26/07/27 09:50:13.14 0.net
ここからは、むしろ、大きく遠回りすることの方が、この語源解釈の妥当性についてより深く考へるのを促す近道となる。
82:考える名無しさん
26/07/27 09:57:54.80 0.net
AI による概要
日內瓦(法語:Genève;英語:Geneva)是瑞士第二大城市與法語區第一大城市,也是聯合國歐洲總部及世界衛生組織等眾多國際機構所在地的全球外交中
83:考える名無しさん
26/07/27 10:11:43.69 0.net
「日內瓦」は、日本においては、「ジュネーブ」といふカタカナ表記で知られるスイスの都市名の中国語における漢字表記である。
日本語で学校教育を受けた人であれば、「日」、「內」、および「瓦」のいづれの漢字にも、程度の差こそあれ、慣れ親しみがあるはずであり、かなり多くの人は、その音読みも知ってるだろう。
では、しかし、それらの人のうち、「日內瓦」といふ漢字表記を見て、それがスイスの都市名の《Genève》の英語読みの発音を反映してゐるのだろうと気づく人はどれだけゐるだろう。
中国語を学んだことのある人以外のほぼ全員が、私と同様に、なせ「日內瓦」が《Genève》に対応することになるのかと戸惑ふはずである。
84:考える名無しさん
26/07/27 10:18:45.07 0.net
このようなことを言ひ出すと、その時点で、専門家を含むほとんどの一般の人々は、「にく・し」の語源説明とは一切、何の関係もないことに話題を移したものと判断して関心を失ふ。
それは、そのような人々が、問ひに対する「正しいとされる解答」をすぐさま効率的に得ることばかりを大切にして、ものごとを哲学的に考へてみようとする基本姿勢を根本的に欠いてゐるからである。
85:日本語の愚鈍化
26/07/27 10:22:39.88 0.net
ところが、そのように「効率を優先する」姿勢は、長い目で見れば、むしろ、考へのめぐりを滞らせて、ものごとを理解する効率を決定的に低下させるのであり、まさにその効率の低下を具現化してゐるのが、日本語の新仮名遣ひである。
86:考える名無しさん
26/07/27 10:26:56.79 0.net
日本語において「新仮名遣ひ」が氷の塊でできてゐるとすれば、「旧仮名遣ひ」は、口当たりの滑らかなジェラートである。
87:gelatinous
26/07/27 10:35:25.41 0.net
ところで、「に(煮)こご(凝)り」は、カタカナ語で「ゼラチン」とも呼ばれるが、「に(煮)こご(凝)り/ゼラチン」は、「氷(こほり)の如く『凝り固まってゐる』」だろうか。
>gelatine(n.)
1713年、フランス語の gélatine(17世紀)「動物から得られる透明なゼリー状の物質;魚のブロス」から、イタリア語の gelatina、gelata「ゼリー」から、gelare「ゼリー状にする」から、ラテン語の gelare「凍らせる、凝固させる」(印欧祖語のルート *gel-「冷たい;凍らせる」から)。
etymonline.com/search?q=gelatine
ことばの表現としての「凝り固まり」を優先することにより、解釈に逆立ちが生じてゐるのではないか。
88:考える名無しさん
26/07/27 10:39:00.97 0.net
気づかれる際立ち方としては、thickening"を生じること、日本語の古語を用ゐるなら、そのように「あつしくなる」ことにより、「こ(凝)りかた(固)まる」のであって、その逆ではないのではないか。
89:考える名無しさん
26/07/27 10:41:33.43 0.net
ここからが本題だが、つづきはまた後で
90:考える名無しさん
26/07/27 11:32:41.50 0.net
「軸(ぢく)」は、その作用において「軸(ぢく)」として際立つようにあら(顕/現)はれるものであって、何らかの「もの」として「凝り固まってゐる」なら、「軸(ぢく)」の様態で作用することはない。
91:考える名無しさん
26/07/27 11:53:33.88 0.net
私は、日本語を「旧仮名遣ひ」で表記することが正しく、「新仮名遣ひ」で表記することは誤りであると云ってゐるのではない。
そうではなく、例えば、「軸(ぢく)」を「軸(じく)」と表記するとき、何がどのように失はれることになるのかを問題にしてゐるのである。
また、「旧仮名遣ひ」には、その運用において、声音づかひに気を配る際に、「新仮名遣ひ」に欠けている柔軟性が備はってゐる。
例えば、「焦燥感」を伝へようとする声音づかひを如実に伝へようとするとき、「じりじりと」と表記するのと、「ぢりぢりと」と表記するのでは、どちらがより相応しいと感じられるのか。
この運用の柔軟性(ぢゅうなんせい)の違ひは、母語以外の学習しようとするときにも大きな影響を及ぼすことになる。
92:考える名無しさん
26/07/27 12:07:44.70 0.net
日本語において「新仮名遣ひ」では積極的に排除されることとなった「ぢ」の表記により伝へられる声音づかひは、中国語を学習しようとするときにも、英語、フランス語、スペイン/ポルトガル語、イタリア語などの西洋の主要な言語を学習しようとするときにも、「軸(ぢく)」として大いに役立つことになる。
ただし、「軸(ぢく)」は、既に指摘したとほり、その作用の様態が求められて際立つことによりあら(顕/現)はれるものであって、それを「凝り固まり」として捉へようとするなら、その「ぶれ」や「ずれ」に惑はされて見出すことはできない。
93:考える名無しさん
26/07/27 13:25:14.34 0.net
日本語を母語とする人が中国語の普通話を学ぼうとするとき、そこでつまづくことになることが多いのが、「そ(反)り舌音」と呼ばれるピンイン表記の"r"の発音であると云はれてゐる。
なぜ、そこでつまづくのかと言えば、その声音が、「そ(反)り舌音」という名称が想起させるイメージとも、アルファベットの"r"表記のイメージとも異なっており、それを発声するときにどのようにイメージしてよいのか不明となるからだ。
私自身、日本語の古語と中国語の対応関係に関心を持ちはじめた当初、ピンイン表記について何も知らなかったので、単にアルファベットの"r"表記のイメージから、その声音づかひについて完全に誤解してゐた。
しかし、日本語の旧仮名遣ひの表記との対応関係を意識したとたん、ピンイン表記の"r"がどのような声音づかひであるのか、ただちに容易に理解できるようになったと感じられるようになった。
ただし、旧仮名遣ひの表記も、中国語のピンイン表記の"r"と単純な対応関係を見せてゐるわけではない。
ピンイン表記の"r"の声音づかひについて私がどう捉へてゐかについては、これまでも繰り返し詳述してきたので、ここでそれを繰り返すつもりはないが、例えば、"ri"の場合であれば、旧仮名遣ひにおいても「じ」と表記される漢語の読み(「人(じん)」、「日(じつ)」)も含め、「じ」を「ぢ」に置き直して、「ぢ」から考へてみれば、とてもイメージしやすくなる。
94:考える名無しさん
26/07/27 13:29:57.00 0.net
このことは、実際、スイスの都市名の"Geneva(/d͡ʒəˈniːvə/)"(「ジュネーブ」の英語の発音をカタカナ表記すると「ヂニーヴァ」となるだろう)が、中国語において「日內瓦」と音訳されて漢字表記され、「日」のピンイン表記は、"(Pinyin): rì"であることからも確かめることができる。
95:考える名無しさん
26/07/27 13:34:43.99 0.net
ところで、万葉仮名では、日本語の「ぢ」の声音を表記するのに「治 遅 地 膩 尼 泥」が当てられゐる。
「ぢ」の声音に「泥」や「遅」の表記が当てられるとき、「ぢ」は、「ゆ(行)きなづ(泥)むようにとどこほ(滞)る」イメージを想起させただろうと推測することができる。
96:考える名無しさん
26/07/27 13:45:23.02 0.net
「ぢゃ、ぢゅ、ぢょ」の声音は、「柔軟(ぢゅうなん)」、「柔和(にゅうわ)」、「若輩(ぢゃくはい)」、「老若男女(ろうにゃくなんにょ)」などの例を見ても分かるとほり、軟化すると「にゃ、にゅ、にょ」に変位する。
「天竺(てんぢく)」の「竺(ぢく)」は、中国語の普通話においてピンイン表記の"r"に対応してゐるわけではないが、漢語の「肉(にく)」がピンイン表記の"r"に対応してゐることからみても、日本語において「ぢく」と聞きなされた声音が、「にく」に変位するのを想定することは、何ら無理なことではない。
そして、「竺(ぢく)」のことばの表現としての用法を考慮するなら、日本語の「にく・し」の語源を「竺(ぢく)・し」に求めることができるとする、上に提示した想定は、私には極めて妥当であると感じられる。
97:考える名無しさん
26/07/27 13:55:14.17 0.net
AI による概要
「問題群(プロブレマティーク、problematique)」とは、単一の独立した問題ではなく、複数の複雑な要素や社会問題が互いに絡み合い、全体として巨大で解決が困難になっている構造や状態を指す言葉です。
哲学的な探求は、単一の問ひに対する「正解」からの演繹を展開しようとするものではなく、「問題群」/"problematique"からそれを効率的に解くのに最適な「軸(ぢく)」となる考へのめぐらせ方を探ろうとする。
ところが、専門家を含め、「問題群」/"problematique"といふ捉へ方を単に軽視するにとどまらず、それを嫌って排除しようとする、否むしろ、「問題群」/"problematique"といふ表現そのもにに激しい憎悪を向けて、拒絶しようとする人々が決して少なくない。
98:考える名無しさん
26/07/27 13:55:58.61 0.net
表現そのもにに ×
表現そのものに 〇
99:考える名無しさん
26/07/27 16:57:02.73 0.net
不特定多数の要因が絡まり合ふ問題を解こうとするとき、記述のこころみを疎かにして正解を求めようとすべきではない。
ところが、奇妙なことに、「そんなに単純ではない」、「問題はもっと複雑だ」と口癖のように言ひたがる人々の方が、「だから権威により示される正解を頼みにすべきだ」といふ単純極まりない結論にしがみつくのである。
100:考える名無しさん
26/07/27 17:09:24.01 0.net
解きがた(難)い問題は、"a hard problem"なのか。しかし、「(し)がた(難)い」/"hard to ~"といふ感覚は、「にく・し」と感じることが、つまり、「なづ(泥)むようにとどこほ(滞)りを生じさせる」ことが「結果としてもたらす」»Erstarrung«(「凝固」、「硬直」、「凍結」、「麻痺」)の印象を表現してゐるのではないか。
101:考える名無しさん
26/07/27 17:10:11.91 0.net
哲学的にものごとを考へようとするなら、こころみに結果を先立てるべきではない。