【バカの壁】養老孟司 名言 格言 言葉at MOG2
【バカの壁】養老孟司 名言 格言 言葉 - 暇つぶし2ch9:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:52:54.84 zv0Z6DkZo
養老孟司の名言・格言まとめ。 名言ブログ
1-blog.net/author/detail/6424
「こうでなければならない」と「しょうがない」は理想と現実です
ちゃんと人の心が分かれば、誰とでも適切な距離感や関係性が築ける。
これさえできれば、どんな状況でも生きていけます

一つのことをずっとやっていると、バランスが崩れてくる

不安とか、やったら消えるのだけれど、やってないから不安。
一旦、動き出したら不安になってる暇なんかない

些細なことで「それは自分らしくない」「それをやると自分ではない」
というようなことを言う人は逆に、自分についての確信がない

壁は全て、自分が作っている
変わっていくこと。それが学ぶこと、知るということ
変わるとは、成長することでもある

本当に好きなら苦労はいとわない。苦労が苦労でないからである。
苦労したくないなら、結局それほど「好きではない」のである

相手が悪だということは、自分が正しいことを保障するわけではない
自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと思えばいい
自分が変われば、世の中が面白くなる
自分はこれでいいんだと開き直って、成績の低い自分が好きと自己肯定してしまう
自然というのは常に受け入れるところから始まる

若い人の弱点は、今の自分で世界を考えたがること。
自分が変われば、世界も変わることに気付いていない

誰もが何かを成し遂げなければいけない、なんてことはない

10:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:53:34.15 zv0Z6DkZo
情報化社会と若者 養老 孟司 No.832(平成13年7月) _ 一般社団法人学士会 北大・東北大・東大・名大・京大・阪大・九大 卒業生のためのアカデミック・コミュニティー・クラブ
www.gakushikai.or.jp/magazine/article/archives/archives_832/
私は4月に新入生が入ってくると、「君らぐらい若くたって、がんだと言われることがある。
寿命があと半年とか言われ、それを本当に納得したら、桜が違って見えるだろう」とよく言うのですが、これは学生も納得します。
人間誰だってそうですが、特に若い人ががんを告知され、あと3ヶ月なり半年しか命がないと言われたら、考え方がガラッと変わる。
来年はもうこの桜は見られないと思うから、桜が違って見える。
その桜が違って見えた段階で、去年まで自分はどうやって桜を見ていたのだろうと、その気分を思い出そうとしても、正確には思い出せない。
確かなことは、がんの告知を受けて、それまでの自分とは変わったということです。

私は、「知る」ことは「自分が変わる」ことだという暗黙の教育を受けてきたような気がします。
『論語』に「朝(あした)に道を聞かば夕(ゆうべ)に死すとも可なり」というのがあります。
朝勉強したら、夜になって死んでもいいなんて、そんなことがあるかって私は思っていましたが、ある年齢に至ると、やっとわかってくる。
本当の意味で「ものを知る」ことを繰り返していきますと、自分が次々に変わっていきます。
部分的であれ、過去の自分が死んで、新しい自分が生まれるという体験を繰り返していれば、夕方になって本当に死んだとしても、今さら驚くことはない。
多分そう言っているのだろうと思い当たります。

11:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:53:59.56 zv0Z6DkZo
養老孟司「思い通りにならない時に人は試される」 自分のモノサシを固定化した瞬間、人は不寛容に
リーダーシップ・教養・資格・スキル 東洋経済オンライン
toyokeizai.net/articles/-/649609
人間は、人の世界と物の世界を行き来することでバランスを保ってきました。
「対物の世界」を遠ざければ、「対人の世界」ばかりに目が向くのは当然です。それでは煮詰まって、感覚が干上がってしまいます。

逆に人疲れしている人は、人間でないものを相手にすればいい。生身の人間を相手にするから疑心暗鬼になる。
知り合いが田んぼや畑を持っていたら、行って働かせてもらえばいい。
鳥の声でも聞きながら、黙々と手を動かして土でもいじっていれば、何かを感じます。「気持ちいいなあ」と思うだけでいいんです。

思い通りにならないことを知る
対人の世界でも対物の世界でも、多様な場所に身を置けば、何事も自分の思い通りにならないことがわかります。
世の中には思い通りにならないことがあることを知る。それが寛容の始まりです。

自分も変わっているし、相手も変わっている。変だと思ったら、それは自分が変なのか、相手が変なのか、どちらかです。
だけどいまの人たちは「相手が変だ」というほうが多い気がします。自分は変わらないと思っているからです。

それを「不寛容」と言います。「何かおかしい。変なのは俺じゃない、こいつだ」となって、相手を排除しようとする。不寛容の極みです。
もしかしたら、変なのは自分かもしれない。それを忘れて、自分のモノサシを固定化した瞬間、人は不寛容になります。

寛容になるためには、思い通りにいかないことを受け入れたうえで、少しずつ状況を変えていくしかありません。
それには自分だって変わらなきゃいけない。そうやって人間は「努力・辛抱・根性」の方法を学んでいくのです。

思い通りにならない人や物を前にしたとき、人間の本当の意味での体力や感覚の強さが試されるのです。

12:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:54:36.83 zv0Z6DkZo
養老 孟司氏インタビュー | 特集 | 神奈川県生涯学習情報サイト 学びstyleかながわ
www.pref.kanagawa.jp/osirase/4310/shougaku/special/interview01.html

13:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:55:07.17 zv0Z6DkZo
養老孟司氏、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?:日経ビジネス電子版
business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800007/
養老:僕らの頃は小学校だともう、1週間の半分ぐらいは川で遊んでましたよ、魚を捕って。
それが高学年で虫捕りになっただけで。つまり、人の相手じゃなくて自然を相手にして、十分遊んでいられたんです。
今はそれがなくなって、子どもの世界が半分になっちゃった。
子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。
若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。
 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです。
坂口恭平さんという人がいて、「いのっちの電話」というのをやっているんです。
自分の携帯電話の番号を公開して、死にたい人であれば誰でもかけられるようにしています。
『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)という自分の本にも、自分の携帯電話の番号を載せている。
電話がかかってきたら話して、電話に出られなかったときはかけ直している。
そうやって2万人くらいの死にたい人の話を聞いてきた坂口さんは、人の苦労というのはすべて他人との関わり合いのなかにあるとしています。
だからね、子どもの時代からそういう苦労を負わせる必要、僕はないと思う。

今の子どもは、人間の相手ばかりをしているから、「他人が自分をどう思うか」を気にする時間が長い。
常に他人の評価、特に大人の評価にさらされっぱなしということになるんですね。

養老:人生の半分ぐらいは、人以外のものと付き合ったらいいんじゃないのかと思います。

先生が解剖学に向かわれたのも、そのためですか?

養老:そうです。解剖もそうだし、虫もそうです。


養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする:日経ビジネス電子版
business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/
養老:居心地の悪いところから立ち去る。資質に合わない努力はしない。
このあいだ話した坂口恭平さん(前回「なぜ『他人が自分をどう思うか』を気に病むのか?」参照)が、うつ病にならないための指針としてそう書いています(*)。
* 『躁鬱大学』(新潮社)

14:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:55:46.39 zv0Z6DkZo
養老孟司氏、なぜ「本人」がいても「本人確認」するのか?:日経ビジネス電子版
business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/012700002/
養老:「情報」というものは、時間の経過によって変化しないのですよ。それは子どもとは非常に違うところです。
子どもというのは、日々大きく変わっていきますから。

確かに養老先生は、「情報」とは「時間的に変化しないもの」と、定義されていました。

  ネットの中の情報は、自分からひとりでに変化することはない。常に停止したままである。すなわち「同じ」である。
時間的に変化しないもの、それを現代では「情報」と呼ぶ。
情報が変わったように見えるのは、新しい情報が付け加わったり、既存の情報をだれかが訂正したりするからである。
付け加えても訂正しても、元の情報はじつはそのまま残っている。……中略……
 じつは「同じ」を突き詰めていくと、デジタルにならざるを得ない。デジタルとは、二進法、ゼロと一とで、すべてが記述されることである。
さらにそのゼロと一で書かれた情報は、完全なコピーが作成できる。
コピーとはつまり元のものと「同じ」ということで、同じものをきちんと作ろうとするなら、デジタルがもっとも望ましい。
『遺言。』(新潮新書/2017年)

 この記事も、手を加えなければひとりでに変化することはない。100年後でも情報は変わらない。確かにそうですね。

養老:でも人そのものは、ひたすら毎日変わっていきます。
そういうものをどう扱っていいのか、現代人はわからなくなっているのです。

15:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:56:24.40 zv0Z6DkZo
養老:僕は、よくこの話をするのですが、数年前、銀行にちょっとした手続きをしに行きました。
そうしたら行員の人が僕の顔を見て、「養老先生、本人確認の書類をお持ちですか?」と聞くのです。
僕は運転免許を持っていません。本人確認という意味では、運転免許証が一番便利なんですけどね。
現住所も顔写真もついてますから。それで「僕は、免許を持っていないんです」といったら、「健康保険証でもいいんですけどね」といわれました。
それで「銀行に保険証なんか持ってきませんよ」といったんです。

病院じゃないんだから。

養老:そうしたら、「困りましたね、わかってるんですけどね」というんですよ。
つまり、「目の前にいるのが、本人だとわかっていても、本人確認の書類がいる」ということなんです。

16:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:58:17.52 zv0Z6DkZo
養老孟司氏、「どうせ自分は変わる」が心をラクにする
business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800008/?P=4
最後に、今すごく苦しくて、死んでしまいたいと思っている子どもたちに、先生から何か伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。

養老:どうせ自分は変わるよ、ということです。

どうせ自分は変わる?

養老:変わる。変わるに決まっているんですよ。今の状況が永久に続くってことはあり得ないので。
今の状況が続かないと考えるときに、つい「周りが変わる」と思っちゃうんだけど、そうじゃないんです。
「感じている自分」が、変わるんです。

「今、死にたいと思っている自分」が。

養老:変わる。変わるに決まっている。ですから、「今現在の自分」を、絶対視しない。
これは当たり前のことなんですけどね。大人がそれを教えないといけないんです。
僕なんか84歳までにどれだけ変わったか。

それを妨害するのが、「個性」とか「自己」を重視する今の風潮です。その人らしさとかね。
いくらその人らしくしてみたところで、いずれ変わっちゃうんだから。らしくなくなっちゃっても、別にいいんですよ。

17:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:58:42.82 zv0Z6DkZo
先日おっしゃっていた、「自己なんて本当はないんだ」ということを、子どもに教えるということですか。

養老:そうです。かなり乱暴ですけどね。でもお坊さんに聞いたら、みんなそう言うと思います。
仏教は昔から「我というのを避ける」ということを言っていますから。

 できるだけ自分が自分であるようにする、自分に素直であるようにするということを、「わがまま」っていうんです。「我がまま」ですから。

「わがまま」って、「私のまま」「自分そのまま」ということだったんですね。

養老:日本人の社会は、それを注意してきたんですよ。「我がまま」では駄目だと。

自分が変わるのが当たり前なんだから、自分が自分らしくあるなんてことはあり得ない。
そして今の苦しみも続かないと。

養老:そうです。必ず変わるんですよ。

18:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 07:59:19.74 zv0Z6DkZo
養老孟司氏、なぜ「他人が自分をどう思うか」を気に病むのか?:日経ビジネス電子版
business.nikkei.com/atcl/gen/19/00426/042800007/
養老:YouTuberになりたいというのは要するに、「いいね」がたくさん欲しいということでしょ。

満たされない承認欲求を満たしたくて。

養老:人の意見を気にするようになっているんです。小さいときから。


養老:「世のため、人のため」という感覚でしょうね。家の手伝いというのは、その一歩になります。

今の日本がこれだけ子どもが自殺してしまうような社会になったということは、個人、自分のためという生き方が行き詰まっているということですよね。

養老:そうです。自分のためでは駄目なんですよ。

養老:子どもたちは今、「自分の生きる意味は自分のなかにある」と、暗黙のうちに思わされているんです。
そう教育されているんですね。それが常識だろうと、親が多分そう思っているわけです。

養老:親がそうであれば、自然に子どもの考え方もそうなってしまう。
でも、極めて根拠がないんですよ。「自分の生きる意味は自分のなかにある」という考え方は。
それはヴィクトール・E・フランクルというウィーンの精神科の医者が、本に書いています。
人生の意義は自分のなかにはないと。ナチスドイツの強制収容所から生きて出てきたユダヤ人です。

『夜と霧』ですね。

養老:「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ(*)」。
人生の意義は、自分のなかにはなく、むしろ自分の外にあるということです(*)。


やむを得ずでも一定の時間、自然と付き合うような形の生き方にしたほうがいいんじゃないの、と。
田舎では本来、何でも自分でやらなきゃならない。不便なんですね。この不便というのが非常に大事なんです。

19:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:00:00.15 zv0Z6DkZo
不便さというのが、今の子どもの生きづらさを解消する一助になるということでしょうか?

養老:不便なら身体を使いますから。すると、考え方が変わりますよ、ひとりでにね。

身体を使うことで、子どもの考え方が変わる?

養老:大人も変わるでしょうね。体を使って自然に接する時間をつくると、必ずしも人に合わせる必要がなくなるからです。
人の顔色を見る必要がないんですね、田舎では。

身体を使って自然に接すると、人の顔色を見る必要がない……。

養老:作業しているとね。

作業ですか。田舎で作業する……。例えば、芋掘り体験をしたときのことなど思い出してみると、
確かに芋と土のことしか頭になくて、誰にどう見られているかなんて、
あまり気にしていなかった気がします。

養老:そう、それが大事。人にどう見られているかっていうのは、意外に重たいんですね。
でも、五感をフルに働かせると、意識のほうが遠慮しますから。そうやって感覚を多少、優位に持っていく。

具体的に、何かを見るとか聞くとか触るとか。

養老:そうですね。僕の子どものころを思い出すと、いつも川で魚を捕っていましたけど、水に入ると冷たいし、風が吹いてくるし、カワセミは飛んでいるし。
ああ、きれいだなって。自然のなかにいると、さまざまな感覚の働きに気を取られて、考えることが減っていきますね。
「なぜ死んではいけないのか」なんて、そんなことは考えない。

20:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:00:27.51 zv0Z6DkZo
子どもたちの相手をするのが、先生とか親とか友達とか、人間ばかりになっちゃったんです。
若い人にとって、「みんなで何かをする」ことは喜びではあるのですが、それにしても人といる時間が多すぎるんですよ。

 なぜならそれが、自殺にも関連してくるからです。坂口恭平さんという人がいて、「いのっちの電話」というのをやっているんです。
自分の携帯電話の番号を公開して、死にたい人であれば誰でもかけられるようにしています。
『苦しい時は電話して』(講談社現代新書)という自分の本にも、自分の携帯電話の番号を載せている。
電話がかかってきたら話して、電話に出られなかったときはかけ直している。
そうやって2万人くらいの死にたい人の話を聞いてきた坂口さんは、人の苦労というのはすべて他人との関わり合いのなかにあるとしています。

21:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:00:51.01 zv0Z6DkZo
サイエンスフォーラム(コミュニケーションする脳)
www.nagano-c.ed.jp/seiryohs/exsite/SSH/sf/sf030929/sf030929.HTML
第8回 サイエンスフォーラム21 報告
日 時 2003年9月29日(月) 14時30分~
場 所 諏訪清陵高等学校 小体育館
講 師  養老 孟司 先生 (東京大学名誉教授)
テーマ 「コミュニケーションする脳 ~バカの壁を超えて~」

2.個性とは
・個性は遺伝子的に最初から与えられている。
・「私は私」と自分は変わらないものと思っている人が多いが、人間は変わるものである。
分子・原子のレベルでもどんどん変わっているし、考えていることも変わっていく。
・普遍的な論理には個性などない。→変わらないものは言葉(コミュニケーション)などの情報である。(万物流転・・・この言葉自体も変わらず真実である)

3.「学ぶ」・「知る」ということ
・「知る」→人が変わるということ
・「学んで」人間が変わると、行動に表れ「現実」になる。
・授業が退屈な人にとっては、その授業は現実ではない。
・教育とは人が変わらなければならない。

5.質問
Q:小さい頃は何に興味を持っていたか?
A:休みの日は魚や虫を捕っていた。
Q:なぜ解剖学に興味を持ったか?
A:敗戦(小2)により価値観が変わり、確かなもの(普遍性)が欲しかったから。

22:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:01:20.52 zv0Z6DkZo
養老孟司の名言 坊主のスローリーディング - 楽天ブログ
plaza.rakuten.co.jp/yunomasato/diary/201910070001/
壁は全て、自分が作っている。

若い人の弱点は、今の自分で世界を考えたがること。自分が変われば、世界も変わることに気付いていない。

自分が変われば世界も変わる。自分が変われば楽しくてしょうがなくなる。同じ場所で風景が違って見える。

人間を構成している成分は約1年で90%入れ替わる。人間は川のように流れ移り変わる。本当の自分など存在しない。

人は何かを知り何かを忘れ、生まれ変わり続けている。
そういう経験を何度もした人にとっては、死ぬということは特別な意味を持つものではない。

君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。
そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう。では、桜は変わったのか。そうではない。
それは自分が変わったということに過ぎない。「知る」というのはそういうことなのだ。

人生は家康型なのです。一歩上がれば、それだけ遠くが見えるようになるけれども、一歩上がるのは容易じゃない、荷物を背負っているから。
しかし身体を動かさないと見えない風景は確実にある。

結局ね、ダメなんですよ、人に生かしてもらったら。自分で生きなきゃダメなんです。

23:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:01:52.26 zv0Z6DkZo
養老孟司氏の本
classic.music.coocan.jp/_book/shakaishiso/yourou.htm
養老孟司の<逆さメガネ>
まず第一に、知るということの意味が、根本から変わってしまった。
知るということがまさに技法、ノウハウに変わった。
現代の「知ること」の大前提は、自分は自分だということ、
つまり自分は本質的に変わらないと信じることだ(→デカルト)。
変わらない自分がものを「知る」とするなら、それはデータベースが増えるということで、それなら知は技法でよい。
 しかし本来は、知るということは、それによって本質としての自分も変わるということである。
ガンの告知を受けたら桜がいままでと違って見える、とはどういうことか。
それは自分の人生を悟って自分が変わったから、前と変わらない桜を見ても変わって見えるということではないか。
 そもそも知ることによって変わらないならば、教育にならない。育つということにならないではないか。(P.124-126要約)
だから、「君子豹変す」というのは良いことなのだ。気づかなかったことに気づけば変わって当然なのだ。
また、「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」というのも、真理を知ったことによって今までの自分は死んだも同然だから、
たとえ死んだとしても何を驚くことがあるか、という意味なのだ。(P138-140要約)

24:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:02:23.62 zv0Z6DkZo
人が変わること - 『バカの壁』
w.shiawasehp.net/diary/200607/04.html
『バカの壁』(養老孟司)より、
君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。
そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう。
ガンの告知で桜が違って見えるということは、自分が違う人になってしまった、ということです。

25:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:02:55.44 zv0Z6DkZo
養老孟司さん|知るとは、自分が変わること _ ハルメクここだけの話
halmek.co.jp/exclusive/c/tips/11409
2023年2月に刊行された養老さんのエッセー『ものがわかるということ』(祥伝社刊)は、発売1か月で5万部が発行され、幅広い年代の人たちに読まれています。
この本で養老さんが繰り返し書いているのが「人は変わる」ということです。
「『私は私』で変わらない、一貫した『同じ私』がいるなんていうのは思い込みで、人は刻々と変わっているんです。
例えば、『あなたはがんですよ。せいぜいもって半年です』と言われたら、どうなるか。その瞬間、世界が変わって見えるはずです。
それは世界が変わったのではなく、見ている自分が変わったんです」
養老さんは「知るとは、自分が変わること」だと説きます。
「それこそ戦争中、お国のためにと死ぬ気でやっていたのに、敗戦を境に一夜にして民主主義になると、それまでの自分はなんで死ぬ気でやっていたんだろうとわからなくなる。
つまり、目からウロコが落ちて自分がガラッと変わると、前の自分がいなくなる、例えて言えば“死ぬ”わけです。
死ぬ気でやっていた自分は“もう死んで、いない”んですね。

人間関係において、「相手のことがわからない」「あの人は全然わかってくれない」と多くの人が悩んでいますが、「わかる方が不思議だと思っておくと気持ちが楽」と養老さんは言います。
「先ほど言ったように、人は刻々と変わっていくわけですから、自分が変わるだけじゃなく相手も変わる。
自分のことだってよくわからないのに、人のことがわからないのは当たり前です。
そう思っていると、わかってもらえたらすごくありがたいでしょう。めったにないことだから、ありがたい。
僕も本を出すと、『先生の言うことはわかりません』としょっちゅう言われますが、それでいいんです」
相手が明らかに「誤解している」と感じたときには、無理に誤解を正さず、放っておくのが一番だそう。
「『それは誤解です』と相手を正そうとしても、相手は相手で自分が正解だと思っているから、ほとんど意味がありません。
そこで理屈やエビデンスをつけて誤解を正そうとしても、たいていムダに終わる。
だから、せめて自分が相手を誤解しないようにすることです。そうすれば相手だって変わっていきますよ」

26:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:04:20.42 zv0Z6DkZo
バカの壁 - ここみち読書録
www.cocomichi.club/entry/2023/09/20
知るということは、自分がガラッと変わることです。したがって、世界がまったく変わってしまう。
見え方が変わってしまう。それが昨日までと殆ど同じ世界でも。(p.60)

生きている人間というのはひたすら変わっていくのに、俺は「不変の情報だ」と頑張る人。
個性尊重という言葉はここから出てくるわけです。(p.66)

27:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:04:51.20 zv0Z6DkZo
流転しないものを情報と呼び、昔の人はそれを錯覚して真理とよんだ。真理は動かない、不変だと思っていた。
実はそうではなく、不変なのは情報。人間は流転する、ということを意識しなければいけない。
現代社会は「情報化社会」だと言われます。これは言い換えれば意識中心社会、脳化社会ということです。
意識中心、というのはどういうことか。実際には日々刻々と変化している生き物である自分自身が、「情報」と化してしまっている状態を指します。
意識は自己同一性を追求するから、「昨日の私と今日の私は同じ」「私は私」と言い続けます。これが近代的個人の発生です。
近代的個人というのは、つまり己を情報だと規定すること。
本当は常に変化=流転していて生老病死を抱えているのに、「私は私」と同一性を主張したとたんに自分自身が不変の情報と化してしまう。
だからこそ人は「個性」を主張するのです。自分には変わらない特性がある、それは明日もあさっても変わらない。
その思い込みがなくては「個性は存在する」と言えないはずです。
(中略)
脳化社会にいる我々とは違って、昔の人はそういうバカな思い込みをしていなかった。なぜなら個性そのものが変化してしまうことを知っていたからです。
昔の書物を読むと、人間が常に変わることと、個性ということが一致しない、という思想が繰り返し出てくる。『平家物語』の書き出しはまさにそうです。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という文から、どういうことを読み取るべきか。
鐘の音は物理的に考えれば、いつも同じように響く。しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。
それは、人間がひたすら変わっているからです。聞くほうの気分が違えば、鐘の音が違って聞こえる。『平家物語』の冒頭は、実はそれを言っているのです。
『方丈記』の冒頭も全く同じ。
(中略)
では、中世以前はどうか。平安時代というのは、まさに都市の世界です。人間が頭の中で作った碁盤の目のような都市が作られている。今の我々とよく似た時代です。
その時代には、きっと「私は私だ。変わらぬものだ」と藤原道長あたりが言っていたに違いない。しかし実はそうではない。人生は万物流転なのです。

28:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 08:05:42.24 zv0Z6DkZo
名言ナビ
meigennavi.net/word/00/006000.htm
これだと自分が思えることなら、
何歳になって見つかってもいい。
それこそ何度、転職してもね。

養老孟司[ようろう・たけし]
(解剖学者、著述家、1937~)
『プロ論。』

29:名無し戦隊ナノレンジャー!
26/06/17 16:11:00.09 zv0Z6DkZo
【名言】人生で辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1743291311/

【名言】人生で辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉
lavender.5ch.io/test/read.cgi/mog2/1749994906/ 削除された
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1749994906/

【名言】人生で辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉
lavender.5ch.io/test/read.cgi/mog2/1756281967/ 立て直したスレ
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1756281967/

【名言】辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉 2
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1781098118/

【名言】人生で辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉 2
lavender.5ch.io/test/read.cgi/mog2/1781219750/
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1781219750/

【名言】人生で辛い時、落ち込んだ時に救われた言葉 3
lavender.5ch.io/test/read.cgi/mog2/1781400045/
awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mog2/1781400045/


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