21/12/16 22:59:21.01 .net
「いつか夢の中へ」
仕事から帰ると妻が一人掛けの椅子に腰掛けて眠っていました。
そんなはずはないと分かっていても、声を掛けられずにはいられませんでした。
「ただいま」 すると妻は、ゆっくりと顔を上げて「お帰り」と返してきました。
俺は妻に近づいて、頭をゆっくり撫でました。ちゃんと触ったという感覚がありました。
「なんでいるの?」 妻は入院中で、家に居るはずがないのです。
やっとのことで口から出た言葉はそんなものでした。
すると妻は、笑って「抜け出したんよ! 凄かろう?」
凄いとか、ほんま… アホかと思いました。昔から妻はそういうところがありました。
末期の癌で入退院を繰り返している癖に活発という…
最近忙しくて、週一のペースでしか見舞いに行かなくなっていました。
そりゃあ、寂しかったのだろうと思います。
暫く二人とも無言でしたが、少し経って俺は「病院へ戻ろう?」
妻は拗ねたように「いやだ!」
妻が病院を抜け出して来た理由も全く聞かずに俺はアホだったと思います。
妻がきっと自分の死期を悟っていました。だから帰って来たのだと思います。
俺は一週間ぶりに見る妻がいとおし過ぎて…
細くなった腕も、少しこけている頬も、病室で見る度に苦しかったのに…
俺はその後、妻を寝かしつけると病院に連絡を入れ、明日には病室に
戻すので今晩は家に居させてくださいと頼みました。
担当医は俺に激怒しましたが、無理を通してもらえました。
次の日の朝、起きると妻はまだ寝ていました。
可笑しいなと疑うこともなく、10時頃まで寝かせておきました。
でも、流石に起こそうと思って妻の体を軽く揺さぶりました。
でも、妻は中々起きません。何回呼んでも妻は起きません。
何度も何度も妻の名前を呼びました。何が起こったのかも、
全部わかっていたけど、認めたくはなかった。
起きて欲しい… 話せなくていい… 笑っていなくていい…
冷え切った妻の手を握り締め、これまでにないぐらい泣き叫びました。
いつか来る日だと分かっていたけど… 「ありがとう 愛しているよ」