26/06/02 11:14:47.55 0.net
がんばれベアーズ!
138:考える名無しさん
26/06/02 11:16:02.78 0.net
アメリカ社会における倫理的感性の起源
139:考える名無しさん
26/06/02 11:17:15.30 0.net
がんばれ!ベアーズの時代1976年から現在のトランプ政権まで
140:考える名無しさん
26/06/02 11:20:49.75 0.net
例えば、アメリカの倫理的教育映画と考えられる
「がんばれ!ベアーズ」だが(1976年)
この映画には黒人の姿が全く出てこない。描かれていない。
この時ドナルド・トランプは30歳である。
141:考える名無しさん
26/06/02 11:21:09.21 0.net
ピッチャー テータム・オニール
142:考える名無しさん
26/06/02 11:59:03.95 0.net
> この映画には黒人の姿が全く出てこない。描かれていない。
まるでアメリカ社会には黒人なんて存在しないかの感じ?
143:考える名無しさん
26/06/02 12:02:14.42 0.net
そういえば丸川哲史は実家が鹿嶋市だな。
実家が鹿嶋市で禅寺やってる。
親父さんは鹿島重工の社員だった。
144:考える名無しさん
26/06/02 16:16:36.89 0.net
『力と交換様式』(柄谷行人)、好意的な書評が多いけど本心から評価してる?
「これはアカン」て思ったら、正直にアカンて言ってもええんやで・・・
マツ(許してください)
@matsurara
24分前
145:考える名無しさん
26/06/02 18:53:11.09 0.net
マツ(許してください)
@matsurara
5時間
そのような「謎の」力は確かにあり、「科学」の名のもとにこの「霊的」な力と
向き合ってこなかったことが、むしろ科学的な社会の構造解明を阻んできた、と
いうのが柄谷の立場だ。
“科学的な態度とは、霊として見られるほかないような「力」の存在を承認した上
で、その謎の解明に正面から
取り組むことである”
(本書 P58)
だが、柄谷自身はこの「霊的」な力を解明する方向では理論を深めない。
交換様式ごとに異なる力の差異と連関を、様々な書物を引用し、記述していくだけ
なのである。冒頭、「不可解な」と書いたのはこのためだ。「霊」を持ち出したこと
が不可解なのではなく、
持ち出しておきながら、当人が正面切って向き合っていない。
そのことが不可解であり、不満なのだ。
146:考える名無しさん
26/06/03 02:25:20.55 0.net
>>140
>>142
失礼実は若干たぶん一人
黒人のチームメンバーがいましたw
あくまでも脇役だけど
チームにいる黒人少年は決して差別的な役割はない。
私の記憶違いw
見たのは小学生の時ですね。
しかしこの映画はかなり面白かった記憶がある。
特にテータム・オニールの役柄が良かった。
147:考える名無しさん
26/06/03 02:28:35.77 0.net
テレビドラマとしてヒットした「大草原の小さな家」とか。
アメリカの子供向けTVシリーズだが。
大草原の小さな家に黒人が出てきたかどうかも定かでない
覚えてないが、アメリカで作られるああいう子供向けだが
倫理的な枠組みのしっかりしたストーリーは
さすがによく出来たドラマだったと思う。
148:考える名無しさん
26/06/03 02:42:50.03 0.net
>>146
しかし黒人の側からあの映画見てもムカついた人は多いだろうな。
真に快くはなれない構造が黒人の立場からそこにあるという感じだ。
しかし白人世界としてだけだは非常に倫理的な完成度の高い
情緒で終わる物語の構造。
70年代のアメリカだとまだこういうドラマは多いし
黒人の無視され方よりも更にもっと酷く無視されがちなのは
アジア人であり日本人や中国人のことだったろう。
149:考える名無しさん
26/06/03 02:44:10.61 0.net
この時代の感性にドナルド・トランプは
再び戻ろうと国民に呼びかけているのか?
150:考える名無しさん
26/06/03 15:18:14.50 0.net
非有機的生 (講談社選書メチエ) 単行本 – 2023/4/13
宇野 邦一 (著)
424ページ
講談社
発売日 2023/4/13
151:考える名無しさん
26/06/03 15:19:13.40 0.net
「非有機的生」とは何か?
言うまでもなく、人間も含めた生物は有機体であり、その本質は「有機性」にある。
しかし、人間がすべて有機性によって説明されるのかといえば、決してそんなことはない。
例えば、自然の中には有機性をそなえた生物もいれば、有機性をもたない鉱物もある。
しかし、人間が自然の中にあるものを加工し、改変を加えてみずからの有機的生のために
利用するとき、それらの対象は総体として非有機的な「自然」として捉えられている。
その結果、その「自然」の一部である人間もまた非有機的なものとして捉え返され、
政治はそのような対象としての人間を操作し、駆動していくだろう。ここにあるのは
「生政治」と呼ばれる問題にほかならない。
152:考える名無しさん
26/06/03 15:19:56.57 0.net
このように単純な二項対立としては捉えられない有機性と非有機性は、技術や政治のみならず、
思想や文学、芸術など、どこにでも見出される。目次を見れば明らかなように、本書をなす
各章で扱われる対象は実に多様である。そこには、西洋/東洋、精神/身体、概念/図像、
制作/生成、樹木/リゾーム、自我/魂、戦争(war)/闘争(combat)、権力/力、超越性/内在性、
二元論/一元論、物質/理念、実体化/非実体化といった幾多の二項対立が広がっているが、
それらはすべて有機的生/非有機的生という二項対立と交錯し、重なり、ずれながら、
一つの巨大な問題系を照らし出していく。
これまで身体、知覚、イメージといった問題を中心にして哲学や思想を、歴史や政治を、
そして文学や芸術を多彩に、細やかに、そして大胆に論じてきた著者は、みずからの思索
の全体を「非有機的生」という言葉を携えて俯瞰し、整理し、編み直してみせる。
本書は、長年にわたる執筆活動を経てきた著者の集大成にほかならない。
153:考える名無しさん
26/06/03 15:20:26.10 0.net
[本書の内容]
見取り図─なぜ非有機性か
序 章 (非)有機性についての混乱を招きかねない註釈
第I部 総 論
第一章 東洋、生成、図像
第二章 芸術と器官なき身体
第三章 人間あるいはシンギュラリティ
第II部 各 論
第一章 倒錯者のエチカ
第二章 ブランショの革命
第三章 知覚、イメージ、砂漠―仮説的断章
第四章 顔と映画
第五章 映画の彼方、イメージ空間
第六章 時間の〈外〉とタナトス
第七章 反〈生政治学〉的考察
第八章 知覚されえないが、知覚されるしかないもの
終 章 問いの間隙と分岐
154:考える名無しさん
26/06/03 15:20:52.84 0.net
元NAM代表の田中正治よ
自己批判せよ
155:考える名無しさん
26/06/03 18:13:51.62 0.net
World of Science
@Science_TechTV
6月2日
“Try not to become a man of success, but rather try to become a man of value”
-Albert Einstein
156:考える名無しさん
26/06/03 18:18:07.99 0.net
平井玄
@hiraigen
10時間
哲学は確立されたいかなる権力にも役立たない。哲学は悲しませるためにある。
誰の心も悲しませず、誰の心も逆らわず、誰の心も傷つけない哲学は、
哲学ではない。哲学は愚かさに害をなすためにあり、愚かさを恥ずべきものにする。
157:考える名無しさん
26/06/03 18:21:09.88 0.net
Paroles d'auteurs
@Paroles_auteurs
愚かさとは、思考そのものの構造である。それは誤る方法ではなく、
思考における非論理を正当的に表現するものである。愚かさは誤りではなく、
誤りの織物である。
愚かな思考、愚かな言説が、すべて真理で構成されていることはよく知られている。
しかしその真理は低俗であり、低俗で重く、鉛のような魂の真理である。
愚かさとは、より深く、それの症状であるもの、すなわち低俗な思考の仕方である。
[…] 誰かが哲学は何の役に立つのかと尋ねるとき、その答えは攻撃的でなければならない。
なぜならその問い自体が皮肉で鋭いものだからだ。哲学は国家にも教会にも役立たない。
それらは別の懸念事を持っている。
哲学は確立されたいかなる権力にも役立たない。哲学は悲しませるためにある。
誰の心も悲しませず、誰の心も逆らわず、誰の心も傷つけない哲学は、哲学ではない。
哲学は愚かさに害をなすためにあり、愚かさを恥ずべきものにする。
ジル・ドゥルーズ、『ニーチェと哲学』
午前4:37 · 2026年6月3日