意味の論理構造の哲学at PHILO
意味の論理構造の哲学 - 暇つぶし2ch459:考える名無しさん
22/05/01 13:49:58.29 0.net
引き続き、ペソアの同じ著作からの引用である。
URLリンク(ldod.uc.pt)
>Ventos altos, chiando em coisas paradas, barulhando coisas presas,
arrastrando coisas moveis, erguiam, entre os brados irregulares da chuva,
palavras ausentes de protesto anonymo, sons tristes e quasi raivosos
de desespero sem alma.<
この一節を読んで、"chiando"の"chi"の発声に日本語の「ちはやぶる」の「ち」
や「こち(東風)」の「ち」と共通するものを感じないとすれば、むしろ、
誰にでも普通にあるはずの感覚が働いていないと言えるだろう。しかし、
その共通に働いている感覚を認めたとしても、多くの人々は、それは
「擬音語/擬態語」なのだからよくあることで、別に珍しくもない
という感想だけで済ませてしまう。ところが、そのように、共通に働いている
感覚を示す表現を「擬音語/擬態語」として分類して理解したことにして
しまうことこそが、そこにどのような感覚が働いているのかを省察する
ことなしに済ませようとする「物象化」なのである。そして、「ちはやぶる」
という古語の表現が意味不詳に感じられるようになることも、その物象化に
起因していると言うことができる。
URLリンク(manyoshu-japan.com)
万葉集 第2巻 101番
>玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓
>玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに
>たまかづら みならぬきには ちはやぶる かみぞつくといふ ならぬきごとに


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