15/04/30 16:08:08.50 IeK95j+I.net
例の黥面文身ってのが気になる。ペンはあるが紙がないとき、我々は腕や手の甲を紙代わりに使う。
耳なし芳一も思い起こされる。
当時から黥面文身が行われ、卜占も行われていた。すでにそういう風習があった。ではいつから?…
ひょっとして、文身は記号の保存じゃないか?木簡や竹簡、絹布よりも人の皮は残りにくいだろうな。
…
ちょっとドキッとするだろ?(笑
繩文土器の文樣も気になる。あの過度のごてごての飾りが何らかの記号でないとしたらなんなんだ。
支那では日本海を東洋と言い、日本人は東洋鬼だ。今に至るまで支那は海洋国家たりえない。なぜなら日本が蓋
をしているから。なぜか海のむこうの東方は日の上る所ではなく、不吉な方角と認識しているんだ。
日本は東夷だ。イだな。これって中華思想からくる蔑称とされている。だが、日本では夷はえびすに当てられていた。
なんかヘンじゃないか?
ちなみに、邪馬臺國は邪馬壹国、つまり邪馬一国って説があるけど、これも「イ」に通ずる。
実は縄文時代の終わりは「イん」王朝の始まりとかぶさる。殷は当時は商だったが、滅ぼした周によって殷と名づけられた。
その根拠はイだったんじゃないだろうか?
結局、黥面文身と卜占を持った縄文時代のイは弥生人に追われて大陸に北げ、殷を作ったのではないだろうか?
まあ、だから漢字の起源である甲骨文字は、日本から支那にもたらされたものだ、ってこと。これが真実な(笑
縄文時代の遺蹟は北海道から沖縄にまで広がっている。卜占に使われた獸骨なんかがないか、気になるんだけど、
細かくは不明。もし出土すれば面白い。
でも、日本の土は一般に酸性度が強いんで、残る可能性は低いだろう。