失礼ですわね。人の魔術をデタラメみたいに」
「いや、端から見れば二人ともトンデモなんだが」
かなり同意できる出雲の突っ込みは、しかし無視され長門が続ける。
「でも、ただそれだけ。時間をかければ完全解析は可能。そして構造情報さえ把握できれば解除できる。だから、無意味」
「そんなにのんびりと構えていて大丈夫なんですの? あなたの金縛りにも、時間制限があるのでしょう?」
「……それよりは早い」
わずかな間をおいた長門の返答に、アリュセは呆れたように息をついた。
「先程あなたは、無謀ではない、と言いましたわね? 自分には力があるから、目的を達成できる、と」
「そう」
短い返答に対し、アリュセは固い無表情の中に一瞬憤りに近い感情を見せ、
「あたしに足止めされて時間を無駄にする程度の力で─そもそも何もできないまま仲間を殺されてしまう程度の力で、一体何が成せますの?」
265:弱さの矛先 (7/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:11:03 hEwKzTgM
容赦のない糾弾の言葉が、場の空気を完全に凍らせた。
吐き捨てた本人だけが平静を保ったまま、言い放った先を見据えている。
「……おいおいおいおいおじょーちゃんよお、ちぃぃぃっとばかし言わせてもらってもいいか?」
「何ですの?」
その態度にひどく不快感を覚え、出夢は口を挟んだ。
それに対しても感情のこもらない声が、視線を向けられることなく返され、さらに苛立ちが増す。
「その言い分は理不尽すぎやしねえか? 身内に起こった不幸は全部自分のせいになるのかよ?」
「少なくとも、彼女はそう思っていたようですわね」
アリュセの視線の先、目を見開き身体を硬直させ、動揺を露わにする長門を見やり、出夢は舌打ちする。
もちろん彼女も、アリュセが言ったそのままの極端なことは考えていないだろう。
しかし手の打ちようもなく理不尽に起こってしまった知り合いの死を、うまく割り切れていないのは確からしい。
「だがそもそも、何もできないまま仲間を……ってのはよ、誰にでも当てはまるんじゃねえか?
僕もまぁそうだし……あんた自身にも、な」
「そうですわね」
「……ああ?」
即答して、アリュセは自らに返ってくる論理を容易に受け入れた。
「あなたの言うとおり、あたしにも、誰にでも当てはまることですわ。
だからこそ、たった一人で行動するのは─今このとき隣にいる方のことを顧みずに行動するのは無謀だと言っているんですの。
その方の思いを無駄にしてしまい、それゆえにその方に危険な行動を取らせてしまうかもしれないのに。
無謀な行為に時間を費やしている間に、また手掛かりを得られないまま仲間が殺されてしまうかもしれないのに」
ふたたび感情─今度はわずかな悲哀が彼女の表情に浮かぶ。
しかし先程と同じくすぐに消え、彼女は口を閉ざす。出夢も結局反論が浮かばず黙り込み、ふたたび沈黙が場に満ちた。
266:弱さの矛先 (8/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:12:31 hEwKzTgM
「……わたしは」
しばらく経った後に室内に響いた声は、ひどく弱々しく聞こえた。
長門はアリュセではなく出夢の方に向いて、ゆっくりと言葉を綴る。
「わたしは、あなたに危害を加えたくない。あなたに、生きていて欲しいと感じて……思って、いる」
一句一句言葉を選ぶように、あるいは躊躇するかように、彼女は続ける。
「でもわたしは、わたしの意思に反してあなたを傷つけてしまうかもしれない。
その可能性と危険度が、先程よりも高くなってしまった。わたしと一緒にいない方が、あなたは安全。……だから」
言葉を切り、長門はふたたびアリュセに向き直る。
弱々しさが消え去った、強い意志のみが宿る瞳で前方を見据え、続ける。
「だからわたしは、あなたに多少の危害を加えてでも脱出する。そして事態の打開を試みる。
たとえそれが無謀だとしても、わたし自身によって被害が拡大するよりはまし。
わたしはわたし自身に賭けることに決めた。それが、わたしの意志」
そう言い切った姿は、痛々しくも凛としていた。
心情を吐露しきり、彼女は完全に覚悟を決めてしまっている。
「……あなたは少し、自信過剰すぎますわ。決意だけが立派でも、何にもならないのに」
だからこそ淡々と返されるアリュセの言葉に、今回ばかりは出夢も同感だった。
結局のところ彼女が賭けている─信用しているのは、徹頭徹尾自身の“力”だけだ。
どこまでも自分自身と、そして出夢を信頼していない。
「たとえば─」
続く言葉と共に、アリュセの指先に光が灯った。
それに対する長門の反応は早かった。滑らかなバックステップでアリュセから音もなく身を離し、こちらの隣へと着地する。
その直後、光が人の頭ほどの大きさとなり、彼女が先程まで立っていた場所に強大な熱量として飛来した。
金色の火球と言えるそれはコンクリートの床を灼き、熱気と焦げ跡だけを残して消えた。
「止められているのは身体の動きだけ。結界と同じように、自身の理解が及ばないものには対策が打てていない。
いっそのこと、喉の動きを止めて酸欠にさせればよかったのに。甘すぎますわ」
攻撃を外したことは気にも留めず、アリュセは瑕疵の指摘を続ける。
そして思い出したかのようにふと、
267:弱さの矛先 (9/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:13:25 hEwKzTgM
「ところでその金縛りも、そろそろ解けるんじゃありませんの?」
初めて笑顔─悪戯めいた少女の笑みを彼女は見せた。
さらにその視線を長門から反らし、こちらに思わせぶりに流してみせる。
(……今までのが全部、時間潰しだったってのか?)
確かに長門の足止めは、時間が経てば無効になるものだと本人が言っていた。
そして彼女を閉じこめるアリュセの術は、彼女の動揺を誘えば、その解除を遅らせることができるだろう。
後者が解ける前に前者が解ければ、こちらが無抵抗のまま彼女を行かせる理由はなくなる─
「……なら説教なんていらねえから、最初からその火の球を飛ばせよ!」
ぼやきと共に出夢は、自由な上半身ごと首を伸ばした。目標は、術の回避のため隣に移動していた長門の二の腕。
その白い肌に、思い切り噛みついた。
食いちぎらない程度に犬歯を食い込ませ、勢いを殺さぬまま彼女を捕捉する。小柄な体躯が宙に浮いた。
直後、今度は首を逆方向に振り、その身体を倉庫の隅へと投げ飛ばした。
放られた身体は無造作に積まれたダンボールの山に向かい、派手な音を立てて激突する。
それと同時に、予想通り身体の硬直が解けた。自由になった足で、すぐに彼女の方向へと走り出す。
崩れたダンボールに埋まった長門を見つけると、有無を言わせず腕を掴んで引きずり出した。
「《人喰い》を止めるには、ちぃっと中途半端だったな。距離さえどうにかなれば、身体が半分止まったくらい何の問題もねえ。
この程度で僕を引き離そうとするなんて甘すぎるんだよ、おねーさん」
状況が飲み込めないままこちらを見つめる彼女を、怒気を収斂させて睨みつける。
「暴走? んなもんする前に全部終わらせればいいじゃねーか。わざわざ僕と別れる意味はねえだろ。
連れ戻したときから最後までついてってやるつもりだったし、もし坂井やらおねーさんの仲間を殺した奴らに報復したいってんなら付き合ってやるぜ?
いい加減、本人の意思を尊重しろよ」
「……だから、もしその前にわたしが制御できなくなってしまえば、あなたは、」
「僕は死なねえ」
腕を掴む力を強め、断言する。
268:弱さの矛先 (10/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:14:17 hEwKzTgM
「万一おねーさんが襲いかかってくるような事態になっても僕は死なねーよ。
暴走しようが何しようが、おねーさんは僕より弱い。それはさっきここに来たときにも言ったし、今だってそうだったじゃねえか。だから何も問題ねえ」
「…………」
「どうしてもって言うんなら、僕をちゃんと倒してから行くんだな。今みたいに動き止めるだけじゃあ、またこうなるだけだぜ?
まぁ、明らかに戦力が後五十九億九千九百九十九万九千九百九十九人分足りてねえが──
それでもやるっつーんなら、取って置いた一時間をおねーさんのために使ってやるよ」
本気で殺気を向けて、言った。
気の利いた気遣い方などもはや考えなかった。多少強引でも何かしなければ、彼女の無駄に固い意志は崩せない。
流血する二の腕はカーディガンを黒く染め、腕を握りしめている部分は青白くなるほどだったが、緩めるつもりはなかった。
それでも長門は黙り込み、元の平坦な表情でこちらをじっと見つめ続けている。
胸中で葛藤しているのか、あるいはこちらの隙を狙っているのかはわからないが、とにかく彼女の反応を待つ。
「……そう」
やはり一度本気で実力行使した方がいいのかと思い始めた頃になって初めて、長門はいつもの短い返答を発した。
そして、
「了解した、やめる」
続いた言葉と共に、彼女は首を小さく縦に振った。
○
「一つだけ」
一連の騒動が終わり、やっと倉庫から出ようとしたとき、長門はふたたび口を開いた。
「あなたの、それを」
「? これのことか?」
彼女が二人称で呼びかけたのは、出夢ではなく出雲の方だった。
彼のそばに置いてあるアリュセの支給品─にはとても見えないバニースーツ一式を指さし、彼の方をじっと窺っている。
「渡してほしい」
「……おねーさん?」
無表情のままの長門を、怪訝そうに出夢は覗き込む。
冗談を言っているような顔ではないし、そもそも言う人間でもないだろう。
だが彼女が真剣にこんな場違いなものを欲しがる理由がわからない。
269:弱さの矛先 (11/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:15:06 hEwKzTgM
「これはわたしの世界に存在していたもの。SOS団の備品。涼宮ハルヒがよく着用していた」
「涼宮……って、おねーさんの仲間だっけか? なるほど、形見ってことか」
「……そう、かもしれない」
そこまでは考えていなかったのか、彼女はわずかに首をかしげる。
涙をノイズなどと言う人間だ。おそらく、無意識に思い出の品を取り戻したかっただけなのだろう。
「いいんじゃないですの? 別にあたし達が持っていても、覚の暴走率があがるだけですもの」
「俺は暴走なんて物騒なことはしねえぞ? 妄想はいつでも自覚的に具体化させるもんだからな」
「それは余計タチが悪いですわ」
不本意そうに言い返す出雲に対し、アリュセは呆れと諦念の混じった視線を返した。その動作に、先程までの異質な雰囲気は存在しない。
彼女はあの後長門と、そしてこちらにも言い過ぎた件を謝っていた。
不満はもちろんあったが、彼女がいなければ長門を引き留められなかったことは確かなので、我慢することにした。
「まぁ、俺も渡すのは別にかまわんぞ。ただ少し気になる点があるんだが」
「何だよ? 妄想ぶちまけたらまた殴るぞ?」
「いや、単なる事実から見て心配になったんだ」
「……事実?」
疑問符を浮かべると出雲は長門を指さし、至極真面目な顔で、
「お前の場合、色々と足りてないんじゃないか? 特に胸がぐおっ!?」
妄想よりもひどかったので、本気で殴った後投げを追加した。
「ほらよ」
派手に吹っ飛んだそれを見やることなく、放置された床のバニースーツを拾い、長門の方へと戻る。
彼女はこくりとうなずくとそれを受け取り、両手で抱え込んだ。
「…………」
そしてそのまま、動きを止めた。視線をそれに固定したまま、彫像のように動かない。
表情こそ硬いままだったが、その姿からは、何かを懐かしむような、あるいは悼むような感情がわずかに感じられた。
270:弱さの矛先 (12/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:15:44 hEwKzTgM
(……理澄には、絶対持てねぇ感情だろうな)
最初こそ、彼女は妹と同じ空っぽの人形のように思えた。だからこそ興味を持ち、行動を共にすることに決めた。
しかし彼女に理澄を重ねたくはなかったので、同年代であろうこの少女を、わざわざ“おねーさん”と呼んだ。
「そういえば平気そうにしてますけど、その怪我は大丈夫なんですの?」
「へいき。……修復するのを忘れていただけ」
意味不明な言葉を口早に呟く姿や、自分がつけた噛み跡が血痕ごと一瞬にして消え去るという現象を見ると、それこそ機械のように思われたが。
それでも彼女は、確固たる心を持っていた。妹とは違い、簡単に弄くれない中身がある。
人形─代理品ではない、一個体の人間だ。
(感傷的すぎやしねえか? 物思いにふけるなんて、僕の柄じゃなかったはずだが)
長門の件もむきになり過ぎの気がした。以前の自分ならば、二人が勝手に別れてしまった時点で見捨てていただろう。
そう、以前は─理澄を失う以前は、そこまで世話焼きではなかったはずだ。妹に抱いていた分の愛情が回ってきたと言うべきか。
だが、妹を思うことはむしろ多くなっている。それこそ長門の件や、早朝三塚井ドクロに付き合ったときに感じた追慕の念がそれだ。
妹への拘泥と過剰な世話焼き。
あるいは、妹が抱いていた分の弱さが自分に生まれたとも言えるかもしれない。
「……まぁ、どうでもいいか」
どちらにしろ行動方針は変わらないし、その弱さに足を取られてやるつもりはない。考えるだけ無駄だ。
そう結論づけ、未だバニースーツを眺める長門へと向き直る。
声に出して呟いたためか、彼女はわずかに首をかしげてこちらを見ていた。
その腕には、先程強く握った部分が鬱血した赤い跡が残っている。
「行くぞ、長門」
そこから離れた部分を掴み、出夢は倉庫の外へと歩き出す。出口はいつの間にか復活していた。
振り返ることなく彼女の腕を握ったまま、片手で重い鉄扉を開け放った。
○
271:弱さの矛先 (13/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:16:39 hEwKzTgM
「ぐ……さすが元殺し屋、マジ切れした千里に比肩する突っ込みだ……思わず懐かしさを覚えたぞ」
「……雨降る前のエロ本の話から思ってましたけど、あなたどういう環境で生活してますの?」
「不条理度で言えばお前や長門んとこと同レベルだと思うぞ。詳しく話すと十八禁になるからやめておくが」
天井から声の方へと視線を移すと、呆れ顔をしたアリュセがダンボールに埋まった自分を見下ろしていた。
出雲は返事を投げつつ腰を上げ、箱の山を押しのけた。
「少なくとも倫理面の不条理度は、確実にあなたの世界の方が上だと思いますわ」
「あー、それは否定できねえな」
ひとまずコンクリートの床に座ると、アリュセも隣に腰を下ろした。
先程あの二人が出ていった扉の先は、未だ濃い霧に包まれていた。もう少し様子を見た方がいいだろう。
「にしても、いきなりドアが消えてたときには驚いたぞ。
実際にやる気はないが、あれを使えば最後の一人になるまで籠城できるのか?」
「力が制限されていなければ一年以上も余裕ですけど、今は二十分も持ちませんの。
実はさっきのも、あまり余裕はありませんでしたの」
「そんな風には見えなかったが」
「演技は割と得意ですのよ?」
舌を出し、悪戯っぽくアリュセは笑う。
「天使のフリなんてやり飽きてるくらいですし、必要なら悪魔にだっていくらでもなってみせますわ。
方法は何であれ、人々の希望になるのがウルト・ヒケウの役割ですもの」
続いた言葉は、確固たる信念を持った気高いものだった。
そこに先程までの超然とした冷淡さは微塵もない。純粋な心強さだけが感じられた。
「さながら逆佐山ってとこか。……でもよ、あいつほどとは言わんがもう少し自己愛精神は持った方がいいと思うぞ?」
しかしそれゆえに先程の出来事で感じた違和感が気になり、出雲は真面目な表情でアリュセを見据えた。
「……どういう意味ですの?」
「悪役やるのはいいが、それと同時に自分を貶めるのはやめとけってことだ」
272:弱さの矛先 (14/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:17:21 hEwKzTgM
「…………、ええ、見苦しかったと思っていますわ」
表情に影を落とし、アリュセは重い息を吐いた。
先程彼女が長門を追いつめた言葉は、すべて彼女自身にも当てはまることだった。
何の手掛かりも得られぬまま姉妹の死を殺害した本人から知らされ、その直後にもう一人の仲間の死を放送で聞かされている。
その肉親の殺害者の姿を捉えたときは、こちらを置いてすぐさま走り出していた。
追いついて止め、自分が間に入って彼と対峙したが、彼女は途中明確な殺意をもって彼に攻撃を加えていた。
結局彼には逃げられ、その際自分が陥らされた脱水症状のために、ここでの雨宿りも含めた六時間の大半を、休息に費やさなければならなかった。
そして今回の放送で、やはり何もできぬままに、何の力もない子供だと言っていた最後の一人の名も呼ばれてしまった。
「リリアやイルダーナフ様、それに王子まで死んでしまって。
そんなときにあんな言い合いが始まって……感情を押し殺そうとしたのが、逆に八つ当たりのようになってしまいましたわね。
それでもあの二人をあのまま別れさせるのは、どうしても嫌だったんですの。ここでの別離は、今生の別れになりかねませんもの」
午前中に出会った集団も今は瓦解し、内二人は死体になっていたことを思い出す。
「それに、ウルト・ヒケウとして何かを成したかった─いえ、ウルト・ヒケウという役割に縋りたかった、と言った方が適切ですわね。
“ウルト・ヒケウとして”じゃないと、多分あたしは何もできなくなってしまう。……リリアのときの失神が、いい例ですわ」
固い自嘲の笑みをアリュセは見せた。
老成した大人がつくるようなその表情は、先程のものと別の意味でまったく似合っていない。ただ痛々しいだけだった。
「別にいいじゃねえか? 縋るくらい」
だから出雲は声と共に、アリュセの小さな頭を思い切り撫でた。黒髪と表情が崩れ、彼女は身をよじる。
顔を覗き込むように下げて視線を合わせ、言葉を続ける。
273:弱さの矛先 (15/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:18:08 hEwKzTgM
「寄りかかりたい何かってのは誰にでもあるもんだし、それを取っかかりにやる気出すのは当然だろ。
俺にとっては千里がそれだし、今もあいつと合流した後の、愛でる撫でる掴む揉むその他諸々の行為お預け喰らってた分上乗せバージョンを希望に頑張ってるから同じだ」
「い、今あたしの矜持の品位を最低ランクにまでぶち落としましたわね?」
「価値観の違いじゃね? まぁ、とにかく辛かったらそういうものに思いっきりもたれればいい。せっかくあるもん頼りにしなくてどうするよ。
寄りかかることでお前の負担が減って、誰かがその分辛くなくなるならそれでいいじゃねえか。
その誰かが辛くない分、さらにお前も辛くならない。大団円だ」
「…………」
動きを止め、アリュセはただこちらを見上げる。
「お前もあの二人も、考えすぎだと俺は思うんだがな。
わざわざ自分で作らなくとも、重荷ってのは突然勝手に降ってくるもんだ。こんな状況ならなおさらな。
それなら、できるだけ身軽に構えておいた方が楽だろ?」
戸惑い、何かを躊躇う視線を向けたままアリュセは言い淀む。
沈黙がしばらく続き─やがておずおずと返ってきたのは、短い疑問の声だった。
「……覚は、辛くならないんですの?」
「お前が楽になってくれればな」
「そうじゃなくて、……覚は仲間が死んでしまっても、辛くないんですの?」
「辛くはねえ」
彼らの死を聞いたときに抱いた感覚は、確かに辛さとは異なるものだった。
しかしそれをうまく表せず、言葉が続かない。
改めて回想されるのは、新庄の佐山に弄くられてころころと変わる表情や、オドーの正義を貫き孤高に戦う姿。
どちらも代替できるものがない、有り難いものだった。
それゆえに、浮かぶ感情は。
「辛くはねえが、寂しいもんだな」
「…………」
274:弱さの矛先 (16/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:20:21 hEwKzTgM
「だがよ、ずっと寂しがってたら何もできねえまま昇天するだけだぜ?
そしたらあいつらから絞殺圧殺コンボを延々と繰り返されるわけだ。死んでも死にまくるぞ?」
「……覚の仲間って、みんなやたらバイオレンスですのね」
「ああ、一般人としては時たまついて行けなくなるな」
ただの本音を言うと、なぜかアリュセは吹き出すように笑い出した。何の裏もない、楽しみを覚えて頬を緩める自然な笑顔を浮かべている。
彼女はひとしきり声を出して笑うと、ゆっくりと顔を上げて、
「そう、ですわね。確かに、終わったことを責めたり、失くしたものを寂しがったりするのは、全部終わった後に回すべきですわ。
いくら嘆いても今のあたしには、この馬鹿なのかいい人なのかよくわからない人しかいてくれませんもの」
「俺は全会一致で後者だと思うんだがなぁ」
「そう即答できるところがダメだと思いますの」
笑みと共に発された言葉は、やや不本意なものではあったが。
「でも、ありがとうございますわ。今のあたしのそばにいてくれて」
「おう」
その後に続いた感謝の言葉に、出雲はただ破顔の笑みを返した。
彼女はそれに元の穏やかな微笑を見せると、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、あなたの仲間捜しに戻りましょう。
……これ以上誰かを辛くさせないためにも。早く元の世界に戻って、思う存分寂しがるためにも」
「ああ、霧もだいぶ晴れてきたしな」
開けっ放しの鉄扉の外は、仄白い鈍色から夜の黒に変わりつつあった。
視界は悪いことに変わりはないが、これくらいで妥協するしかないだろう。
そう考え同じく立ち上がり、置いてあった荷物を手に取って中身を再確認しようとして─ふと、気づく。
「……すまんアリュセ、辛いことが一つできたんだが、何か縋れるものはないか?」
「? 何か、ありましたの?」
荷物を持ってこちらを覗き込むアリュセに対し、深く溜め息をついて答える。
「千里の生バニーが見られなくなってしまったことに気づいてな……この情熱をどこにぶちまけるべきかと」
「捨てなさいそんな煩悩」
アリュセはペットボトルの残りを出雲にぶちまけた。
275:弱さの矛先 (17/17) ◆l8jfhXC/BA
06/08/15 09:21:11 hEwKzTgM
【E-4/倉庫外/1日目・18:20】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン4食分:水1500mm)
[思考]:長門と共に古泉の捜索。多少強引にでもついていく。
生き残る。あまり殺したくは無いが、長門が敵討ちするつもりなら協力してもいい
【長門有希】
[状態]:健康
思考に激しいノイズ(何かのきっかけで暴走する可能性あり)。僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン5食分:水1000mm)、ライター、バニースーツ一式
[思考]:出夢と共に古泉の捜索及び情報収集。
仲間を殺した者に対しての復讐?(積極的に捜そうとはしていない
【E-4/倉庫内/1日目・18:30】
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイパック(パン4食分:水500mm)、炭化銃、うまか棒50本セット
[思考]:千里、ついでに馬鹿佐山と合流。ウルペンを追う。アリュセの面倒を見る
【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(パン5食分:水1000mm)
[思考]:覚の人捜しに付き合う。ウルペンを追う。覚の面倒を見る。
できる限り他の参加者を救いたい。
276:導き ◆AInrN85iiA
06/08/21 19:38:23 BS5gBLVL
『―その調子で励んでくれたまえ』
「うう・・桜くんうるさい・・・・」
スクール水着を着て休憩室で眠っていたドクロちゃんは、眠い目をこすりながら起き上がりました。
近くにある乾燥機はその役目を終えて、静かに眠っています。
それに気がつくとドクロちゃんは、スクール水着を乱暴に脱ぎ捨てて、乾燥機の中にある服に着替えました。
ドクロちゃんは結構着痩せするタイプです。痛、だれですか鉛筆をぶつけたのは!?
「もっと遊びたいけど、その前にエスカリボルグを見つけないと!」
ドクロちゃんは休憩室を出ると、海洋遊園地地下の中心地に向かいました。そこには大きな案内板がありました。
「どこにもない・・・・僕のエスカリボルグ・・・」
さすがの案内板にも、この天使の凶悪な武器のありかについては書いてありませんでした。
このあと海洋遊園地地下内を探してみたものの、どこにもありませんでした。
約一秒間、絶望に打ちひしがれたのち地上に出ることを決意しました。
そういえば、オンボロ船の事についてはどうしたのでしょうか。20時頃に到着するんだよね?
「ばいばい、良い子にしてるんだよ」
駄目です。忘れてます。
ドクロちゃんにたくさんの思い出を、プレゼントしてくれた海洋遊園地地下に別れを告げると出入り口へと向かいました。
その右手には、エスカリボルグの代用であるシームレスパイアスが握られていました。
「あれ?」
出入り口の扉が開きません。
ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ~♪
反応なし
ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ~♪
反応なし
・・・・・・・・嫌な予感がします。
277:導き ◆AInrN85iiA
06/08/21 19:40:40 BS5gBLVL
「ばかあああああああ!」
ドクロちゃんは、シームレスパイアスで扉を殴りつけました。
扉はまたたくまに崩れ落ちました。もはや行くてを阻むものはなにもありません
「うわあ・・・・・・」
そこに広がっている風景は、地獄絵図そのものでした。
多くの建物が破壊され、燃えてる場所さえあります。
もしかしたら、死体が埋まっているかもしれません。有名心霊スポットになりそうです。
ドクロちゃんは忘れてるかもしれませんが、生きて帰れるのは1人だけなのです。
いつ殺されるか分からないのです。あんなことやこんなことを、されちゃうかもしれません。
「…………ッ!」
ドクロちゃんの表情が険しくなりました。狼でも見つけたのでしょうか。
「木工ボンドの精霊さん!」
追いかけるように走りだしました。
「まってよー」
鉄の塊を振り回しながら、どんどん加速しています。
今のドクロちゃんは危険です。ドクロちゃんにだけ見えるという、木工ボンドの精霊を追いかけることに夢中なのですから。
遠くに人影が見えようが、気にしません。前進あるのみです!
今の姿を人に見られたらお嫁にいけなくなるかもしれません
「どこいったのー?」
どうやら、精霊を見失ったようです。目の前にはとても大きな木が一本ありました。
ドクロちゃんは木にもたれるようにして座りました。
【E-3/草原・巨木の下/1日目・18:20頃】
【ドクロちゃん】
[状態]:健康。足は大体完治。
[装備]:愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]:無し
[思考]:少し休息してエスカリボルグを探そう!
[備考]:誰かとかすれ違ったかも
278: ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:48:32 JNGj10UT
鬱蒼とした霧が徐々に晴れていった空は、夕闇に赤く染まり始めている。
そろそろ動き出すには最適な時間になるな、と頭の片隅で考えて、キノはゆっくりと立ち上がった。
「ボクは、殺人鬼になる……」
黒いパンツに付いた埃を払い、深呼吸をしながら、もう何度目になるか分からない言葉をもう一度呟く。
何度も何度も繰り返される台詞は、いつの間にか頭の中にこびりついて離れなくなっていた。
自分自身に暗示を掛けるように、じわじわと意識を侵食していく。
もう同じような失態を晒さないように。
今度は獲物を逃さないように。
師匠の死を無駄にはしないように。
掌に掻いた汗を、無造作に拭き取って、ようやく扉の取っ手に触れることが出来た。
此処から出て行けば、自分はもう殺人鬼だ。
どんな相手―例えあの零崎が相手だったとしても、確実に殺さなければならない。
だが、自分は普通の人間だ。零崎や他の参加者の何人かのように、特別な力など持っていない。
所詮はただの少女。例え少年に間違われたとしても、本当の男との体力差は一目瞭然。
279:正しいことをするために(2/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:50:19 JNGj10UT
所詮はただの人間。どんなに射撃の腕が優れていても、人外の力には敵わない。
真正面から向かっていけば、すぐに殺されてしまうのは目に見えている。
「恐怖を捨てろ。理性を捨てろ。……楽しむんだ、あの零崎みたいに」
何もない無力な自分が生き残るには、奇襲しかない。
遠くの方から相手を狙うか、近付いてから油断させる。あるいは唐突に襲い掛かる。
卑怯だと誰かは言うのかもしれない。それでも、自分にはそれだけしか方法が残されていない。
もう一度、キノは深く深く息を吸い込み、意識しながらゆっくりと吐き出した。
落ち着いている。心の何処かが、ふっと醒めていくような気がする。冷めていく。
「ボクはあなたの正しさを証明してみせます。だから、師匠……どうか……」
どうか。
その祈りが届いたのか、少女は知らない。
ただ、開け放たれた扉の向こうには息を飲むほどに美しい夕焼けが広がっていて。
キノは改めて、この世界は美しいと思った。
ゆえに、醜い側面が浮き彫りになる。だからこそ、同時に世界は美しくなどないのだろう。
280:正しいことをするために(3/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:51:19 JNGj10UT
生きなければ。生き残らなければ、意味がなくなる。師匠の死に、意味がなくなってしまう。
「ボクは、殺人鬼になる」
正しいことをするために。正しさを証明するために。
自分の命を守ろうとすることは、我儘なんかじゃない。
我儘なのだと言うのなら、なんて世の中に生きる全部の生き物(モノ)は、みんな我儘で傲慢なのだろう。
生きるために、犠牲は必要なんだ。少なくとも、この世界では。
ボクは正しくなんかない。
それゆえに、誰よりも正しい。
正しいという自信がある。
281:正しいことをするために(4/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:51:54 JNGj10UT
キノは大きく深呼吸をした。心臓の音は、まだ続いている。
此処で終わらせるつもりもない。
「とりあえず、何処を目指すか……」
悪夢を見た時にあった動揺も焦りも、今はない。驚くほど冷静に頭が回った。
死にたくないなら、生き残るためには、冷静にならなければならないと思う。
怒りも悲しみも憎しみも迷いも戸惑いも躊躇いも、冷静さを欠くような感情は必要ない。
人殺しには不要なモノだ。ただ、視界に映る全ての物を確実に壊していくだけ。
壊していくために、非力な自分は思考し、知略を張り巡らせなければならない。生き残れない。
「問題はこの商店街に人が居るかどうか……さっきみたいに隠れてる人が居るかもしれないけれど」
可能性は極めて低い。居たとしても相手が団体だった場合、確実に返り討ちに遭うだろう。
奇襲を念頭に置いた場合、高台に潜伏して通りかかる人間を撃ち殺していくのが確実なのだろうが、生憎手元にはフルートなどといったライフルがない上、遠距離に適した武器すらない。
カノンや森の人では射程距離に限界があるし、高台からの奇襲には明らかに向いていない。
それでも、森の人やカノンなどがあるだけ自分は恵まれているのだろう。
銃器は命綱だ。なければのたれ死ぬしかない。その点では圧倒的に恵まれている。
282:正しいことをするために(5/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:52:44 JNGj10UT
キノは今回の放送を聞いていないため、禁止区域が分からない。
闇雲に移動すれば、禁止区域に足を踏み入れてお終いだ。そんなまぬけな死に方は嫌だ。
問題は山積みになっている。
それでも生き残るために、確実に殺していくために、どうすればいいのか。
答えなどない。誰も教えてくれない。応えてくれない。
エルメスも居ない。師匠も居ない。誰も居ない。ジブンダケシカイナイ。
「……少しだけ商店街を回ってみるか」
誰も居なければ、ほかの場所を目指せばいい。
目指せなければ、障害になるモノを壊せばいい。
片っ端から壊していけばいいのだ。何も恐れることはない。
もう一度深呼吸をしながら、パースエイダーを胸元に押し当て、キノは祈るように目を閉じた。
「ボクは、殺人鬼になるんだ……」
ならなければ。
死んでしまうのは、此処で終わってしまうのは、絶対に嫌だから。
死にたくない。
まだ、生きていたい。
283:正しいことをするために(6/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:53:25 JNGj10UT
いつの間にか思考に歪みが生じ始めていることに、黒髪の少女は気付かなかった。
気付けないまま、彼女は颯爽とした足取りで歩き始める。
少女は正しくなんかない。
それでもただ、生きていたかっただけ。
いつの間にか霧は晴れ、血塗られた赫に彩られた空が。
哂ったような、気がした。
284:正しいことをするために(7/7) ◆PM/YvWa3/6
06/08/24 13:55:05 JNGj10UT
【C―3/商店街民家/1日目・18:45】
【キノ】
[状態]:体中に擦り傷(ほとんど影響はなくなっている)
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾4)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾3) ソーコムピストル(残弾9)/森の人(残弾2)
[道具]:支給品一式×4(内一つはパンが無くなりました)
[思考]:最後まで生き残る(ただし、人殺しよりも生き残ることが最優先)
もう少しだけ商店街を回り、その後潜伏場所を探す。
[備考]:キノは18時の第三回放送を聞き逃しました。
285:どうしてこんなに痛いの(1/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:15:33 9u5T6YKr
その味は甘く、その香は芳しく、その欲は狂おしい。
吸血鬼の肉体。
犯される心。
魂の汚辱。
すがれるものはもう誰も居なくて。
「人は、襲わない。人喰いの怪物になんか、ならない」
残ったものは少女がフレイムヘイズに選ばれた理由、気高く強い自尊心。
それと、坂井悠二と過ごした過去の記憶だけだった。
他にはもう誰も居ない。
独りぼっちの少女は、ひどく寒い孤独の中で震える体を抱き締める。
一人で居る事が心細かった。
一人で居る事が悲しかった。
どうしてこんなにも心細くなるのだろう。
どうしてこんなにも弱くなったのだろう。
(……だって、いつも誰かが居た)
坂井悠二が居た。
その母である坂井千草や、悠二を賭けたライバルである吉田和美が居た。
悠二と出会う前も天道宮を出る前はシロが、出た後は長く離れたけれどヴィルヘルミナが、
そして天道宮を出る前から出た後もずっと、アラストールが居た。
フレイムヘイズとしての契約を行った、シャナの中に住まう紅世の王。
彼はきっと―間違いなく―シャナにとって家族だったのだ。
(アラストールはまだ、私の中に居る)
彼女の身に力が漲り、炎を自在に操れる事がその証拠。
だけど言葉が聞こえない。姿が見えない。
心の痛みを和らげてくれない。
だから居ないのと同じこと。ここには誰も居ないのだ。
胸を突き刺すような傷みは一向に消えてくれはしなかった。
痛みにもだえ、逃れる術を求めた。
(……悠二の手記を読もう)
だから悠二の足跡に想いを馳せてみようと、そう思った。
そうすれば少しは悠二を、悠二の言葉や温かさを感じる事が出来るかも知れない。
シャナは坂井悠二の手記を取りだして読み始めた。
286:どうしてこんなに痛いの(2/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:16:38 9u5T6YKr
そしてシャナは、またもや打ちのめされた。
もう絶望し、痛みと渇きに苦しんで、これより底なんて無いと思っていた。
それでも悲劇とは往々にして予想を超えた角度から襲い来る。
『管理者の謎の警告の後、僕は長門さんと出夢さんと共に城を脱出した。
あの時、僕を呼ぶ声が聞こえた事は少しだけ気になった。
赤い髪の女が襲撃してきた、という言葉も。
だけどシャナはフレイムヘイズだ。無差別に人を襲ったりはしない、はずだ』
ゲームが始まった時、もっと落ち着いて行動していれば何かが違ったのか。
全て、自らを見失っていたせいなのか。
手記は更に続きを綴る。
『通りすがりの強そうな人に食料と水を交換に化け物を引き受けて貰った。
その後に走りながら時計を見たら、確か7時過ぎだったと思う』
(あの時に……!)
丁度7時、リナの提案に乗ってあの小屋に留まらなければどうだっただろう。
その時に悠二が居た場所は隣のエリアだ。
もしもあそこで留まらず、そして調べ終わった東や、狭い南と西を無視すれば……
(考えすぎだ、そんな事)
そんな“もしも”を考えて何の意味が有るのだろう。
そうは思うのに。
『メフィスト医師により人より一つ多かった制限を外してもらった。
ようやくまた、存在の力を感じ取れるようになった。
これならきっと、シャナが近くを通れば感じ取れるだろう』
『あまりに僕自身の格好が不審だったのと異様な気配を感じて物陰に隠れた。
通り過ぎたのはサイドカー付のバイクに乗った首の無いライダー―』
もしもシャナがベルガーと共に行っていれば。
(そんな仮定に意味なんか無い! 有るわけが無い!)
そう、思うのに。
287:どうしてこんなに痛いの(3/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:18:15 9u5T6YKr
『紅世の従ではないようだけれどあの気配は警戒すべきかもしれない。
港を目指していたルートを変更してここは北回りに―』
(どうしてこんなに“もしも”が続くの!)
シャナは声のない悲鳴を上げた。
目の前に居たのに。
ひどい偶然がなければシャナと悠二は出会えていたのに。
『4時半。階下に居るのが何者かは判らない。見つからないように離れる事にする』
それなのに、悠二と生きて再会する事は遂に無かった。
シャナは悲劇の再上映に打ちのめされる。
どうしてこんなにひどい事ばかりなのか。
疑問も悲鳴も哀惜も、全ては闇に呑まれるだけ。
何処にも光など有りはしない。
「ひどいよ、悠二」
悠二が死を覚悟していたと聞いたおかげで、しっかりしようと思う事が出来た。
何処へ進めば良いかはまるで判らないけれど、辛うじて立っていられた。
なのに歩き出せば何処を踏んでも針の山。
足の踏み場は何処にも無い。
「どうしてこんなものばかり遺していくの」
無惨な死体。
覚悟の残滓。
血に濡れたメロンパン。
悲劇を再上映する手記。
抱き締めてくれる誰かも優しい言葉も失ったこの世界。
「―ひどいよ」
シャナの側には誰も居なくて。
ただ、冷たい夜風が吹きつけた。
288:どうしてこんなに痛いの(4/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:18:49 9u5T6YKr
シャナはハッと顔を上げた。
冷たい風は、シャナに覚えの有る気配を届けた。
「これは……あの女!」
すぐさまそちらに意識を向ける。
気配がする。
あの、彼女に牙を突き立てた吸血鬼の存在を感じ取れる。
「見つけた、見つけたんだ!」
瞳に戻るのは微かな灯火。
それは最後の希望だ。
多くを失ったシャナが自らの尊厳だけでも取り戻す最後の機会。
悠二と出会った、フレイムヘイズである少女に戻れる機会。
吸血鬼化が終わる前に佐藤聖を殺す事が出来れば、吸血鬼から回復できる。
「戻る! あいつを仕留めて……戻るんだ!」
シャナは駆け出した。
* * *
「ああ、『影』の人は死んじゃったんだねぇ」
放送を聞き、十叶詠子は呟いた。
「誰なの、その人。女の子? 男の子? 詠子ちゃんの気になる人?」
「男の子だよ、『カルンシュタイン』さん。気になる人ではあったかなぁ。
死んでしまったのは、とっても残念」
残念という言葉は心から、なのにくすくすと無邪気な笑みを浮かべている。
詠子は空目恭一やその仲間達の味方のつもりだったが、彼らにとって詠子は敵だった。
きっとこのゲームの中でも、彼女に敵対していただろう。
そうは思うが、空目恭一の味方であるつもりの詠子としては残念な事には違いなかった。
彼の魂のカタチはとても綺麗だったのだから。
それでも詠子が笑うのは、その事を残念で悲しく想いながらも心から笑っているだけの事だ。
289:どうしてこんなに痛いの(5/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:19:41 9u5T6YKr
「うーん、詠子ちゃんはよく判らないな」
それは見知らぬ者の死ならどうとも思わなくなった吸血鬼の佐藤聖でも理解できない。
もっとも佐藤聖は狂気などとはまた違う精神状態なのだから狂気を理解しえないのは当然なのだが。
「他に死んだ人は……うん……うん……」
詠子は放送の続きを聞いて知った名が有るかを確認する。
一つ、知った名が有った。
(『ジグソーパズル』さんも死んじゃったんだね)
夜会で出会った、詠子より少し年上の女性。
夜闇の魔王に挑み戦うと宣誓した力有る魔術師、楽園の魔女サラ・バーリン。
彼女の死はゲームに抗する力の損失を意味する。
更に詠子が仕掛けた刻印を破る物語は偶然と、時空の秘宝によって防がれてしまった。
神野陰之とその友アマワが支配するこの世界は未だ攻略の糸口すら掴めない。
(でも、『法典』君や『女帝』さんは生きてるみたい)
そして佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュの生存を知る。
参加者を解放する術は見つからなくて、だけども結束する術だけは残された。
それは確かに希望だけれど、光差し込まぬ闇を駆けるとても危険な脱出口。
「うん。他にはこれといって居ないみたい」
「そっか。私も知り合いは死んでないかな」
そんな理由も有るから、世界に挑む者達の名はあげなかった。
単に佐藤聖が獲物に狙ったら困るからでもある。
『次に禁止エリアを発表する。
19:00にC-8、21:00にA-3、23:00にD-6が禁止エリアとなる。』
「……ここはどこだったかな?」
「D-8の北端辺りだよ、『カルンシュタイン』さん」
「そう、それじゃなんとか平気だね」
そこまでを聞き終えて、吸血鬼と魔女はようやくの一息を吐いた。
「じゃあさっき言った通り、何か滋養の有る物を作ってあげる。
詠子ちゃんは何が良いかな? 鉄分を多目に取る事を推奨するよ」
「血の材料だね。太らせて食べちゃうつもりなんだ、吸血鬼さんは」
「冗談だって。何か温かい物が良いね。おかゆで良いかな?」
「うん、それで良いよ」
本音は本気だった事は言うまでもない。
290:どうしてこんなに痛いの(6/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:21:24 9u5T6YKr
* * *
微かに感じ取ったその場までは思ったよりも距離があった。
(悠二が死んだあの場所の近く……)
同じ島の東端の港町。
もうじき禁止エリアとなるC-8よりは若干南のD-8エリアだ。
たまたま近くを彷徨っていたとはいえ、それでも丸1エリアは離れていた。
これまでこの島で、これほど遠くの気配を感じ取れた事は無い。
(……まだ吸血鬼にはなりきってない。だからそれで判ったんじゃない)
風に乗って飛び火したようなほんの僅かな気配を偶然感知した。
きっとそういう事なのだろうと自分を納得させる。
そして物陰から覗き見たその場所は一件の民宿だった。
(ここがあの女の根城?)
明かりの灯った部屋も暗い部屋も有ったが、どうやら個室には居ないようだ。
回り込み、他の部屋を捜す。明かりのついている部屋を重点的に。
浴場にも居ない。厨房にも居ない。
―食堂で、その姿を見つけた。
* * *
「はい、詠子ちゃんあーん♪」
「…………うーん」
にこにこ顔で差し出されたスプーンを前に困り笑顔を浮かべる。
「『カルンシュタイン』さん、いちおう言っておくけれど。
私は、普通に食事ができる位には大丈夫だよ?」
「判ってるって。だからこれは、お姉さんのちょっとした好意」
(好意、というより遊び心だよねぇ)
まあ考えてみれば、少なくとも悪意や敵意は無いし、危険が有るわけでもない。
となれば詠子にとって断るほどの理由もなかった。
291:どうしてこんなに痛いの(7/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:22:30 9u5T6YKr
「仕方ないなあ。あーん」
詠子が開けた口に聖がそっとスプーンを差し入れる。
口を閉じてお粥を咀嚼。
「うん、温かくて美味しいよ、『カルンシュタイン』さん」
「そりゃ良かった。それじゃどんどん食べてね。はい、あーん」
「あーん」
奇妙な関係の奇妙な夕食が続いていた。
* * *
………………どうしてだろう。
どうしてこんなにも悲しいのだろう。
どうしてこんなにも悔しいのだろう。
どうしてこんなにも……理不尽なのか。
(おまえは人喰いの怪物じゃないか。
それなのにどうして……どうしてそんなに暖かい場所にいるの!!)
人の血を啜る吸血鬼と、見たところおそらく人間である少女。
2人の団欒は暖かく心癒されるもので、だからこそシャナの心を凍え傷つけた。
人のために、人を護るために戦って、何もかもを失った孤独に凍えた。
それなのにあの女は、人を傷つける化け物なのにあんなに暖かい場所にいる。
この違いは何だというのか。
どうして。
どうして。どうして。
どうして。どうして。どうして。
……答えは、とても簡単な物だった。
これまでもずっとそうだったのだ。
フレイムヘイズはみんなそんな場所にいて、人喰いの紅世の従共はみんなそうしていた。
紅世の王達にとって愛とは喪失の悲しみに狂う事もある危険な物だった。
アラストールはかつて、道は外れなかったが最愛の契約者を失った。
愛や絆など戦いには不要なものだった。
292:どうしてこんなに痛いの(8/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:23:59 9u5T6YKr
そして紅世の従どもは、愛に生きて愛に死んでいた。
狩人フリアグネは最愛の従者に確たる肉体を与える為に戦った。
愛染の兄妹、あのティリエルという紅世の従は、最初から最後まで最愛の兄と共に在った。
アラストールは言った。
「フレイムヘイズとて人を愛していい」のだと。
けれどアラストールは最愛の前契約者と死に別れた。
シャナもまた最愛の少年と死に別れた。
(望む事は許されるのかもしれない。だけどきっと……)
きっと、フレイムヘイズが得られる幸福など全て儚い夢なのだ。
そう思うと悲痛な感情が怒濤の如く押し寄せて……逃れようと前に走った。
「死ねえぇっ!!」
絶叫と共に振り下ろした刃は食堂のテーブルを叩き割った。
「シャナちゃん!?」
直前で自らの血の気配を感じた聖は詠子を抱えて距離を取っていた。
目の前に居るのは4時間くらい前に血を吸った少女。
間には真っ二つに砕けたテーブルの残骸と転けた椅子が転がっていた。
シャナは無言で聖に向けて刃を構える。
その瞳に滾るのは怒りと焦り、そしてようやく彼女を見つけたという僅かな希望。
吸血痕は確認していないが、全力で耐え続ければあと10時間後まで保ったはずだった。
心が折れて一気に進行したからといって、まだ完了はしていないはず。
(ここで仕留めれば吸血鬼にはならない!)
293:どうしてこんなに痛いの(9/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:24:50 9u5T6YKr
その目に明らかな殺意を感じ取り、聖はくるりときびすを返すと詠子を抱えて走り出す!
「逃さない!」
跳躍。
僅かな距離を咄嗟に生やした炎の翼で滑空し散らばる残骸を飛び越える。
聖は食堂を出てエントランスに飛び込み四足飛ばしで階段を駆け上がる。
追撃するシャナは手すりを蹴り翼で羽ばたき二階に上る。
客室の並ぶ長い通路。
聖は全速で駆ける。
シャナは全速で翔る。
一度は聖が勝った競争は、しかし荷物のせいか見る間に距離が詰まっていく。
「ヤバイ……!!」
聖はそのまま加速し詠子をしっかりと抱え込んで窓に突っ込んだ!
硝子の割れる音と共に夜空を舞う聖を、シャナは遂に射程に捉える。
加速。跳躍。飛翔。
「もらったっ」
斬撃。
―墜落。
* * *
「いたた……」
足を押さえて蹲る聖。
足には大きく刀傷が開いていた。
尋常ではない肉体能力と再生速度を持つ美姫の直の眷属である聖だ、再生はすぐに済む。
「ここまでよ」
「ひ……っ」
だが顔を上げた聖の目の前には贄殿遮那の刃が有った。
今はその短い再生時間すら与えられない事は明白だった。
294:どうしてこんなに痛いの(10/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:25:35 9u5T6YKr
這いずって逃げようとするが、その腕さえも落下の打撲で今しばらくは動かない。
(ここまでって事なの……?)
横目で見ると、幸い詠子に大した怪我は無いようだ。
だが聖は死ぬ。
殺される。
どうしようもなく殺される。
その恐怖にギュッと瞼を閉じて……
「ねえ、どうして『カルンシュタイン』さんを殺すの? 元『誇り高き炎』さん」
―“魔女”十叶詠子の言葉が聞こえた。
(なんだ、こいつは)
聖と共に居る少女の言葉に、振り上げていた刃を止めた。
「……人喰いの怪物に、吸血鬼にならない為よ。決まってるじゃない」
なぜそんな当然の事を聞くのか。
そして、元『誇り高き炎』。
どうして私がフレイムヘイズである事を知っているのか。
「それと訂正して。私はまだ……ううん。私はフレイムヘイズよ。今も昔も、これからも」
その事に迷ってはならないと、そう思う。
だけど。
「でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない」
魔女の一言はそんな薄っぺらい思いを微塵に粉砕した。
「……………………………………………………そんなはず、ない」
長い沈黙の後に必死の言葉を絞り出す。
「まだ噛まれて5時間も経ってない!
耐え続ければ明日の朝日だって見れたかもしれない!
もう終わってるはずがない!
そんな事あるわけがない!」
「本当だよ」
「うそだ!」
「本当。吸血鬼の噛み痕だってもう残ってないってカタカタさんが言ってるよ」
「うそ!!」
295:どうしてこんなに痛いの(11/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:26:49 9u5T6YKr
「じゃあ確かめてみたらどうかなあ。はい、手鏡」
詠子はポケットから小さな手鏡を差し出すと、シャナを鏡に映した。
明かりのない森の中だったけれど、紅い瞳は鏡の向こうに鮮明に、自らの姿を見て取った。
その肌は僅かに青白く、そして聖に噛みつかれた首筋は……
「貸して!」
「きゃっ」
詠子から手鏡を奪い取り食い入るように覗き込む。
毛穴一つ見逃すまいと必死に傷跡を探す。
だけど何度見ても、その肌には痕一つ残ってはいなかった。
吸血痕は消えていた。
「どうして!? なんで、どうして!!」
悲鳴のような声を上げる。
有り得ない。そんな事、あるはずがない。
そんな事……
「それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ」
魔女は親切にもその理由を教えた。
「あなたは自らの力と精神で吸血鬼になるのを遅らせる事ができた。
でもそれは諸刃の刃なんだよ。
もしもあなたがそうある事を望んでしまえば、変わる事に時間は要らない」
優しさで少女の心にナイフを刺した。
―シャナはその意味を理解した。
『きっと、フレイムヘイズが得られる幸福など全て儚い夢なのだ』
『…………それなら、いっそ』
一瞬の、しかし完全な過ちが、少女の道筋を定めてしまったのだ。
シャナは呆然と立ちつくす。
そしてそんなシャナに魔女は繰り返し問い掛けた。
「それで、『カルンシュタイン』さんは殺さなくて良いのかな?」
「それは……」
シャナは言葉に詰まる。
(もう、そんな事に意味は無い)
思った。そう思ってしまった。
296:どうしてこんなに痛いの(12/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:28:05 9u5T6YKr
すると詠子はにっこりと笑ってこう言った。
「だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ。
炎は悪い罪人を裁くものだけど、あなたはもうその役目に縛られないものね」
「え…………あ……!!!」
更なる慈愛がシャナの心を打ち砕いた。
人喰いの怪物を滅ぼし世界のバランスを守るのがフレイムヘイズの役目。
その役目すらも忘れ去り、自らの為だけに生かし殺そうとした。
誰かにすがる事なくただ共に在るという誓いを忘れ、すがるものを求めて泣いた。
「さしずめ、今のあなたは『痛み』の人かな。
あなたはとても傷付いてしまった。
誰かの牙で、絆で傷付いて。
そして自らの真っ直ぐな想いと情熱で焼き焦がしてしまった。
あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い。
あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた。
それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ」
その言葉はどこまでも優しくて、新たなカタチをも祝福する想いに満ちていた。
優しいのにこれほど残酷なものはなかった。
全てが絶望よりも鋭い痛みに染まる。
「……あ…………ぁ………………」
そう、全ては魔女の言葉の通り。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」
シャナの心は『痛んで』いた。
* * *
297:どうしてこんなに痛いの(13/13) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:29:10 9u5T6YKr
「ふう…………恐かった、死ぬかと思った。詠子ちゃん、ありがとね」
「どういたしまして、『カルンシュタイン』さん。
でも私は、あの『痛み』の子が自分のカタチに気づけるように教えてあげただけだよ?」
もっともそれが聖が殺される前だったのは、シャナがあのまま聖を殺していれば、
それでも吸血鬼から治らないシャナが暴走して殺されるかもしれないという考えと。
「それに『カルンシュタイン』さんも庇ってくれてありがとう」
「あはは、どういたしまして」
墜落時に聖に庇われた恩返しという意味合いも有った。
シャナに襲われたのは聖のせいだが、巻き込んでも怪我をさせないように誠意を見せもしたのだ。
それに報いるのは別に変な事ではない。
「あー、でもお腹が減ってきちゃった。どうしようかな」
「……できるだけ、他の人を捜して欲しいかなあ」
「うん、出来るだけね。…………出来るだけ」
聖の視線は見るからに『おいしそうだなあ』という気配に満ちていた。
詠子は早くも、ほんの少しだけ後悔した。
298:どうしてこんなに痛いの(報告) ◆eUaeu3dols
06/08/25 19:30:21 9u5T6YKr
【E-7/森/1日目/19:30】
【吸血鬼と魔女】
【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:新デイパック(パン5食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:どうしたものか。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくそのままでも良いと考えている。
[備考]:詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気
【D-8/住宅地/1日目/19:30】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分、濡れていない保存食2食分、眠気覚ましガム
悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:――痛い
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
299:友達の知り合いと知り合いの友達(1/7) ◆5KqBC89beU
06/08/30 11:58:35 SoGF0UtK
島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか―答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死人になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は思う。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
それは、とても嬉しいことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
それは、喜ぶべきことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
死者に死を追体験させた男の行為を、偽善以外の何でもないと静雄は断定する。
顔も知らぬ平安時代風の男に対して、最悪な印象を静雄は感じた。
行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信している。
(平安野郎は、本当に、セルティのことを対等な仲間だと思ってんのか?)
善人気取りの平安野郎が言葉巧みにセルティを騙し、自分や仲間の護衛をさせる―
そんな光景を静雄は思い描いた。
バケモノを利用して何が悪い、と言いたげな顔で平安野郎がこっそりと舌を出す―
そんな想像が静雄を苛立たせた。
傷だらけになって倒れ伏したセルティの後ろで、平安野郎が元気そうにしている―
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。
300:友達の知り合いと知り合いの友達(2/7) ◆5KqBC89beU
06/08/30 12:00:09 SoGF0UtK
煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
探索の途中で立ち寄ったF-6の砂浜からは、倒れていた人影が二つとも消えていた。
誰かが死体を持っていかない限り、こんな状況にはならないはずだった。
少女の亡骸があった場所には、ロザリオだけが残されている。
浜辺を去る前に由乃から少女へ贈られ、静雄が少女の手に握らせた物だった。
大切な宝物を置いていっていいのか、という問いに、由乃は「この子も友達だから」
と答え、寂しげにうつむいていた。
そんな弔いの品を、今、静雄の手が拾い上げる。
由乃の想いを踏みにじるような結末だった。
(どうやら、この島には、癪に障るクズどもが山ほどいるらしいな……!)
静雄は由乃のロザリオを、すぐにデイパックの中へ入れる。
そのまま手に持っていたら、うっかり握り潰してしまいそうな気がしたからだった。
301:友達の知り合いと知り合いの友達(3/7) ◆5KqBC89beU
06/08/30 12:00:58 SoGF0UtK
しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだった。
気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
人間離れした耐久力を発揮し、静雄は痛みを無視してのけた。