ラノベ・ロワイアル Part8at MAGAZIN
ラノベ・ロワイアル Part8 - 暇つぶし2ch2:イラストに騙された名無しさん
06/03/04 10:17:23 2lz5eb45
ラノベ・ロワイアル 感想・議論スレ Part.17
(感想・NG投稿についての議論等はすべて感想・議論スレにて。
 最新MAPや行動のまとめなども随時更新・こちらに投下されるため、要参照。)
スレリンク(magazin板)

まとめサイト(過去ログ、MAP、タイムテーブルもこの中に。特に書き手になられる方は、まず目を通して下さい)
URLリンク(lightnovel-royale.hp.infoseek.co.jp)

過去スレ
ラノベ・ロワイアル Part7
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ラノベ・ロワイアル Part2
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ラノベ・ロワイヤル
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避難所
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3:参加者リスト(1/2)
06/03/04 10:18:04 2lz5eb45
2/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)×
1/2【Missing】 十叶詠子 / 空目恭一×
2/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス× / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
1/2【キーリ】 キーリ× / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
3/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F)× / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
1/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月× / 李麗芳× / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗×
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
1/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット× / アイザック・ディアン× / ミリア・ハーヴェント×
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
2/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪× / フォルテッシモ× / 九連内朱巳 / ユージン×
1/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)
0/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー× / ハックルボーン神父×
2/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ×
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤

4:参加者リスト(2/2)
06/03/04 10:18:57 2lz5eb45
3/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / オドー×
1/2【学校を出よう】 宮野秀策× / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ヘラード・シュバイツァー×
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / オフレッサー×
2/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん× / 零崎人識 / 哀川潤× / 萩原子荻× / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
1/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二× / マージョリー・ドー×
1/1【十二国記】 高里要 (泰麒)
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
1/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド× / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
4/4【魔界都市ブルース】 秋せつら / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
1/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン× / ダナティア・アリール・アンクルージュ

全117名 残り57人
※×=死亡者

【おまけ:喋るアイテム他】
2/3【エンジェルハウリング】 ウルトプライド / ギーア× / スィリー
1/1【キーリ】 兵長
2/2【キノの旅】 エルメス / 陸
1/1【されど罪人は竜と踊る】 帰ってきたヒルルカ
1/1【ブギーポップ】 エンブリオ
1/1【ロードス島戦記】 カーラ
2/2【終わりのクロニクル】 G-sp2 / ムキチ
1/2【灼眼のシャナ】 アラストール&コキュートス / マルコシアス&グリモア×
0/1【楽園の魔女たち】 地獄天使号×
2/4【撲殺天使ドクロちゃん系列】 井戸のイド君× / クヌギの松田君× / 地下道の壁 / 愚神礼賛

5:ゲームルール(1/2)
06/03/04 10:19:34 2lz5eb45
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。

【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 禁止エリアを判別するための境界線と座標も記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。

6:ゲームルール(2/2)
06/03/04 10:20:26 2lz5eb45
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。 
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。

【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。

【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。

【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力

7:投稿ルール(1/2)
06/03/04 10:21:01 2lz5eb45
【本文】
 名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
 本文:内容
  本文の最後に・・・
  【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
  【残り○○人】※必ずいれる。

【本文の後に】
 【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
 【座標/場所/時間(何日目・何時)】

 【キャラクター名】
 [状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
 [装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
 [道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
 [思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
 以下、人数分。

【例】
 【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
 【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】

 【涼宮ハルヒ】
 [状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
 [装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
 [道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
 [思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中

8:投稿ルール(2/2)
06/03/04 10:21:40 2lz5eb45
 1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
 2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
 3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
 4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
 5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
 6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
 7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
 8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
 9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
 10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
 11.ライトノベル板の連投防止制限時間は20秒に1回です。
 12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。

 【投稿するときの注意】
 投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
 と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
 その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
 前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
 また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。

9:追記
06/03/04 10:23:46 2lz5eb45
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
512kを越えそうになったら、次スレを立ててください。

――テンプレ終了。

10:第三回放送 ◆eUaeu3dols
06/03/04 10:40:52 2lz5eb45
時計の針が午後6時を指すと同時に、生存している全ての参加者に声が聞こえた。
それを待っていた者にも、一時でも忘れていた者にも、等しく放送が耳へと届く。
「諸君、第三回放送の時間だ。
まずは死亡者の発表を行う。
皆、よく殺し合いに励んでくれているらしくとても良い経過を出してくれている。
知り合いや出会った人間、あるいは敵や仇の名が無いか確認してくれたまえ。

 004緋崎正介、006空目恭一、008ガユス、016キーリ、024しずく、
 031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗、042シャーネ・ラフォレット、
 043アイザック・ディアン、044ミリア・ハーヴェント、048霧間凪、049フォルテッシモ、
 053アーヴィング・ナイトウォーカー、054ハックルボーン神父、
 059テレサ・テスタロッサ、076宮野秀策、082いーちゃん、084哀川潤、085萩原子荻、
 095坂井悠二、096マージョリー・ドー、102カイルロッド、116サラ・バーリン
 ……以上24名。

少しやりやすくしたとはいえ第一回放送を超えるとは思わなかった。
次に禁止エリアを発表する。
19:00にC-8、21:00にA-3、23:00にD-6が禁止エリアとなる。
次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」
上機嫌なような嘲笑うような、そんな声が徐々に遠ざかり、放送は終わった。

[備考]
18:30に霧が晴れ視界が開けます。
空に月が昇りますが、雲は立ちこめたままでとても暗くなります。

11:イラストに騙された名無しさん
06/03/04 12:02:31 qtgpPU5L
>>1
乙ですよ~。

12:イラストに騙された名無しさん
06/03/04 12:52:36 1jsrfW2q
>>10おツー

13:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:03:28 ziBfPiff
 頭に響いてきた音がある。
(……これは)
 パイフウは身を強張らせた。聞き覚えのある、嫌味な声だった。

『諸君、第三回放送の時間だ―』

(放送―もう、そんな時間)
 視界は依然霧に閉ざされているが、先行する子供達もが立ち止まったのを気配で知る。
 恐らくは、別行動を取っている“潤さん”とやらが気になっているのだろう。
 そしてそれは、こちらも同じだった。
(……ほのちゃん……)
 少女のことを、想う。
(……呼ばれないわよね……?)
 沁み込んで来る感情―恐れを理性で殺しながら、パイフウは願う。
 火乃香が生きていることを。
 そして同時に思考する。今が殺し時だ、と。
 “潤さん”が生きていれば、安堵によって隙が生まれる。死んでいれば、嘆きによって隙が生まれる。
 どちらにせよ、殺すならば―
(今が、チャンス)
 思考の間にも、声は無情に名前を読み上げていく。死者の名前を。
『―031袁鳳月、032李麗芳―』
 呼ばれなかった。
 生きている。
 火乃香は生きている―
「……よかった」
 安堵の為に呟きが漏れたが、問題はない。距離があるし、相手も放送を聞くのに集中しているはずだ。
 パイフウはウェポン・システムを構え、外套の偏光迷彩を切って―この霧では意味がない―子供達との距離を詰め始める。
 気配だけでは場所が特定できないが、声でも出せば判る。銃声でこちらの場所も気取られる可能性があるが、それは構わない。一人でも多く殺さなければいけないのだから、多少の無茶は覚悟の上。
 殺せる。

14:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:04:08 ziBfPiff
 見ず知らずの子供を殺すことに罪悪感を覚えないでもないが……
(貴方たちも死にたくはないでしょうけど―わたしにも、大事なものがあるの)
 胸中で呟いて、パイフウは歩を進めた。


        ○


 予感はあった。だからこそ、絶望しない。

『―043アイザック・ディアン、044ミリア・ハーヴェント―』

 別れていた二人の名を放送で呼ばれても―つまりは二人の死亡を知らされても、フリウは絶望を抱かなかった。
 代わりに胸中で渦巻いているのは、諦観だった。
 当たって欲しくない予感が当たる。約束されて欲しくなかった未来が約束されて過去となる。
 人によってはそれを絶望と呼ぶのかもしれない。
 どちらでもいい。そんなものに区別をつけても意味はないのだから。
 隣の少年も、似たようなものだろう。足元にいる犬のようなドラゴンとやらも。

『―084哀川潤、085萩原子荻―』

 どうしようもないことが起きて、どうしようもなくなった。それだけのことだ。
(大したことじゃないよね)
 虚ろな穴の穿たれた思考で、フリウは結論づけた。
 死は、誰もが等しく持っている。持っている限り、奪われることは覚悟せねばならない。そして持っているならば、それを更に増やそうと誰かのそれを奪うことだって出来る。誰にでも。
 死ぬこととは、誰もが知らない内に結ばれた契約のようなものだろう。自分が奪われたくないから、奪うことを禁じてルールとした。越えてはいけない一線として刻み、それを誰もが守ってくれると信じて、自分もまたそのルールを守る。
 誰かが、越えてはならない一線を越えてしまった。禁忌たることを行ってしまった。
 それであの三人は死んだ。
 誰にでも、出来ることなのだ。

15:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:04:57 ziBfPiff
(一番弱いはずのあたしにだって、できちゃうこと。あたし以外の誰がやったっておかしくない)
 アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。高里要。哀川潤。チャッピー。
 誰にだって出来る。誰にだって出来てしまう。誰もが越えることの出来て、越えてはならない一線。

『―その調子で励んでくれたまえ』

 『越えられる』ことだって、誰にでも出来る。
 あの三人は越えられてしまった。もう居ない。還って来ない。奪われたものは、取り返せない。
 だからこそ―
「進もう」
 渇いたような声で言った。視界を妨げるように横たわる霧が、その声を呑み込む。
 口に出してみて、その台詞が何の意図も持ってないことに気付く。フリウは苦笑した。
 意図などない。やりたいことも、なすべきことも、なにもかもがないのだから。
 黒髪の少年が、小さく言う。怯えを抑えたような声音で。
「どこに?」
 問われて初めて、フリウは行き先を考え始めた。
 この島に、もはや安全な場所など存在しないだろう。
 ならば最低限、雨風を防げる場所がいい。屋根のある建造物。つまりは当面の目的地だった、
「学校で、いいかな」
 呟きが白い霧を歪ませて、
「―危険が危ないデシ!」
 白竜の叫びが、白霧を切り裂いて。
 少年が、白竜に突き飛ばされたのを感じた。
 破裂音。
 高速で―避けるどころか視認することすら難しいほどの速度で飛んできた何かが、白竜を貫いた。
 白い霧に妨げられる視界に、赤い花が咲いた。
 それは何だろうか、と見れば、
「―チャッピー……!?」
 チャッピーが赤いものをぶちまけて、宙を飛んでいた。
 ミリアが持っていた武器。彼女らが言うところの『銃』による攻撃だろうと、フリウは予測する。
 ともかく敵を見極めようと立ち上がりかけて、
「フリウ、駄目―」

16:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:05:34 ziBfPiff
 少年が黒髪を振りかざし、かかった鮮血を飛ばしながら、こちらを突き飛ばし―
「―ぁ」
 銃声。




        ○




 体当たりでフリウを突き飛ばし、一緒に地面を転がる。かつて無礼な男に捕らえられた時と同じように。
 銃声が響き、何かが高速で大気を突き破っていった。
 ……危なかった。
 安堵と同時に、怒りが生まれる。
 立ち上がり、霧の白界の先にいるはずの相手を睨む。
「なんで」
 呟きを殴るように三度目の銃弾が飛来し、霧を巻いてどこかへと抜けていく。
 四度目、五度目。銃声が連打し、同じ数だけ霧に渦を描く。その渦さえも長くは残らない。風に乱され、消えていく。
 再度、呟きを漏らした。
「なんで……」
 奥歯を噛み締める。砕けてもいいほどに噛み締めるが、痛みは来ない。
 肩に重みを感じて振り向けば、フリウが厳しい瞳でこちらを見つめる。
 足に触れたのはロシナンテ。白い毛皮のほとんどを赤く染めて、しかし気丈な瞳を向けてくる。
 その両方に頷きを返して、要は大きく息を吸い、目を閉じた。
 霧に閉ざされた白い視界から、真っ暗な闇が視界に変わる。
 天変する。

17:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:06:37 ziBfPiff
 体が変わる―人にあらざる姿へ。四足を持った獣の―麒麟の姿へと。
 霧を祓うように黒いたてがみを一振りし、フリウへと視線を向けて体を傾ける。
 彼女は驚いた様子だったが―、乗ってと一声かければ頷きを返した。
 人の重みを体で感じたと同時に、視界の隅にいた白い仔犬―仔ドラゴンの姿が変わる。ドラゴンと呼ぶに相応しい巨体へと。
 負っていたはずの傷はいつの間にか消えている。
 要は穢れ無き白色を持つ竜と視線を合わせ、同時に頷いた。首を上げ、暗くなり始めた空を見上げる。
 暗雲に包まれた空。黒の絵具を水でとかしたような曇天を仰ぎ見て、二人が飛んだ。
 飛ぶ。心地よい感覚が体を支配する。
 背には少女。隣には白竜。
 失った人はいる。もう逢えない人はいる。
 だがそれでも―
 下を見た。大地がある。街があり、森があり、川があり、海がある。それらを覆っていた霧は、いつの間にか消え去っている。
 ……なぜだろう。
 疑問はあったが、それよりも気になるものを見つけた。
 一人の男。
 見たことのある顔で、テレビに出ていた悪い人たちが持っていたような、拳銃をもっている。
 ……あれで、撃ったんだ。
 怒りが生まれた。
 が、それを動きとする前に、隣の白竜が動作で止めた。
 ……うん、そうだよね。
 やられたからやりかえす。そんな簡単な理屈ですらだれかを殺してしまえるから、あの人たちは死んでしまった。
 いのちをうばうことは、いけないことなのだ―
 空を駆ける。
 自由な空。暗い雲を抜け、欠けた月の光を浴びて、夜の風と戯れる。
 どこまでもいける―
 なんでもできる―

「―慈悲ではない。慈悲などではないのだよ」

18:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:07:54 ziBfPiff
 聞き覚えのない、闇の音色を帯びた声が響く。
 だが、それが聞こえているということが、理解できない。

「本来ならば『彼』の役目なのだがね。君の庇った少女も知る、獣の業火」

 ふと気付く。背負った少女の重さが、無いことに。
 そういえば、あの男。撃ってきたあの男に、なぜ見覚えがあったのか。
 誰だったか……

「あれによる傷は深い。正直なところ、『零時迷子』の少年には感謝している」

 ふと気付く。隣を飛んでいた白竜の気配が無いことに。
 ……思い出した。
(僕がまだ蓬山にいたころ、僕を捕まえようとした……)
 無礼な男。こんなところにまで来ていたのだろうか―

「『現実』にこんな真似をされては困るが―」

 ―そんなはずがない。
(ああ、そうか)
 認める―確かに、そんなことはない。
 そして―やはり、こんなことはない。
(命はこんな簡単に奪えてしまえるから、だから)
 自覚してしまえば、すべては終わる。あっさりと。
 空は綺麗だった。雲の上に在る、月の出る夜空。
 その夜空が、嗤う。

19:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:08:45 ziBfPiff

「―『幻想』ならば、好きに見てくれて構わないよ」


 ―だから、奪ってはならないのだ。

 空が、





        ○






 立ち上がりかけた姿勢から突き飛ばされたことで、地面を二回ほど転がった。
 回る視界の中で、フリウは見せ付けられた。
 飛んできた何かが少年の頭に直撃し、破砕する。
 少年は実は人間ではないらしいと聞いていたが、砕かれて飛び散るものは人間と大差ない。
 白い霧の中、黒い花びらに赤い花弁の花が咲く。
 鮮やかな赤色は血液。肉片が硬質さを持って地面にめり込んだのは、骨がついていたからか。散じる髪の毛は焦げてちぢれている。嗅覚を蹂躙し始めているのはその臭いだろう。あるいは、端的にいって屍臭か。
 頭が吹き飛んで生きていられる人間が―いや、生物がいるはずもない。
 今、二人が死んだ。

20:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:09:29 ziBfPiff
 頬に飛んで来た要の血を拭い取って、舐める。血の味。死の味。怒りが生まれた。証明出来ようもない怒りが。
 許せるはずがない。
 射線の先に、敵はいる。フリウは尻餅をついた体勢から起き上がり、念糸を紡ごうと集中する。
 念糸にとって距離は大した問題ではない。集中し、糸を繋げ、思念を込めれば念糸は発動する。
 例え霧に阻まれていようと、相手がいるのであれば、念糸は紡げる。
(―いる!)
 繋がったのを信じて、フリウは思念を込めた。

「っ……」

 念糸の手ごたえと同時に、かすかなうめき。
 フリウは念糸を繋いだ方角へと駆け出す。
 視界を阻む霧を煩わしく思いながら、走る。
 息は荒い。荒くすることで、不快な霧を少しでも吸い込めると信じているかのように、フリウは走る。
 と、地面から突き出た石につまづき、倒れ掛かる。瞬間、先ほどまで頭のあった位置を何かが通り過ぎていった。
「こっの……!」
 崩れた体勢を戻して駆け出しながら、再度、念糸を紡ぐ。今度は手ごたえはあっても声はあがらなかった。
 だが、どうでもいいことだった。ただ、攻撃の来た方へ、念糸を繋いだ方へと走る。
 見えたものは。
 一人の女だった。白い外套を羽織り、両腕が異様な方向へと捻じ曲がった、黒髪の女。折れた腕で、地面に落ちた銃らしきものを拾おうとしている―
 フリウはその銃らしきものに念糸を繋ぎ、捻った。人を殺す―いや既に殺した―武器が、ただの鉄屑へと変貌する。
 女の判断は迅速だった。

21:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:10:06 ziBfPiff
 折れた両腕を無視して、こちらへと飛びかかってくる。が、痛みのせいか、やはり動きは鈍い。
 蹴りが来た。怪我人とも思えない威力の蹴りを、フリウは交差させた両腕で受け止めた。
 激痛と、聞きたくない音とが響く。外側になっていた右腕にヒビが入ったのだろう。
 女は蹴り足を戻して、上に振り上げた。踵落しの初動。その瞬間に、フリウは体ごと女に体当たる。
 左半身を庇った右半身での体当たりは、当然のように傷ついた腕に響いた。
 絡み合って地面に倒れ、起き上がる前に念糸を紡ぐ。傷ついた腕の痛みが集中を邪魔するのを何とか堪えて、フリウは相手の右脚を捻り折った。もう何回目か判らない、人体を壊した手ごたえが伝わる。
 やはりうめき声はなかった。フリウは三歩を下がり、苦悶をあげる女と視線を合わせる。
「―殺すなら殺しなさい」
 言葉の裏には強さが見えた。
 四肢のうち三つまでを折られても、女の切れ長の双眸には強さが残っている。
 形の良い朱唇が言葉を紡ぐのを、フリウは他人事のように見ていた。
 自分の喉が震えて音を出すのを、フリウは他人事のように聞いた。
「殺す?」
 吐き出された言葉は単純なものだった。殺す。一線を越える。既に越えた。
 怒りのままにここまでやったが、具体的に何かをするまでは考えていなかった。
 この女を殺す。簡単なことだった。念糸で首を捻ればそれで終わる。あの水晶の剣を持った大男のように。
 破壊精霊を開放するのもいいだろう。一撃で、全てを壊す。あの赤い瞳で炎を放ってきた男のように。
 生かしておけば、また誰かを殺すかもしれないのだから。
 それとも―このまま、何もせずに立ち去るか。
 この女を殺したところで、既に殺された二人は還って来ない。それに復讐なんてものを、彼らは望まないだろう。
 生かしておいても、両腕と片足を折られた女では、誰かを殺すよりは殺される対象にしかならないだろう。
 どちらも、フリウ・ハリスコーにとって大した違いはない。

22:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:10:43 ziBfPiff
 殺すのは―賢い。ここで彼女を殺せば、この後の犠牲を減らせる。
 生かすのは―愚か。ここで彼女を生かしても、この後に死ぬ可能性が高い。
 だがどちらも同じこと。
(どっちも同じ……ことなら)
 こちらの決意が定まったのに、気付いたのだろう。女は片足を引き摺りながら、逃げ出した。その足は遅い。
「通るならばその道。開くならばその扉。吼えるならばその口」
 歩き出しながら、水晶眼に念糸を繋ぐ。口から紡ぎ出す開門式が、霧の中を滑っていく。
「作法に記され、望むならば王よ。俄にある伝説の一端にその指を、慨然なくその意志を」
 霧の中を走る女は、白い外套のせいでそろそろ姿が見えなくなってきていた。フリウは歩調を早め、女を追う。
「もう鍵は無し―」
 蹂躙するための最後の言葉を言う前に、フリウは一瞬だけ考えた。
 本当に、これを選んでいいのか。
 一瞬だけの思考は、一瞬に応えられるだけの答えしか生まない。
(―どっちも同じなら、いいじゃない)
 決め付けて、フリウは開門式の言葉を吐き出した。
「―開門よ」



「フリウしゃん駄目デシ!!」



「成れ―ぇ?」
 呼び止める声に、フリウは振り向いた。振り向いてしまった。
 破壊しか映らない水晶眼に一瞬だけ映ったのは、

23:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:11:59 ziBfPiff
「……あ」
 血塗れでこちらに向かって叫んだ白竜の姿だった。血塗れで、よろめいて、それでも生きていた彼。
 だが。

『我が名はウルトプライド―』

 音も無く現れた銀色の巨人が霧を破って拳を打ち下ろす。
 朱の混じったちっぽけな白い彼に、破壊が叩き込まれる。

『我は破壊の主―』

 その存在の生存を安堵する間もなく、破壊精霊はそれを破壊した。
 血が飛び、肉が舞い、赤黒く染まった白の毛皮が霧の中に踊る。
 その全てすら、破壊の拳が砕いていく。
 後には、破壊痕しか残らない。

『我が言葉は―』

 何も残らない。銀色の精霊が雄叫びを上げる。
「え―」
 思考が停止し、フリウは何もない場所を見続けた。破壊精霊の宿る水晶眼で。
 精霊は、何もないその場所を執拗に殴りつける。何度も、何度も。
 犯罪の痕を消そうとするかのように。
 だが、破壊精霊でそれをすることに意味はない。破壊精霊ウルトプライド。太古の魔神。強大な力しか持たないこの精霊は、破壊しか出来ない。破壊することしか。
 地面が幾重にも穿たれ、振動で霧が晴れた頃になってようやく、フリウは閉門式を唱えた。

24:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:12:39 ziBfPiff
 水晶眼ではない、何の力も持たない右目で、惨状を眺める。
 地面に刻まれた破壊痕は、墓標のように見えなくもない。
 小さく、うめく。
「そっか」
 呼気だけで放たれたそのうめきは、また視界を埋めつつあった霧の中に溶け込んだ。
 暫くしてから、フリウは虚ろを含んだ声音で言った。一線を越えた言葉を。
「同じことなら、壊しちゃえばいいんだ。全部」
 ゆっくりと、フリウは歩き出した。破壊痕を背に、何処へとも知れぬ場所へと歩を進める。
 足取りは軽い。雲の上を歩くかのように。あるいは薄氷の上か、谷間に張られた綱の上か。似たようなものだ。
 ヒビの入った右腕が痛みを訴えている。熱を伴った痛みが体を蝕んでいるのを無視して、フリウは喉を震わせた。
 口から滑り出る言葉は、なぜか自分のものではない、誰かの言葉のように感じられた。
「壊せばいい。こんなお遊びも。それに乗る人たちも」
 そして自分も。
 フリウ・ハリスコーは歩き出す。一線を越えた先を、真っ直ぐに。
 まずはあの女を壊そうと、そう考えながら。


     ○


(甘かった)
 パイフウは折れた片脚を引き摺りながら、少しでも距離を離そうと体を動かす。
 子供だから。他人だから。知り合いが死んでいたから。
 子供だから甘く見た。他人だから手加減した。知り合いが死んでいたから苦しまさずに殺してやろうと思った。
 背後から、雄叫びと爆音が響く。

25:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:13:21 ziBfPiff
 非力な子供なら殺すのは楽。
 見ず知らずの他人なら容赦する必要もない。
 知り合いが死んで哀しんでいる連中なら、その隙を突けばいい。
 だというのに―
(甘かった!)
 その代償としての負傷が、体を苛んでくる。痛み。熱。恐れ。
 気で治療すれば少しは楽になるだろうが、それが出来るような状況ではない。
(一人でも多く―殺さなければ、いけないのに)
 天然痘に冒されたエンポリウム・タウン。そして火乃香。
 他の全てを皆殺しにしてでも、守りたいと思うもの。
 連続する地響きと大気の振動に身体が共振し、折れた骨の痛みが増す。
 痛みは無視できる。それと同じように、感情を無視することも可能なはずだった。
 可能であるはずのことができない。なぜか。
(それは―)
 震動が収まった。そもそも何が起こっていたかも判らないが―恐らくは、あの少女。
 フリウと呼ばれていた少女の左眼に何かが隠されており、それが使われたのだろう。何かに。
 背を向けて逃げ出したあの時に、誰かが少女の背後に近寄っていたのは、知っていた。
 その誰かに使われたのだろう。少女の左目が。あの教会に居た『主』なる者と同じような感覚を受ける何かが。
(私は安堵してる。『あれ』が自分に使われなかったことを、安堵してる)
 『あれ』が何なのかは判らない。が、こちらの骨を三本も捻り折ってきた糸より、マシなものであるはずがない。
(―急ぐ必要がある)
 この霧では、距離を取ればそうそう見つけられたりはしないだろう。
 気配を探りながら、藻掻くように霧の中を進んでいく。
 先の見えない霧は、この状況に相応しい舞台装置だといえた。何があるか判らない。誰が死ぬかも判らない。
 もし―

26:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:14:33 ziBfPiff
(……ほのちゃんが、死んだら)
 それはありえない。あるはずがない。彼女が死ぬはずがない。
 それに、ディートリッヒとの取引の中には火乃香のことも入っている。火乃香が―考えたくないことだが―死んでしまったら、言うなりになっている必要はない。
 火乃香が死んでしまったら、自分が誰かを殺す必要はない―
「―え」
 気付いた。
 身体の違和感。理性と感情のずれ。その原因。
 火乃香の為に誰かを殺す。
 言い換えれば、その誰かが殺されるのは、火乃香の所為となる。
 間接的に、火乃香に殺人を背負わせることになるのだ。
(矛盾……だからこその迷いか)
 火乃香の為にすることで、彼女に罪を被せようとしている。
 それを拒否する思いがあったから、今、こうなっているのか。
「馬鹿な女ね、わたしは」
 自嘲して、荷物を置いてきてしまったことに気付く。
 武器といえばメス程度しか残っていなかったが、地図に名簿に時計、水に食糧。方位磁石に懐中電灯。
 そして―火乃香のカタナ。
 どれも入用なものだ。
 取りに戻ることは出来ない。もしフリウという少女に鉢合わせすれば、片脚の折れた身体でどれだけ抵抗できるか。
(進むしかないわね)
 進む。
 まずは当面の安全を確保し、傷を治療した後に、武器と物資を探す。可能ならば―反主催者で纏まっているようなグループに、無力を装って入り込む。そして頃合を見て、
「殺す」
 呟きが霧に流れる。
 それが実行できるかどうかについて、彼女は考えなかった。
 そんなことを考えても、楽しくない。

27:白天の破壊 夜色の空 ◆E1UswHhuQc
06/03/04 17:15:24 ziBfPiff
【C-2/平地/1日目・18:20】

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052) 死亡】
【高里要(097) 死亡】

【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 右腕にヒビ。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 全部壊す。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

[備考]:高里要の死体からやや離れたところに、無残な破壊痕が出来ています。
    破壊痕の近くにデイパックが落ちています。中身は
    支給品一式・パン12食分・水4000ml、メス 、火乃香のカタナです。

【C-3/商店街/1日目・18:20】
【パイフウ(023)】
[状態]:両腕・右脚骨折
[装備]:外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:なし
[思考]:1.傷の治療。2.火乃香を捜す 3.主催側の犬として殺戮を 
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

28:イラストに騙された名無しさん
06/03/09 04:02:32 dXcBw/NO
保守

29:紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU
06/03/12 16:36:05 H4kzZLgU
 島を覆い始めた霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

30:紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU
06/03/12 16:39:07 H4kzZLgU
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2の市街地には他の参加者がいないらしい。
 甲斐は苛立たしげに舌打ちし、いったんここで小休止することにした。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火する。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 喫煙の合間にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしい。
 しばらくすると、東の方から盛大な破壊音が聞こえてきた。
 破壊音が近づいてこないと確認し、甲斐はそのまま煙草を吸い続けた。

【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り11本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

31:逢魔~DarkestHour(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 17:52:07 RUF7eM0D
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ
これから出会う者たちの力量を見ることは重要ではないのか?」
宗介はやや驚いた風に首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」

32:逢魔~DarkestHour(2/4) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 17:53:22 RUF7eM0D
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかは
あの娘個人の勝手じゃわたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」
「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。

33:逢魔~DarkestHour(3/4) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 17:54:38 RUF7eM0D
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、
どうかどうかあなた様のお力で私の仲間を救っていただけないでしょうか?
お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。

34:逢魔~DarkestHour(4/4) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 17:57:28 RUF7eM0D
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?
流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

35:逢魔~DarkestHour(まとめ) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 17:59:02 RUF7eM0D
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり


36:逢魔~DarkestHour(まとめ) ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 18:01:02 RUF7eM0D
【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する
【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

37: ◆jxdE9Tp2Eo
06/03/13 18:01:37 RUF7eM0D
長らくお待たせしました、本投下しました。

38:すべては凍え燃えゆく(1/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:14:43 e8c16w3j
 どこか応答がぎこちないクエロと、それを心配するクリーオウ、それに彼女らに話を聞きつつ歩幅を合わせるせつらは、結局城には程遠いD-4で放送を聴くこととなった。
 各自荷物を置いて紙と鉛筆を取り出し、そばにあった地上への階段に座って時を待つ。
 そして、声が響いた。
『─以上24名』
(悠二もサラも、死んじゃったんだ……)
 どう足掻いても覆せない事実に、クリーオウはただ震える身を抱きしめた。
 数時間前に会話した人間が、数十分前に身を挺して自分を逃がしてくれた人間が、ここでは容易く失われてしまう。
『─その調子で励んでくれたまえ』
 絶望に囚われていると、いつの間にか放送は終わっていた。結局ただ聴き流すだけで何もメモできなかった。
 死者の名に線を引くという行為でさえ、二番目の空目の名で止まってしまっていた。
「ごめんクエロ、メモしたものを見せ……」
 自分とは違い冷静に聞けていたであろう彼女に呼びかけ─その顔を見て、言葉を失う。
 彼女は泣いていた。
 感情が凍ったと形容できそうな、何かを押しとどめるように不自然なほど硬くなった表情で、両の目から涙をこぼしていた。
 左手に鉛筆を持ち、視線を名簿に落としたまま、無音で動作を止めている。
「…………ああ、ごめんなさい、呼んだ?」
 長い沈黙を挟んだ後、彼女は反応した。
 涙を拭い、どこか強ばっている笑みを浮かべたままこちらの方を向く。
「……クエロ、大丈夫?」
「ええ、ちょっとショックが大きかっただけ。……あなたも、聞き逃したの?」
「あ、うん」
「そう……せつら、悪いんだけど放送の内容を教えてくれない?」
「はい。まず死者は─」
 放送前と何ら変わらぬ態度で、せつらは淡々と放送を再現した。
 それを今度は聞き逃さぬよう、胸中で自身を叱咤し線を引いていく。
 最後に禁止エリアの場所と時間を書き込んで、鉛筆を置いた。
「……とにかく、早くピロテースと合流したいわね。彼女が得た情報と合わせて、今後何が出来るかを考えなければいけない」
 同じく書き終わったクエロが、紙と鉛筆をしまって立ち上がる。
 その表情は硬いままだったが、先程のような不自然さはもうなくなっていた。

39:すべては凍え燃えゆく(2/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:16:09 e8c16w3j
「その前にやることがあるんですが、いいですか?」
 と、そこへせつらが声を掛けた。
「ピロテースのところへ行くよりも、先に?」
「はい。状況把握に時間がかからなければ、放送前に済ませたんですが。あ、クリーオウには先に行ってもらうけれど」
「え?」
 意外なことを言われ、クリーオウは思わず聞き返した。
 彼のその発言の意味を考えた後、問う。
「……わたしに見られたくない、ってこと?」
「見られたくないというより、見たくないものを見ることになるかもしれないから」
「見たくないものって、何? 確かにわたしはみんなより打たれ弱いと思うけど……仲間はずれになるのは嫌って、学校にいた時も言ったよ」
「……クリーオウ、サラとせつらが神社に行ったときの話を覚えてる?」
「神社の時って……あ」
 数時間前の会議のことを思い出し、クエロが何を言いたいのかを理解する。
 彼らは神社に行った時、そこで見つけた死体で“実験”をした。
 禁止エリアの正確な位置を確かめるために、そこに死体を放り込み、刻印を意図的に発動させたのだ。
 そして昼の会議で、地下でも死体が見つかれば、その実験を行うことが決まっていた。
「僕が最初に地底湖を調査したときには、あの墓はなかった。
いざというときの逃走経路に出来るかもしれないし、出来るときに早めに確認した方がいいでしょう」
 死体で禁止エリアを調べることは、会議中に不承不承ながらも同意したことだった。
 結局、墓を暴くことが許し難い行為だと思えてしまうのは、自分の感覚─様々な意味で弱い、足手まといの感情だけの問題なのだから。
「……わかった。でも、わたしもここに残る。
わたしだけ見たくないものから目を反らしていいのは、変だと思うから。いいよね、せつら?」
 その感情を振り切って、結論を出した。肉体的な問題以外で、弱さを理由に特別扱いされるのは嫌だった。
 クエロが意外そうな顔をして、せつらが困った風に頭を掻く。

40:すべては凍え燃えゆく(3/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:18:06 e8c16w3j
「いや、確かに気遣いの意味もあったけど……先に城の地下に行って、ピロテースさんと連絡をとって欲しかったから」
 しかし肯定の言葉を待っていると、当人から意外な役目を求められた。
「それなら、私の方が適役じゃない? あなたよりは早くないけど、クリーオウにわざわざ走ってもらうよりはいいと思うわ」
「クエロさんにはもし禁止エリアが発動した場合、それを見てもらいたいので。
“咒式”というものの知識があれば、発動した状況から新たに何かがわかるかもしれない」
「ああ、そういうことね。過剰な期待はしないでもらえるとありがたいけど……クリーオウ、それでいいかしら?」
 すまなさそうな顔をして、クエロが了承を求める。
 確かにピロテースといち早く接触するのは重要なことだし、何もわからないのにただ実験を見ているよりは役に立つことが出来る。
「……うん。なら、先に行くね。ピロテースと一緒に待ってるから」
 覚悟が無駄になった感はあったが、これ以上わがままを言うのはやめておいた。
 懐中電灯を取り出してデイパックを背負い、一人細い通路へと歩き出す。
 一度振り向いて二人に目で別れを告げた後、その奥にある墓の方へも視線を向けた。
(あなたの思いは、無駄にはしないから。……でも、ごめんなさい)
 胸中で呟いた後、ふたたび薄闇へと足を踏み出した。


                        ○


「……それで、何? わざわざ嘘をついてまで、クリーオウに知られたくないことは?」
「あれ、気づいてましたか」
 クリーオウの気配が消えたのを確認してせつらが口を開こうとすると、相手に先手を打たれた。
 デイパックと懐中電灯を床に置き、クエロはやや不快そうな面持ちでこちらを見ていた。
 ─クリーオウに言った“禁止エリアを調べるため”に先に行って欲しいというのは、彼女と一対一で話すための嘘だった。
 そもそもその“実験”は、学校から地底湖へと移動した際に既に行っていた。
 クリーオウに言ったこととは異なり、その段階で既に墓があったので、ありがたく使ったのだ。
「地底湖でクリーオウを待っていたとき、議事録のことを思い出して見に行ったもの。……ひどいものね」
「地上の時とまったく同じ結果でした。逃亡ルートには使えそうにないですね」

41:すべては凍え燃えゆく(4/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:19:06 e8c16w3j
 死体を操作して禁止エリアに踏み込ませたところ、午前と同じように刻印が発動し、死体は血をまき散らした。
 サラがいないため検分しても意味がなく、また埋葬し直す時間も惜しかったため、その死体は放置しておいた。
 ただ墓を掘り返したままにしておくのは何なので、死体が着ていた青いウィンドブレーカーのみを実験前に回収し、それを元の場所に軽く埋め直しておいた。
「もしあの墓がなければ、空目の死体でも同じ事をしたの?」
「ええ、まぁ」
 その後に軽く弔いはするが。
「……確かに必要なことだったとは思うわ。でも仲間の、それに死者の気持ちを平気で踏みにじるような真似は─」
「仲間を踏みにじったのは、あなたも同じだと思いますけど」
 話がずれそうなところで、やっと本題を言った。

「……なんですって?」
「ゼルガディスさんのことです」
 茫洋とした雰囲気を変えぬまま、せつらは即答する。
「……確かに不本意だけど、あの状況じゃ私に疑いがかかるのはしょうがないと思うわ。でも、根拠もなしに言いがかりをつけるのは─」
「根拠はこれです」
 そう言って、デイパックの中に入れておいた“根拠”を地面に放り投げた。
「これは……」
「薬莢です。ゼルガディスさんの死体の隣に落ちてました。あなたの支給品の弾丸のものですよね?」
 彼の死体は、島の最西端に位置する砂浜に打ち捨てられてあった。
 その岩の身体は胸部を境に輪切りにされ、腕も二の腕の半分から下が断たれていた。デイパックも背負われたまま真っ二つになっていた。
 すべての断面が完全に炭化しているところを見ると、高温の刃のようなもので胸部のラインを腕ごと一気に切り裂かれたらしい。
 そしてそのそばには、見覚えのある鈍色の弾丸が─弾頭部が存在せず、空になった薬莢だけになったものが落ちていた。
「これがあったと言うことは、あの場で“魔杖剣”が使われたことになります。
でもあなたは、使う機会もなくただその場から逃げたと言いました。実際に防御障壁を発生させたのなら、隠す必要はないのに」
「……」
「この弾丸を、誰が、何に、何のために使ったのか。そしてなぜ使われたことを隠したのか。それを聞かせてくれませんか?」

42:すべては凍え燃えゆく(5/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:20:46 e8c16w3j
 空目とサラが死んだ襲撃については、クリーオウがいたため嘘はつけないし、状況からして作為的に事態を悪化させる機会もなかっただろう。
 だがゼルガディスの件は彼女しか生存者がおらず、さらに一つ減った弾丸などの不自然な点もあった。
 そこに空薬莢という物的証拠が加われば、疑いは確信となる。
(本当は合流してからのつもりだったけれど……)
 城に到着して会議を終えた後に、ピロテースと共に彼女の真意を問う予定だった。
 だが再会した直後の彼女の様子や、放送での動揺の仕方─空目の名前ではなく、その次に呼ばれた“敵”と言った男の名に反応したことが気にかかった。
 動揺した原因は、彼女と口論していたあの青年が言った“復讐”という言葉にあてはめれば想像は出来る。
 問題はその反応自体─激情と言うほかない強い感情を無理矢理抑え込んで、今にも爆発しそうな状態になったことだった。
 その激情も今はまったく感じられないが、逆にいつ爆発してもおかしくないと考えられた。ゆえに、早めに対処することに決めた。
「……わかったわ」
 しばしの沈黙の後、クエロは応答した。
 そして、
「私が、ゼルガディスに、彼を殺すために使った。隠した理由は言わなくてもいいわよね?」
 かなりあっさりと、すべてを認めた。

「……それじゃあ代わりに、理由を聞いてもいいですか?」
「疑われすぎて邪魔になったから。これで満足?」
「うーん、まぁ」
 左手を魔杖剣を差した腰に当て、右手でナイフを弄びながら彼女は笑みを見せている。
 粘り強く反論してくるか有無を言わさず攻撃してくると思っていたのだが、随分と余裕があるようだ。
「でもあれは、お互いに運が悪かっただけよ? あんな事がなければ二人仲良く帰ってくるつもりだったもの」
「その後は?」
「どうせあいつの疑念は晴れないだろうし、やっぱり隙を見て殺したでしょうね」
 肩をすくめてクエロは答えた。
 その言動は、数時間前にまさにその男のことで号泣していた人間のものとは到底思えない。


43:すべては凍え燃えゆく(6/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:23:37 e8c16w3j
「それで、私をどうするつもり?」
「僕の要求を飲んでくれれば、特にどうもしません」
「あら、ずいぶんと甘いのね?」
「あなたは保身のための殺人はしても、基本的には大人しく一つの団体の中に留まっていますし。結局、脱出さえ出来ればその行程はどうでもいいんじゃないですか?」
「……ええ、そうよ」
 彼女への信用が、心情的な問題ではなく完全に利害によるものに変わるものの、警戒を強める以外はその対応に変わりはない。
「同盟の仲間と彼らに敵意を持たない人に対して危害を加えず、さらに脱出のために真面目に動いてくれること。
この二つを約束してくれるのなら今までと変わりなく協力出来ますし、僕もあなたの諸々の嘘に関して誰にも言いません」
「それだけ?」
「あ、僕の仕事の邪魔をしない、というのも追加で」
「……」
 弾丸を渡してもらうという条件もつけたかったが、下手に取り上げるとかえって危険だろう。
「……もしゼルガディスの知り合いと出会って、さらに私が彼を殺したことがばれてしまったら?」
「許してもらうのが一番でしょうけど、だめなら敵討ちされてください」
「……あなたなかなか香ばしい性格してるわね。……要求を呑まない、と言ったら?」
「強硬手段で」
「そんな眠そうな声で言われても、脅しにならないわよ?」
「はあ」
「……サラといいあなたといい、何で私はこうずれた人間に振り回されるのかしら」
 反応に少し困ると、クエロは半眼になって溜め息をついた。
 そして呆れたような口調で、続ける。
「条件は確かにいいけれど、問題はあなた自身。こんな状況の中でそんな態度を取れる─すべてを悠然と構えて受け止められる人間を、私は信用できない。
どうせ私の件も、隙を見てピロテースにあっさり話すつもりでしょう?」
「さて」
 ばれた。
「そこは力強く弁解すべきところでしょうに。……まぁいいわ。こちらの答えは、最初から決まっているもの」
「どっちに?」
「言うまでもないでしょう?」
 挑発するように彼女は言った。
 冷たく鋭い黒瞳をこちらに向け、肉食獣を思わせる笑みを浮かべている。
「そうですか」
 それにもせつらは短く答え、右に下げていたワイヤーを走らせた。

44:すべては凍え燃えゆく(7/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:25:08 e8c16w3j

 クエロが短剣を抜き放ち、その引き金に指を掛ける前に、せつらはワイヤーをしならせつつ大きく右に跳んでいた。
 ゼルガディスの死体から類推した本当の魔杖剣の力─高温の刃を伸ばす、もしくは飛ばせる能力を警戒しただめだった。
 腕とデイパックごと胴体を切断する術は強力だが、その内容を知られているために、対策を打たれることを彼女は危惧しているはずだ。
 それゆえに彼女が一番に狙ってくるのは─戦闘開始直後、防御の布石を打たれる前に速攻で倒すという手だろう。
(さて、この後は─あれ?)
 彼女は身を伏せて首を狙った一閃を回避し─同時に持っていた短剣から、あっさりと手を放した。
 そして右手のナイフを逆手に持ち替え、低い体勢のままこちらに向かって疾駆する。
「そんなに撃って欲しかった?」
 地面に落ちた短剣を前方に蹴り跳ばし、悪戯めいた微笑を浮かべてクエロが言った。その余裕の色しかない笑みを見て、疑問が増す。
 ワイヤーを避けられたことはまだいい。
 質がいいとはいえ、やはり妖糸と比べると鈍く、太すぎ、重すぎるため、技術に追いついていない。それに、これも制限なのか“私”が出てこない。
 それでも見切るだけの技量があるということは、彼女が言った“あまり戦えない”というのは大嘘になるが。
 問題はわざわざ魔杖剣を放ったことだ。
 不要とばかりに引き金を引きもしないで捨てるのは、その使える術の威力からして不自然すぎる。
「せかさなくても、ちゃんとあなたも彼と同じ目に遭わせてあげるわよ?」
 新たに閃いたワイヤーに髪を数房持っていかれながらも、彼女は軽い口調で言葉を投げかける。
 その発言の意図がわからぬまま、せつらは鋼線を走らせる。狭い洞窟内に張られていくそれは、彼女の薄褐色の肌に数本の朱線を刻んだ。
 しかし痛みに顔をしかめることもなく、クエロは右に跳躍。足を狙った一閃が、革靴の一部をそぎ落とす。
 着地点にも既に張られていた別の線も、空中で身体を捻って回避。数センチずれた場所に受け身を取り、即座に立ち上がり疾走を再開する。

45:すべては凍え燃えゆく(8/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:26:37 e8c16w3j
(接近戦を狙っている? 効果が予想されているとはいえ、リーチの大きい術を使った方が楽なのに)
 クエロの現在の武器は、ナイフと自身の肉体のみ。全方位をカバー出来るこちらに比べると、ひどく頼りない。
 彼女に十分な戦闘能力があるとしても、時間が経過すればするほど空間ごと“糸”に絡め取られてしまう。
 だが彼女は、まるで時間稼ぎをするかのようにワイヤーを避け続けている。
(あの短剣が手元にあれば、術の準備時間を稼ぐためとも考えられるけれど……)
 ワイヤーを動かす指は休めずに、しかし頭の隅で疑問を浮かべ続ける。
 この状況を打開できるのはあの術しかないはずなのに、それを彼女は戦闘開始直後にいきなり捨てた。
 もし効果を知られたくらいで使えなくなる術だとしても、持っているだけではったりとして十分機能するはずだ。
 それに短剣自体としても、少なくともただのナイフよりは使い道がある─
「……」
 そこまで考えてふと思いつき、新たに鋼線を手繰る。クエロの右手─ナイフを握っている手首に狙いを定め、引く。
 すると彼女は大きく身体を捩ってその死線を避け─しかし代わりに左肩が別の線に当たり、その肉の一部が宙に飛んだ。
(……本当に?)
 今までと比べるとやや大振りな動きと、その表情にわずかに浮かんだ焦燥を見て、単なる思いつきが半信半疑程度になる。
 ……彼女がゼルガディスを何らかの特殊能力で殺害したことと、魔杖剣を何らかの目的で使ったこと。
 これらは同一だと状況から自然に考えていたが、もしそれが違ったら。
 あの場にあった他の道具─たとえば、先程からずっと手放していないナイフの方にその効果があったとしたら。
 あのナイフはクリーオウの支給品だが、彼女がクエロと出会った直後にそちらの方へと手渡されたらしく、以後はずっとクエロが所持している。
 彼女の言い分も見た目自体もただのナイフだが、戦力確認の際も軽く流されて、誰もそれを実際には確認していない。
 そして学校に戻ってきた際には彼女の手元から消えており、サラが調査する機会もなかった。


46:すべては凍え燃えゆく(9/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:27:48 e8c16w3j
(魔杖剣で殺したとあっさり認めたことや、それを躊躇無く捨てたことは、こちらの注意を完全に魔杖剣に惹きつけるため。
砂浜に落ちていた弾丸の用途は本当に防御障壁で、それで何らかの攻撃を防いだ後に、ナイフを媒体にして術を使ったと考えれば─。
でも、それならやっぱり弾丸を使ったことについて隠す必要はないし、魔杖剣は捨てずにそのままナイフを使った方が意表をつける。
そもそもそれを言うなら、今は使えないらしい“咒式”とやらも本当は使えて、それで不意を討ったとも考えられる)
 つく必要のない嘘と、する必要のない行動が重なり合い、疑い出すときりがない。
 先程の焦燥でさえ、彼女の今までの行動からすれば造作もなく演技出来るだろう。
 どれが本当でどれが嘘か。もしくはすべて嘘なのか。
 そんなことを気にせずに彼女をさっさと始末するのが一番の解決策だが、疑念を抱いてしまったせいで思い切った行動に移れない。
「このナイフが気になるの?」
 と。
 その疑念を読み取ったのか、クエロが蔑むような口調で問いかけてきた。
「そんなに気になるのなら─」
 声と同時に彼女の足が何かを蹴り放った。白い光を伴い、高速でこちらに飛んでくる。
 それが地面に放置されていた彼女の懐中電灯だと気づく前に指が動き、捕縛する。
「あげるわ!」
 視界を覆った光が邪魔をし、一瞬彼女の位置を捕捉出来なくなる。
 鋼線の圧力で軋んだ塊を地面に叩きつけ、濃さを増した闇の中でふたたび人影を視認したときには、また何かが飛んで来ていた。─ナイフ。
 懐中電灯のように絡め取るのは容易だ。だが、思考の隅の疑念がそれを許さない。
 一瞬の逡巡の後、せつらは天井へと伸びる鋼線の一つを引いた。
 刹那黒衣が宙に舞い、滑空する。行き先は地上へ伸びる階段の、出口に当たる上蓋の取っ手。
 そしてその下を、ちっぽけな刃が通り過ぎた。
 今まで細心の注意を払っていたそれは、何の現象も起こさぬまま、背後にあった禁止エリアの中へと消えて、小さな水音を立てた。
 警戒が無駄に終わった事に対し、少しの安堵と徒労感を覚えつつ、地上へと帰るために別のワイヤーを引く。
 しかし大地へと滑る間に、また声が聞こえた。
「いい線行ってるけど、もっと根本的なところから見直さないとダメよ? ─ねえ、クリーオウ?」


47:すべては凍え燃えゆく(10/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:30:01 e8c16w3j
(──まさか?)
 呼ばれるはずのない人名に、新たな疑念とそれを即座に否定する思考が拮抗する。
 ……彼女はゲーム開始当初にクエロに出会い、行動を共にしたと言った。ゼルガディスと出会ったときには既に二人一緒だった。
 その事実とクエロの演技力が彼女にもあると考えれば、確かにありえないことではない。
 だが。
(……違う)
 疑念を振り切り、地に足をつけた。
 具体的な根拠は、肯定の側と否定の側のどちらにもない。ゆえにこの状況で一番信じられるもの─己の実力をせつらは信じた。
 人の気配がクエロ以外に感じられないことと、それに人捜し屋としての人を見る目を。
「まぁ、そこまで馬鹿ではないわよね。別にいいけど」
 つまらなそうな呟きと共に、クエロが肉薄する。逡巡と降下の間に、かなりの距離を稼がれていた。
 背広を血と汗で濡らし、肌には無数の創傷と擦過傷が刻まれているものの、まだ限界には見えない。かなりタフらしい。
「十分、時間は稼げたしね?」
 朱唇をつり上げ、クエロは嗤った。
 その左手には─捨てたはずの、魔杖剣が。
(いつの間に?)
 疑問とほぼ同時に答えは出た。─あの懐中電灯の時だ。
 懐中電灯の光とそれ自体の処理で行動を阻害して、前方に蹴っておいた短剣を回収。ナイフと嘘で気をそらしつつ左手を死角に持って行ったらしい。
(なら、今までのはすべて─)
 彼我の距離を一気に縮めようとするクエロに対し鋼線を放つも、彼女は短剣でそれを受け止め、反らす。火花が散るほどの速度だが、刃は欠けない。
 ─すべてはこちらに接近するためのフェイク。遠距離攻撃だと思っていたのが、そもそもの間違いだったらしい。
 一度捨てることによって気を反らし、さらにふたたび回収して術を準備するまでの時間を、その捨てたことから発する疑念を増幅させることによって稼がれた。


48:すべては凍え燃えゆく(11/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:32:02 e8c16w3j
「さよなら」
 クエロの言葉とほぼ同時に、せつらはふたたび宙を舞った。
 行き先は同じく階段の上蓋。もちろんそれだけではすぐに追いつかれる。ゆえに真上に到着する前に、もう一本別のワイヤーを操作する。
 両手の中指を引いた瞬間、辺りが完全な闇に包まれた。
 最後に残った光源─クエロの背後に放置してあった、自身の支給品の懐中電灯をワイヤーで破壊したためだ。
 この地下には明かりが一切無い。元から闇に目が慣れているものでなければ、支給品の懐中電灯に頼るしかない。
 そしてどんなに夜目が利くものであろうと、いきなり照明を落とされれば判断は遅れる。
「っ!」
 彼女の舌打ちの音と地を駆ける音を耳に入れつつ、ワイヤーを手繰る。
 真上に到着。すぐに闇に慣れた目でクエロの姿を視認する。一足遅れて階段に到着するところだった。
 元から夜目には自信があった。懐中電灯をわざわざ出したのも自分のためではなく、他の参加者に出会ったときに警戒心を抱かせないためだった。
 彼女が上蓋の真下に短剣を向け、その指が引き金を引くのも確認。
 その瞬間、刀身の先端にネオンを思わせる紫光が灯り、取っ手に掴まったままのせつらを照らし出した。
(電撃……いや、プラズマ?)
 その色と光、それにゼルガディスの死体の状況から推測する。今更わかったところで、防御できるものではないが。
 回避するも道は少ない。飛び道具ではなかったが、人体とデイパックを貫く程度のリーチがあることは確実だ。
 右か左か、それとも真上に留まるか。もしくは─。
 術が展開するまでの、一呼吸の時間。
 その瞬間の半分を思考に費やした後、せつらは自身の全体重を支えるワイヤーから、己の指を抜き放った。
 身体が支えを失い、土の上へと自由落下していく。これなら切断のラインに被ることはない。
 そして正面に向けられたままの刃の先端を高速で見送った刹那、
(な─)
 上でも下で右でも左でもなく、真正面に。
 刃ではなく、網のように。
 視界全体に紫電の壁が発現し、せつらの身体を灼いた。


                           ○





49:すべては凍え燃えゆく(12/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:33:55 e8c16w3j

 神経が比喩でなく本当に焼き切れそうになる感覚に、クエロは片膝をついて耐えた。
 午前とは違いゼルガディスの魔法は喰らっておらず、十分な睡眠も取ったものの、それでも平常の数倍はある脳への負担はやはりきつい。
 さらに余裕と焦燥の演技を切り替えつつ咒式を紡ぎ、なおかつ高速で走るワイヤーを避けるという作業は吐き気さえ伴う疲労となって、肉体を苛んでいる。
(予想はしていたけど、つらい状況ね……)
 地面に落ちている二つの薬莢を拾い、湖のある方へと投げ捨てつつ思う。
 回収する暇がなかった薬莢のことには気づいていたし、それをせつらが見つける可能性もわかっていた。そのために地底湖でクリーオウを待つ間に咒弾も装填しておいた。
 ……ゼルガディスに〈電乖天極光輪嶄(アリ・オクス)〉を使用してわかった、現在の咒式の問題点は二つ。
 演算能力の低下と、発動後の遅延だ。
 第七階位の咒式とはいえ、発動までに三十秒以上もかかるのは自分としては遅すぎる。
 ただ咒式を紡ぐという行為は、魔杖剣の柄に手を掛ける以外の目立った行動を伴わないため、剣そのものかそれを持つ腕を狙われない限りは阻害されにくい。
 問題は後者だ。
 意図的に発現させた状態で止めることはあるものの、本来は引き金を引けば光速で対象に向かうのが電磁系咒式だ。
 それなのにここでは、ゼルガディスが刃に灯った紫光に反応して、剣を正面に構えるという行動が出来る程の遅延が発生していた。
 使う咒式の効果を知られている相手に対しては、必殺になりえない可能性が出てきたのだ。
 本来ならまだしも、現在は第七階位を一度撃っただけで脳にかなりの支障が出る。避けられるか防がれるかすれば敗北は必至だ。
(本当に、制限さえなければもっと楽にいけたんだけど)
 ある程度闇に慣れた目で、正面にあるせつらの死体を見る。
 高熱に晒された身体の全体が、黒く炭化して蒸気を上げていた。人体を根こそぎ灼いた臭いが、嗅覚を刺激し続けている。
 彼の持っていたワイヤーも、同じく炭化し焼き切れて落ちていた。彼の死体から遠い部分は被害を受けていないが、その丈はあまりなく、もう使い物にならないだろう。


50:すべては凍え燃えゆく(13/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:35:17 e8c16w3j
 ─電磁電波系第七階位〈雷環反鏡絶極帝陣(アッシ・モデス)〉。
 超高密度のプラズマを鏡状態にした複数の超磁場で閉じこめた壁を、限定空間内に発生させる咒式。
 本来の目的は物理防御だが、その障壁に直に触れれば、当然尋常ではない熱量にすべてを灼き消されることになる。
 すべてはこの咒式を使うために、彼に接近するためのフェイク。
 そして、彼に“ゼルガディスを殺した効果”─〈電乖天極光輪嶄〉を使わせると思わせるためのフェイクでもある。
 一度別のものに思考を誘導させることによって、効果が知られている能力を是が非でも使いたいと確信させる。
 それにより昼に言ってあった障壁という使い道を完全に嘘と思い込ませ、攻性に使われる可能性を無視させる。
 “線”ではない“面”の攻撃に、対応できなくしたのだ。
(……また言い訳を考えないといけなくなったわね)
 彼を殺しただけではゲームは終わらない。奴らを倒すか満足させるかしなければ、元の世界に変えることは出来ない。
 そしてそのためには、人数が大幅に減ったとはいえあの同盟の人材と人脈を利用する必要がある。
 たとえそれが、自分の一番の目的に支障が出るとしても。
 このくだらないゲームから脱出するためには、必要なことだ。
 でも。
「こんなくだらないことでっ……!」
 放送を聞いてからずっと抑え続けてきた激情が溢れ、拳を地面に打ち付けた。
 ……臨也に会ってから懸念していたことは杞憂に終わることなく、至極あっさりと放送で告げられた。
 008 ガユス、と。
 元同僚であり、元恋人であり、すべてを奪い、裏切った人間。
 まだ死者の無念は晴らされていないというのに、彼は呼ばれた。
 まだ自分の苦痛はおさまっていないというのに、彼は殺された。
 彼がこんなところで死んでいい理由など何一つないというのに、奪われた。
「殺し合いゲーム? 心の証明? そんなことのために私の想いは─私の憎悪は無駄になったと言うの!? ふざけないで!」
 ただ虚空に向けて叫ぶ。
 握った拳の爪が皮膚を破り、生暖かい血液が指の合間から流れ落ちた。


51:すべては凍え燃えゆく(14/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:36:32 e8c16w3j
 行き場がなくなった憎悪が、対象を変えて増幅していく。
 愚かな問いかけを持ちかける精霊とやらに対して。その友と言い彼に協力する刻印の制作者に対して。
 何らかの形で監視し今も嘲っているであろう管理者達に。ガユスを殺した張本人であろう臨也に。本来の復讐の一端であるギギナに。そしてこの世界そのものに。
「…………」
 感情を外に出し切り、肩で息を整える。その息遣いの音がやけに滑稽に聞こえ、歯噛みした。
 ここでどんなに足掻いても、すべての根源である主催者達には何の害も及ぼせない。
 いつもと違い、物語の外側に〈処刑人〉として配置されたわけではないのだ。ただの無力な紡ぎ手としてここにいる。
「……なら」
 だんだんと熱が冷め、落ち着きが戻ってくる。
 未だ内に燻る炎はそのままに、思考だけを冷たく走らせる。
 そして完全に冴えた頭で答えを導き出すと、それが狂気に近いことを自覚しつつ、口に出した。
「……それなら、乗ってあげる。このゲームにも、証明とやらにも。
もちろん無謀なことをするつもりはない。休息を取って情報収集した後に、ね。
でもそれは〈処刑人〉としてではなく、ただの復讐者として。
何かを取り戻すためではなく、すべてを奪うために。誰かのためではなく、ただ私だけのために」
 呪詛のように強く、続ける。
「ただ憎悪だけをもってこのゲームを終わらせ、その感情の強さで心の存在を証明してあげる。
─そしてすべて終わった後に、〈処刑人〉としてあなた達を殺すわ。たとえ文字通り住む世界が違おうとも、どれだけ時間がかかろうとも、必ず」
 姿の見えない俯瞰している者達に対し、憎悪をこめた低い声で呼びかける。
 ただの自己完結した宣言ではなく、約束を取り交わすように。ただの脅迫ではなく、死そのものを契約させるように。
「あなた達はただそこで見ていればいい。欲しいものがあるならいくらでもあげる。
でも私の想いだけは、この憎しみだけは失わせない! たとえまた奪われたとしても、何度でも滾らせて叩きつけてやる!」
 叫んだ声が反響し、それが完全に消えるまで、クエロはずっと虚空の闇を睨み続けた。
 そして辺りに静寂が戻ると立ち上がり、荷物を回収した後にゆっくりと、城への道を歩き出した。
 後にはただ、闇を焦がす熱だけが残った。


52:すべては凍え燃えゆく(15/15)  ◆l8jfhXC/BA
06/03/16 00:37:26 e8c16w3j

【107 秋せつら 死亡】
【残り 54人】


【E-4/地下通路/1日目・18:10頃】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:ピロテースと合流するために城の地下へ。
    みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【D-4/地下通路入口/1日目・18:30頃】
【クエロ・ラディーン】
[状態]:相当な肉体的疲労(いつ気絶してもおかしくないレベル)。
    咒式は一度休息しないと使えそうにない。
    全身に切り傷と擦り傷多数。背広が血で汚れ、切り刻まれている。
[装備]:魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉(高位咒式弾×1装填済)
[道具]:デイパック(懐中電灯除く支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、
    “無名の庵”での情報が書かれた紙
[思考]:ひとまずピロテース達と合流。
    休息・情報収集後、機を見てゲームに乗る。
    ギギナと臨也は楽には殺さない。憎悪をもって心の証明を。
[備考]:アマワと神野の存在を知る

※景の死体がD-3に移動され、刻印が発動しました(時間は15:30~16:00の間)。ウィンドブレーカーのみが風見の作った墓の下に。
※ゼルガディス殺害時&せつら殺害時に使用した弾丸の空薬莢二つがD-3地底湖に投げ捨てられました。ナイフも同じく沈んでいます。
※ブギーポップのワイヤーがD-4に放置されています。但し大半が炭化し焼き切れて使い物にならない状態。
 せつらのデイパック(懐中電灯除く支給品一式、地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)も同じくD-4に。

53:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:35:58 uTw1l65z
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

54:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:36:48 uTw1l65z
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら―」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。

55:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(3/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:38:05 uTw1l65z
 さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
 この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
 あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
 ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
 手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
 火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
 言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと―」
「あいつに会ったのか?」
 ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
 反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
 さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは―」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
 一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
 朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
 ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
 ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。

56:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(4/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:38:47 uTw1l65z
 朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは―」
 朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
 屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
 問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
 最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
 ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
 ……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
 しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
 あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
 この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
 こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
 しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
 首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
 人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
 騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
 唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
 ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。

57:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(5/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:39:38 uTw1l65z
 朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
 ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
 12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
 この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
 四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
 朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは―霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
 さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
 あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
 誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
 火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
 ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
 三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
 味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
 手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。

58:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(6/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:41:56 uTw1l65z
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
 なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
 朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
 下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
 妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
 刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
 裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
 あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
 だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
 疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
 三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
 朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
 例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
 朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。

59:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(7/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:42:43 uTw1l65z
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

60:虚偽を頭に笑みを浮かべよ(8/8) ◆5KqBC89beU
06/03/16 17:43:25 uTw1l65z
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

61:イラストに騙された名無しさん
06/03/20 02:55:27 zVlkaHr+
hosyu

62:イラストに騙された名無しさん
06/03/24 01:53:59 Dt3fllHM


63:イラストに騙された名無しさん
06/03/26 01:54:03 twvl0NpS


64:Spine chiller(1/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:37:20 0fWP5XP5
「ハーハッハッハッハ!」
 殺し合いの行われているはずの島に、場違いな哄笑が響き渡る。
「さすがボルカン様だ! 見たか、この華麗なる戦略的撤退を!!」
 声の主はまるで子供のように小さい。地人のボルカンであった。
 彼は後ろを振り向いた。追ってくる人影はない。
 それを確認し、安堵の息をつき―
「うむ、俺様にふさわしい剣だな」
 手にするブルートザオガーを恍惚とした表情で見つめた。が、彼にとっては少し重いようで両手は震えている。
 しかしそんなことを本人は気にもとめていない様子で、ひたすら剣の輝き見つめながら歩いている。
 こんなことをしていれば、前からやって来る者に気付かないのも道理だろう。

 ―どっ

 いきなり何かにぶつかり、ボルカンは勢いよく地面に仰向けに倒れた。
「ぐえっ」
 打った頭を片手でさすりつつ、立ちふさがった何かに抗議する。
「貴様っ! このボルカン様に―…………」



「…………」
「…………」
 周囲を沈黙が支配した。ボルカンの表情は「ボルカン様に……」のところで固まっている。
 重苦しい沈黙を先に破ったのはボルカンであった。

65:Spine chiller(2/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:38:13 0fWP5XP5
「あー、えー、その……なんでもありません。さようなぁぁぁぁ!」
 ボルカンは逃げようとするが、首を思いっきり掴まれたためできない。さらにそのまま空中に持ち上げられた。
「な、なにをするっ! こんなことをしてただで済むと思うのか!?
 いやいやいや、ごめんなさい許して!」
 喚き散らす地人を隻眼が見つめた。冷たい視線で。まるで“凍らせる”ような。
 男はゆっくりと口を開いた。
「……お前は」
 直後、ボルカンは硬直した。
 声に込められた凄まじいものを感じたからだ。
「……乗っているのか?」
「い、いえ! まさかっ!」
「……」
 男は目を細めた。ボルカンは震え上がった。あの魔術師ですら、“これ”に比べたらまだマシだった。
 男はしばらくボルカンを見つめ、
「どうやら、嘘ではないようだな。すまなかった」
 そう結論し、ボルカンを解放した。ちゃんと足を地につけさせ、首から手を離した。敵でないと分かれば先程のように乱暴にはしないらしい。
「う、うむ。ではこれにて失礼―」
 怯えながらも早々と立ち去ろうとするが、ボルカンは男に肩を掴まれた。

66:Spine chiller(3/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:39:08 0fWP5XP5
「待て」
「ひぃ! な、何にも悪いことなんてしてませんってぇ!?」
「お前はこの先―市街地の中心部からやって来た。……ついさっき、派手な音がしたはずだが?」
「あ、あれは……」
 ボルカンはこれまでのことを話した。もちろん自分に都合の悪いところは虚構を混ぜて。
「ほう、するとその巨大な女が?」
 “巨大な女”と言ったところでかすかに男の口が歪んだのを、ボルカンは気付いたかどうか。
「そ、そうだ! あいつが俺様をこんな目に……!」
 と、頭のたんこぶを指差して強調するボルカン。
「そうか」
 それから男は市街地の中心部の方面を見て、
「行くぞ」
「……は?」
「行く当てはないのだろう。一人で行動するより、俺といた方が安全だ」
「いや、それは」
 躊躇ったのは男に対する畏怖ゆえだが、ボルカンはいや待てと考え直した。
 見たところ、男はかなりの実力者だ。彼が“手下”となれば心強い。いざとなったら囮として、自分は逃げ出せばいい、と。
「うむ! よろしく頼む。俺様はマステュリュアの闘犬、ボルカノ・ボルカン様だ!」
「屍刑四郎―」

 ―

 突如、頭に響くような声が聞こえてきた。二人ははっと周囲を見回したが誰もいない。

67:Spine chiller(4/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:40:09 0fWP5XP5
 すぐに、それの正体に気付いた。
 ―放送だ。
「そうか、もうそんな時間か。……移動は後だな」
 花柄の服の隻眼の男―屍はその場に腰を下ろし、ディパックから必要なものを取り出した。


 死者の名が呼ばれていく。その度にボルカンと屍は参加者表に印をつけていった。
 計24回。
 どちらの知り合いも、マークされることはなかった。

 ―次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ
 ―その調子で励んでくれたまえ

 それからボルカンは参加者表をさった見渡し、
 次の放送ではあの魔術師が呼ばれてくれ―
 そう思ったところで、ボルカンの体が震えた。
 寒さでなく、別の理由で。
 彼は参加者表から屍の方へと視線を向けた。そして、さらに震え上がった。
 屍からは凄まじい気が発せられていた。
 それは主催者に対する怒気であり―殺気であった。
 まさに、ボルカンは“凍った”。恐怖の表情を浮かべたまま。

68:Spine chiller(5/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:40:47 0fWP5XP5
 それを溶かしたのは、他ならぬ屍の低い声だった。
「行くぞ」
 その言葉でボルカンは緊縛から解放させられた。
 急いでボルカンは荷物をまとめ始めた。屍は既に準備を整えていた。
 ボルカンの支度が終わると、二人はすぐに歩き出した。びくびくしながらも、彼は屍の後を追う。
「…………」
 そして今更気付いた。
 向かっている先は、さっきボルカンが逃げてきた方向だということに。
「……あの……」
「なんだ?」
「そっちは怪物がいるところ……」
「そうだ、化物退治に行くところだ」
 回れ右をして逃げようとするが、首を掴まれた。
「安心しろ、いざとなったらおれを置いて逃げても構わん」
「…………」
 なぜこんな目に遭っているのだろう。
 自問の自答はこうだった。
「……全部あの魔術師が悪い」




69:Spine chiller(6/6) ◆GQyAJurGEw
06/03/27 14:42:36 0fWP5XP5
【A-3/市街地/一日目/18:05】

【屍刑四郎】
[状態]:健康 生物兵器感染
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:化物退治に市街地中心部へ向かう ゲームをぶち壊す マーダーの殺害
[備考]:屍の服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]:たんこぶ 左腕部骨折 生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!) ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:全部あの魔術師が悪い
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし

※:生物兵器について
約10時間後までに接触した人物の石油製品(主に服)が分解されます。
10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます。
感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します。

70:イラストに騙された名無しさん
06/03/31 21:07:28 MRnWvN8+
hosyushitokuka

71:イラストに騙された名無しさん
06/04/04 12:23:18 vTIQDl0O
h

72:イラストに騙された名無しさん
06/04/09 02:55:02 8B9Qi+6h
保守

73:イラストに騙された名無しさん
06/04/11 20:53:14 MTUpZuZ+
保守

74:イラストに騙された名無しさん
06/04/18 07:21:39 Vne+mdEM
あまりにも過疎なのであげ

75:利害の一致だけですが 1  ◆CDh8kojB1Q
06/04/18 17:37:24 gs12uTEb

「―次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」


「……24人も死んだのか」
 頭に響いた放送の残滓が消える間もなく、ヒースロゥが呟いたのを朱巳は聞いた。
 ヒースロゥの知人であるEDなる人物の名が呼ばれる事はなかった。
 それでもこの騎士は、このゲームに参加している“罪なき者”に訪れた理不尽な死を
 恨まずにはいられないようだった。
「しかも本当に統和機構の『最強』が撃破されてるなんて……予想外もいいとこじゃない。
あの男も霧間凪も退場するが早過ぎよ」
 誰にともなく呟いて朱巳は正面を見た。
 ここは神社社務所のとある部屋―応接室だ。
 彼女の視線の先、テーブルを挟んで向かい合ったソファの上には眉をひそめたバンダナの少女が
 座っていて、その背後には赤毛の男と三つ編みおさげの少年が突っ立っていた。
 
 眼前の彼らに対して朱巳はなかなか上手くやれているはずだ。
 相手に着かず離れずの距離を取って対話し、不利な事柄は何一つ明かしてはいない。
 もともと手札は相手の方が多いのだから、まともに情報交換していてはこちらが不利になるだけだ。
 故に、少ない手札をいかに用いてどれだけ相手から情報を引き出せるか、それのみが重要となる。
 しかも、相手が握っているのは「刻印の解除式」という複雑な代物で、
 ゲームから脱出したい者にとって必要不可欠な情報だ。
 ここで得た情報は、第三者との交渉において役立つだろうと朱巳は確信していた。

 そんな彼女にとって、剣士らしきバンダナの少女とその背後に立つ赤毛の男が主な交渉相手だが、
 どうやら場数を踏んでいるらしく簡単に朱巳の掌の上で踊ってくれほどのバカではないようだ。
 やはり『鍵をかける』のは奥の手として取っておくのが良いだろう。
 むしろ念入りに隠す事で、奥の手としてすごいものが隠されているように錯覚させて、
 詐術こそが真の切り札だとバレにくくさせた方が朱巳とって好都合だ。

76:利害の一致だけですが 2  ◆CDh8kojB1Q
06/04/18 17:38:22 gs12uTEb
 交渉を任せてくれたヒースロゥといえば朱巳の隣に座して相手の回答を吟味し、
 ときたま再質問する程度だった。
(それでも足を鉄パイプに掛けてるのよね……)
 彼が取っているのは、パイプをいつでも足先で任意の場所へ蹴り上げられる体勢だ。
 眼前の三人との出会いがあまり友好的でなかった事をヒースロゥは未だに気にしているのだろうか。
 その用心は相手にとって威圧以外の何でもないが、対話に支障が出るほどでもない。
(―むしろあたしがもっと警戒すべきね。赤毛の奇妙な技が直撃したら致命傷は確実……ったく、面倒ね)
 
 男が使った謎の攻撃は、朱巳の眼前で石を跡形もなく粉砕―もしくは解体した。
 これに対して朱巳は、赤毛の手から放たれる超音波か何かが
 対象を振動崩壊させるのだろうと推測を立てている。
 詳細は不明だが、攻防一体にして不可視な時点で危険極まりない。
 ひょっとして魔法士と名乗ったこの男、実はMPLSなのかもしれない。
 だとしたら統和機構と何らかの関わりを持っているのだろうか?
 もしも統和機構の一員ならば、始末屋などに従事している強力なMPLSか、
 一撃必殺の技を持つ暗殺タイプの合成人間かのどちらかだろう。
 小耳に挟んだ事すらない相手だが、統和機構はあまりに巨大すぎて
 朱巳ですら規模の把握は全く不可能であり、組織のどこかに『最強』級の怪物がいても可笑しくはない。
 「本当に異世界の住人で、統和機構に全く関係無い人物でした」という可能性が最も高いのだが、
 とにかく正体不明の実力者に対して隙を見せるのは危険すぎ―。

「あああああああああ!!」

77:利害の一致だけですが 3  ◆CDh8kojB1Q
06/04/18 17:39:48 gs12uTEb
 唐突に部屋内の沈黙と朱巳の思考を破ったのは、天を仰いだ白衣の少年だった。
「そんなっ! そんなバカな……しずくといーちゃんが死んだだと!?」
「ひょっとして、あんたのお仲間?」
 絶叫する少年に向かってすかさず朱巳は問いを投げかけた。
 もし、相手の精神に綻びができれば―そこに朱巳のつけいる隙がある。
 詐術の必要も無いまま、舌先だけで相手を誘導できるかもしれない。
しかし―、
「あー、いや、ちょっとばかし理由があってコイツはその二人にご執心なんだ。
むしろしずくってやつと繋がりがあるのは―」
「しずくはあたしの知り合いだよ。そんなにベタベタした付き合いじゃなかったけど……いい子だった」
 ヘイズと名乗った男の言葉を遮ったのは目を伏せた少女―火乃香。
 小鳥は空を飛べたのかな、と呟きながら天井を見上げた彼女に
 立っている男二人が気の毒そうな視線を投げかけたのを朱巳は見た。
 ゲームの中で始めて出合った他人に対してこういう風に同情できるという事は、
 彼らはそれだけ互いに馴染んだ存在なのだろう。
 放送前から朱巳が保留していた疑問―彼らの信頼は演技か否か―はここで氷解した。
(間を引き裂くのは難しいわね。ま、今はコイツらとは特に敵対してないし
利害の一致でも協力してくれるんなら簡単に潰れない連中こそ必要とすべきね……)
 チームワークができる連中と手を組んでおけば、終盤、参加者が減った時に何かと頼れるかもしれない。
 それに、バラバラな個が集った集団と違っていて、彼らには芯……のようなある種の結束感がある。
 これは集団を形成した参加者の多くが危惧する、『裏切り』という深刻な事態を
 容易に回避できるという利点につながる。
 結束力のある集団とのパイプ―これ利用しない手は無い。
 あの『最強』を退けるほどの連中ならば、そのうち役に立つ時が来るだろう。


「で、あんた達、他に知ってて名前呼ばれたやつはいるの? 
あたしは霧間凪とフォルテッシモだったんだけど」
 問いに最も早く応じたのは白衣の少年―コミクロンだった。

78:利害の一致だけですが 4  ◆CDh8kojB1Q
06/04/18 17:40:22 gs12uTEb
「幸か不幸か誰一人として俺の知人は参加してない。
まあ、この大天才たる俺以外にチャイルドマン教室からの参加者が来ていたなら、
深刻な環境破壊にして凶悪な人的被害が発生していたであろう確率はざっと見積もっても98%を超えてる。
キリランシェロやハーティアを含めてこの数値なんだから恐れ入るな……!」
「……質問から脱線しまくりな上にふんぞり返ってるバカはどうでもいいとして、
オレの方には一人だけ知人がいた―」
 胸を張ったコミクロンに続いて、その横にいるヘイズがやれやれ、と言った風情で口を開く。
 交渉が始まる前からどことなくやる気の無さそうな態度を貫いているが、
 飛び道具を有するこの男こそ、朱巳にとっては厄介なのだ。
 不信な動きを見せようものなら、指先一つで命を奪ってみせるだろう。
「―012番 天樹錬……即死だったみてえだ。朝一番に放送で名前を呼ばれたぜ」
「おいヴァーミリオン! なんでお前は知性溢れる俺の合理的思考に基づく画期的な―」
「うるせえ! お前こそ話の腰を折って砕いて脱線させるんじゃねえ!」
「合理的だと言ってるだろ! 多少の紆余曲折を得つつも正しき終点に帰結すべく―」

「お黙り」

「「…………」」

 火乃香の一括とともに一瞬だけ放たれた殺気が応接室を氷点下の世界に変えた。
 瞬間―、
「!」
 今まで沈黙を保っていたヒースロゥが動きを見せた。
 もっともその動きを捉えたと言っても、朱巳には彼が僅かに姿勢を下げたようにしか見えないのだが、
 恐ろしく腕の立つこの騎士は、殺気を感知した刹那の瞬間に三挙動くらいはしているのだろう。
 どうやらヒースロゥには、朱巳には分からない“異常な気配”から殺気まで含めてそれらを感知し、
 それに対応できる才能があるらしい。
 一流戦士の感性とでも言うのだろうか。


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