24/02/15 07:57:13.11 xVw5/g59.net
敷島に特攻から逃げたことへの後ろめたさがおろうとなかろうと本筋ではない。
敷島がゴジラを殺すことで達成されるのは大戸島で死んだ整備兵と典子の復習。およびそれらに関するトラウマ。
特攻から逃げた後ろめたさはゴジラを殺すことでは解消されない。
ゴジラを殺すことで終わる敷島の「終わっていない俺の戦争」には特攻から逃げたことは含まれず、特攻から逃げたことに後ろめたさを感じていることにすると、戦争が終わったにつながらない。
このため、作品としては敷島は特攻から逃げたことの後ろめたさを感じている人間として描かず、観客の先入観に任せた作りになっている。
出来上がった作品を、
「特攻から逃げた人は後ろめたさがある」という先入観なしで観賞すると、敷島は特攻から逃げたことにはうしろめたさを感じずゴジラがトラウマでありゴジラを憎んでいる人間に見える。
これが、フラットな見方をする人、特攻をよく分からない日本人、一般の外国人の見え方。
ゴジラを殺せば敷島の戦争は終わるというシンプルでわかりやすい映画となっている。
逆に、
「特攻から逃げた人は後ろめたさがある」という先入観ありで観賞すると、敷島は特攻から逃げたことにはうし�