14/09/13 00:38:42.30 9ZJtp45Q0.net
前スレの>>699
> 陰嚢水腫であったことは、検死の結果から判明したことでは無いぞw
> 生前からとっくにわかっていたこと。
> いつものことながら、アンチ西郷の論理展開は無茶苦茶。
誰も「判明」したなんて書いてないわな
検視書に記載があることで、風聞どおり睾丸が大きかったと裏付けられたし、
さらに「陰嚢水腫」という言葉が使ってあることで、西郷がフィラリア感染症であったと我々は断定できるわけだ
ちなみに桐野の検視書もあったようだよ
> 西南戦争60年会編『西南役側面史』(1939)に記載する桐野の屍体検査書に
> 「衣服 績縞上着縮緬襦袢。創所 左大腿内面筋骨銃創、右脛骨刀創、左中指旧切痕、
> 下腹部より腰部貫通銃創、前頭より顳?(こめかみ)部貫通銃創、左前頭より傾頂部に刀創、左中指端傷」
> と記され、更に「陰嚢肥腫」とあるので、桐野は西郷と同じくフィラリアを病んでいたと考えられる。
この満身創痍の検死結果は、桐野が通説どおり最期の瞬間まで勇戦して死んだことを裏付けている
あるいはこの検死結果をもって、激烈な桐野伝説が生まれたのかもしれない
桐野には検死書が作られているのに、
西郷には作られていないと考えるのはさすがに無理があるわな