見瀬丸山古墳を暴きたがってるマヌケへat ARCHEOLOGY
見瀬丸山古墳を暴きたがってるマヌケへ - 暇つぶし2ch150:出土地不明
20/10/30 23:38:07.57 IPcMj1Rc.net
「将棋 史上最強はどっち?実戦を重視、晩年までA級大山 研究重ね七冠制す隙のなさ羽生
 将棋界で数々の記録を打ち立ててきた羽生善治王位・棋聖(41)。「史上最強」との呼び声も高いが、かつてその代名詞と言えば、大山康晴十五世名人(1923~92)だった。タイトル獲得が史上最多の通算80期で並ぶ、昭和の巨人と平成の天才。真の「最強」は、どちらなのだろうか。
 羽生は第52期王位戦七番勝負で広瀬章人王位に勝ち、通算80期目のタイトルを手にした。対局後の会見で羽生は「偉大な大先輩に並ぶことができて、光栄というか名誉なことだと思う」と話した。
 羽生は96年に将棋界で初めて7タイトルを独占。「十九世名人」を名乗る資格を持つなど、現役の中での実績は群を抜いている。羽生と数々の名勝負を繰り広げてきた谷川浩司九段は「80期という記録は誰も破れない。今後は『3桁』を目指して欲しい」と話す。
 ただ、その時代における突出ぶりでは、大山にやや軍配が上がる。60年代に五冠独占を度々果たし、63年~66年には19回連続でタイトルを奪取、防衛した。当時はタイトルの数が五つ。今と同じ七つだったら、さらに多くのタイトルを獲得していた可能性が高い。
 大山の名人14連覇を阻止した中原誠十六世名人は「大山さんの全盛期と今とでは環境が違う。二人の強さを比べるのは、相撲の双葉山と大鵬を比べるようなもの」と話す。
 時代の違いは、将棋の質にも表れている。研究が進んだ現代では、序盤からリードを奪おうとするのが当たり前。序盤、中盤、終盤に隙のない羽生の棋風は、その土壌の上に築かれた。一方、大山が活躍した頃は「研究より実戦」という風潮が強く、大山の持ち昧である「受け」の強さは中終盤で発揮された。
 大山の強さを物語るデータの一つに、高齢になっても活躍を続けたことが挙げられる。最後にタイトルを獲得したのは59歳。69歳で亡くなるまで順位戦は最上位のA級のままだった。
 中原は「自分もそうだったが、45歳ぐらいからどうしても力が落ちてくる。羽生さんが、50代、60代になっても今と同じような活躍を続けるのは難しいのでは」とみる。研究で後れをとっては高い勝率を残せない現代において、羽生が今の強さを10年、20年と保ち続けるのは体力的、精神的に大変かもしれない。
 羽生自身はこう話す。「40代のうちは体力のことはあまり心配していない。10年先のことは想像しづらいので、半年先、1年先のことを目標に据えるスタンスがいいと思っています」
 森内俊之名人ら同世代に加え、若手の渡辺明竜王らと今後どのような戦いを繰り広げるのか。「史上最強」と本当に言えるかどうかは、羽生のこれからの歩みに懸かっている。
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