20/07/11 22:48:33.04 0.net
エミシが、のちの北海道のアイヌと同一の民族で、縄文人と同一民族であることは、最近になって、ミトコンドリアDNAのタイプを調べることで結論がでた。
(北海道のアイヌと沖縄の人は同じではなかった。)
喜田貞吉は、さきに述べたようにエミシはアイヌだと断言している。
DNAなど知らないまま、この結論をみちびきだした論理はつぎのようなものである。
エミシは自分たちのことを「カイ」と呼ぶ。「コシ」というのは、クニツカミ(出雲族など)がそう呼んだだけで、じつは自称「カイ」であった。
コシに接した「天孫民族」は、カイがほんとうの名だと知って、かれらを「蝦夷」の字でもって表記した。
「蝦夷」と書いて、「カイ」だ。
「蝦」は蛙のことだが、虫偏の右にある旁が、「カ」という音をあらわしている。
「夷」は夷狄の「イ」だ。辺境の異民族という意味の漢字を使い、音は「カイ」と表記している。
「平安初期の「弘仁私記」の序にも、蝦夷に「カイ」とルビをふっているし、平安末の「伊呂波字類抄」にも、カイの条に「蝦夷」とある。
のちに、といっても、うんとのちのことだ。幕末になって、松浦武四郎が樺太サハリン)で、アイヌが「カイナ」と自称するのを聞いた。
「ナ」は尊称の語だから「カイ」でいい。アイヌもまた「カイ」と自称していた。
それでは、「カイナ」が、なぜ「アイヌ」と呼ばれるようになったのか。
カイナが、アイノ、アイヌと転化していくのだが、このことに、ここでたくさんのページをさくことはできない。
「喜田貞吉著作集」の第九巻は、まるごと一冊が 「蝦夷の研究」にあてられている。
さらに、第八巻の「民族史の研究」にも、エミシに関するおおくの言及がある。ぜひ、それらを見ていただきたい。
そこには、天孫族によってエミシが関西から遠ざけられて行く過程を、「ヒタカミ」という地名から考察した論考もある。