23/01/06 10:25:38.11 NO/7EuvL0.net
>>104
> (1) my dear mother used to say I should never have a comfortable home;
(2) and ★only last summer★ I proved myself perfectly unworthy of one.
原文を上のように (1), (2) を分けてみる。執拗にこの問題に取り組んでみよう。
元の質問者さんは、僕のこれからのコメントが
うざければ、無視してくれたらいい。返事をしなくてもいい。
(1) 僕なりの試訳: 母親は、ふだんからよく "お前は絶対に居心地のいい家庭なんて持てっこないよ" と言っていた。
(2) 僕なりの試訳: そして、★つい去年の夏のことだったが、★ 私は(確かに、母親の言う通り)
そんな家庭は絶対に持てっこないと、自分で証明してしまうことになるのだった。
この only this summer を直訳すると「つい去年の夏のことだったが」とでもなるだろうけど、
このように主人公が「自分には居心地のいい家庭なんか絶対に持てっこない」ということを
再確認するような場面が何度も何度もあったんだろうな、と、この小説を読んでいると
読者には感じられてくる。少なくとも「僕には」そのように感じられてくる。
だから元の翻訳者はここで、「つい去年の夏のことだったが」とか
「つい昨夏のこと」とか「つい昨夏には」とは言わず、(こんなことはよくあったのだが)再び(またもや)
「つい昨夏にも」こんなことがあったのだ、と書いているわけだと僕は思う。
そう考えると、この翻訳者はやはり、この小説の筋をすべて深く知り、英語をも深く理解し、
そのうえで、最も日本人にとって日本語らしい言い回しでこういう雰囲気を表すときに最もふさわしい
表現として、「この昨夏にも」というふうに「も」をつけたんだろうと思う。
すでに僕がこのスレで言ったことを繰り返しているに過ぎないかもしれないが、
あえてこれを消さないでここに投稿する。同じことであったとしても、疲れていた夕べよりも、
疲れを休めたあとの今朝の方が、夕べよりもさらに丁寧に言葉を選んで説明できているかもしれない。