24/05/31 11:26:51.83 .net
>>651
崇神天皇の時代には、確かに現在私たちがイメージするような「前方後円墳」などの大型古墳はまだ存在していませんでした。しかし、古墳時代と呼ばれる時代区分は、一般的には3世紀後半から7世紀中頃までとされており、崇神天皇の時代(紀元前2世紀頃)は古墳時代初期に位置します。
実際、崇神天皇ゆかりの地域とされる奈良県桜井市には、全長約200メートルの巨大な前方後方墳である「箸墓古墳」が存在します。箸墓古墳は、現存する日本最大級の古墳の一つであり、その築造時期は3世紀後半から4世紀前半と推定されています。
また、崇神天皇の妃である倭姫命の墓所とされる「卑弥呼の墓」も、前方後円墳である可能性が指摘されています。卑弥呼の墓は、奈良県桜井市穴古墳群にある全長約180メートルの前方後円墳で、こちらも3世紀後半から4世紀前半の築造と考えられています。
これらのことから、崇神天皇の時代には、現在のような大型古墳はなかったとしても、古墳時代の初期段階において、すでに土を盛り上げて首長を埋葬する「墳墓」が築かれていたと考えられます。
このように、古墳の起源については、まだまだ多くの謎が残されています。