05/04/12 02:09:39
シルクロードの果て、名もない小さな街で僕はある男に出会った。
長い間旅を続けている内に疲れ果て、一つの場所に居続ける事を「沈没」と言う。
新たなる旅に向けて気力を蓄える沈没もあれば、目の光を失った「沈没」もある。
僅かな金額で泊まれる安宿の片隅、すえたベッドの上には気力もなく、
何週間も眠るだけの沈没者が居る。
祖国を出て何ヶ月か何年か、数える事も忘れてしまった日本人沈没者がアジアの街には無数にいる。
私はシルクロードの果て、小さな街で沈没し掛かっていた。
全てがどうでも良い様に思えた。食事を取る以外は一日中すえたベッドに横たえていた。
体に何の力も湧かなかった。このまま死んでしまうのも幸福に思えた。
そうして2週間ほどが過ぎた。
ある日、私は視線に気付いて目を開けた。
一人の男が私を見下ろしていた。男は微笑んでこう言った。
「このノートを差し上げましょう」
懐かしい日本語だった。男は続けた。
このノートはシルクロードを旅しているノートです。私はこのノートをシルクロードの東の果てで受け取りました。
私はこれから中近東に向かいます。
シルクロードの西の果てであなたに渡します。どうか、このノートを持って東の果てへ旅立って下さい。
そしてそこでまた誰かにこのノートを渡して下さい。
ボロボロになったそのノートには日本では決して語られなかった言葉が綴られていた。
無数の旅人が無数の筆跡で日本では決して語られなかった本当の言葉を綴っていた。
怒ったように跳ねている文字もあった。涙ににじんだ文字もあった。
本当は何故旅に出ようと思ったのか?
本当は何故沈没しても良いと思ったのか?本当は。
私は読んでいる内に涙が止まらなくなった。
他の国の旅行者が不審がるのも気にせず私は一晩中声を上げて泣いていた。
そして次の朝シルクロードの東の果てへと旅だった。
鴻上尚史「ファントム・ペイン」より
↑とても美しい話だと思うのですが、こんな感じの本ってありますか?