25/11/15 15:03:17.11 0.net
あの灘中学校高等学校では、入試で国語が算数よりできたタイプが、
算数優位のタイプよりも入学後に苦労するという。
アメリカで大学入学の際の学力を示す際に使われるSATというテストでは、
言語能力を測る試験のスコアよりも理数系の能力を測る試験のスコアの方が、
生涯年収と正の相関関係にあるといわれる。
だが、東大では、入学後上手く行くかについては、
入試で示された現代文の学力が一番正の相関関係にあるとされる。
国語力などの受験で測られる学力をちょっと気にしてみたい。
2:考える名無しさん
25/11/15 15:09:22.93 0.net
言語の場合は時代の流れとともに言葉の用法が変化するが、
数学の場合はよほどの新発見がないかぎり、小中高生への影響はあまりない。
ただし、言語の能力を疎かにすると、高等教育では付いて行けない。
また、数学科や数学専攻は一応は理学部にあって、
大学以降の数学に関しては哲学に近づくとも言われるが、
あまりそういうことを盲信すると、落ちこぼれることもあるらしい。
こういうことを考えていると、教育論的な方向にも流れるかもしれないな。
3:考える名無しさん
25/11/15 15:14:03.31 0.net
今の若い世代はどうかは知らないが、
自分の学生時代の指導教員は、高校では理数系の授業をさぼっていたらしい。
その分英語や国語や社会科に力を入れたのだろうし、
実際、文章力はあったが、研究職に就いて以降は、
教育面での負担もあってか、伸び悩んでおられた。
就職それ自体を重視すれば作戦勝ちだったが、
その後のことに関しては理数系を捨てる戦略が生きるかどうかはわからない。
4:考える名無しさん
25/11/15 15:20:51.34 0.net
しょうもない話になるが、
自分が高3の時に駿台に通っていた際に、
英語の名物講師が、関西人の駿台模試の成績は関東の駿台模試の成績に対して、
数学以外の科目はすべて劣っていると話していた。
これを知った時は少し衝撃的で残念だったが、
今にして思えば、関西人の上澄みは就職や進学で東京に出ていくわけだし、
そのことを考慮すれば、関東圏の生徒の数学の成績が関西圏よりも悪いこと自体が、
ある意味ではおかしいのだと思う。
ちなみに、理数系の授業をさぼっていたと言っていた先生は関東の人だった。
5:考える名無しさん
25/11/15 15:38:09.89 0.net
世界の理解のために、数学ができることは、必要条件ではあるが、十分条件ではない。
「どの程度に数学ができればよいのか?」というのも明確ではない。
そのようなことを知るのに、IQテストは全く不十分だ。
6:考える名無しさん
25/11/15 15:38:17.91 0.net
昨今では、言語化する能力が持て囃されているけれども、
これはもしかすると、時代の要請の中で理数系の能力がやたらと求められる世相の
あるいみでは反動なのかもしれない。
7:考える名無しさん
25/11/15 15:39:39.89 0.net
>>5
IQテストで高いスコアを取る子供ばかり集めた英才教育が失敗した、
という朝日新聞のプロモーション記事がXで最近流れていましたね。
やはり、総合的な能力が必要なのは確かだと思います。
8:考える名無しさん
25/11/15 15:52:13.81 0.net
ちなみに、東大と京大を比較すると、東大の方が圧倒的に国語の配点が高い。
理科や数学の配点は京大の方が高い。
東大は理系にも高い言語能力を求めているのは確かである。
京大は工学部で国語が課されるようになったのも、
そう遠い昔のことではなかったりする。
文系のみで比較すると、
東大文系と京大文系は後者の方が空間ベクトルを出題することで、
立体的思考や空間把握能力を重視していると思われる。
このことが意味するのは、
京大の方が物を運んで積み下ろしをしたり整理したりするような、
普通の人の感覚を求めているということだと個人的には思っている。
9:考える名無しさん
25/11/15 16:18:02.40 0.net
言語能力に関して英語の入試問題を考慮すると、
京大では複雑な構文を持つ英文を和訳することを求めているがゆえに、
東大よりも京大の方が、構造を把握する能力をより求めていると思われる。
10:考える名無しさん
25/11/15 16:23:19.00 0.net
東大と京大の国語の問題に関しては自分には批評する力があまりないのだけれども、
大手予備校(駿台と河合)の東西の現代文の解き方の傾向については、
名古屋以西の駿台が構文や文法を重視するテクスト論的読解で、
東京の駿台と河合の東西両方ともが予備知識などを重視する作品論的な読解だという。
つまり、京大英語で構文を理解する能力が重視されているのと似たような傾向が、
大手予備校の現代文の読解の教授法に現れていると見て良さそうだ。