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葫蘆(コロ)島からの引揚げ - 探検コム
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毎年12月には様々な外交文書が公開されるんですが、2000年に公開された資料で、朝鮮人送還の様子が明らかにされました。
当時、日本には200万人近くの朝鮮人がいて、1945年暮れから大がかりな帰還計画が始まりました。ところが、次第に朝鮮人の
帰国希望者が減少していきます。GHQは送還の中止に傾きますが、日本政府はなんとかもっと送還したいと訴えます。
以下は、外交文書に記録されたGHQ帰還担当のハウエル大佐と厚生省関係者の会話です(1946年3月「朝鮮人送還問題に関する
連合司令部との会談」、朝日新聞2000年12月20日付より転載)。
大佐「帰る気を起こさせる手段はないか」
日本「持参金の増額を認めては」
大佐「不可能だ」
日本「ならば強制送還を認めてくれるか」
大佐「それも不可能。この際、中止すべきだ」
日本「中止だけは思いとどまってほしい。朝鮮人を可能な限り多く送還することは、日本政府の最も希望するところだ」
結局、帰還は1946年末まで続けられたものの、希望者は増えずじまい。「朝鮮人帰還輸送終了の件」(1946年12月)によれば、
帰還したのは98万人で、約60万人が日本残留を選んだそうです。