ラノベ・ロワイアル Part8at MAGAZIN
ラノベ・ロワイアル Part8 - 暇つぶし2ch100:メロンパン(8/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:07:15 83Ikd83b

      * * *

「………………」
シャナは受け取ったメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプのメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
奇跡的に完全な気密を保った上に潰れてもいなかったメロンパンは、
シャナの大好きなカリカリという食感をしっかりと残し、
口の中に入ってすぐにメロンパン特有の甘い香りが鼻腔まで立ちこめた。
この香料臭さの無い自然な甘い香りもシャナが重視するポイントだ。
咀嚼すれば甘い味が口内いっぱいに広がって、香りと相まった適度な甘さを堪能する。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとりとしたパンが生み出すモフモフという食感が返り、
柔らかで落ち着いた甘みとパン生地の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
(早く、食べないと)
本当はもっとゆっくり味わって食べたいけれど、こんな霧の中ではパンはすぐに湿気てしまう。
二口、三口、四口……もう、湿気出した。
どういうわけかしょっぱさまで混じり始めている。
(潮風のせいだ)
ここは島だ、潮風が吹いて来てもおかしくない。
きっとそうに違いない。
湿気始めたメロンパンが不味くなってしまわない内に食べてしまおうと、
カリカリ、モフモフと、囓って、かぶりついて、メロンパンを平らげていく。
(いつもみたいに、笑顔で)
だってメロンパンを食べている時はいつも笑っていられた。
“育ち故郷”である天道宮に居る頃に養育係であるヴィルヘルミナがくれていた頃から、ずっと。

101:メロンパン(9/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:08:20 83Ikd83b
(笑って……)
“育ち故郷”である天道宮を出た時のメロンパンも、旅立つのだと笑う事が出来た。
悠二と出会う御崎市に辿り着くまでの戦いの日々でも、メロンパンを食べる時は笑う事が出来た。
御崎市について、悠二に出会ってからは……
もっともっと、心の底から満足感を溢れさせて笑っていられた。
幸せの象徴だ。
今、こうしてメロンパンを食べている間は笑ってないと嘘だ。
(だから、私は泣いてなんかいない)
そう言い聞かせる。
湿気たのは霧のせいで、しょっぱいのは潮風のせいだ。
(ぜったいに、涙なんかじゃない)
「う……うう…………」
せっかくの、悠二に貰った、悠二が残してくれた、とびっきりのメロンパンなのに、
もうカリカリでもモフモフでもなくて、味も香りも何も判らなくなっている。
だけど残すなんて出来るわけがない。
もう悠二は居なくて、だからこれが悠二がくれる、最後の―
「……う…………ひっく…………」
ビショビショにふやけてしょっぱくなってしまったメロンパンを、必至になって呑み込む。
顔の表情を出来る限り笑顔にしようと引きつらせる。
「私は……泣いてなんか……」
口に出して自分に言い聞かせようとする。
「泣いて……なんか…………」
止まらなかった。
「あ…………」
既にひび割れ、折れていた心は、今度こそ完全に―

「わあああああああああああああああああああああああああぁっ!!」

決壊した。




102:メロンパン(10/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:09:46 83Ikd83b
(そう。悠二は……死んだ)
裂かれた死体を見て。
殺人者に遭遇して。
放送を耳にして。
遺品を手にして。
完膚無きまでにそれを理解した。理解させられた。
(悠二が……死んだんだ……)
何よりも大好きだった少年はもう居ない。
そこにある残滓さえ、日を経れば全て消えてしまう。
紅世の関係者以外の全ての記憶から消え、死体や戸籍も消えていく。
後には何も残らない。
何かを遺す事さえできない。
(そんなのイヤ)
悠二の死体が包まれたマントを見つめると、心の奥から声が響いた。

―血を啜れ

(……いっそ、それでも良いのかもしれない)
もしも悠二の血を吸えば、悠二の何かを遺せるだろうか。
もしも悠二の血を吸えば、その力で零崎を捜し出して殺せるだろうか。
それは彼女、フレイムヘイズが戦ってきた悪、紅世の従の所業。
フレイムヘイズになるものとして生まれ、フレイムヘイズになる事を選び、
フレイムヘイズとして生きてきた彼女にとって死よりも最悪の行為。
だが同時に、一人の少女であるシャナは彼を求めていた。
強く、同時に弱いシャナのその弱さは、行為を求めていた。
(アラストールの声は聞こえない。
 冷静なテッサは死んでしまった。
気高いダナティアでもテッサを守れなかった。
ダナティアの大切な仲間だというサラも死んだ。弔詞の詠み手も、死んだ)
咎める者も救う者も居なくなった。
全ての偶然が悪意を持ってシャナを追いつめた。
遂にシャナは悠二を包んだマントに屈み込み……

103:メロンパン(11/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:10:38 83Ikd83b
「―シャナ。君は坂井悠二を二度殺すのか?」
ベルガーが食い下がった。
セルティと保胤、そしてベルガーがその行為を否と言う。
「二度、殺す……?」
悠二はもう死んでいる。なのに何を……
「彼の遺志が残っています」
「遺志……?」
保胤の言葉が虚を突く。
「こいつは、誰かに殺された場合の事さえ考えていた」
ベルガーは“二束目”をシャナに投げ渡した。
「このゲームを打破するために出来る事は無いか。
 そう考えて……死ぬまでに自分が考えた事、通った道筋すら、
そのレポートには全部書き込んである」
「ぇ……!?」
このゲームが始まってから死ぬまでの間に悠二がどんな道筋を辿り、
どんな事を考え、どんな人と出会ったかが、全て記載されたレポート。
物語と禁断の記述以外の全てが記載された二束目。
「悠二が何を考え、何を託したかはそれを読めば判るはずだ。
 ……そこに込められた想いを、殺しちゃいけない」
それは悠二から遺された何かと、ベルガーの言葉。
その二つはシャナに浸み入り、励まし、支え、叱咤する。
挫けるな。
立ち上がれ、前に進め、まだおまえは終わっていない。

「ありがとう、ベルガー。保胤にセルティも、ありがとう」

シャナは本当に心から礼を言った。
心配してくれた、気遣ってくれたベルガーと仲間達に。

「でも……ごめん」


104:メロンパン(12/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:12:06 83Ikd83b
シャナはベルガーの思いやりに感謝すると同時に、怖れた。
ほんの数十秒前、シャナは完全に吸血衝動に身を委ねていた。
もう耐えられず……ベルガーの血をも求めてしまうかもしれなかった。
悠二以外の誰かに助けられることまでも恐かった。
悠二を失って苦しんでいるのを悠二のせいだと言ってしまうようで嫌だった。
「悠二は置いていく。……埋葬して」
血塗れの悠二を見る度、未練と欲望、衝動が膨れ上がる。
自分が壊れていく。悠二を汚していく。
だから辛うじて、それを認めた。
「置いて……いく? おい、シャナ……」
だけど、レポート一束じゃあまりに心細かった。
だから……
「ダメだ! 待て、シャナ!」
悠二の遺体に近づこうとしたベルガーの一瞬の隙を突き、シャナは信じがたい速度で駆けた。
狙いは一つ、坂井悠二のデイパック。
理性的判断などではなかった。
単に悠二の物を一つでも多く持っていきたかった、それだけだ。
目の前にセルティが、保胤が立ち塞がる。
シャナは贄殿遮那を抜き放ち、セルティへと叩きつける!
セルティはそれに反応しギリギリで鎌の柄だけを作り受け止め……
(峰打ち……!?)
斬るためではなくはね除ける為の打撃は重く、セルティの体を吹き飛ばす。
保胤もセルティの下敷きとなり道が開いた。
シャナは半ば裂けたデイパックを僅かに残された中身ごと抱え、飛んだ。
跳躍ではない真上への飛行だ。
炎の翼を翻し、一気に上空へと舞い上がる。
『待て、シャナ!』
「待ちなさい、シャナ!!」
幾つもの声を振り切り、シャナは霧の夜へと消えた。

     * * *


105:メロンパン(13/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:12:51 83Ikd83b
悠二のデイパックの中に残っていたのは血に濡れた食料だった。
袋が破れ血を吸い込んだメロンパンが5つ。
同じく袋が破れた、血に濡れた保存食が3食分。濡れてない物が2食分。
元々は更に有ったのかもしれないが、穴の空いたデイパックに残っていたのはそれだけだった。
(これ……全部、悠二の血…………)
悠二の何かを求める想いと煮え滾る吸血衝動が混ざり合いつつあった。
僅かに正気を取り戻した心は吸血を否定する。
悠二から血を吸いたくなくてデイパックだけを持ってきたのだ。
悠二の血に堕落しないその為に。
なのに目の前には悠二の血に濡れた食料が有った。
(考えればすぐ判った事じゃない)
血塗れで破れたデイパックの中に血塗れの食料が回収されずに残っていた。
それは起きて何の不思議も無い事だ。
(早く、捨てなきゃ……)
悠二の血を見ていたら、その匂いを嗅いでいたら、その水音を聴いていたらダメになる。
血に触れてしまい、すくって飲んでしまいそうになる。
その味に堕ちてしまいそうになる。
だから捨てよう。そう思い、しかし―
(死人の血でも、ダメなの?)
―迷いが過ぎった。
かつて出会った“屍拾い”ラミーを思い出した。
死者の力だけを集め、世界に影響を与えない無害な紅世の従。
シャナとアラストールは害の無い存在だとして逆にラミーを守りさえした。
(あんな風に、誰にも迷惑をかけなければそれでいいじゃない。
 フレイムヘイズの役目は世界の歪みを正す事、化け物を狩る事じゃない)

弱った心に、その甘えが染み込んでいった。

甘い、あまい、アカイ誘惑が染み込んでいった。




106:メロンパン(14/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:13:42 83Ikd83b
シャナは取りだしたメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプの……赤く濡れたメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
包装が破れ斑模様に血を吸ったメロンパンは、カリカリという食感を僅かに残してくれた。
口の中に入ってすぐに濃密な血の匂いが鼻腔まで立ちこめた。
濃密すぎる血の香りは、それが悠二の物だと思うと悲しく、なのに愛おしかった。
咀嚼すれば血の味混じりの甘い味が広がって、自分が何を食べているのかが判らなくなる。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとしとしたモフモフという食感に時折ニチャニチャという嫌な響きが混じる。
柔らかで落ち着いた甘みと濃厚で鉄の味のする血の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
今ではカリカリにもモフモフにも血の嫌な、なのに気にならない食感が混ざる。
悠二はもう居ないけれど、悠二の血の味はシャナを甘く慰めてくれた。
(まるで悠二がギュッとしてくれているみたいで……)
ふと気づくと手が真っ赤に染まっていた。
口元も血だらけだった。
メロンパンに付いていた血が付いたのだ。
それだけだと判っていて、でも……悲鳴をあげた。

シャナはまだ、メロンパンを笑いながら食べてはいなかった。

     * * *

少しだけ、別の話をしよう。
坂井悠二の、最後の不幸についての話だ。
坂井悠二の最大の不幸は、シャナに巡り会う事も出来ず殺された事だろう。
だがその不幸は死後にもう一つ追記される事となった。
それは悠二がシャナの為に想いと優しさを篭めて遺した物が、
少女を奈落に突き落とす最後の一押しとなった事だった。

107:メロンパン(15/15) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:15:54 83Ikd83b

そう、少年と少女は運が悪かった。
そうとしか言い様が無いほどに運が悪く、全ての偶然に牙を剥かれた。
「…………帰ったのか、ダナティア」
「ええ、一歩遅くね」
ダナティアは帰還した。
近くまで来た時点で透視で霧の向こうを見据え、仲間達の居場所を確認。
その状況が危急である事に気づき、転移で帰還するも……間に合わなかった。
『…………あと少しが、届かなかった』
ダナティアの胸でコキュートスは悔やみの言葉を発した。
それはアラストールにとって珍しいことだ。
それでも思わずそんな言葉を発していた。
少しして、背後の茂みを掻き分け更に数名が顔を出す。
リナ・インバース。
彼女に担がれた意識不明の海野千絵。
魔界医師メフィスト。
藤堂志摩子。
竜堂終。
もし霧が晴れていれば何らかの手段で追跡が出来たかもしれない。
もしリナの帰還がもう少し早ければ、高速飛行魔法で追えたかもしれない。
もしダナティアの帰還がもう少し早ければ、幾つかの対策は有った。
コキュートスを渡し安静を計っても良い、メフィストの治療を受けさせても良い。
その要因はどれも一つ違えば結果が違ったものだ。
海野千絵に逃げられなければリナはシャナを止めるのに参加し追跡を行えた。
美姫と出会わなければリナはもう少し戻っていた。
そしてそれはダナティアにも同じ事が言える。
小早川奈津子のバクテリア騒ぎが無ければ、誰かが志摩子を抱えて急ぐ選択肢が有った。
もし、もしも。
幾つもの、無数の仮定。
だが届かなかった今となっては―その全てに意味が無かった。



108:メロンパン(1/報告3) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:16:56 83Ikd83b
【F-5/森/1日目・18:30】
【大集団】
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG-1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:悠二を埋葬する/シャナを助けたいが……見失った。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


109:メロンパン(2/報告3) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:18:14 83Ikd83b
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける




110:メロンパン(3/報告3) ◆eUaeu3dols
06/04/19 19:19:51 83Ikd83b
【F-5周辺/??/1日目・18:30】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼状態突入。吸血痕と理性はまだ有り。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分、濡れていない保存食2食分、眠気覚ましガム
    悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:せめて人を喰らう事はしないように
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生するが、その分だけ吸血鬼化が進む。
     吸血鬼化はいつ完了してもおかしくない。

111:イラストに騙された名無しさん
06/04/25 12:47:48 6UAQBNRn
保守

112:イラストに騙された名無しさん
06/04/30 03:07:17 gfE0yPi5
保守

113:イラストに騙された名無しさん
06/05/02 17:49:20 bJwR3I7P
スレ・保守

114:イラストに騙された名無しさん
06/05/02 22:38:44 RkqRvOWJ


115:灰色の虜囚(1/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:13:18 yA03YTWi
 名も無き小さな島がある。
 何処とも知られぬ偽の“海”に浮かぶ奇怪な島だ。
 内部に囚われた者達にとっては、まさしく呪われた島ともいうべき場所だろう。凄惨な殺し合いを
強要され、それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
 その島の南部の平原には城が建っている。石造りの堅固な構造をしており、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもので、その点だけ見ればこれを城と称するのに何の不足も無い。しかしその一方で、
周囲に重要な施設があるわけでもなく、島の交通の要衝にもなりえないこともまた、明白な事実だ。
あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。この不釣合いが、島の他の施設と同じく、
見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
 すでに日没が近いが、陽の光は深い霧に阻まれて届かず、薄闇の中にぼんやりと浮かぶ城を訪れる者は
誰もいない。その内部を動き回る者もおらず、すべての部屋が静寂に満ちていた。だが、まったくの無人
というわけではない。
 二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
 少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。部屋の明かりは
点けられておらず、その姿が定かではない中で、ただ、額の額冠(サークレット)にはめこまれた
深紅の宝石だけが、怪しい光を放っていた。

                    ○


116:灰色の虜囚(2/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:14:22 yA03YTWi
 カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに、睡眠をとり始めてから、4時間が経過していた。
 現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った者のほぼ全てから敵対視
されており、しかも、そのうち幾人かには正体が露見している。情報の提供者もおらず、遠見の水晶球
すら持たない以上はカーラ自身が参加者たちに接触していく必要があるが、雨に続く濃い霧に阻まれて
城外へ出る決心がつかずにいた。
 天候を操作するという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラの行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉
の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
 結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。18時の放送も近く、安全な
場所で考えを深めるというのも悪くはないように思えたからだ。
 カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
 まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息によって疲労からはほぼ回復したと
いっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に身体上の問題は無い。
 だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、呪文の詠唱に要する精神力の増大には気付いていたが、
今思えばそれだけということは無いように見える。
 少なくとも、この場にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は使えまい。そもそも、この世界の
夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島の“外”から内へと物質の移動を行うことは、
その逆と同様に許されないだろう。
 もっとも、これなどは大した問題ではない。原因と結果が十分に予測可能だからだ。
 むしろ、以前の戦いにおいて〈魔法の縄〉が破られたことの方がはるかに重要な意味を持つ。あの時、
巨人族の力をもってすら逃れることのできない束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の
呪文は、その効果を減じることの無いまま発動している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に
特定の呪文だけが効果を表さないという可能性を常に意識しておく必要があるということだ。

117:灰色の虜囚(3/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:15:14 yA03YTWi
(身体的な能力にはそれなりに期待できるとしても、魔法については注意が必要。
 そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)
 例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、
器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、―あたかも参加者たちの如く―そこに何らかの手が加えられている可能性もありうるの
ではないだろうか?
 傍証は有る。本来、器となる肉体を持たずしてはカーラとて何もできない。しかし、この世界では、
付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終や福沢祐巳は額冠を装着し、その肉体を
支配されることとなった。このゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも
留めていなかったが、ならば、他の部分にも彼らの都合で手が加えられていたとしも何の不思議も無い
はずだ。
(そう、それこそ……)
 記憶の欠如や“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由ですら、そういった作為
―都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環―の結果であるのかもしれない。
改竄された記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう―それが可能ならばの話だが。
(あの神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
 そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。
 どのみち確かめる方法は無い。参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に
反応して呪いが発動する恐れがあるからだ。
 それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことをカーラはある一人の戦士に
よって何度も思い知らされている―もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる
気は無いが。
 依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。

                    ○


118:灰色の虜囚(4/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:17:18 yA03YTWi
 放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
 カーラの正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに
健在であり、依然として状況が好転したとは言い難い。
 ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だった。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
 神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、
正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に
挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれる保証もない。
終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことにでもなれば、カーラにとっても
危険な存在になりうる。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく必要があるだろう。
(“人”よりも“物”の方が扱いやすい……そう、例えば、“魂砕き”ならどうかしら?)
 魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加え
られるかもしれない。
 もちろん、自分を傷つけられるような武器をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくいし、
少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしているはずだ。だが、黒衣の将軍の名が
名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無い。もし、存在するなら、それを振るう手とともに
早急に確保すべきだろう。
 同様に、役に立ちそうな物品があればなるべく手に入れ、その機能を把握しておきたいところだ。
有用な品を自分に都合良く動いてくれる参加者にわたしていくというのは、事態を望ましい方向へと
動かすのには十分に有効な手段となる。

119:灰色の虜囚(5/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:18:11 yA03YTWi
(けれど……)
 カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、
“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけの
ことだろう。
 結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。古代語魔法にも、呪いを含む一切の
魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには刻印をなした者の魔力を
打ち破る必要がある。
 だが、それは不可能だ。
(……ならば鍵は十叶詠子)
 彼女は神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいるようだった。
加えて、―“法典”とか言っていたか―ダナティア同様に参加者を結集させて、神野やアマワに
相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を知り、いずれ
敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。
(もっとも、先程の放送で名前を呼ばれなかったとも限らないのだけれど)
 ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなっており、出発しても良い頃合のように思えた。
 カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、
魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものというわけではないが、なまじ魔法の知識が
ある者が相手ならば目くらましにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
 上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の
呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの
意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。

120:灰色の虜囚(6/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:20:04 yA03YTWi
 それに気づいたのは、城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたときの
ことだった。笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
 開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には自分
しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に到達
しておきたかった。
 一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。
厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ
妖魔の姿を。
 カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを降りれば
よいが、その前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖(ワンド)を振り上げ、呪文の
詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」

                    ○

 放送から十五分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
 そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が
倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。組んでいる者の人数が減れば、裏切りや
外部からの攻撃に晒された際の危険度はその分増すことになる。それこそ、ついにクエロが裏切って、
二人を殺害した可能性すらあるのだ―もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないとも
思えたが。
 いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
木々の精霊(エント)の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色に
まぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。

121:灰色の虜囚(7/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:20:58 yA03YTWi
 だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
 まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)
彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。次に、城内を探索し、拠点と
することを諦めたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、そこにアシュラムがいる可能性も、
これから訪れる可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では探索も休息も危険すぎてできたもの
ではない。
 ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の
状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖魔よ」
 突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を
探るが誰もいない。
 当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖魔”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
 投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱える時間を稼ぐつもりのものでしかないはずだった。
しかし、それに対する返答を、ピロテースは無視するわけにはいかない。ピロテース自身はロードスに
ついて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当にかの島の出身者なのか、
それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」
 返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具による
ものなのかは分からないが、おそらく相手にはこちらの姿が見えている。それならば、こちらから姿が
見える場所にいるほうが対処もしやすいはずだ。
 ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの
床が立てる音は次第に高くなり……

122:灰色の虜囚(8/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:22:20 yA03YTWi
 姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、まるで
四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
 ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手
である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は
使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
 けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
 内心の動揺を悟られまいとするピロテースの努力を見透かしてか、少女はうすく笑んで後を続けた。
「もし、そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
 限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
 身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
 もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
 少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
 『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
 それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
 現況について調べてくれればそれで十分」
 “十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明によれば、係わり合いになる
のはかなり危険な手合いとのことだった。ならば、その身の安全を確保しようとする目の前の少女もまた、
自分にとっては警戒すべき人物ではないのか? はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?

123:灰色の虜囚(9/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:24:04 yA03YTWi
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
 結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
 こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保は
その元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも見えるが、積極的に動く必要が無いことを
考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について―」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
 拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
 でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
 ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めて、ピロテースは怒気をはらんだ視線を少女に向けた。
一方の少女といえば、それをひるみもせず受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
 数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……
「私、は―」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
 沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
 私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ」
「先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
 最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
 藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」

124:灰色の虜囚(10/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:25:01 yA03YTWi
 ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに
対する怒りは深く、容易にぬぐえるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味がある
だろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
 他の二人は知らないが、確かダナティアはサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を
聞いているだけで、会ったことは一度もない。
 少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
 心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。
即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
 そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
 食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、これ以上こちらを怒らせるつもりは
ないということか、苛立たしげにそう告げてやると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
 少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、
そして、アシュラムの傍らにいた女のことを。
 如何なる偶然か、その女の特徴に合致する者をピロテースは知っている。詠子やダナティア同様、
直接会ったことがあるわけではなかったが、極め付けに危険な人物としてだ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
 彼ならこの情報を最大限に役立てることができるはずだ。今は、何よりもアシュラムの様子がおかしい
ことが気がかりだった。
 その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。少女が、説明のために鞄から
紙と鉛筆を取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、
それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に
出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。

125:灰色の虜囚(11/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:26:49 yA03YTWi
そして……
「私からの最後の質問だ。
 赤い服を着た気の強い栗色の髪の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
 言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
 余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
 肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、
手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
 放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ
少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
 その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』
 この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくか
というただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。今思えばずいぶんと浅はかなことだ。
それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには感謝してよいだろう。
 しかし、「この世界からの脱出方法を探す」と言ったゼルガディスは殺された。“異界”について
言及した空目も、それによって刻印が無効化できる可能性を示唆したサラもだ。彼らは刻印や
この世界について何かをつかんでいたのかもしれない―サラや空目は自分たちの会話が筒抜けになって
いると気づいていた節がある―が、最早何もできない。一方自分といえば、生きてはいるが刻印に
ついて何も打つ手はない。
 ならば、―今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが―なすべきことは一つだ。
 木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、
少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、手にしたままの紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
 他にも、メフィストという男がいる」

126:灰色の虜囚(12/12) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:27:25 yA03YTWi
 ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』

                    ○

 霧が晴れた後も、変わらず城は静寂に満ちている。
 その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
 森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の
少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができたかも
しれない。
 少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに
見えなくなってしまった。
 
 
 行動を再開してから最初に出会った参加者が、アシュラム配下のダークエルフとは運が良かった。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で
交渉相手としては申し分なかった。
 もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名
までは聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらった
程度にすぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
 “刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に
嘘はない―あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
 例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、
気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の
相手として期待できるかもしれない。
 いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、次の
放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを
祈るばかりだ。





127:灰色の虜囚(状態表) ◆685WtsbdmY
06/05/05 19:28:35 yA03YTWi
【G-4/城の地下/1日目・18:35】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、水・食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
    もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。
[備考]: クエロを強く警戒。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っている。


【G-4/城の地下/1日目・18:40】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]: 食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)の効果が持続。
[装備]: サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]: ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]: フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
     (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
     そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]: 黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。

128:イラストに騙された名無しさん
06/05/09 22:29:02 bZwQZrl9
捕囚

129:イラストに騙された名無しさん
06/05/13 13:17:57 SkTDGMxg


130:空想科学世紀のシンパシー(1/3) ◆MXjjRBLcoQ
06/05/15 21:17:11 wHT+dogz
 二人を見送ってすぐ、あたしたちも神社を後にした。
 地下道を見つけたりとひと悶着はあったけど、結局あたしたちはどんよりとした雲の下を進んでいる。
 少しの物珍しさであたしは空を見上げながら。後ろの二人は解除式を解きながら。
 コミクロンの長い解説によるとによるとアレはほんとは雲ではなく霧だそうだ。
 さっきまでの霧が風に流され空へと帰っているとのこと。ここの天気は砂漠よりも繊細で表情が豊かだ。
 水溜りにわざと足を踏み入れながら、あたしは歩いた。
 雨上がりの空気には包み込むような暖かさがあった。風はほとんどない。
 むせるような草の香りに、あたしは額に意識を少し振り分けた。
 草や樹から蒸気が、香りが、気が、立ち昇って大気を満たしていた。その圧倒的な気配に心が震える。
 気づけば、コミクロンが不思議そうな、不気味そうな目でこちらを見ていた。
 まるで理解不能のようなものを見る視線。
 あたしはただ空を見上げた。日はとうに暮れている、だんだんと空は明度を失っていく。
 こういう視線はボギーで慣れてる。
 なんだかんだで最後はわかってくれるという信頼も、ある。
 あたしは笑って、最後にちょっとだけヘイズを見た。
 ヘイズのは、違う。理解を含んだ視線、受け入れて、自分もそれを楽しんでいる視線だ。
 こっちも知ってる視線。でもなんというか慣れない。体がなんだか「コチコチ」になる。
 ちょっとだけ、あの顔、やわらかい笑みがちらつくからだ。
「ヴァーミリオンもそうだが一体何が珍しいというのだ……
 どんな辺境から来たらそうなるのか、さすがに大陸一の哲学者足るべき俺にも想像できん」
 コミクロンの言葉にあたしとヘイズは一瞬きょとん、となった。
 他人の事情は聞かず語らず、辺境のルール。でもあいにくココは辺境じゃない。
 あたしとヘイズは顔を見合わせた。その目がしかたねーといっていた。
「一言で言えば、」
 そこだけ言って止まった。あたしを庇ったんだ、と判ってしまった。
 霧はもう晴れた、といっても低いところだけでのこと。
 丘の木々は白いもやを、煙羅煙羅と纏っている。ちょっと息苦しそうにも見える。
「地獄みたいなとこだ」


131:空想科学世紀のシンパシー(1/3) ◆MXjjRBLcoQ
06/05/15 21:17:48 wHT+dogz
 そう答えて、一房の青い髪を指先に絡めた。
 ちょっとかっこいい、と思うと急になんだかこっぱずかしくなった。
 様になってると心の中で言い直すことにしておく。
 ヘイズはそのまま指を弄ぶようにくるくると回す。どこまで信じれるように話せるか迷ってる。そんな風に思えた。
「十年ほど前にな、空が青くなくなった。そっからは戦争だ。結局自分たちの惑星をめちゃくちゃにして終わったよ」
 結局答えはひどく抽象的で簡潔なものだった。それでも、全てが秘密のイクスとはここで決定的に違った。
 ヘイズが空を仰ぐ。釣られてあたしも首を後ろに倒した。
 空は鉛色。星もなければ、月も出てない。森があっても緑はない。
 ひどく不透明なコントラストの世界だ。あたりはまだ微かに明るい、けど輝くものが一切ない。
 一切合切が輪郭だけになってしまったような虚脱感。
「もっとも俺は元の青空を見たことはねぇけどな」
 ヘイズの言に誇張はない、と思う。直感だ。
 ここは過去だ。
 世界はひとつじゃないってことをあたしは知っている。
 確かに、直接は関係ないかもしれない。
 でも、もっと本質的に、あたしやヘイズにとって生きていく先じゃなくて、後ろにある場所だ。
 あたしとヘイズの間でひどく冷たいラインが走っているのを感じた。
「当然、生きているのは人間だけだ」
 でも、そこから流れてくるヘイズの世界は、あたしのよりももっと深いところにある気がする。
 いうなれば、淵が近いんだ。
 湿気を吸ったタンクトップが心なしか、重い。
 この共感はちょっと怖い。
「ふーん」
 あたしは気のない返事を装って首を前に戻す。
 ヘイズがどんな表情をしているのか、気にならないといえば嘘になるけど。
 それよりもヘイズの声のさばさばとした気配、懐かしさだけの、わだかまりのない気配を信じることにする。
 感傷はあんまりガラじゃない。
「ちょっとまて、ヘイズ? 貴様一体いくつなんだ」
「   あ、」
 声が漏れた。言われてみると確かにそうだ。珍しく現実的なコミクロンの突っ込みよりも驚きだ。

132:空想科学世紀のシンパシー(3/3) ◆MXjjRBLcoQ
06/05/15 21:19:22 wHT+dogz
【H-1とG-1の境界辺り/海岸近くの平原/1日目・18:40】


『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:どうやってごまかす?
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:ヘイズっていくつ?

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:辻褄が合わん、これだから(取るに足らない愚痴なので以下省略
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

133:嘘つきは語り手にしておく・b(1/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:18:25 dqZldjCz
 神社にいた三人との交渉をどうにか終えて、あたしたちは来た道を戻っている。
 三人に会う前、木の枝に引っかけておいた上着は、そのまま置いていくことにした。
傘の代わりに使ったせいでずぶ濡れだから、乾くまでは邪魔になるだけだろうと思う。
 辺りは夕闇に覆われ始めていた。雨は止み、霧は晴れたけれど、雲に遮られて月は
見えそうにない。あたしは立ち止まり、デイパックを開けて懐中電灯を取り出した。
「あの三人の話をどう思う?」
 ヒースロゥが、三人から渡されたメモを指さしながら、あたしに訊いてきた。
 刻印解除構成式とやらのことを尋ねたいらしい。
 会話を盗聴しているらしい連中には、「火乃香の知人に関する情報をどう思うか」と
尋ねたように聞こえているはずだった。
 一応「刻印の仕組みについてはさっぱり判らない」と彼には前もって伝えてある。
 それを彼が信じたかどうかは、この場合、あまり関係ない。
 問題は“あの三人に嘘をつかれているかどうか”ということ。
 構成式については理解不能だけれど、腹の探り合いなら、あたしの専門分野だ。
「鵜呑みにするのは論外だけど、深読みしすぎるのも危険なのよね」
 肩をすくめて苦笑する。交渉の席では“まったく疑っていない”という態度を見せて
おいたけれど、当然それは演技だった。
「半信半疑といったところか」
「どっちかというと信じてるわ。だいたい六信四疑くらい」
「根拠は何だ?」
「女の勘、ってことにしときましょうか」
 ヒースロゥの眉間には、しわが寄っている。やはり、まだ少し警戒しているらしい。
 利害が一致している以上、共存共栄できるならお互いに利用しあうべきなんだから、
無駄に警戒されすぎても困る。ま、油断していい理由にはならないけど。
 とにかく、ちょっと解説しておいた方がいいか。
「メモに書いてあることが嘘だっていう証拠はないし、嘘じゃないという証拠もない。
 あいつらは『解る奴には解る』なんて言ってたけど、『誰にも解らない』って結果に
 なったとしても、ちっとも不自然じゃないのよ。今のところ、何も断定はできない。
 でも、デタラメにしては内容が細かいような気もするのよね。ボロを出さないように
 したいなら、もうちょっと情報量を減らしてきそうなものなんだけど」

134:嘘つきは語り手にしておく・b(2/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:20:54 dqZldjCz
「だが、そう感じるように仕向けられているのかもしれない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えても答えは出ないわよ」
 半数以上の参加者が既に故人となっている。
 メモの内容を理解できそうな参加者が、もう全員殺されている可能性だってある。
 出会った相手が特殊な能力を使えたとしても、その能力では刻印を解析できないかも
しれない。
 けれど同時に“参加者は誰も刻印の解析ができない”という可能性もある。仲間を
集めるために「刻印の解析ができる」という嘘をつかれた、と考えることもできる。
嘘だとしたら、“本当に刻印を解析できる誰か”が現れたときに立場が悪くなるけど、
「殺し合いをやめさせたかったから仕方なく騙した」とでも主張すれば、交渉次第で
どうにか罪を軽くできるはず。情状酌量の余地は充分すぎるほどある。
 黙考するヒースロゥに対して、気楽そうな表情を作って向けてみせる。
「これがきっかけで優秀な人材が集まれば、とりあえずそれでいいわよ。あの三人、
 手を組む相手としては上々だし」
 あたしは最初から、過度の期待をしていない。
「見たところ、殺し合いを楽しんでいる手合いではなさそうだった……だが……」
 ヒースロゥが顔をしかめ、わずかにうつむく。
 そんな態度の原因には、心当たりがある。
 しばらく逡巡したけれど、今ここで指摘しておくことに決めた。
「さっきの放送が、そんなに気になる?」
 一瞬、彼が視線をこちらに向け、すぐにそらした。やっぱり図星か。
「死者の数が多すぎる。これまでは『乗って』いなかった者たちが、次々に『乗って』
 いるのかもしれない」
 確かに、あの三人は今のところ味方だけど、最後まで味方だという保証はない。
「そうね。でも、死者のうち少なくとも二人は『乗った』参加者だった。あたしたちが
 知らない死者だって、返り討ちにされた殺人者なのかもしれないじゃない」
 判っている。そうだったとしても、ヒースロゥの不安が消えないことくらい。
「そうだったとしても、もう誰も死なないという結論にはならない。これからも誰かが
 きっと殺されていくだろう」

135:嘘つきは語り手にしておく・b(3/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:23:23 dqZldjCz
 あたしもそう思う。だからこそ、あたしは彼と行動を共にしている。
 故に、いざというとき彼が躊躇しないように、今ここで思考を誘導させてもらおう。
「生き残ってる殺人者が極悪人ばかりだったら、あんたは何も悩まずに戦えるのにね」
「何が言いたい」
 あたしはいきなり立ち止まる。続いて歩みを止めたヒースロゥの背中に、世間話でも
するかのように語りかける。
「例えば、楽しくも嬉しくもないけれど殺してる殺人者がいるかもしれない。普通の
 人間は誰もがそうなる必然性を秘めている。死にたくないから。生きていたいから。
 元の世界に帰りたいから。24時間ずっと誰も死ななかったときには、全員の刻印が
 発動するのよね。“誰も死ななかった”って放送が三回続いたら、殺したくなくても
 殺そうとする参加者が、たぶん大量に現れる」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。前を向いたまま、彼は鉄パイプを握る手に力を込めた。
「例えば、この島にいる誰かを守るために、その誰か以外の全員を死なせようとしてる
 殺人者だっているかもね。殺して殺して殺しまくって最後には自殺するつもりで、
 愛に生きて愛に死ぬ気の、それ以外に選択肢を見つけられなかった参加者が」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。彼が今どんな顔をしているのか、あたしには判らない。
「例えば、絶望のあまり発狂して、ありとあらゆるものをメチャクチャにしたいとか
 考えるようになった殺人者がいてもおかしくない。この『ゲーム』に参加させられた
 せいで、極限まで追い詰められて壊れちゃった参加者が」
 挑発的な口調で、奮起を誘う声音で、あたしは言葉を投げかける。
「そういう連中を殺してでも、悲劇を終わらせる覚悟はある?」
 ヒースロゥは振り向かない。彼は、ただ前だけを見ている。
「どんな理由があろうとも……俺は、『乗った』者を許すつもりはない……!」
 そう言い放ったヒースロゥの声からは、強い意志が感じ取れた。
 あたしは無造作に片手を上げ、彼に向かって腕を伸ばし、目に見えない何かに指先で
触れるような仕草をしてみせ―そのまま何もせずに手を引っ込めた。
「……おい」
 一瞬で振り返ったヒースロゥが、何か言いたげにあたしを見ている。

136:嘘つきは語り手にしておく・b(4/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:24:59 dqZldjCz
「やめた。その決意には『鍵をかけて』あげない。迷いは自力で克服してちょうだい」
 飄々とした態度で応答し、ヒースロゥの隣を通過して、あたしは先に進む。
 罪人への憤りを固定したら、むやみに敵を深追いしたがるようになるかもしれない。
決断力が向上した分だけ判断力が劣化してしまっては、あまり意味がない。
 後ろから、苦笑するような吐息が聞こえた。

 あたしたちは市街地へ戻ってきた。もうすぐ海洋遊園地の出入口に到着する。
「!」
 隣を歩いていたヒースロゥが、不意に何かを察知した。
 あたしたちは素速く背中合わせの位置に移動し、小声で必要最低限の会話をする。
「敵?」
「単独行動しているらしい。殺気は感じない。おそらく気づかれていない」
 相手の探査能力は、一般人と同等かそれ以下ね。だからって安心はできないけど。
「そいつを囮にした襲撃者は?」
「いないはずだ。万が一いるとすれば、襲われるまでどうしようも……ん?」
 説明が途切れ、背中越しに怪訝そうなつぶやきが聞こえた。あたしは短く彼に問う。
「何?」
「気配の主が海洋遊園地に向かった」
「潜伏するつもりかしら」
「とりあえず会ってみるか」
「そうね」
 彼の剣技と身のこなしを思い出し、あたしは頷く。
 ヒースロゥがいれば、遭遇者に襲われたとしても対処できるはずだ。勝てなくても、
逃げるくらいは可能だろう。
 あれでも「普段のようには体が動いてくれない」などと本人は言っていた。冗談の
ような話だけど、その言葉のどこにも嘘はないようだった。
 そんなに強かったヒースロゥでさえ、故郷の世界で無敵だったわけじゃないらしい。
 彼の故郷は、普通の生物が平凡に暮らしているだけの場所だとは言い難かった。
 なんだかよく判らないものに人が殺されていく世界を、あたしは簡単に想像できた。
 でも、嫌な世界だとは感じない。

137:嘘つきは語り手にしておく・b(5/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:27:29 dqZldjCz
 特別な何かなんて、あってもなくても人は死ぬ。栄養補給ができなくなれば死ぬ。
大量に失血すれば死ぬ。重要な器官を潰されれば死ぬ。呼吸ができなくなれば死ぬ。
滑って転んで頭をぶつけただけでも死ぬときは死ぬ。
 あたしだって、いつどこで死んでもおかしくない。
 これまでもこれからも、いつまでもどこまでも、死の恐怖は身近にある。
 どんな世界で生きたとしても、それは少しも変わらない。
 忍び足で移動しながら、ふと思う。
 この島から生きて出られるとしたら、ひょっとすると、未知の世界へと自由に行ける
ようになるかもしれない。そんな移動手段が手に入ったとしても不思議はない。
 そうなったら、いろんな世界をあちこち旅してみる、っていうのも悪くないかな。

 あたしたちの尾行は、数分で気づかれたようだった。
「わたしに用があるなら、出てきたらどうですの?」
 問題の人物は今、海洋遊園地の真ん中で、懐中電灯を使ってこちらを照らしている。
 遭遇者は、東洋風の装束を着た、銀の瞳と長い髪を持つ少女だった。
 あたしたちの知らない参加者だ。火乃香の知人でもない。
 逃げようとする様子はない。勇敢な性格だからか、絶望しているからか、それとも
『乗った』参加者だからか。
 ヒースロゥが姿を見せると、少女は忌々しげに口元を歪めた。
 ……嫌な予感がする。違和感があるのに、その原因が把握できない。
 あたしは今、物陰に隠れ、ヒースロゥと少女との対峙を覗き見ている。
 弱そうな外見のあたしと真面目そうな言動のヒースロゥが一緒にいれば、無害そうな
印象を相手に与えられるかもしれない。ただし、神社での一戦と同じく、ヒースロゥに
対する足枷としてあたしが利用されてしまうおそれもある。
 とりあえず、あたしは伏兵として待機中だった。神社のときとは違い、今度の相手は
一人きりなので、こういう作戦を選ぶ余裕があった。
 たたずむ少女から距離をとり、鉄パイプを構えて、ヒースロゥが声をかける。
「お前は『乗って』いるのか?」
「殺し合うつもりはない―そう答えれば信じるんですの?」
 会話が成立する程度には理知的な相手らしい。理知的な殺人者かもしれないけど。

138:嘘つきは語り手にしておく・b(6/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:29:48 dqZldjCz
「いや、疑う。明らかに『乗った』と判るなら、疑う余地はなくなるわけだからな。
 言っておくが、俺は『乗って』いない。だが、殺人者が相手なら戦う気だ」
「……正直な方ですのね、あなたは」
 ヒースロゥを値踏みするように眺めながら、少女が口を開く。
「こちらからも、一つ訊いていいでしょうか?」
 油断なく相手を見据えたまま、ヒースロゥが応じる。
「答えられる内容なら答えよう」
 ゆるやかに、穏やかに、湿った風が吹き始めていた。
 真剣な口調で、少女は問う。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
 尋ねる声は、どこか悲しげに響いたような気がした。
 ……嫌な予感がする。首筋を悪寒が這い回っている。
 ヒースロゥは堂々と頷き、即答した。
「ああ」
 そして、あたしは見た。
 答えを聞いた少女が、銀の瞳に冷たい光を浮かべる瞬間を。
 懐中電灯が少女の手を離れて落下し、地面に転がる光景を。
 長い髪を風になびかせて、少女が後ろへと跳躍する様子を。
 跳躍しながら少女が文言を紡ぎ、紙片を撒き散らす過程を。
「臨兵闘者以下略! 絶火来々、急々如律令!」
 紙片が激しく燃え上がり、空中に炎の塊が生まれ、数秒で消滅する。
「……!」
 いち早く状況を把握するため、あたしは五感を研ぎ澄ませる。
「お前は―殺人者か!」
 ヒースロゥが叫んでいる。とっさに伏せて、攻撃をやりすごしたようだ。どうやら
無傷らしい。一秒で起き上がり、再び鉄パイプを構えている。
「くっ!」
 少女が片手に紙片を広げる。まるで手品師のような、熟練した挙動だった。
 よく見ると、紙片の正体は、奇妙な文字や紋様が記されたメモ用紙らしい。
 呪符……のようなものなんだろうか?

139:嘘つきは語り手にしておく・b(7/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:32:15 dqZldjCz
 呪符がないと攻撃できないように見せかけて、いきなり予備動作なしに炎を放ったり
するかもしれない。余計な思い込みは捨てた方が無難か。
 弱点は“技の制御に難があること”だろうと思う。
 一撃必殺を狙ったにしては、発火が早すぎた。呪符が適切な位置まで届くより先に、
技が暴発したような印象があった。そのせいで攻撃に失敗したらしい。
 敵は遠距離攻撃に向いた能力の使い手で、たぶん能力を制御しきれていない。
 近づくことさえできれば、勝機は充分にある。
 ヒースロゥは怒っていた。すさまじい怒気の余波が、ここまで伝わってきている。
「それは、お前が殺した犠牲者の顔と姿なのか? 正体を現したらどうだ」
 ヒースロゥの問いを聞き、少女は興味深げに目を見開いた。
「この顔自体はわたしの顔ですけれど……何故、この姿がまやかしだと判りました?」
 吐き捨てるようにヒースロゥは言う。
「どこにも血がついていないように見えるが、お前からは血の匂いがする」
「なるほど。風上に陣取ったのは失策でしたわね」
 少女が襟首の辺りから呪符を剥がして捨てると、その姿が紫色の煙に包まれた。
 煙が消えた後に立っていたのは、確かに同一人物だった。けれども、細部がまったく
違っている。銀の双眸は氷のような眼光を放っていたし、装束を染める色彩は致命的な
ほどの失血を連想させた。しかし、彼女自身は怪我をしていない。あれは他者の体から
流れ出た血の跡だ。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
 少女の視線とヒースロゥの視線が交錯する。
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 二人の声を聞きながら、あたしは飛び出す準備をする。彼女が攻撃を放とうとした
瞬間に視界内へ姿をさらせば、きっと注意を引けるはず。わずかにでも隙ができれば、
後はヒースロゥが何とかしてくれると思う。

140:嘘つきは語り手にしておく・b(8/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:35:55 dqZldjCz
「抵抗をやめて投降するというなら、殺しはしない」
 そう言って、ヒースロゥは刻印を指さしてみせた。
「俺たちに協力すれば、一人ではできなかったことが、できるようになるだろう」
 指先が刻印の上を横切る。刻印解除を意味する動作だ。少女はそれを正しく理解した
ようだった。わずかに目を細めて、彼女は嘆息する。
「信用できませんわね」
「交渉決裂か」
「ええ」
 会話しながら、二人はそれぞれ武器を構え直す。まさに一触即発だった。
「ならば、お前をここで討つ」
「あなた一人では、わたしには勝てませんわよ。臨兵闘者―」
 飛び出すなら、今だ。
 ヒースロゥの背後へ現れると同時に、あたしは口の中で適当に言葉をつぶやく。
 ちなみに、あたしの手には今、扇状にトランプが広げられている。
「!」
 少女があたしに気づいて驚く。彼女の視線が、あたしの手元と口元を往復した。
 相手が符術使いだからこそ、このはったりは抜群の効果を発揮した。
 騙せたことを確認し、戦場の外へ向かって、あたしは全力疾走を開始する。
 次の瞬間、炎の燃え盛る音が聞こえてきた。ヒースロゥに対する牽制攻撃だろう。
動揺しているせいなのか、さっきよりも見当違いな位置で呪符が発火したようだった。
 あたしは少女の視界内を真っ直ぐに通過し、また物陰に隠れて様子をうかがう。
 ヒースロゥが一気に間合いを詰め、鉄パイプを振り上げようとしていた。
 水溜まりから飛沫を舞い上げ、水音と共に彼は突進する。
 少女は慌てているらしく、何枚も呪符をこぼしながら、それでも新たな呪符を掴む。
「臨兵闘者以下略! 電光来々、急々如律令!」
 後ろへと跳躍しながら、少女は呪符を投げつける。呪符が雷を生み、光り輝く。
 その直後には、もうヒースロゥの手から鉄パイプが消えていた。
 空中で、投げ捨てられた鉄パイプに電撃が当たり、火花を散らしている。
 一流の戦士は皆、そうすべきだと思った瞬間に躊躇なく武器を手放せる。武器を使う
ことと武器に頼ることは違う。その違いを知らない者は、強者たりえない。
 ヒースロゥは、武器に拘泥しなかった。

141:嘘つきは語り手にしておく・b(9/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:38:48 dqZldjCz
「……!」
 でも、勝ったのは少女の方だった。
 ヒースロゥは意識を失い、水溜まりの上に倒れて動かなくなった。
 認めたくはないけど認めるしかない。どうやら、敵の方が一枚上手だったらしい。
 呪文を唱える前に、彼女は地面に呪符を落としていた。投げつけた呪符を囮にして、
彼女は地面の呪符にも雷を発生させた。足元の水溜まりがヒースロゥへ電撃を伝えた。
跳躍していた彼女が着地したときには、既に決着がついていた。
 隙だと思っていたものは、罠だった。
 横たわるヒースロゥのそばに立ち、少女があたしに語りかける。
「あなたの相棒は、まだ生きていますわよ。単に気絶しているだけですから、わたしを
 撃退できれば死なずに済むでしょうね」
 得意げな様子でも喜んでいる様子でもない、淡々とした声音だった。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
 三秒だけ考えて結論を出した。物陰に隠れたまま、あたしは返事をする。
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
「あらあら、面白いことを言う人ですわね」
 意外そうな、そして愉快そうな声が返ってきた。上手くいくかもしれない。
 さぁ、ここからが正念場ね。
「こっちが提供できるものは“あたし”で、あんたに提供してほしいものは“彼”よ」
 あたしは彼女に姿を見せる。手には何も持っていない。掌を広げて示し、頭の後ろで
両手を組んでみせる。トランプは今、ポケットの中に入っている。
 すぐに武器を構えることはできないけれど、武器を捨ててはいない。安心はさせず、
警戒もさせず、様子を見たくなるように仕向ける。
 少女は黙って呪符を構えている。「続けなさい」という意思表示だろうと解釈した。
「あたしたち二人をしばらく殺さないでくれるなら、あたしはあんたの捕虜になる」
 緊張も焦燥も胸中に封じ込め、あたしは交渉人の役を演じる。
「抵抗はしないし、情報の出し惜しみもしない」
 勿論、嘘だけどね。できることなら、ギギナみたいに『鍵をかけて』説得したい。
教えても問題なさそうな情報しか伝える気はないし、バレない程度に嘘だってつく。

142:嘘つきは語り手にしておく・b(10/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:39:52 dqZldjCz
 無害な弱者を装いながら、あえて余裕たっぷりの口調で、あたしは捕虜の必要性を
説明する。
「この『ゲーム』の終盤には、“ひたすら隠れ続けてる相手を24時間以内に探し出して
 殺さないと刻印が発動する”なんて事態が待ってそうだとは思わない? そんなとき
 捕虜がいれば、捕虜を殺して時間を稼いだ後、隠れてる参加者をゆっくりと探せる」
 少女が無言のまま構えを解く。今も呪符は持ったままだけど、悪くない反応だった。
 親しげに、あたしは彼女に笑顔を見せる。
「いざというときの保険として、確保しておいて損はないんじゃない?」
 少女が口を開いた。
「わたしがその取引を拒んだら、どうしますの?」
 当然、その質問は想定済みだった。あらかじめ答えは用意してある。
「あたしは今すぐ自殺する。あんたの足元にいる男は、あたしよりも頑固で意地っ張り
 だから扱いにくいわよ。情報提供者としての価値は、あたしの方が上でしょうね」
 本当に取引を拒まれたら、はったりを駆使して抵抗するつもりだけど。
 あたしと少女は対話する。お互いに腹を探り合う。
「とりあえず捕虜になって好機を待ちたい、というわけですわね」
「怖くなんかないでしょう? あんたは強いんだから」
「そう言われて調子に乗るほど、わたしは子供じゃありませんわよ」
「それは残念」
 この交渉で窮地を切り抜けられないなら、かなり困ったことになる。
 さて、彼女はどう出るだろうか。
「決めました。彼もあなたも、今は殺さないであげましょう」
 あたしは、用心深く少女の様子をうかがう。
「交渉成立ってこと?」
「いいえ、わたしは逃げますわ」
「……え?」
 予想外の答えだった。一瞬、あたしは呆気にとられた。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 少女は、嬉しそうに笑っていた。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

143:嘘つきは語り手にしておく・b(11/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:41:50 dqZldjCz
 タチの悪い冗談みたいに、そのまま少女は走り去ってしまった。北側の出入口から
海洋遊園地の外へ向かうつもりのようだった。
 追いかけるべきだとは思えなかった。ヒースロゥを放置するわけにもいかなかった。
結局、あたしは彼女の背中を黙って見送った。
 もう灯りはない。地面に転がっていた懐中電灯は、少女が回収していった。
 辺りはすっかり暗くなっている。夜空は雲に隠されていて、月も星も見えない。
「ハードね、まったく―」 
 闇の中へ、あたしの溜息が拡散していった。

【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

144:嘘つきは語り手にしておく・b(12/12) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:42:58 dqZldjCz
【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:????
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:????/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る/どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※詳細は【嘘つきは語り手にしておく・a】を参照してください。

145:嘘つきは語り手にしておく・a(1/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:44:43 dqZldjCz
 目が覚めたのは、第三回放送が始まる少し前でした。
 そのとき陸は眠っていて、結局、あの犬は放送が終わるまで起きませんでした。
 放送が始まるまで、わたしは願っていました。どうか皆が生きていますように、と。
 祈ってはいませんでした。祈るべき相手がいませんから。
 それに、わたしたちは己を神と呼ぶ者たちですから。
 世界を創造したわけでもなく、全知全能でも不滅でも無敵でもなく、普通の人間より
少し長く生きられて、普通の人間より少し力がある、ただそれだけの存在ですけれど、
それでもわたしには、神を名乗る者としての矜持があります。
 放送を聞いていたときのことは、あまり詳しく思い出せません。聞こえてはいたはず
ですけれど、死者の総数も禁止エリアの位置も憶えていません。
 友と姉が殺されたことを、その放送で知りました。
 今も生き残っている参加者は、わたしの知らない人ばかりです。
 キザで変態で軽薄で女好きでしたのに、何故だか星秀さんは憎めない方でした。
 カイルロッド様は強くて優しい方で、最後までわたしを守ってくださいました。
 チビでカナヅチで未熟でも、義兄と呼ぶなら鳳月さんがいいと思っていました。
 杓子定規で融通が利かない反面、緑麗さんは懸命に努力する格好いい方でした。
 しょっちゅうケンカしましたけれど、わたしは麗芳さんのことが大好きでした。
 皆、死んでしまいました。
 そのとき、わたしが何を考えていたのか、もう自分でも判りません。
 ひょっとすると、何も考えたくなかったのかもしれません。
 気がついたときには、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。
 どうやら、わたしが滅茶苦茶にしたようです。
 わたしは泣いていました。涙が止まらなくて、何もかもが歪んで見えました。
 泣き声が勝手に口からあふれ出て、まともにしゃべることさえできませんでした。
 ひどく暗鬱な何かが、わたしの内側を隅々まで満たしていました。
 とにかく、わたしは、とても疲れていました。

146:嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:46:30 dqZldjCz
 今になって思えば、陸には申し訳ないことをしたものです。
 あの犬は、わたしが落ち着くまで、部屋の端で静かに耐えていました。
 第三回放送でシズさんの名前が呼ばれたかどうか、ずっと考えながらです。
 わたしの錯乱を、陸は一言も責めませんでした。
 いつも笑っているような顔が、どうにも寂しそうに見えました。
 その頃になって、ようやくわたしは陸の怪我に気がつきました。
 薄情な話だと自分でも思います。あまりの浅ましさに、我ながら吐き気がします。
 陸の背中からは血が流れ出ていて、白い毛皮が少し赤くなっていました。
 わたしのせいです。
 わたしは陸に謝りました。何度も同じ言葉を繰り返しました。
 陸は無言のまま首を左右に振り、目を閉じて溜息をつきました。
 許すという意味だったのか聞きたくないという意味だったのか、今でも判りません。
 格納庫で得た『神の叡智』には、様々な知識が収められていました。その中から、
わたしは異世界の術について調べました。故郷では、傷は秘薬で治すと相場が決まって
いましたから、わたしは治癒の術に関しては疎いんです。異世界の知識から治癒の術を
学ぼうとして、わたしは無我夢中で『神の叡智』をあさりました。
 平安京とかいう都で使われているという、簡単な血止めの符術なら、一応わたしにも
使えそうでした。ただ血を止めるだけの術で、傷が消えるわけでも活力が蘇るわけでも
ない、応急処置のための術でした。それでも使えないよりはいいと思いました。
 わたしの治療を、陸は拒みませんでした。大きな傷ではありませんでしたが、血は
なかなか止まってくれませんでした。案の定、大したことはできないようです。
 止血が終わった後、わたしは陸を気絶させました。治療の際に、電撃を発するための
呪符をこっそり貼りつけておいたので、それほど難しいことではありませんでした。
 夢の中で、アマワはわたしに未来を約束しました。『君は仲間を失っていく』、と。
 誰がわたしの仲間なのか考えて決めるのは、あの不可解な御遣いです。
 わたしの仲間だとアマワが判断すれば、わたしたちがお互いをどう思っていようが
関係なく、その“仲間”は殺されていくでしょう。

147:嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:47:56 dqZldjCz
 わたしは、陸を死なせたくありませんでした。
 故に、わたしは陸の敵になろうと決めました。
 隠れていた建物の中で発見した、奇妙な格好の人形を使って、わたしは下僕を作り
ました。呪符を貼りつけて呪文を唱え、かりそめの命を与えて操ったわけです。
 ごく普通の人間よりも弱く、自律的に考えて行動できるような知能はなく、いきなり
単なる人形に戻ってしまうかもしれない、そんな下僕しか今は作れません。
 戦力という意味では、同じだけの労力で炎や雷などを生み出した方が便利です。
 しかし、それでも下僕は必要だったので、あえて作りました。
 下僕は、わたしの命令だけでなく陸の命令にも従うように設定しておきました。
 ここは半魚人博物館という施設らしく、その“ヌンサ”という人形は半魚人を模して
作られた物のようでした。外見は、大きな魚に人間の手足が生えたような感じ、とでも
表現すると判りやすいでしょうか。『神の叡智』によると、そういう種族のいる世界が
どこかにあるそうです。
 陸へ宛てた手紙を書いて、わたしは“ヌンサ”の脇腹に貼りつけました。
 手紙には、下僕に関する説明と、たくさんの嘘が書いてあります。
 これから殺し合いに参戦して優勝を目指すつもりだとか、シズさんを狙うのは最後に
しておくとか、邪魔をしても構わないけれど無駄だとか、そういった内容です。
 あれを読んで、陸がわたしを憎んでくれればいいんですけれど。
 “ヌンサ”の手に紙袋を持たせたりもしました。施設内の土産物屋にあった物で、
写実的に描かれた“ヌンサ”が「さあ、卵を産め」と言っている絵柄でした。
 紙袋には、手持ちのパンと水をそれぞれ半分ずつ入れておきました。餞別です。
 命令すれば、パンの袋やペットボトルのフタを“ヌンサ”が開けてくれるでしょう。
 わたしは“ヌンサ”に陸を運ばせて、南側の出入口から海洋遊園地の外へと一緒に
出ました。そして、H-2へ陸を運ぶよう“ヌンサ”に命令し、姿が見えなくなるまで
見送りました。
 あの様子なら、きっと無事に到着しただろうと思います。

148:嘘つきは語り手にしておく・a(3/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:48:53 dqZldjCz
 ふと気づくと、わたしは無意識に視線を空へ向けていました。
 この島では、どんなに空を見上げても、その先に天界はありません。
 どこか人のいない場所へ行きたいと思いました。
 それからどうするつもりだったのかは、もう忘れてしまいました。

 追跡者の存在に気づいたのは、海洋遊園地の中に入った後でした。
 殺されるかもしれないと思い、死をあまり怖がっていない自分に呆れました。
 でも、何もせずに殺されるつもりは最初からありませんでした。
 もしも相手が殺人者だったなら、相討ちになってでも殺してみせるつもりでした。
 わたしは涙を拭きました。
 追跡者がどんな人物なのか見極めるため、わたしは自分に呪符を貼り、呪文を唱えて
姿を偽りました。変身の術を応用して、自分自身に化けたことになります。血まみれの
衣服や普通ではない精神状態を、“普段の自分”に化けて隠したわけです。

 呼びかけに応じて現れた、鉄パイプを持つ男は、どうやら悪党ではなさそうでした。
騙そうとか欺こうとか、そういう雰囲気を彼からは感じませんでした。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
「ああ」
 わたしが失ってしまったものを、彼は失っていませんでした。
 そのとき、この人ならアマワを討てるかもしれない、と思いました。
 真に強くなれるのは、誰かを守るために戦う者だけです。
 誰が何と言おうと、わたしはそう信じています。
 だから、わたしは殺人者を演じました。
 不意打ちを狙って失敗したように見せかけ、戦いを挑みました。
 わたしと彼は、敵同士になりました。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 アマワが約束した未来に、もう誰も巻き込みたくはありませんから。
 わたしとの戦いを通じて、もっともっと強くなってほしいですから。
 わたしを倒せないようでは、アマワを討つことなどできませんから。

149:嘘つきは語り手にしておく・a(5/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:51:01 dqZldjCz
 いきなり乱入者が現れたときには、さすがに少し驚きました。
 手元が狂って、鉄パイプの彼に術を直撃させてしまうところでしたけれど、どうにか
当てずに済みました。本当に危ないところでした。
 乱入者は、鉄パイプの彼の仲間でした。相棒が接近戦を仕掛けやすくなるように、
注意を引いて隙を作らせようとしたんでしょう。
 戦いは、それほど長引きませんでした。
 威力を抑えた電撃で、鉄パイプの彼を、わたしは気絶させました。
 さもなければ、わたしは瞬殺されていたことでしょう。それでは意味がありません。
 捨て石になるのも踏み台にされるのも構いませんけれど、無駄死にするのは嫌です。
 相手の動きがもう少し速かったら、敗れていたのはわたしの方だったでしょう。
 手の内をかなり知られた以上、次に戦えば、わたしが負けることになると思います。
 乱入者の彼女に、わたしは問いかけました。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
 仲間を見捨てて逃げるようなら、どこまでも追いかけて全力で殺すつもりでした。
 そうならずに済んで、とても嬉しく思いました。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 外道らしく見えるように、邪悪そうな顔で笑っておきました。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 北に向かって走りながら、わたしは涙を拭きました。
 生きている間に、やるべきことを済ませておこうと思います。
 役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残しましょう。
 書き終わるまでは、なるべく死なずにいたいものです。
 そのために、まず、どこかに隠れて呪符を作ろうと決めました。
 わたしは玻璃壇を―島の詳細な立体地図を思い出して悩みます。
 隠れ場所は、どこにするべきでしょうか。

150:嘘つきは語り手にしておく・a(6/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:52:08 dqZldjCz
 どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
 禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。
 あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
 ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
 わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。

【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
    /役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
    /どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
 “ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。

151:嘘つきは語り手にしておく・a(7/7) ◆5KqBC89beU
06/05/17 23:53:00 dqZldjCz
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

152:イラストに騙された名無しさん
06/05/20 08:21:52 e8xsHfvV
捕囚

153: ◆wvQIyOr1qY
06/05/20 14:19:44 e8xsHfvV
【ふむ、この様子ならば約束の時間には十分間に合う。
あの淑女達との談話を早々に切り上げて、帰路を急いだ甲斐が有ったと言うものだ】
 島を白の天蓋が覆う中、かつて湖底であった体積した泥の上にて血文字を刻むのは、
 グローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵その人だった。
 濃霧の天蓋で視界が悪く、体積した泥で動きを制限されているものの、その移動は緩まない。
 とある仮面の男と再会するために、地下通路の出入り口まで移動する必要が有ったからだ。
 港から休む事無き強行軍はなかなかのエネルギーを消費するのだが、
【一旦、約束を承諾したからには、紳士がむざむざ遅刻するわけにもいくまい……!】
 と、流暢に文字を形作りながらもその進行に迷いは無い。
 あの仮面の青年は湖底と周囲の森を探索すると言っていた。
 己より先に地下通路に到着しているであろう事は簡単に推測できる。
 さらに、麗芳なる少女とも面会する予定だ。
 初対面の淑女にはことさら礼儀を持って相対するのは、爵位持つ者として当然の義務と言えよう。
 だが、集合時間までにはしばらくの余裕がありそうなので、子爵が遅刻という失態を犯す危険性は
 現在のところ低下した。
 他に、EDと麗芳の両者が殺害されて集合場所に現れないかもしれないという問題と、
 己は集合地点たる地下通路の明確な位置を知らないという問題が生じていたが、
 先の問題において子爵はどうしようもないので、ただ二人の武運をを祈るのみだ。
 それに対して、後の方の問題はほどなく解決した。
【ほう、雨水の雫は大地を進んで流れを作っている。この場はかつて湖があり
底に体積したものは粘土質の地面であるならば、水は地表を行くのだろう!】
 ならば、収束した雨露はどこに向かうのだろうか。
【簡単である! 水とは常に下へ向かうもの、流れの先には穴があるに違いない!】
 湖底中に溜まった水の大半は、小流となって排水溝たる地下通路に流れて行く。
 ならば子爵は水の流れに沿って進めば良いだけだった。
 要領よく進めば、ほどなくして大地の洞に行き当たるだろう。

154: ◆wvQIyOr1qY
06/05/20 14:21:06 e8xsHfvV
 その頃、子爵の目指す先の地下通路にて静かな問答が行われていた。
「では、あなた方は無闇に殺人を犯すつもりは無いと仰るのですね?」
「現在の行動方針は先に述べた。しかし、自衛行為その他脱出に至る為の
最適手段であるならば、その限りではない」
 男が問い、機械が応じた。
 この二人は子爵に先立って地下通路に到着したEDと、諸事情により移動のできないBBだった。
 そうして相対した二人の脚部を湖底から流れ落ちる雨水が濡らしている。
 子爵の推理どうり、湖底に降った雨は地下通路を排水溝にして流れて行くようだ。
 だが、今の二人の眼中には水に漬かる脚など映っていない。
「双方、方針は理解し合えたようですね。質問を続けても良いですか?」
「問題無い」
 即座に返事が返った事を満足しながら、EDは頭の中で現状を整理してみた。

 EDが集合場所に移動した時に、地下通路の出入り口付近で争った形跡を発見した。
 雨によって削れていたが、足跡から大体の立ち回りと闘争の終末を理解したEDは、
 しばらく躊躇していたものの結局は地下通路に降りる事を選択した。
 その時に何をされたのか、詳細は今でも良く分からない。
 入り口をくぐった瞬間に意識が飛んで、気がつくと岩壁に押し付けられていた。
 扉の影に隠れていた何者かが、自分を掴んで引っ張ったらしい事に推理が追いついたので、
 身動きの取れない状況から何とか非武装を証明して、対話へと持ち込むことに成功した。
 相手が論理的だったのも幸いだったが、この時ばかりはED自身、己の弁舌を頼もしく思った。
 蒼い殺戮者と名乗ったその相手を見た瞬間、EDは心奪われた。
 界面干渉学の研究者たるEDにとって、鋼の身体を持つ異界者は絶好の研究対象だったからだ。
 先走りそうな心を抑えて、EDは蒼い殺戮者に質問を開始し、現在へと至る。

155:密談は鬼嫁が寝ているうちに 3  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:22:44 e8xsHfvV
「あなたは見るからに窮屈そうですが……ここに留まる理由は何です?
外は霧に包まれていましたが、こんな所に留まるよりは他の建造物に非難した方が
何かと便利ですがね―例えば、灯台などは?」
 どうです? と問うたEDに対してBBは少々の沈黙の後に、
「付いて来い」
 と、簡素に告げた。そしてBBは狭い通路内で上手に反転し、奥の方へと移動してゆく。
 EDは着いていこうと即座に判断し、懐中電灯を残して自分の荷物を通路の扉付近に置いた。
 これなら子爵や麗芳が入ってきた時に、奥にいる自分の存在を知るだろう。

 歩き始めてすぐにEDは荷物を置いてきた事を正解だと思った。
 地下通路は置くに進むにつれて薄暗く、電灯の明かりも心もとない。
 それに加えて、流れる雨水がEDの脚を引っ張った。一歩が重く、その道程は不安に満ちている。
 これで荷物を担ごうものなら転倒は必至だった。
 そんなEDに比べて、先へと進むBBは特殊な知覚を有しているのか、その歩調に迷いは無く、
 通路下部を流れる水をものともしていない。闇を切り裂く刃の如くEDを先導していた。
 
 そして突然BBは立ち止まる。
「ここだ」
 EDは先行者の身体の奥を見通して、先の質問の答え―BBの事情を知った。 
「なるほど、負傷者を抱えていたのか」
 EDの視線の先には、セミショートの髪をした少女が岩壁の窪み―地下に通路を
 形成した時に落盤などで生じたものだろう―に横たわっている姿が見えた。
 瞑った瞳と、胸が規則的に上下している事から、睡眠中だろうと判断できる。
 彼女は何らかの理由で活動に支障をきたしているらしい事をEDは察した。
 地下通路から脱出して灯台などに移動するには、BBは彼女を抱えることに成る。
 当然、奇襲されてもとっさの反撃はできないだろう。それに比べて通路ならば
 襲撃者の行動や進路は制限される。警戒は容易だ。

156:密談は鬼嫁が寝ているうちに 4  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:23:54 e8xsHfvV
「察したようだな」
 BBはあくまで必要最低限にしか語らないようなので、EDは幾つか問いかけた。
 彼女の状況や自分に出来そうな事などを
 答えは相変らず簡潔だったが、言葉に飾りが無い為にEDは即座に理解した。
 曰く、BBと彼女は戦闘行為を行った後に、小休止して地底湖方面に進むつもり
 だったらしい。しかし、少女が少し休む、言ってと睡眠を取り始めてしばらくすると
 BBは少女の身体に異常を感じたと言う。熱を探知するセンサーが、
 健康体には見られない発熱を察知したらしい。
 EDにとって好ましくない事だが、BBは本来ならば戦闘・破壊を主任務にしていたらしい。
 人体を壊す事はできても治す事は不得意なのだそうだ。
 然るべき医療措置を取れないので、BBは少女を安静にさせるべく付近を警護していた。
 EDが過去に麗芳に告げたとおり、地下通路は隠れて休むのには最適な場所だ。
 BBの立場を考えると、彼の判断はそこまで悪い物では無い。
 本来予定していた地底湖方面への移動は、水の流れからして危険と判断して中止し、
 右にも左にも行けないまま、現在まで至るとの事だった。

「彼女が自身の損害報告を行えるならば対処も可能なのだが、現状は睡眠中だ」
「少し、様子を見ても構いませんか? 人の身である僕なら何か分かるかもしれない。
それに、何か不審な行動を取ったら叩きのめして結構ですから」
「その申し出を受けよう」
 EDは屈んで彼女の額に手を当てたり脈を取ったりして、しばらくするとBBへ向き直った。
 こつこつ、と仮面を指先で叩き、結論を告げた。
「僕は医者ではないので断定はしかねますが―これは風邪の一種だと推測できますね」
「致死症の類では無いのか?」
「原因は疲労と体温の変化による免疫機能の低下と簡単に判断できますよ。
その他打撲や擦過傷、切り傷などが見られますが、直接の原因はやはり免疫低下のようだ」
 BBの視覚センサーに映るEDは、謎を解き明かした名探偵の如くご機嫌だった。

157:密談は鬼嫁が寝ているうちに 5  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:24:24 e8xsHfvV
 EDはその後、僕に任せて下さい、こんな時の為に支給されたかのような物品が有るんです、と
 告げて再び少女に近づいた。
「但し、これ以上この人をこの場に置いておくのは危険ですね。傷口が化膿する可能性が
有りますし、未知の菌に侵されてしまうかもしれない……」
「やはり移動すべきか」
「そのようだ。まずは清潔な部屋と寝台、それに起床後に栄養価の高い食事などが必要でしょう」
 EDの言葉を聞いて、BBはすぐさま少女を腕に乗せた。爆弾を運搬するかの如き慎重さだ。
 それを見たEDは、BBは戦闘主体とは言えそこまで警戒すべき存在では
 ないのかもしれないと考えた。少なくとも、BBは論理の通じる賢い存在だ。
「運搬は俺が行うが、おまえには周囲の警戒を依頼する」
「その程度の事は引き受けても構いませんが……僕は戦闘の方はからっきしでしてね。
いざと言う時はあなたにお任せしますよ」
「了解した」
 そこまで聞いてEDは地下通路を戻り始めた。足元の水は心無し水位を増しているように見える。
 BBの判断は正しかったようだ。彼らが地底湖方面に進んでいたら、きっと腰まで水に浸かる
 はめになっていただろう。地上の雨は地下へと浸水しているからだ。
 そんな事を考える内に、出入り口の光が見えてきた。もはや懐中電灯は必要無いな―、
 などとEDが明かりを消そうとした時、
「前方に動体反応だ」
 背後からのBBの忠告が耳に入った。だがEDは止まらない。
 確信に近い思いを持って光を目指して進んでゆく。
「心配ご無用。僕の目には何の人影も映らない―しかし動体反応を持つ者。
そんな人物に心当たりがあります……ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵! よくぞご無事で」

 BBはEDが進む先、出入り口へとセンサーを集中させた。そして見つける。
 先行してゆくEDの眼前、デイバック付近に蠢く不自然な血流を
 そしてその血流は地に広がって一つの意思を紡ぎだした。

158:密談は鬼嫁が寝ているうちに 6  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:25:34 e8xsHfvV
【そちらこそ無事で何よりだ、エドワース・シーズワークス・マークウィッスル君! ところで背後に控える
彫像の如き存在は何者なのだ? そしてその腕に抱えられた少女が麗芳嬢でよろしいのかね?
いや、再会してそうそうに質問攻めにしては失礼だろうか】
「いえいえ、そんな事は無いんですよ。なんと言ってもこの僕自身、語りたい事柄がもう、喉の上まで
迫っているんだ。談笑したくてたまらない。ですが、惜しい事に今はそんな猶予は無いんですよ。
とある事情で灯台へと急がなければならない。麗芳さんにもメモを残して知らせなければ。
ああ、時が全てを解決すると言うけれど、その時間が足りないと言うのは全く腹立たしい事ですね!」
 そう言いながらもEDは懐中電灯をしまって、代わりに取り出したメモにスラスラと麗芳へ
 宛てたメッセージを書き記していく。
「まずは子爵、背後の彼と彼女は処々の事情で安全な場所を求めていましてね。
僕が灯台を薦めたとだけ言っておきましょうか」
【なんと、探求であったか! ならば救済の手を差し伸べるのが道理と言うもの……我輩が
先導を引き受けた!】
 言うが早いか子爵は地下通路の外へ飛び出して行く。
 その後に続いてEDと蒼い殺戮者が地下から退散する。
 蠢く血流、仮面の男、少女を運搬する機械の巨人……列をなして濃霧を突っ切るその群は
 ただただ珍妙な存在だった。

【B-7/地下通路/1日目・17:50】

【奇妙なサーカス】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこのイベントを潰す/このイベントの謎を解く
    ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナ・インバースの捜索
    第三回放送までに麗芳と灯台で合流する予定/少女(風見)の看護
    暇が出来たらBB(機械の人)を激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

159:密談は鬼嫁が寝ているうちに 7  ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:26:29 e8xsHfvV
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする/灯台までEDとBBを誘導する
    DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

【風見千里】
[状態]:熟睡。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジン無し)、カプセル(ポケットに四錠)、
    頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。 灯台へ風見を運んで行く。

160: ◆CDh8kojB1Q
06/05/20 14:27:51 e8xsHfvV
なんか最初のほう、トリをミスってるしタイトル無いし~~ もうだm(ry

161:イラストに騙された名無しさん
06/05/22 21:57:11 CHJoj8do
捕囚

162:イラストに騙された名無しさん
06/05/25 20:12:57 Kb5qNAMz
捕囚

163:イラストに騙された名無しさん
06/05/28 23:15:32 0lGziYs1
捕囚

164:イラストに騙された名無しさん
06/06/01 08:18:42 nop8/Rth
補習

165:イラストに騙された名無しさん
06/06/04 19:45:31 hfwBYK1y
捕囚

166:間隙の契約(1/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:22:30 G2sunfSb
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に横棒を引いた。
「知り合いかね?」
メフィストの問いにダナティアは短く応える。
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」―と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の―
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
ただ、静かに放送を聞いていた。

167:間隙の契約(2/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:24:49 G2sunfSb


その名を聞き、線を引いた。
危惧したほどに震えず、真っ直ぐな線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

168:間隙の契約(3/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:25:49 G2sunfSb

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
それはあまりにも歪んだ存在だった。
姿は変わらない筈なのに存在そのものが、存在という定義自体が間違った存在だった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
にも関わらず、無数の思い出の中のそれとは何処までも違っていた。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、映る像が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには、確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。


169:間隙の契約(4/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:26:59 G2sunfSb
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に水たまりの像が千切れ、歪んだ言葉を紡ぎ出す。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

―わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも―
 ―だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 全ての元凶はその間違いの中に潜んでいる、そんな気がした―

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くそうとした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、御使いの言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

170:間隙の契約(5/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:27:39 G2sunfSb
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、未知の精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは即答した。この問答を支配する為に。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
『今は、無い』
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来るなら」
ダナティアはアマワに言葉を突きつけた。
「必ず、その答えをおまえの鼻先に叩きつけてやるわ」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の空を睨む。
まるでその先に何かが見えるように。

171:間隙の契約(6/16) ◆eUaeu3dols
06/06/04 23:29:01 G2sunfSb
だが、現実には真っ白い濃厚な霧が視界を覆っているだけだ。
それでも宣言する。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのならば私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無い。
4人は東へ向けて、霧を裂いて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
コキュートスだけは先刻のアマワとの対話も聞いていた。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。


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