南極大陸の歴史at WHIS
南極大陸の歴史 - 暇つぶし2ch133:世界@名無史さん
21/02/08 12:35:22.29 0.net
チェリー・ガラードってイケメンだけど
URLリンク(i.imgur.com)
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下の写真は鼻が凍傷になってるかな?
チェリー=ガラードはディミトリと犬の2つのチームと共に、2月26日にハットポイントを出発し、1トン・デポには3月4日に到着し、追加分の食料を置いた。
スコットはそこにいなかった。
物資は自分たちの犬達のために24日分であり、ハットポイントに戻る前に8日間待った。
待つ代わりに南に移動するという選択肢もあったが、補給所に犬の餌がないので、連れて行けば犬を殺すことを意味していた。
そうすれば、アトキンソンの「犬にリスクを冒させない」という命令に違背することになった。
チェリー=ガラードはスコットを待つことにした。
3月10日、天候が悪くなる中で、チェリー=ガラードの物資も少なくなっていたが、スコット隊が僅か70マイル (110 km) 足らず先で奮闘していたことを知る由もなく、基地に戻ることにした[120]。
アトキンソンは最初はライトに仕事を頼んだが、後に、「私は遠征隊の他の士官がそれ以上できなかったことに満足している」[121]と記した。
チェリー=ガラードはその後の人生で、違う行動を取っていれば南極点行隊を救えたかもしれないと考えて悩んだ。
URLリンク(ja.m.wikipedia.org)
この時の「違う行動を取っていればスコット隊長達を助けられたかもしれない」という自責の念から南極から帰国してまもなく鬱病(PTSDによるものと推測される)になってしまったみたいだね。
彼の心理状態は決して治りませんでしたが、彼は苦痛のために何年も寝たきりで過ごしましたが、探検家は彼の経験を書き留めることによってある程度自分自身を治療することができました。
彼は極寒によって歯が損傷したため、繰り返し歯科治療を必要としました。
彼は何度も、南極点チームを救った可能性のある代替の選択肢と行動についての質問を再検討しました。
特に、1922年の著書「世界で最悪の旅」で。
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