ウィトゲンシュタイン 6at PHILOウィトゲンシュタイン 6 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト7:考える名無しさん 23/12/15 07:52:51.01 0.net 要するに、哲学的に考えると、存在の一意性という概念自体が非常に疑わしいのである。 これは対象とそれを名指したり、指示するものが、本質的には1対1対応しえない、という 現実を表している。ウィトが言うように、2センチの線分であっても、その表し方は多様で ありうる。つまり、2センチは2センチからしか生成(一意性)されないのではなく、 たとえば、最初に3センチを線分を作り、それを反対のベクトルの1センチの線分を用意 することで、前者同様の2センチの線分を生成できるのある。このパターンは無限に作れるので、 この2センチの線分の存在は一意ではなく、無限の系から生成されることが理解できるであろう 8:考える名無しさん 23/12/15 07:53:18.76 0.net 私なら、先に挙げた色の付いた正方形と同じように、この線分を構成する原子の 要素の差異や、この線分を表示する媒体、たとえば、紙、黒板、ホログラム、モニターの 種類や差異、IT機器上であれば、OSやソフトウェアの違いなどをそこに認めながら、 多様なモードの集合として、ある存在を多面的に記述できると主張することであろう。 つまり、ある存在や対象を構成する単純な要素(一意性)は、そこには見当たらないのである。 こうした存在における多様な系の暴露や解明は、当然、私の「マルチバース論」とも ロジカルであり、整合的であることが理解されよう 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch