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太平洋戦争中の1942年、山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」で水没事故が起き、朝鮮半島出身者136人、日本人47人の計183人が犠牲となった。戦後80年を迎える今も、坑道には遺骨が残されたままだ。
遺骨収集を目指す地元の市民団体は31日、潜水調査に再び乗り出す予定だ。
「長生炭鉱」とは 用語解説・ニュース
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瀬戸内海の海面にそびえ立つ2本の筒。「ピーヤ」と呼ばれる排気・排水筒だ。183人は筒が通る長生炭鉱跡地に今も眠る。
調査を進めるのは「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」。91年の設立当時は遺骨収集を目的としていなかったが、追悼碑を建立し、韓国の遺族らと話す中で収集と返還を目指すことになった。2018年からは日韓両政府と交渉を重ねている。
ただ、日本政府は犠牲者について、戦没者遺骨収集推進法が定める「戦没者」に該当しない上、遺骨の場所も不明なため収集は困難という姿勢だ。そのため同会は昨年1月、場所を特定して国主導の調査につなげるため、炭鉱の出入り口である坑口を再び開けて潜水調査を行うことを決めた。
ネットなどで費用を募り、同9月には事故以来82年ぶりに坑口を開けた。10月には、協力を申し出た水中探検家の伊左治佳孝さん(36)が坑口から調査に入った。水没は坑口から1キロ先で起きたとされ、伊左治さんは坑口から約200メートルまでの範囲を調査した。
坑道は水の濁りがひどく視界も狭い上、パイプや構造物が散らばり、何があるのか分からない状態だった。ただ、多くの労働者が逃げ集まり、遺骨がある可能性が高いエリアまで残り約150メートルまで迫ることができた。
伊左治さんは1月31日~2月2日、再び調査に臨む予定で「継続してやれば遺骨は回収できる気がする」と話す。2月1日には追悼碑のある宇部市内の広場で日韓両国の遺族を招いて追悼集会を開き、調査を見守る。
同会の井上洋子共同代表(74)は「今年は戦後80年かつ日韓国交正常化60年だが、遺骨を残していては両国間の未来はない。遺骨を収集し、犠牲者の尊厳を回復することで未来がつくられる」と話している。
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時事通信 2025年01月27日07時02分
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