22/04/15 15:33:17.84 0.net
さて、日本語で「~を」の「を」を表記するのに用いられた「叨」もやはり、
「饕」の代替として用いられたとするなら、その用法にも「虎が餌を求めて
吼える」ような「号・虎」の呼び声のイメージを想起させたと考えることが
できる。ここであることに気づく。それは、「叨」を「①むさぼる」、
「②みだりに」というイメージにではなく、呼び声に関連付けることで
ただちに思ひ浮かぶ「文字通り」のアクロバット的な転換の可能性である。
私がこれまでに、日本語の「を」を説明するのにどのような漢字を当てて
きたか思い出してもらいたい。私は、「梅を『をく』」という表現に
おいても、「統治する」ことを「をす」という表現においても、この
「を」の用法のイメージを伝えるのに都合がよいのは、規範的に
それに当てられることになっている「招(を)く」や「食(を)す」ではなく、
「召(を)く」であり、「召(を)す」であると説明してきた。ここで、
「召」と「叨」を比べて見ると、「叨」は、「召」の縦を横にした
だけであることに気づく。つまりは、統治者が「を(食)す」/
「召喚させる」呼び声には、虎が餌を求めるような呼びとしての
「を/叨/饕」が隠れていることになるだろう。