10/07/18 12:47:06 EFFZhcsH
いつまでも佐々野は座り続けていた。
涙は枯れることなく流れ続けている。
県予選で自分たちに夢を託してくれた他校の皆、部員たちで結束した合宿の日々。
自分の全てを吐き出すべき全国大会の、第一歩で。
せっかく先鋒が稼いでくれた六万点を。
全てがあの姫松の女に奪われた。
最善の一手だったはず。
アレ以上の選択はなかったはず。
だが、結果は役満直撃。
中継をみている広島のみんなは、きっと無様だと思っているのだろう。
見え見えの役満にわざわざ引っ掛かった、馬鹿な女と思っているのだろう。
嘲笑が渦を巻いて自分を飲み込んでいるように思えた。
足が震えて一歩も動けない。
座っているのか立っているのか、それすらも分からない。
もしかしたらうつ伏せに倒れてるのかもしれない。
それほどに、佐々野いちごは前後不覚に陥っていた。
■
ぽん
肩を叩く感触にふと、我れを取り戻す。
「なに呆けてんじゃ!一回マンガンツモれば逆転できる点数じゃろが?仇はとっちゃるけん、きしっとしとき!」
「副将ちゃん…ごめん!ちゃちゃのんしくじちゃったよぉ!」
泣きながら抱きついてくる佐々野を副将はしっかりと受け止める。
佐々野が一生懸命やってきたことも、今の一手が最善の行動だと言うことも副将には痛いほど分かっている。
だが、佐々野がそれで自分を許せるような人間ではないことも副将は知っている。
言葉では佐々野を救えない事も。
副将は背中に回していた右手を下へ、頭を撫でていた左手の力を緩める。
気付かれないようにひっそりと。だが確実に手早く。
刹那。
副将の脳裏に次鋒戦のあと、食事休憩中に戦意に燃える佐々野の姿が浮かんだ。
あんなに努力してきた、あんなに頑張った、こんなに可愛い佐々野が失意に沈む姿など見たくない。
ならばどうするのか。
どうやって励ましたらいいのか。
それを考えるには副将は不器用に過ぎた。
それを探すには佐々野いちごは可憐すぎた。
やや上体を後ろに反らして佐々野の顔を見る。
普段可愛らしく振舞っている佐々野とは思えない哀れさに、その顔は包まれていた。
だからどうにか笑顔を取り戻してやりたいと思った。
だから泣かないでいて欲しいと思った。
そして思うよりも先に、唇が唇を、右手が腰を、それぞれ支配していた。
副将の舌が佐々野の唇を押し開き、歯を乗り越え、舌に到達する。
そのまま何度も何度も舌を絡みあわせる。
お互いの唾液がお互いの顎を伝わり、制服に滴り、床を濡らす。
やがて二人の唇は溜息と共に離れ、互いの瞳を見つめ合った。
「こんなの、考慮しとらんよ…」
「涙、止まったじゃろ?さっさと控え室行って祝勝会の準備でもしときいや」
そのままホールをあとにする直前、副将に送った佐々野の笑顔は、今までにない柔らかさに包まれていた。
(了)