09/02/14 02:24:40 m+gi+TKZ
「衣玖」
いつものようにふよふよと雲の中を漂っていた衣玖の前に、天子が現れた。
「これは総領娘様。お散歩ですか?」
「ん……まあ、そんなところよ」
いつもはっきりと、余計な一言まで付けてズバズバ物を言う天子だが、どうも歯切れが悪い。
落ち着かない様子で目を泳がせている彼女を、衣玖は不思議そうに見つめる。
その視線に気付き、天子は誤魔化すように咳払いをすると、後ろ手に隠していた物を差し出した。
「……今日はバレンタインデーでしょ?」
「まあ! 光栄ですわ」
衣玖は顔の前で手を合わせて、それから包みを受け取った。
ピンク色の可愛らしい包装紙に包まれたそれは、その見た目とは裏腹にかなりの重量があった。
「一応言っておくけど、義理だからね。変な勘違いしないでよ」
目を逸らしながら、何故か怒ったような口調で言う天子。
「ええ、分かっておりますとも。ありがとうございます」
衣玖はそう言って、本当に嬉しそうに微笑んだ。
すると、天子の眉が一瞬にして吊り上がった。そして、
「衣玖の馬鹿っ!」
と叫んだかと思うと、猛スピードで飛び去って行ってしまった。
「……およよ?」
衣玖はその場に取り残されたままぽかんとしていたが、
「やれやれ。天人様のお考えになることはよく分かりませんね」
と一人呟いて溜息をつき、再びふよふよと雲の中を漂い始めた。
せっかく頂いたチョコをうっかり下界に落としてしまわないよう、自分の家に戻るために。