邪馬台国四国説 part3at HISTORY邪馬台国四国説 part3 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト7:日本@名無史さん 19/06/17 18:58:01.54 .net 遺跡は、太龍寺山(標高618m)の標高約140~250mの地点の斜面にあり、坑道は約250mの地点で見つかった。 奥行きは約14m、高さは約70~90cmある。 8:日本@名無史さん 19/06/17 19:32:59.53 .net 阿南市が国史跡指定に向けて昨年8月から行った調査では、入り口付近から辰砂の原石が22点、石杵が10点、内部から石杵が1� 9:Q点見つかった。 このため、辰砂の鉱脈を含む岩を横穴式に掘り進んだ坑道だと断定した。 10:日本@名無史さん 19/06/17 19:50:47.21 .net 入り口から約50m離れた斜面では、掘削する際に出たがれきなどが捨てられた「ズリ場」も確認された。 その付近で弥生土器の破片が発見されており、坑道も弥生時代に使われていた可能性があると判断した。 11:日本@名無史さん 19/06/17 20:57:46.07 .net 阿南市などは来年度以降、坑道内部の調査を本格化させ、時代の特定につながる土器などを探す。付近で他の坑道の有無も調べる。 現在、日本最古の坑道は奈良時代に銅を採掘していた長登銅山(山口県美祢市)とされている。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch