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1766年 - イワン・チョールヌイが国後場所に侵入。ロシア人として初めて得撫島(ウルップ島、後の得撫郡)以南に到達。周辺のアイヌから毛皮の取り立てや過酷な労働を課し、得撫島で多数の女性を集めてハーレムを作る(1769年まで)。
1776年 - ロシアの毛皮商人による殖民団が、得撫島へ一時的に居住(7年後に撤退)。
1786年 - 最上徳内択捉島と得撫島を探検。幕吏として最初に択捉島・得撫島を探検した徳内は、このときロシア人が居住していること、択捉島現地人の中にキリスト教を信仰する者がいる事を確認している。
1789年 - 労働条件や国後場所請負人・飛騨屋との商取引に不満を持った蝦夷(アイヌ)が蜂起したクナシリ・メナシの戦い勃発。この戦いに破れて以降、アイヌによる大規模な蜂起は見られなくなった。
1790年 - 樺太南端の白主に松前藩が商場を設置、幕府は勤番所を置く。