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フロイトは「文化への不満」で
「いつか将来、私たちはとてつもない予測すら不可能な進歩を遂げるかもしれない。
しかし、問題はそのあたかも神に属するがごとくに進歩した我々人類は
決して今の自分たちを幸福だと思っていない」
と述べている。
文明の進歩と人間の幸福は反比例する法則がある。
これは思考の根源の深い示唆に富む。
そもそも文明とは、自分たちの生活の利便性や自己能力の補完を目的とした環境変革の事だ。
にもかかわらず、人間は便利になればなるほど自分たちを不幸になったと思う。
知らなくても良い事を知り、手に入るはずの無いものを得て、
人は喜ぶ量よりも、苦しみ、惑い、嫉妬し、渇望する量の方が遥かに多いのだ。
ギリシャ神話で中核を成すのは主神ゼウスの話ではなく、エロスとプシュケの恋愛譚である。
数々の試練を乗り越え、遂に愛欲の神の妻となって寄り添う事になった「プシュケ」は
古ギリシャ語で「人間の魂」と言う意味だ。
結局、人間は利便よりよりも、知識や物よりも、本当に欲しているのは「愛」なのだ。
人間は常に愛を求めている。
手に入れた物が多いほど、その愛が分散し、摩耗して喪失感を味わう。
我々が来た所、思念の根源は愛を求めて出発した場所、つまり「孤独」だ。
そして向かう場所は愛のある場所、そして更なる愛を求めてまた孤独に向かうのである。