阿波説の捏造糾弾スレ!【少女Hの妄想 】at HISTORY
阿波説の捏造糾弾スレ!【少女Hの妄想 】 - 暇つぶし2ch637:日本@名無史さん
22/03/13 05:22:01.67 .net
吉田東伍 大日本地名辞書 上巻 二版 1907年
名東郡
一宮
上八万村の西に在り、今上八万の大字を爲す、名方郡の一宮八倉比賣の祠あり、故に名つく、上一宮とは神領村を云ふ。○八坂祇園社旧記云、元享三年長講堂領、阿波國一宮大粟、三好西郷、爲勅願料所、可被相傳旨、被下綸旨。
阿波志云、一宮祠は一宮山上、明神峯に在り、天正以後北麓に移す、或は阿波女神と稱す、即ち神領村一宮の別廟にして下一宮と稱す、旧と鬼籠野に在りき、三代実録に、元慶七年、埴生女屋神に従五位上を授くとある是なり、天正中、廟五間四架、前殿九間五架、楼門六間四架、或は大粟明神と曰ふ、大日寺は同所に在り、旧一宮寺と稱せり、一宮祠を管す、三好氏捨地十二貫、寺田六反餘あり、山谷幽深なり、谷有り花谷と曰ふ、建治山西に聳ゆ、鮎喰川北より流る、建治山には往事建治寺と號せる一院ありしと云ふ。○按に、一宮は延喜式「名方郡、名神大社、天石門別八倉比賣神」にして長寛勘文に、天慶三年承平中海賊討平の御祈
ありしを以て、正三位を授け奉る社とす、(阿波志一説、参考神祇志料)大粟の埴生女屋神と同神にや、共に一宮の號を冒す、而て矢野の杉尾明神をも、士人八倉比賣神に擬するは其故を詳にせず、又按に景行紀に「皇子豊門別命者粟直祖」を見ゆ、此に天石門別八倉比賣神と云ふは、豊門別命に因由なき歟、疑ふらくは天石門別神と其妃二座なるを、後人誤りて一座と爲せるにや、又豊門別と云ふも石門別と云ふも、其名稱相似たれば彼皇子を土俗の傳に天石門別とは申ししにや、天石門別豊玉姫も此一宮と同じ縁由の社ならん。
再考、八倉比賣は式社記に、大宮賣神と注すれは、粟直の人々の祭れるや疑なし、大宮賣は忌部のもちいつくいはれあり、同書に天石門別豊玉比賣をば、天別豊玉比賣と注す、稍不明なれど、海神の豊玉媛にあらざる事を證するに足らん。


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