ラノベ・ロワイアル Part8at MAGAZIN
ラノベ・ロワイアル Part8 - 暇つぶし2ch150:嘘つきは語り手にしておく・a(6/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:52:08 dqZldjCz
 どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
 禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。
 あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
 ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
 わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。

【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
    /役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
    /どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
 “ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。

151:嘘つきは語り手にしておく・a(7/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:53:00 dqZldjCz
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

152:イラストに騙された名無しさん
06/05/20 08:21:52 e8xsHfvV
捕囚

153: ◆wvQIyOr1qY
06/05/20 14:19:44 e8xsHfvV
【ふむ、この様子ならば約束の時間には十分間に合う。
あの淑女達との談話を早々に切り上げて、帰路を急いだ甲斐が有ったと言うものだ】
 島を白の天蓋が覆う中、かつて湖底であった体積した泥の上にて血文字を刻むのは、
 グローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵その人だった。
 濃霧の天蓋で視界が悪く、体積した泥で動きを制限されているものの、その移動は緩まない。
 とある仮面の男と再会するために、地下通路の出入り口まで移動する必要が有ったからだ。
 港から休む事無き強行軍はなかなかのエネルギーを消費するのだが、
【一旦、約束を承諾したからには、紳士がむざむざ遅刻するわけにもいくまい……!】
 と、流暢に文字を形作りながらもその進行に迷いは無い。
 あの仮面の青年は湖底と周囲の森を探索すると言っていた。
 己より先に地下通路に到着しているであろう事は簡単に推測できる。
 さらに、麗芳なる少女とも面会する予定だ。
 初対面の淑女にはことさら礼儀を持って相対するのは、爵位持つ者として当然の義務と言えよう。
 だが、集合時間までにはしばらくの余裕がありそうなので、子爵が遅刻という失態を犯す危険性は
 現在のところ低下した。
 他に、EDと麗芳の両者が殺害されて集合場所に現れないかもしれないという問題と、
 己は集合地点たる地下通路の明確な位置を知らないという問題が生じていたが、
 先の問題において子爵はどうしようもないので、ただ二人の武運をを祈るのみだ。
 それに対して、後の方の問題はほどなく解決した。
【ほう、雨水の雫は大地を進んで流れを作っている。この場はかつて湖があり
底に体積したものは粘土質の地面であるならば、水は地表を行くのだろう!】
 ならば、収束した雨露はどこに向かうのだろうか。
【簡単である! 水とは常に下へ向かうもの、流れの先には穴があるに違いない!】
 湖底中に溜まった水の大半は、小流となって排水溝たる地下通路に流れて行く。
 ならば子爵は水の流れに沿って進めば良いだけだった。
 要領よく進めば、ほどなくして大地の洞に行き当たるだろう。

154: ◆wvQIyOr1qY
06/05/20 14:21:06 e8xsHfvV
 その頃、子爵の目指す先の地下通路にて静かな問答が行われていた。
「では、あなた方は無闇に殺人を犯すつもりは無いと仰るのですね?」
「現在の行動方針は先に述べた。しかし、自衛行為その他脱出に至る為の
最適手段であるならば、その限りではない」
 男が問い、機械が応じた。
 この二人は子爵に先立って地下通路に到着したEDと、諸事情により移動のできないBBだった。
 そうして相対した二人の脚部を湖底から流れ落ちる雨水が濡らしている。
 子爵の推理どうり、湖底に降った雨は地下通路を排水溝にして流れて行くようだ。
 だが、今の二人の眼中には水に漬かる脚など映っていない。
「双方、方針は理解し合えたようですね。質問を続けても良いですか?」
「問題無い」
 即座に返事が返った事を満足しながら、EDは頭の中で現状を整理してみた。

 EDが集合場所に移動した時に、地下通路の出入り口付近で争った形跡を発見した。
 雨によって削れていたが、足跡から大体の立ち回りと闘争の終末を理解したEDは、
 しばらく躊躇していたものの結局は地下通路に降りる事を選択した。
 その時に何をされたのか、詳細は今でも良く分からない。
 入り口をくぐった瞬間に意識が飛んで、気がつくと岩壁に押し付けられていた。
 扉の影に隠れていた何者かが、自分を掴んで引っ張ったらしい事に推理が追いついたので、
 身動きの取れない状況から何とか非武装を証明して、対話へと持ち込むことに成功した。
 相手が論理的だったのも幸いだったが、この時ばかりはED自身、己の弁舌を頼もしく思った。
 蒼い殺戮者と名乗ったその相手を見た瞬間、EDは心奪われた。
 界面干渉学の研究者たるEDにとって、鋼の身体を持つ異界者は絶好の研究対象だったからだ。
 先走りそうな心を抑えて、EDは蒼い殺戮者に質問を開始し、現在へと至る。

155:密談は鬼嫁が寝ているうちに 3  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:22:44 e8xsHfvV
「あなたは見るからに窮屈そうですが……ここに留まる理由は何です?
外は霧に包まれていましたが、こんな所に留まるよりは他の建造物に非難した方が
何かと便利ですがね―例えば、灯台などは?」
 どうです? と問うたEDに対してBBは少々の沈黙の後に、
「付いて来い」
 と、簡素に告げた。そしてBBは狭い通路内で上手に反転し、奥の方へと移動してゆく。
 EDは着いていこうと即座に判断し、懐中電灯を残して自分の荷物を通路の扉付近に置いた。
 これなら子爵や麗芳が入ってきた時に、奥にいる自分の存在を知るだろう。

 歩き始めてすぐにEDは荷物を置いてきた事を正解だと思った。
 地下通路は置くに進むにつれて薄暗く、電灯の明かりも心もとない。
 それに加えて、流れる雨水がEDの脚を引っ張った。一歩が重く、その道程は不安に満ちている。
 これで荷物を担ごうものなら転倒は必至だった。
 そんなEDに比べて、先へと進むBBは特殊な知覚を有しているのか、その歩調に迷いは無く、
 通路下部を流れる水をものともしていない。闇を切り裂く刃の如くEDを先導していた。
 
 そして突然BBは立ち止まる。
「ここだ」
 EDは先行者の身体の奥を見通して、先の質問の答え―BBの事情を知った。 
「なるほど、負傷者を抱えていたのか」
 EDの視線の先には、セミショートの髪をした少女が岩壁の窪み―地下に通路を
 形成した時に落盤などで生じたものだろう―に横たわっている姿が見えた。
 瞑った瞳と、胸が規則的に上下している事から、睡眠中だろうと判断できる。
 彼女は何らかの理由で活動に支障をきたしているらしい事をEDは察した。
 地下通路から脱出して灯台などに移動するには、BBは彼女を抱えることに成る。
 当然、奇襲されてもとっさの反撃はできないだろう。それに比べて通路ならば
 襲撃者の行動や進路は制限される。警戒は容易だ。

156:密談は鬼嫁が寝ているうちに 4  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:23:54 e8xsHfvV
「察したようだな」
 BBはあくまで必要最低限にしか語らないようなので、EDは幾つか問いかけた。
 彼女の状況や自分に出来そうな事などを
 答えは相変らず簡潔だったが、言葉に飾りが無い為にEDは即座に理解した。
 曰く、BBと彼女は戦闘行為を行った後に、小休止して地底湖方面に進むつもり
 だったらしい。しかし、少女が少し休む、言ってと睡眠を取り始めてしばらくすると
 BBは少女の身体に異常を感じたと言う。熱を探知するセンサーが、
 健康体には見られない発熱を察知したらしい。
 EDにとって好ましくない事だが、BBは本来ならば戦闘・破壊を主任務にしていたらしい。
 人体を壊す事はできても治す事は不得意なのだそうだ。
 然るべき医療措置を取れないので、BBは少女を安静にさせるべく付近を警護していた。
 EDが過去に麗芳に告げたとおり、地下通路は隠れて休むのには最適な場所だ。
 BBの立場を考えると、彼の判断はそこまで悪い物では無い。
 本来予定していた地底湖方面への移動は、水の流れからして危険と判断して中止し、
 右にも左にも行けないまま、現在まで至るとの事だった。

「彼女が自身の損害報告を行えるならば対処も可能なのだが、現状は睡眠中だ」
「少し、様子を見ても構いませんか? 人の身である僕なら何か分かるかもしれない。
それに、何か不審な行動を取ったら叩きのめして結構ですから」
「その申し出を受けよう」
 EDは屈んで彼女の額に手を当てたり脈を取ったりして、しばらくするとBBへ向き直った。
 こつこつ、と仮面を指先で叩き、結論を告げた。
「僕は医者ではないので断定はしかねますが―これは風邪の一種だと推測できますね」
「致死症の類では無いのか?」
「原因は疲労と体温の変化による免疫機能の低下と簡単に判断できますよ。
その他打撲や擦過傷、切り傷などが見られますが、直接の原因はやはり免疫低下のようだ」
 BBの視覚センサーに映るEDは、謎を解き明かした名探偵の如くご機嫌だった。

157:密談は鬼嫁が寝ているうちに 5  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:24:24 e8xsHfvV
 EDはその後、僕に任せて下さい、こんな時の為に支給されたかのような物品が有るんです、と
 告げて再び少女に近づいた。
「但し、これ以上この人をこの場に置いておくのは危険ですね。傷口が化膿する可能性が
有りますし、未知の菌に侵されてしまうかもしれない……」
「やはり移動すべきか」
「そのようだ。まずは清潔な部屋と寝台、それに起床後に栄養価の高い食事などが必要でしょう」
 EDの言葉を聞いて、BBはすぐさま少女を腕に乗せた。爆弾を運搬するかの如き慎重さだ。
 それを見たEDは、BBは戦闘主体とは言えそこまで警戒すべき存在では
 ないのかもしれないと考えた。少なくとも、BBは論理の通じる賢い存在だ。
「運搬は俺が行うが、おまえには周囲の警戒を依頼する」
「その程度の事は引き受けても構いませんが……僕は戦闘の方はからっきしでしてね。
いざと言う時はあなたにお任せしますよ」
「了解した」
 そこまで聞いてEDは地下通路を戻り始めた。足元の水は心無し水位を増しているように見える。
 BBの判断は正しかったようだ。彼らが地底湖方面に進んでいたら、きっと腰まで水に浸かる
 はめになっていただろう。地上の雨は地下へと浸水しているからだ。
 そんな事を考える内に、出入り口の光が見えてきた。もはや懐中電灯は必要無いな―、
 などとEDが明かりを消そうとした時、
「前方に動体反応だ」
 背後からのBBの忠告が耳に入った。だがEDは止まらない。
 確信に近い思いを持って光を目指して進んでゆく。
「心配ご無用。僕の目には何の人影も映らない―しかし動体反応を持つ者。
そんな人物に心当たりがあります……ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵! よくぞご無事で」

 BBはEDが進む先、出入り口へとセンサーを集中させた。そして見つける。
 先行してゆくEDの眼前、デイバック付近に蠢く不自然な血流を
 そしてその血流は地に広がって一つの意思を紡ぎだした。

158:密談は鬼嫁が寝ているうちに 6  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:25:34 e8xsHfvV
【そちらこそ無事で何よりだ、エドワース・シーズワークス・マークウィッスル君! ところで背後に控える
彫像の如き存在は何者なのだ? そしてその腕に抱えられた少女が麗芳嬢でよろしいのかね?
いや、再会してそうそうに質問攻めにしては失礼だろうか】
「いえいえ、そんな事は無いんですよ。なんと言ってもこの僕自身、語りたい事柄がもう、喉の上まで
迫っているんだ。談笑したくてたまらない。ですが、惜しい事に今はそんな猶予は無いんですよ。
とある事情で灯台へと急がなければならない。麗芳さんにもメモを残して知らせなければ。
ああ、時が全てを解決すると言うけれど、その時間が足りないと言うのは全く腹立たしい事ですね!」
 そう言いながらもEDは懐中電灯をしまって、代わりに取り出したメモにスラスラと麗芳へ
 宛てたメッセージを書き記していく。
「まずは子爵、背後の彼と彼女は処々の事情で安全な場所を求めていましてね。
僕が灯台を薦めたとだけ言っておきましょうか」
【なんと、探求であったか! ならば救済の手を差し伸べるのが道理と言うもの……我輩が
先導を引き受けた!】
 言うが早いか子爵は地下通路の外へ飛び出して行く。
 その後に続いてEDと蒼い殺戮者が地下から退散する。
 蠢く血流、仮面の男、少女を運搬する機械の巨人……列をなして濃霧を突っ切るその群は
 ただただ珍妙な存在だった。

【B-7/地下通路/1日目・17:50】

【奇妙なサーカス】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
    ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナ・インバースの捜索
    第三回放送までに麗芳と灯台で合流する予定/少女(風見)の看護
    暇が出来たらBB(機械の人)を激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

159:密談は鬼嫁が寝ているうちに 7  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:26:29 e8xsHfvV
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする/灯台までEDとBBを誘導する
    DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

【風見千里】
[状態]:熟睡。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジン無し)、カプセル(ポケットに四錠)、
    頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。 灯台へ風見を運んで行く。

160: ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:27:51 e8xsHfvV
なんか最初のほう、トリをミスってるしタイトル無いし~~ もうだm(ry

161:イラストに騙された名無しさん
06/05/22 21:57:11 CHJoj8do
捕囚

162:イラストに騙された名無しさん
06/05/25 20:12:57 Kb5qNAMz
捕囚

163:イラストに騙された名無しさん
06/05/28 23:15:32 0lGziYs1
捕囚

164:イラストに騙された名無しさん
06/06/01 08:18:42 nop8/Rth
補習

165:イラストに騙された名無しさん
06/06/04 19:45:31 hfwBYK1y
捕囚

166:間隙の契約(1/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:22:30 G2sunfSb
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に横棒を引いた。
「知り合いかね?」
メフィストの問いにダナティアは短く応える。
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」―と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の―
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
ただ、静かに放送を聞いていた。

167:間隙の契約(2/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:24:49 G2sunfSb


その名を聞き、線を引いた。
危惧したほどに震えず、真っ直ぐな線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

168:間隙の契約(3/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:25:49 G2sunfSb

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
それはあまりにも歪んだ存在だった。
姿は変わらない筈なのに存在そのものが、存在という定義自体が間違った存在だった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
にも関わらず、無数の思い出の中のそれとは何処までも違っていた。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、映る像が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには、確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。


169:間隙の契約(4/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:26:59 G2sunfSb
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に水たまりの像が千切れ、歪んだ言葉を紡ぎ出す。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

―わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも―
 ―だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 全ての元凶はその間違いの中に潜んでいる、そんな気がした―

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くそうとした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、御使いの言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

170:間隙の契約(5/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:27:39 G2sunfSb
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、未知の精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは即答した。この問答を支配する為に。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
『今は、無い』
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来るなら」
ダナティアはアマワに言葉を突きつけた。
「必ず、その答えをおまえの鼻先に叩きつけてやるわ」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の空を睨む。
まるでその先に何かが見えるように。

171:間隙の契約(6/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:29:01 G2sunfSb
だが、現実には真っ白い濃厚な霧が視界を覆っているだけだ。
それでも宣言する。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのならば私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無い。
4人は東へ向けて、霧を裂いて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
コキュートスだけは先刻のアマワとの対話も聞いていた。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。

172:間隙の契約(7/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:30:08 G2sunfSb
やがて、最初に口を開いたのはダナティアだった。
「状況からして後ろの娘が千鳥かなめかしら。二人とも生きていたのね、祝福するわ」
(祝福だと……)
つくづく彼女は得体が知れなかった。
そもそもどうして敵である自分を助けたのか。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。
 あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュ」
「俺は竜堂終だ」
若干の警戒を続けながら、終も同じように名を名乗る。
「この前は言いそびれたけど、あたくしはこのゲームを壊すために人を集めているわ。
 あなた達、乗る気は無くて?」
「なに……?」
困惑し、しかしすぐに結論を出す。
この女の行動原理は信用できない。
テッサと共に戦いをやめろと言う一方で、戦いの最中は容赦の無い力を振るった。
そして結果的にであれテッサの死の原因となった。
その一方で彼を助け、自らを憎めと言った。
そこまでなら本当に戦いを止めさせようとしているお人好しかも知れない。だが。
「……それなら何故、大佐の服を着ている」
宗介は指摘する。
「大佐は死んだ。それならおまえは死者から服を剥いだ事になる」
「ええ、その通りよ」
ダナティアは事も無げに答えた。
「あたくしは彼女の遺体から服を剥いで身に纏ったわ。
 彼女の遺体は今、シーツにくるんで埋葬してある」
(ぬけぬけと言う……)
彼女が本当に危険人物だという証拠は全く無い。むしろ白に近い。
だが、彼女に比べれば美姫はまだ判りやすい相手だ。
美姫は危険人物だが、欲望のままに行動するという点で筋が通っている。
(不確定要素は極力避けなければならない。
 俺だけでなくかなめにまで危険が及ぶとなれば尚更だ)

173:間隙の契約(8/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:30:54 G2sunfSb
更にもう一つ信用出来ない点がある。
宗介は竜堂終を指差した。
「それに……その男は俺の仲間を殺した男だ。信じられるわけがないだろう」
「違う! あれは俺じゃねえんだ!」
全力で否定する終。
(さっきの零崎という男と同じ勘違いか? いや……)
今度は絶対に間違いない。真っ昼間、確かに奴に襲われた!
「おまえがいなければオドーは死ななかった!」
「口出させてもらうわ。それは正しいけど間違っていてよ」
それを止めたのはダナティアだった。
「彼は操られていたのよ。人を乗っ取るサークレット、灰色の魔女カーラに。
 だからその間に犯した罪を彼に問うのはお門違いというものよ」
「サークレットに操られていただと……?」
確かにあの時、彼の額には奇妙なサークレットが輝いていた。
このゲームの不可思議さは既に身に浸みている。
だが、そんな荒唐無稽な言葉を信用しろというのか。
そう言い返そうとした宗介の前に手が出され、制される。
「待って。この人、何かを人のせいにする嘘は言わないわ」
「チドリ……?」
困惑する。何故彼女がそんなことを言えるのか。
「続きを聞かせて。ダナティア」
「……? ええ、良いわ」
かなめの様子にほんの少しだけ困惑し、しかし気を取り直して説明をする。
灰色の魔女カーラという名の魔女の意志が宿るサークレットが有る事。
それは知り合いのとある参加者の支給品から出て、終の手に渡った事。
そしてダナティアは終の次の所有者と思しき人物に出会ったという。
「保証するわ。カーラはまだどこかに存在している」


174:間隙の契約(9/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:31:38 G2sunfSb
宗介は迷っていた。
(ダナティアは本当に信用できるのか?)
もし信用できるなら彼女に与するという選択肢も無いではない。だが。
「宗介。無理しないで」
「チドリ……俺は無理など……」
「ううん、無理してる。理由は判らないけどそう思う」
「………………」
確かに宗介にはダナティアと手を結びづらい理由が有った。
ダナティアを善人だと、信用できる仲間だと認めづらい理由があった。
『あたくしを憎みなさい、相良宗介』
(そうだ、俺はおまえを憎みたい)
宗介にはダナティアを憎めるだけの理由がある。
テレサ・テスタロッサを殺したのは風の槍だったのだから。
そして、敵であったダナティアを憎む事に抵抗は無い。
だが、もしも生き残る可能性が高いならやはり彼女に付くべき……
「あたしはあなたと同じ道を歩まない」
その迷いをかなめが止めた。
「あなたと一緒に行けばソースケは傷付くわ」
「待てチドリ。俺の事はどうでもいい」
「誤解しないで、ソースケ。あたしが嫌なの!
 ソースケが傷付く人と一緒に行く事も!
 テッサの死の原因となった人と一緒に行く事も!」
宗介は息を呑む。
「待てよ、それは……!」
「悪いけど黙っていてちょうだい、竜堂終。これはあたくしと彼らの問題だわ」
いきり立つ終をダナティアが止め、先を促す。
「それにあなたもあたし達に割く時間は無いはずでしょ。
 集団のメンバーを取り合うような時間はね」
かなめは続ける。
「あの人……美姫さんは少し前、吸血鬼を1人、人間に戻したわ」
「なんですって?」

175:間隙の契約(10/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:32:43 G2sunfSb
「小物さが見苦しいって言って。あと、吸血鬼だった時に1人殺してる人だって。
 学生服の、でもあたしと同じくらいの身長だったと思う」
ダナティアは少し考え、結論する。
(学生服は同じでも身長が明らかに違いすぎる。シャナじゃない、だけど無関係とも思えない)
「その人はこの道の向こうから来た。
 あと美姫さんはついさっき、気になる奴が居るって言ってそっちに行った」
千鳥かなめが指差す道は北、合流地点の方角に伸びている。
「そっちに行くんでしょう、ダナティア。
 急いで行かなくて良いの?」
「急いで行かなければいけないわね」
出会いは唐突、そして別れも唐突。
「最後に一つ教えてもらうわ、千鳥かなめ。
 このゲームで、美姫によって出た死者は居るかしら?」
「……直接手を掛けた人は、まだ居ないと思う」
「そう、ありがと」
この質問を最後に、彼女達は別れた。

     * * *

志摩子は黒衣の騎士アシュラムを見つめた。
黒衣の騎士は目の前の少女を見つめた。
このゲームに来てから最初に出会い、語らい、彼に安らぎを与えた少女。
だが、今のアシュラムは美姫の騎士だ。
もし彼女達が美姫の害となりうるならば……
『その忠誠は─その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?』
思考が断絶する。
『何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?』
白衣の少年の言葉が脳裏にこだまする。
『もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?』
(俺は……!!)
感情の猛りを押し殺し、短い言葉を発した。
「……去れ。おまえ達に用は無い」

176:間隙の契約(11/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:33:31 G2sunfSb
だが、退かない。
志摩子も彼女を守るように立つメフィストも退こうとはしなかった。
「ごめんなさい、アシュラムさん。あなたとはもう一度だけ話をしたいんです」
「ならば早くしろ。あの方の用が終われば、俺は行かねばならん」
美姫は少し用があってこの場を外しているらしかった。
その方が良かった。彼女は美姫を苛立たせてしまうだろうから。

「私は最初、あなたがそのままでも良いのかもしれないと思っていました」
そのまま、という言葉が何を指すのかはわざわざ言わなかった。
「あの人はとても悲しい人です。
 だから誰かが一緒に居る事は、それが単なる所有でもあの人を慰めるかもしれない。
 そしてそれ以上に、あなたが何かに苦しんでいたのも本当だった。
 だから、アシュラムさんが苦しまないならそれでも良いのかもしれないって思ったんです」
志摩子は未だに美姫を悪と言う事が出来ない。
彼女を許せないと思う。絶対に許せないと思う。
それなのに憎みきる事が出来ないでいた。
「けれど、アシュラムさんは結局は苦しんでいる」
「俺は……これで良いのだ」
返る言葉に迷いが混じった。
「アシュラムさん……」
志摩子はその迷いを問いつめたりはしなかった。
ただ、少し話題を変える。
「アシュラムさん。この島に来た時に話した、私の友人や義姉達の事は覚えていますか」
「…………ああ」
「その内、4人はこのゲームに参加させられていました」
アシュラムは言葉に詰まる。
確かに聞いた名が有った。名簿、放送、そして―
「1度目の放送では由乃さんの名前が呼ばれました。
 私の古くからの大切な親友で、時々とても大胆な事をする人でした。
 2度目の放送では祥子さまの名前が呼ばれました。
 一つ上の先輩で、私の親友にとって一番大事な人で、気が弱く、でも優しい人でした」

177:間隙の契約(12/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:34:25 G2sunfSb
志摩子の独白は続く。
「もう一人、私の親友の祐巳さんは人の身を捨てた末に体を乗っ取られました。
 サークレットに宿る灰色の魔女カーラという人が祐巳さんを操っているそうです。
 とても表情豊かで、見ていて穏やかな気持ちになれる人でした」
(灰色の魔女カーラだと……?)
アシュラムはその名を知っていた。
それはベルド陛下に仕えていた魔術師の名だ。
確かに覚えている、彼女の額には奇妙なサークレットが飾られていた……。
「そしてお姉様は、佐藤聖は―」
そう、その名も知っている名だった。
だがその名を聞いたのは放送ではなく……
「言うな、志摩子」
「―あの人、美姫の牙にかかり吸血鬼になってしまったんです」
制止は届かず、独白は最後の言葉を迎えた。
志摩子の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
(俺の知る者が、俺の仕える者が、彼女を傷つけた)
その事実はアシュラムを一層迷わせる。
「志摩子。おまえは、俺を憎んでいるのか?」
「いいえ」
彼女は元凶である美姫すらも憎めずにいた。
ならば何故。
志摩子は答える。
「私は何人もの友を喪い、あるいは傷付いていきました。
 一人も再会する事すらできないで、知らない所で死んでいった。
 友達だけじゃありません。
 一緒に居た仲間も、出会った敵ではない人も、知らない所で死んでいった。
 こんな思いは誰にも感じてほしくありません」
「……もし仮に死ぬのが同じだとすれば、目の前で死なれるよりはマシだろう」
アシュラムは切り返した。
「俺はあの方に挑んだ者を、一人斬った」
「!」
志摩子は息を呑んだ。

178:間隙の契約(13/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:35:03 G2sunfSb
「宮野という少年だった。
 奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた。
 その男の……親友かそれ以上である少女と、仲間達は退いた。
 おそらくは心に傷を残しただろう」
心は未だ迷いつつも、その言葉に負い目は無かった。
最後の一太刀は逆上し我を忘れた一太刀だった。
それでもなお、戦いの結果として敵を殺める事に迷いは無い。
「それに……俺に仲間は居ない」
そのまま志摩子を畳みかけようとする。
彼女が美姫の騎士と関わる意味などなにも無い。
「俺は一人でこのゲームに送り込まれた。
 敵なら居たがあの会場で死んでいる。仲間など居はしない」
そう、火竜山での戦いの直後にこの島に来た彼に仲間は居ない。
たとえこの島の誰が死のうとも自分には関係の無い事だ。
「一緒に居た方々は違うのですか?」
「あの二人は我が主と共に居る事で生き残ろうとしているに過ぎん。
 俺には関係のない事だ」
「誰が死のうと関係無いのかね? 例えば彼女、志摩子君が死んでも?」
メフィストが口を挟んだ。
アシュラムは志摩子を見る。目に納め、そして
「…………無い」
答えを返す。
―だが。
「それならあなたは、どうしてそんなにも苦しんでいるのですか?」
その内の迷いはもはや志摩子にも見えた。
握り締めた両手が、
引き締めた口元が、
瞳に映る揺らぎが、
彼の迷いを可視とする。
志摩子は彼の迷いに問い掛けた。

179:間隙の契約(14/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:36:05 G2sunfSb
「あなたは騎士なのでしょう?」
「……そうだ」
アシュラムは美姫に従う騎士だ。
再び騎士として生きようとしている。
「私は騎士という道がどういう生き方か、詳しくは知りません。ですが」
それでも。
「自らの意志以外をもって主君に仕えるのは、騎士の生き方なのですか?」
「………………」
言い返すことは出来なかった。
志摩子の言葉は稚拙で、純粋で、それ故にこそ鋭い。
(そうだ。こんな事で騎士は名乗れん)
騎士は主君に仕え、忠誠を誓うものだ。誰に言われてでもなく、自らの意志で。
だからこそ命令に従い人を殺め、主君の身を護り、主君の為に尽くすのだ。
なのに彼の今の忠誠は逃避であり強制だ。
美姫の術に屈し、抗わずに受け入れて術中から抜けだそうとはしなかった。
彼女に従っていれば再び騎士としての生き方を歩める気がして。
(―そんな偽りの忠誠が何になる)
それではどこまで行っても偽りにしかなりえない。
全てを失ったのに生きているフリをしているだけだ。
この島に来る前となんら変わらない。
生きる屍だ。
「……そうだな。このままでは結局の所、俺は死んだままだ」
その事に気づいた途端、あれほど絶対に思えた美姫への忠誠が霧散していった。
あまりにも呆気なく、まるで全てが夢幻だったように。
「術は解けたようだね」
「ああ」
メフィストの言葉に答える。
今だ周囲は濃霧に包まれている。
しかしアシュラムには、頭の中に滞っていた濃霧が少し晴れた気がした。

180:間隙の契約(15/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:37:07 G2sunfSb
「アシュラムさんはこれからどうするのですか?」
良ければ私達と―そう言おうとした志摩子を制して言う。
「俺は直に美姫と話をせねばならない。
 だが俺はおまえ達に多く、美姫にもまだ一つの恩がある。
 おまえ達と美姫は今は会わずに去ってもらう」
「昼の棺を護ってなお不足かね? 心を操られた仇も有るだろう?」
メフィストの問いを首を振って否定する。
「あれは仇などではなかった。あれは俺の弱さ、俺の逃避だ」
志摩子を護り身を晒した隙をつけこまれた。
だが、つけこまれたのは背後に居た志摩子という存在だけではない。
同時に自らの弱さにもつけこまれた故に破れたのだ。
その両方を宮野秀策の告発にして弾劾の言葉が抉っていた事に彼は気づいた。
「だから俺は、何れ美姫と相対せねばならん」
そして問い掛け、決めるのだ。
和解か、争いか、それとも離別かを。
「…………それに」
「それに……なんですか?
「……いや、なんでもない」
それに、あの恐るべき、忌まわしき、そして悲しき吸血美姫を見捨てる事は出来ない。
美姫への忠誠は最早無くとも、想う気持ちが何一つ無いわけではないのだ。
(美姫は強いが、悲しく、寂しい)
本人の前で露わにすれば怒りを買うだろうその内情は、同情や憐憫に近い物だった。
同時に自らがそのような感情を抱いている事に小さな驚きを覚えた。
美姫は術により忠誠を植え付けて彼を従えたというのに。
(志摩子の優しさが俺にまで移ったのかもしれんな)
アシュラムは微かに呟き、微かに……笑みを浮かべて、言った。
「さらばだ、志摩子と志摩子の仲間達よ。
 互いに生き残り続けたならば、また逢おう。
 次こそは友として」

     * * *


181:間隙の契約(16/17) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:38:40 G2sunfSb
「ほう、瞳が変わっておる」
リナ・インバースとの邂逅を終えた失望の美姫は、アシュラム、そして宗介達と歩き出す。
すぐにアシュラムが何か変化を迎えた事に気がついた。
「私と入れ違いで誰ぞ数人居おったな。そやつらのせいか?」
濃霧の中ですぐ近くに、姿は確認できず、だが間違いなく誰かが居た。
相手から避けるならわざわざ会うまでもないと見逃したが、つまらぬ相手ではなかったらしい。
アシュラムは明らかに、そして相良宗介と千鳥かなめも何かを話したようだった。
「そうだ。俺は己を取り戻した」
アシュラムの返答に美姫は僅かに怪訝に聞き返す。
「ならば何故、まだ私と共に居る?」
「恩と、そしてけじめのためだ」
アシュラムは美姫を見つめた。
「ほう、恩とけじめとな。我が身を求めてとは言うてくれぬのか?」
美姫はアシュラムの視線を受けながら衣服をはだけて見せた。
艶めかしい白い肌、艶やかな紅い唇、艶やかな赤い瞳までもが直視した者を狂わせる。
その美貌は人の物ではなく、全ての人を惑わせる、抗えぬ魔性の誘惑。
だが、アシュラムは僅かに歯を噛み締めただけだった。
断固とした意志を言い放つ。
「俺はもう、何者の物にもならぬ。たとえ神にとて俺は渡さぬ」
美姫は黙り込んだ。
「……ふ……くく…………くふふふふふふふっ、はははははははははははは!!」
そして、高らかに声を上げて笑った。
偶々出会った闇を抱えた殺人鬼は言葉に従わず姿を隠した。
待ち受けた吸血鬼はあまりに小物だった。
目を付けていた者には失望させられた。
だが五つの首を命じた相良宗介は一つも狩れずともその意志と絆を示し、
なによりずっと身近に連れていた男はこんなにも……
美姫は笑い続ける。
讃歌し、歓喜し、笑い続ける。

     * * *


182:間隙の契約(17/17) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:40:43 G2sunfSb
「何を呆けているの、リナ?」
打ちのめされていたリナは、唐突な言葉にビクりと震えた。
「怯えているの? 震えているの? 馬鹿じゃない、情けなくってよ」
(―好き勝手言ってくれるじゃない!)
リナは一度俯き、歯を噛み締め、改めて声の主を睨み付ける。
空元気を充填し、無理矢理心を燃焼させる。
「誰が情けないって? この高飛車女王様!
 言っとくけど天才美少女魔道士リナ・インバース様はへこたれないわよ!」
その言葉に応じ、彼女は幾人かを引き連れ霧の向こうから歩み出た。
「そう、ならいいわ」
彼女の姿を見て、リナもまた気が付いた。
ダナティアの心にも大きく傷が付いている事に。
(当然じゃない。テッサは死に、最も大切だった仲間だろうサラも死んだ)
にも関わらず、ダナティアはそれを顔に出さずに決然と立っている。
剰りにも硬く、僅かに見せていた緩みすらも凍らして。
確かにリナも、ダナティアより多くの仲間を失った。
だが時間は経ったし、そもそも今のこの怯みはそれとは別の物だ。
負けるか。
リナは心に意地を継ぎ足して心を更に燃焼させた。
「後ろの連中は誰?」
「仲間よ。紹介は後でするわ」
更にリナを指しその仲間達に言う。
「仲間よ」
今の紹介はただそれだけ。
「シャナは何処?」
「向こうよ。もう止められてるはずだけど暴走してたわ」
「そう。急ぐわよ」
「ええ」
彼女達は再び霧の中を急ぐ。
それらは間隙に起きた事。


183:間隙の契約(1/報告2) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:41:42 G2sunfSb
【D-6/公園/1日目/18:20】
【創楽園の魔界様が見てるDスレイヤーズ】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。


184:間隙の契約(2/報告2) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:42:20 G2sunfSb
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:20】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる/アシュラムをどうするか

【アシュラム】
[状態]:健康/術から解放
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:デイパック、冠
[思考]:美姫に同情や憐憫有り。死が安らぎと見ればそれも考慮する。

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る/かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常?
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも/?

185:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA
06/06/07 01:56:02 ZN53voXh

「………退屈」

人形使いは今の現状に退屈していた。こんなにも面白いゲームなのに想像を越えるアクシデントがなに1つ起きないのだ。
最初の退屈がきた時は暇を潰す物が落ちていたのでよかった。ホールで魔術師に殺された二人を拾い、死体兵士を造りながら時間を潰した。

186:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA
06/06/07 01:57:50 ZN53voXh
しかし、いつもは吸血鬼相手を兵士にしているせいか、只の人間二人は時間もかからず作れてしまい、少しの時間しか潰せず直ぐに退屈になってしまった。こんな事ならモニタールームで参加者達の会話を聞いたほうがよかったかもしれない。
そう思いモニタールームに行くとワインを片手にモニターを見ている先客がいた。

「それでどんな感じ、イザーク?」

「今のところは予定通りさ、人形使い。参加者は群れを作りだした。ついでに私自慢の刻印も解除されようとしている」



187:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA
06/06/07 02:00:34 ZN53voXh

「嘘を言わないでよ。あんなチャチな物が自慢の品なんて君も皮肉がきいてるね。」

「“われわれの最も誠実な努力はすべて無意識な瞬間に成就される━━ゲーテ………酷い言われようだな。あんなモノでも私が作った刻印だ。頑張って解いてくれることを、おや?」

そのままワインを飲もうとしている黒髪の紳士の手からワインを没収すると、鳶色の髪の若者は悪戯っぽく唇を尖らせた。

「ワインを飲みながら管理は出来ないでしょ」

ワインをとられて非難がましい色を湛えて上がった相手の視線は無視して、沢山の参加者が映すモニターに眼をむける。その様子を見ながら魔術師はとられたワインのかわりに細葉巻(シガリロ)を口にくわえる

「人形使い、君の賭けた参加者は死んでしまったようだね。」

「それって僕に人を見る目が無いっていう皮肉かい、イザーク?」


188:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA
06/06/07 02:02:50 ZN53voXh
あらゆる機械類が所狭しと設置してあるモニタールームには魔術師と人形使いしかいない。部屋に響く音は二人の会話と端に置いてあるコーヒーメーカーのコポコポというBGMが響いている。

「そういえばさ外の方がなんだか騒がしいんだけど何か知らない?」

「騒がしい?何がかね、人形使い?」

「とぼけないでよ、知ってるんだろ。外でいろんなのが集まっているってことをさ。」

人形遣いはまるで愉快と言わんばかりの笑みをする。その様子に魔術師は興味なさげにモニターを見るばかりだ。
魔術師にとって外にいる組織のことは興味や好奇心が湧く相手ではない。興味があるのは塔に眠るあの男のみ。そして、参加者や参加者を助けにきたであろう組織も眼中にはないようだ。妨害等取るにたらない要素。

189:我ら、炎によりて世界を更新せん ◆ozOtJW9BFA
06/06/07 02:04:02 ZN53voXh
ま、いつもいつも作戦の度に妨害されている身だからから、馴れちゃってるんだろうね。実際問題、外の連中は何回か空間に穴を開けようと努力しているらしいけど効果はあがってはいないらしいし。
それにしてもと人形使いは思う。この邪悪な魔術師のことだから、ろくでもないことか、さもなくばよからぬことを企んでいるのだろうが、いずれにせよこの魔術師が次にすることはすぐに予想がついた。

「ねぇ魔術師、君がこれからすることを当ててみせようか?もっとひどいことをするんだろ」

「その通りだ人形使い。もっと、もっとひどいことをするんだよ」

そう言うと魔術師は細葉巻を灰皿に押し付けた。


【一日目 18:25】



190:ほんの些細な代償行為 1/2  ◆MXjjRBLcoQ
06/06/07 22:33:32 0S1uw97V
 砂浜で出会ったのは赤い髪の男だった。
 一見したところは何の変哲もない青年。
 爽やかな気配、威圧感を伴う重厚な生気。どちらかというと、ハーヴェイとは反対側の気配。
 男はこっちに向かってる。というよりハーヴェイの後ろにある「どこか」を目指してる。
 ハーヴェイの存在にも頓着する様子はなく、ただ真っ直ぐにハーヴェイの脇を抜けるコースを、自身の道の上を往く。
「なぁ」
 すれ違いざまに、声をかけていた。
 背中に立ち止まる気配がして、それはほんの少しだけ意外な気がした。
「この島に大切な人はいるか?」
 そんな言葉が流れるように口をついた。
 返事は期待していない。自分ならそのまま無視する。この男も多分そうする。
「あぁ」
 だから返事が返ってきたことには、ほんのもう少しだけ、意外な感じがした。
「逢いにゆく途中だ」
 言葉に、確固たる自信が漲っていた。
 鏡を見てるような違和感があった。同じものなのに一致しない、そういう違和感だ。
 そうだ、今までは「同じところ」が引っかかってたからで。
「なら、何でまだこんなところをうろついてる?」
 ここからは、ひどく、本当にひどく珍しく、癇に障ったからだ。
「ゲームが始まって、もう半日以上が過ぎてるんだぜ、なんでそばに居てやらない?」
 だからこんな疑問が口をついたんだ。
「探しちゃいるんだけどな。島中割と隈なくだ」
 そりゃだめだ。 相手のことが見えてない。
「自分の行きたいところにいけよ。
 あんたの大切な人は、あんたの助けをじっと待っているのか?」
 キーリはこの危険の島で、ハーヴェイを探して回り、そして死んだ。
「行けよ」

191:ほんの些細な代償行為 2/2  ◆MXjjRBLcoQ
06/06/07 22:34:27 0S1uw97V
 それだけ言って、すっきりした。何かに憑かれたような時間はココで仕舞いだ。
 後は自分のやるべきをやる。ウルペンは倒す。
 復讐とは違う。熱がない。これと同じの、ほんとに単なる代償行為だ。
 後ろで何か言われたが、もう気にならなかった。
 いつもどおりの無関心に、いつもどおりに無気力だった。
 ポケットに手を入れて歩き出す、最後まで男のほうを振り返ることはしなかった。

【G-8/砂浜/1日目/16:44】

【ハーヴェイ】
[状態]:精神的にかなりのダメージ。濡れ鼠。
左腕は動かせるまでには回復。(完治までは後1時間半ほど)
[装備]:Eマグ
[道具]:なし
[思考]:ウルペンの殺害
キーリを一人にしておきたくはない、と漠然と考えている(明確な自殺の意思があるかは不明)
[備考]:ウルペンからアマワの名を聞いています。服が自分の血で汚れています。

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:不明
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:シャーネに会いに行く。海洋遊園地へ
[備考]:城を脱出後島中を回っていました。何人かとはすれ違いましたが気づかれることなくやり過ごしています。


192:イラストに騙された名無しさん
06/06/11 11:47:16 5ssn1529
捕囚

193:虚 (1/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:37:00 VYRaRU3H
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 何の感情も感覚も伝えさせない─虚無そのものの暗闇だ。
 あらゆるものを潰し飲み込み同化させ、後には何も残さない。
『見ての通りって、ここは……おい、しずく!? くそ、一体何があった!』
『だから見ての通りだよ。あんたがぶつ切れてから色々あったんだ』
 その闇を、ただ茉衣子はその目に映していた。映すだけで、見てはいない。
 澱んだ沼の中にいるような錯覚を覚えながらも、働いているのは思考のみだった。
 内側に留まり溜まっていく澱みを掻き混ぜるように、あるいはさらに奥へと沈めるように、ただ思いを巡らす。
『あの騎士と女はどうなった!? 宮野の姿も見えねえが……』
『あいつがその騎士に殺られたんだよ。それでここまで逃げてきた。奴らが今どこにいるのかは知らねーよ』
『……』
 対魔班。なぜかセットで見られる日々。鬱陶しいと思った。思っていた。
 何が起ころうと余裕の笑みで片付けてしまう彼。何かと自分に構う彼。世界の外側を求める彼。覚えていてほしいと照れた彼。
 そして無断でいなくならないでほしいと願い、共にあることを望んだ自分。
『じゃあしずくは、何でこうなった?』
『残ってる役者の数を考えればわかるだろ? ……まさか意識が回復した途端、こうなっちまうとはな』
 彼がそれに応え、受け入れてくれたとき、確かに嬉しいと感じられた。
 その後も彼にいつもと変わらず引っぱり回され、予想通り願ったことを思い切り後悔したが。
 それでも今なら、あの時の判断は間違っていなかったと断言できる。
 そう、本当に嬉しかったのだ。
『…………、おい茉衣子! お前自分が何やったか分かってるのか!?』
『何を言っても無駄だろうよ。さっきからずっとあんなんだ』
 その死ぬはずがない彼が死んだ。
 物語を勝手に掻き回し改変してしまうはずの彼が死んだ。
 決して消え去りはしないと約束してくれたはずの彼が死んだ。
 しぶとい害虫を徹底的に潰すかのように、何度も何度も何度も殺された。
 だから─


194:虚 (2/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:38:11 VYRaRU3H
「……少し、静かにしていただけませんか? 騒がれると耳に響きますので」
 先程から聞き流していた声二つに対して、茉衣子は億劫そうに口を開いた。視線は未だ闇に投げたままだった。
 その突然の発言に十字架とラジオが押し黙ると、それ以上は何も言わずにふたたび思考に沈んでいく。
『……何でしずくを殺した?』
 それから少し間をおいて響いたラジオの声に対しても、何ら関心を持たぬまま即答を返す。
「正当な報復です。それ以外に何がありますか?」
 直後、身体が浮いた。
 そう感じた次の瞬間には、全身が小屋の壁に思い切り叩きつけられていた。後頭部にも衝撃を受け、視界と思考が歪む。
『おい!』
『加減はしてる。あの馬鹿みてえに丈夫じゃねえからな』
 何かを非難するような声と、それに反論する声。
 それらを認識できるほどに意識が回復したところで、やっとラジオの衝撃波を受けたのだと理解できた。
 加減したというのは本当だろう。全身鎧を着た男を飛ばすほどのものをぶつけられたら、こんなものでは済まない。
『頭は冷えたか?』
 静かな、しかし強い怒りが籠められた声が正面から響く。
 ゆっくりと頭を上げると、いつの間にか男が一人、暗闇の中に立って─いや、浮いているのが見えた。
 ラジオから溢れ出た暗緑色のノイズのような粒子が、不鮮明な人間の影を形成していた。
 鍔つき帽を目深に被った、頬の痩けた壮年の男の姿だ。血と泥まみれの兵服と膝から下が喪失している片足が、ある意味闇に映えている。
 その両眼は鮮やかな緑で固められ、異様な存在感を像に付加していた。
『正当、と言ったな?』
 ノイズの像─ラジオの憑依霊である兵長が、こちらを見据えて言った。
 その眼光は確かに鋭いものだったが、特に恐怖は感じなかった。彼の目には怒りはあるが、殺意はない。
 それを確認し、淡々と言葉を返す。


195:虚 (3/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:38:59 VYRaRU3H
「ええ。わたくしは彼女の責で、班長を失いました」
『殺したのはあの騎士だろう? しずくはただ助けを求めただけじゃねえか!』
「彼女が助けを求めなければ、班長が殺される必要はありませんでした」
『じゃあ見捨てた方がよかったって言うのか!?
……最初にあいつを落ち着かせて休ませたとき、一番世話を焼いていたのはお前だったろうが』
 確かにそれは事実だった。しずくの必死な姿が、以前助けを求めて縋ってきた類に似ていたからだ。
 彼女は今どうしているだろう。いつも誰かのために泣いていた少女は、今は自分と宮野のために泣いてくれているのだろうか。
『……俺はそれを見て、お前らに付き合うことにしたんだがな』
 沈思の間を言葉に詰まったものと思ったのか、彼は若干怒気を収めて呟いた。
 やりきれないといった感情─過ちを咎めるような表情を新たにノイズが形成し、続ける。
『ここまで逃げてこられたのはしずくのおかげなんだろう?
お前とここの状態を見るに……色々と気を遣って、今度は逆にお前の世話をしてたんじゃねえか』
「…………」
 彼女は確かに、自分をここまで連れてきてくれた。─彼はまだ教会にいるのに。
 彼女は確かに、自分の身体を拭くなどしてくれた。─彼は血塗れのままなのに。
 彼女は確かに、自分を見て嬉しそうに笑っていた。─彼は二度と笑えないのに。
「そう、ですわね」
 彼女は確かに、自分の隣にいてくれた。──そこは彼の場所なのに。


196:虚 (4/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:40:12 VYRaRU3H
「ええ、本当にその通りですわ」
 呟き、ゆっくりと立ち上がった。数十分ぶりに四肢を動かし、身体を小屋の壁から離していく。
『わかっているのなら、どうして、』
「どうして彼女は生きているのだろう、という疑問に思い至っただけです」
『なっ─』
 喋りながら、前方に一歩踏み出した。黒い靴が床板を噛む。
 彼は何もわかっていない。彼には何もわからない。
 もとより他者の理解など期待はしていないし、求めてもいないが。
「確かに彼女は、わたくしをここまで退避させました。─なぜでしょう?」
 一歩。
 足音が鳴る代わりに、何かを踏みつけた感覚が伝わる。柔らかく、少し弾力がある筒状の何か。さながら人間の腕のような。
 しかしどうでもよかったので、そのまま強く踏みつけて歩みを進める。
『なぜって、』
「もちろん班長が死んだからです。─なぜでしょう?」
 さらに一歩。今度はぎぃ、と音が響いた。
 ラジオとそのノイズに視線を留めたまま、密かに右指に意識を集中し始める。
「アシュラムと言う方に殺されたからです。─なぜでしょう?」
『お前、また─』
「あなたはお黙りなさい」
 ぎぃ。
 意図に気づいたらしいエンブリオの声を、さらに声と足音で遮る。
 そして少し腰を下げて左手で彼の本体を掴み、引き抜いた。
 彼が刺さっていた場所から液体か何かが飛び散ったが、特に気にしない。
「彼と戦ったからです。─なぜでしょう?」
『……茉衣子』
 ぎぃ。
「力を顕す必要があったためです。─なぜでしょう? 千鳥かなめを助け出すためです。─なぜでしょう?」
 ぎぃ。ぎぃ。
「助けてほしい、と言われたからです。─誰に?」
 ぎぃ。
 そこで、足を止めた。
「そこに転がっている方に、です」

197:虚 (5/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:40:57 VYRaRU3H
 一息ついた後、続ける。
「ですから彼女は当然代価を支払うべき存在であり、しかし彼女は生存しているために、わたくしは彼女の生に疑問を持ちました。
これで、おわかりになりました?」
『……ああ』
 唸るような低い声が、スピーカーから絞り出される。それに呼応してノイズの像が歪み、怒気を放つ表情を一層いびつにさせた。
 一歩踏み出せばラジオに触れられる距離。それを確認した後、タイミングを計るための言葉を付け加える。
「何か他に仰りたいことはありますか?」
『ねえよ。……もう何も言うことはねえ』
「そうですか」
 そして呟きと同時に指先に蛍火を灯らせ、ラジオに向けて放った。
『っ─!?』
 何の兆候も躊躇もない動作は、怒号と同時に衝撃波を出すつもりだったでだろう彼よりも速かった。
 複数の光球が螺旋を描いてラジオの筐体とノイズの像に打ち込まれる。そして、破裂。
 同時に足を踏み出し、右指をラジオの側面─にあるスイッチに引っかけ、思い切り下げた。



                           ○




198:虚 (6/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:41:53 VYRaRU3H
 霧が晴れた後も視界の悪さは変わらず、眼前に開ける森の入口は、吸い込まれそうなほどの黒い闇を保っていた。
 小屋の入口からその鬱蒼とした木々を見つめ、茉衣子は溜め息をついた。
(まぁ、夜になってしまったのですから当然ですわね。あまり気は進みませんが、明かりはどうしても必要になります)
 蛍火は長続きしないし、懐中電灯の光は強すぎ、人を呼び寄せる。
 しかし光源なしで夜の森を横切るのは、歩き慣れていない人間にとっては自殺行為に近い。
(でも森のない隣のエリアは既に立入禁止。迂回するには距離がありすぎます。
何かあれば、二十三時には間に合わないかもしれません)
 この森を無理にでも横切らなければいけない理由はそこにあった。
 ここから北東にある教会─宮野の遺体がある場所は、二十三時をもって禁止エリアとなる。
 そこに一歩でも足を踏み入れた参加者は、刻印が発動して無惨な肉塊と成り果ててしまう。
 そこに元からあった死体も、例外ではないかもしれないのだ。
 刻印が発動しなくとも宮野は既に相当ひどい状態になっていたが、それでも彼があの最初の犠牲者達と同じになってしまうことには抵抗を覚えた。
(……そうでなくても、班長をあのままにしておくのは、嫌ですもの)
 放送で彼の名前が呼ばれたとき、悲嘆に暮れたり絶望を覚えたりはしなかった。そんな感情はもう使い果たしていた。
 感じたのは、途方もない喪失感だった。胸と言わず全身に穴が空いたような。
 ここでは誰かが死んでしまっても、その名が淡々と呼ばれるだけで済まされる。死という現象に数としての価値しか与えられない。
 その空虚さを、彼のために行動することで埋めたかった。少なくとも自分だけは、彼のことを記憶し、思っていなければならない。
 覚えておいてもらいたい─と、他でもない彼に言われたのだから。


199:虚 (7/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:42:49 VYRaRU3H
『……これからどうすんだ?』
 と。
 あれからずっと沈黙を保っていた、首にかけたエジプト十字架─エンブリオが、小さな声で呼びかけてきた。
「教会へ戻ります」
『そうか』
「あら、理由は聞きませんの?」
 反応の薄さに疑問を持つと、彼は投げやり気味な口調で、
『聞いたところで何も変わらねえだろうしな。オレが何を言ったって、どうせあんたは行くだろうよ」
「よくわかってますわね」
『それに、どうせこの分だとオレのことも殺─』
「あなたは誰にも殺させません」
『……そーかい』
 ぴしゃりと即答すると、エンブリオはまた黙り込んだ。
 彼は班長が遺してくれたものだ。手放す気はないし、彼の願いを叶えてやることなど論外だ。
(それもすべて、わたくしに生のある間の話ですけれど)
 生き延びること─というよりも宮野に関すること以外のすべてについては、半ば諦めていた。
 もちろん、帰りたいとは思っていた。
 しかし生存するための能力が何もないこの状況では、そんな願いは到底叶えられないものだと理解していた。
(小屋の時は、たまたまうまくいっただけと考えた方がいいですわね)
 しずくはまだしも、兵長のときはぎりぎりのタイミングだった。
 筐体のスイッチを切る際には、今にも爆発しそうな空気の震えが頬に感じられた。
 あの時行ったこと─会話の主導権を握り、相手に隙を生じさせるタイミングを計る─も、たまたまうまくいっただけだろう。
 宮野がいつもやっていることを、単に真似しただけなのだから。
(……意外と現実的に、物事を考えられますのね)
 思考は割と冷静だった。
 少なくとも、隙をつくって機械知性体と亡霊憑きのラジオを行動不能に出来る程度には。
 あるいは、その程度でしかないとも言えるが。
(とにかく歩きましょう。ここにいたって寒いだけですわ)
 思考の迷走を溜め息一つで切り上げ、茉衣子は懐中電灯のスイッチを入れた。
 木々の合間に現れた鮮やかな光は、しかしすぐにでも闇に喰われてしまいそうなほど頼りなく見えた。


200:虚 (8/8)  ◆l8jfhXC/BA
06/06/13 09:45:03 VYRaRU3H
【E-5/森の入口/1日目・19:00頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:体温低下。生乾き。服の一部に血が付着。
    精神面にかなりの歪み(宮野関連以外はまだ冷静に物事を処理出来る)
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:森を越えて教会へ。宮野を埋葬したい。
    エンブリオを死守。帰りたいとは思っているが、半ば諦め気味。
[備考]:夢(478話)の内容と現実とを一部混同させています。

※ラジオの兵長(電源がオフになっているため意識が停止している。オンにした途端衝撃波が飛ぶ)が小屋の中に放置されています。


201:永久ならぬ眠り ◆E1UswHhuQc
06/06/17 22:11:47 cWNSZXfr
 人間は休息なしに生きていくことはできない。
 疲労は染み入るように身体を蝕む。体力と置き換わる疲労は筋肉に、骨格に、血管に、神経に回り、体中を支配する。
 痛みに耐えるのと同じように、疲れにも耐えることは出来る。
 が―人間は無尽蔵の忍耐力など持ち合わせていない。持っているとしたらそれは人間ではない。人間ではないとすれば、それは精霊だ。
「俺はまだ人間か―」
 うめいて、ウルペンは地に身体を預けた。
 霧の中を進んだせいで、身体は湿っていた。水気を含んだ黒衣が煩わしい。
 失った―いや、奪われた左腕に右手を当てる。火球で焼き千切られたそこからは血は流れていない。
 疲労が身体に渦巻いていた。身体が重い。自力で立っていることすら億劫なほどに。
(怨念かもしれんな)
 ここに来て殺した者の数を考える―三人。
 一人目は、左腕を奪っていった少女の姉妹。妙な術を使う、金髪の少女。
 リリア。彼女の首を折ったのは右腕だったろうか、左腕だったろうか。多分左腕だろうとウルペンは見当づけた。
(だから奪われたのだろうな)
 皮肉げに笑い、二人目の顔を思い出す。
 凡庸な少年だった。近くにいるとなぜか心が苛立つような、妙な感じを受けた。
 戯言遣い。本名ではないだろうが、その呼び名が一番ふさわしいだろう。彼は確かなものなどないと言った。
(賢明だったな。本当に……賢明だった)
 三人目。おそらくあの精霊の新しい契約者であろう男―ハーベイ、といったか?―の、知り合いか何か。
 キーリ。彼女は自分の意思だけは確かなもので、信じられるのだと言った。
(俺はそれを奪った―奪っただけだ。俺にはもはや自分の意思すら信じられない)
 ここに来てから、三人。
 来る前の人数は覚えていない。
 怨念などというものに質量があれば、確かに立ってはいられないだろう。
 とはいえ―いつまでも座っているわけにはいかない。やることがある。
 チサトを殺す。

202:永久ならぬ眠り ◆E1UswHhuQc
06/06/17 22:12:55 cWNSZXfr
 あの男が信じられる確かなものを、奪う。
 チサトだけではない。この島にいる全員の確かなもの―それを奪う。
 自分以外のあらゆるすべてに、教えてやりたかった。何かを信じられる者達に。
 信じられるものなど、信じるに値するものなど何も無いのだと、それを教えてやりたい。
(それが絶望だ―アマワ。俺は貴様にも絶望を教えてやる)
 顔を撫でる。眼帯を失って露出している、義妹に奪われた左眼。
 同じく義妹に奪われて正常な数ではない右の手指で、撫でる。
 そこには小さな火傷がある。獣精霊の炎が最後に遺した傷が。
「……アマワめ!」
 小さく叫び、眼を閉じた。疲労が眠気を誘っている。
 どれだけ意思で身体を動かそうとも、それには限界がある。次の放送までここで休もうと、彼は決めた。
(眠るか)
 幸いにも霧で視界は閉ざされ、日も沈みかけている。黒衣は闇に紛れ込む。見つかることはそうそうないだろう。
 沈んでいく意識の中で、忘れずにあの男の信じる者の名を刻み込む。チサト。姓があったような気がするが、なんだったか。
(ササミ……アザミ……いや、ガザミ、か……?)
 ガザミ、というのが一番強そうだったので、彼はその名を心に刻んで意識を沈めた。

【E-5/北端の森/1日目・16:00】
【ウルペン】
[状態]:疲労
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:参加者全員に絶望を。アマワにも絶望を。
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
    黒幕=アマワを知覚しています。風見の名をガザミ・チサトだと思ってます。

203:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:46:57 PIUDgpWP
火乃香がヘイズを尋問しようとした寸前、それは姿を現した。
「あれ?」
「ん、どーした火乃香? 棚から落ちたボタ餅をよく見たら、蟻がついていたという悲劇に気付いて
泣いているガキを指差して笑っている女の髪にも蟻がついているという事実を発見した
とある通行人A、みたいな顔してるぞ―がっ」
 突然、首を捻られたコミクロンの目に、遠くから接近してくる巨大な何かが映った。
 下部が炭化して折れたマスト、見る者を圧倒して畏怖を与える雄大な船首、
 俯瞰すれば、それはあまりにもゴツく、大雑把ながらも力強く海面を切り裂いて進んでくる。
 海面を照らす陽光は既に無く、海上を行く巨大なそれはまるで建築物の威容だった。
「……何だあれは。城が動いてるのか?」
「違う、コミクロン。あれは―乗り物じゃないかな」
 感嘆の声を上げながらコミクロンは身体を捻って、身体の向きを首に合わせた。
 やはり、科学者を自称していても、年相応の好奇心が頭を満たすのだろう。
 
「船……か」
 それは船だった。全長三百m程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「知ってるのか、ヴァーミリオン?」
「火乃香の推測は当たってるぜ。遠距離と残霧で分かりづらいが、ありゃあ木造船だな。
型からして十五世紀前後の骨董品ってとこじゃねえか?」
 もっとも、ヘイズは木造船など見たことは無い。
 彼の世界の海は常時、猛烈なブリザードが吹き荒れる極寒領域だ。
 航空艦の技術が発達した世界で、流氷だらけ海を進むバカは存在しなかった。
「あれが、船……実際に見るのは始めてだね」
「そういや、火乃香の故郷は砂漠だらけだったな。俺だって遠洋航海用の船なんぞは初めてだ」
 流美なフォルムだ―、とコミクロンは呟く。
 新たな玩具を与えられた少年のような瞳と、船へと向けられた仲間の視線。
 ヘイズはコミクロンが発明好きなのだと喋っていたのを思い出した。
 その記憶は、少しだけ、ヘイズの世話焼きな心を刺激した。

204:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:48:03 PIUDgpWP
「乗って、みたいか?」
「何?」
「あの船に乗ってみたいかよ?」
 ヘイズの問いに二人の仲間はしばしの間、沈黙する。
 こりゃスカしたか―? などと思い、ヘイズが頭をかき始めた時、
 コミクロンが歓声をあげた。
 当然、返って来た答えは一つだった。

「じゃあやるぜ。俺が破砕の領域で攻撃場所を指示するから、お前が
魔術を何発かぶち当てて船の航路を修正しろ」
「構わんが、俺の魔術のレベルはたかが知れてるぞ? 船を止める威力は出せん。
この制限下だと先生だって三百m級の大質量を止めるのは不可能だ」
 自信なさげなコミクロンの肩を火乃香が叩く。
 そのまま指を突き出して、海に突き出す岸壁と海面に突き出た岩礁を示した。
「あんたらしくないね、しゃきっとしなって。あそこの岩に向かって航路を変えれば
船は止まるってコトだよ。そうでしょ、ヘイズ?」
「ビンゴ。船ってのは座礁に弱いもんなんだよ。岩に挟まるか浅瀬に乗れば、
オレ達だって余裕で乗り移れるだろ」
 そう言いながら、足で地面を打ち鳴らしてヘイズはタイミングを計り始めた。
 座礁させるための最適な位置と攻撃箇所はすでに予測したのだろう。
 あとはコミクロンがタイミング良く魔術を放てるように、
 ヘイズが都合に合わせて指を鳴らすだけだ。

 船との距離がだいぶ詰まってきた時、ヘイズが指を鳴らした。
 軽やかに響いた音は、まだ少し霧の残る海面を渡り、船の壁面付近の空気分子を揺るがす。
 たったそれだけの微弱な力。それがヘイズの切り札だ。
 極小な空気分子達は、まるで誘導されたかのように進路を変更し、
 任意の地点へ移動する。
 その運動が連鎖して一つの幾何学模様を形成した時、ヘイズの思いは
 論理回路の形となって具現することとなる。
 望んだ力は、情報面からの無慈悲な解体。
 瞬間、つやのある船壁はその効力に一秒たりとも耐えられず、無残な虚となっていた。

205:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:48:51 PIUDgpWP
「コンビネーション4-4-1!」
 しばらくの間を持って、破砕の領域が展開した空間にコミクロンの魔術が炸裂する。
 ヘイズのI-ブレインが起動すると、コミクロンの魔術構成が不安定になることを
 両者は共に熟知していた。
 だからヘイズは余裕を持って破砕の領域を展開し、コミクロンの魔術がベストタイミングで
 命中するように、足を踏み鳴らして最適な瞬間を計ったのだろう。
 今更になって、火乃香はそれを理解した。
 論理的で器用なコミクロンと、
 未来予測で正確なアシストができるヘイズ。
 何だかんだ言って、この二人はウマが合っているようだ。ツボにはまると、強い。
 反面、直感的な思考と、意外性の高さを持ち合わせた相手には脆弱だ。
 そこらは自分が補うことになるのだろうか、と火乃香は一人、考えた。
 図に乗ると厄介なので、手綱はちゃんと握っておこう、とも。


 そうこうする間に、魔術士二人は船の十数箇所に衝撃を与えて
 進路修正に成功した。
 貨物船の巨体はゆっくりと、しかし確実に岩礁に向かって直進していく。
 舵をきらない限り、座礁は時間の問題だろう。
「今思うんだが、乗組員がいたらオレ達の行為は無意味だよな」
「愚問だぞヴァーミリオン。禁止エリアを抜けてきた船に生きた乗員がいると思うか?
まあ、主催者どもの禁止エリア宣言がハッタリなら、エリアにいても無事だろうがな。
何はともあれ、俺は無人船論を強く推奨するぞ。動いてるのは漂流だからだろ」
「その自信はどっから沸いてくるんだか……でも今回はあたしもコミク論に賛成しとく」
 なんだそれは! と絶叫する白衣を火乃香とヘイズは無視した。
 未成年の主張より、船の行方が遥かに気になったからだ。

 三人が見守る中、船は岩にぶつかって盛大な不協和音を奏でて進み、
 ヘイズの予想どおりに岸壁と岩礁に挟まって動きを止めた。
 所々から木の軋む音が聞こえてきたが、船体は完璧に座礁したようで、
 貨物船が進む事は不可能に見える。
 更に、何のアクションも起こらないことから、無人船であるというコミク論は肯定された。

206:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:49:32 PIUDgpWP
「ビンゴ……だな」
「ふっ、この俺の大天才たる証が、また一つ歴史として刻まれたまでのことだ
―おぶえぁ! 何をする火乃香!」
「はいはい、バカは踊る前にそれを持っといて。あたしが最初に飛び移るから
あんたは後から船に荷物投げ込むまで、デイパックを運ぶ役」
「むう……」
 自画自賛モードに突入しかけたコミクロンに自分の荷物を投げつけて、
 火乃香は岸壁をよじ登った。
 腕の不自由なコミクロンは身体のバランスをとるのが難しい。
 先に自分が楽な跳躍ポイントを見つけておく必要がある、と考えての行動だった。
 投げたデイパックがコミクロンの顔面に当たったことはこの際、忘れておこう。
 
「いよっ、と」
 上手い跳躍ポイントを見つけて飛び移った先は、船の操舵付近だった。
 甲板からの高さの分だけ落差が少ないので、素人が降りても安全な場所だろう。
 火乃香はそのまま周囲の安全を確認し、船首甲板へと降り立った。
 長時間の雨で多少すべるようだったが、鍛えられた剣士の下半身には
 何の障害にもならない。
 それより、眼前に広がる海原と独特の潮風が心地良かった。
 霧間から降り注ぐ星光は海面で揺らめきながら煌いて、火乃香の網膜を刺激した。
 星と霧以外はどちらも、火乃香の生活圏には存在しない興味深い自然である。
「ボギーがいたら何て言うかな?」
 あの機械知生体はきっと、潮風で遮蔽モードに微妙な支障が出る、とか
 キャビンに臭いが着いて傷む、などとロマンもへったくれもない感想を述べるかもしれない。
 それでも、今は傍にいて欲しかった。

 しばらく感傷に浸っていた火乃香は、つと、手すりに触れてみた。
「呼吸。木片の、呼吸……」
 コミク論に賛同したのは正解だったようだ。
 この船は完璧に無人だった。違和感のある大規模な気の流れを感知できない。
 船の明かりが燈っているのは少々気に掛かったが、後で調べれば済む事だ。
 ファントムだらけの幽霊船でも無い限り、確たる危険も無いはずだろう。

207:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:50:23 PIUDgpWP
「なかなかいい景色じゃねえか?」
 火乃香が上げた視線の先、左右色違いの瞳を持った男が覗き込んでいた。
 ヘイズにとっても、霧の晴れ行くこの光景は鮮烈なはずである。
 いつの間にか太陽は沈んでいたが、それでも海はたゆとう原野の如く存在し、
 昼の光景にも決して劣らない。
 しかも、明度ゆえか夜の闇と水平線が同化していて、世界が一つに繋がって
 いるかのように錯覚させた。
「―見慣れた砂丘よりは楽しいかな。コミクロンは?」
「デイパック持ってヨタヨタしてるぜ。荷物はオレが投げ込むから中身傷めないように
取ってくれっか?」
「ん、おっけ」
 じゃあいくぜ、とヘイズは岸壁から荷物を甲板に落とし始めた。

 キャラバンで荷物の運搬をこなしてきた火乃香には苦でも無い作業のあとに、
 ヘイズ自身が飛び降りて来る。
 便利屋を自称するだけあって、こちらもなかなか手際が良い。
 躊躇無く直接甲板に降り立っても、その姿勢は全く崩れていなかった。
「ふっふっふ、見るがいい! この大天才の華麗なる跳躍を―!」
 続けてコミクロンが、飛距離に余裕を持たせる為に助走をつけて空を舞う。
 火乃香が選んだ地点で誤差無く踏み切るのは感心ものだが、いかんせん
 加速をつけ過ぎだ。
「おいバカ、甲板は濡れて―」
 ヘイズのとっさの忠告は既に遅く、白衣とお下げをなびかせたコミクロンは
 滑らかな放物線を描いていた。
 そのまま火乃香が定めた着地地点を華麗に飛び越えて―、
「ごあっ! 頭蓋がっ……こんなところで未来の偉人の知性に危機が訪れるとは……!
そもそも俺だけ着地に失敗するなどと―何だこの不条理な世界は!」
 着地地点が濡れていたため、当然の如く摩擦の力は働かず、
 白衣の天才は、不条理の具現者たる甲板に華麗に頭を打ち付けた。

208:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:51:04 PIUDgpWP
 その後、片腕が動かず、ろくな受身が取れない状態から瞬時に復活してくるのは
 なかなかのタフさと言えるだろう。
 しかし、
「どう考えてもあんたが悪い」
「下手に格好つけるからだろ」
 何でも屋達の評価は条理にかなった酷評だった。
 エレガントな科学者への道はどうやら遠く、険しいものらしい。
 ともあれ、三人は比較的無事に貨物船に乗り移ることに成功した。
 その後の会議で、無人船の明かりなどの原因が不明なので
 とりあえず調査してみることと、船室を漁って何か使えそうな物を発見する
 ことを目的として、船内の捜索を開始することが採択された。

「この俺が船倉を調査する! 重要物を底に隠すのはセオリーだからな。
ふっふっふ、待ってろよ。楔一本に至るまで徹底的に構造解析してやる!」
 言うが早いかコミクロンはハッチを潜って船内に侵入していった。
 木造船とはいえ科学技術の結晶だ。
 コミクロンは船から得られた情報を元に新型人造人間の開発計画を
 練るのだろうか、とヘイズは邪推した。

「じゃあ、あたしが船首から、あんたは船尾から探索するってことでいいよね?」
「妥当な案だな。けどよ、これだけデカい船だと船室だけで幾つあるんだか」
「あんた今、ものすごくやる気無さそうな表情してるんだけど」
「ほっとけ。こーゆー性分なんだ。そう言うお前こそ海見てふにゃけてただろうが」
「むー……不覚をとった」
 実際、火乃香が夜空と海に見とれていたのは確かだった。
 何とかしてヘイズを斬り返してやろう、と過去の記憶を掘り起こすうちに、
「あ、そうだ」
 会心の一撃を思い出した。以前、この船に気付いてうやむやにしてしまった
 一つの問いだ。

209:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:51:35 PIUDgpWP
「ねぇ、ヘイズって歳い―」
「さてと、お宝探しに行くとするか」
 火乃香の言葉を遮り、ヘイズはドアを蹴飛ばして船内に突入していった。
 ついでに酒瓶とか落ちてねえかな、などとわざとらしく呟いて火乃香の声を
 聴いてないふりをしているところから、逃走したのだと簡単に推測できる。
「……ま、いっか」
 辺境では、他人の事情に首を突っ込むと痛い目に遭うというのは常識だ。
 ましてやヘイズは露骨に嫌がっているし、今の火乃香には別の目的があった。
「もう少しくらい眺めても、減るもんじゃないしね」
 誰にともなく呟いて、火乃香は再び手すりに寄りかかった。

 手を乗せた木目の向こうには、先程まで見ていた海が変わらぬ雄大さを
 保ったままで歌っていた。
 寄せては引いて、引いては返して、砂のざわめきとは異なる音調を奏でる波。
 ロクゴウ砂漠には無い光景。エンポリウムには無い香り。
 ゲームが始まった時は、シャーネと筆談していて感じそびれた感覚だ。
 船のことは二人に任せて、もう少しだけここに居ようと火乃香は決めた。



【G-1/難破船/1日目・19:00】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:船室を捜索。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

210:暗き天蓋、悠久の海原  ◆CDh8kojB1Q
06/06/23 07:52:35 PIUDgpWP
【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:甲板から海を眺める。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ふははは! 歯車様はどこだ!?  船倉を捜索。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

211:灯台へ向かう前に(1/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:37:43 Wo0dHkq9
 地下通路から地上へ出た直後に、子爵はEDに呼び止められた。
「さっきの蒼くて大きな方―BBさんが、この狭い出入口から出る準備をしています。
 少し待っているように頼まれました」
 言われてみれば、大きな機体が普通に通過できそうな広さなど、出入口にはない。
【それくらいはお安い御用だ! しかし、どうやって通るつもりなのだろうか?】
 地上まで背負ってきた風見の様子を見ながら、EDは子爵の疑問に答える。
「整備作業の要領で装甲を分割し、関節や接合部の固定を一時的に解除するそうです。
 体内が剥き出しになってしまうため、雨が止むまで実行できなかったと聞きました」
 ちなみに、EDと風見の荷物は子爵が地上まで運んできてある。
【つまり、荷物と同行者を預けて隙だらけの状態になってくれるほどに信じてもらえた
 わけか! おお……もしも涙腺があったなら、感激のあまり泣いていたところだ!】
 文字通り歓喜に震える子爵に対し、飄々とEDは言う。
「“裏切ったって利点よりも危険の方が大きくて割に合わない”という状況ですから、
 関係者全員が状況を的確に把握しているなら、必然的にこうなりますよ」
【そういうものかね?】
「そういうものです」
 地下通路からは金属音が響き続けている。移動には、まだ時間がかかりそうだ。
【この様子では、湖跡地から出る前に放送が始まってしまうな。遮蔽物がほとんどなく
 足場の悪い地点で、放送に気を取られ、隙が生じてしまうかもしれない】
「こんなに濃い霧の中で、普通の人間に襲われるとは思えません。しかし、逆に言えば
 “普通の人間ではない敵”になら襲われてもおかしくはありませんね」
 子爵は目玉で周囲を見ているわけではないし、蒼い殺戮者は暗い地下通路を難なく
歩ける。そんな実例が存在する以上、同じことのできる敵がいないとは限らない。

212:灯台へ向かう前に(2/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:38:41 Wo0dHkq9
 蒼い殺戮者が地上に姿を現し、外した関節を繋ぎ直し始めたのを見計らって、子爵と
EDは自動歩兵とも打ち合わせを始めた。
【……というわけで、“すぐに灯台へ向かうべきではない”という話になった】
「かつて小島だった丘が近くにあります。とりあえずそこへ移動して、放送後に灯台を
 目指したいと考えていますが、どうでしょう? その丘にはいくらか遮蔽物があり、
 ここに比べれば足場は悪くありません。他の参加者が隠れたくなるような地形でも
 ないので、短期間の滞在には適した場所です」
「それで構わない」
 手際よく機体の各部を再結合させながら、蒼い殺戮者は即答した。無茶な荒技を実行
したせいで故障する可能性が高くなったが、今のところ異常はないらしかった。
 火乃香に関わって以来、蒼い殺戮者は、不可思議な事柄をありのままに受け入れて
納得できるようになった。おかげで異世界の液状吸血鬼とも普通に会話できる。
「それにしても、器用なものですね」
【うむ! 自分の体を思い通りに操るというのは、簡単なようでいて意外に難しい。
 誰にでも上手くできることではあるまい!】
「ただ単に、こういう動作ができるように設計されただけだ」
 EDと子爵は、蒼い殺戮者の無愛想さを気にすることなく、しばし感心し続けた。
【ところで、麗芳嬢はまだ現れないようだね。……待ち合わせの時刻は数分後だから
 遅刻だと決まったわけではないし、ただの遅刻ならば別にそれでもいいが……】
 心ゆくまで感嘆した子爵が、今度はどことなく心配そうな書体で言葉を紡いだ。

213:灯台へ向かう前に(3/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:39:32 Wo0dHkq9
 仮面の下に様々な思いを隠し、淡々とEDが応じる。
「問題はそこです。僕が拠点として灯台を勧めたのは、彼女が探索しにいったはずの
 建物だから、という事情をふまえた結果なんですが……最悪の場合、“とんでもなく
 強い殺人者が灯台に潜伏していて麗芳さんを殺してしまった”とも考えられます。
 あまり考えたくはありませんが、可能性の一つとして考えないわけにはいきません。
 灯台以外に、風見さんを休ませられそうな場所の心当たりはありませんか?」
 EDの問いに、子爵は港町で会った佐藤聖の様子を思い出す。
【港町に風見嬢を連れていくのは、少々都合が悪いかもしれない。すぐ危なくなるわけ
 ではないが、いずれ彼女に対して困ったことをしかねない参加者がいる。……いや、
 その参加者本人に悪気はないのだが……しかし、無邪気だからこそ歯止めがきかなく
 なるということもある。ついさっきまで対話していた相手だ。できることならば、
 敵同士になりたくはないのだよ】
 聖なら、弱って寝ている風見を見たら、強引に吸血鬼化させたがるかもしれない。
“吸血鬼化すれば元気になるから”とか、そういった親切心から風見の意思を無視して
しまうかもしれない。そうなれば、争いの火種がまた増えてしまう。
「ついさっきまで港町にいたということは……子爵さん、よっぽど大急ぎでここまで
 来てくれたんですね」
【うむ、急いでいたので水の流れに乗ってきた。判りやすく例えるならば、追い風を
 背に受けながら走ってきたようなものか。下流以外に向かう場合は、それほど素速く
 移動できたりはしない。それに、この“吸血鬼の川流れ”をやると非常に疲れる】
 そんなEDと子爵の会話を、蒼い殺戮者の声が遮る。
「移動の準備が完了した。続きは移動中に話すべきだ」
 一同は、丘の上へ向かいながら、今後の方針を相談することになった。

214:灯台へ向かう前に(4/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:40:18 Wo0dHkq9
 列を成し、濃霧を突っ切る一団に、統一感は微塵もない。
 先頭は子爵でEDが二番手だ。最後尾では蒼い殺戮者が風見を運搬している。
「では、灯台以外の拠点候補地について意見する」
 背後にも注意を払いながら、蒼い殺戮者は言う。
「C-6にある小市街は、島の中心部に近く、すぐそばに道があり、作戦行動に向いた
 立地条件を備えている。このような要所には参加者が集まりやすい。そんな場所で
 今まで生き残り続けている者がいるとすれば、戦闘能力の比較的高い参加者である
 可能性が高い。戦力外の人員を護衛しながら向かいたい地点ではない」
 念入りに左右を警戒しながら、EDは溜息をついた。
「やはり、行き先には灯台を選ぶしかありませんか」
 遠くまで歩を進める余裕はない。しかし、港町も小市街も安全だとは言い難い。
 丘の上や森の中では、風見を充分に休息させられそうにない。
 灯台と港町の間に難破船があると地図には記されているが、そこも麗芳が探索すると
言っていた場所だ。危険度は灯台と変わらない。
 意図的に感情を排した口調で、EDは語る。
「仮に麗芳さんが殺されていたとしても、殺人者と相討ちになったかもしれないなら、
 灯台の様子を見てくるだけの価値は充分にあります。移動の際に速度を優先するのか
 警戒を優先するのかは、放送を聞いてから決めましょう」
「同意する」
【妥当な案だろうね。無論、この会話が杞憂に終わるなら、それが一番いいわけだが】
 何の根拠もなく状況を楽観視するほど、この一団は呑気ではなかった。

215:灯台へ向かう前に(5/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:41:05 Wo0dHkq9
 そうこう話しているうちに、一同は丘の上へ到達していた。
「覚……」
 風見の寝言に、三名がそれぞれ意識を向ける。
「仲間の夢を見ているようだ」
 蒼い殺戮者の声には、兵士らしからぬ揺らぎが、かすかに含まれていた。
【風見嬢の仲間は、無事でいるのだろうか】
 子爵の血文字は、どことなく憂いを帯びているように見える。
「放送が始まっても目覚めないようなら、そのまま彼女には眠っていてもらいましょう」
 EDの提案に、誰からも反対意見はない。
「……だからエロス全開の言動は慎みなさいって言ってるでしょ!?」
 不意に風見が叫び、空中に向かって拳を突き出した。
 すさまじい寝言と寝相だったが、三名ともそれは無視した。

216:灯台へ向かう前に(6/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:42:09 Wo0dHkq9
【B-7/かつて小島だった丘の上/1日目・17:59頃】
『奇妙なサーカス』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナの捜索/風見の看護
    /第三回放送後に灯台へ移動する予定/麗芳のことが心配
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    /EDらと協力してこの『ゲーム』を潰す/仲間を集める
    /第三回放送後に灯台までEDとBBを誘導する予定
    /DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    アメリアの名前は聖から教えてもらったので知っています。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

217:灯台へ向かう前に(7/7) ◆5KqBC89beU
06/06/23 20:43:05 Wo0dHkq9
【風見千里】
[状態]:風邪/熟睡/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/朝食入りのタッパー/弾薬セット
[思考]:BBと協力/地下を探索/出雲・佐山・千絵の捜索/とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、今のところ異常なし
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力/しずく・火乃香・パイフウの捜索/脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
    /第三回放送後に灯台へ風見を運ぶ予定

218:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(01/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:33:08 ysLYb8YC
「ここ……です……」
震える指が、男子トイレの奥を指差した。
もっとも、指差す必要は無かった。
そこまで案内された時点で、転々と続く滓かな血痕はそこへと続き、
周囲にはまだ乾ききらない濃厚な血の匂いが漂っていたからだ。
「男性用の厠ですか。では私が……」
「こんな時にそんな事を意識してどーすんのよ。固まって動くわよ」
一人で踏み込もうとした保胤をリナが制止する。
「それに、男性というなら私でも良いだろう。
 検視もしなければならない、先に入るとしよう」
そう言ってメフィストがすたすたと踏み込んだ。
「あ、待ちなさいよ!」
続いてリナが。慶滋保胤、藤堂志摩子、海野千絵がその男子トイレに踏み込んだ。
その5人が、この地下の死体を検分に来た総勢だった。
集団の残り4名はこのマンションの屋上で別の死体を検分している。
「ふむ、これが佐藤聖が殺害したという青年か」
メフィストは男子トイレの床に屈み込み、その青年の死体を検分していた。
メフィストの言葉に志摩子はキュッと歯を噛み締める。
義姉のした罪から目を逸らすまいとするかのように。
「右腕はどこだね?」
「その……その人は、ここに現れた時、既に右腕を無くしていて……
 聖の付けた傷は、首筋の切り傷だけだと……」
千絵は途切れ途切れにその時の事を語った。
恐怖とトラウマは根強く残っていたが、それでも何とかパニックを起こさずにいた。
メフィストの姿を見ているおかげで。
魔界医師メフィストの絶世の美貌はそれそのものが最高級の秘薬なのだ。
魔界都市においては末期癌の患者さえ彼を一目見ただけで自然快復を達成する。
「…………なるほど」
僅か数秒の検分を終え、メフィストは天上の音色もかくやという呟きを発した。
その呟きも彼女を抑える一欠片だ。
だからメフィストは海野千絵と共に行動していた。

219:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(02/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:34:08 ysLYb8YC
「死因は出血死。だが、首筋のそれが決定的とは言えないだろう」
「それはどういう事ですか?」
志摩子が尋ねる。
「ここまで生きていただけで奇跡的という事だ。
 右腕切断、胸部は銃弾により重要器官が複数損傷、両足骨折、背部に裂傷、その詳細は……」
メフィストが羅列する傷の数々に皆が息を呑んだ。
その傷は人を3回は殺してお釣りが来るだろう。
「これに首筋の切り傷が加わらずとも数分と保たずに絶命していただろう。
 死ぬ前に私に出会っていれば話は別だっただろうが、私はこの地に居なかった」
どう足掻いても生き残る見込みのない致命傷の数々。
聖の行為は安楽死を与えたと見る事も出来る。
「ですが、それでも……」
「そう、死の最終的原因が佐藤聖で有った事は変わらない」
聖が自らの意志で人を殺めた事実は変わらない。
聖がその時にどんな事を考えたのかは判らない。
しかし吸血鬼として暴れ回った事実から見るに、それが如何なる優しさから来たものでもない事は明白だった。
「聖お姉様……」
聖の殺害を決意しても、それでもなお、いや、それ故に聖への想いは変わらない。
その大切な人が犯した殺人の痕跡は志摩子の胸を締め付ける。
「それで、その後はどうしたの?」
「その後……?」
「この男を殺した後よ」
リナの問いに海野千絵は少し記憶を掘り返し…………

フラッシュバック。
「佐藤さん飲まないの? おいしいのに」
四つんばいになってぴちゃぴちゃと青年の血を啜る千絵は、
壁や路面にこぼれた血も丁寧に舐め取っていった。
舌に広がる極上の美味。鼻腔に充満する芳醇な芳香。
壁や路面なんて汚いのにそれさえも浅ましく舐め取った。
勿体ないからペットボトルの中に血を詰めて持ち運んだ。

220:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(03/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:34:51 ysLYb8YC
聖にそれを勧めまでした身も心も染まりきった吸血鬼の思考。
忌まわしい美味。怖ろしい芳香。
おぞましくておぞましくておぞましくておぞましくておぞましくておぞましくて

「ちょっと、どうしたのよ? その後、どうしたの?」
「ぁ……」
声が漏れ。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
それに繋がって絶叫が迸った。
「な……」
「千絵さん!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
まるで地の底から吹き出すかのように溢れる絶叫。
その中を繊手が伸び、千絵の目の前でピタリと止まった。
「落ち着きたまえ」
「アッ」
それだけで千絵の悲鳴は始まった時と同じく唐突に止まった。
だがそれでも、響いた悲鳴の残滓は衝撃を残す。
「ふむ、やはり吸血鬼であった時の記憶は大きなトラウマとなっているようだ」
千絵は粗い息を吐き、その瞳は恐怖と罪に濁っていた。
痛ましくてとても見ていられず、保胤は提案する。
「メフィストさん、吸血鬼の記憶を消せるならそうした方が良いのでは?
 このままでは彼女があまりに不憫です」
「常ならそれも一つの療法なのだがね」
だが、そうも行かない理由が有った、
「まず、美姫は彼女にこう言い残したという。
 『次に私に会った時、記憶を失っていれば殺す』と」
千絵がびくりと反応する。
それは誰の目にも明白な恐怖だったが、実はもう一つの言葉を隠している怯えでもあった。
『だが、おまえが私を見つけだして望んだならば、再び吸血鬼にしてやろう』
(そんな事、望まない)

221:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(04/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:35:30 ysLYb8YC
当然だ、あんなおぞましい存在に立ち戻るなど考えただけで吐き気がする。
それでもその条件を他の者達に言えないのは単に疑われないためでしかない。
……そのはずだ。
「もちろん、我々で彼女を護る事は出来るだろう。
 だが積極的な敵を増やすという問題も有るせいか、彼女はそれを望んでいない」
千絵は記憶を捨てる事を望まなかった。
ならば医師としてそれを行うわけにはいかない。
「加えて我々としても彼女から得られる情報は貴重なのだ。
 それは判ってもらえるだろう?」
「それはそうですが……」
保胤には心に深い傷を負った少女の傷を抉って利用しているように思えてならない。
本人も許しているとはいえ、それが耐え難い苦痛である事は明白なのだ。
「…………良いんです」
保胤の迷いに気づいたかのように千絵が呟く。
「だって、私はあんなにおぞましい事をしていた。
 アメリアと誓ったはずなのに、そのアメリアの死すら……裏切って……
 こんな事くらいで赦されるはずもないけど……」
それは一見すると前向きな進歩に取れるが、その実は前方への逃避だ。
罪の意識や恐怖から逃げる方向が前であるにすぎない。
それでも怯え震えながらも言葉を紡ぐ千絵を見て、リナは彼女に問い掛けた。
「……アメリアについて、訊いても良い?」
「リナさん!!」
「吸血鬼になる前の話だけで良いわ」
保胤の制止にリナは注釈を付け足す。
リナにしても彼女が不安定で危険な状態という事は見て取れる。
だから慎重に行った問い掛けに、千絵はゆっくりと頷いた。
「アメリアは、私がこのゲームで最初に出会った……参加者よ。
 ……開口一番で正義の為に戦いましょうなんて言い出した時は驚いたわ。
 だけど……すぐに、友達になれた……」

222:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(05/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:36:09 ysLYb8YC
「こんなゲームの中なのに?」
アメリアは判る。そういう娘だ。
だが目の前の、錯乱状態でなければ理知的な少女がすぐにその友達になった事に少し疑問を抱く。
返ってきた答えは簡潔なものだ。
「正義の為に悪と戦うのは当然の事だと思うわ」
剰りに簡潔なその返答に考えを改める。
彼女は一見理知的で知性派でも有るようだが、その根っ子はアメリアに極めて近しい。
「あなたの事も、アメリアに聞いていて……」
ぽつりぽつりと彼女と居た僅かな時間を語る。
その時間は過酷なゲームの中でも希望を見出した物だっただろう。
「でも……」
その続きに何が来るかに気づき、端で聞いていた志摩子は身を強張らせた。
「そこで、聖が来た」

「聖はいきなり襲ってきて……最初は私が狙われたけど、アメリアが助けてくれて……」
「アメリアは、それでやられたの?」
「いいえ」
千絵は頭を振った。
「アメリアはすぐに対応して……聖は、すぐに倒された」
「え……どういう事?」
アメリアは聖に襲われ殺されたのではなかったのか?
千絵は話を続ける。
「アメリアは聖に勝ったけど、聖が吸血鬼になっていた事に気づいて……
 その……『今なら私でも治せるかもしれない』って言って…………」
リナはようやく何が起きたかを理解した。
「でもその途中で聖が目を覚まして……アメリアを、剃刀で……!!」
そしてその後、千絵も聖に噛まれて……
「彼女はそれで死んだのかね?」
「判らない……判らない……!!」
メフィストの問いに返る答えはうわごとのようだ。
それはおぞましい時間に入る僅か一歩前の惨劇の記憶なのだから。
「あのままだったら……それで死んだとしてもおかしくないと思う……」

223:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(06/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:36:45 ysLYb8YC
そう、とリナと志摩子は頷いた。
それは確定ではなかったが、殆ど確定に近い事実だった。
アメリアは佐藤聖によって殺された。
「………………あの子らしいわ」
憎しみよりも悲しみや切なさが沸き上がり、まるで呆れたような言葉を紡ぐ。
アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンは本当に『彼女らしい』正義感のままに動き、
それにより仲間を作り、敵を撃退しても殺せず、人を救おうとして散った。
アメリアはこんな残酷なゲームの中でも変わらなかった。
だからリナは誰にも届かない声で小さく、本当に小さく呟いた。
それは彼女への手向けの言葉。
「あなたは間違ってなかったわ、アメリア」
―その言葉が届く先は、もう無い。


「そろそろ戻るとしよう」
メフィストは名も知らぬ青年の死体をシーツで包むと言った。
「上の組も今頃は死体を回収しているだろう。
 墓は作ってやらねばなるまい」
その為に彼らは死体を回収した。
目を覚まし、何とか正気を維持する千絵の言葉によって判明した地下の死体と、
合流の間際にシャナを捜したダナティアの透視に掛かった屋上の死体。
この二つを回収し、検分し、坂井悠二の死体に加えて埋葬するのが彼らの目的だった。
メフィストが先頭に立ち、リナが殿。
保胤、志摩子、千絵を中心に帰りの途に着く。

その短い帰途の途中で、千絵は何気なしに呟いた。
「聖は、あなたの姉だったの?」
「はい。義理の姉です」
志摩子は応える。
彼女もまた、本当なら深い傷を抱えた少女だ。
だけども、彼女はそんな中でも相手を気遣う。
「……辛いならお姉様の事も思い出さないでください。まだ、苦しいのでしょう?」

224:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(07/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:37:22 ysLYb8YC
その通り、千絵は思い出したくなかった。
吸血鬼であった時のおぞましい記憶に蓋をして忘れてしまう事が出来ればどんなにいいか。
しかし、それは出来ないのだ。
美姫の言葉に怖れ揺らぐが故。
罪の意識から何かをしなければいけないと思うが故。
彼女が吸血鬼であった時の情報には重要な物も含まれていただろう。
まだ20時間も経っていないこのゲームの中で、半日以上も過ごした時間なのだから。
そう思うと、せめて全てをぶちまけるまでは忘れる事もできない。
その意識が何度も何度も彼女の記憶を掘り返す。だから。
「色々、どうしても思い出してしまうから……黙っているのも辛いの。
 ……話せる事は、聞いて欲しいわ」
その方が気が紛れると言われれば志摩子も聞かざるをえない。
そもそも志摩子も聞きたいし、聞かなければならないとも思っている。
最愛の義姉と戦う事を決意したのだから。
「……判りました。私で良ければ、聞かせてください」
「それじゃ……」
千絵はぽつりぽつりと話し出した。
聖と遭遇した時の事。聖の語った言葉。
聖にとって忘れられない少女、栞の名を呼び求めた事。
自らに関わる事は出来るだけ意識の外に出して触れないようにしながら、
佐藤聖の事だけを出来る限り多く語った。
聖を(邪悪にも)煩わしいと考え出すその前まで。
それ以上は彼女にとって最大の罪に差し掛かる。
自らの仲間である聖さえも『煩わしいから切り捨てよう』と考えた挙げ句に、
アメリアの仲間のリナを、アメリアの情報を餌に餌食にしようと罠を張り、
結果としてその仲間のシャナが聖の毒牙に掛かったあの出来事。
名も知らぬ青年の血を浅ましいまでに啜った事と並ぶ、彼女の最大のトラウマだった。
思い浮かべるだけで怖れて、怯えて、叫いてしまう。
「…………これで、話は終わり」
それが判っていたから、半ば無意識に触れないようにその前に話を打ち切った。
話はそれほど長いわけではなかったが、それでも帰り着くには十分だ。
『上の組』がまだ帰らない一室で死体を置いて帰りを待ち、言葉を交わす。

225:ロスト・ライブス(悼む傷痕)(08/16) ◆eUaeu3dols
06/06/24 03:38:24 ysLYb8YC
「そうですか。…………ありがとうございました」
志摩子は礼を言い、千絵の話を反芻する。
聖がどのように生き、苦しみ、楽しみ、堕ち、栄えていたか。
聖は確かに吸血鬼だろう。
最早、人の倫理は忘れ去り、自らの喜びの為に奔放に任せて生き遊ぶ。
血に飢えてアメリアを殺め、更に千絵を毒牙に掛けた。
理由は判らずも死にかけた青年にとどめを刺した。
闇に生き、ダナティアの仲間だという少女シャナにも牙を突き立てた。
その生き様は最早佐藤聖で在るべきものではない。
なのにどうして……
(なのにどうして、お姉様なの……)
血に飢えて倫理を忘れた『吸血鬼になった』事。
聖の変化はその一言で片づいた。
他は何一つ変わっていない。
勿論その一言が人の善性を尽く否定しつくし塗り替える悪しき一言なのは間違いない。
しかし言葉にすると、あまりに短くて呆気ない一言になってしまう。
「聖お姉様……」
戦わなくてはいけない。
戦うつもりだ、人間だった聖と共に生きた人間である志摩子として。
だけど……
(……私は、本当に戦えるの?
 聖お姉様を………………………………殺せる、の?)
物理的な圧倒的戦力差は問題ではない。
志摩子の心には迷いが芽生えつつあった。

もう一人、彼女達の話を耳に挟み、思い悩む者が居た。
彼は藤堂志摩子に問い掛ける。
「藤堂さん。…………島津由乃さんには会いませんでしたか?」
「……いいえ。由乃さんはそもそも、最初の放送で名前を呼ばれて……
 まさか、その前に由乃さんに会ったのですか?」
「そういうわけでは無いのですが……」


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