スピノザat PHILO
  スピノザ - 暇つぶし2ch661:自殺は他殺-2
21/03/19 18:32:48.84 0.net
有機体は崩壊過程であるので、
遅かれ早かれ終わる。関係の崩壊である。関係が崩壊するまえに別の関係を創造するのが
「生殖」と呼ばれている。子供を産むことである。子供を産めば産んだ当事者らが
「不要」になるという・・のは生物学の範囲である。人間は生物学を超えているので、
不要に(生物学にポジシオンするならば)生きるのである。
 「自殺は悪いと言う」のは脳であり、国家でもある。自殺は良いも悪いもないけれど、
必然的に訪れる。「自粛」「ステイホーム」などの要請は、自殺を手助けしている。
自殺は、その前にうつ状態になっている。というか、うつ状態という定義が自殺から
導きだされたようにも見える。苦痛の持続もそれだけで威力があるが、苦痛を考えて
それで、苦痛が「有機体の響き」であることも知るようになる。これは苦痛の意味の変化
であり、即永劫回回帰へ結びつくので、つまり、「苦痛は生命に対する抗議」ではなく、
ニーチェはこれを言っていた。しかし、生命(有機体)には抗議しているのではないかと
思う。抗議というか、この「痛み」自身が我々を流れさせ、忘却させ、一度は克服した
痛みを再び襲うからである。ライプニッツの「沖に行ったと思ったら、岸に戻っていた」
ヤスパースがニーチェについて言っていた「以前考えていたときに戻っていた」
ということ、文言は違うが。
 聞き分けが無い「(差異と反復、ハードカバー版、財津理訳
のP387ページ)」から、常識を知らないから、器官なき身体=他者=自我がそれに
よって作られるそれ、自我を上から見てるヤツ、自我にとって恐怖である「そのヤツ」である。

・・孤独に慣れており、またはそういう上記のような真理を知っている
ものは、孤独は練習、鍛錬の過程だと知っている。しかし、脳が非常に強く、脳が
極めて、常識的、公的、国家的・・すなわちオピニオン(偏狭なモデルの支配下)つまり自我
であることは知られている。苦痛のただなかで「それ=脳」を知る者は
「器官無き身体」の存在を経験で知ることになる。「不眠」「狂気」は器官無き身体の
現存在を示している。自我を「そとから」見るような、本質的に「他」であるもの。経験的に
知られ得る。論理的にも知られ得るだろうが、経験の方が早いと思われる。

662:自殺は他殺-3
21/03/19 18:38:25.29 0.net
この「点」が多くのものを「巻き込む」ので自我が衛星だということが分かる。
あんまり適切ではないけれど、つまり太陽系における地球が自我、地球にとっての月
だとも言える。そしてこの月は物体ではないと思われる。物体が「それによって動かされる
それ」である。だが「それ」は抽象的ではなく、それが働きかけるものの近くにいる。
近場にいる物質どもに関係するものである。dx/dyとドゥルーズは言っていたが、規定
されうるものである。未規定、規定、規定可能性のどれかと言われれば、規定可能性の
存在だと言えるかもしれない。可能性は「現事態の併存の表象」と言われてきたが
「(現事態の併存の表象)の態勢、傾向」の生成過程であると言える。結局「微分」という
概念である・・。速度の平方根(立方根、多面体根?)と言えばいいのかな。
つまり、ある「独立」に関わる・・・他の独立)。
というわけで、自殺は「他者」による行為であり、自殺は他殺といことになり、この
他は「他の秩序」がある。カオスから自我が発生しているので、その反対をたどれば、カオスが「ある秩序」があることは分かる。
さて・・。牽引するそのヤツの正体は・・。??

663:訂正します
21/03/20 14:25:52.70 0.net
> 『この「痛み」自身が我々を流れさせ、忘却させ、一度は克服した
痛みを再び襲うからである。ライプニッツの「沖に行ったと思ったら、岸に戻っていた」
ヤスパースがニーチェについて言っていた「以前考えていたときに戻っていた」
ということ、文言は違うが。」』
という文章は、分かりにくい、書いたときは、自然に思えた。
 つまり、「痛み」のせいで、今まで学んでいた「考え」「信念」「信条」などを忘れる、それらの思想から離れてしまう、思考、信念、、などが
「無効」になるということである。「痛み」のせいで、賢いものもアホになってしまうということで・・。
 ・・ツゥラトゥストラはこう言った(かく語りき)を読むといろいろ気付く。普通のアホから~高度なアホまでの物語とそれらを俯瞰する
ツゥラトゥストラ自身もそれらの「~」に含まれている。
・・「・・だから信じる・・ということはつまらないことだ」と
ツゥラトゥストラは言っていた。だがどうであろうか?結局、「差異と反復」に翻弄されることを肯定する他ないが、これの意味は
「差異と反復」を肯定するのと、差異と反復を「欲する」ことなのである。そして・・。
スピノザについては、ニーチェとドゥルーズが継承しているように思われる。進化したのか、そうではないのかは分からないけども。
ドゥルーズ氏の「スピノザと表現の問題」の問題点は、コナトゥスの説明のとき「あれ?」と思う。多くの人がそしてオレも気付いたけども
結局分からないのである。「分からない」というのが、「分からない」=「それが答え」と言うのは気取っている感じがするし・・。どうだろろう???表現の問題?

664:痛みは脳である・・
21/03/22 14:54:27.48 0.net
とオレは言っていたけど、痛みそのもの最中で、痛みを捕らえると、痛みそのものの外部
には行ける。痛み自身が続いているのだけれど、659~661氏はまあ自分のことですが・・痛みを脳であるが脳でないかではっきりしていない。
それは、痛みと(脳)と他者が互いに巻き込みあっているからだろうと思う。痛みを俯瞰するものがいる。
 
痛み。の変状。様態としての痛み、は身体の変状の現在である。まあ炎症である。ひざ、こし、舌、胃、咽頭、腸
様々な部位である。自己免疫性疾患であることが
多い。「闘い」「戦いの最中」である。炎症が意識されるか否かで、病的かどうか判断されうる。というのも「病的」という概念が
問題というより、「個人的痛み」が重要である・・・??。上咽頭の療法、これは別のスレッドで盛んに意見が言われている。
上咽頭はこれは、頭部の中心で、縦から横から見ても。刺激することによって様々な部位を即刺激する。
「塩化亜鉛」「ミョウバン」「ヨウ素」などで刺激するらしい。上咽頭の上に脳の重要な部分がある。扁桃体、海馬、など。
まあ。個人的には顔、頭部の骨の配置、筋肉の強さが、第一のみるところで・・。身体、強度。延長、精神。
 ・・コロナで、習慣を変えられたものたちは、それゆえに身体も精神も、延長も強度も変えられうる。
自己免疫性疾患。ストレスを「外部」と捕らえていた人々はその「外部」が無くなるにつれ、外部が
無くなるのではなく、内部の「外部」を気付く。ヘルペス、リュウマチ、アレルギー、鼻炎(咽頭の生理学的炎症,頭痛など、自己免疫性疾患である。
が現れてくる。これは、行動の大きさ、動きの多さ・・、これの平均値が、つまり習慣が変えられることに基づく。スピノザが言う「小さな完全性、大きな完全性」、・・その変動過程の。つまり、
「関係」そのものの解体、再構築なのである。これは類比の破壊であり、これは痛み、傷の生成過程
である。普通の言葉で言えば、「運悪くこの時代に生きていて損だな」と。まあそうなのである。

665:痛みは脳である・・2
21/03/22 14:56:33.52 0.net
だが、こういう事態で「得をしているものがいる」。それらの人は比較的習慣を変えられていない・・はずだ。
そういうもの・・大きな変動を免れていない集団。変動が「最後の方に来る」集団。「庶民」の
苦痛をじかに感じないもの。苦痛が遅れてやってくるだろう集団。政治家、マスコミ。
人が出歩かない→物を買わない→利益が出ない→給料下がる、物を買えない→・・。
消費は生産だというのは、消費は給料だからである。消費が少なければ、給料を上げればよい。
という簡単な話である。ここの「割りあい」を個別、具体的にやれない。さて、利益なのか、ルサンチマンなのかという大きな命題に到達する。というのも、国家というもの組織というものは、庶民、雑多なもの
「真に自由なもの」を嫌い、憎しんでいるからである。小池知事の「命令」がカントの「定言命令法」と
それに「残酷の臭いがすると言ったニーチェ。これは、小池知事「なぜ庶民どもは分からないのか」と思っているだろうが、庶民から
言うと「なぜ国、自治体はアホなのか」という問い・・そういう事態と似ている。

666:痛みは脳である・・3
21/03/22 14:57:19.88 0.net
結局は法は負ける。規定(法)と無規定(法など知らない)な人々では、どちらが多様に振る舞えるか
かである。法は結局、庶民と同等に下りてきて、警察、暴力、を振るうようになる。これで
ドゥルーズーガタリのいう人間は、とりわけ組織は「戦争機械」という意味がなんとなく分かる。
 
 皆は、ミヒャエル・コールハースだということだと。結局、暴力が出現するのは最後の
ほうであるが、賢い、さかしい?人はいきなり暴力だと理性で思うのは、すごい直観か、普通に思考しているか、オレのように「考えて到達する」ということなのである。そして「考える」というのは
「表現」と不可分らしい・・。つまり「観念する」ことらしい。「観念しろ!」というけれど、これは
観念自体が名詞であるというより、観念が動詞に近いことを思わされる。諦めろ、行動を諦めろ、
 そういう意味であるから。小池知事に「観念」「怨念」を感じる・・。古代の暴力・・暴力は
「暴力になる前」に化粧(理性)していないとなれば、スッピンをさらすことになり、おぞましい事態へと生成し、見た目が良くない・・そういうことになる。見た目は実は本質も含んでいる・・というのはスピノザの「変状」と「属性」の関係である。属性の関係の変化が「神」であり、関係の変化は「類比」を
破壊している。比自身が己自身が異なる。どのような同一性の種類の概念(類似、類比、対立)も当てはまらない。類比、類似、対立は「生成における同一性」を指示しており、互いに「参照」している。
空中で仲良くしている。大地にすむものに「関係」なし・・である。
・・・「働いている」ことと「労働すること」の区別は、昔‥特に江戸時代以前は無かった。労働と休息などと言うのは、だらけがちな欧米人の
キリスト教のせいである。労働は様々な意味を持つ、「行動のよる忘却」「行動による思考の停止、または更新」「賃金獲得のための苦行」など・・。
一元的に語れない。例として、テレビに出ているアナウンサーを調べてみよう。とくにフリーか、所属会社があるのかはまあ問わない。どちらも縛られている。

667:痛みは脳である・・4
21/03/22 14:57:56.42 0.net
まず「思ったことを自由に言えない」「ある種のルール、規律、コード、変数、」の掟がある。それを言うと「クビになる」ような事態である。まず一点。
そして、「印象」の掟がある。これは、顔面、服、髪の毛のタイプ・・などの制限がある。本人らが意識かは問わない。今は。言葉の単語、単語の関係、の
ルールがある。・・。お前は何を当たり前のことを言っているんだ!と言われそうだが、・・。
それらは、それらの発言は社風を反映しており、利益、その会社の利益も反映している。大概、それらの団体、それと国家、産業、利益団体、学問的な団体
・・それらはそれぞれの利益を追求し、衝突もしているし、利益があるなら一致もする。メディアスクラムというのもそうであり、同じ情報、情報の発信の方法が
各団体において、それぞれの利益にかなうものになる。

668:痛みは脳である・・5
21/03/22 14:59:27.29 0.net
・・そして、利益のための手段で「ちょこっと」「少し」真実を入れている。読売だろうが朝日だろうが
おんなじ  である。「こういう不要な」人々は、人々への「恐怖」「不安」「の出入り口になっている。またはなろうとする。不要不急の外出云々・・というがテレビは不要不急なのである。
しかし、高齢者どもは中毒になっており、著しく衰えている。ので、習慣性テレビ依存になっている人がいて、それの要求がまた、対象(会社)の利益と近づいている。共依存という関係である。
ステイホーム派か否か・・の二者択一に追いやれている国民。こういう結果、国家が、国民とともに「大本営」へと生成している。歴史は繰り返すというのは正しいらしい・・。
その原因は、明日も同じ、明後日も同じ。明日も飯が食える、明後日も同じ飯が食える・・。そういう単純な理由によるものが大半である。「差異」「チャレンジ」「セロトニン」「安定」「反応」
と聞いて、連想するのは日本である。世界の大事故。。大敗戦、原爆2個、原発爆発、こういう「でっかい出来事のとき」に失敗するのがこの国の運命である・・。というのも
おれがやる前におまえがやれ、おまえがやるならオレもやる、というふうな、古くから言われてきた、護送船団、責任回避、長い文章の連続投稿、すいませんでした。

669:考える名無しさん
21/04/02 09:16:21.35 0.net
最近、スピノザを語る人が出てこない

670:スピノザを語る 思いつくまま
21/04/15 13:57:42.13 0.net
スピノザの言いたいことは、
まず存在(神)、属性(神を構成するもの)
様態(神の様態自体の変状)。
静止と運動の割合は維持される方が良い(コナトゥス)。
割合が変化するというのは、例えば、記憶喪失など
(第4部定理39、備考)。死の概念は個体の割合の変化
のことを言っている。大人になることは子供が死ぬことである。
ある人間が記憶喪失になることは「ある人間」が死ぬことである。
スピノザは迷信的な人を「考慮」して、備考をあんまり展開しない。
 認識する能力が理性である。より多くの刺激を受けうる身体を
優れたものである。これは、テレビがつまらん、楽しみがない、何もすることが
ないというとき、それはその人自身に「受け取る能力」がないのである。
エチカを読んでも「これは!」とか衝撃を受けることが大事である。しかしテレビや新聞がつまらないというのも真実です。
だが、エチカやその他の書物を読みきったり、理解するのには
 多少の苦痛が必要があることもあり、それゆえ苦痛の善である場合の根拠
になっている。ある程度「読んで」「急がなく」していると、途中で「強度」を
迎えるときがくる。そういうことを考えれば、書物は最後まで読むべきで、
なんなら二回も読むほうが良いだろう。エチカについて言えば、彼のその
概念の意味は後になって分かるからで、あらかじめ分かるように努力はしているけれど
どんな著作も複数回読むほうが良い。

671:スピノザを語る 思いつくまま2
21/04/15 13:58:54.80 0.net
 苦痛は、それが快感を過度にしないように、また能力を減少
させない限りにおいて善である。・・とかスピノザについては
いろいろ話せるのだが、結局「エチカ」を読めばよいし、ドゥルーズ
も確かに良いのだが。スピノザの弱点は運動、生成がないということだろうか。
「様態の変状」が「神」と呼ばれるのであり、その逆ではないということ。
類比に縛られてはいないか?という疑問がある。
 コロナ禍において、エンジンをもたない人々、何の能力も開発してこなかった
人々がいる。「退屈」している金持ちだ。そうとは限らないけれど、スピノザの
第4部の備考は、「火山」にあふれている。つまり怒っていたり、凡人や金の
亡者
(生きるためのお金を望む人はそうではない)「第4部、付録、第29項。
第29項は、金融や、お金自体を目的とする人を攻撃している。怒っているようである。
。、手段を目的と考えるもの、過去に生きるもの・・「端正人」じゃない人。
死について考えることが少ない人は」は、オレ個人としては、少し疑問がある。
というのも、思考や理性が受動から生み出され、またそれ故過敏になり、
カオスの牽引を受けるからである。アルコールが引っぱり役になることが多いし、
コロナ禍での、医者、メディア、政府などにうんざりもし、たいして生きる価値あるのか
とは一度は思うだろう。・・。とにかくエチカやその他の偉大な書物に戻るだろう。
ちなみにショーペンハウアーは7割はスピノザであとゲーテと反ヘーゲルでできている。
また、第2部、定理11にオレは躓いていない。

672:スピノザを語る ・・
21/04/15 16:39:21.97 0.net
確か、チルンハウスとかいう、小賢しい青年がいてた。
その人はスピノザの「人間はその本性どうり
生きるのが善である」に何か文句を付けていた。
じゃあ、悪人は悪人の本性で生きるのは正しいのか?というような意味の質問をした。
スピノザの答えは、まあそうだ。ということだ。
悪人、例えば明らかに遺伝的なもののせいが悪人にならざるをえないケース。明らかに遺伝・・とは言えないが
何かしら遺伝が関わり、産まれてきて、親が悪人っぽい、「親自身そのものが殴られて育たれてきた」ケース。

673:スピノザを語る ・・2
21/04/15 16:39:46.51 0.net
 遺伝的、社会的にもマイノリティの世界の中で育てられたもの・・。は本性上、悪、意地悪、暴力を喜びとするもの、
憎しむものが破壊されるのを喜ぶ、・・その人は、「悪、意地悪、暴力を喜ぶこと」をすることが善になる。それが小なるものであっても。
 悪は相対的なのかどうか?つまり8時間労働しないものは怠け者だとして、8時間労働しないやつらを消す。そうすると今度は7時間労働するやつは
相対的に悪となる。そして、おまえ7時間しか労働できないのか?という怠け者のレッテルが張られる。7時間人間は消される。そして今度は6時間人間
が「おまえ7時間働けないのかよって。」言われる。こうして、一体全体、するべき労働時間の幅、や悪を次々消していったところで、「まだましなやつ」が繰り上がるだけである。
以前は犯罪者じゃなかったもののちょっと妖しかったものも、より「悪だったやつら」が消えたせいで、「今度はオレらの番かよ」。そういうふうになる。
で。絶対悪というものはなさそうだ。となる。メジャーかマイナーかの争いになり、グローバルか国家蝟、国家かテロか、警察かヤクザかとなる。しかしお互いが互いに必要としている。
結局パワーバランスとなる。(ニーチェの力への意志が「力関係」だとドゥルーズは言いたいわけで、それは合っているように思われる)。
スピノザもよく似た意地悪な問いをチルンハウスから受けたわけである。 これは各々、自分自身のポジションを守り、エゴイズムを貫くことが正しいのである。
日本人、や集団主義の場合、エゴイズムがいけないというのは、公共性がエゴイズムと重なるからである。スピノザの推奨は、公共性とエゴイズムが近くなる方が良いと
言っていた。エチカ第4部のどこか。エゴイズムと人が言う場合、個人なのか、代理なのか(後から組織から恩恵を受ける)見極める必要がある。

674:考える名無しさん
21/04/20 06:49:02.39 0.net
やっと、スピノザを語れる人が出てきたな?

675:考える名無しさん
21/04/20 07:53:33.44 0.net
ドイツで緑の党が高い人気を得ているのは、地元の政治で利害を代表するか、
国政において政権をとっていない限りにおいてだよ。フランスで政権をとるまで、
マクロンの「共和国前進(REM)」が圧倒的に人気を得たのと同じ。
「環境の正義」が「神の座」につくことができるには、人々が神の名において
血で血を洗う抗争を繰り広げたように、対立する利害を代表する人々が
「環境の正義」の名の下で互いに鋭く対立できるような状況になることが
要件となる。でなければ、与党の座につくことができたとしても、いままで
の与党と同等か、それを上回るグダグダの状況をもたらすことになるだろう。

676:考える名無しさん
21/04/20 07:58:13.03 0.net
皆が「環境の正義」に依りかかることができるようになれば、健康食品や
ダイエットなんかと同じように、それを信じていようといまいと、多数の
人々が活発にそれを商売として積極的に利用しようとすることになるが、
いまのところ、人々は、その「商売」が大部分、政府と大企業に独占され
ていると感じている。

677:スピノザ エチカのこと
21/04/23 02:38:57.50 0.net
なぜ、第二部、定理11につまずく・・とスピノノザは言うのだろう
 それは、神の本性を人間によって「説明」も表現しうるからである。
神の本性は「それ自身必然的」なので、あれか?これか?を選択することはないからである。
人間(神である限りの)と人間(人間である限りの)が区別されている。。。
これはスピノザを読むものは理解できるであろう、、。
これは人間というものが「非妥当的」に知覚、観念もしうることを言っている。
またこれらは弟2部、定理7が根拠になっている。
「なぜ、第二部、定理11につまずく・・と言うのだろう」のは、
繰り返し言えば、それは「人間が嘘をついたり、虚栄をはる・・」そういうことを行い得るからで、いろいろな身体の変状を多く知ること
によって、それらは正される、(どの属性でもよい)、
。つまり多く知るものは、必然性も知る。つまり、一応経験論の過程もあればよいかなって言っている。だが経験論は間違いうることも言っているのだろう、
 ちなみに、第2部、定理13、公理1と公理2は矛盾していないのかなぁて戻ってしまう・。。「変状を考えずにそれ自体で考察すれば」、それは分かる。
そして第1部定理1に向かわせる。。「実体は本性上アフェクティオ=変状)」に先立つ・・?そして
定義3に行く。。そうして、第1部定理1が証明になっているのかどうか?と思う。ここらへんだな、この天才・・
違うぜ、アフェクティオが先なのだよ。というのは、そんなに難しくがない。彼(スピノザ)はどんな苦労をしたのだろう。彼の知性は苦悩が見えるが
彼は、苦悩l、苦痛、・・それらは良くないものだ。そう言うだろう。そういうものを経ずに到達できる思想があるのだと。

678:考える名無しさん
21/05/02 23:54:35.64 0.net
>>676
そうなのだ。環境、sdgs(持続可能な開発目標)だとか、何やかんや言うている。ふざけているにもほどがある。
これらは、「それらの概念を用いて金儲け」する新たな手段の概念で、5年ごとくらいに出てくる。
お金以上の目的はない。そうすれば、中国のウイグル問題、香港、など武力で解決できるであろう。
日本の「コロナの水際問題」も解決できるであろう。中国に生産工場があるから・・人権はできない・・そういうことである。
結局、問題は経済しかなく、コロナ問題も「経済を悪くする限り」において問題で、そうでなければ、2番目の問題である。
「問題」はいつも経済でしかない。他の理由「温暖化、sdgs、フェアトレード、人権、地球に優しい、再生的商売・・」は経済の手段である。
人間は地球をリサイクルできないし、地球を「やさしく使う、過剰に」使う・・そういう判断の権限はない。地球そのものがわかっていないのだから。
わかっているのは、地球が冷える(惑星として)、隕石のブツカリで出来た火の玉の地球・・恒星ではない、なので冷える・
、太陽もいずれ膨張する。 いずれにしても「人間ごときが」あれこれ言ってもたいしたことではない。人間ごときが地球に物を
言っているのがバカバカシい。それなら、「自由に人間をやれ」。何が持続?誰が持続・・?極めて小さな問題・・プラスティック問題?
。んな問題は「科学存在しない」。どいつもこいつも小さな政治問題だ。プラスティック?使えばいい。二酸化炭素減らす?植物を殺したいのか?

679:考える名無しさん
21/05/03 20:05:00.51 0.net
ちなみにコロナのこと、茶番のことは、人口削減、高齢者削減のように思う。

680:スピノザを語る ・・ランボー7
21/05/04 13:21:51.15 0.net
 コロナ(初期、→中期(行動できない、中期2?→自分のイメージを越えなければ
ならないのに超えれれない)、コロナが終わるか、知事が変身する(発狂して)
終わるか、同終わるか分からない。 時はまだ来ていない、中間休止が
 
来ない、「徴(ツゥラトゥストラ)。 どちらも「同一性の叫び」であり、過去に生きていて、
彼らには「行動するには大きすぎる」これは、都知事、行政側のことを言っている。
 彼らオイディプスやハムレットのように今だ行為するに及ばない、。行動と等しくなる
というのは、オイディプスの場合は「預言者テイレシアス」の預言(予言ではない)
ハムレットの場合は、ポローニアスを殺すところではなく(それはある、欠如よる
 行動、オイディプスがまだ預言を聞いていないときである。ハムレットの後半は
恐らくレアティーズを殺してからだろうか。つまり、オイディプスとハムレット、アンティゴネー
ツゥラトゥストラは形式的に同じであり、ツゥラトゥストラは後半の悲劇が書かれていない。
(書くはずだったにちがいないとドゥルーズはいう)。つまり、前半の反復が何か出来事を
起こし後半へと反復するのだけれど、動物そのものを背負い(人間以外の形態、形相そのものとなり、行動するということなのである。
これら行動(過去のなかで)、中間休止=自我の破壊=行動に等しくなる。行動する。
こういうことをヘルダーリンは、オイディプス王とアンティゴネーにおいて発見したのである。
それと中間休止のこと、ニーチェの真夜中・・というのは何だろう。偶像(表象、宗教)
の黄昏であろうか。差異と反復(p.147~)

681:スピノザ1
21/05/08 00:29:05.71 0.net
観念→運動はない。 これはスピノザを理解しているかどうかの試金石でもある。
ドゥルーズも水泳のことについて、学習についてで語っている。
つまり「泳げ!」といっても泳げるようにはならない。観念→運動は存在しない。ただ観念=運動の平行があるだけである。
がんばれ!と言ってひとが「頑張る人」がいるとき、観念属性に働きかけており、その働きは働きかけられた人がその観
念に反応する場合に限りにおいて同時に延長(筋肉だとか)「に影響する。
これは、属性は他の属性に影響できないという当然のことである。だから属性が「神」でないのである。
これは、例えば、ある人がある人に「右足を上げて」というと命令されたその人が右足を上げた場合にも、これは観念が
延長に影響されたのではない。
観念が観念に働きかけたからである。そして「右足を上げる」運動を「すでにやったことがある場合に限る。
耳の聞こえない人を想像すると良いかもしれない。平泳ぎせよ・・と言って、いくら説明しても、平泳ぎできるようにはならない。
平泳ぎと平泳ぎの観念は平行であり、比例、類比は存在しない。運動としての平泳ぎと観念としての平泳ぎは一致することがない。 
そもそも「一致」という概念と概念なき運動は、「一致」というものが考えることができない。運動は「考え」ではないからである。
こういう風に考えるとデカルトの松果体という結論にいたる。つまり脳のことである。デカルトの松果体は本質をついて
いる、そして依然我々も同じ困難に陥っている。
。脳は精神系の物質を運動系の物質に伝えている・・というのでは物質のことしか語っていない。アドレナリンが出て「
興奮」「免疫力がおちる」
と「言う」のはトートロジーみたいなもので、「何も説明していない」。精神系の物質?物質の精神?

682:考える名無しさん
21/05/08 00:44:11.75 0.net
そもそも何が間違っているのか?それは、精神を物質で説明し、物質を精神で説明することから来ている。
・・スピノザの言うことが分かるだろう・・・。精神は物質を認識することだけで、それだけである。ひたすら認識である。
そして、物質に名前をつけ、区別し、精神(観念)の因果関係の必然性を追及することに尽きる。「自由」の観念が精神が物質を
動かす・・ような事態に陥っている。「自由」の概念は、「必然性」とか「運命」の概念と重なっている。自由の概念が本質をとらえるとき
それはまた「体」のメカニズムをとらえたときであり、マシンのマシンを捕らえたときであろう。メカニズムには「組織」の概念が不可欠だが
メカニズムを捕らえたければ「マシン」の認識が必要であろう。

683:考える名無しさん
21/05/08 01:18:02.19 0.net
で、習慣的に、とか「くせ」などはいちいち「意識」はいないであろう・・という。
それは、表象と観念を混同していることが原因である。ライプニッツの「微少表象」を
考えればわかるであろう。身体の何か、各々の部分は「各自に」指令しているのである。表象してなくとも(脳にあげなくても)
勝手に「観念」し、「動いている」のである。
つまり、身体の各部分は「脳がなくとも」考えているのである。それは当たり前だと、無意識の運動、はあるだろうよ・・と。
無意識とは、繰り返された運動であり、動物のものである。人間とは動物の「はみ出た」ところである。
人間という「形相」は動物の形相も背負っている。「超人」とは動物ごと変化することであるが、我々は「動物」も知らなさ過ぎるし、
細胞の心も知らないし、医学がいろいろ解明してはいるが、。本当に何にも知らないで、道徳的におしゃべりしているのに唖然とする・・。

684:考える名無しさん
21/05/30 02:01:47.80 0.net
スピノザの汎神論は、古代ローマのストア派哲学

685:イエス・キリスト
21/05/30 04:33:26.03 0.net
つまり自由と運命の概念、能動的と反動、意志と抵抗する意志・・これらが「偽りの対立」なのである。
というのも。
自由とは深く調べると必然性の認識でしかないからである。自由の概念はそもそも無条件で何でもし得る・・その「感情状態」を言っている・。自由の意識とそれが事実であることはことなる。・
 話し変わってオレは・・。?はて。、「父と子と精霊の御名において」・・。この認識はイエス・キリストの奇怪、ある人にとってはわかりやすいらしい。
自由=子供 。子=「世界に入り」 。父=世「界に入った」、。精霊=「せかいに入る感情」
 ニーチェはこれらを「掌のように分かる」と言っていた。これは難しい、要するにこれを手に取るように分かる・・。
オレもちょっと分からない。どういうことなのだろう。?
簡単だと、。そのような感情を認識するニーチェを理解するのは・・我々には難しい・・いったい何の話か。論理的に解明できなさそうだ・・。
そのイエスの感情をやはり理解できなく、やはり弟子らしく誤解するらしい・(弟子の慣例)・。即時的に幸福(快感ではない)に成ったイエス。あれこれ論理を考える弟子ども。
弟子は大体歪曲する。・・・・。
そしてまたその幸福状態の条件をひねくって考える弟子たち。(要するにイエスと同じ経験をしていないので分からない)、イエスの成立条件を、イエス自身と同じ体験をしていない?・、

686:責任の概念
21/05/30 04:34:45.54 0.net
 この「いつわりの」概念は、自我の概念からきている。
ある少年が才能があっても、母親が耳が聞こえなく、父親が酒飲みだとする。その少年はその才能が開花されないだろう。
しかし、本当に「聡明」には育たない・・とする。しかし、そういう状況ながら「聡明」になって、生い立ちの条件が
「己の育ちに影響した」そう思うだろう。それは両親にも言えることだ・・そういうことを知るだろう。その両親の親にも同じことが言えるだろう・・
そういう全部のことを聡明な少年は知るだろう。そして、少年自身も「まともな親」になるのに「必要なこと」は学べなかった・・。そういうだろう・。
そして己自身も、親も、誰も責任がないことを知るだろう。
・・・・そして「まともな親」「正常な親」というのが、ある社会の「要請」であることを知るだろう。その概念が「いつわり」だと知るだろう・
そして、もっと学んだ少年は「正常な」という嘘の概念が社会に必要なのか?と思うだろう。自由意志というのは無いことも知るだろう。
でも、自由意志が「存在」するがごとくに振るまうしかないことを知るだろう。「王様は裸」だとは言えない、ご立派な衣装です・・そういい続けねば
ならない、そういい続ける・・それが「社会」だとしるだろう。ホントウのことを言えば社会はつぶれる・・。嘘ばかり言い、舌先三寸で「生きてる」ものも
必要なのか?と問うようになるだろう。「正常よりの嘘」をいうことを「常識をしる」ことだと知るだろう。医者が我々を助けるのではなく、我々が医者を助けている
そういうことを知るだろう。そういう事態があちこちであることに気づくだろう。もっと考えると「媒体業」がもっとも薄汚れていることに気づくであろう。
「銀行」「人材派遣」「テレビ」これらは、自らは仕事しないで儲ける職業だと気づくであろう。富豪が自ら働かず、金を与えて働かすだろう。
これらの職業は、己たちは「中立」「公平」という嘘で、「他人に意見」を言わし、いつまでも自分たちは「透明」だというだろう。何にも労働してないのだから。
彼らは「自らが滅びない限りにおいて」「その程度に至らない限り人々に優しい」だろう。そしてこれらの対立が、遠くに見えたユダヤ人問題だということに気づくであろう。

687:スピノザ、ドゥルーズ
21/05/30 04:43:08.74 0.net
 ジル・ドゥルーズ氏の「差異と反復」の結論あたりの文章で、スピノザが「ただひとつ間違えた」というのは。という文言がでてくる。
 それは差異が差異であることは、精神、延長の概念にだけに還元できないということである。同じ平面を有しない差異なのでそれらは
多義性と、差異といわれるのであって
比較(比例、類比)が不可能であるからこそ差異と呼ばれるのである。
差異の多様性は「本当のデコボコ、凸凹であって」、その差異を「属性」に還元する、演繹するのは間違い」であって、
「差異の即時」」を「己以外」によって説明するからである。 スピノザ・・エチカは、は「属性の多様性」を言いながら、二元論的な解釈も許す
ことができうる・・・・ように見える・・。ただ我々はスピノザは「他の属性」の存在を主張していたことは知っている。精神、物質。属性は二種類だけだという理由はない。
「?」属性があり、それを我らが「思惟、精神」属性によって「認識」できうるかどうかはわからないのである。
「差異が存在する」というのは、一義的には言われない。一義的であるというのは「比較」」「類比」を意味しているからだ。
「永劫回帰」は一義的の反対であり、「反復の即時、独自」である。「義」とういう概念が分かりにくいのは、義が延長概念の上下、精神の概念の優劣
を含むのを思わせる。差異が「対立」「矛盾」と何の関係もないことを考えればわかるけれど、。

688:スピノザ、政治
21/05/30 05:01:19.79 0.net
 文化、法体系、常識、これらは全部「偽りの概念の」もとに運用されている。我々が嘘の世界で生きれるのは、、
我々の感覚が元になっている。
  自由の概念はほぼ笑いたいほどウソで満ちている。我々は条件付けられているのは明らかで、感覚も「ウソの生産」で必死であり(生物自身の思考がサキドリする)、それを前提とする思考なども
二重に間違えている。ベルクソンが言うように知覚そのものが類似の原型を作っている。
 そういうデタラメ、科学もそうだが・・、。デタラメな思考の人をよく目にする(要するにコチラから見ればある公準に従ってものを言っている人)。
無規定で、自由で、根拠を持ってる人・・・・これらの人々は「奴隷」である。この原因は条件付けられた人が、その条件を害する理由がなかったということに元ずく。なので金持ちに多い。
なぜなら、「障害物」に出会いもしないし、己を
拘束され、規定され、自由などウソくさいと、パントマイムよろしく透明の壁の存在を察する人・・は逆に「自由人に生成できうるであろう」?か。


689:自由
21/05/30 05:03:36.28 0.net
 ドゥルーズが哲学とは何か?と問われたとき「真の自由の概念」の認識
だと答えた。「偽の自由の概念」の「意思の自由」これらが、人々を愚かにしている。政治を変えるのは「選挙」だという人の言い分が一見合理的だが。大概頭が悪い人だ。これらの推論の根拠は法が
正しい・・からきている。 法の成立根拠や、法のベクトルを何にも考えようとしない。「責任」というむかつく偽りの概念などといえば、
その人は年齢に関わらず「老害者」のレッテルを貼り付けるべきだろう。
 攻撃を「絶対的に忌避」するものは、時と場合によって「馬鹿者」である。それは、法による暴力もありえるし、ありえるどころか法はいつでも「有無を言わさず」襲ってきて、反論を許さない大きなハンマーであるから。
ときおり、ゆるく、優しいのはこの大きなハンマーの土台を固めるためである。攻撃をしらない人を時折みかける・・。反撃もできない??そういう人が存在する・・。飼いならされすぎたか、幼児なのか?
そのような存在でいて、いられたということ。反論できないので反論を演じる・・。
観念ができなければ、・・行為もできない・・。
関係ないけれど、ニーチェが「おのれがダイナマイト」だというとき、比喩ではなくダイナマイトなのである、ハンマーで哲学するというときも同じで、暴力の行使であり、怒りなのである。

690:考える名無しさん
21/05/30 09:11:07.43 0.net
清貧な感じだよ

691:考える名無しさん
21/06/01 12:45:25.02 0.net
印象批評では物足りない

692:考える名無しさん
21/06/07 11:25:36.43 0.net
 ニーチェが「おのれがダイナマイト」だというとき、比喩ではなくダイナマイトなのである・・ という「。
これは「発破」に使う(「物理的なダイナマイト)・・の概念を、概念自体が変形している。
。というときダイナマイトの概念が変形する。これはニーチェ自身も知らない。我々はいつも我々を表現した際h表現」を行為しているのである。
 
 大事なことは、ドゥルーズも言っていたが、概念を疑うことなのである。「法」「正義」「科学」などの概念が「ふんわり成立」しているもの、
「ふんわり成立し、で生成できない」概念であるということだ。キルケゴールがヘーゲルに対して言っていることは「対立」「矛盾」の概念が
運動に関わらないこと、概念の変化を受け入れるのには抽象的で大きすぎるということだ。
 これはドゥルーズがハイデガーの「存在」に対して
言っているのと同じである。運動を抽象的概念に回収しても、その概念が運動に関わらないということである。ハイデガーは

 存在」がその「由来」するものに基づかない・・って言っても。つまり「差異と反復」のドゥルーズのハイデガー批判のことである。
これは、ハイデガーが執拗に「存在」に固執して、意図せずとも・・「差異」を同一性に「回収」するからである。
だから、概念を運動させねばいけない、ということである。ニーチェが「体系家」を信じないというのは、そういう者は運動を抽象的に
整理するだけで、何にも生成に関わらないように見えるからである。
で、皆がいう哲学はつまらん・・屁理屈だとかいういわれの原因になっている。そんなことは「知っている」というものは浅い。
己らが「何をしている」の一端を我々は捕らえた。

693:節制のこと
21/06/15 12:32:36.46 0.net
快 楽が手段であって、その逆ではない。「快感原則の彼岸」とは、快感は「それの」手段であり、快感は「向こう」へ行こうと生成する。「快感」は己のなした
ことによって、己が変化する。「快感を目的」にしているように見えるが、「快感自身」の変異を「行っている。快楽は手段なのである。そういう予感は
自我をも壊しかねない。でも進むのである。恒常性の破壊の印を見せる。また快楽の条件が外部にたくさんある。こういうことで、節制は出会いにも制限を設ける。
 すなわち、恒常性、同一性を破壊しにくることと同じなので
己を折りたたみ理性として・・・例えば性行為のときにある種の破壊、
精神におけるパニック障害におけるパニックが怖い」のは差異が自立して「己の」行きたいところに行くという。・・それらを避けるために「己の世界を」せまくする必要がある。
それが節制なのである。

694:面白いこと
21/06/15 12:38:53.81 0.net
 古代ギリシアで・・へクトールは馬車で引きずられた。パトロクロスも引き回された。
こういうことは理解できうる。しかし、アポロンがプラトンとアスクレピオスを産んだ・・・という。
。。こういう「神」と「人間」の同一平面?どう理解すべきなのだろう?
トロイア戦争にゼウスやら神が参加している。神々と人間が「普通の関係」をしていたり、
神々が人間にあきれていて、いつも注意するし、・・大概人間に怒っている神々・・。
そして罪や罰は神々のせいである・・。キリスト教と違って、神は人々の罪、罰を引き受けるのである
ギリシアの世界に我々は入れていない気がする。どういう世界だったのか?「二千年もたつのに神が生れないとは」
とハイデガーは言った。こハイデガーは古代ギリシアに行こうとして、ナチスに行ってしまった。まことに古代ギリシアに行くことは難しい。
古代ギリシアとはソクラテス以前、まだまだ神々が本当に生きていた時代だ。

695:自分自身に書く
21/06/23 20:37:04.12 0.net
>>689
 の発言はオレなのだが、いろいろ誤りがある。責任の概念は強者の由来であるし、虚構の概念の中でも存在しなければ
ならない概念でもある。ただ、強者、弱者の概念もそのように「責任」の「概念」自身が誰でも運用できるので
すなわち我々の世界に巻き込まれて機能しているので、「偽り」とか要っても仕方がない。
「老害者」とか言っていたが、それは、ちと言い過ぎた。もっとも無力感を感じているのは、若者も老人も同じで、
ある。レッテルを貼るべきとか言う狂暴な発言もだめだ。恥ずかしい限りだ。オレとしたことが・・。
まあ、一応。。

696:一義性、多義性
21/07/03 17:48:35.26 0.net
欲望、快楽、それ自身はよい。欲望という概念が「怪しい」。大きすぎる。欲望と「生」という概念が」同じすぎる。
欲望以外の「何か」が存在するかのようだ。やはり「欲望」の概念が大きすぎる。
「ある人と話したい、肌に触れたい、嫌な感じの人に接触されたくない、ある人を殴りたい、ある人と性的関係を望む意」・・
それらが全部「欲望」の名で「一緒くた」にされている。欲望は「ヴァリエーション」に満ちている・・。といっても
相変わらず「欲望」の多様性であって、「欲望自身は「変化の元」であると認識されている。
欲望というで多様な「欲望」をまとめて」しまう。それは「欲望」の一義性のことである。欲望を「存在」と言い換えても同じようだ。
で、多義性、多義的というのは、「欲望」の一犠牲の破壊である。例えば、あるタイプの女性とセックスしたい。女性の着衣の状態が
良い。え・・・パンツを集めたい・・。俺は細い男性が好きだ。・・そういう多様性が「そのまま」の表現で、性欲、欲望ではなく・・、変態」というが「そのまま正常
というふうに」言われたならば、それは欲望の多義性で、「欲望」観念の破壊である。だけれども便宜上は使われるけど。
性的行為、登山したい、人を殴りたい、・・側溝に寝て女性を下からみる、これらは変態の種類であり、であるから、「同じ」だといえる。「差異が同じ」というのはこういう意味で言われる。
数的に区別されうるが、つまり「正常、異常」は数的区別だというまあ普通の結論に至る。そして言いたかったことは・・人間のあらゆる行為は「それ自身」で非難されない。
つまり「恥ずかしい行為」は無い。存在しない。「恥ずかしい」は「メジャーの人がお前がマイナーだと言う」・・、でマイナーの人も「メジャーの考え」に成っている限りにおいて成立する。
ニーチェが「「偶像の黄昏」において、「達成された自由の印は己自身に恥じないこと」といっていた。それこの人を見よ」で、恥ずかしげも無く「私はなぜこんなにも賢いのか」
ということなどを書いた。思想が実行されている。・・。で「偶像の黄昏」で、「一番悪いこと」は・・「人を辱しめること」だと。

697:ニーチェが間違っていると思う。
21/07/03 18:00:06.90 0.net
 ショーペンハウアーやプラトンは、「美において生殖活動はされる」と言う意味のことを言っている。
そういうことを「偶像の黄昏」で言っているニーチェ。
これは、として女性を性的対象と見る場合に、美人過ぎると「どうもなあ」とか、整いすぎて「どうもなあ」
という事実があるので、ショーペンハウアーやプラトンの言うこともわかるのである。
というわけでニーチェ氏は、ちと「あんまり分かってない言葉なあ」。そういうことです。
美と魅力(引き付ける力)には差異が存在するということだろうと思う。

698:「訂正 656氏(オレ自身)の訂正
21/07/03 21:21:57.92 0.net
.>697 656氏の

「美において生殖活動はされる」という表現は間違っている。間違いである。言いたいことは
 
、「美において生殖活動は停止される」「刺激されない」・・。そういおうと思ったのですが。・・。
性欲の発動?条件について、 (ショーペンハウアーやプラトンとニーチェが異なる意見を言っているのである。
。つまり美が性欲の発動条件だとは限らないということである。(プラトン、ショーペンハウアー)。
意は美である以上、魅力である。
つまり美は確かに魅力ではある。だけれども「美し」すぎる、美しすぎるもの、そういう女性に(男性などたちは)「性的衝動」が緩和されるのではないか?
・・そういう意見をプラトン、ショーペンハウアーが言っていて、それは正しいと思う。繰り返しで申し訳ない。
ところが、ニーチェはそういうことを「偶像の黄昏」で・・」、「それは違う・・・」と言った。。・美は性的なものに関係があると言うニーチェ。
これに関しては、オレはプラトン、ショーペンハウアーの言うことが理解できる・・ということである。

699:考える名無しさん
21/07/25 13:57:20.05 0.net
人間は感情の奴隷だ
自由意志などない

700:アルトゥール・ランボー
21/08/02 06:49:20.18 0.net
>681 それは同意だ。・・また話したい。
サンデル先生の教室で、
頑強に?理解できていなかった(したくなかった?中国人いた。が

 ところで話変わります。
。アルトゥール・ランボーいる。いた。「己は他者である言った」とか言ったひとである。
 ドゥルーズが、「批評と臨床」言っていたのでは「ラッパが木になっていたとて何であろう・・」いうそう場合ランボー少年は
それはい。若った そういうことは幼稚すぎる。そのときドゥルーズは「カントの他者」説明
したかったのである。ランボーは
 あれこれして「ランボー(本当に他者)を発見する。
例えば、ある種のタイプの病気になる、。
 ・・我々が、極度の「苦痛ある状態」、の境地でありなながら、相対的以上に
独立し、明快な「自俺を分」ときがある、いる・・とした己らは(アイツ=痛み)は何者か、なのなんかと・・思う。、「俺が気を使い、気にしてやつらは、つむいだ繭玉と」そして
「繭の中にいた俺が気使っていたもの、をそして「公共」「道徳」
「アイツ」が他者だと、番犬じゃないか、ケルベロスないかと・・と
じゃないか・繭玉=国家=他者
 そして、突然だが、オイディプス(いわゆる)になる。いうと卑近な例でいうと
「父親」そうだが「母親」である。おぞましい。子に利益を上げ、重要なところで
でしゃばり、なんで関わりも判断をし、「お金か、頭の悪い親では無知、無垢」を免罪符にする。
 「公」では悪くないのでたちが悪い。なぜって、彼らが「国家の端末だからだ」。
ニーチェの杖をヒトラーに渡したフランチェスカ・ニーチェ、ランボーを
「聖者」として棺にいれようとした、ランボーの妹。ゲーテ「母親!なんとおぞましい」。

701:訂正
21/08/02 06:58:04.36 0.net
>681 それは同意だ。・・また話したい。
サンデル先生の教室で、
頑強に?理解できていなかった(したくなかった?中国人いた。が
は下記に訂正します。
>699 それは同意だ。・・また話したい。
サンデル先生の教室で、
頑強に?理解できていなかった(したくなかった?中国人いた。が
すいません。

702:賢い人は・・
21/11/08 06:47:37.49 0.net
 例えば、将棋をする人(おいらもですが)、藤井君を知っています。
藤井君がすごいのは、ある場面を記憶し、次の場面も記憶し、その次も記憶した・・そのときに
どの場面も「同時」に並列(以前の記憶も以前の記憶にならないで現存在)しているということです。容易に
分かることです。。ときおり藤井君は負けますが(深浦九段とか)・・それは一つの分岐の読みにおいて深浦九段が読みぬいて(記憶)いるということです。
普通は分岐も含めて読むので、とんでもない数の手を読みますが、分岐であるがゆえに深くは読めません。
組み合わせが何億にもなるからです。この分岐の選ぶ(選択)が大局観です。選択肢の減少のこと。何億の手を覚える必要はありません。指してる
筋により組み合わせが減るからです。(厳密にはそうではないですが)。
 ・・記憶については・・。ベルクソン、ニーチェから学べることです。未来(約束の記憶)、過去(過去の記憶、トラウマも含む)の中でも
未来の記憶(約束=やるべきことの記憶)が為されている限り、その人は過去を有効に使っています。未来、過去というのが形式的に
区別されていて、よく考えれば未来は過去からの類推で、過去は以前として「去らない現在です。」、トラウマは過去の強制的な現存在の一部です。
ただ、年をとると、多数の記憶の想起ができなくなるため、特に「約束の記憶」が(「想起出来なく)なるため、いいかえれば現在が「覆いかぶさり」、約束が意識下へ行くということです。
ただその記憶は「過ぎ去りません」し、「現在の構成部分」でもあります。これらは将棋だけではなくあらゆる知的活動に言えます。
 そしてこの能力は「自我」の外部にあるので自我の部分ですが、関係がよくわかりません。そもそも自我は外部の部分です。だけれど(外部「環境」、身体、関係項)は操作できない
わけではないですが、薬の深い知識と同じように、よく考え、相手(外部)との親和性を考慮する必要があります。外部、能力についてはまた別の機会に・・。

703:考える名無しさん
21/11/15 12:34:30.03 0.net
スピノザを無視せず宗教のことを語ることはできない。

704:考える名無しさん
21/11/15 13:38:05.26 0.net
スピノザを無視して
だな。

705:スピノザ、他の人々の模様。
21/11/17 12:12:32.01 0.net
 スピノザは宗教については、それが迷信、妄想を生む限りにおいて「悪」だというだろうし・
宗教それ自身が人間の弱さの印である。ただ敬虔なキリスト教徒を口頭など、日常などで批判することもなかった。
 ユダヤ人の宗教はスピノザの実生活(=思想)に影響及ぶため、それを拒否した。政治が彼に及んだ。だが彼は政治的にも利用されなっかたし
本当の自由と必然を信じていた。そして己自身の到達した自由を信じていたように思われる。ゲーテやヘーゲル、ショーペウンハウアー
ニーチェ、の思想の核心はスピノザにある思う。ヘーゲルの場合はよくはわからない。デカルトが大きな一歩をなした。
ライプニッツはやはりその天才をもってデカルト派に組し・・、ではあったが、知られてるように「神」をなんとか「理論的」に説明をししようと苦心した。
スピノザは、そこでは迷わず、神=存在であると認識し、認識すれば必然的に「そうなる」ことを説明した。ニーチェは後にスピノザを見つけた。
・・ヘーゲルは「対立」という「最小の差異」やら。現実の差異を「矛盾」という・・どちらも
同一性を基準にし、それが故に生成そのものが「否定」となることになった。
 ライプニッツやベルクソンは、微視的観点から(副次的矛盾)から考察し
偉大な書物を残した。ベルクソンの参照書物が、以外に知られていない人々であることからも彼は、非常に細かいところから積み上げていった。

706:スピノザ、政治や経済
21/11/17 17:45:12.76 0.net
スピノザやニーチェは、思考、哲学が、国家に奉仕しかねない危機をもっていた。
だからこそ、スピノザ、ニーチェはwikipediaで調べても何も出てこないし、wikipediaは頓珍漢なことを
書いている。ウィキペディアに国家や権威の臭いがプンプンただよっている。変わりにハイデガーやウィトゲンシュタインについては
さも凄いように書いている。御用学者達が。まあハイデガーについても御用学者はどうも分かっていなさそうだ。
「存在」といっても、国家がそれを採用するかどうかは国家側にあり、すでにそのことが哲学が政治が巻き込まれている。
 
経済については、皆がもっとも関心があり、もっとも隠されているとも言えるし、選挙結果からも言えるし、メディアの傾向からも言える。
マスメディアが「老人」すがって、そのすがる人々の年齢層のメディア関係者は「逃げ切ろう」としている。つまり、老害とマスメディアは
共犯関係で、偽善の共犯である。老人たちは「若者に迷惑かけたくない」というが、実際の投票行為などは若者に迷惑をかける傾向にある。
こういう事柄は、犯罪者や反抗的な人に意見を聞けばいいが、その人たちの意見は聞かれない。法の下にある
弁護士によって妨げられている。弁護士が裁判官と同じというのは、法学者や判例の僕(しもべ)だからである。

707:考える名無しさん
21/11/17 21:49:33.75 0.net
スピノザについての新書は岩波から出ていない。
【岩波】新書や選書で哲学するスレッド【中公】
URLリンク(lavender.2ch.sc)

708:考える名無しさん
21/11/17 22:13:18.97 0.net
新しい端末ゲーをインスト中。なかなか終わらない。

709:考える名無しさん
21/11/27 15:05:14.01 0.net
URLリンク(simple.wikipedia.org)
簡単な英語版の記事を見て皆何をか思う

710:考える名無しさん
21/11/27 15:49:45.90 0.net
俺は初っ端のunderlyingが気になる。スピノザから離れるが、
物自体は認識できないbyカント/できるbyシェリング
の対立を思考処理した結果そうならざるを得なかったのか・・

711:考える名無しさん
21/11/27 15:58:17.24 0.net
URLリンク(en.wikipedia.org)
意外と初っ端がそんなにややこしくなくて悪くはない感じ
抽象化を避けて物事を簡単にし過ぎるとやばいということか

712:考える名無しさん
22/01/01 17:49:23.35 0.net
岩波から全集が出るという知らせがあったのに、ことほぐ人がいないとはね。

713:考える名無しさん
22/01/01 18:11:10.63 0.net
URLリンク(www.iwanami.co.jp)
9月刊か。

714:考える名無しさん
22/01/01 20:24:58.81 0.net
スピノザ全集、鈴木泉先生が関わってるじゃないか!

715:考える名無しさん
22/01/01 21:48:24.69 0.net
>>712
そんなあなたが真っ先に書いてくれてよかった
これはまさに朗報ですね
本当に予定通りの期日に出るかどうかは半信半疑ですけどね

716:考える名無しさん
22/01/02 16:10:07.13 0.net
とにかく上野先生監修ということで安心した
せっかく全集が出たとしても國分先生だともやもや残しそうな気がしてた

717:考える名無しさん
22/01/03 20:40:42.68 0.net
全6巻別巻1…実際の刊行順が大事だな
初回でエチカ、第二回で書簡集だとありがたいが

718:考える名無しさん
22/01/05 03:55:06.50 0.net
>>710
同意
「神などいないのに、神について議論しても無駄」
と言ったのはポパーだが、日本人ならば創価以外はみんなそう思っているよ。

719:考える名無しさん
22/01/05 17:10:24.19 0.net
underlyingというのが”根底にあるもの”ぐらいの意味ならわからんでもないが、
そうすると形而上学とはまるっきり違う形而下の事になってしまうしなあ。

720:考える名無しさん
22/01/05 20:44:55.70 0.net
豪華ハードカバー版で新訳のエチカが全集から出るなら多少高かろうが絶対買うぞ。

721:考える名無しさん
22/01/05 21:06:43.50 0.net
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部
鈴木泉
URLリンク(www.l.u-tokyo.ac.jp)
「岩波書店から刊行予定の『スピノザ全集』編集委員として、全集刊行の準備を進め、
幾つかの著作の翻訳を終え、来年度の刊行に向けて、現在、最終的な調整を行 っている段階である。」
予定より数年遅れでようやく2022年に刊行される事となったのか。

722:考える名無しさん
22/01/06 00:20:51.00 0.net
こうなったらラテン語原文・その逐語訳・読める日本語訳の併記
さらに各国語の翻訳・解釈の脚注の同頁掲載くらいやってくれないとな
なんてったって畠中エチカは1700円で所有できちゃうわけで

723:考える名無しさん
22/01/06 16:49:02.48 0.net
>>721
何年前のだよ。准教授時代のものじゃないか
もう教授になってるよ
しかし、ようやく主著を出す準備をされてるんだな
遅れに遅れまくっているようだが

724:考える名無しさん
22/01/06 18:13:00.40 0.net
山内志朗『ドゥルーズ 内在性の形而上学』に以下の記述あり。
「セカイ系に見出される宇宙的な感覚はスピノザ哲学と通底するところが
あるように思われる」(pp.99-100)
これって、スピノザをニューエイジに近づけるような、困った
読み方なんじゃない? 
「スピノザの思想は、徹頭徹尾奇妙な思想である。(…)スピノザは
あまりにも禍々しく、戦慄を引き起こす」(p.100)なんて
いうのには同意するんだけどね。

725:考える名無しさん
22/01/06 18:21:26.21 0.net
ニューエイジと言うよりかは、
世界を救うんだみたいなストーリーのアニメのことを言ってるんじゃないの。
小泉義之がバタフライ効果と一緒にセカイ系をどっかで批判していたね。

726:考える名無しさん
22/01/06 18:46:13.56 0.net
>>1
日本哲学の流れからするとスピノザは独特の読解をなされている
いわゆる神と全に付いての考察だ。
ところが重要なのは神との対比ではなく、実は全体と部分の哲学で
あることは日本ではあまり知られていない
こういう例だ
もし神様なんてものがいるとすればなぜ世界にはこんなに悪があって
救いが無いことが多いのか?と問う
その問いに、では悪や地獄を分けましたと答える
すると、分かれてしまったら神様は全てを扱っていない事になる
神様は全体ではなく部分しか扱えないのか?と言う疑問が生じる
こうした部分と全体の関係と巧妙に繋いでいったのがスピノザである

727:考える名無しさん
22/01/06 18:49:52.18 0.net
>>725
セカイ系批判って中央の人が地方を差別するのに使う方便だから
あまり本気にしない方がいいな

728:考える名無しさん
22/01/07 07:46:56.31 0.net
>>727 セカイ系批判というと、例の、社会という水準の欠落というような
やつですか? 

729:考える名無しさん
22/01/07 11:21:58.84 0.net
>>726
>神様は全体ではなく部分しか扱えないのか?と言う疑問が生じる
それ、言葉遊びでしょう。 神なんていないんだから

730:考える名無しさん
22/01/07 12:16:18.08 0.net
スピノザの誤読がはびこっている

731:考える名無しさん
22/01/07 17:08:29.31 0.net
>>729  いるいないは、「神」をどういうものと考えるか次第ですよね。

732:考える名無しさん
22/01/08 00:51:33.35 0.net
>>730
主に昭和平成の旧マスコミが原因でしょうね
彼らが神を否定するためにスピノザは神即自然を打ち出したと
提唱し続けましたからね
部分と全体の哲学に関してはあまり注目されていません
全てに神がいるのなら、僕をあの有名人と入れ替えてください!
という願いも叶えられるはず
しかし入れ替えたものが本当に自分なのか?って言う

733:考える名無しさん
22/01/08 03:07:02.56 0.net
誤読どころか未読だろ

734:考える名無しさん
22/01/08 09:58:49.47 0.net
「スピる」がスピノザと関係なくてよかった。
スピノザのスピり読みほど凡庸なものはない。

735:考える名無しさん
22/01/08 11:42:19.61 0.net
スピノザは、スピ(リチュアル)系ではなくて、「トゲトゲしい」、
"espinosa"の方から来てるんだろうね。

736:考える名無しさん
22/01/08 17:08:09.64 0.net
>>730
スピノザはトマス・アクィナスから多大な影響を受けているから、
『神学大全』を原書で読んでからでないと、大抵は誤読するよ。

737:考える名無しさん
22/01/08 18:26:14.75 0.net
スピノザの神を神様と混同してるやつはスピノザを騙って何がしたいんだろう

738:考える名無しさん
22/01/08 22:17:29.90 0.net
どちらかと言うとそれは、一神教の神様って実は元ネタがあるんですよっていう話だよな
キリストは三位一体だし
イスラムは気候の神
ユダヤは永遠神
日本も主神は一応いる
それぞれシンボルに描かれている

739:考える名無しさん
22/01/09 09:45:42.64 0.net
一神教の制度化によって何がそれまでと変わったのか?
その変化を記述してごらん。

740:考える名無しさん
22/01/09 09:47:34.20 0.net
まともな問いを形成することもできないのに、
正しいを認められる答えだけを求めても無駄なことだ

741:考える名無しさん
22/01/09 09:48:13.96 0.net
正しいを× 正しいと〇

742:考える名無しさん
22/01/09 10:15:53.43 0.net
例えば、祷りを捧げるための神聖な空間と人々の関係はどのように変わったのか、
そういうことを具体的に記述してみると、いろいろと見えてくるものがある。

743:考える名無しさん
22/01/09 10:18:13.03 0.net
そういうふうに問いを形成しようとすることが、問題へのアプローチを
考えるということ。アプローチを検討しながら、何を問題としているのか
がより明確となり、その問題意識を他者と共有することができるようになる。

744:考える名無しさん
22/01/09 21:07:14.15 0.net
それスピノザ関係なくないか?
ホッブスとかジョンロックの方じゃね

745:考える名無しさん
22/01/09 21:21:24.09 0.net
まったく意外なんだが
神学政治論は読んだがエチカは読んでない
そういう人がいるのかね

746:考える名無しさん
22/01/09 21:47:46.11 0.net
デカルトといえば、聖アウグスティヌス
スピノザといえば、古代ローマのストア派哲学
絶大な影響を受けてるのは生前から有名

747:考える名無しさん
22/01/09 21:52:08.55 0.net
そもそも、哲学者のいう「神」は抽象化された存在であり、聖書やコーランに出てくるのとは違う
イスラム哲学では、哲学者の神は「ハック」、コーランの神は「アッラー」とする区別があった
デカルトやスピノザのいう神とは、ここでいう「ハック」の方

748:考える名無しさん
22/01/09 23:06:41.01 0.net
>>746
大陸合理主義っていうのは、名前だけだよ。

749:考える名無しさん
22/01/10 09:55:31.75 0.net
>>745
ホッブス、ルソー、ロックは公民
デカルト、スピノザ、ライプニッツは神秘的
パスカル、ニュートンは理系
な感じもするし、混ざらない人もいるんじゃない

750:考える名無しさん
22/01/11 09:35:14.68 0.net
ニュートンは己の分をわきまえていたけど、
スピノザ、ライプニッツは自分の能力以上のことに挑戦して、自爆してしまった。

751:考える名無しさん
22/01/11 20:28:34.10 0.net
>>748
英国経験論も意味不明だよね。
tabula rasaな訳ないでしょう。
サルも人間もtabula rasaならば、同じになってしまう。
もともと、頭の出来が違うんだよ。

752:考える名無しさん
22/01/11 21:03:36.73 0.net
>>737 お金もうけ

753:考える名無しさん
22/01/16 21:34:33.62 0.net
たしかにスピノザ的な神では商売はできないね。

754:考える名無しさん
22/01/21 08:59:45.28 0.net
>>750
ニュートンのどこが分を弁えてたんだ

755:考える名無しさん
22/02/03 11:57:16.89 0.net
神っていうか世界みたいな感じやね。

756:考える名無しさん
22/02/03 15:09:18.59 0.net
神とか、スピノザは現代的には需要のない哲学だね

757:考える名無しさん
22/02/11 15:30:45.10 0.net
講談社現代新書がまたスピノザ入門書を出すってさ

758:考える名無しさん
22/02/12 14:35:07.93 0.net
>>756
読む人次第

759:考える名無しさん
22/02/12 15:48:10.27 0.net
2022.02.10
17世紀の哲学者・スピノザを、21世紀の私たちが読むべき理由
『スピノザ―人間の自由の哲学』刊行記念
吉田 量彦
URLリンク(gendai.ismedia.jp)

760:考える名無しさん
22/02/14 08:06:05.77 0.net
昨日のNHKのサイエンス・ゼロは、DNA解析から見た「倫理」がテーマだった。
やはり、科学はすごいね。 文系脳がスピノザにしがみついているのが哀れに思った。

761:考える名無しさん
22/02/14 12:44:40.07 0.net
人間の祖先は シーラカンス

762:あ
22/02/14 15:24:53.90 0.net
諸感情の定義

 五 軽蔑とは精神が、ある事物の現在によって、その事物自身の中に在るものよりもむしろ
その事物自身の中にないものを表象するように動かされるほど、それほどわずかしか精神を
とらえるところのない事物の表象である。

763:考える名無しさん
22/02/16 08:21:11.46 0.net
働きなさい

764:a
22/02/16 11:21:31.93 0.net
宇野弘蔵「経済政策の起源及性質に就て
   ―スピノーザ哲学体系第三部「感情の起源及性質に就て」参照」(全文)
《序言
 経済政策に就て記述した大抵の人々は、恰も彼等が商品経済の法則に従う商品経済的の
物を取り扱うのでなくて、商品経済の外に在る物を取り扱うような方法を取っている。 云々
 定義
 一、二 略
 三、経済政策とは商品経済の運動を増加し、或いは滅少し、促進し或いは防止する商品
経済の発動、及びそれと同時に、これらの発動の観念であると解する。
 それ故に若し社会がこれらの発動の妥当なる原因であり得るならば、社会は政策を働'と
解し、然らざる場合には受'働'と解する。
 仮定
 一、商品経済の社会はその活動を増加或いは減少する多くの仕方において刺戟され、又
同様にその活動力を増加或いは減少しない他の仕方においても刺戟されることが出来る。
 二、商品経済の社会は多くの変化をうけ、且つその際に対象の印象或いは痕跡に従って
物の同じ表象像を維持することが出来る。
 定理
 一、政治は或働を為し、又或る働を受ける。即ち政治は妥当なる観念を有する限りに於
いて必然に或る働を為し、又非妥当なる観念を有する限りに於いて必然に或る働を受ける。
 証明。略
 系。これから、政治は非妥当なる観念を一層多く有するに従って益々多くの働を受け、
又反対に、妥当なる観念を一層多く有するに従って、益々多くの働を為すことが起こる。》
(2008年宇野弘蔵『『資本論』と私』271-272頁より。同書解説ではスピ ノザエチカ第三部
序言以下のパロディと解釈される。初出は1935年、東北帝国大学 研究年報「経済学」第2号。)

765:a
22/02/16 11:26:45.16 0.net
《…宇野は,資本の物質的過程に則した原理の純粋化(方法の模写)と,その純粋化によって要請される政策目標設定との
「同時並行性」を指摘するのであるが,この種の「唯物論」がスピノザの「心身二元論」に着想をえていると,宇野自身に
よって述懐されていることは,十分に注意されてよい。宇野自身によるその説明がない以上,その真意は測りかねるが,た
とえばアルチュセールによれば,「無神論者」スピノザは,敵のもっとも強い陣地たる神=無限実体から始める。これは並
行する二つの属性,思惟(精神)と延長(身体)の無限様態に自己を実現する。しかしスピノザの方法は,情念(身体)に
対して,知性(精神)からの制圧=改善を期待するところにあるのではない。「心身二元論」「心身並行論」の名で知ら
れるスピノザのテーゼは,しかし精神が身体から切り離されているということでもない。精神が身体と「ともに」思考すると
いうことであり,一方の他方に対する優越を禁じているのである。この関係は,国家と資本とのあいだにおいても想定可能
である。つまり国家(精神)は,資本(身体)から切り離されえないばかりか,資本(身体)と「ともに」ありながら,資本
と「ともに」思考する。国家と資本もまた,厳密に「並行関係」を保ちながら,際限のない過程を展開するのである。国家
という「精神」は,ヴェーバーの認識とは反対に,資本の動向に対して,外からその行程を歪めることなく,資本という
「身体」と「ともに」,あるいは資本という「身体」に「おいて」しか思考できない。こうした理解を示すかのように,
宇野は政策と原理との関係を,スピノザにおける精神と身体との関係になぞらえるのである(宇野弘蔵『資本論五十年』上,
法政大学出版局1973]:476)。》
大黒弘慈「宇野理論形成の思想的背景―純粋と模倣―」2007より URLリンク(www.unotheory.org)
(これは、大黒弘慈「宇野弘蔵の『純粋』-戦前・戦中の思想形成-」1999『批評空間』第II期第20号,太田出版他を纏めたもの)

766:美魔女
22/02/16 13:53:46.10 0.net
知性とは知れば知るほど無知であることを思い知ることです。

767:考える名無しさん
22/02/17 11:19:36.99 0.net
みなさんカズさんの新著『スピノザ』を読むのです。いい本です。
まあ、最後の最後で祈ってしまうところなど、カズさんが必ずしも
スピノジストでないことを意味するのかもしれないけれど、
それはともかく、エティカの最後のtam difficilia quam raraは、
やはりカズさんの言うように(p.324)「滅多に見かけないが、
それくらいむずかしい」ってことなんでしょうね。
ちなみにスピノザはここで、キケロの友情論にある、名高い、
omnia praeclara raraを踏まえているみたいですね。
ただ、この文の冒頭のSedは、Butではなく(Curleyはそうしているけれど)
Indeedってことじゃないかな? フランス語ならMaisで間に合うけどね。
畠中さんの「たしかに」なんかの方がいいんじゃないか。
「実に、(キケロの言ったとおり)何であれ価値あるものは世に希だが、
それはそのくらい達成困難だということなのである」

768:考える名無しさん
22/02/17 11:38:27.28 0.net
日本語でも、「しか・し(て)」で間に合うのでわ

769:考える名無しさん
22/02/17 11:41:55.82 0.net
279考える名無しさん2021/09/30(木) 08:55:40.750>>285
>三河と尾張となる志香須賀の渡り
志香須賀の渡りは、確かに河の渡り場ではあるとされるものの、
水の流れが激しいために渡ろうか渡るまいか逡巡の思ひが浮かぶので、
なるほど「しかすが」という名のとおりで、そのことが興味深い。

770:考える名無しさん
22/02/18 18:15:38.34 0.net
>この文の冒頭のSedは、Butではなく(Curleyはそうしているけれど)
Indeedってことじゃないかな? フランス語ならMaisで間に合うけどね。<
英語の"But"そのものがフランス語の《Mais》と同様に、「それにしても~」
という意味合いで感慨を表現するように用いられるから、そのように
解釈すると"But"と"Indeed"も互換的になって、結局は、どのように
読み取るかという問題になるのでわ。私は、ラテン語は読めないし、
原文を見たり、訳文を比べて見たりしたわけではないので、よく知らないけど。

771:考える名無しさん
22/02/18 21:25:01.33 0.net
↑ 大阪弁なんかの「しかし」についてもそれは言えるけど、
でもエティカの最後の sed が「しかし」でよいかは別問題かな。

772:考える名無しさん
22/02/20 22:14:46.16 0.net
Sub specie aeternitatis は「永遠という相(ないし観点)のもとに」
ということで、これを「永遠の」とすると、「相(ないし観点)」が
イターナルだとも解せてしまう。
ちなみに、アイスばっかたべてるとおなかがイターナル。

773:考える名無しさん
22/02/21 14:07:37.66 0.net
全集っていつ頃出んの???

774:考える名無しさん
22/02/21 22:17:14.03 0.net
>>773
九月

775:考える名無しさん
22/02/21 23:33:16.15 0.net
もちろん一遍に七冊まとめて出るわけはない
エチカが第1回配本とはかぎらない

776:考える名無しさん
22/02/22 03:00:43.90 0.net
過去には無かった?
初めてなんかな

777:考える名無しさん
22/02/22 12:55:37.34 0.net
なんにせよ画期的ね。
岩波文庫の全作に膨大な注釈が付けられるんだろな。
一冊一万円くらいかも。それでも買う

778:考える名無しさん
22/02/22 13:09:19.88 0.net
>>774
ありがとう

779:考える名無しさん
22/02/22 13:22:05.67 0.net
>>778
昨日の岩波書店のTwitter
今日はオランダの哲学者スピノザの命日(1677年)。アカデミズムの傍流にありながら、ヨーロッパ思想史のなかで常に重要な位置を占めてきました。9月には、小社より「スピノザ全集」(全6巻・別巻1)を刊行予定です。どうぞご期待ください。

780:考える名無しさん
22/02/22 14:01:28.91 0.net
岩波の翻訳はあまり評判良くないみたいだが

781:考える名無しさん
22/02/22 15:17:25.70 0.net
>>780
全部新訳で出したりして

782:考える名無しさん
22/02/22 15:28:48.60 0.net
新訳だからみんな歓んでいるんだよ?
それに畠中訳も古いだけで悪くはないよ

783:考える名無しさん
22/02/23 09:34:16.00 0.net
そう。畠中訳は立派なもの。
で、新訳の訳者の名はまだ秘中の秘なのかね。共訳もありか?
いずれにしても、奇を衒わないようにお願いしたいものです。

784:考える名無しさん
22/02/23 11:41:32.43 0.net
企画としては20年以上前からあるみたい
その途中で誰かは知らんが、役者が死亡したりして
発刊が遅れに遅れたらしい

785:考える名無しさん
22/02/23 11:42:19.73 0.net
×役者
○訳者

786:考える名無しさん
22/02/23 12:43:09.14 0.net
エチカの難解さは翻訳のせいではないんだろう
たとえラテン語ネイティブがラテン語オリジナルのエチカを読んだってやっぱりこのスピノザとかいう男は何を書いてんだ?   
となるだろうし

787:考える名無しさん
22/02/23 15:55:07.42 0.net
スピノザっていうとゲーテ思い出す

788:考える名無しさん
22/02/23 17:42:23.47 0.net
スピノザに限らず、きちんと理屈を追えば哲学者の考えが理解できて、
その哲学を教えとして学ぶことができると思うのが幻想なのだと思うよ。
そのことは、哲学者に限らず、相手を説得しようとして何らかの理屈を
捏ねる人の話を根気強く聞いてみれば分かるはず。どういう
理屈を捏ねているのか理解できたとしても、それで相手の話に
説得されるわけではない。相手がどのように感じて、そのような理屈
を捏ねているのかが、我が身のこととして感じられて初めて、
それに説得されるか、そうでないかが分かれる。

789:考える名無しさん
22/02/23 17:57:07.73 0.net
だから、相手の感じ方がよく分かったとすると、その理屈に説得された
としても、自分にとっては、相手とはまったく正反対の結論が導かれる
ことさえ充分にあり得る。

790:美魔女
22/02/23 22:11:44.22 0.net
時間と永遠の無限の質的差異

791:考える名無しさん
22/02/24 04:17:48.96 0.net
大陸合理主義では、スピノザとかライプニッツとか意味不明なことがもてはやされたんだよ。

792:考える名無しさん
22/02/24 04:20:40.23 0.net
進化は万能であるって本だと評価高いが
けっこうあちこちに面白いことが書いてある

793:考える名無しさん
22/02/24 04:28:10.82 0.net
ヘーゲル、カント、マルクスって解らなかったがある人の解説で基本が氷解した
けっこう尊敬する学者も基本は解ってはいなかったことが衝撃
数学、科学もそうみたい
学問はまだまだ発展途上ってことかと
解説してた人は学問は中世に毛が生えた程度ではないかと書いていた
そうかも

794:考える名無しさん
22/02/24 06:45:14.42 0.net
この世は仮想現実

795:考える名無しさん
22/02/24 15:03:13.86 0.net
>>794
貴方も仮想現実ですね

796:考える名無しさん
22/02/26 21:32:37.00 0.net
死んだら 無

797:考える名無しさん
22/02/26 23:58:31.51 0.net
トキメキ学園

798:考える名無しさん
22/03/01 16:43:51.44 0.net
>>796 まあそうなんだけど、スピノザは或るところで
「哲学的には不死」と言うんだよ。

799:美魔女
22/03/01 22:46:57.94 0.net
私は女小便小僧です。

800:796
22/03/01 23:25:44.28 0.net
訂正。Curleyがさる論文で以下のように言っているだけだった。
Had Spinoza worked out, in 1658, the views he later
tried to articulate in the Ethics, then he might have
said this to Fr. Solano:
the soul is immortal, but only philosophically.

801:考える名無しさん
22/03/02 11:46:31.24 0.net
>>796
物理としては他の物理状態に生成変化するだけで生滅しないようです

802:考える名無しさん
22/03/03 23:39:08.20 0.net
エチカの最後のところのsed、独訳もaberで問題ないが、
だから「しかし」でよいとはならないわけです。

803:考える名無しさん
22/03/24 15:33:51.70 0.net
吉田先生の新書読んだよ
どちらかというと背景にフォーカスしてて、それももちろん大切だし有益だったけど、
肝腎のスピノザの思想の紹介は正直物足りないと感じた
本体1200円の新書としてもお買い得だと思うけど、どうせならもう100ページ書き足して1000円高い選書あたりがちょうどよかった気がする

804:考える名無しさん
22/04/01 06:49:58.87 0.net
>>750
ライプニッツが自爆したなんてないだろ
モナドロジーは使えるし、神の予定調和も健在だ

805:考える名無しさん
22/04/01 06:52:50.08 0.net
>>760
DNAとか量子論とか気象学って文系でも学んでおくべき理系分野って気もするけどね
ガチガチの理系は天文とか物性やっている、他には地球の内部とかそんなの
理系も文系も扱うけど切り口が全然違うのが料理と小売業だな

806:考える名無しさん
22/04/01 06:54:42.54 0.net
働かないと言うから誤解されるんだな
働いてはいけないと言えば良いのか
時間は有限なんだ、その事が分かってない
それと私は君みたいな凡庸な存在とは違うので働いては駄目なんだ

807:考える名無しさん
22/04/01 07:00:44.81 0.net
すると現実を拒絶して怒り出している
残念だけど、これが差なんだよ
君のような平凡な存在は働くことが奉公だが
私のような存在は 職業:私 だから自分らしくあれば良いのだ
働くと言う事は他人に従属する行為だからやってはいけないと
教わりました、これ本当

808:考える名無しさん
22/04/06 01:18:20.49 0.net
衣食住に困ってないなら、いいんじゃね

809:考える名無しさん
22/04/10 20:05:13.32 0.net
神様の完全なるコピーは神様なのか?と言う問いだろう
正道ではテーマにならないけど、同人や批評界隈だと良くテーマになる
そこそこ人気のだ、批評も二次創作みたいなものだからね
この完全なるコピーってのが良く分からないんだよね
天国でも地獄でもない奇妙な空間って古典でも設定されている
キリスト教では煉獄、日本では黄泉、ギリシャ神話では奈落、仏教では天魔
単純に割り切れないものがあるんでしょうな
根源的には全と部分の扱い方になるんだろう

810:考える名無しさん
22/04/10 20:10:01.41 0.net
>>809
それがスピノザとどう関係するのか説明してもらえる?

811:考える名無しさん
22/05/25 23:58:53.11 0.net
全集刊行を見届けるまでは落ちてもらいたくないので保守しておきますね

812:考える名無しさん
22/06/26 22:14:02.92 0.net
保守します
六月もおしまいですが、全集に関する続報はとくに届いていないようですな……

813:考える名無しさん
22/07/03 22:13:00.34 0.net
どんな装幀になるか楽しみですね
岩波だから奇抜なのにはならないだろうが従来の箱入りクロス装幀がいいな

814:考える名無しさん
22/08/14 22:32:27.48 0.net
八月お盆ど真ん中
いまだ全集一切音沙汰なし
本当に出るんかね

815:Sage
22/08/22 07:39:25.35 0.net
来月刊行予定のスピノザ 全集は新刊案内を読む限り、
「初訳作品を収録」とか書かれているから、いずれも新訳ではないのかな?
講談社現代新書で読んだスピノザ 入門の著者の名前が全集の編者として出ていたから期待したんだけど。
エチカ単体を豪華ハードカバーで手に入れたいから、
他の作品と抱き合わせで収録してほしくないなぁ。

816:JBL
22/08/23 09:08:05.56 0.net
エチカは読むのに根気が要る書物
かなりの根性がないと無理

817:考える名無しさん
[ここ壊れてます] .net
スピノザ全集、なんか途中で訳者の人が亡くなったりして
大変だったらしい

818:考える名無しさん
[ここ壊れてます] .net
>>815
全部新訳と聞いてます
文庫は文庫で残すのかな?

819:考える名無しさん
22/09/10 20:36:14.37 0.net
本当に今月中にスピノザ全集は刊行されるのだろうか。

820:考える名無しさん
22/09/11 00:29:10.86 0.net
本気で出すつもりはあると確認できただけで収穫なのである
今年中に一冊でも出たらよくやったと歓ぶくらいの気構えでちょうどよいのではないか
……といま一応ググってみたら、その岩波から国分氏がまた関連書を出すようだな

821:考える名無しさん
22/09/13 22:38:00.48 0.net
岩波のHP上では、今月の新刊案内に全集のことが一切書かれていない…。
全集の発売は来月以降、下手したら来年に延期なのか?
岩波もこれから発売予定のスピノザ関連書籍の情報を載せるくらいなら、
全集の刊行について現在どの様な状況にあるのか教えて欲しいものだ。

822:考える名無しさん
[ここ壊れてます] .net
そして神無月を迎えた
面白い字面じゃないか

823:考える名無しさん
22/10/05 09:37:09.72 0.net
神有!!!
神即自然!!
神持無限様態
神是唯一実体而二個以上実体不可有!!

824:考える名無しさん
22/10/28 20:17:34.45 0.net
やっと刊行されるね
楽しみ

825:考える名無しさん
22/10/30 11:02:26.15 0.net
>>824
全集の刊行予定日について新しい情報が出たのですかな?

826:考える名無しさん
22/10/30 18:26:38.16 0.net
>>825
詳細書かないでごめん
入不二 基義先生がパンフレットの画像ツイートしてた
12月から3か月ごとに刊行とのことです
URLリンク(twitter.com)
URLリンク(pbs.twimg.com)
URLリンク(pbs.twimg.com)
URLリンク(pbs.twimg.com)
URLリンク(pbs.twimg.com)
(deleted an unsolicited ad)

827:考える名無しさん
22/10/30 18:42:32.00 0.net
>>826
おお! ありがと!
初回配本からエチカ?
上野先生自らの翻訳!?
しかも俺の想定よりはリーズナブルな価格設定
ここまでは減点ゼロだわ

828:考える名無しさん
22/10/30 20:51:25.62 0.net
>>826
この情報をずっと待っていました!
ありがとうございます!!
エチカは絶対買うぞ。
第一回目配本&単体収録で良かった〜。

829:考える名無しさん
22/10/30 22:41:20.70 0.net
ざーとらしいw

830:考える名無しさん
22/11/07 11:21:41.69 0.net
全集出るんですね
ところで編者の上野先生は専門家として
二人目の鈴木先生はデカルトとフランス現代思想の専門家ではなかったでしょうか?
しばらく業界の動きをウォッチしていなかったのでわかりません
知っている方いたらご教示願います

831:考える名無しさん
22/11/26 03:00:14.99 0.net
國分先生には誰も興味ないみたいね

832:考える名無しさん
22/12/31 03:18:29.24 0.net
新訳エチカ読んだ人は感想書いてくれたまえ
もちろん個人の見解でいっこうに構いません

833:考える名無しさん
23/03/11 17:40:53.86 0.net
想定以上に読みやすい

834:考える名無しさん
23/03/11 18:53:52.12 0.net
「動物精気」は誤訳だよ

835:考える名無しさん
23/03/12 12:58:25.61 0.net
>>831
一番初めに知ったときは朝日新聞で市民運動モドキみたいなニュースに載せられていたが
後日名前だけ覚えていたら徐々にそれっぽい仕事しているんだなってのは分かった>哲学者

836:考える名無しさん
23/03/13 23:17:23.86 0.net
>>834
畠中訳でも鬼頭・斎藤訳でも「動物精気」だが、より適切な訳語があるというなら御教示ねがいます

837:考える名無しさん
23/03/14 14:56:38.88 0.net
URLリンク(core.ac.uk)

838:考える名無しさん
23/03/14 16:31:00.06 0.net
一応、念の為
>>837 だが、俺は >>834 ではない
「動物精気 訳語」でぐぐったら2位に出る文献
これくらい読もうや

839:考える名無しさん
23/03/14 16:44:41.64 0.net
スピノザはデカルトのいわゆる「動物精気」、そんなものは虚構であると言っているので誤訳もなにもないのではないかな


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