10/10/22 22:22:14 S/cJ2VQe0.net
将軍継嗣問題は、幕府内の権力争いですな。
なぜ、司馬遼太郎引用者が、一橋派を「反幕府勢力」だと言い張ったのかが、未だに良く分からない。
構成員といえば一橋慶喜・徳川慶勝・松平春嶽・島津斉彬・山内容堂・伊達宗城
一橋慶喜は後の徳川慶喜、
徳川慶勝は朝廷に招聘されたが固辞し、代わりに行ったのが松平容保と松平定敬
松平春嶽はそのまま京都で活動
島津斉彬は急死して島津久光が活動
山内容堂はそのまま京都で活動
伊達宗城はそのまま京都で活動
幕末に京都で活動していた諸侯は、幕府に近いものも反対派もどれも将軍継嗣問題における一橋派ばかり。
しかもこの大部分が、年が経つに連れて反徳川慶喜で結束してゆく。