10/08/15 22:04:28
美しいものを狂熱的に好む王がこのアルフレートを自分やテオドールほどには愛されないのは確かに一見不思議な事だったが、それを妨げているのは明らかに彼の持つ一種の不遜さだった。
英雄好みの若い王は既に数人をその神殿に祭り上げていたが、臣下には幻想の中世絵物語にしか存在しないような絶対の忠誠を求めているのだから。
従ってこの美貌と才気にもかかわらず、あの夢見がちな王とアルフレートの間に若干の温度差のようなものが生じるのは仕方のない事だった。
わけてもその傍らでこのテオドールのように若く美しく家柄も良く、しかも賢い男が心底から王を敬愛しているとなれば。
この世の誰が、毛並みの良い賢い美犬が忠誠を誓っているのに、しつけの悪そうな猟犬にわざわざ手を差し出すだろう?一つ間違えれば手をひどいやりかたで咬みつきかねない。
「アルフレート、テオドールの事よりも君は?
フォン・アーレンスマイヤ家の花嫁の目星はついているのか?
君もなかなか尻尾を掴ませてくれないが。」
「僕はまだいい。今の僕にはご婦人は枷にしかならない。そもそもレーゲンスブルグの現在の状況が、」
「テオドールの前で君と政治談議をする気は無いよ。妻にも聞かれているのさ。
あの方は、一体、どのような方をお望みなのかと。何かあてでもあるのかもしれない。」
アルフレートは首を振った。
「侯子殿の円満で幸福な結婚生活には敬意を表するよ。だがヘレーネ公女のご紹介など恐れ多い。
僕の中身は一介の田舎紳士で、ロマンのかけらもありはしないからな。
甘やかな語らいなど期待されても困る。田舎紳士なりにその時になったら調達するよ。」
「君と言う男は相変わらず身も蓋も無い。中年になってから若い妻を娶るつもりなのか?
ここはひとつ君の基準も聞いておこう。」
「僕の基準か?僕は妻には二つのものしか求めない。
狂熱的な恋情もエリザベート妃のような美貌も、富も才気と教養も、何もかも滑らかに進行させる家柄の良さも、家事をそつなく取り仕切る賢さも、さらに言うなら炉辺の憩いも僕には不要だ。」
「ほう?どれも大変結構なものだが。それ以外に妻に求める美点とは何なのだ?」
「息子を産むこと。僕に貞節であること。それだけだ。
この二つを与えてくれれば、僕は妻を崇めたてまつるだろう。」
マクシミリアンは「それはまた。」と冷笑すれすれの微笑でアルフレートを見たが、アルフレートの表情は動かず案外本気なのかもしれないと思わせられた。
この鼻もちならないビスマルク信者はあれだけミュンヘンで派手に動きながらも案外素朴な価値観の持ち主だったとみえる。
ここまで俗物ならいっそ憎めない。マクシミリアンは笑みを抑えきれず誰か賢い女がこの男を徹底的に尻にひいてくれることを内心で願った。
と、二人の話を明らかに聞いていなかったテオドールがふいに立ち上がって杯を高く掲げた。
「今日のこの日に乾杯しよう。僕の運命は今日変わった。君らが証人だ。わが友らよ、君らとの友情を誇りに思う。今日、運命に出会えたこの日を君らと過ごしたことを忘れない。
いや、言ってくれるな、それは思い込みではかない火花に過ぎないとは。
僕にはわかっているんだ。僕が今日、自分の真実と出会う事ができたと。
君達を愛している、王を愛している、この街を愛している、僕を育んだバイエルンを愛している。僕の天使の瞳にその全てはあった。
さあ、祝ってくれ。
この幸せな男の、今日という、この日を。僕の運命は今日定まった。」
苦笑しつつ男達は杯を高く挙げ、テオドールの恋の始まりをとりあえずは祝ってやったのだった。