【佐賀】最後の朝鮮通信使に焦点 名護屋城博物館で企画展 重文など56点 佐賀藩出身の朱子学者の様子も[9/02]at NEWS4PLUS
【佐賀】最後の朝鮮通信使に焦点 名護屋城博物館で企画展 重文など56点 佐賀藩出身の朱子学者の様子も[9/02] - 暇つぶし2ch1:ねこ名無し ★@\(^o^)/
16/09/02 01:54:36.12 CAP_USER.net
 江戸時代に朝鮮王朝から12回にわたって派遣された朝鮮通信使の最後の使節団にスポットを当てた企画展「朝鮮通信使と九州」が唐津市鎮西町の名護屋城博物館で開かれている。
朱子学者で佐賀藩出身の古賀精里と同郷で古賀に抜てきされた草場佩川(はいせん)が使節応接の任に就いた様子を伝える資料など、56点を展示している。無料。9月25日まで。
 江戸期の朝鮮通信使は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で断絶していた日朝間の国交回復交渉などの目的で1607年に始まった。その後、将軍の代替わりを機に来日。
朝鮮国の高官のほか学者や絵師、医官など、総勢500人に及ぶときもあり、両国の友好関係の確認や文化交流の役割を果たした。
 ただ、江戸時代後期になると両国とも財政難で使節派遣の延期を望むようになった。こうした状況下、最後となった1811年の12回目は、朝鮮通信使が江戸に向かうのではなく、対馬(長崎県)に日朝双方の使節が出向いて国書を交換することになった。
 企画展では、幕府が対馬藩に対して対馬で国書交換を行う交渉を朝鮮国側と行うように命じた「幕府令書」や、交渉に当たって対馬藩が独断で動いていると疑う朝鮮国側に藩の事情を説明して信用を得ようとした国重要文化財の文書を展示している。
 また、草場が対馬の旅館で描いた古梅図に古賀が文を書き加えたものや外交交渉の最前線となった韓国・釜山にあった対馬藩の「倭館」の絵図、朝鮮通信使が乗った船の模型なども見学できる。
URLリンク(www.nishinippon.co.jp)
URLリンク(www.nishinippon.co.jp)
展示されている朝鮮通信使などが乗った船の模型


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