ニーチェ35at PHILO
ニーチェ35 - 暇つぶし2ch1004:考える名無しさん
17/07/08 02:46:02.13 0.net
悪いな彼は貰った。
我々は世界トップ企業を目指す。

1005:考える名無しさん
17/07/08 02:46:34.68 0.net
彼の意思ではない。
彼は哲学者を最後まで望んでいた。
神からの通達だ。

1006:美魔女
17/07/08 13:03:51.75 0.net
あぁん💦もっとグチョグチョに掻き回して😣

1007:学術
17/07/08 14:10:49.27 0.net
愚著愚著。たしかに。

1008:オニオン
17/07/09 01:35:31.49 0.net
何か書こうとメモ帳開いても面倒くさくてな

1009:考える名無しさん
17/07/10 00:02:08.95 0.net
>>967
「すべて考えるだけ無駄なのです
我々はみな生まれて死ぬまで観念の奴隷です」

 まあ、言いたいことは分かる。
考えること自身を楽しい人もいるよ。それと世界に終わりも始めもない。また虚無も観念であるよ。

 ジェットコースターに乗っているとき、ジェットコースターの奴隷かどうか?
自分が楽しいなら、奴隷とは言わないだろう?拘束されていることが、即、不快、不自由とは
言えない。、その証拠に、女子たちが「占い」に群がるのはどういうことだい、自ら「拘束」されたがっている。
自己啓発本を読む人も、名言集を読む人も「命令されたがっている」とも言える。

ドゥルーズが、「世界名言集、格言集」を「世界愚言集」というとき(差異と反復)、同じことを言っているのである。

自由の牢獄と言う・・。選択肢が多いとき、それはそれで、困る人もいる。

観念自身は、それ自身で悪くも良くもない、拘束と自由、ニーチェは「運命愛」と「権力への意志」と言うだろう。
こうして、書き込んだり、反論しあったりするのは、少しは楽しいからだろう?・・。

1010:マジレスさん ◆bj.17RWKW2
17/07/10 02:41:04.79 0.net
>>987
それニーチェじゃないから。サルトルでも読めばいい。

1011:マジレスさん ◆bj.17RWKW2
17/07/10 02:42:11.04 0.net
次スレ、どなたかお願いします。
規制で立てられないので。

1012:考える名無しさん
17/07/10 02:56:30.70 0.net
>>987
楽しかったらなんなの?

で?

1013:野坂
17/07/10 10:41:28.61 0.net
ソソ、ソクラテスかプラトンか! ニニニーチェかサルトルか!

みんな悩んで大きくなったー!(大きいわ 大物よ)

俺もお前も大物だー!!

1014:学術
17/07/10 13:16:34.28 0.net
フッサール クリプキ クワイン・・・・。

飽きよう。退屈な哲学には。

1015:学術
17/07/10 13:17:17.22 0.net
アルチュセール 

1016:野坂
17/07/10 22:12:16.98 0.net
ソソ、ソクラテスかプラトンか! ニニ、ニーチェかサルトルか!

みんな悩んで大きくなったー!(大きいわ 大物よ)

俺もお前も大物だーー!!

1017:考える名無しさん
17/07/10 22:14:36.49 0.net
デカンショ

1018:オニオン
17/07/10 22:55:53.59 0.net
波平先生のAA哲学入門

1019:考える名無しさん
17/07/11 00:37:21.94 0.net
>>990

奴隷状態というのは、楽しければ、奴隷状態と言えないじゃないかな?

ということです。だから、サルトルの「自由の牢獄」を言った訳です。

楽しいというのは、良い事じゃないですか?ニーチェの「悦ばしき知識」

は「楽しい、陽気な知識」とも訳せるらしい。楽しいという動機で、

人は動くのが望ましいのではないかな。また、楽しい、喜びこそ、

人が能動的になる大きな原因ではないかい?悲しさや苦労も必要かも知れないが、
・・遠くの「喜び」を目指しているんじゃないのかなと思う。スピノザのエチカは「至福」に至る方法(思考)である。

例えそれが不可能でも。

1020:考える名無しさん
17/07/11 00:47:18.10 0.net
ツァラトゥストラの最終章の、「酔歌」は、何となくそれを示しているように思える。

1021:考える名無しさん
17/07/11 02:44:28.16 0.net
>>997
>>997
なるほどありがとう。
要は人間、健康を失って楽しめなくなったら終わりということだな。
そういう意味でニーチェは諦めに満ちているね。
救いがないというか。(まあニーチェは救いみたいな観念の遊戯を否定した張本人なわけだが...)

やはりリア充が正義ということになるな。
結局は本人が楽しんでなんぼで、孤独を楽しめない人間はブロンドの野獣がごとく他人を服従せしめ、財産を奪い、女を犯し、生命を謳歌せんと。
大いなる正午の白昼下で生命を謳歌して、最期は虫ケラ同様惨めに大地に伏して死せんと。
そしてそれを楽しめない奴は弱者だと。
そんなふうに俺は受け取った。
(つづく)

1022:考える名無しさん
17/07/11 02:46:12.67 0.net
>>997
しかし俺はこう高らかにこう言ってくれたニーチェがどうして永劫回帰という観念論に逃げたのか、どうも腑に落ちないんだ。
というのも「永劫回帰」という「考えられうる最大の生の肯定の形式」は生きるために「知り得ないことを仮定し信じ込む」という点では自己啓発法と同じだし、ニーチェが散々に否定した信仰とも同一ではないか。(ニーチェ自身も永劫回帰は聖なる虚言だと認めているように)
また同様に「力への意志」も観念論を否定したニーチェ自身が観念論に逃げているように見えて仕方がない。
君の言う「人生をいかに楽しめるか」といった生の肯定力は-俺はなかば諦めを以って-本人の性質次第ではないかと考えている。
ニーチェもこの事実に気づいていたために貴族制度を支持したんだろう。(性質が血統・遺伝だけに拠らず、教育や経験によってある程度可塑するということを留意してもやはり親と家庭の影響を免れられないはずだ)

「弱者」である大衆に持論を広げ支持してもらうために妥協して、そして哲学者としての名誉を勝ち得るために絶望に近い諦めを以って、永劫回帰を説いたのではないかと。
(おそらくこの時ニーチェは、自分は高貴な人間でまごうことなき強者であると認識することよって精神上の調停を図ったはずだ。
この時点で内心今までの観念的な方法論を放棄していたし、ゆえに『権力への意志』を完成させられなかったと俺は見ている。
そしてこの高慢な自己認識は『この人を見よ』によく顕れているし、『悲劇の誕生』出版までのニーチェの華々しい経歴を見ればこういった認識を持つに十分な材料があったということは想像に難くない)
誤解を怖れずにわかりやすく言えば、
「僕は支配階級の牧師の家系で獰猛果敢なゲルマン人の血を引いたスーパー強者だ!観念なんかに頼らずとも僕は生まれながらの能動の塊だから進んで現実世界を愉しめるぞ!うおお」という矜持があって、
「奴隷根性の染み付いた貧乏人の倅や無気力人間、精神病者の類は僕の考えた最強の観念論(永劫回帰)を信じて生きろ!(ドンッ」という高慢な生命観が透けて見えるということ。
そして清廉な理想主義者のニーチェもまた心の中にいて、この哲学的本能と葛藤していた...。
(つづく)

1023:1001
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