19/03/08 16:24:44.26 .net
科学ニューススレから
(6): しじみ ★ 01/21(月)18:22 ID:CAP_USER(1/2) AAS
■『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』、日本神話、考古学資料などを、
総合的に統計学的手法で分析すれば、
99.9%の確率で、邪馬台国は福岡県にあったことが言える。
■和辻哲郎の「邪馬台国東遷説」
白鳥庫吉(1865〜1942年)は、明治期の東京帝国大学(現在の東京大学)を
代表する東洋史学者であった。
白鳥は1910年に発表した論文「倭女王卑弥呼考」のなかで、『魏志倭人伝』の「卑弥呼(ひみこ)」に
関する記事内容と、『古事記』『日本書紀』の「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」に関する記事内容とを比較している。
そして、この二つの記事内容について「その状態の酷似すること、何人もこれを否認するあたわざるべし」と述べている。
白鳥庫吉の見解を受け継ぎ、それを「邪馬台国東遷説」という形で大きく発展させたのは、
東京大学の哲学者・和辻哲郎(1889〜1960年)であった。
和辻哲郎の「邪馬台国東遷説」は『日本古代文化』(岩波書店、1920年刊)のなかに見える。
「邪馬台国東遷説」というのは、邪馬台国は九州に存在し、のちにその勢力を受け継ぐものが東遷して「大和朝廷(やまとちょうてい)」に
なったとする説である。
和辻哲郎氏(1889-1960年)
和辻哲郎や、その説を受け継ぐ人たちの「邪馬台国東遷説」の要点をまとめれば、次のようになる。
(1) 卑弥呼のことが神話化し、伝承化したものが天照大御神である。
(2) 九州にあった邪馬台国が、本州の大和に移動した。神武天皇の東征伝承は、その間の事情を伝えるものとみられる。
和辻哲郎は述べる。『古事記』『日本書紀』の伝える「神武東征」の物語の「国家を統一する力が九州から来た」という中核は、否定しがたい伝説に基づくものであろう、と。
(3) 九州から大和へ移動した時期は、3世紀の後半から、西暦300年前後にかけてのころであろう。
608:日本@名無史さん
19/03/08 16:47:07.60 .net
科学ニューススレ続き
■年代論的根拠
和辻哲郎の「邪馬台国東遷説」にはその後、
年代的根拠がさらに詳しく与えられるようになってきている。
■天照大御神のいた場所
「卑弥呼=天照大御神」とすれば、天照大御神のいた場所が、邪馬台国であることになる。
邪馬台国についての手掛かりを『古事記』『日本書紀』のなかに、たどることができることになる。
『古事記』『日本書紀』は天照大御神のいた場所を「高天の原(たかまのはら)」と記す。
「高天の原」は、どこだろう。
いま『古事記』の上巻、いわゆる神話の巻を取り上げる。
『古事記』上巻には「筑紫(つくし)」「日向(ひむか)」「胸形(むなかた)」など、
現実的に場所の特定できる地名が現れる。
その地名の統計をとる。
その結果を図示すれば、図3のようになる。圧倒的に多いのが、
「九州地方」と「山陰地方」の地名である。
『古事記』の主要なテーマは「九州地方」の勢力と、
大国主(おおくにぬし)の命(みよ)が治める�
609:o雲を中心とする「山陰地方」の勢力との対立図式といえる。 いわゆる「出雲の国譲(くにゆず)り」伝承が中心的なテーマといえる。 「高天の原」と重なり合うのは、この「九州地方」、特に北九州地方である。 画像リンク[jpg]:tawayama.net
610:日本@名無史さん
19/03/08 17:04:01.20 .net
科学ニューススレ続き
■「平塚川添遺跡」の出現
『古事記』『日本書紀』によれば、高天の原には「天の安の河(あめのやすのかわ)」という河が流れていた。
天照大御神と、その弟の須佐の男の命(すさのおのみこと)とがこの河を中において談判をしたり、
神々が「天の安の河」の河原で、会議を開いたりしている。
九州の地図をみれば、
現在でも北九州のほぼ中央に「夜須」という地名がある。
この北九州の「夜須」の地名は、『日本書紀』や『万葉集』では「安」の字が当てられている。
筑後川の支流の小石原川は、
「夜須川」とも呼ばれる。そして1992年に朝倉市(当時は甘木市といった)を流れる夜須川のすぐ近くから、
弥生時代後期の大環濠集落跡として「平塚川添遺跡」が出現した。
考古学者の佐原真氏は当時この平塚川添遺跡を「学術的には吉野ケ里に匹敵する遺跡」(朝日新聞)と述べている。
外部リンク:ironna.jp
★1が立った日付2019/01/01(火) 00:05:54.36
前スレ 2chスレ:scienceplus
続く)
611:日本@名無史さん
19/03/08 17:24:49.83 .net
肥後熊本の邪馬台国王卑弥呼(漢系天照大神)と、福岡田川に勢力を張っていた奴国王(新羅系スサノオ)とが、
大もめにもめて倭国大乱が起こり、甘木朝倉筑前町吉野ヶ里辺りが戦場になった。
そして最後は、夜須川をはさんで談判し、休戦協定に持ち込んだのだろう。
612:日本@名無史さん
19/03/08 17:53:08.67 .net
夜須川が国境であったと思う
613:日本@名無史さん
19/03/08 18:39:44.48 .net
>>588
スサノヲを森羅系とした根拠がほしいね
614:日本@名無史さん
19/03/08 19:24:13.40 .net
>>590
えー、出雲と出雲大社のこと知らないの??
615:日本@名無史さん
19/03/08 19:30:58.26 .net
>>591
意図を組めよ
616:日本@名無史さん
19/03/08 19:45:53.59 .net
森羅というのは、半島系の正しき発音じゃなかったかな
617:日本@名無史さん
19/03/08 19:55:23.42 .net
>>593
古朝鮮語のデータがほとんどないのに「正しい発音」なんあて分かるわけがない
618:日本@名無史さん
19/03/08 20:12:35.14 .net
>>594
朝鮮起源説の盲信者がよくやるパターンだね。
619:日本@名無史さん
19/03/14 20:30:19.34 .net
みんなは万葉集の手持女王の歌を読んで違和感を感じないのだろうか?
テジカラ、イワトと読まれているのを
古事記の天岩戸と同じ表現がなされているのに。
古事記が出来上がる前に河内王は亡くなり
手持女王は、この歌を読んでいる
1度は手持女王の歌を読んでみてほしい
620:日本@名無史さん
19/03/14 20:49:06.69 .net
天岩戸神話はさらに昔からある
621:日本@名無史さん
19/03/14 21:30:51.90 .net
そうなんでしょうね
でも文字として残ってるのは万葉集の歌が最古となりませんか
622:日本@名無史さん
19/03/14 21:42:10.89 .net
口伝でしょう
623:日本@名無史さん
19/03/14 22:24:49.09 .net
大宰帥の河内王=アマテラス説って事?
624:日本@名無史さん
19/03/14 22:35:52.81 .net
>>600
え?
625:日本@名無史さん
19/03/15 00:49:36.05 .net
そういう事を言いたいんじゃないの?
626:日本@名無史さん
19/03/17 19:06:43.90 .net
旧唐書に
倭国は、古(いにしえ) の倭の奴国也
日本国は、倭国の別種也
他のスレは倭人伝ばかりだけど
この一文は強烈だよね
627:日本@名無史さん
19/03/17 20:33:35.27 .net
倭奴国也だろ
628:日本@名無史さん
19/03/18 00:53:50.35
629: .net
630:日本@名無史さん
19/03/18 03:12:07.58 .net
>>605
日本国は倭国の別種
倭国は元 委奴国
委奴国は後に委国と奴国に分離
委国=倭国?
631:日本@名無史さん
19/03/18 07:26:00.87 .net
大和に向かった神武が筑紫にいた日向王家の分家にあたるのだろうな。
平原で見つからなかった内行花文鏡の破片を手に、故郷の筑紫を思いながら亡くなったのだろう。
632:日本@名無史さん
19/03/18 07:37:04.89 .net
>>607
>大和に向かった神武が
ハハハハ 神武はんは、山の中でジメジメした不便な所は嫌いなんだよ。 そんなところへわざわざ好き好んで行かないよ。 @阿波
633:日本@名無史さん
19/03/18 07:43:19.89 .net
>>608
オッケー分かった
独り言は巣に帰ってやれマヌケ
邪馬台国四国説 part2
スレリンク(history板)
634:日本@名無史さん
19/03/19 20:44:54.01 .net
>>193
>くしふると、云ひしを訛りて、[木毛]と云とぞ。
[木毛]で、ウツギって読むんだけど、どこがクシフルの訛なのかさっぱり分からん
635:日本@名無史さん
19/03/19 20:51:22.54 .net
>>587
>筑後川の支流の小石原川は、
>「夜須川」とも呼ばれる。
滋賀県守山市の伊勢遺跡は琵琶湖に流れ込む野洲川の流域の遺跡
こっちの方が、神々の集まった天安之河原にふさわしいようにも思う
636:日本@名無史さん
19/03/19 21:16:15.57 .net
>>610
なんでそんな古いレスにレスしているんだ。
637:日本@名無史さん
19/03/20 01:39:36.95 .net
チョンコロ来ないと盛り上がらんな
638:日本@名無史さん
19/03/20 07:41:49.77 .net
>>610フルとは
古代朝鮮語で神が降り立つ場所って意味だよ
ソウル(ソフル=ソブル=脊振山)も同じ語源に近い
瀬織津姫=セオリ・ツヒメ=脊振津姫
あり得ませんかねぇ?
639:日本@名無史さん
19/03/20 11:37:28.26 .net
>>614
お前の言う古代朝鮮語ってのは誰が何を元に解読したものなんだ?
三国史記以前の朝鮮語の記録なんて日本書紀に断片的に見れるだけで実態が残っていないのだから解明不能な言語のはずなんだが?
640:日本@名無史さん
19/03/20 12:20:06.92 .net
>>615
>>614の無能チョンコは>>613のリクエストに応じて出てきてくれたんだから、もっと丁寧にイビってあげなきゃダメだよ
641:日本@名無史さん
19/03/20 12:44:00.60 .net
私は九州倭人と韓国カヤ文明は
繋がっていたと思うよ
韓国の博物館の鉄鎧や金の首飾りや金の王冠は
九州の出土品とそっくりだよ
私は日本人ですけどね
ちなみに東京霞ヶ関から書いております。
642:日本@名無史さん
19/03/20 12:56:51.74 .net
>>617
韓半島の中南部は倭人が支配してたんだから当然だろ
643:日本@名無史さん
19/03/20 14:17:45.25 .net
古朝鮮語ネタとDNAネタは100%チョンコの妄想ってこと
644:日本@名無史さん
19/04/14 21:34:28.39 .net
君が代だいは 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけの娘、あれはや あれこそは 我君のみふねかや
こけのむすめ
これについて詳しくわかる文献とかありますか?
645:日本@名無史さん
19/04/14 21:40:50.48 .net
ひょっとしたら
苔のむすまで~ではなくて、
こけのむすめ
が正しいのでは?と思いまして。
646:日本@名無史さん
19/04/16 03:21:48.01 .net
>>621
気持ちの悪い妄想
647:日本@名無史さん
19/04/25 04:22:55.76 .net
3UOIjCl0(1/3) AAS
>>14
遣唐使、遣隋使が長安や洛陽で必死で買い揃えてたのが専門書ではなく向こうではやってた小説らしい
向こうの知識人階級の間では以外だったようで「日本人は小説好きだ」と記録に残されているほどだ
648:日本@名無史さん
19/04/25 04:38
649::29.82 .net
650:日本@名無史さん
19/04/25 06:37:19.81 .net
書体がほぼ一緒なんだよな
651:日本@名無史さん
19/04/25 07:08:59.05 .net
>>624
画像処理じゃなくて画像への落書きです
652:日本@名無史さん
19/04/25 07:25:54.59 .net
「画像解析」どころか石棺表面は非破壊検査でスペクトル違いの光線を使って舐めるように撮影して専用ソフトで綿密に解析してる。
もしかして何か残ってないか?と。でも「無いものは無い」
653:日本@名無史さん
19/04/25 15:22:13.70 .net
素環頭太刀がある墓は王様の墓でいいのかな?
鏡より貴重?
654:日本@名無史さん
19/04/25 15:40:28.07 .net
中国のドラマとかだと、将軍クラスとかも剣を持っていた。
王族で内行花文鏡、王は璧とかかな。
655:日本@名無史さん
19/04/26 13:54:29.93 .net
ふつうの銅剣ではなくて
素環頭太刀ね
あまり出土してないし
舶来品だとおもうの
656:日本@名無史さん
19/04/28 23:28:37.11 .net
平群(へぐり)の地名が奈良にも福岡にもある理由について。
地名が複数あるということは、二つの理由が考えられます。
一、その地名が固有地名ではなく、一般地名の場合。
例、「宇治」京都南部と伊勢神宮の「宇治山田」です。
私は「宇治」を「二番目のやまと」と解釈しています。
「うじ」「うし」の意味については後日質問いたします。
二、大量移民が開拓地に、ふるさとの地名をつける。
北海道札幌の隣に「北広島市」がありますが、
広島の県民が集団移住して、「北広島」とつけたのです。
平群の場合も、北九州の平群族が奈良県生駒の平群郡を開拓したのです。
「へぐり」は「日来る」で東を指すとしたら、
平群族は、朝鮮か中国から北九州に渡来したのです。
ここまではよいのですが、
困った問題が出ました。
平群氏は、武内宿禰(たけのうちのすくね)の
九人の息子の一人を祖にしている民族なのです。
平群氏が渡来人であれば、葛城氏も西から渡来したとなります。
渡来人に関して。葛城氏は、雄略天皇に滅ぼされたことにして、
朝鮮に持っていた領土に一旦逃げ帰り、
秦氏、和迩氏、蘇我氏など名前を変えて、
渡来人として再登場したのではないかと思っています。
だから武内宿禰さんはあやふやな存在になってしまった。
共感した
657:日本@名無史さん
19/04/29 14:06:27.56 .net
福岡の古代史的に重要な若杉山がある
この同じ名前が四国にもある
やはり四国も倭国九州からの移住が多いのか
658:日本@名無史さん
19/04/29 14:06:43.31 .net
福岡の古代史的に重要な若杉山がある
この同じ名前が四国にもある
やはり四国も倭国九州からの移住が多いのか
659:日本@名無史さん
19/04/29 16:21:32.41 .net
福岡のキャンパーブログかなんかで若杉山の面白い記事見たことがあって
海側はワダツミ信仰で反対側(宇美側)はオオヤマツミ信仰で不仲
後にワダツミ信仰は真言宗に置き換わり、オオヤマツミ信仰は天台宗に置き換わって、やっぱり不仲
海側のふもとにある太祖神社は博多神楽の発祥地だけど、どういうわけか宇美八幡だけは独自に宇美神楽を実施してる
660:日本@名無史さん
19/04/30 16:19:09.98 .net
どなたか教えてください
昔の糸島の苔とは、現在の場所はどこなのですか?
よろしくお願いいたします
661:日本@名無史さん
19/04/30 16:22:32.63 .net
こけ?
662:日本@名無史さん
19/04/30 16:33:54.87 .net
そう苔こけ
君が代に出てくる漢字は現在の糸島市の地名だと聞きました
千代、さざれ石、巌、苔
この苔が知りたいんです
よろしくお願いいたします
663:日本@名無史さん
19/04/30 16:36:02.73 .net
前提が間違ってる
664:日本@名無史さん
19/04/30 16:57:08.94 .net
>>637
伊都クズ説信者
665:日本@名無史さん
19/04/30 16:59:28.85 .net
細石神社はネタでしかない
666:日本@名無史さん
19/05/01 18:24:10.33 .net
泊瀬朝倉宮御宇天皇代
泊瀬朝倉宮に宇御めたまひし天皇の代
万葉集の初っぱなはじまりに書かれてるこの文字
これは福岡の朝倉だろ
なんで岩波文庫の万葉集は奈良県の地名は推定で表記しているのか?
福岡にきまっとうもんおかしか
もう岩波の本は買わない
中古古本だけにする
667:日本@名無史さん
19/05/01 18:41:19.53 .net
福岡に天皇がいなかったから
668:日本@名無史さん
19/05/01 18:47:24.01 .net
泊瀬は奈良の地名だから
669:日本@名無史さん
19/05/01 20:57:27.59 .net
福岡だけでなく、壱岐にも大分にも初瀬(泊瀬)の地名があるな。
しかし王都に相応しいのは福岡であろう。
朝倉橘広庭宮なども置かれており、大宰府との関わりも窺われる。
奈良の泊瀬の方は移転されてきたものだろう。
670:日本@名無史さん
19/05/01 21:34:46.02 .net
根拠は「俺がそう思う」
671:日本@名無史さん
19/05/02 01:01:54.39 .net
>>641、644
博多モンの希望を当然のように語られてもな・・・
672:日本@名無史さん
19/05/02 01:05:28.18 .net
>>645
畿内説も似たようなもの
673:日本@名無史さん
19/05/02 05:40:07.36 .net
岩波文庫の万葉集の解説が気に入らないから読むのやめて
「九州王朝 木簡」でググってみたら
あるじゃないですか木簡、結構前から。
URLリンク(mugentoyugen.cocolog-nifty.com)
このblogの解説みると、奈良は郡をつかい、九州は評だった
みたいな解説。
仮題~九州王朝からみた万葉集~とか出版してほしい
売れるとおもいますぜ
令和にもなりましたし
674:日本@名無史さん
19/05/02 06:56:48.72 .net
古代、日本列島には、九州王朝、大和王朝、吉備王朝、出雲王朝、関東王朝などの国が勢力を競いながら
それぞれの地域を支配していた。
しかし、中国の歴代王朝が交渉を持ち、倭国と認識していたのは、
中国の最初の史書(山海経?)に現れたときから旧唐書までずっと、九州にあった。
それは、卑弥呼の倭国であり、700年近くまで存続していた。
九州王朝は、九州北部(筑紫や大宰府)に都を持ち、朝鮮半島の南部をも含めた海洋王国であった。
6世紀以前の記紀に中国との交渉史がまったく出てこないのは、
中国側の邪馬台国や倭の五王の朝貢記事と相容れない。
このことと、倭の五王と大和朝廷の天皇の即位年代や相続関係が一致しないということは、
倭の五王は大和朝廷の天皇とは別系統の�
675:繽B王朝の大王たちだったからである。 磐井の反乱の磐井は九州王朝の大王で、反乱を起こしたのは大和政権の方だった。 6世紀の磐井の陵墓にある石人は当時の裁判を表現しており、九州ではすでに律令制が敷かれていた。 隋書に記述されている隋の煬帝に国書を送ったアメノタリシヒコは、 その妻妾の数まで記載されているように明らかに男王であるが、 当時の大和政権は、女帝の推古天皇である。 通説では女帝であることを隠し摂政の聖徳太子を大王として国書を送ったとするがこの解釈には無理がある。 九州王朝の男の大王が使者を送ったとすれば隋書の記述を無理なく理解できる。
676:日本@名無史さん
19/05/02 07:11:14.59 .net
遣隋使の派遣年次が日本書紀と隋書では異なっている。
遣隋使の答礼使である裴世清は、九州までしか訪問せず、大和には行ってない。
唐・新羅連合軍と白村江で戦ったのは九州王朝である。
旧唐書には、白村江の戦いで、倭の天皇・薩夜麻(さちやま)が捉えられたと記録されている。
斉明天皇は九州までは行ったが捕虜になってはいない。
→白村江で日本軍は壊滅的な敗北を喫したが
日本書紀にある大和朝廷にはその緊迫感がまったくない。
6世紀初めから700年ごろまで続く九州年号が存在するが、
記紀にはその断片しか記録がない。
年号の改元年と大和朝廷の天皇の崩御と即位年が
まったく一致しないことは不自然である。
九州王朝は年号を持っていたが、大和政権には独自の年号がなかった。
旧唐書には倭人伝と日本伝があり、
倭国の使者と日本国の使者が自分の正統性を主張し言い争いをしたと記録されている。
677:日本@名無史さん
19/05/02 07:37:03.60 .net
>>648
畿内からも「評」の木簡は出てるな
678:日本@名無史さん
19/05/02 08:06:53.58 .net
>>651
九州王朝すなわち倭国の制度が評。
畿内も7世紀までは倭国の支配下だったので、当然、評が使われていた。
郡になるのは白村江の敗戦により日本国が律令制度を立てたから。
天智天武の時代はその移行期の戦後体制の混乱であり、壬申の乱の原因。
679:日本@名無史さん
19/05/02 08:08:40.98 .net
【白村江の戦いと倭国滅亡】
663年に白村江において行われた倭・百済と唐・新羅の決戦で倭国軍は大敗した。
自ら前線に赴いていた筑紫君薩夜麻が捕虜となり8年にわたり唐に抑留された。
筑紫には唐から郭務悰ら2000人の使節団が駐留したが、畿内大和ではなく筑紫を占領したのは、そこが倭国の首都だったからである。
668年、筑紫の使節団は帰国し、中大兄皇子は天智天皇として即位したが、その翌年には筑紫都督府が置かれ、同じ敗戦国の百済に置かれた熊津都督府と同様に唐の統治制度として機能し、倭国は独立国としての権限を喪失した。
旧唐書には倭国と日本国が分けて記載され、「日本は旧小国、倭国の地を併せたり」とある。
三国史記の新羅本紀には「670年、倭国が国号を日本と改めた」、新唐書にも670年に「日本と號す」とあるが、国内にはその記録がない。
671年に天智天皇が死亡、翌年にはその王子である大友皇子を殺した大海人皇子(天武天皇)が実権を握った(壬申の乱)。
天武天皇は対外的な国史としての日本書紀(漢文)を編纂させ、歴史上の天皇への漢風諡号の制定などを行った。
日本書紀の最大のトリックは、神武東征より後の筑紫倭国の歴史を抹消することであった。
日本書紀の編纂と並行して禁書令が出され、8世紀初�
680:ェに記紀以外の多くの古代の記録が失われた。 倭国の政治および文化を継承するために、筑紫から多くの文物、人物、建物、地名が平城京に移動された。 筑紫が679年に水縄断層系によるM7.1の筑紫大地震、畿内が684年に南海トラフ地震と推定されているM8.4の白鳳大地震により被災している。 筑紫は震災からの復興もままならなず没落したと考えられる。 701年の大宝律令で行政単位が評から国・郡に改称され、九州から関東までの中央集権国家としての畿内大和政権が誕生する。 この大倭の表記が大和とあらためられ、以前から筑紫倭国に対して近畿を示すために用いていた日本国が列島全体の統一王朝の国号となり、ヤマトは畿内の地名に変化した。 こうして筑紫倭国は滅亡し、その権益は唐に朝貢(遣唐使)を再開する畿内大和政権が継承した。
681:日本@名無史さん
19/05/02 10:19:29.51 .net
>>653
>郭務悰ら2000人の使節団が駐留したが、畿内大和ではなく筑紫を占領した
そんな記録はどこにもないし、郭務?は官吏であって武官ではない。
>同じ敗戦国の百済に置かれた熊津都督府と同様に唐の統治制度として機能
すでに半世紀以上前に滅亡した国と同じな訳がない。
>神武東征より後の筑紫倭国の歴史を抹消することであった
完全な妄想で根拠なし。
>筑紫は震災からの復興もままならなず没落した
完全な妄想で根拠なし。
682:日本@名無史さん
19/05/02 10:54:26.44 .net
>>654
行政を行うなら、武官である必要はない。
百済復興が白村江の戦いの原因であり、倭国が百済の王子を立てていたから亡命政権があったとみなすこともできる。
完全には滅亡していなかった。
震災も事実だろ?
あとは倭国から日本国への国号変更の意味、7世紀以前の史料が存在しない理由を考えれば良い。
683:日本@名無史さん
19/05/02 11:11:59.27 .net
仮定を論証する方向ではなく
仮定の上に仮定を積み重ねていくのが
トンデモにありがちな残念な思考
684:日本@名無史さん
19/05/02 11:38:48.48 .net
>>655
行政を行う前に占領する必要があることに気づけよ無能
亡命政権があったとかってのはチョンコの民族願望でしかないし、隋書で百済之種遂絶と明記されている
震災=没落はトンスルフィクション
基本お前の言い分は全てチョンコ妄想でしかない
685:日本@名無史さん
19/05/02 11:40:28.61 .net
>→白村江で日本軍は壊滅的な敗北を喫したが
日本書紀にある大和朝廷にはその緊迫感がまったくない。
この理由は何故に?
元寇は?
686:日本@名無史さん
19/05/02 12:13:56.86 .net
>>653話題は飛ぶけど平群族については、どう思われますか?
687:日本@名無史さん
19/05/02 15:44:05.13 .net
>>657
二千人いれば大宰府を占領できるだろ。
扶余豊璋を立てて百済再興を支援するために白村江で戦ったのも、筑紫を地震が襲ったのも、唐が都督府を設置しまくったのも事実。
それなのに倭の筑紫都督府は別だなんて、そんな言い訳が通るかよ。
688:日本@名無史さん
19/05/02 15:48:47.93 .net
>>660
肝心の唐に記録がないじゃんか
689:日本@名無史さん
19/05/02 16:24:05.83 .net
旧唐書に倭国と日本が別扱いで書かれているのは
なぜですか
690:日本@名無史さん
19/05/02 16:32:51.12 .net
同一時期に同時に存在していたから
691:日本@名無史さん
19/05/02 16:36:21.79 .net
倭国は九州
本州は日本
と言うことですか
692:日本@名無史さん
19/05/02 17:08:15.78 .net
>>660
無能過ぎて笑えない
官吏の仕事は何だよ無能?
なぜ武官と官吏の区別もつかない無能
お前のような無能の思考は洗脳教育で刷り込まれた民族妄想から抜け出すことは出来ないという好例
693:日本@名無史さん
19/05/02 17:51:39.37 .net
>>665あなたが2ちゃんで有名なこども部屋おじさんですか?
ゴールデンウィークでも一日中張り付いてお疲れ様ですw
694:日本@名無史さん
19/05/02 17:54:35.72 .net
>>665
>お前のような無能の思考は洗脳教育で刷り込まれた民族妄想から抜け出すことは出来ないという好例
ブーメランだぞ?
695:日本@名無史さん
19/05/02 17
696::55:40.16 .net
697:日本@名無史さん
19/05/02 17:57:20.03 .net
>>666,667
正体ばれたからってビビるなよwww
698:日本@名無史さん
19/05/02 18:34:22.18 .net
じゃあ皆にgwの宿題だ
休み明けまでに提出しろよ
ズバリ邪馬台国の領地は、境界の頭の漢字であらわしてます
邪→どこ
馬→どこ
台→どこ(ただし、台は壹か臺か●かもしれません)
これを説いて発表したら有名人になれるよ
私からのプレゼントです
699:日本@名無史さん
19/05/02 18:47:31.12 .net
>倭国は九州
>本州は日本
なかなかうまくできた言い回しだ。
700:日本@名無史さん
19/05/02 18:52:58.11 .net
>>670
お前はナニを言ってるんだ無能
701:日本@名無史さん
19/05/02 20:35:14.87 .net
卑弥呼は女王国の王で邪馬台国に住む。
邪馬台国の王はタカミムスビ。
702:日本@名無史さん
19/05/03 11:04:33.25 .net
能登舳倉(へくら)
地図を見てて、「なんて離れた小島なんだ」と思い
名前調べたらヘクラ島という。
ヘグリ「平群」に似てるなと思い舳倉古墳でググってみた
資料も人口数も極端に少ないから旅行者のblogの写真でと思っていたら
福岡の相島と似ている、いやそっくりだよ
西ノ宮、田心姫、龍の伝説、石積など
ここまで来てたんだなあと思った
興味ある人はググって見て下さい
703:日本@名無史さん
19/05/03 14:48:06.29 .net
スサノオの時代に新潟県までは到達していた。
スサノオと五十猛が越後に農業を伝えたそうだ。
秋田は奈良時代になっても蝦夷との前線だから、倭国はそこより北には伸びていなかった。
704:日本@名無史さん
19/05/03 16:57:08.05 .net
>>675
>スサノオの時代に新潟県までは到達していた。
いわゆる、北陸忌部。 @阿波
705:日本@名無史さん
19/05/03 17:14:50.20 .net
>>676
オッケー分かった
独り言は巣に帰ってやれマヌケ
邪馬台国四国説 part2
スレリンク(history板)
706:日本@名無史さん
19/05/03 17:19:08.99 .net
千葉県勝浦市浜勝浦の遠見岬神社 宮司歴代の墓碑には「勝占忌部」と書かれている。 阿波忌部の後裔である。
707:日本@名無史さん
19/05/03 17:24:12.38 .net
オッケー分かった
戯言は巣に帰ってやれマヌケ
邪馬台国四国説 part2
スレリンク(history板)
708:日本@名無史さん
19/05/03 17:36:47.88 .net
私はあえて平群(ヘグリ=へ・クリィ)と書いてますけど
平群族が太平洋側を九州から四国や奈良や長野県まで
移住しながら渡って行った可能性は高いと思ってます
あの見渡しの良い場所を選び石積みの塚をつくる一族
ただ、忌部族はもっと後からの一族の予感がする
どちらかといえば伊勢信仰にちかいような
全て確証はありません、ただの私の予想です
あしからず
709:日本@名無史さん
19/05/03 17:39:23.16 .net
>>679いい加減あなたうざいんですけど
こっちはべつに阿波市がいてもかまわないんだけど
710:日本@名無史さん
19/05/03 17:55:47.95 .net
>>680
>ただ、忌部族はもっと後からの一族の予感がする
ご指摘のように、忌部氏は記紀以降の氏族名です。 衰退した物部氏が忌部氏となったのではと考えています。
ただし、ここでいう「忌部一族」とは、平安時代の『新撰姓氏録』以降の忌部(斎部)氏ではない。
「忌部一族」とは倭人(広義の忌部氏)であり、全国を拓殖していった古代倭国(阿波)スーパー頭脳集団の総称である。 @阿波
711:日本@名無史さん
19/05/03 17:59:03.40 .net
阿波の郷土史家でも、「忌部一族」と「忌部氏」を混同しているようです。 @阿波
712:日本@名無史さん
19/05/03 18:00:08.96 .net
>>683
オッケー分かった
寝言は巣に帰ってやれマヌケ
邪馬台国四国説 part2
スレリンク(history板)
713:日本@名無史さん
19/05/03 20:05:16.36 .net
千葉県館山市大神宮の式内大社
714: 「安房神社」 は天富命が祖父・天太玉命を祀った神社。
715:日本@名無史さん
19/05/04 16:42:14.14 .net
無能ヒトモドキも松傾も普段は他の在日チョンコ同様日本人のフリして暮らしてるはず
何故か?
それはチョンコであることが恥ずかしいからに他ならない
そして日本人のルーツにチョンコが無関係だと理解してるからに他ならない
自ら恥ずかしい存在だという自覚があり
何一つ自信を持つことが出来ない惨めさから
朝鮮起源説や反日活動で精神勝利するしかない
チョンコとはそういう存在
:_ ..、 ..__ 、___
_jllll′ ョ- 4il||l "lll'、 ‐ 、 _..-''lllliin 、 _ `''||ゞ'
,ョ广 ゙廴_j=冖゙゙'ll'、 .llll′ `||li '''l 、 ,j广 l|! "ll'、 、 __ョ=ョ 、 ,,_、 、 ..,,_
、l|′ :、_uil||l' _ __'||l |lll′ lll _. |ll'、:lll′ _lll′ lllll ゙'il|l′ "lll| ゙llll| l||l l||l′
'llL_ "'´ |ll、゙゙''冖′ lll 、 llll 〃 ..ulll!' ∥ ,jlll′ _|lll′ ||l ゙llll ./゙l||| l||′
゙l||li、 |ll、 'll'、 ,__〃 ゙||lli ゙゙ 'l|l'′ ,,._lll′ ,,lll′ .|lll’ `'l|||′
`il|l' il|l `'ill||lll''~ ~~ ` -‐'~~ ..l广 .`'' ゙''′
; ∧,_∧: 悔しいニダァァアーーッ!!!
:<;l|l;`田´>;
;(6 9):
:ム__)__)
716:日本@名無史さん
19/05/06 20:44:00.37 .net
質問します
土蜘蛛って縄文人のことでいいのかな?
神功に制圧される人びとは、縄文人がころされたって
解釈でいいのかな?
神功って何人よ、弥生人?
なんだか悲しくなったわ
717:日本@名無史さん
19/05/06 22:51:53.85 .net
全部弥生人ですよ。
718:日本@名無史さん
19/05/07 00:12:14.39 .net
今年の科博の発表によって縄文人と弥生人の定義が曖昧になってきてるからなー
719:日本@名無史さん
19/05/07 02:22:49.26 .net
弥生人とは縄文人の父系と大陸系の母系である
2019年、国立科学博物館の篠田謙一教授の人骨DNA分析
URLリンク(www3.nhk.or.jp)
渡来人は縄文人の出戻りと判明
URLリンク(i.imgur.com)
720:日本@名無史さん
19/05/07 06:20:52.56 .net
エラー
721:日本@名無史さん
19/05/07 06:23:14.00 .net
│ そのエラのどこが日本人なんだ?バカチョン!
\ _________________
 ̄∨ 彡 /
ノ . | モルゲッソヨ・・・
∧_∧ ゲシゲシ .彡⌒ ミ <_______
( ・∀・) ∩<`Д´;;>___
(入 ⌒= ̄_)) つ つ /|
ヾヽ / ̄=/ / / |
|| ¬| ̄ ̄ ̄| | ̄ ̄ ̄|
´ | | |�
722:@ |
723:日本@名無史さん
19/05/08 03:42:50.35 .net
/ ̄ ̄⌒⌒ ̄\
| __λ_ |
| ノ ヽ 〆| |
| ノ \|
\ | / //ノ(_)(//) /
\\___ / ̄| / / 歴史の捏造キモチいいぃぃぃ
\\ | ○|/ /うわああああああああああああああ!!!!!!!!!!
\\  ̄( /
\|___|/
│ │ ドピュピュピュピュピュピュピュピュピュピュピュピュピュピュ!!
│ │ ~○~○~○~○~○~○~○
│ │ ~○~○~○~○~○~○~○~○~○
( ω⊃~○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~○
/ \ ~○~○~○~○~○~○~○~○~○~○
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/ \
724:日本@名無史さん
19/05/08 07:09:36.26 .net
どなたか下記の説明できる?
>唐新羅連合軍と白村江で戦ったのは九州王朝である。
旧唐書には、白村江の戦いで、倭の天皇・薩夜麻(さちやま)が捉えられたと記録されている。
斉明天皇は九州までは行ったが捕虜になってはいない。
>→白村江で日本軍は壊滅的な敗北を喫したが
日本書紀にある大和朝廷にはその緊迫感がまったくない。
725:日本@名無史さん
19/05/08 07:30:51.66 .net
説明できるよ。
筑紫の君が倭国連合の首班、古の倭王だよ。
726:日本@名無史さん
19/05/09 15:17:09.69 .net
誰が書いたか知らないが拾ってきた
同じような気持ちになるときがある
2): つきピエ@絶景美男子 童貞 神の使い 2012/08/27(月)01:04 AAS
若狭三方縄文博物館に行ってきた。縄文人は野蛮な人類かと思ったらそうではなく、日本史上、
最も繊細で美しい心と姿と動きをしていたかもしれないと思った。日本の神様の霊性が最も素直
に現出した人類だったかもしれない。女系の文化で素朴で優しく争いもなく、人を殺す武器にな
る鉄器が持ち運ばれても戦争をせず、水田耕作の文明が普及しないほど食べ物が豊かで、ウイ
ルスにたいする抵抗力がないほど繊細で。メダカが当たり前のように泳いでいた透明な大地には、
どんな子たちがいたろう。
3000年前の戦国春秋時代に朝鮮半島と中国大陸から大量の難民が流れ込んできて、稲作農法
と鉄器文明と共に大量のウイルスが持ち込まれ、縄文文化はその後すぐに滅んでしまう。
縄文時代の人は、どんなに繊細だったのか。どんなに美しかったのか。縄文人の血は我々にどれ
だけ受け継がれているのか。今の日本人から中国人・韓国人を引いた姿形が縄文人だとすると。。
縄文人は滅んでしまったのだとすると、それ以前は中国と韓国にルーツがある事になるよ。
727:日本@名無史さん
19/05/09 15:52:18.02 .net
>>696安心しなよ。すでに解決済みだから。
~最新の核DNA調査におけるニッポン人とチョンコ(別名:朝鮮ヒトモドキ)の差異はこれだけある♪~
2018年、木村資生記念進化学セミナー 第1回「Human Evoluion I」
URLリンク(kimuraseminar.files.wordpress.com)
発表者である国立遺伝学研究所の斎藤成也教授はNHKの取材に対してハッキリと弥生系渡来人の定義を「中国大陸からやってきた」断言してる
URLリンク(i.imgur.com)
URLリンク(i.imgur.com)
弥生人とは縄文人の父系と大陸系の母系である
2019年、国立科学博物館の篠田謙一教授の人骨DNA分析によって、朝鮮ヒトモドキ要素はゼロと判明
URLリンク(www3.nhk.or.jp)
朝鮮半島由来の渡来人は縄文人の出戻りと判明
URLリンク(i.imgur.com)
従来のY遺伝子D系統におけるニッポン人と朝鮮ヒトモドキの差異
URLリンク(i.imgur.com)
URLリンク(i.imgur.com)
URLリンク(i.imgur.com)
Y遺伝子(父系)のD2はアイヌ88%、沖縄56%、日本本土42~56%、チョン半島0%
従来のミトコンドリアDNAならびにY染色体DE、O2b1とO2b*によるニッポン人と朝鮮ヒトモドキの差異
URLリンク(i.imgur.com)
728:.jpg チョンコはミトコンドリア(母系)においてニッポン人女性と牝ヒトモドキに差異はないとホルホルするが、アジア全体で大きな差はない また有史以来、チョンコロ半島の国々は貢ぎ物として牝ヒトモドキを大量輸出していた実績があり、その伝統は近年の第五種補給品まで続いていた なおM7aがニッポン人女性の特徴と言える 結論:ニッポン人にとってチョンコは距離的には近くても血統的には非常に遠い存在
729:日本@名無史さん
19/05/09 18:43:20.04 .net
親魏倭王(女王)国は九州
親呉倭王(大王)国は奈良
邪馬台国=ヤマトの国=倭国&倭種=日本列島全体
730:日本@名無史さん
19/05/09 18:46:56.77 .net
マジレスすると、呉は肥国
731:日本@名無史さん
19/05/09 22:16:28.55 .net
そうなのか>>497教えてくれてありがとう
せっかくの真面目な研究なんだろうけど
チョンケとかヒトモドケとか書くから損してる
気がする
マジレスすると
朝倉=榛君=初瀬=巴里国
巴里国の近所が邪馬台国
あとは秘密じゃ
732:日本@名無史さん
19/05/09 22:49:19.83 .net
>>700
スレ間違って誤爆してないか?
733:日本@名無史さん
19/05/10 06:38:56.21 .net
おはようございます
すいません>>697でした
734:日本@名無史さん
19/05/10 16:22:47.22 .net
今日BS TBS で九時から2時間
邪馬台国の場所をさぐる番組がある
楽しみにしてんだが
面白いのかな?少し期待してる
735:日本@名無史さん
19/05/10 16:28:09.17 .net
>>703
BSつないでないワイ涙目
(´;ω;`)
736:日本@名無史さん
19/05/10 16:43:40.88 .net
番組邪表に
邪馬台国
九州vs 奈良
って書いてあるんだよね
737:日本@名無史さん
19/05/10 17:09:51.48 .net
番組邪表って(笑)
738:日本@名無史さん
19/05/10 17:31:50.45 .net
>>703
サンクス
739:日本@名無史さん
19/05/10 21:31:28.37 .net
今日のTVの内容
畿内説マキムクの理由
1=王宮らしい大型建物、桃の種で年代測定
2=沢山の土器、いろんな地方の物がある
3=箸墓、出土した土器で年代合致
4=近くの大和水銀高山、その山丹あり
3世紀に丹を取ってたのは日本で畿内だけと豪語
740:日本@名無史さん
19/05/11 06:32:51.86 .net
TVも後半になると中国の学者登場
漢字学、歴史学、あと一人は失念
中国の学者が調べた見解は
「3人とも邪馬台国は九州と述べた」
741:日本@名無史さん
19/05/11 08:18:47.08 .net
まあ、漢文としてはそうだよな。
畿内説は魏志倭人伝とは関係なく妄想を積み上げているだけだからね。
742:日本@名無史さん
19/05/12 00:33:20.78 .net
>>30
赤村にありますよ。
743:日本@名無史さん
19/05/12 08:31:25.26 .net
>>711
なにが?
744:日本@名無史さん
19/05/12 10:05:33.85 .net
>>712
文盲かな?
745:日本@名無史さん
19/05/12 19:14:13.53 .net
>>711田川の赤村か
赤村や赤池から丹がとれていた証明できたら
一気に邪馬台国は田川
もとより田川の赤村、香春、川崎あたりと思っていた
卑弥呼の食い扶持は香春の鉱山
台与は佐賀だと思っている
746:日本@名無史さん
19/05/12 19:38:28.85 .net
九州古墳から発見される翡翠が
>>44の含クロム白雲母なら
赤村が朱の産地なら
文句なし
調べてみなさい
赤村行って採掘場所を特定して、当時の土器破片等を
見つけなさい
そうすれば邪馬台国は田川(古遠賀川上流)になるでしょう
747:日本@名無史さん
19/05/13 20:22:01.13 .net
ひさびさ邪馬台国スレがニュース速報+にある
面白い書き込みも見られて勉強なります
URLリンク(n2)
748:ch.net/r/-/newsplus/1557737918/?guid=ON&rc=169
749:日本@名無史さん
19/05/13 20:42:31.10 .net
忘れないうちにメモ
330(1): 05/13(月)19:45 ID:refPofQz0(7/14) AAS
>>314
「聖徳太子」はいなかった 藤原不比等によって作り出された架空の人格
古建築秘話 / 伊藤平左エ門∥著 / 鳳山社 , 1962
おもしろ歴史話 法隆寺移築説
宮大工の棟梁の家系に生まれた十一世平左衛門が書いた「古建築秘話」で伊藤平左衛門は、建築に使われる
尺度の歴史的違いに着目することで、法隆寺は後世の再建で、別の場所から移築されたと結論付けた。
高麗尺で作られていて、当時奈良に都がなかった為に他所から移築と
新たな支配者による圧力のもと、転封(移封)という形で、大和の地へ強制的に移転させられた可能性が強いと思います。
今から48年前に、木造建築の専門家が本を出されています。
法隆寺の心柱の直径と寸法がぴったり合致 ← 法隆寺は、九州大宰府、観世音寺から移築された
米田良三『法隆寺は移築された─太宰府から斑鳩へ』一九九一年、新泉社刊。
750:日本@名無史さん
19/05/13 20:48:56.75 .net
これも忘れないうちにメモ
510: 05/13(月)20:22 ID:refPofQz0(13/15) AAS
>>472
■「法隆寺の移築」
20年間ほどの期間 現在のJR法隆寺駅の南方の川岸周辺に寺院資材が大量に積み上げられて置かれた。
地名が「置留(おきどめ)」→「興留」として残る。
↓ ↓
邪馬台国に対する下賜品が書かれていて
ー鉛丹というのは法隆寺の壁画なんか描くときの原料として、
密陀僧に使われています。
小林行雄先生の「古代の技術」によりますと、これまでのところ
鉛丹・四酸化鉛は法隆寺以前はどうも見つかっていないのですが
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
そういうものを各50斤もらった。
近藤喬一・山口大学教授の話「石塚山古墳の謎」海鳥社 1981
751:日本@名無史さん
19/05/13 21:01:20.71 .net
これも忘れないうちにメモ
こんな書き込み好き
33(4): 05/13(月)18:13 ID:XaFAFCH50(1) AAS
俺の仮説
カササギは外来種として九州北部に留鳥として居る
カササギは一定範囲に留まる習性がある
魏志倭人伝には「其の地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲 無し。」とある
なぜ、「鳥」ではなく「鵲」(カササギ)が倭国には居ないとあえて記したのか
魏が後に、倭国へ「鵲」を贈っていたと仮説するならば
生物学的なDNAの解析によって、鵲のルーツを特定できるのではないか
銅鏡などの錆びついた物証だけではなく
鵲が現在まで生き継いだ魏の使者ならば
邪馬台国の生きた物証としてロマンがある
752:日本@名無史さん
19/05/13 21:09:05.60 .net
>>719
鵲のDNA解析はすでに佐賀県教育委員会が実施済み
というかお前のメモはスレチだから自分のメモ帳にでもコピペっとけよ
753:日本@名無史さん
19/05/13 21:53:27.84 .net
>魏志倭人伝には「其の地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲 無し。」とある
これ何となく書かれているが
ものスゴいよな
上から目線で書かれて、鏡100枚渡される
倭国には鏡も無かったんだろうかと思う
「あなた自分の姿を鏡で見てみなさい」って
754:意味なのかも 中国では鵲に鏡を見せて遊んでいたんだから
755:日本@名無史さん
19/05/13 22:11:54.84 .net
大宰府こそ卑弥呼の宮城。
大野城から基肄城までぐるっと羅城が建設されていた。
その炭素年代が3世紀中頃まで遡ることがわかった。
756:日本@名無史さん
19/05/14 16:07:06.72 .net
話 名 神功皇后,住吉大明神,竜宮
資 料 日本随筆大成第二期 12巻
場 所 福岡県
要 約 神功皇后が三韓征伐に向かう際、筑前国香椎において住吉大明神が翁姿で現れて、
異国征伐には竜宮の干珠満珠を借りればよいと進言する。
神功皇后が借り方を聞いたところ、翁は磯鹿島の安曇磯良という者を召し出し、
竜宮に行かせばよいという。
この男は細男の舞いを好むので、これを踊れば自らやってくるという。
そこで皇后は妹である豊姫と磯良を竜宮に行かせ干珠満珠を借りてきたという。
757:日本@名無史さん
19/05/14 22:45:36.43 .net
神功皇后って実在するの
758:日本@名無史さん
19/05/14 23:11:52.05 .net
諸説あるし
759:日本@名無史さん
19/05/15 02:33:08.59 .net
スレタイなのに田川ネタも筑後平野ネタも一切出てこないな
760:日本@名無史さん
19/05/15 04:07:41.70 .net
素人みたいな質問ですいません
邪馬台国の台は帯方郡の帯とは違うのは
やっぱり台地って事なんですか
761:日本@名無史さん
19/05/15 07:18:02.17 .net
神功皇后が攻め滅ぼした田油津姫こそ、邪馬台国の末裔だよ。
筑後が邪馬台国の一部なのだろう。
田油津姫は、八咫の鏡を持っていた神夏磯姫の末裔と伝えられている。
それは、筑紫倭国の女王の王統だということ。
762:日本@名無史さん
19/05/15 07:28:25.18 .net
>>727
それ邪馬台国の馬はやっぱり馬がいたからですか?っって言ってるのと同じレベルの馬鹿さだぞ
763:日本@名無史さん
19/05/15 08:19:17.78 .net
久留米市の近くに難升米って地名があったらしいの突き止めたよ
764:日本@名無史さん
19/05/15 08:43:34.21 .net
地図に載っている?
765:日本@名無史さん
19/05/15 08:52:51.08 .net
久留米の語源の一つがナシメだからな。
766:日本@名無史さん
19/05/15 09:07:24.52 .net
そりゃすごじゃないか おめでとう
767:日本@名無史さん
19/05/15 13:08:00.46 .net
古代史まとめ
-倭国中枢(北部九州)…「魏志倭人伝」
邪馬台国VS狗奴国=曹魏vs孫呉の代理戦争勃発(孫呉は狗奴国後背地・宮崎へ天「孫」降臨で後方支援)
→曹魏、帯方郡の張政を派遣→神武東征(敵前逃亡)狗奴国滅亡→邪馬台国勝利するも、台与で断絶→崇神の四道将軍に降伏、ヤマト王権の配下へ
-辺境地域(本州/出雲・吉備・大和)…「古事記&日本書紀」
出雲(朝鮮半島から青銅・鉄鋌の輸入販売)&吉備(瀬戸内海の塩・桃販売)の混血王・大物主が、東海と共に唐古鍵を挟み撃ちにして征服、ヤマト王権樹立(纏向型前方後円墳)
→饒速日(神武東征)→物部氏として臣下へ→崇神、四道将軍を派遣し、邪馬台国を併合、全国統一
768:日本@名無史さん
19/05/15 14:34:32.33 .net
>>734
コピペうざい
769:日本@名無史さん
19/05/15 20:39:34.18 .net
素人みたいな質問ですいません
古墳から出土する鏡は御神体みたいな扱いですか?
小さな鏡も出ますけど、何に使ってたんですか
770:日本@名無史さん
19/05/15 20:42:05.44 .net
>>736
質問する前に自分でもっと勉強しろ
771:日本@名無史さん
19/05/15 21:13:02.22 .net
調べてもよく分からないから聞いてみたのに
この鏡、いつからいつまで
772:使われたんですか? 男女兼用?女王の祀り用?男王は、銅矛?鏡剣? 鏡の前の時代は何を使ってたのか? 誰か教えてください。
773:日本@名無史さん
19/05/15 21:35:06.21 .net
>>738
最初の王墓の吉武高木遺跡から三種の神器が副葬されてますよ。
男王でも女王でもそれは同じ。
774:日本@名無史さん
19/05/15 21:42:01.32 .net
糸クズの妄想を真に受けたら可哀想だな
775:日本@名無史さん
19/05/15 22:03:35.11 .net
>>739ありがとうございます
五七の桐の家紋は何処の王の家紋ですか
磐井?
776:日本@名無史さん
19/05/15 22:27:31.69 .net
筑紫倭国のシンボルは大宰府の梅ですよ。
777:日本@名無史さん
19/05/15 22:38:29.12 .net
気になって仕方ない福岡の神社
老松神社、川崎の大石神社、鏡山大神社、
佐賀の鉾立神社、七品神社
778:日本@名無史さん
19/05/16 04:21:22.10 .net
>>738
調べたら幾らでも史料出てくるだろバカなのか?
>>742
大宰府(行政機関)と太宰府天満宮(神社)を混同するな
太宰府の梅は菅原道真の左遷時に持ち込まれた物
779:日本@名無史さん
19/05/16 08:33:23.13 .net
猿芝居おつwww
780:日本@名無史さん
19/05/16 13:02:11.44 .net
猿芝居?伊都クズがド素人っぽい役を演じて自分で答えてるってこと?
781:日本@名無史さん
19/05/16 15:27:50.15 .net
>>746
見たまんまやんけ
782:日本@名無史さん
19/05/16 15:45:35.91 .net
自演じゃねえし、まあいいわ
ついでにもうひとつ教えてください。
邪馬台国、邪馬臺国やまだいこく、邪馬壹国やまいちこく
どれが正しいの。全部同じ?
福岡の実家の近所に臺って名前の家があるんよ
783:日本@名無史さん
19/05/16 16:58:50.03 .net
>>748
ネット使えるんやけん自分で調べりーよ
784:日本@名無史さん
19/05/16 18:51:50.15 .net
原文みたら邪馬壹国って書いてあるな
やまいちかよ、八百屋みたいな名前だ
785:日本@名無史さん
19/05/16 22:33:43.38 .net
>>750
原文なんて読めもしないクセに白々しい
786:日本@名無史さん
19/05/18 10:27:15.80 .net
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||||| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
. | ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| 十 三 階 段 の ー ぼ る ぅ ~
. | | .|| .| |
. | | .|| .| | ウ リ は た だ ホ ル ホ ル し た か っ た だ け ニ ダ ~
. | | ∧||∧ | |
. | | < / ⌒ヽ | | 嘘 も 付 き 続 け れ ば き っ と ~
. | | | |チョン | . | |
. | | ∪ ノ. ノ . | | 馬 鹿 な 日 本 人 を 洗 脳 で き る と 信 じ て た ね ぇ ~
. | | | | | . | |
. | | ∪J | | ま さ か 即 座 に 完 全 論 破 さ れ る と は ~
. | | . | |
. | | . | | 気 づ い た ~ 時 に は 絞 首 刑 さ ぁ ~
|\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
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787:日本@名無史さん
19/05/19 12:59:02.82 .net
>>750
糸クズ?
788:日本@名無史さん
19/05/19 17:02:51.68 .net
現在の福岡県西区戸切町
戸切町は昔、平栗と表記されていて
もともとは、平群が訛ったものと言われています
この地域は日本最古の3種の神器が出てる吉武高木遺跡があります
日向峠、くしふる、飯森神社
ここが日本書紀に出てくる場所
789:日本@名無史さん
19/05/19 17:09:39.67 .net
>>754
続けて
790:日本@名無史さん
19/05/19 17:56:38.84 .net
筑紫の日向の立花の小戸のアワギハラ、ですね。
791:日本@名無史さん
19/05/19 17:58:12.36 .net
飯盛山自体が御神体だった可能性もあり若杉山と同じように
福岡の古代史を語るには外せない地域と思っています。
792:日本@名無史さん
19/05/19 18:04:53.71 .net
飯盛神社の隣が吉武高木遺跡ですね。
飯盛神社が古ければ、古墳を守っていた
墓守の神社だったかもしれません。
ここは糸島高祖神社の高祖山の反対側に当たります。
793:日本@名無史さん
19/05/19 18:16:00.98 .net
最初の王都として福岡平野に吉武高木遺跡(紀元前2世紀)、奴国と考えられている須玖岡本遺跡(紀元前2~1世紀)があり、
後に高祖山をはさんだ西側の糸島平野に移動して伊都国とされる三雲南小路遺跡(紀元前1世紀の王・王妃墓)、井原鑓溝遺跡(紀元1~2世紀の王墓)、平原遺跡(紀元2~3世紀の女王墓)がある。
三雲南小路遺跡の甕棺墓から発見された内行花文鏡には「見日之光天下大明」という銘文があり、太陽光を象った鏡であることがわかる。内行花文鏡は中国で王侯に下賜されていた形式であり、倭国が漢王朝の冊封の元での祭政一致王権をとっていたことがわかる。
昭和40年(1965年)に平原遺跡から出土した最大の内行花文鏡は国産と考えられている。その円周が漢代の8咫(直径1尺の円の円周が4咫)に相当することから、記紀などにおいてアマテラスがニニギに与えたとされる八咫の鏡であると考えられている。
かつては八咫は単に大きいことを意味するだけだという説もあったが、この鏡の出土により実際に円周がちょうど八咫である鏡が実在したことが確認された。
これらの王朝は高祖山の東側の福岡平野の奴国に成立し、後に西側の糸島平野の伊都国に移動しているが、出土品や墓制が同じであることから基本的には一連の王権であると考えられる。
三種の神器は現在の天皇家においても象徴とされており、倭国王権の起源は稲作伝来の地でもあるこれら博多湾・玄界灘周辺にあったことになる。
これが卑弥呼が女王となった倭国の姿である。
794:日本@名無史さん
19/05/19 19:09:06.11 .net
>>759素晴らしいその通りだとおもいます。
ただ卑弥呼は離して考えたいと思ってますけど
倭人伝の一支国と断定されている壱岐島
ここも凄い
神社や祠がわかっているだけで1500以上もあり
江戸時代に島全体が廃れたため
由緒や名前すら判らなくなってしまった神社も多数ある
ただし、
全国にある月読神社の元宮、箱崎八幡、男獄神社、カラカミ遺跡、原の辻遺跡など
漢字や名前を見ただけで土器っとする場所が多い
倭国の玄関口として活躍したのだろうとおもいます
795:日本@名無史さん
19/05/19 19:22:25.37 .net
全部倭国なのだから、卑弥呼だけ特別扱いするのはおかしいですよ。
年代的に伊都国の王墓群は極めて近いわけですし。
796:日本@名無史さん
19/05/20 21:44:27.44 .net
昨日の続き
この平群には更に語源があったといわれ
日繰→平群
日とは太陽を意味し
繰とは照す、天文暦学の意味があるそうです
ちなみに朝鮮語では
日→へ
繰→クェ
ヘクェ→日繰→平栗平群→戸切
まあ信じるか信じないかはアナタしだいですよ~
モグロフクゾウ
797:日本@名無史さん
19/05/20 21:54:05.42 .net
古代の古墳壁画に
三角形の幾学的な模様
あれは何ですか?
わたしは動物の牙だとおもうのよねぇ
翡翠の勾玉を身に付ける前は、動物や鮫の牙を
身に付けていたと言う人もいるみたいだし
ユギと言われている絵もカシオペア座にしか見えない
詳しい人いたら教えてください。m(__)m
798:日本@名無史さん
19/05/20 21:58:54.28 .net
間違いたごめんなさい
日→へ
差
799:す→クェ
800:日本@名無史さん
19/05/20 22:23:52.32 .net
銅鐸に書かれている長い棒みたいなの
アレ始めて見たときは蛇を捕まえるやつかなと思った
ってことは
銅鐸はネズミ避けかな
ネズミは超音波嫌うっていうし
801:日本@名無史さん
19/05/20 22:25:51.30 .net
あースレ間違いました
ごめんなさいもう寝ますすいません
802:日本@名無史さん
19/05/20 22:32:28.46 .net
>>763
あり得る。
弥生時代の勾玉は、縄文時代の熊などの爪に似ているし、平原の耳璫は縄文時代の魚(サメなど)の椎骨(背骨)で作った璫とそっくり。
記紀には鰐(サメのこと)か熊、鹿などがしばしば登場するから、それらをモチーフにした装飾があって当然。
803:日本@名無史さん
19/05/21 13:29:21.46 .net
何の根拠もなく「存在が証明できないのだ。」とうめき
妄想フルスロットルで「~のだろう。」と断定したがる
識者らに追い詰められると「が妥当」と逃げまどう
それがキナイコシ(主に邪馬台国・神代関連スレでの呼び名)
別名も多くあり、半島関連スレでは無能ヒトモドキと呼ばれ
高天原スレではカマチョン(猿芝居ではカモ先生)
海人族スレでは摂津チョン
などスレ毎の呼称も存在する
特徴としては思い込みが強く、他説を聞き入れる耳がなく
また聞き止める度量がない
そして追い詰められると様々なスレを渡り歩いて逃げ回るスタイル
804:日本@名無史さん
19/05/23 05:02:57.48 .net
>>768
それオリジナルで書いたの?
805:日本@名無史さん
19/05/24 00:54:19.39 .net
張莉論文をひさびさに見てた
雲南民族の傣(たい)族、哈尼族と長江流域から北東の日本に至った倭人には
文化の上での多くの共通性が指摘されている。
稲、高床式の建物、千木(ちぎ)、村の入り口に鳥の木彫を載せた門(鳥居の原型といわれる)、
納豆・蒟蒻・餅・赤飯の食用・下駄・貫頭衣(呉服にその名残がある)などである。
春秋時代の呉越戦争、戦国時代の楚の侵攻による越の滅亡、さらには秦や漢による中国統一のための侵略により、
越族のうちあるものは中国南部や現在のベトナム、ラオス、ミャンマー、タイに逃れ、
またあるものは朝鮮・日本へと逃れていった。
その人たちが、日本に稲作をもたらし、倭人と称したのであろう。
まあ倭人全部が当てはまるとは思えないけどね
806:日本@名無史さん
19/05/24 01:15:48.03 .net
>>770の続き
雲南民族の傣(たい)族、哈尼(はに)族
哈尼族→巴里→榛→土師?
ずっと前から思ってたことがあって
海幸山幸彦が釣り針捜しで喧嘩する神話があるでしょ。
あの釣り針って都里巴里(都里榛)じゃないかなって。
福岡のどこかの神社の伝承(朝倉近くか飯塚あたりか失念)に、
木に登って釣り針を探したってあったのよ
「木に登って小さい釣り針見つけるんかい!」
って思った
釣り針って国の名前だと思ったの
証拠もない空想だけどね、ぜんぜんダメかなあ?
807:日本@名無史さん
19/05/25 21:58:37.49 .net
ニュース速報+に阿波説がたってる
URLリンク(n2ch.net)
808:日本@名無史さん
19/05/26 22:19:08.76 .net
>>771
ありやな
809:日本@名無史さん
19/05/27 15:25:11.62 .net
熊本県天草市下島
熊本県の最西端で一番美しい夕陽が見れると言われている所
天草のアマとは昔は海と言われていて
草とは日だったと言われている
天草→海日
いにしえの倭人達は、きっとここに来ていたはず
どんな気持ちや祈りで美しい夕陽を見ていたのだろうか
ここにもきっと古代人の思いが詰まった遺構があったはずなのに・・・
例)日下部くさかべ、日下くさか
草→日
810:日本@名無史さん
19/05/27 17:29:03.47 .net
>>774
天≠海説はすでに解決済み
天は甲音のamaで、海はwataが古音でアマへの変音ごは乙音のama
811:日本@名無史さん
19/05/27 17:37:24.97 .net
>>775解決済み?どんな理由
よかったら教えてください。
812:日本@名無史さん
19/05/27 17:38:15.28 .net
日本人は掛詞とか好きだし、漫才だってその程度の音韻の差は無視しているだろ?
根拠にならんよ。
813:日本@名無史さん
19/05/27 17:40:58.69 .net
>>776
文盲
>>777
苦し紛れの遠吠え
814:日本@名無史さん
19/05/27 18:06:58.65 .net
天=海にすると困るキナイコシ
ちゃんと説明したれよ
815:日本@名無史さん
19/05/27 18:17:37.12 .net
上古音の説明が読めないキナイコシ
816:日本@名無史さん
19/05/27 22:28:06.74 .net
高=高貴な
天=海の
原=集落(バル)
817:日本@名無史さん
19/05/28 00:11:45.27 .net
>>781
しつこいぞ
818:日本@名無史さん
19/05/28 04:37:04.77 .net
>>781なにそれ?教えてください。
高天原は海の集落?宮崎さんの島原説
819:日本@名無史さん
19/05/28 04:44:40.24 .net
>>775
甲乙の区別が無くなった時代に混同されたのでは?
820:日本@名無史さん
19/05/28 06:27:18.93 .net
そもそも漢字は後から当てただけだしね。
821:日本@名無史さん
19/05/28 10:47:46.50 .net
海洋部族「天津神」が、陸上稲作部族「国津神」の頭領であった大国主から国土を奪ったのが出雲の国譲り。
822:日本@名無史さん
19/05/28 10:50:20.19 .net
出雲(狗奴国・長国)の国譲り。 @阿波
823:日本@名無史さん
19/05/28 11:54:29.03 .net
またコイツかよ
824:日本@名無史さん
19/05/28 12:27:46.02 .net
阿波さんひさびさっす
ついでに質問
沖縄の氏名に阿波連や勝連といった名字の人達がいるんですが
阿波と関係あるんですか
沖縄と言えば琉球王朝やウミンチュ(海人)で有名ですし
古い時代からの名前が残ってるんですか?
825:日本@名無史さん
19/05/28 12:34:25.46 .net
分かりません。
勝連って阿波と関連するの? @阿波
826:日本@名無史さん
19/05/28 12:44:08.09 .net
沖縄の凄い綺麗な海水浴場が阿波連ビーチって言うよ
関係あると思うなあ
827:日本@名無史さん
19/05/28 13:01:18.42 .net
高天原は鷹天原だと思うなあ
田川は鷹羽だったというし
828:日本@名無史さん
19/05/28 13:06:26.81 .net
阿波連は福建人の牛氏阿波連家が地名の由来で分家に阿波根家もある
徳島とは無関係
829:日本@名無史さん
19/05/28 13:07:05.60 .net
「式内社 阿波國名方郡 天佐自能和氣神社(あまさしのわけじんじゃ)」
御祭神 神皇産霊尊・高皇産霊尊・日子刺肩別尊・意冨夜麻登玖邇阿禮比賣命
徳島県徳島市。吉野川の南岸、四国三郎橋の近くの堤防側にある。
現在の祭神は、四柱だが、もとは、日子刺肩別尊一柱。ついで、その母にあたる意冨夜麻登玖邇阿禮比賣命も合せ祀り、さらに、二柱を後世に加えたと考えられている。
意冨夜麻登玖邇阿禮比賣命は、孝霊天皇の第三夫人であり、日子刺肩別尊は、その第二子。
高志之利波臣・豊前之国前臣・五百原君・角鹿海直の祖とされている。
ちなみに、第一子は、大物主命の妻となった夜麻登々母々曾毘売命。第三子は、四道将軍の一人・大吉備�
830:テ彦命。 すごい兄弟なのである。 神紋は、『式内社調査報告』には、菊紋とあり、境内の石碑にも菊紋が付いていたが、拝殿には鷹羽紋があった。 @阿波
831:日本@名無史さん
19/05/28 13:12:52.61 .net
勝連も福建人の久米勝連家がルーツ
福建からの入籍時の読みは阿波連がアバチン、勝連がカッチン
832:日本@名無史さん
19/05/28 13:14:04.77 .net
>>794
スレチ過ぎんだろ
ここに書き込む理由がなさすぎる
833:日本@名無史さん
19/05/28 13:21:07.59 .net
>>796
大有りだよ。
日子刺肩別尊は、豊前之国前臣の祖とされている。
神紋は、『式内社調査報告』には、菊紋とあり、境内の石碑にも菊紋が付いていたが、拝殿には鷹羽紋があった。 @阿波
834:日本@名無史さん
19/05/28 13:25:08.30 .net
>>797
豊前之国前臣なんて豊前側には一切登場しない吉備だけのキャラやんけ
論外すぎ
835:日本@名無史さん
19/05/28 13:29:52.33 .net
ぶぜん の くにさき 豊前だよ。 @阿波
836:日本@名無史さん
19/05/28 13:34:19.98 .net
>>799
また文盲病の発症かな?
吉備にしか名前のないキャラで豊前側の史料や伝承に豊前之国前臣なんてキャラは存在しないと指摘している。
837:日本@名無史さん
19/05/28 13:39:36.71 .net
ア~ワキチファンタジ~
そうさユ~メだ~けは~
誰も~う~ばえない
こ~ころの、翼だ・か~ら~
838:日本@名無史さん
19/05/28 13:53:03.81 .net
>>800
まあまあ、そういきらないの。
吉備も豊前も同じ「忌部はん」 なんだから。 本国倭国(阿波)に任せなさい。 ちゃんとお祀りしてあるから。 @阿波
839:日本@名無史さん
19/05/28 14:01:25.05 .net
>>802
屠殺業、葬儀業の一族「忌部」の下請け精肉屋・葬儀屋が○○ガスショップサービスよろしく勝手に「忌部」名乗っただけの阿波忌部でしょう?
840:日本@名無史さん
19/05/28 14:06:42.37 .net
>>803
そういう君も「忌部はん」 の末裔なんだよ。 諦めなさい。 @阿波
841:日本@名無史さん
19/05/28 14:07:15.10 .net
ア~ワキチファンタジ~
そうさユ~メだ~けは~
誰も~う~ばえない
こ~ころの、翼だ・か~ら~
842:日本@名無史さん
19/05/28 14:07:28.22 .net
>>803
そういう君も「忌部はん」 の末裔なんだよ。 諦め給え。 ワハハハハ @阿波
843:日本@名無史さん
19/05/28 14:08:22.20 .net
ここのスレッドタイトルは「(田川)邪馬台国福岡説(みやま志賀島) 」です。
スレッドタイトルと無関係な話題は専門スレッドでやりましょう。
844:日本@名無史さん
19/05/28 18:01:39.34 .net
高天原は鷹天原でいいの?
田川は鷹羽だったんだよね
香春町の前の山が香山
英彦山が高千穂
845:日本@名無史さん
19/05/28 18:04:47.40 .net
神紋は、『式内社調査報告』には、菊紋とあり、境内の石碑にも菊紋が付いていたが、拝殿には鷹羽紋があった。 @阿波
「式内社 阿波國名方郡 天佐自能和氣神社(あまさしのわけじんじゃ)」
御祭神 神皇産霊尊・高皇産霊尊・日子刺肩別尊・意冨夜麻登玖邇阿禮比賣命
846:日本@名無史さん
19/05/28 18:14:34.68 .net
>>808
>高天原は鷹天原でいいの?
根拠なし
>田川は鷹羽だったんだよね
はい
>香春町の前の山が香山
はい
>英彦山が高千穂
根拠なし
847:日本@名無史さん
19/05/28 18:14:42.09 .net
+2438 21飛
848:日本@名無史さん
19/05/28 18:28:20.71 .net
鷹羽紋に菊が背乗りってことでしょうか?
伊勢信仰みたいな
私は高千穂だって鷹ちほと思ってますからね
勿論妄想ですけどね
849:日本@名無史さん
19/05/28 18:31:29.81 .net
>>812
>鷹羽紋に菊が背乗りってことでしょうか?
いずれにせよ、天皇家ゆかりの地だからね、倭国(阿波)は。 @阿波
850:日本@名無史さん
19/05/28 19:48:57.59 .net
>>812
真っ向から否定するわけではないが、現状では根拠が乏しく、語呂合わせの域を出ていない。
851:日本@名無史さん
19/05/28 20:04:52.95 .net
何の根拠もなく「存在が証明できないのだ。」とうめき
妄想フルスロットルで「~だろう。」と断定したがる
識者らに追い詰められると「~が妥当。」などとホラを吹いて逃げまどう
しばらくすると記憶喪失で再び同じ思い込みを延々とコピペする
それが キ ナ イ コ シ (主に邪馬台国・神代関連スレでの呼び名)
蔑称も多くあり、半島関連スレでは無能ヒトモドキと呼ばれ
高天原スレではカマチョン(猿芝居ではカモ先生)
海人族スレでは摂津チョン
などスレ毎の呼称も存在する
最近では奥山と呼ばれることもしばしば
特徴としては思い込みが強く、他説を聞き入れる耳がなく
また聞き止める度量もない
そして追い詰められるとテキトーなホラを吹いて
様々なスレを逃げ回り、あらためて妄想を書きなぐる
852:日本@名無史さん
19/05/28 20:22:15.92 .net
根拠が乏しい、わかりますけど・・
古代史全て根拠乏しいし
九州とくに福岡県の神社の古文書や巻物は
陸軍だか宮内省だかしらんけど
全部燃やされて、何の証拠が残るのかと。
いまだに伊都の
853:都がツなのかトなのかですら揉めてるレベルで 何が正しいのか何がトンチンカンなのか このままずっと永遠に判らずじまいで私のほうも 何にも知らないで死んでしまうわ 語学もない学校もでてない素人の古代史ファンだけど はやく結果が知りたい本当のことが知りたい べつに邪馬台国が島根だろうと群馬だろうと構わない いつか本当のことが知りたい 古代の先人たちが命をかけて守って残してくれた美しい日本 私はこの美しい日本のことをもっと知りたい もっともっと愛するために 今日は風呂入ってもう寝る
854:日本@名無史さん
19/05/28 20:26:35.06 .net
>>816
> 九州とくに福岡県の神社の古文書や巻物は
> 陸軍だか宮内省だかしらんけど
> 全部燃やされて
何その陰謀論?詳しく教えて
855:日本@名無史さん
19/05/28 20:27:14.93 .net
>>816
イツ國なんて読めないよ。
おやすみ。
856:日本@名無史さん
19/05/28 20:28:17.46 .net
>>816
そこまでの情熱があるのに、何故自ら調べようと思わないのかが理解不能。
857:日本@名無史さん
19/05/28 20:43:12.37 .net
日本書紀など、イソシが怡土になったと書いているくらいだから、細かい音韻の差は意味がないね。
858:日本@名無史さん
19/05/28 20:59:00.80 .net
>>820
は?
859:日本@名無史さん
19/05/28 21:10:07.58 .net
天皇はイトテを褒めて、「いそし」と言いました。
これから、イトテの本国を名付けて、伊蘇(いそ)の国と言うようになりました。
今、伊都と言うのは訛っているのです。
だそうだ。
860:日本@名無史さん
19/05/28 21:37:45.94 .net
>>822
まーた人のブログのコピペかよ本当に能がないんだな
861:日本@名無史さん
19/05/28 21:52:22.13 .net
糸島の伊都国は訛りなのか
九州弁のせいで伊都国に化けたというわけだな
862:日本@名無史さん
19/05/28 21:53:49.18 .net
シサノヲのせがれは五十猛でイソタケルと読む
五十迹手をイトデ(テ)と詠ませるのは恣意的すぎる
迹を勝手に無音化してるのも恣意的
普通に古文をやってるやつならイソアトデないしイソアトテとしか読めないだろ
863:日本@名無史さん
19/05/28 21:57:17.65 .net
>>825
ホンマやね
なんで五十をイトと読ませるんやろか
普通はイソだよな
864:日本@名無史さん
19/05/28 21:58:44.18 .net
サイキバ(さかきばら事件のような人物)
が考えたんだよと言ってる人がいたでしょ
例えば『モバイオドキ』
865:日本@名無史さん
19/05/28 21:58:54.17 .net
五十狭城入彦=いさきいりひこ
五十瓊敷入彦=いにしきいりひこ
五十迹手=五十(い)迹(と)手(て)
普通に記紀を読み慣れていれば読める
866:日本@名無史さん
19/05/28 22:04:31.18 .net
無知が自演で恥の上塗りw
867:日本@名無史さん
19/05/28 22:06:16.63 .net
>>828
迹をトと読む他の例ある?
868:日本@名無史さん
19/05/28 22:08:02.67 .net
十(ソ)は、何かの都合で発音するときとされないときがある。
五十猛はイソタケと読むが、
十(ソ)の次にサシスセソが来るときは、十のソはスキップされるようだ。
言い換えれば、十(ソ)だからといって、いつでもスキップされるわけではない。
869:日本@名無史さん
19/05/28 22:11:23.54 .net
『ザンボット』
『ビックリマン ヘラクライスト』
同じ存在でしょ、誰のことだと思う?日本人
870:日本@名無史さん
19/05/28 22:15:20.92 .net
万葉仮名
「と」・・・「等、登、跡、常、与、十、得、迹、鳥、共、騰、止、飛、澄、杼、砺」
871:日本@名無史さん
19/05/28 22:16:27.26 .net
家の老婆の話によると
伊達郡というところがあって・・・
と言っているんだけど
872:日本@名無史さん
19/05/28 22:52:10.01 .net
五十迹手=イソトデ
873:日本@名無史さん
19/05/28 22:57:20.24 .net
>>830
倭迹迹日百襲媛=やまとととひも
874:もそひめ
875:日本@名無史さん
19/05/28 23:07:35.32 .net
五十鈴川も知らないバカが恥を晒したらしい
876:日本@名無史さん
19/05/28 23:11:29.51 .net
>>837
>>831
877:日本@名無史さん
19/05/29 00:33:25.83 .net
五十嵐で「いがらし」と読むのが関係ありそう
878:日本@名無史さん
19/05/29 00:37:30.01 .net
>>839
五十=IG+嵐=ARASHI
879:日本@名無史さん
19/05/29 01:50:28.28 .net
五十迹手=イソトデ
880:日本@名無史さん
19/05/29 02:16:34.77 .net
いずれにせよイツ国はないわ
881:日本@名無史さん
19/05/29 09:23:42.71 .net
イトと読む方が新しい
882:日本@名無史さん
19/05/29 09:28:06.62 .net
>五十鈴川も知らないバカが恥を晒したらしい
イソスズガワでは舌をかむから、訛ってイスズガワになっただけ。
訛りは憑き物。
883:日本@名無史さん
19/05/29 09:31:30.99 .net
>>843
それ妄想
884:日本@名無史さん
19/05/29 11:12:40.36 .net
>>845
根拠なし、棄却
885:日本@名無史さん
19/05/29 12:06:22.63 .net
「いがらし」には諸説あるが
元々は「いつがらし」で「つ」と同じ意味の「ケ」で代用されて
「いヶあらし」で「いがらし」という説がある
その説が正しければ 五十を「いつ」と読んだ時代があるという事になる
886:日本@名無史さん
19/05/29 12:27:24.62 .net
舌先三寸男
887:日本@名無史さん
19/05/29 12:32:17.21 .net
>>814語呂合わせと思うか?
ところが英彦山の神社伝承には高千穂と書いてあるんだぜ
調べてみな
もし高千穂が[鷹ちほ]なら一気に話が進む
888:日本@名無史さん
19/05/29 12:59:21.97 .net
>>849
高天原と高千穂は違うからな。
889:日本@名無史さん
19/05/29 15:09:31.18 .net
>>846
イトと読むのが新しいという根拠がないのに何を言ってるんだ無能?
890:日本@名無史さん
19/05/29 15:20:28.15 .net
イトと読むのが古いという根拠がないのに何を言ってるんだ無能?
仲哀記ではイソシだろ
891:日本@名無史さん
19/05/29 15:37:44.74 .net
>>852
は?仲哀と神功は4世紀半ばだろ
3世紀に書かれた魏志倭人伝に伊都国と明記されてんだからイソよりイトの方が古いだろマヌケ
892:日本@名無史さん
19/05/29 15:46:51.85 .net
だから、三世紀に書かれた「伊都国」はイツコクと読むんだよ。
それとも、三世紀に書かれた伊都国をイトコクと読む根拠はあるのかね。それが聞きたいのさ、、。
893:日本@名無史さん
19/05/29 15:56:29.78 .net
>>854
三国志の中で「都」を「ツ」と読む実例を挙げてみろよマヌケ
894:日本@名無史さん
19/05/29 15:59:20.71 .net
>>853
そうそう
日本書紀は神功皇后を卑弥呼の時代に設定しているから、伊都の語源を述べたりしているけれど、実は神功皇后が4世紀だとバレているので、語源の話も創作だとわかってしまう。
神功皇后のところだけ、やけに語源の話が多いが、おそらくほとんどは創作、つまり嘘だと思う。
895:日本@名無史さん
19/05/29 16:01:05.49 .net
三国志の中で「都」を「ト」と読む実例を挙げてみろよマヌケ
896:日本@名無史さん
19/05/29 16:15:02.11 .net
>>856
考察すべきは「なんのために」語源ストーリーを残さなければならなかったか?ではないかな?
くだんの伊蘇志も仲哀を出迎えたクマワニ(鏡・剣・玉)と神功を出迎えたイソトデ(玉・鏡・剣)の対比や
クマワニは讃えられず、イソトデは「よく勤し(伊蘇志)んだ」と讃えられたのか
なぜ芦屋から那ノ津に入る海路の水先案内人がイト国の者なのか
897:日本@名無史さん
19/05/29 16:16:11.91 .net
>>857
どうしたキチガイw
実例見つけられなかったんだなwww
898:日本@名無史さん
19/05/29 16:23:42.40 .net
>>857
無能wwwww
三國志卷一 魏志一武帝紀第一の五節目に何と書いてあるのか読み上げろよ無能wwwww
899:日本@名無史さん
19/05/29 16:46:41.77 .net
>>860
きょーとたいらん
900:日本@名無史さん
19/05/29 17:01:19.21 .net
三國志卷一 魏志一武帝紀第一の五節目に倭の伊都国のことが出てくるのか?
中国本土の読みは全く参考にならぬぞ。
「倭国の伊都国」を倭人はどのように呼称していたかだ。
901:日本@名無史さん
19/05/29 17:02:03.34 .net
倭人の発音を聞いた中国人が表記したんだろ?
902:日本@名無史さん
19/05/29 17:07:16.42 .net
当時すでに硯もあった。
ということは、郡使い役人はもちろん、優れた倭人は文字を良く操っていたわけだ。
903:日本@名無史さん
19/05/29 17:11:01.09 .net
>>862
バーカ
904:日本@名無史さん
19/05/29 17:50:15.25 .net
こっちでもキナイコシ敗北(笑)
905:日本@名無史さん
19/05/29 18:06:03.41 .net
五十迹手と云ふと日本史初のホラ吹き「伊都都比古(本名:都怒我阿羅斯等)」と同定する研究者もいる
906:日本@名無史さん
19/05/29 18:22:35.05 .net
『古事記』では、「伊都二字は音を以(もち)いよ」などとの割注がついている。すなわち、わざわざ「イツ」と読めとあるね
907:日本@名無史さん
19/05/29 18:23:46.55 .net
都がtsuなら>>771が面白い
ツリハリ
ハリは地名か畑や水田ともおもえるし、
だいたい釣り針ぐらいで喧嘩しないでほしい
908:日本@名無史さん
19/05/29 18:28:13.41 .net
>>868
んあ?! トもツも音だぞバカチン
909:日本@名無史さん
19/05/29 18:36:02.63 .net
いや、古事記の「~字以音」は音を当てただけで漢字に意味はないって説明だろ
910:日本@名無史さん
19/05/29 18:45:15.17 .net
ホラ吹き「伊都都比古イツツヒコ?(本名:都怒我阿羅斯等ツヌガアラシト?)」と同定、、、
911:日本@名無史さん
19/05/29 18:47:57.15 .net
>>870
万葉仮名で読むんだよ
万葉仮名では「都」は「つ」
URLリンク(www1.kcn.ne.jp)
912:日本@名無史さん
19/05/29 18:48:52.02 .net
>>873
字以音を万葉仮名で読むとする根拠は?
913:日本@名無史さん
19/05/29 18:56:37.71 .net
此処、根拠厨の来るところじゃないんだけどねえ、、、
914:日本@名無史さん
19/05/29 18:59:43.89 .net
>>875
尻尾巻いて逃げるとは卑怯者め(笑)
915:日本@名無史さん
19/05/29 19:12:04.66 .net
万葉仮名でなかったら、都怒我阿羅斯等がトヌガアラシトになってしまう。
916:日本@名無史さん
19/05/29 19:21:49.88 .net
だんだんツのような気がしてきた
大発見だな
傍観者1
917:日本@名無史さん
19/05/29 19:27:12.51 .net
>>877
額にツノという前置きがあるだろうマヌケ
918:日本@名無史さん
19/05/29 19:30:34.47 .net
で、イツ国だと比定地はどこになるの?
919:日本@名無史さん
19/05/29 19:35:32.33 .net
倭人から聞き取った地名に音を当てた魏志倭人伝の「伊都國」が最古の表記。
当然、記紀や風土記に登場する「伊都國」も魏志倭人伝に準じたもの。
古事記に於いても「此二字以音」とあり「伊」と「都」は当て字であり漢字のチョイスに意味はない。
三国志全文に於いて「都」をツと発音しない以上、イツと読む可能性はゼロと断言できる。
920:日本@名無史さん
19/05/29 19:55:27.12 .net
>>881
でも古事記ではツなんでしょ?
921:日本@名無史さん
19/05/29 21:02:23.39 .net
>>882
何でそう思ったの?
922:日本@名無史さん
19/05/29 23:25:00.28 .net
>>881
これに反論できるだけの根拠はないだろうな
923:日本@名無史さん
19/05/30 00:42:36.00 .net
当時の発音は「つ」というより「トゥ」だったんじゃないか?
924:日本@名無史さん
19/05/30 00:48:29.70 .net
カールグレンの字典引いたら
都は
Tag
イツじゃなくて
イタ
だね。
925:日本@名無史さん
19/05/30 01:22:22.09 .net
>>881
おいちょっと待てよ、
魏志倭人伝の伊都がイトとするじゃん?
>>877
奈良時代には伊都と書いてイツとしたら、
イソシがなまってイツであると読まないとつじつまが合わん
倭人伝の伊都と記紀の伊都って全然違う場所を指してるってことにならんのかこれ?
926:日本@名無史さん
19/05/30 01:43:03.92 .net
>>887
何言ってんだよお前は・・・
927:日本@名無史さん
19/05/30 08:24:18.27 .net
イソシの話がそもそも創作なんだよ。
神功皇后の実年代は4世紀だと推察されているが、3世紀には伊都の名はすでにあったわけだから。
928:日本@名無史さん
19/05/30 08:38:37.66 .net
>>886
伊田だとうれしい
929:日本@名無史さん
19/05/30 10:34:38.77 .net
いつから国や村の�
930:nまりができたのだろう いつから神や信仰心がでてきたのだろう 私は古事記や書記よりずっと前から九州の人達が お互いに助け合いながら大自然に住んでいたと おもう そのなかでこっちは蛇信仰、あっちは太陽信仰、 ほかにも鮫や鷹や山だったり みんなに恐れられたり崇められたり・・
931:日本@名無史さん
19/05/30 10:42:27.20 .net
そんなに簡単な話ではない。
弥生時代は九州を起点に稲作文化が広まるが、それには灌漑、暦法などを操る指導者層が必要になる。
身分社会、王権の成立が弥生時代だ。
筑紫を中心とする倭国が成立し、内行花文鏡など三種の神器を用いた神道の様式が整ってゆく。
932:日本@名無史さん
19/05/30 11:20:54.50 .net
>>889 名前:日本@名無史さん 2019/05/30(木) 08:24:18.27
>イソシの話がそもそも創作なんだよ。
>神功皇后の実年代は4世紀だと推察されているが、3世紀には伊都の名はすでにあったわけだから。
その通りだけど、問題はその伊都国の在った場所が未解明・未確定なことだ。
933:日本@名無史さん
19/05/30 12:19:10.90 .net
>>892
>筑紫を中心とする倭国が成立し、
妄想に過ぎない。
>内行花文鏡など三種の神器を用いた神道の様式が整ってゆく。
三種の神器(勾玉・鉄剣・鏡)も 神道も「忌部はん」 の専売特許。 @阿波
934:日本@名無史さん
19/05/30 12:44:10.76 .net
役立たずのMだってねえ
935:日本@名無史さん
19/05/30 12:45:09.61 .net
>>895
触るなスルーしろ
936:日本@名無史さん
19/05/30 13:04:58.12 .net
>>895
阿波説は逆立ち・し・て・い・て・ も、どの説にも負けない。 はい、次の方 どうぞ。 @阿波
937:日本@名無史さん
19/05/30 13:14:06.84 .net
>>892
>筑紫を中心とする倭国が成立し、
丹の採れないところに倭国は成立しない。 @阿波
938:日本@名無史さん
19/05/30 14:37:51.34 .net
>>893
伊都国は伊都国だろ何を言ってるんだ
939:日本@名無史さん
19/05/30 14:48:42.84 .net
諸説あり
940:日本@名無史さん
19/05/30 14:54:24.70 .net
諸説あり =トンデモ説 @阿波
941:日本@名無史さん
19/05/30 14:55:11.88 .net
末廬國から東南陸行五百里で伊都國に至るんやろ。
現在の糸島市前原以外にあり得へんやん。
942:日本@名無史さん
19/05/30 14:58:05.30 .net
>>902
現在の糸島市前原は、あり得へんやん。 @阿波
943:日本@名無史さん
19/05/30 14:59:33.34 .net
>>903
そう思う(願う)理由は??_?
944:日本@名無史さん
19/05/30 15:05:03.66 .net
>>904
丹の採れないところに倭国は成立しない。 @阿波
945:日本@名無史さん
19/05/30 15:11:10.13 .net
>>905
その理屈だと壱岐対馬を始めとする九州全域が倭国じゃなくなっちまうな(笑)
946:日本@名無史さん
19/05/30 15:18:39.65 .net
佐賀と大分と福岡県赤村は丹がとれるんだろ
947:日本@名無史さん
19/05/30 15:22:32.79 .net
まぁ魏代の「丹」が何を指すのかも分かってないからな。