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例によって、『翻訳問答』に収録されている片岡義男氏の訳
『嵐が丘』
一八〇一年―
家主を訪ねて私はいま帰ったばかりだ。この家主は私がこれからかかわり合う
ただひとりの隣人となる人だ。このあたりはたいへんに美しい。イングランドは
広いけれど、世の中の騒がしさからこれほどまで完璧にかけ離れたところに自分は
住まいを定めることが出来ようとは。人嫌いにとってこの上ない天国だ。この
荒涼たる景色の広がりをわかち合うものとして、ミスタ・ヒースクリフと私は
似合いのふたりだ。ミスタ・ヒースクリフは素晴らしい人だ。私が自分の乗った
馬を彼の前に進めて、彼の窪んだ黒い目が人に気を許さない様子でさらにいっそう
深くしりぞくのを見たとき、そして私が自分の名前を告げると、ヴェストにすでに
深く入れられていた彼の手が、用心深く固い構えで更に深くヴェストにもぐり込む
のを見たとき、私の気持ちがいかに熱く彼へと傾いたかを、彼としては知るよしも
なかった。
「ヒースクリフさん」
と言った私に、ひとつうなずいたのが彼の返答の代わりだった。