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十数年前から、植木トラックマンが札幌で藤田騎手の騎乗馬を斡旋するようにな
った。それと比例するように、藤田騎手の成績も上がっていった。
年間111勝を記録した2002年を皮切りに、それからの10年は年間百勝超えが当たり
前のようになり、2006年には127勝を記録している。しかし、植木トラックマンの病
気が発覚した2011年、亡くなった2012年あたりから藤田騎手の成績は次第に下降線
をたどっている。59勝、31勝、50勝、33勝がそれからの年間勝利数。そして今年、
突然の引退発表。9月5日の札幌2Rジョルジュサンクでの勝利が今年の18勝目。通算
1918勝目の、藤田伸二騎手最後の勝利となった。
藤田騎手が弾劾した「騎手エージェント」制度。しかし、その礎を築いたのは、
藤田騎手と植木トラックマンではなかったのか。だからこそ、植木未亡人は植木ト
ラックマンが亡くなって二年近くたっても、ジャパンCダートに騎乗した藤田騎手
のトランセンドの成績が気になった。
「静かに引退する事は俺らしいでしょ」
藤田伸二のメッセージの最後に近い部分だ。
「シンジ! うらみごとなど一切言わず、黙ったまま引退した方がずっとお前らし
かったよ」
植木靖男が生きていたら、そう言っただろうか…。
飯田○美