15/06/09 23:58:59.31 /kDucpmi.net
皆さん、河野洋平さんをあんまり責めないでくださいな。
ワタシはいわゆるネトウヨですが、ちょっと可哀想な感じもしています。
1993年に河野談話が発表された直後に「ケシカラン」と言った人はいませんでした。
河野談話に対する疑問や批判は、その後の事実関係整理作業の進展に伴い、徐々に高まっていったものです。
慰安婦強制連行の有無について学術的な決着が付き、強制連行は無かったと断定的に言えるようになったのは2000年頃のことです。
それまではネトウヨのワタシを含め、多くの保守派の人々も「ホントはどうだったのだろう?」と半信半疑の状態だったのです。
1992年頃、保守派論客の代表格、渡部昇一氏も「慰安婦強制連行があったのかも知れないが・・・」という主旨の発言をしてました。
河野談話は、事実確認が不十分で、結果として不適切であった、というのはその通りです。
その場を取り繕うために見切り発車してしまったのでしょう。しかし、現在、河野氏に向けられているのは、「後智恵批判」であると思われます。
1993年当時は、加害者側証言(後に嘘と判明した吉田証言)と被害者側証言(後に信憑性に疑問が持たれる慰安婦証言)が一致しており、
河野氏が見切り発車的な強制連行発言をしたとしても無理もない状況でした。
石原官房副長官(当時)などの話によると、韓国政府から「認めれば、今後、問題にしない。」と持ちかけられ、それを信じてしまったようです。
結果としては韓国にだまされた形です。政治家として軽率であったかもしれませんが、当時の河野氏は、これで問題解決になると考えたのでしょう。
冤罪事件などで自白を強要されるパターンに良く似ています。「犯行を認めれば刑を軽くする」と言われて、ウソの自白をしたようなものです。
もしワタシがその立場にいたら、事実無根の内容でも認めてしまうかも知れません。ある意味、河野氏は自白強要冤罪事件の被害者とも言えます。
談話を発表した時、河野氏は独裁的な権力を持っていたのでしょうか?いいえ、近現代の日本では独裁者なんていません。
河野氏も、当然、各方面に根回しをして事を進めたのです。周りの人々(自民党の保守派を含む)もそれを了承・容認していたのです。
もし、当時の官房長官が河野氏ではなく、他の自民党の人でも同じような経緯になったことでしょう。
河野氏ひとりを非難するのは不当です。特に宮沢総理を差し置いて河野氏のみを批判するのはまったく理解できません。
談話が発表された1993年は、冷戦終結直後で当時の政治状況や人々の意識にはまだ冷戦構造の名残がありました。
河野氏の所属していた自民党は、共産主義に対抗するため韓国との協力関係維持が重要という認識を持っていました。
韓国から多少の理不尽な要求があったとしても大目にみてあげるのが「大人の対応」と考えられていたのです。
今日の観点からすれば不適切かもしれませんが、1993年には1993年の価値基準があったのです。
当時は共産主義を封じ込める大目的のため、細かいことは気にしないという風潮があったのです。
韓国のワガママな主張にお付き合いしたのは河野談話が初めてではありません。
このような状況の中で河野談話が出されたということを、ぜひ、忘れないでいただきたいものです。