03/07/09 09:18
「廊下に植えた林檎の木」でも、最初の章にある生誕の不確かさや
崖の上の話が、最後の章「ぼくの最後の夢」につながるようになって
いるが、それは男側(祖父-父-僕)に共通する、「自分と折り合い
がつかない」という感じかもしれないし、「ぼく」が家の崩壊を願って
いるので、現実と夢が不確かに接合されているのかもしれない。
この「家(族)」は、それぞれの確かさ(正しさ・現実)と不確かさ(幻想)
との境界を明確につけられない(まぁ、女の方が自分と折り合いを
つけている感じがする)のだが、不思議に陰鬱な感じがしない。
それは光や匂いが溢れている(「敢ていうが、わたしの作品は全編
光明に満ちている」)からであり、崖から飛び降りるのではなく
「ぼく」がとどまるのは、実は非常に「倫理的な」選択(フォークナー
『野生の棕櫚』みたいな、とは言わないけど)だと思える。
でも、確かに細かい描写は、こうもり傘とミシンじゃないが、唐突な
物が多くて妙に気負ってる感じもする。その点「新生活」は、もっと
すっきりとまとめていて良かった。