南極大陸の歴史at WHIS
南極大陸の歴史 - 暇つぶし2ch72:世界@名無史さん
21/01/21 01:15:42.26 0.net
 白瀬矗は1月28日の日記にこう記しています。
「南緯80度05分、西経156度37分に至るや、一歩も進むあたわず。進まんか、死するのみ。否、死は兼ねて期せるところ。敢え(あ)て恐れざれども使命は死より重し。死して命(めい)を果たすを得ず。我は泣いて使命のために、この上の行進を中止する」
 そして全員死亡した場合のことを考え
「死は努力の終局ではあるが、責任の終局ではない。日本南極探検隊が極点に至らずして南極大陸のどこかで死んだと伝えられたらならば、世界はいかに我々を見るであろう。恐らく国家的恥辱となるに相違ない」
と述べ、国際的に日本の国自体が非難されることを心配しています。白瀬の、この探検を無にしないという強い責任感の表れであろうと思います。
 帰りは急ぎに急ぎました。往路の8日間をわずか3日間で基地に戻っています。南極の282kmを3日間で走り抜いた犬ゾリは今だかつてありません。
それは食料が底を突き、残るはわずかのビスケットだけだったからです。そのビスケットさえもアイヌ隊員山辺(やまのべ)は犬たちに分け与えています。
 2月2日、鯨湾に白瀬たちを迎えにきた開南丸はボートを降ろしますが、南極特有のブリザードと、目まぐるしく変化する流氷に阻まれて接岸に難航します。隊員を収容するのが精いっぱいでした。
 そして犠牲になったのが20頭のカラフト犬です。
 「氷の上で悲しい声で鳴きながら船を追いかけて来る犬たちを見て泣かない者はなかった」と犬係りの花守は述べています。まさに後ろ髪を引かれる思いだったに違いありません。
URLリンク(shirasenobu.com)


次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch