09/01/30 19:34:27
>>449
「母上、少しお時間はよろしいですか?」
ジャルジェ夫人は縫いかけの刺繍仕事の手をとめ、オスカルを見た。
ジャルジェ夫人の部屋にオスカルがやってきたのは、
結婚の話が持ち上がってから実にこれが初めてだった。
しかも、結婚相手を選ぶ舞踏会という大切な日の前夜に現れたのだ。
優しい母の笑みで娘を迎え入れる。
「オスカル。あなたから私の部屋にくるなんて、珍しいこともあるのですね」
幸せを願っての選択だったのに、連日どこか浮かぬ顔の娘に夫人もかける言葉がなかったのである。
「母上…」
良かれと思い薦めた結婚は、オスカルには負担だったのだろうか。
そんなことを思いながら、膝に崩れてきた娘の顔を両手で包み込んだ。
「どうしました?結婚を控えて少しナーバスになっているの?」
「母上…私は父上の人形ではありません。
血の通った、自分の意思を持つ、生きたひとりの人間なのです」
「オスカル?」
「女を捨てて軍人として生きろ。そう言われ続け、そのように生きてまいりました。
だが今度は結婚して子を産め、女に戻れとおおせです」
瞳から溢れる哀しい色の涙。
それをそっと指ですくいながら夫人はありったけの愛情を滲ませた言葉で娘に語りかける。
「親と言うのはそれほど愚かなものなのですね。
時として子供の幸せを願うあまり愚かな行動にも出てしまう」
「母上?」
「オスカル、お父さまは後悔しておいでです。
知っているでしょう?この頃の世の中の不穏な空気を…。
このまま貴女を軍隊においては、貴女のことだから軍を率いて
怯むことなく戦いの矢弾に身を投じるでしょう。
そうなる前に愛しい我が子を救いたい。ただの女性として平和な家庭を持って欲しいと…
…そう願う私たちを、愚かだと笑いますか?」
「父上がそのようなおつもりで結婚のなどを…あ…」
親の愛の深さに、全身の血がさーっと引いていくのを感じた。
オスカルは魂を浮遊させ、抜け殻のように母の部屋から出て行った。
私はどうやって生きればいいのだ。これから生きていけばいいのだ。
迷い込んだ迷路の出口を見つけらないまま、オスカルは舞踏会当日の朝を迎える。