ポスト現代思想、ポスト・ポスト構造主義at PHILOポスト現代思想、ポスト・ポスト構造主義 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト300:考える名無しさん 16/05/19 23:03:24.03 0.net 日本では新田義弘がこだわって問題にしていて、 『顕現せざるものの現象学』というタイトルのものでは 新田(『世界と生命』所収)や河村次郎(『実存と宗教』所収)、 丹木博一の『「地平の現象学」から「顕現せざるものの現象学」へ―「カテゴリー的直観」に関するハイデガーの態度変更をめぐって』(『思想』No.916)がある。 その他にも、 永井晋『現象学の転回―「顕現しないもの」に向けて』と>>281、 ネットで読めるものでは、 見えないものの現象学のために http://www.let.osaka-u.ac.jp/~cpshama/gyouseki/unsicht.html 301:考える名無しさん 16/05/20 12:28:00.78 0.net >>275 デカルトが抜けてんぞ 302:考える名無しさん 16/05/20 13:21:25.40 0.net デカルトの思想こそが、近代から現代に至る西洋哲学の中心に位置する哲学であり、デカルトの実体二元論が 基点となって、認識論と存在論とに分かれた解釈が歴史的に続いている。デカルト以後のカントそしてヘ-ゲルに至って、 ヘ-ゲルの絶対精神を頂点とした、一元論的な唯心論(観念論体系)が確立し、その後フォイエルバッハの“類の論理”をベ-スとして マルクスの弁証法的唯物論が確立する。しかし、マルクスの弁証法的唯物論は、世界創造の原理と根拠を神やコギト・絶対精神から「物質(=唯物論)」へと 置き換えても、認識論としての観念論体系の思想構図は変わらない。 フッサ-ル、ハイデガ-そしてサルトルを経て、現代に至ってもデカルトを基点とする認識論と存在論の分割的方向性は 現代哲学に於いても、解決することなく続いているのが現状である。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch