12/03/12 14:21:11.13 0
水の名前で立てない方が良かったんじゃ?
3:世界@名無史さん
12/03/12 14:25:48.37 0
過去スレ
トルコ料理の歴史
URLリンク(logsoku.com)
鮮卑はトルコ民族か?
URLリンク(unkar.org)
トルコ民族の諸王朝について
URLリンク(logsoku.com)
4:世界@名無史さん
12/03/12 14:26:41.57 0
オスマン朝・オスマン帝国(04)
スレリンク(whis板)l50
5:世界@名無史さん
12/03/12 14:29:41.87 0
ブルガリア人って、トルコの血がかなり濃いよね。
6:!kab 水 ◆TCygujgOWY
12/03/12 15:23:51.82 0
>>2
申し訳ない、俺も立ててから気がついた。
んで、早速教えて君ですまんが
トルコ系の遊牧民族とか詳しい研究者で日本でも有名な中国人っているの?
せっかくだから何か読んでみたい。
7:世界@名無史さん
12/03/12 17:47:38.14 O
白人?
8:世界@名無史さん
12/03/12 18:29:21.40 0
トルコ人とシベリアの民族とで会話が通じると読んだことがある。
ソースはマッキンダー。
9:世界@名無史さん
12/03/12 18:43:46.90 0
ヨーロッパではエフタルのことを「白いフン族」、テュルク(突厥)のことを「赤いフン族」と呼んでいました。
ちなみにこの白、赤というのは肌の色ではなく、方角(白は西、赤は南)をあらわすそうです。
10:世界@名無史さん
12/03/12 19:25:33.03 0
カザフスタンの歴史
スレリンク(whis板)l50
11:世界@名無史さん
12/03/12 19:46:50.98 0
結局 あのハザールとかって言う自称ユダヤ人は元トルコ人なの?
12:世界@名無史さん
12/03/12 20:02:40.90 0
君主になるときの儀式が突厥のものと同じとか、そんな話があったんだっけ。
13:世界@名無史さん
12/03/12 21:33:11.54 0
104 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/10/14(金) 21:44:41 0
テュルク系は「宗教的に寛容だ」とか良く聞く話だが、まあ大体はその通りなのだが、
要は「宗教的な違いにはさほどうるさく無い」であって、逆に「政治的な違い」には「かなりうるさい」と言える。
つまり遊牧集団の常として政治的に対立している勢力に対しては
宗派が同じだろうと違っていようと略奪を目的として戦争をよく仕掛けた。
ガズナ朝の度重なるインド遠征にしても、サファヴィー朝の
キジルバシにしても外部勢力に対する略奪や戦闘の大義を
得たいがために「ジハード」を持ち出すのであって、彼ら自身が
イスラムの教義なりをどれほど本気で信奉していたかは、本人たちに
聞いてみないことには分からない。聞けたとしても飲酒の問題など
色々考えると、結構そこら辺はやはりいい加減な気がする。
キジルバシにしても、一応サイイドの一族でサファヴィー教団の教主で
あるサファヴィー朝の君主にはことあるごとに反抗して纏まりが無かった。
105 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/10/14(金) 21:45:34 0
言語についてだが、
アゼルバイジャンは、共和国もイランの方の州もセルジューク朝や
イルハン朝前後からトルコマン系の勢力が大量に移入したために
今でも住民の大半の母語はアゼリー。ホラーサーンの都市部や村落部
以外はトルコマン系が多数派になった。
もちろんアゼルバイジャンの両地域ともペルシア語も普通に介せるようだ。
イランのアルボルズ山系南麓は都市住民はもちろん言語はペルシア語だが、
郊外の平原部の遊牧民や宮廷(王族やアミールたち)ではテュルク語の世界で、
サファヴィー朝の君主たちも当然ペルシア語を介せたが、普段の会話は
テュルク語だったらしい。
14:世界@名無史さん
12/03/12 21:46:01.00 0
ロシア人のシベリア方面の人口流出によって
相対的にヤクートやトゥヴァの割合が増えてるってな
15:世界@名無史さん
12/03/12 21:53:23.94 0
>>1 ソグディアナをトルキスタンと呼ぶな ボケ!
それは、キルギスとカザフの民からの呼称である。
ソグディアナは、言葉はチュルク系になってしまったが、
もともとはオアシスの定住民ソクドだった誇りがあり
トルキスタンと呼ばれることには抵抗がある。
ブハラやホラズムは、20世紀までタジク系の言語が公用語だったし
カシュガルやホータンでは、エイヌ語というソグドとチュルクの混合語が今でもある。
こういう地域に、トゥーラニズムめいた主張は拒絶反応。
もともとキルギスには、ブハラのようなタジク系の人達が南部にいて
いまでも北のチュルク系遊牧ルーツ民と融和できていない。
16:世界@名無史さん
12/03/12 22:06:09.16 0
>>1
ギリシアは入らなくていいんですかね?
17:世界@名無史さん
12/03/12 22:11:18.41 0
>>6
トルコ民族全般については、
坂本勉『トルコ民族の世界史』(慶應義塾大学出版会、2006年)、
廣瀬徹也『テュルク族の世界―シベリアからイスタンブールまで(ユーラシア・ブックレット114)』(東洋書店、2007年)
を読むといい。
事典類としては、
小松久男他編『中央ユーラシアを知る事典』(平凡社、2005年)、
川端香男里他監修『新版ロシアを知る事典』(平凡社、2004年)、
大塚和夫他編『岩波イスラーム事典』(岩波書店、2002年)、
日本イスラム協会監修『新イスラム事典』(平凡社、2002年)
を参照。
18:世界@名無史さん
12/03/12 22:45:41.80 0
>>5
ブルガリア人のルーツの一つブルガール人は、突厥の言葉を話していた。
19:世界@名無史さん
12/03/12 23:42:22.68 0
>>11
元つうかハザールを名乗ってた間はテュルク系言語を使うテュルク系民族では
当時テュルク系の先祖とされたトガルマの子孫と称していたし
んで可汗を含む相当部分がユダヤ教徒になったようで
20:!kab 水 ◆TCygujgOWY
12/03/13 00:12:57.97 0
>>17
ありがとう!!
21:世界@名無史さん
12/03/13 01:24:03.86 0
10世紀から11世紀における「九姓タタル国」 白 玉冬
URLリンク(toyo-bunko.or.jp)
回鶻を倒したキルギスの覇が敗れて以降にモンゴル高原中央部にあり後に遼と対決
した阻卜の中心勢力と推定される九姓タタルの話。まだまだよく知らんマイナーな
(でも面積や存続期間は結構ある)勢力が色々あるようじゃのう
22:世界@名無史さん
12/03/13 02:17:36.47 0
>>15
確かに…。
旧ソ連領中央アジア5か国はトルコ系の言葉とペルシア語系の言葉
どちらも使われているしね。
そもそも東では「東トルキスタン」の独立運動があるけど
西では「トルキスタン」と自称する人たちはいないんじゃ。
東にしても、「新疆ウイグル自治区」という地名があるし
「トルキスタン」という言葉はあまりポピュラーに使われていないかも。
で、カシュガルやホータンは普通はウイグル語が使われてるけど
「エイヌ語」って何?
23:世界@名無史さん
12/03/13 10:18:27.40 0
>>10
こういうスレって、直アドレス知らないと見れないの?
24:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/13 10:24:36.11 0
>>1
ロシアやウクライナの南部、アゼルバイジャンなんかも対象地域にすべきかな。
これらの地域もそれなりにトルコ人が多く住んでるからね。
後はイランもトルコ系であるアゼルバイジャン人が結構いるから含むべきかも知れない。
>>5>>18
ブルガール人というと今のブルガリアばかりが有名だけど、
ヴォルガ川のほうにもブルガール人はいて、こっちのほうがスラヴ人の影響がない分、
よりトルコ的要素を多く残してたと思う。ヴォルガ・ブルガールはモンゴル帝国の侵攻で滅び、
現在チュヴァシ人が彼らの後継だと言われてるけどこれにはかつてちょっとした論争もあった。
>>11
突厥から分かれた遊牧集団というのが主流な見方じゃないの。
君主は可汗の称号を使ってたし、>>19も言うようにトルコ系の子孫を称してたみたいだからね。
>>15
あそこら辺はペルシャ系のタジク人とトルコ系のウズベク人の対立が今でもあるしね。
簡単にトルコ人だけの地域と断言するのは危険だね。
>>22
エイヌ語は>>15も言ってるようにトルコ語とペルシャ語の2つの様子が混ざった言語だよ。
おおもとはトルコ語らしいけどペルシャ語(ていうかソグド語)の語彙を多く含んでるらしい。
イメージとしてはオスマン語みたいなものかな。まぁ、地域が全然違うけど。
25:世界@名無史さん
12/03/13 12:25:15.30 0
中央アジアの歴史について語ろう!【シルクロード】
URLリンク(logsoku.com)
26:世界@名無史さん
12/03/13 12:42:37.87 0
811 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/11/01(火) 19:48:15.29 0
ヤクートは言語そのものはトルコ系だよ
まぁただ北上するにしたがって現地のツングース(とモンゴルとユカギールもか)
を有る程度取り込んでいった可能性はかなり有るはずだけど
あとヤクートの伝説にも自分達は元々はもっと南に住んでた民族だったみたいな言い伝えも有る
27:世界@名無史さん
12/03/13 13:14:29.61 0
第二次突厥帝国の碑文では、馬がyundと呼ばれている
しかしテュルク諸語では馬はatで、yundと呼ぶのはウラル語族のサモエード諸語らしい
28:世界@名無史さん
12/03/13 18:54:46.42 0
139 名前:世界@名無史さん 投稿日:2006/04/12(水) 20:36:34 0
URLリンク(lemonodaso.exblog.jp)
ドイツ元首相ヘルムート・シュミット氏へインタビュー
2005年5月8日のギリシャ新聞カスィメリニ紙より
私はEUのやり方に満足をしていない。このままで行くと失敗は免れない。
フランスのジスカールデスタン元大統領もまったく同じ考えである。
EUにトルコが加盟した場合、トルコ人は大挙してヨーロッパにやってくる
だろう。特にドイツにやってくる。トルコはヨーロッパの文化を壊す。
過去にドイツに来てドイツ国籍となったポルトガル人、スペイン人、ギリシャ人
はドイツ国民として動く。ところがトルコから東の人々たちはドイツに来て、
ゲットーや敵意(反独主義)を作る。そこから問題が起こる。最初に来たの
トルコ人たちは1950年代から1960年代にやってきた人々でドイツ人社会に
なじむことができた。2番目に来たはトルコ人は違う。彼らは妻をトルコの
東から連れて来て、イスラムとしてドイツに残りスカーフをしている。それが
もしも中国人だったならずっとましである。
キプロス…この問題はヨーロッパ人とアメリカ人の頭の中からすっかり
消えている。分かっているのは歴史家、ジャーナリスト、政治家の中に
だけ存在しているのである。私はキプロスの北から南まで歩いてみた。
結論から言えばここはふたつに分けておくしかない。なぜならば、私が
北キプロスに行ったときに、土地や家を奪ったトルコ人たちがそこに
住んでいた。ギリシャ人はそこにはいなかった。そして南キプロスに
行ったときに、そこにはギリシャ人が住んでいて、トルコ人も住んでいた。
私はこのキプロスで分かったのはトルコ民族の持つ民族浄化思想の深さ
である。だからトルコがEU加盟することに反対する。もし加盟がなった
場合EUは必ず壊れてしまうのである。
↑カナーリ人種偏見の強い意見に思えるけどな。そもそも最初にキプロスで
攻撃を仕掛けたのはギリシア人の側だったと記憶しているが。
(エオカだかエノシスだかそんな名前の組織があった)
29:世界@名無史さん
12/03/13 19:15:46.92 0
今のトルコがヨーロッパ連合に入るのはちょっとな。
アナトリア半島こそ元々アジアと呼ばれた場所だろ。そこがヨーロッパなのかと小一時間。
30:世界@名無史さん
12/03/13 19:21:25.08 0
ヨーロッパ連合を「ノヴァ・ローマ」に改名して欧州・環地中海諸国連合にすればいいんだよ
首都はイスタンブールに置く
31:世界@名無史さん
12/03/13 19:32:57.26 0
トルコも本音ではあきらめているよ
ヨーロッパ中央部が似た文化で統一されたのは、ケルト→ローマ帝国、キリスト教だから
2500年くらい
トルコが隣国になったのは500年だから、まだ無理かもね
32:世界@名無史さん
12/03/13 19:38:20.09 0
>>30
ローマ帝国の首都はイタリア半島あるいはアナトリア半島北西端にあって、
経済力でもエジプトやシリアなどが高く
ガリアやパンノニアとかは田舎だった。比喩的にいえば重心が南にあったわけだ。
今のEUはどうか。EUを牛耳ってるのはドイツフランスイギリスイタリアなどの国だろう
重心は北にあるではないか。ローマ帝国となのること自体おこがましいと思わないかね
33:世界@名無史さん
12/03/13 19:55:21.71 0
★★中央ユーラシア史総合スレッド★★
URLリンク(logsoku.com)
34:世界@名無史さん
12/03/13 21:15:23.01 0
>>15、>>22、>>25、>>33
「中央アジア」(центральная азия)という語は、
最近の用法では、旧ソ連領の五ヵ国
(カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、クルグズスタン、タジキスタン)を指す。
「中央ユーラシア」は、これに加えてカフカース、シベリア、モンゴル、チベットなども含んでおり、
「内陸アジア」という語とほぼ同義語である。
35:世界@名無史さん
12/03/14 00:09:47.47 0
>>34
タリム盆地つまり天山と崑崙の間の地域(東トルキスタン)は?
「中央アジア」じゃないの?
36:世界@名無史さん
12/03/14 00:28:22.68 0
(要拡散)
民主党の正体
有楽町のマリオン前で民主党関係者が女性の首を絞める
民主党関係者が女性に暴力!マリオン前
URLリンク(www.youtube.com)
URLリンク(www.nicovideo.jp)
13日23時時点で被害女性はまだ警察の事情聴取を受けているようです
37:世界@名無史さん
12/03/14 00:30:46.68 0
ソグディアナ
38:世界@名無史さん
12/03/14 00:32:34.23 0
>>35
歴史的にはモンゴルだよ
ジュンガルがあったもん
39:世界@名無史さん
12/03/14 01:22:29.84 0
>>38
カシュガルやホータンがモンゴル?
40:世界@名無史さん
12/03/14 01:50:28.92 0
古代亀茲国とか楼蘭王国はどうだかわからんけど
トルコ化以降はそのへんも「モンゴル」になるのか。
41:世界@名無史さん
12/03/14 03:07:00.86 0
中央ユーラシアと内陸アジアという語は遊牧民が主体の地域という共通性はあるが、広すぎて使いにくい。
歴史的な関連を考えた場合、(1)モンゴル高原(2)東西トルキスタン (3)チベット(4)キプチャク草原
の4地域に分けるのが妥当だと思う。
この4つは中華圏の王朝とイスラム圏の王朝の関連性によって分ける。
モンゴル高原に拠をおく勢力は南の王朝と非常に密接な関係を持ってきた。
漢と匈奴、唐と突厥、宋と遼金、明と北元といったように。
現在トルキスタンと呼ばれている地域は、唐と清の時代には東から支配を受けたし、
またホラズムシャー朝の版図に入っていた地域もある。イスラム教を受容したことも重要だ。
いわば東アジアと西アジアの両方と関連している点でモンゴル高原とは毛色がちがう。
チベットは唐と争ったり、ジュンガルに支配されたりと東とつながりがあるが、イスラム圏の王朝とはあまり関連がない。
しかしトルキスタンとちがって言語もチベット語であるし、イスラム教も広まっておらず文化的に東西トルキスタンと同一視しがたい面がある。
キプチャク草原は西部が地理的にトルキスタンからはみ出ていて、
ブルガールやロシアの三ハン国の征服のように東欧史とも関連していても、
中華圏とあまり関連がない点からして、
重なっている面はあるがトルキスタンとは分けたい。
42:世界@名無史さん
12/03/14 03:32:23.74 0
仮に、あるシリーズ本の中の一巻として「中央ユーラシアの歴史」と題して本が書かれたとしよう。
するとどうなるか。まあページ数の3割は同じシリーズの中国史とかぶる。
中国史の巻のほうを見れば、「漢の武帝は巨費を費やし北の匈奴と戦った」という文があり、
中央ユーラシアの巻のほうで「匈奴は南の漢と戦い、特に漢の武帝の代には、漢の激しい攻勢を見た」という文があるのだ。
これでは紙がもったいない。モンゴル高原は中国史に組みこめばいいのであって
中央ユーラシアという概念でくくられると一般人は困る。
43:世界@名無史さん
12/03/14 07:09:09.38 0
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【拠 点】早ければ下期にも神戸営業所開設へ。収益のベースとなる保有駐車場(11年9月末99件)は上期に青森等で2件取得。
【投資指標】
予想PER 5.94倍
実績PBR 0.61倍
実績BPS 126,150円
★株価12万円になってもPER10倍以下★
44:世界@名無史さん
12/03/14 07:26:26.20 0
トルキスタン
45:世界@名無史さん
12/03/14 07:33:17.33 0
東西トルキスタンの呼称はキルギス人ぐらいしか好んで使わない。
あんまり変に括ってしまうと、キルギス国のチュルク系とタジク系の対立が理解できなくなる。
キルギス語を使っていているから同一民族識別をしているが
遊牧ルーツのチュルク系と定住オアシス民系のタジク系は、習慣も文化もかなり違う。
46:世界@名無史さん
12/03/14 09:53:13.24 0
54 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/03/05(月) 20:44:14.41 i
後世のトルコ人てのはトルコ語を話すヒトって意味しかない
しかも、モンゴル時代あたりでは遊牧民の公用語だったらしいので、
ますます民族として主体性がなくなる
田舎者という意味もあったとか読んだね
もともとはオアシス地域の混血白人てな感じでOK?
47:世界@名無史さん
12/03/14 12:00:58.77 0
>>45
へえ、キルギス共和国に住んでいるタジク人はタジク語ではなく、キルギス語を
話しているのか。
48:世界@名無史さん
12/03/14 13:00:38.58 0
キルギス語を話していればキルギス人
タジク語を話していればタジク人
ただそれだけ
49:世界@名無史さん
12/03/14 13:38:25.43 0
ではない
「俺はキルギス人」と認識していればキルギス人
「我、タジク人也」と認識していればタジク人
50:世界@名無史さん
12/03/14 14:34:12.06 0
その区切り自体ソ連当局に付けられた他称だろ
認識なんてないだろ
51:世界@名無史さん
12/03/14 16:03:54.97 0
115 名前:何語で名無しますか? 投稿日:2012/03/04(日) 01:45:54.26
カザフ語やトルクメン語ほど醜く支離滅裂な表記法も世界の文字言語の中で珍しいくらいなんじゃないかな。
まあ西トルキスタン諸国のキリル文字表記というのはお互いに似通った言語を異なる正書法で
分断するために作られたようなものだから。
52:世界@名無史さん
12/03/14 21:00:46.94 0
>>47
その通り。スターリン時代に勝手に国境が固定され、公用語が決定してしまった。
ホラズムやブハラが独自の動きをしたから、封じ込める意味があった。
共産主義にいろんな路線があってはいけないとして
スターリンに従順なチュルク系一色に塗りつぶされた。
53:世界@名無史さん
12/03/14 21:38:15.24 0
Muhtesem Yuzyil
URLリンク(www.youtube.com)
日本でも放送してくれないかなぁ。
54:世界@名無史さん
12/03/14 22:43:50.31 0
>>41-42
>モンゴル高原は中国史に組みこめばいいのであって
実際、松丸道雄他編『世界歴史大系中国史4 明~清』(山川出版社、1999年)では、
モンゴル史も扱われている。
>>51-52
最近の旧ソ連圏では、文字表記がキリル文字からラテン文字表記に変わりつつあるところもなかったか?
55:世界@名無史さん
12/03/14 23:05:32.36 0
>>41
>遊牧民が主体の地域
中央ユーラシアは遊牧民を主とする北アジアの草原と
商人や農耕民を主とする砂漠のオアシスの都市国家
両方ある。
>>42
中国から見た、中国による戦争、征服を主とする記述と
現地をベースにした記述はまた違ってくる。
漢にとっては匈奴はやっつけるべき敵として捉えらているが、
匈奴は匈奴としての歴史がある。
中国史に組み込んでしまうと「中国から見た見方」に偏ってしまう。
それは「侵略してくる敵」であったり「中華の皇帝に服属するべき辺境の民」
といった見方だ。
>>54
ウズベキスタンではウズベク語をキリル文字からラテン文字に
切り替えることを決定した。なかなか実行されていないけど。
56:世界@名無史さん
12/03/14 23:07:52.55 0
ウズベク語は、言語的に近縁なウイグルの文字(アラブ・イラン系)でも何とか表記できるんかも・・・
57:世界@名無史さん
12/03/14 23:47:43.12 0
テュルク諸語全般を語ろうず
スレリンク(gogaku板)l50
~トルコ語・4~
スレリンク(gogaku板)l50
58:世界@名無史さん
12/03/15 00:14:13.97 0
>>53
トルコのTVドラマのシステムは日本と大きな違いがあります。
まず放送期間が長いこと!!
通常半年以上で、長い場合は1年を超える事だって多々あります。
逆に人気が全く出なかった時は早々に放送が打ち切られる事も。
そして番組にもよりますが、本編は大体2時間弱。
本編スタート前に前回までのあらすじのダイジェストが約40分程流れますので、
コマーシャルも含めて軽く3時間を超えてしまう事もしばしば。
日本ではドラマが完結した後の再放送は半年後などが多かったと記憶していますが、
トルコでは毎話、通常の放送が終わるとすぐにその週の内に再放送されます。
またTV局のサイトからも章をセレクトしてNETで視聴する事が出来ますので、
うっかり見逃してしまった時も大丈夫♪なのです。
59:世界@名無史さん
12/03/15 04:55:33.81 0
>>55
早々に切り替えて成功したところと言ったらトルクメニスタンとアゼルバイジャンじゃない?
どっちも独立後に速効でラテン文字に切り替えて今では完全にラテン文字形式だし
ウズベキスタンはラテン文字に切り替えをしつつもまだキリル文字の方が馴染み有るみたいだし
タタールやクリミアタタールなんかは逆にラテン文字化しようとしてロシアににらまれてるみたいな
あ、クリミアタタールはウクライナか
60:世界@名無史さん
12/03/15 11:39:14.50 0
オツガイが活躍するスレかと思ったけど、1レスだけだな
61:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/15 11:57:37.57 0
>>31
今の首相のエルドアンはわりと熱心に交渉続けてたけどね。
国民の間にちょっとずつ諦めの感情が出てきてはいるね。
>>35>>38-40
現在の新疆ウイグル自治区に当たる部分は確かにジュンガルが支配してた時期があったけど、
住民はトルコ系(及び少しのイラン系)ムスリムのほうが多かったよ。ジュンガルが支配する前は、
チャガタイ・ハン国から分裂したヤルカンド・ハン国などがあったけど、この時もモンゴル人より、
トルコ人などのほうが多かったと思うし。モンゴル帝国の前は天山ウイグル王国などがあり、
この時点でもうトルコ化が少し始まってたけど、天山ウイグル王国をモンゴルとは言えないでしょ。
>>41
トルキスタンはオアシス都市国家だったりもするから、必ずしも遊牧民中心ではないけどね。
確かに中央ユーラシアや内陸アジアという概念は広すぎてもうちょっと分けたほうが良いとは思う。
>>42
山川の世界各国史シリーズに「中央ユーラシア史」ってあるけど、
同じシリーズの「中国史」とはだいぶ内容が違ってるよ。
中国史では匈奴との戦いについては書いても、匈奴の社会や文化、政治制度までは書かない。
それに、アルタン・ハーンなども中国史ではまず出てこないからね。
モンゴル高原はあくまで中国史とは分けるべきだと思う。
とは言え、中央ユーラシアという概念が広すぎるのも事実なんだよね。
実際、山川のその本もモンゴル高原の話の次に、急にチベットの話が出てきたりと、
各地域の歴史をぶつ切りにして分けて書いてるような印象が拭えなかった。
だったら、いっそのこと>>41の言うように4つの地域に分けて別々に本を出せば良いとは思った。
まぁ、山川は他にも「スペイン・ポルトガル史」や「スイス・ベネルクス史」みたいな無茶な分け方してるけど。
62:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/15 11:59:00.84 0
>>60
ちょっとしばらく個人的な用事で忙しくて2chそのものから離れてたので。
63:世界@名無史さん
12/03/15 13:54:36.99 0
>「スペイン・ポルトガル史」や「スイス・ベネルクス史」みたいな無茶な分け方してるけど。
歴史なのに、単に地理的に近いからってグループ分けするのは良くないよな。
今の世界史板のように、民族とか言語で系統だててくれた方がありがたい。
64:世界@名無史さん
12/03/15 15:58:08.00 0
「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」
「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」
【石井こうき オウム 統一教会】
オウム、北朝鮮、麻原サブリミナル、左翼政権誕生→阪神大震災、サリン
韓流信奉、韓国、韓流サブリミナル、(反日)左翼政権誕生→東日本大震災、原発事故
似ているね
てかそのものか。 そうか、統一教会、朝鮮総連、民団→民主党
65:世界@名無史さん
12/03/15 21:22:09.61 i
渡来人の秦氏ってトルコ系?
66:世界@名無史さん
12/03/15 22:08:26.02 0
それは無いだろう
67:世界@名無史さん
12/03/15 22:13:44.46 0
トルコでは冒頓単于は先祖の国民的大英雄
記念切手や胸像にして崇敬する存在
68:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/15 22:27:59.94 0
>>67
まぁ、トルコでは匈奴みたいにトルコ系国家と断定できないような遊牧国家でも、
トルコ系と認識することが多いからね。現在はどうだか知らないけど、
昔のトルコの歴史教科書ではトルコ人の歴史が匈奴から始まってたし。
69:世界@名無史さん
12/03/15 22:49:25.12 0
つかあそこの国は基本北方系の遊牧民だったりだとスキタイですら同族認定しようとするし
例えばYou TubeでMETE KHANで検索するだけでも出てくるな
因みにMETE KHANってのはトルコでの冒頓単于の名前
70:世界@名無史さん
12/03/15 23:48:14.80 0
トルコは突厥を先祖の国だと思ってるはずだけど。
冒頓単于は強引だなあ。
71:世界@名無史さん
12/03/16 01:45:40.58 0
いんや、匈奴もフンもエフタルも自民族認定だよ
トルコの認定した大トルコ16帝国の中に匈奴(と南匈奴)とフンとエフタルが有るし
72:世界@名無史さん
12/03/16 02:20:57.68 0
メテ・カーンって冒頓単于と全然読みが近似してないね。
漢文献以外で記録残ってないだろうに、どういう由来の名前なんだ?
73:世界@名無史さん
12/03/16 06:45:24.80 0
冒頓は現在の普通話でもMao1Dun1だからマォドゥとなり若干近い。
古代ならもっと近かったのではないだろうか?
74:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 09:02:40.37 0
>>70
トルコの歴史観だと突厥はトルコ人によるはっきりとした国家形成がされた国と考えられてるみたい。
その前の匈奴などもトルコ系民族が建てた国だけど、突厥はトルコという名をはっきりと使った最初の、
遊牧帝国だと言われてるっぽい。そういう意味で突厥はトルコ人の歴史の中でもとりわけ重要らしい。
まぁ、ここら辺は結構昔のトルコの歴史教科書を僕が読んだ時に感じたものだから、
現在のトルコでもこのような歴史観で教育されてるのかどうかまでは保証しかねるけど。
>>71
トルコは今まで一般的な世界史の中で中心的に見られることが少なかったそういう遊牧民たちを、
自分たちと同じ民族なのだと認識することで、彼ら中心の歴史観を形成したという面があるね。
フンや匈奴は基本的にヨーロッパ史や中国史の枠組みの中で敵役っぽく語られることが多いから、
トルコ人のこういうナショナリズム旺盛な歴史観は遊牧民視点の歴史観を育てたという点では、
少し役立ってるのかも知れない。まぁ、それにしてはナショナリスティックすぎる気がするけど。
75:世界@名無史さん
12/03/16 10:00:51.78 0
トルコって韓国すら真っ青になるくらいの歴史泥棒の国だろ
連中のウリナラファンタジーにまともに耳傾けるとアホになるわ
76:世界@名無史さん
12/03/16 10:40:57.94 0
ホラズムも、このスレでいいのかな?
77:世界@名無史さん
12/03/16 10:59:59.19 0
>>76
ホラズムもトルコではトルコ大16帝国の1つに認定してるから
好き嫌いはともかくも入れるのは良いんじゃないの
78:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 11:23:11.39 0
>>76
別に良いと思うよ。あれはもともとトルコ系マムルークから始まった王朝だし、
カンクリなどトルコ系遊牧民に頼ってた面もあるからね。
まぁ、前近代においてこの王朝の民族はトルコ系だとはっきり断定するのは危険なんだけど、
トルコ人的要素が大いに入ってるのは事実だから、このスレで扱うのは問題ないでしょ。
79:世界@名無史さん
12/03/16 12:24:20.27 0
トルコ16大帝国ってどの国がそうなの?
80:世界@名無史さん
12/03/16 12:43:53.77 0
>>79
英語版のウィキペディアはこれ
URLリンク(en.wikipedia.org)
んでトルコの認定した大16トルコ帝国の旗がこれ
URLリンク(www.delinetciler.net)
URLリンク(www.delinetciler.net)
トルコ語で書かれてるのでこれの日本語訳すると左上から右に向かって
匈奴 南匈奴(直訳だと西匈奴だが) フン エフタル
突厥 アヴァール ハザール ウイグル
カラハン ガズナ セルジューク ホラズムシャー
キプチャクハン(ジョチウルス) ティムール ムガール オスマン
となってる
因みにアゼルバイジャンではさらに
URLリンク(az.wikipedia.org)
サファヴィーとカジャールも含めて18帝国と認定してる
81:世界@名無史さん
12/03/16 13:05:01.32 0
>>73
正確にはmo4du2、まぁ入声すら無い普通話とかまったく参考にならんけど
82:世界@名無史さん
12/03/16 13:33:30.76 0
>>76
ペルシャスレ、トルコスレ、どっちでもありだな。
83:世界@名無史さん
12/03/16 13:45:32.80 0
>>80
サンクス!
84:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 13:53:00.75 0
>>80
>因みにアゼルバイジャンではさらに
>URLリンク(az.wikipedia.org)
>サファヴィーとカジャールも含めて18帝国と認定してる
アゼルバイジャンはサファヴィー朝やカージャール朝までトルコ系国家にしたいんだよね。
まぁ、確かにサファヴィー朝のクズルバシュなんかは明らかにトルコ系と言えなくもないしね。
羽田正氏は前にサファヴィー朝のトルコ性をやたら強調するアゼルバイジャンの学者と話したらしい。
羽田正氏は「トルコ系かイラン系かというのは当時においてはそんなに重要ではないのでは?」と言ったが、
それに対してそのアゼルバイジャン人は「あなたは日本人だからそれで良いのかも知れないが、
私たちはそれでは困るんだよ」みたいなことを言ったらしい。この地域のナショナリズム問題の難しさが、
このセリフに良く表れてるね。アゼルバイジャンではそういう主張をしないと学者としてやっていけないのかな。
85:世界@名無史さん
12/03/16 13:53:13.97 0
>>80
白羊朝、黒羊朝は入らないんだ。
86:世界@名無史さん
12/03/16 14:05:19.05 0
アゼルバイジャンの遺跡は日本人にとってはマイナーそうだが、最近できたらしいこちらのサイト
(トップ→写真)
にかなり珍しい遺跡や史跡の写真がある。
URLリンク(azer.web.fc2.com)
シルヴァーンシャー国とか、トルコ系なのかイラン系なのか知らないけど、
宮殿写真とか沢山。
87:世界@名無史さん
12/03/16 14:08:59.04 0
>>83
因みにトルコ語で西匈奴の南匈奴なんだけどトルコではPanuが創設者ってなってるけど
これが中国では北匈奴の蒲奴単于だったりする
つまりこの時点で中国とトルコの歴史解釈が既に逆になってたりしてて面白い
因みに中国トルコ諸国以外ではPanuは南じゃなくて北の単于だろうって言う中国の文典に準じてる
URLリンク(upload.wikimedia.org)
これが匈奴の最大領域とトルコ語のウィキペディアで記されてて
URLリンク(tr.wikipedia.org)
東西分裂でこの時更に西匈奴でヨーロッパに向かったのがフン、中央アジアやインドに向かったのがエフタルって説明が有る
んで東側が更に南北に分裂するんだけどこの南匈奴をトルコでは西匈奴帝国と認定してる訳
URLリンク(upload.wikimedia.org)
でこれがフンの最大領域
URLリンク(upload.wikimedia.org)
こっちはエフタルの最大領域でAk Hunってのは白匈奴あるいは白フンって訳されてるけど
今のトルコ&アゼルバイジャンではエフタルじゃなくって白匈奴(フン)って名前を正式名称にしてるんだな
88:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 14:10:12.17 0
>>85
確かにその2つが入ってないのは不思議だ。
匈奴やフンよりもよほどトルコ人の要素は強いだろうに。
あまり長い期間栄えてなかったせいで地味な印象があるからなのかな。
89:世界@名無史さん
12/03/16 14:10:39.99 0
>>85
自分もそれは意外に思った
つかもっとちゃんとした根拠有るトルコ系の王朝じゃなくって
それ入れて良いの?ってレベルのが入ってたりするんだな
まぁ”大”を付けてるって部分がポイントなんだろう
白羊黒羊はトルコ系王朝と教えてはいるけど大トルコではないって解釈らしいし
90:世界@名無史さん
12/03/16 14:17:43.55 0
>>84
アゼルバイジャンの場合イラン北西部に住んでるアゼルバイジャンの存在も有るからな
イランって実際は多民族国家だけど北西部のアゼリー人ってイラン全体の人口で確か4分の1近く居たはず
少数民族とは言えそれだけの大勢力にもなるとイランとしても無視できない訳で
それでイランとしても北西部の独立を防ぐ為にも硬軟両方入り混ぜた政治的処置を幾度と無くやってるのよ
因みにイラン人とアゼリー人も仲はハッキリ言って険悪では有る
でアメリカイギリス他西欧諸国が”民主主義観点及び人権的観点”(←この言い回しポイントね)によって
イラン国内の少数民族の人権と権利を保護すべしっていう意見から
内密でイラン国内の北西部のアゼリー人に様々な交渉や権利の主張をしているんだけど
当のイラン内アゼリー人はそこまでして大きな欲求を今の所動かしてはないってのが実情
とは言え今後のイランの情勢次第でどう動くかもわからんが
でそう言うことも有ってアゼルバイジャンの国自体はトルコ以上にナショナリスト的な国史史観も強くなってる部分が有る
(おそらく1991年のソ連独立以降のテュルク系民族としての自意識を求めてる部分も有るからかもしれないが)
91:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 14:24:03.76 0
>>86
へ~、こんなサイトあるんだ。正直シルヴァーン・シャー朝なんてかなりマイナーだからね。
こういうマイナーな地域の日本語サイトがあるというのは普通に嬉しい。
>>87
なんで南が西になるんだろう?別に民族史観に照らし合わせても南匈奴で問題ない気はするし。
後、トルコに限らずエフタルを白いフンや白匈奴と呼ぶ例をたまに見かけるけどあの「白」の意味も謎だ。
>>89
白羊朝や黒羊朝も最盛期にはそれなりの勢力築いてるんだけどね。
それでも「大」ではないという認識なのかな。
92:世界@名無史さん
12/03/16 14:30:14.84 0
>>73>>81
解説THX。あー・・・これは現代普通話からトルコが引っ張ってきたのかもしれんね。
冒頓がバアトル(=勇者の意)に比定されるという説があるらしいんで、
上古音では冒(=b・・)と頓(=t・・)という発音が推定されているのかな、よー知らんけど。
93:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 14:33:17.23 0
>>90
アゼルバイジャン人は確かにイランにもかなり多く存在するからね。
ソ連からの独立によるアイデンティティ形成やイランとの関係もあって、
アゼルバイジャン人の学者はナショナリズム史観なしではやっていけないんだろうね。
この点、トルコのほうがまだマシかな。トルコではナショナリズム旺盛な歴史観への、
見直しを唱える学者も少しずつ出始めてきてるから。まだまだ少数派ではあるけど。
94:世界@名無史さん
12/03/16 14:55:58.50 0
オツガイが来ると、スレ伸びるなぁ。
ツングーススレにも遊びに来てもらいたいもんだが。
95:世界@名無史さん
12/03/16 14:58:56.08 0
>>91
トルコ語そんな詳しくないし内情分からんのであくまでも個人的観測になるが…
おそらく元々の本拠地より西側に移動していた為に西匈奴って表現したんじゃないかと
南匈奴(トルコ語やアゼルバイジャン語では西匈奴)の創設者Panu(蒲奴単于、しかしこの人は北匈奴…!)
の拠点がかつてよりも西側に移動してたからってのも有ったんじゃないだろうか
白ってのはインドでもスベータ・フーナってエフタルの異称を言ってるけどこのスベータってのが白を意味すると
それ以外のフン(この場合匈奴も含む)は赤フンあるいは赤匈奴とも言ってたとか
白が何を意味するかは詳しくは分からないんだけど
一説には中国の五行思想から来てるのではって説も有って
その場合白フンってのは西に移動した匈奴ってニュアンスも有ると言われているけど
大半の学者からはそこまで五行説に裏打ちされていたかは大いに疑問だって説の方が強い
実際五行を言うならば赤は南のはずなのに赤匈奴(赤フン)って言われた勢力がエフタルより南に下った例は皆無だし
96:世界@名無史さん
12/03/16 15:02:38.49 0
1.テュルク説があればトルコ王朝(キリッ:匈奴、エフタル、フン、アヴァール
2.元はトルコ系じゃなくても言語がトルコ化してればトルコ王朝(キリッ:キプチャクハン、ティムール
3.たとえオグズ系じゃなくてもトルコ王朝(キリッ:突厥、ウイグル、ホラズムシャー、ガズナ
日本人の感覚で言わせれば、お前らが系譜的につなげられるのはセルジュークとオスマンだけじゃね?
97:世界@名無史さん
12/03/16 15:11:00.85 0
トルコでは歴史にからんで中国はどのように見なされているんだろう。
われわれのご先祖にボコられたプギャーなやつらみたいな?
98:世界@名無史さん
12/03/16 15:57:19.90 0
>>92
冒頓のWikiの英語のところに
Several scholars have suggested that the reconstructed pronunciation of "modu" 冒頓 is /mək-twən/ and is equivalent to the Turkic title Baghatur /baɣaːtuːr/ in Mongol word
と書いてあるから、メテ・カーン=冒頓= mək-twən(メク・タン) という説があるようだ。
が、検索では、Mau-Tun Khan-yu, (Turkish: Mete Han)というのや、
哈萨克语(カザフ語):mode tangrkhutというのも出てくる。
冒だけでメテとするのと、冒頓でメテカーンとするのと、色々ある。諸説というより雑説という気もする。
99:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 16:02:26.09 0
>>94
僕はツングースに間してはあまり良く知らないからなぁ。
一応、見てみるけどROMるだけになるかも知れない。
>>95
なるほど、確かに元の匈奴の本拠地からは西に移動してるね。
それで南匈奴って言う訳か。でも、匈奴って東西に分裂したこともあるから、
西匈奴と言うとそっちの場合と紛らわしくならないんだろうかと思わなくもない。
白が何なのかは良く分からないのか。五行説だと白は確か西になるけど、
それも確実な証拠がある訳でもないのね。ていうか赤匈奴なんてあるんだ。
具体的にどこら辺の勢力のことをそう呼んでただろう?
>>96
とりあえずトルコの歴史教科書でも自分たちと特に繋がりが強いのは、
セルジューク朝とオスマン朝の2つだということは認識してるみたいだよ。
その他のトルコ人国家も自分たちの兄弟のようなものではあるけど、
自分たちが今暮らしてる地域(アナトリア)にやってきたのはその2つだけだからね。
>>97
日本や他の国と同じようにとりあえず古くから歴史のある大国だったとは思われてるかな。
どうもトルコじゃ自国に関わってないような世界史はあまり教えてないみたいだから、
特に興味がないトルコ人は中国に対しても漠然としたイメージしか持ってないと思うよ。
ただ、中国史において遊牧民がしばしば悪役っぽいイメージで描かれることについては、
反感を持ってる人もいるらしい。ディズニー映画のムーランでフン族が悪役にされてたことで、
トルコ人の一部から抗議の声が挙がったそうだしね。そういう不満はあるのかも知れない。
100:世界@名無史さん
12/03/16 16:08:43.32 0
訂正
mək-twənは恐らくkとtが殆ど聞こえないくらいで、恐らくこれで”メテ”と
発音すると思う。
101:世界@名無史さん
12/03/16 16:51:03.44 0
>>98>>100
解説THX。
冒の上古音は「m・k」で、「b・k」は唐代まででの音韻変化っぽいね。
木(呉音モク、漢音ボク)、無(呉音ム、漢音ブ)、美(呉音ミ、漢音ビ)、馬(呉音メ、漢音バ)と同じか。
で、バアトル(Baghatur)に比定というのは、遊牧民側でもマアトルから音韻変化したわけか。
102:世界@名無史さん
12/03/16 17:00:03.45 0
なるほどねー。メテと「ぼくとつ」では随分イメージが変わるなあ。
最近の日本の書籍はルビはメテと振ってあるのかな。まあ自分は殆ど機会が
無いかも知れないが、仮にトルコとかそのうち旅行することになったら、
メテで覚えとかないと、カタコトでトルコ人と会話しても誰のことか
わからなかったりする。案外メテという名前の人がトルコ人に多かったりして。
仮にトルコに旅行したとして、周囲で親が子供に”メテ!”とか呼びかけても、
知らないとそういうことも気付かないからなあ。
103:世界@名無史さん
12/03/16 17:17:43.97 0
右よりのトルコ拡大主義者はロシア、中国、イランは嫌いだよ
トゥラン主義(これ自体一枚岩じゃなくって色んな見方有るけど)でも
拡大拡張主義の連中だとこの3つをボロクソに言ってるサイト有ったりするし
104:世界@名無史さん
12/03/16 17:31:36.09 0
>>102
冒頓単于を子供の名前につけてるとしたら、DQN親しかないんじゃねーのw
ごく近代になるまでトルコ人自身は知らない人名だし、名づけメニューにないだろ普通に。
105:世界@名無史さん
12/03/16 17:39:41.95 0
>>104
トルコ共和国の教科書で先祖の英雄扱いなんでしょ?あってもおかしくないっしょ。
106:世界@名無史さん
12/03/16 18:00:52.03 0
>>105
すまん、トルコ版でぐぐったらMeteさんいたわww
URLリンク(www.miy1925.com)
Mete Kalkavan さん。サッカーの審判員をやっている模様。
DQNネームなのか(あるいは冒頓と違う由来なのか)どころか、Meteが苗字か名前なのかすらわからないw
107:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 18:01:18.54 0
>>102>>104-105
う~ん、もしかしたらあるかも知れないけどメテという名前のトルコ人はあまり聞かないなぁ。
別に祖先の英雄と言っても日本だって子供に歴史上の人物の名前を付ける例はそんなに多くないから、
根拠としては薄いと思う。現在のトルコ共和国にはトルコ人由来じゃない名前も多いしね。
>>103
確かにナショナリズムの強い右派はそれらの国を嫌ってるだろうね。
それらの国はトルコ人が多く住む地域を今でも領有してるからね。
ていうか、そもそもトルコ人が良い印象を抱いてる国っていうのは少ないらしいね。
これはトルコ人の歴史的広がりが大きいため、大抵の国とトルコは歴史的に関わってるので、
トルコとの関係において探せば粗の出るような国が多いからだそうだ。
良くトルコを親日と言う人がいるけど、あれもエルトゥールル号が云々というのもあるけど、
そもそも日本とトルコの間に歴史的に関係悪くなるようなことがあまりないからでもあるみたい。
大抵の主要国に対してトルコ人はあまり良いイメージを持ってないんだよね。
108:世界@名無史さん
12/03/16 18:03:06.89 0
偉人の名前をとってつけるのは
不遜とか子どもに色々負わせそうとか中二乙だとか考えるのって
日本人だけなんですかね?
109:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 18:04:02.98 0
>>106
あれ?やっぱりいるのか。トルコ人は多くの西洋諸国と同じように、
「名前+姓」という順番だから、その順番だとメテは普通に名前だろうね。
トルコでは全く珍しい名前と言うわけでもないのかな。
110:世界@名無史さん
12/03/16 18:10:59.11 0
こんなところで自分の名前が話題になっているなんて、
Mete Kalkavanさん、夢想だにしてないだろうな。
111:世界@名無史さん
12/03/16 18:29:20.04 0
おいおいオツガイ、トルコでメテって名前はかなりありふれてるぞ
グーグル で トルコ メテ で検索するだけでもうじゃうじゃ出てくるし
むしろトルコじゃ有り触れた名前の一つだぜ
URLリンク(shop.plaza.rakuten.co.jp)
URLリンク(wind.ap.teacup.com)
こんなのはほんの一例
112:世界@名無史さん
12/03/16 18:38:50.33 0
そもそも特にトルクメニスタン辺りで超有名なオグズ=ハーン伝説のモデルが冒頓単于だし
オグズ=テュルク自身がオグズの元ネタの冒頓を自身の祖先と見なしてる訳で
トルコに限らずテュルク系の地域の人間が他が何と言おうと冒頓単于を祖先の英雄と見なすのは全くおかしくない
113:世界@名無史さん
12/03/16 18:51:40.71 0
URLリンク(temple.iza.ne.jp)
大体こんな感じらしいと
あとトルコ人とウイグル人は有る程度言語の意思の疎通が可能だと
114:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 18:52:56.95 0
>>111
あれ、そうなの?僕が単にあまり聞かなかっただけで普通にありふれた名前ではあるのかな。
>>112
なるほど、そういう見方もできるか。
オグズ族の伝説はトルコでもわりと有名だし。
115:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 19:11:47.56 0
>>113
リンク先読んだけど、トルコが支援してるだけで中国は全ムスリムを敵に回してるとか
言い過ぎだなぁと感じる部分が目立つね。トルコ共和国や中央アジア諸国がウイグルに、
わりと同情的な感情を抱いてるのは確かだけど、他のイスラーム圏ではそこまででもないからね。
冒頓単于の英雄化については大体そんな感じで合ってるだろうけど他の部分で違和感の多い文章だなぁ。
東トルキスタンだって最初からトルコ人が住んでた地域ではなく後からトルコ化した地域なんだから、
トルコ人も自分たちの兄弟が住む地域とは考えてても自分たちの故郷とは考えてないだろうし、
パレスチナ問題が勃発から二千数百年経ってるという認識も明らかにおかしい。
探せば色々と突っ込みどころの多いの文章だと思う。
116:世界@名無史さん
12/03/16 19:26:16.29 0
Turkish Names でぐぐって名前サイトみたら、Mete君も由来つきで出てくるのもあるね。
URLリンク(forum.kusadasi.biz)
Mete - Founder of Great Hun Empire (204 B.C-216 A.D)
ほかにもファウンダー系の名前は少なからずある。
Alptekin - Founder of Gazneli Empire
Aybars - Founder of European Hun Empire
Batur - Founder of Golden Horde State
Bayar - Founder of Avar Empire
Bumin - Founder of Gokturk Empire
Bu?ra - Founder of State of Karahan
Osman - The founder of Ottoman Empire
Timur - Founder of Empire of Timur Khan (1369 - 1501 A.D)
とはいえ、より数を絞ったものでは出てこない名前なので、たかしレベルのよくある名前ではなかろう。
117:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 20:34:56.77 0
>>116
なるほど。良くある名前というほどでもないけど、なくはない名前ということか。
オスマン辺りなら今でもトルコ共和国には普通に良くいるからね。
まぁ、オスマンはオスマン帝国以前から良くある名前だしトルコ由来でもないんだけど。
118:世界@名無史さん
12/03/16 22:01:47.12 0
>>75 まあ日韓ワールドカップで3位になった時に調子こいて「土流」を捏造してでもゴリ押ししてやれとしてこなかっただけ良しとしなければ。
個人的にはトルコ料理や音楽は結構好きだけど
119:世界@名無史さん
12/03/16 22:58:25.23 0
> Aybars - Founder of European Hun Empire
これ、誰のことだ?アッティラのとこのフン族の創始者の話だよな?
120:世界@名無史さん
12/03/16 23:01:59.49 0
>>99
北京に首都が戻ってきてからの中国では、
映画やテレビドラマでは遊牧民は悪者には描かれない。
王昭君でも、夫が死んでからも漢に帰らずこのま北に残るとキッパリ言う。
成吉思汗や吐蕃の松賛干布王のドラマも作られている。
《資治通鑑》みたいなのを大切にして、北伐だ!というのは
蒋介石が台湾に逃げたのをきっかけに転換したみたいだ。
121:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/16 23:32:02.56 0
>>120
へ~、そうなんだ。むしろ遊牧民を悪者に描くのは中国以外の国においてなのかな。
僕が例に挙げたムーランだってディズニー映画だし。中国は国内に遊牧民も結構いるから、
彼らへの配慮なのかも知れない。トルコ人は中国そのものに反感を持ってるというよりは、
多くの国で中国史が述べられる時、遊牧民が悪役っぽく描かれがちなことに不満なんだろうね。
122:世界@名無史さん
12/03/16 23:37:40.14 0
>>113のリンク先は嫌中臭がプンプンするなあ。
そもそも冒頓単于をトルコの祖先とする時点で、東トルキスタンとは
位置がずれてる。匈奴だろうが、突厥だろうが、トルコ人が祖先と考える
遊牧帝国は天山の北側の北アジアが中心だし。
東トルキスタンが「トルキスタン」になったのは9~10世紀以降なので、
トルコ共和国のトルコ人がセルジューク~オスマンを直接の祖先と考える
なら、トルキスタンを「祖先の地」と考えるのは無理がありすぎ。
中国へ行ったらいろいろな地域にムスリムはいる。
清真食堂やモスクがあるし、日本人が思うよりも身近な存在だったりする。
そもそも中華人民共和国は表向き「少数民族の尊重」をしていることになっている。
だから王昭君も文成公主も民族融和のシンボルとして解釈されることになった。
123:世界@名無史さん
12/03/16 23:43:03.54 0
>>101-102
「バアトル」は後代のテュルク語では、「バハードゥル」となっている。
「英雄」「力持ち」を意味するロシア語「ボガトゥィリ」(богатырь)は
「バアトル」に由来する。
124:世界@名無史さん
12/03/16 23:51:23.98 0
>>121
でも、香港のカンフー映画は華北から遠く離れているので
少林寺を解体化した北方民族は悪者扱いの描写。
わざわざ、北宋の時代の少林拳と燕雲十六州の金軍との対決をテーマにとりあげること多々。
125:世界@名無史さん
12/03/16 23:53:58.28 0
モンゴル系とトルコ系の関係がわからない
近いのか、全然違うのか
126:世界@名無史さん
12/03/16 23:55:15.13 0
全然違うだろ。
モンゴルとツングースなら近いけど。
127:世界@名無史さん
12/03/17 00:02:06.60 0
>>125-126
モンゴルが本格的にチベット仏教圏となる16世紀以前であれば、
モンゴルとトルコの違いはあまり無いと思うが。
128:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 00:14:18.05 0
>>124
香港の場合はイギリス領だったことも影響してるのかな。
ともかく、そういう遊牧民を悪役にするような歴史観に反感を抱くトルコ人は結構いるね。
トルコ人の歴史観はそれへの反発によって成り立ってる部分もあるのかも知れない。
>>125
とりあえず現在のトルコ語とモンゴル語は意思疎通が可能なほどではないけど、
多少は似てる部分もあるらしい。めちゃくちゃ近いというほどでもないそうだけどね。
歴史的にはどちらも遡ればモンゴル高原辺りで勃興した遊牧民族な訳で、
そういう意味では近いと言えなくもないけど、民族意識として区別がなくもなかった。
>>127
例えば、ティムール帝国ではモンゴル色とトルコ色のどちらが強かったかなんていうのは、
今でも意見の分かれるところだからね。そういう意味では確かに境目は曖昧かも知れない。
129:世界@名無史さん
12/03/17 00:42:25.80 0
冒頓も檀石槐もチンギスも、支配地域を東部(左翼)・中部・西部(右翼)に三分した。
モンゴル高原の東部から満洲西部にかけてが、本来のモンゴル諸語話者の居住地域。
東胡、烏桓、鮮卑、契丹、室韋、モンゴルの系列。
モンゴル高原中部以西は匈奴~テュルク・オグズ・ウイグル系で、モンゴル部族はあとから入って来た。
匈奴以前は西部に月氏(トカラ系)や塞(サカ=ソグド=スキタイ)もいたが、徐々にテュルク化していった。
130:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 00:59:17.27 0
>>129
確かにモンゴル高原の西側か東側かという違いはあるね。
大本の部分ではモンゴルとトルコって大分違うんだけど、
モンゴル帝国の時に両者の区分が曖昧になってしまったという感じかな。
131:世界@名無史さん
12/03/17 03:47:57.01 0
>>124 それで思い出したけど、宋で対北強硬派だった岳飛についても、創作物は香港や台湾の方が多いのかな
132:世界@名無史さん
12/03/17 06:07:51.10 0
>>131 南中国は、岳飛よりも項羽のほうが人気あるよ
ともかく、一度は天下をとって、史記でも本紀が立てられているし。
133:世界@名無史さん
12/03/17 09:51:32.46 i
上の方に渡来人の話あったけど
渡来人関連の遺跡には突厥風の亀石とかが多いよ
まぁ五胡十六国時代にきたから、なかにはそういう集団混じっていても
不思議じゃないが
134:世界@名無史さん
12/03/17 10:26:34.39 0
>>100
Mark Twain
135:世界@名無史さん
12/03/17 10:27:36.05 0
>>130
えー。
ジンギスカンの前から結構曖昧だよー
136:世界@名無史さん
12/03/17 10:51:16.38 0
>>130
蒙古系ダフール族は、4~8世紀頃から大興安嶺付近に住んでいて
鮮卑慕容部の末裔あるいは契丹人の末裔だといわれている。
普六茹氏、大野氏の起源といわれる拓跋部も、この慕容部と近縁らしい。
ダフールがツングースの影響も強くうけているから、スパッと慕容部は蒙古系と断言できないのが悩みどころ。
ツングース系は、アムール川付近には、もともといなくて
イェニセイ川やレナ川あたりから南下してきたのかよくわからない。
粛慎がツングース系っぽいから、前漢の時代からアムール川南岸にいたとする意見が有力。
137:世界@名無史さん
12/03/17 11:42:39.65 0
「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」
「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」
【殺された石井こうきの発言から】
オウム、北朝鮮、麻原サブリミナル、左翼政権誕生→阪神大震災、サリン
韓流信奉、韓国、韓流サブリミナル、(反日)左翼政権誕生→東日本大震災、原発事故
似ているね
てかそのものか。 そうか、統一教会、朝鮮総連、民団→民主党
138:世界@名無史さん
12/03/17 12:02:17.01 0
>>136
何を以て蒙古系・ツングース系と言うのやら。
血統か?
言語か?
帰属意識か?
139:世界@名無史さん
12/03/17 12:03:42.98 0
安禄山はソグド人と突厥貴族の混血
後唐・後晋・後漢・北漢は突厥沙陀部が中核の王朝
後周の郭威・柴栄、宋の趙匡胤も胡人の多い河北省の出身で、漢人と言っていいか微妙
140:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 12:05:50.64 0
>>135
曖昧というか、そもそもモンゴルという言い方はあくまで一部族の名前に過ぎなかったからね。
モンゴル帝国以前のいくつかの遊牧民がモンゴル系とか言われてるのは言語や文化的に、
似てるから後世にそう言われただけ。トルコ人のほうは一応「トルコ」という呼称を広く使ってたけど、
モンゴルという名称はあくまで一部族の名前に過ぎず、広く使われることはなかったからね。
モンゴルの源流は一般的に室韋だと考えられてるけど彼らは一応トルコ系とは別とされてた。
だから、モンゴル帝国以前のトルコ系とモンゴル系の区別はまだはっきりしてたほうだと思う。
そういう意味で両者の境目が曖昧になったのはモンゴル帝国以降だと思うんだよね。
モンゴル帝国によって「モンゴル」という呼称がただの一部族のものだけではなくなり、
それまでトルコ人と言われてた遊牧民までも支配下におさめるようになった訳だからね。
チャガタイ・ハン国やジョチ・ウルスなどではモンゴル人とトルコ人の区別が曖昧になってしまった。
>>136
つまり、ツングース系とモンゴル系はかなり区別しにくいということかな。
個人的にはモンゴル系とツングース系のほうがトルコ系とモンゴル系より近いように思える。
まぁ、正直ツングース系については詳しくないので断言はできないけど。
141:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 12:11:36.17 0
>>138
モンゴルなんていう呼称が広く使われるようになったのはもっと後だから、
帰属意識に関しては当時はまだなかったでしょ。だから文化や言語などで、
モンゴル系と認定したんだと思う。後は血統というか部族の系譜も関係してるかな。
一方で、トルコという名称は突厥の時代にはすでに使われてたから一応当時から、
すでに遊牧民の間で帰属意識があったとは言える。その点がモンゴルと違うね。
まぁ、帰属意識と言っても近代以降のそれとはだいぶ違うだろうけど。
142:世界@名無史さん
12/03/17 12:15:32.45 0
ツングース系といっても
トナカイ飼いの北部、豚飼い畑作の西部、河川漁労の東部と
文化が違うので、言語でのグループわけなんだろうね。
とはいえ語彙の共通性だけで、文法は差異が大きい。
143:世界@名無史さん
12/03/17 12:15:54.73 0
どうしてモンゴルはガチモンゴル人種なんだが、チュルク系はコーカソイド要素があるわけ?
144:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 12:42:20.53 0
>>143
混血してるからでしょ。トルコ共和国のトルコ人なんてどう見てもコーカソイドだし、
中央アジアのほうもコーカソイドっぽい要素は強い。これらの地域は最初から、
トルコ化してた訳ではなく、以前はギリシャ系やイラン系の定住民がいたからね。
アナトリアや中央アジアには今でもそういう人たちが結構多いしね。
モンゴル人はモンゴル帝国の時代にコーカソイドの多い地域にも進出したけど、
そういう地域の遊牧民はトルコ化しちゃった例が多いからね。
そしてコーカソイドの多い地域に来たトルコ人たちは当然現地の人と混ざる。
結局モンゴル人はモンゴル高原付近に多くなるからモンゴロイドが多いんだろうね。
145:世界@名無史さん
12/03/17 13:18:28.41 0
>>140
だから、
どういう点で、
室韋が、モンゴル系であり、トルコ系でない
と判断しているの?
その基準とか理由の部分は何よ?
146:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 13:24:03.13 0
>>145
いや、だから言語や文化的に似てるかどうかや部族の系譜で判断してると言ったじゃん。
この時代は「モンゴル」という認識はまだなかったから帰属意識は関係ないだろうけど。
147:世界@名無史さん
12/03/17 13:40:39.43 0
>>146
部族の系譜 って何よ
言語はともかく、文化的に・・・・って何なん?
148:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 13:49:51.24 0
>>147
室韋の中に蒙瓦部という部族があって、これが室韋から分かれて、
そのままモンゴルになったからね。部族の系譜ってのはそのことを言った。
文化的というのは社会の慣習とか組織構成の特徴とかそういうのだと思うけど、
僕も具体的にどこがどう似てるかまでは良く知らない。ごめん。
まぁ、でもここはトルコスレだからこれ以上モンゴルの話するのはスレチかな。
149:世界@名無史さん
12/03/17 14:38:16.29 0
>>145
横レスだが
現代のハルハ・モンゴルは、祖先が室韋だとしているから。元朝の史書が根拠でしかないが。
また蒙古系文化は、うんと古い時代から牛と馬を使った遊牧ではなかったことがわかっている。
突厥系のほうが歴史が長い。
モンゴルは、牛がどう動かすかの技能を、突厥から移入しており
室韋はその技能は持っていなかったので、統制とって動かせなかったという記録がある。
具体的には、移動中は成獣の雄と雌を群としてわけて管理するというものだ。
150:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 16:02:05.01 0
>>149
へ~、モンゴルだと牛や馬を使う遊牧の歴史はそんなに長くないんだ。
ここら辺がツングース系との区別をつきにくくさせてる要因でもあるのかな。
突厥はトルコ系の国だし、イスラーム圏でもトルコ人マムルークが軍事的に、
重用されてたことを考えると、トルコ人のほうが馬の扱いの歴史は長いのかも知れない。
151:世界@名無史さん
12/03/17 16:20:24.38 0
東部アジアの遊牧は小尾寒羊からスタート。
山海経の時代の牧民は、馬を使っているとは限らない。
徒歩なので殷の都市住民に簡単に捕まって、生贄として首チョンパされていた。
牧羊犬を使う場合が、古い時代に一部にはあったが、
現代で犬を使う目的は、対野獣の番犬としてだけ。
牧羊犬として使う場合はとても少ない。
人が馬やバイクに乗って囲い込む方法を使うため、牧羊犬は要らない。
152:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 16:27:15.54 0
>>151
なるほど、昔から馬を使ってた訳でもないんだね。遊牧民の歴史を辿ると、
中央ユーラシア西部のほうが馬を使ってた歴史は長いみたいだからね。
153:世界@名無史さん
12/03/17 16:35:40.33 0
>>143-144
「テュルクは元々モンゴロイド → 西進してコーカソイドと混血」 と一概には言い難しいと思う。
テュルクは初めから混血(配合具合は不明だが)であることの蓋然性が、それなりにある。
原初テュルクをどこに設定するかは難しいが、とりあえず丁零(BC3C、丁令とも)とすると、
その原住地はカザフスタン東端部~バイカル湖南方の一帯となる。ここの歴史的経緯は・・・
BC35C-BC25C アファナシェヴォ文化(コーカソイド主導)
BC25C-BC15C オクネフ文化(モンゴロイド主導)
BC15C-BC12C フョードロヴォ文化(コーカソイド主導。アンドロノヴォ文化複合の一翼。)
BC15C-BC08C カラスク文化(コーカソイド・モンゴロイドの複合)
BC08C-BC02C ダカール文化(コーカソイド主導。丁零に比定可能かは不詳。)
BC01C-AD05C タシュティク文化(コーカソイド・モンゴロイドの混血。 エニセイキルギスに。)
という流れなので、テュルクは丁零の時点で混血していたとするほうが自然だろう。
もっとも匈奴~鮮卑~柔然という帝国服属下の時代に、モンゴロイド寄りに再混血が進んだかもしれない。
154:世界@名無史さん
12/03/17 16:43:53.58 0
馬は、ウシ亜科・ヤギ亜科・トナカイ属などに比べて
毛織物や搾乳での経済的価値が低いので
裕福になってこないと殖やせない代物なのだ。
匈奴のように、乗り物として馬を大量に動員できれば機動力は高まる。
室韋はそれほど裕福ではなかったので機動力は低め。
牛は家族経営だとそんなに多く飼えないかったので、宗族単位の大家族で
行動するなど社会構造が対応してないと多く増やせられない。
去勢してない牛が、他の牛を追い回す形で制御するように
勢子(せこ)が何人もでかい雄牛に群がって力でねじ伏せるとかすればいいので
大家族の社会だと何でもないことが、家族経営だと難しかったりする。
155:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/17 16:59:19.03 0
>>153
なるほど、そもそも最初からトルコ人はコーカソイドだった可能性もあるのか。
そこら辺になると考古学的要素が強いんで僕は良く分からないんだよね。
元々、コーカソイドと混血してた可能性が高いうえ、コーカソイドの多い地域に、
移動したものだから、コーカソイド的な要素がかなり強くなったということなのかな。
>>154
詳しい説明ありがとう。馬はある程度裕福じゃないと飼育が困難だったのか。
匈奴や突厥みたいにそれなりに強大な勢力を築いた遊牧帝国は、
それだけ裕福だったということでもあるから、馬の扱いにも長けてたんだろうね。
156:世界@名無史さん
12/03/17 17:19:02.22 0
>>153
パジリク古墳に描かれてたオッサンは確かに中東風だしな
157:世界@名無史さん
12/03/17 18:25:15.22 0
タシュティク文化の墳墓から出土した顔像群の写真。
URLリンク(trog.narod.ru)
混血具合が、なかなか微妙な按配で・・・。現代だとやっぱ新疆自治区らへんの人が近いかなぁ。
158:世界@名無史さん
12/03/17 20:37:40.96 0
>>157
白鵬さんっぽい!
159:世界@名無史さん
12/03/17 23:13:50.38 0
>>123
ギュルメ・ナムギャル(GyumeyNamgye) 珠爾默特 那木札勒が
1750年ダライ・バートルの乱で、バートル(冒頓)というエイリアス(alias)≒別名で登場する。
これにつらなるグシハーン朝は、オイラト蒙古系。
蒙古にもバートル(英雄)というチュルク風の名前がある。
チベット風だと、サンスクリットのヴァルジェ→ラサチベットのドルジェ 多傑。
モンゴルも内蒙古も、いろんな語源から人名がついている。
160:世界@名無史さん
12/03/17 23:46:00.36 0
やらせA 就活中
(p)URLリンク(livedoor.blogimg.jp)
やらせB 就職後
(p)URLリンク(livedoor.blogimg.jp)
世論調査もこんな感じで捏造してます
東京にある6つのキー局の内、製作から財務まで一貫して朝鮮人が行ってるテレビ局が1つ
中国共産党から毎年大量の反日工作費が流れているテレビ局が2つ
もろに北朝鮮と繋がっているテレビ局が1つ
年寄はまだまだテレビという外国人に騙され続ける
オレオレ詐欺なんて年寄がどれだけ騙されやすいかという社会実験でしかない
馬鹿はいつまでも騙される
161:世界@名無史さん
12/03/17 23:53:18.87 0
キョル・テギン像なんか、かなりモンゴロイドっぽいんだけど。
162:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/18 09:04:56.71 0
>>159
モンゴルでバートルという単語が使われてる例だと首都のウランバートルなんかもそうだね。
あれって「赤い英雄」とかいう意味で、社会主義政権の時についた名前らしい。
>>161
突厥は柔然などの支配下にあった訳だから元々はモンゴロイド要素が多いのかも知れないね。
最盛期の突厥の領土はかなり東西に広がってるからコーカソイドもモンゴロイドも、
国内に多く抱えてたんだと思う。支配層はモンゴロイド寄りだったかも知れないけど、
西のほうに行った勢力なんかはコーカソイドとの混血も徐々に増えたんだろうね。
163:世界@名無史さん
12/03/18 11:59:05.25 0
>>159
サンスクリットで「金剛」は
ヴァルジェ じゃなくて
ヴァジュラ だよ。
ドルジェはそのチベット語訳。
で、チベット仏教圏のモンゴルには、
サンスクリットの「ヴァジュラ」も
チベット語の「ドルジェ」も
単語として両方取り入れられてる。
モンゴル語の中で転訛していって、
ヴァジュラは「オチル」、
ドルジェは「ドルジ」になった。
朝青龍の本名の一部分にも「ドルジ」が入ってるね。
164:世界@名無史さん
12/03/18 14:01:08.04 0
>>161
キョル・テギンは東突厥の末期のカァン弟だもんで、もとより基盤が東方部族に偏りがちなうえ、
唐に降ってから100年経ってるしねぇ。モンゴロイド寄りに混血が進んでいた可能性は十分あるね。
兄ビルゲ・カガンが仏教振興しようぜとか言ったくらいだから、唐中期の仏像の影響もあるんじゃないかな。
165:世界@名無史さん
12/03/18 17:12:26.37 0
>>154
牧場のカトリは嘘だったのか。
10歳くらいのガキんちょ1人で牛100くらい連れて放牧に出てたが。
166:世界@名無史さん
12/03/18 19:01:53.08 0
ここのスレの人なら既にしっているかも知れないけど、情報。
この「中央ユーラシア・テュルクの叙事詩」という坂井弘紀さんとい
研究者のサイト、相当充実しているね。これだけの情報をネットで無料で
公開するなんて嬉しい限り。
URLリンク(homepage2.nifty.com)
167:世界@名無史さん
12/03/18 23:48:30.73 0
>>162
柔然はモンゴル系で、アヴァールはその後裔と言うのは本当なの?
168:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/19 22:40:15.26 0
>>166
>ここのスレの人なら既にしっているかも知れないけど
いや、恥ずかしながら知らなかったです。中央ユーラシアの文化史を、
知ることができるかなり貴重なサイトだ。こんな良いサイトがあったのか。
>>167
柔然は僕もそこまで詳しくは知らないんだけど、彼らの特徴は突厥との敵対関係で、
推測されることが多いように思われる。言語的にはモンゴル系かどうかはっきりしないけど、
柔然を倒した突厥がトルコ系国家だったことから、その対比でモンゴル系と考えられてるらしい。
柔然は東胡の子孫とも言われてて、東胡はツングース系かモンゴル系かがはっきりしてないので、
柔然もはっきりしない感じ。上でも言われてるようにツングース系かモンゴル系かの区別は、
難しいみたいだからね。柔然=アヴァール説は、両者とも突厥に敗れたことが根拠になってて、
それを元にこの説を支持する多くの学者が両者の共通点を洗い出してる。
言語や指導者の名前などの一致性を結構多く挙げていて、匈奴=フン説っぽくなってる。
169:世界@名無史さん
12/03/19 23:47:14.95 0
そのそのアヴァールも現在トルコでは大トルコ16帝国の一つになってたりするからまた分からないもんだったり
170:世界@名無史さん
12/03/19 23:57:18.86 0
>168 モンゴル系でも同系同士でも争っていたのに
おかしな論理だね
171:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 00:04:45.34 0
>>169
まぁ、トルコ共和国は匈奴などもそれに入れてるからね。
トルコ系の可能性のある大きな帝国は何でも入れてるんだろう。
>>170
単に突厥と敵対したからという訳じゃなく、柔然を倒して新たな勢力となった彼らが、
突厥(≒トルコ)の名を名乗ったから、柔然はトルコ系じゃないと言われてるみたい。
それまでトルコと名乗ってなかった勢力を倒した国家がトルコ系国家を名乗り始めたことから、
柔然はトルコ系じゃなかった可能性が高いという論理らしい。で、トルコ系じゃない遊牧民なら、
おそらくモンゴル系だろうということらしい。まぁ、ツングース系の可能性はないのかと思わなくもないけど。
172:世界@名無史さん
12/03/20 03:05:01.57 0
>>1
おまえ、中南米専門のコテだと自称していたはずでは?
173:世界@名無史さん
12/03/20 03:18:29.39 0
いちおう、魏書(北魏正史)に柔然は東胡の末裔と書いてるね、どこまであてにできるかは別にして。
ただ、北魏自身が鮮卑系で、鮮卑は烏桓と並んで東胡の正系。彼らが近縁だと認識したことは参考にできそう。
いっぽうで魏書には、庫莫奚、契丹、室韋(モンゴル出身母体)、豆莫婁は同言語とも書いてある。
庫莫奚と契丹が鮮卑宇文部の後裔であることは認識されていたので、この4つは鮮卑系の近縁種とみなされたはず。
つまり、そこに入ってこない柔然は、これら4つほどには自分たちと近縁でないと見なされていたのかもしれない。
室韋はモンゴル源流であり、また契丹も契丹文字の解読からモンゴル語族と判明してるので、鮮卑はモンゴル系。
問題は東胡で、モンゴル系説とツングース系説があるけど、たぶん構成員にはどちらも入っていただろうから、
柔然をどっちだとは決めがたい。いずれにせよ、東胡をトルコ系とする見方は少なくて、そこは匈奴とは異なる。
174:世界@名無史さん
12/03/20 06:46:26.00 0
鮮卑は、史書に最初に出てくる大興安嶺の慕容部が
(ツングース系かもしれない可能性のある)モンゴル系。
それに合流する拓跋部もモンゴル系。
しかし、宇文部は匈奴を前身としていてチュルク系の可能性あり。
禿髪部は容貌がモンゴロイドだが、チベット系の可能性もあり。
175:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 08:54:43.76 0
>>172
スレ立て依頼スレで依頼されてたのを水が立ててあげただけでしょ。
別にそんな不思議なことでもない。
>>173-174
柔然は東胡の末裔と言われてるうえ、突厥との対立関係もあることから、
トルコ系とは言われないんだろうね。トルコ共和国も柔然に関しては、
自民族の国家に入れてないし。東胡及び鮮卑との関係性から考えても柔然は、
モンゴル系かツングース系のどちらかと考えるのが妥当なところなのかな。
まぁ、鮮卑の中にはトルコ系の可能性のある部族もいたそうだけど。
176:世界@名無史さん
12/03/20 09:50:26.41 0
>>175
ところがトルコ語のウィキペディアでは柔然を時にトルコ系に入れて語ってる場合も有る
それだけじゃなかくって鮮卑もたまにトルコ系に入れてる場合も有った
鮮卑系の国家の北魏をトルコ語ではタブガチュって称してるけど
これは支配層の拓跋から来てる由来の名前で
トプカプ宮殿はタブガチュ(拓跋)の名前が由来だと主張してる
また鮮卑がカガンを称してた事をも指摘してトルコ系と主張してる学者もいたりする
この辺が東アジアの歴史家と向こうの学者とで国史史観的な対立も有る訳なのよ
177:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 10:02:04.90 0
>>176
へ~、柔然や鮮卑までトルコ系と認定する人がいるんだ。
中央ユーラシア史におけるトルコ系かモンゴル系かの議論って、
ちょっとしたナショナリズム対立みたいなところもあるからね。
トルコ共和国でも右寄りな人はそう主張したいんだろうね。
それにしても、トプカプ宮殿の由来って「大砲の門」説がメジャーだと思うんだけど、
鮮卑の拓跋部が由来だなんていうユニークな説もあるのね。知らなかった。
178:世界@名無史さん
12/03/20 10:23:49.38 0
トルコ人認定歴史に関しては1つとしてここが分かりやすい
URLリンク(tr.wikipedia.org)
因みに えぇ?何それ って思うようなのまで認定してるのも有る
179:世界@名無史さん
12/03/20 10:27:20.02 0
ちなみに>>178のリンク先だけど青い色で塗ってるのがトルコ人国家&部族と認定してる存在
青にも濃い薄いは有るみたいだけど薄いのにはトルコ人要素が有ると思ってる存在だと思う
180:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 10:45:38.75 0
>>178-179
ありがとう。トルコ人の歴史認識が良くうかがえるね。
トルコ的要素があるところはとりあえずトルコ系国家としてる訳だ。
181:>>167
12/03/20 11:21:42.09 0
>>168
ありがとうございます。他のみなさまも、ありがとうございます。
182:世界@名無史さん
12/03/20 12:57:05.20 0
>>166
この人読ませたくないのか
汚いページだ。
183:世界@名無史さん
12/03/20 14:54:52.78 0
カザフ、ウズベク、キルギス、タジク、トルクメン
スレリンク(world板)l50
184:世界@名無史さん
12/03/20 15:01:18.56 0
>>182
読みにくければメモ帳にコピペして読めよ。
無料でこれだけの情報を公開してくれていること喜ぶことはおろか、
ケチつけるなんて、「豊かな時代に育ってなんても与えられて当然」という
思考を感じるな。もう少し自分でなんとかする姿勢を持ちなよ。
185:世界@名無史さん
12/03/20 15:06:41.38 0
>>178-179
ここの推移マップはトルコ的観点がみれて面白いね。
丁零(Tingling)が初めは烏桓(Vu-Huen)と同じちょっと自信なさげな色で、次の1世紀図ではっきりした青に、
というのは祖テュルクたる匈奴(Hunlar)の影響を受けてテュルク化したという認識なんだろうね。
(それとは別に、烏桓(Vu-Huen)と鮮卑(XianBey)のテュルク化経緯に微妙な差異をつけてる理由がよくわからない。)
あと、堅昆エニセイ・キルギス(YeniseyKirgiz)がわりと長いこと半テュルクで放置されてるのも面白い。
まぁ、これについてはそもそも位置がバイカル湖の東というところからして、認識がいいかげんなだけかもしれないけど。
いずれにしても、彼らがタガール文化系(丁零・堅昆)よりもオルドス青銅器文化系(匈奴)に重きを置いているのが分かる。
186:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 15:45:28.79 0
>>185
普通は匈奴よりも丁零や堅昆のほうがトルコ系の可能性が高いと思われてるのに、
トルコ共和国ではトルコ系かどうか怪しい匈奴のほうに重点を置いてるんだね。
匈奴のほうが勢力も大きかったからそっちのほうを自分たちの主要な祖先と思いたいのかな。
トルコ共和国のちょっとした大国主義の表れと言えるかも知れない。
187:世界@名無史さん
12/03/20 15:59:38.75 0
匈奴は何語を話していたか?
URLリンク(homepage3.nifty.com)
史書に現れる匈奴語は古代テュルク語に近いらしい。
188:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 16:12:35.77 0
>>187
このサイト面白いね。トルコ共和国の人たちもここら辺を根拠に匈奴をトルコ系の国と、
認定してるのかな。匈奴も支配層の言語に関してはトルコ語に近いのね。
189:世界@名無史さん
12/03/20 16:26:04.90 0
>>184
それ以前の問題だろ。
指定なしの白地に黒文字よりも手をかけてわざわざ読みにくくしているようなバカが
まっとうな筋道立てて考えて文章書けるのかよ?
190:世界@名無史さん
12/03/20 16:34:45.69 0
論説の内容にケチをつけるのではなく、
単に見た目についてバカだの文句を言うしかできないような奴が何をいっても説得力なし。
191:世界@名無史さん
12/03/20 17:18:55.44 0
>>187
これは確かに面白い。といっても自分が理解できるようになるには
大分時間がかかりそうだが。。。
>>178
これは力作だ。第二次ブルガリア王国はクマン人の協力で建国されたもので、
皇帝家はクマン人の血筋だけど、トルコ国家と認定してないんだな。果てしなく
強引かと思って見ていたら、案外抑制が効いている部分も見られるので、
じっくり見入ってしまった。
192:世界@名無史さん
12/03/20 17:25:23.96 0
合理的な思考がみについてないから、わざわざ可視性悪くしてるんだろ。
頭の中が合理的でないヤツの推論なんか読むに値しないだろ。
自分で見直しもしないからあのままで、そういうことを併記でやるのは、結論まずありきで、他者からの突っ込みも受け付けない人種だ。
193:世界@名無史さん
12/03/20 17:32:15.41 0
>>191
実際にブルガリアらあたりを取り合って戦争して痛い目に遭ってるし、そのすぐ近所のマケドニアは
名称巡ってギリシャと一触即発の状態にまでなってたし、反対側の近所のイラクは結構な軍事力
持っていたのにメチャクチャに負けてるし・・・・・・・
キプロスくらいのものでも思い通りにならんものが、いまヤる気満々で戦争上等という気持ちには
ならんよなあ。
194:世界@名無史さん
12/03/20 17:42:09.74 0
色盲の人には見えないページってあるんだよね (^ ^)
195:世界@名無史さん
12/03/20 17:45:38.64 0
>>187-188
恣意性が相応に入っているとはいえ、なかなか面白い分析だね。
匈奴のオルドス青銅器文化って、伝播経路としては
カラスク文化 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
スキタイ文化 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
タガール文化 ̄ ̄ ̄ ̄\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 丁零  ̄ ̄
オルドス青銅器文化 ̄ ̄ ̄ ̄匈奴  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
最古形のハラジ方言やチュワシュ方言ではなく、むしろウィグル方言のほうが匈奴語に近いというのも。
スキタイ系青銅器文化の伝播って、タガール文化帯
テュルク性って、結局言語に求めるほかないから
196:世界@名無史さん
12/03/20 17:46:19.77 0
>>195
すみません、間違って送信ボタン押してしまいました。
197:世界@名無史さん
12/03/20 18:05:16.81 0
再カキコ。
>>187-188
恣意性が相応に入っているとはいえ、なかなか面白い分析だね。
匈奴のオルドス青銅器文化って、伝播経路としては
カラスク文化 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
スキタイ文化 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
タガール文化 ̄ ̄ ̄ ̄\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 丁零  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/ ̄ ̄ ̄
オルドス青銅器文化 ̄ ̄ ̄ ̄ 匈奴  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
という流れだろうから、匈奴にテュルク的要素が大きいのに不自然さはない。
ただ、オルドスだと他種(月氏・羌族など)との混淆もあったと思うけど、トルコ語話者が優越したのかどうか。
最後の、最古形のハラジ方言やチュワシュ方言ではなくむしろウィグル方言のほうが匈奴語に近いというのも面白い。
198:世界@名無史さん
12/03/20 18:07:00.77 0
>>192,>>194
だったら、HPにメルアド書いてあるから、提案すれば?
そうした行動もとらないで、自分本位の理屈で決め付ける。余ったれてる。
199:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 19:28:21.82 0
>>197
確かに、オルドス青銅器文化はタガール文化から影響を受けてるからね。
トルコ系の祖と考えられてる丁零はタガール文化の栄えた辺りで、
発生した勢力だから、匈奴がトルコ語と近いのもそのためかも知れない。
ウイグル方言に近いのはイラン系などとの繋がりもあったということを表してるのかな。
200:世界@名無史さん
12/03/20 19:35:23.28 0
>199 現代のウイグル語各方言はソグドの痕跡の可能性がある。特に西南のほう。
ここでいうウイグルは高昌回鶻のことじゃないかな?
201:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 20:02:23.11 0
>>200
現代ウイグル語と古代ウイグル語はわりと違うらしいからね。
ここで言ってるのは後者のほうになるのかな。
ただ、天山ウイグル王国もソグド人の影響が強かったらしいし、
ウイグル文字もソグド文字から発生したみたいだから、
イラン系の影響も少しはあったように思われる。
まぁ、当時のウイグル語は知らないので推測に過ぎないけど。
それらに言語が近いという匈奴もイラン系との繋がりが強かった気がする。
202:世界@名無史さん
12/03/20 20:06:58.50 0
>現代ウイグル語と古代ウイグル語はわりと違うらしいからね。
だって現代のウイグルって、古代のウイグルから名前を借りているだけで、別の民族じゃなかったっけ?
203:世界@名無史さん
12/03/20 20:11:14.91 0
ウイグル置換をさかのぼりソグド置換前のトカラ語の命脈を想像してしまうオレは、
きっと夢見すぎなんだろうな、うん。
204:世界@名無史さん
12/03/20 20:19:29.77 0
>>198
自分の書いたものすら読み返そうとしないオナニー者にメールなんか書くかよ。気色悪い
205:世界@名無史さん
12/03/20 20:27:28.25 0
回鶻でも、高昌のあった昌吉州は住人の顔かたちが蒙古に近い。
でも亀茲たどソグド人の影響が強い。
高昌も亀茲もどちらも後世になってもこの回鶻の名で呼ばれるが
回鶻による政権の成立は回鶻可汗国が最初で
高昌,亀茲はそれからあと。
亀茲になってから、回鶻集団はソグドのいた天山南路へ進出する。
原型は回鶻可汗国で、蒙古に近い文化なのかな?
蒙古が回鶻可汗国の文化を吸収したという、逆だという意見が強いが。
・・・なんか自信がなくてスマン。
206:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 20:38:54.91 0
>>202
個人的に、現代における民族は帰属意識だけで9割方決まると思ってるので、
別民族という表現が適当かは断言しかねるけど、言語や血統という観念から、
言えば結構違うらしい。ていうか、天山ウイグル王国の時代から現代まで、
多くの勢力がこの地域に来てるので、その間に言語や血統が全く影響を受けずに、
変化しなかったと考えるほうが不自然だからね。そういう意味では古代ウイグル人と、
現代ウイグル人は全然別だと言えるね。まぁ一応どっちもトルコ語の系統にはなるんだけど。
そもそも、モンゴル帝国時代から清末期までこの地域ではウイグル人だという帰属意識は、
失われていったらしく、当時のこの地域の住民には○○人というな特別な自称はなかった。
20世紀に入ると、この地域がトルコ化した遠因でもある天山ウイグル王国の名から、
彼らの民族の名称がウイグル人ということにさせられ、新たな帰属意識が作られた。
その民族意識形成が現在まで成功してるかどうかは知らないけど、とりあえず中国は、
その名称を使い続けてるね。そういう意味では古代と現代のウイグルは使い分けるべきだ。
>>203
トカラ語は不思議な言語だなぁ。なぜか中央ユーラシアにおいて孤立してる言語だからね。
インド・ヨーロッパ語族らしいけどイラン系ではなく、ケントゥム語派に属するそうだ。
207:世界@名無史さん
12/03/20 20:41:24.75 0
>>206
漢字だと、回鶻と維吾爾と使いわけているじゃん
208:世界@名無史さん
12/03/20 20:47:25.71 0
回鶻 HuíHú
維吾爾 WéiWúĕr
音声まで違うね
209:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 20:59:36.31 0
>>205
ウイグルは南下する前のモンゴル高原にいた頃からソグド人などの影響が強かったよ。
彼らがマニ教を信仰したのも国内に多くいたソグド人の影響だと言われてるからね。
亀茲や高昌にウイグル人が南下すると定住化が進み、オアシス都市国家的な雰囲気が、
より強くなってきたため、ますます遊牧国家らしさがなくなっていったらしい。13世紀に、
モンゴル帝国がウイグルを支配下に組み込むようになると彼らもその文化的影響を強く受けた。
モンゴル帝国で使ってた文字はウイグル文字からとられてたしね。ソグド人の影響という点では、
突厥も同じ。ウイグルのほうが結びつきはさらに強かったけど。とりあえず、ウイグルや突厥は、
元々がトルコ系なうえにソグド人などの影響も強かったから、モンゴル的かどうかは微妙かな。
まぁ、後に定住化したとは言え遊牧民ではあったから文化的に共通点はあっただろうけど。
210:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 21:04:10.60 0
>>207-208
僕は中国での使い分けは良く知らないんだけど、維吾爾を現在の新疆の民族名として使い、
回鶻をかつてのモンゴル高原や高昌などに存在したウイグル国家の名前として使ってるのかな?
トルコ語だとどっちも同じウイグルになるけど、中国だとそのように区別してるんだろうか。
211:!kab 水 ◆TCygujgOWY
12/03/20 22:55:16.04 0
俺は全く知らないのでROMっててもよく分らんのだが
この回鶻ってのは今のウイグル人って書いてあるよ。
最初は鉄勒の一部で隋・唐時代は突厥の支配下だったことが書かれてるね。
百度だからまあ一般的に言われてることが書いてあるんだと思う。
URLリンク(baike.baidu.com)
回鶻 → 畏兀児 → ウイグル なんだってさ。
212:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/20 23:19:33.83 0
>>211
まぁ、中国に限らず基本的にはどこでも「回鶻=ウイグル」だからね。
中国で回鶻が今のウイグル人の祖であると書かれててもそんなに不思議ではない。
ただ、古代のウイグルが現在のウイグルといくつかの点で大きく違うことが問題で、
中国でもそのことをちゃんと区別して、漢字を使い分けてるのかどうかなんだよね。
僕は中国語読めないので、恥ずかしながらリンク先を読んでもそこまでは分からなかった。
213:世界@名無史さん
12/03/21 00:54:57.27 0
現代ウイグル人が「ウイグル人」という民族名を採用したのは20世紀になってから。
そもそもこの地域は統一されたアイデンティティというものがなかった。
清朝時代に「新疆省」ができるまで、一つにまとめるような呼び方もなかった。
それに現代ウイグル語は西トルキスタンのチャガタイ文言をもとにした言葉と
ほとんど同じで、チャガタイ文言は現代ウズベク語のもとにもなっている。
漢字の維吾爾は「ウイグル」という言葉に新しい当て字を作っただけ。
しかし「東トルキスタン共和国」独立勢力はあくまでも古代のウイグル王国が
自分たちのルーツだと主張している。日本語サイトでもそちら寄りの解釈で
描かれていることがあるから注意が必要。
214:!kab 水 ◆TCygujgOWY
12/03/21 01:01:55.88 0
そういや政府が名付けたとか書いてあったな。
でもなんか回鶻は古突厥語でuygurだとかそんなことも中国語のwikipediaに書いてあったね。
215:世界@名無史さん
12/03/21 01:11:53.31 0
つか今の東トルキスタンに住んでるテュルク系にウイグル族って名称付けたのは漢族だし
あの辺のテュルク系はそもそも民族意識よりも住んでる地域意識や部族意識の方が強い
実際今でも古い住民だと何人って聞かれてウイグル人って言うよりも
カシュガル人とかホータン人とかクチャ人とかトルファン人とか
自分の住んでる場所の名を取って言うケースが結構有る
今ですら老人関係はそう言う言い方が多いくらいだから
50年前なんかはもっとそうだと連想するのも難くない
216:世界@名無史さん
12/03/21 03:12:21.72 0
カシュガル、ホータン いま行くのは危険です。
中国:新疆ウイグル自治区カシュガル市における無差別殺傷事件の発生(注意喚起)
URLリンク(www2.anzen.mofa.go.jp)
トルファンの延長で考えていると危険みたいよ
217:世界@名無史さん
12/03/21 04:35:16.27 0
>>185
>いずれにしても、彼らがタガール文化系(丁零・堅昆)よりもオルドス青銅器文化系(匈奴)に重きを置いているのが分かる。
丁零や堅昆が匈奴よりも軽く扱われてるのの一つにだけど
やはり冒頓単于の様な世界的超絶対頂点君主の存在の有無もやはり有るとは思う
確かに丁零や堅昆にも中国の史書なんかで首領になってる人物の記載は有ったけど
冒頓単于に比べると圧倒的に小さい存在だったりしてるのも有るだろう
まぁ冒頓単于に比べる事自体酷過ぎると言えばそこまでだけど
You Tubeの動画なんかでもトルコの国威高揚系の歴史の動画なんかでは
冒頓単于やアッティラの絵が掲げられたのが結構出てたりする辺り
トルコがいかにこれらの人物を絶大的に象徴化しているかって言う証だと思う
218:世界@名無史さん
12/03/21 05:38:03.45 0
>>99
赤匈奴(赤フン)白匈奴(白フン)に関して赤狄白狄から流れたって説も有る事は有る
日本では大体北狄って表記される狄だがこれもテュルクの転化訳じゃないかって説も有る
まぁ”そう言う説も有る”ってくらいで流した方が良いが
219:世界@名無史さん
12/03/21 07:11:01.33 0
>>217
注意喚起くらいなら旅行会社のツアーは普通に実行されるよ。
「渡航の是非を検討してください」になったらやめた方がいいが。
220:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/21 09:15:20.93 0
>>213
やはり維吾爾という漢字は近代になって当てはめた漢字で、そういう意味では一応、
古代に当てた漢字である回鶻との区別がなされてると考えて良いのかな。
>>214
回鶻にしろ維吾爾にしろトルコ語だとどっちも「ウイグル」で変わらないからね。
回鶻が勃興したのは唐の時代だけど、当時の唐はこのウイグルという音に対して、
「回鶻」という漢字を当てた訳だ。そして、20世紀に新疆の住民の民族の名称を、
考えるとき、古代のウイグルから名前をとってそれに「維吾爾」という字を当てた。
このように中国では漢字が別れるのに、トルコ語に直すとどっちも「ウイグル」で、
変わらない。ある意味、外からの呼称による区別でしかないと言えなくもないね。
>>215
それにも関わらず、東トルキスタン独立勢力は漢人の名づけた「ウイグル」という呼称を、
好んで使ってるような感じなんだよね。以前は、この地域にはそのような民族意識はなく、
あなたの言うようにもっと細かな都市ごとの帰属意識しかなかった。それを20世紀に入り、
当時の新疆を治めてた漢人政権が彼らに対しウイグルという呼称を使い始めると、
彼らもそれに乗っかって新たな民族意識を形成し、中国からの独立を訴えたりし始める。
まぁ、近代に新たな民族意識が作られること自体はあちこちで良く見られることなんだけど。
>>217
確かに、丁零や堅昆に比べたら匈奴のほうが知名度は上だからね。
トルコ共和国としてもマイナーな勢力よりは、有名で強大だった勢力のほうが、
自分たちの祖として扱いたいと思うだろうし。トルコ共和国に限らず、
世界的にも恐らく匈奴のほうが研究は進んでるだろうし。
>>218
へ~、そういう説があるんだ。赤や白という言葉を使う辺り似てるから可能性はあるかもね。
221:世界@名無史さん
12/03/21 09:36:13.66 0
>>219
>注意喚起くらいなら旅行会社のツアーは普通に実行されるよ。
個人旅行は普通にやってるけど、ツアーは組めないんじゃなかったっけ?
222:世界@名無史さん
12/03/21 10:16:19.93 0
>>215
そもそも、オアシス都市の住民に、国家とか民族とかいう概念そのものが希薄なんだろう。
こっちから見ると、モンゴルなりチムールなり清なりに征服されて領土に組み込まれた地域にある街だけれど、
都市の側からでは、帝国に許された自治ではくて、都市そのものが統治単位でなんぼかの貢納を行うと隣の
都市までの通路の安全を保障するというような、契約関係・同盟関係なんだろう。
223:世界@名無史さん
12/03/21 14:42:07.97 0
>>221
URLリンク(www.jtb.co.jp)
JTB
種別:十分注意してくださいの場合
募集型企画旅行
原則として通常どおり催行します。
224:世界@名無史さん
12/03/21 22:03:28.17 i
汎テュルク主義からすると
アルタイ語族系はみんな仲間
225:世界@名無史さん
12/03/21 22:05:52.43 0
ツングースも?
226:世界@名無史さん
12/03/21 22:11:28.49 0
テュルク系のヤクート人がツングース系と近いライフスタイルだったりするし、
周縁部ではあるものの仲間という見方をするのかなぁ。わからん。
227:世界@名無史さん
12/03/21 22:17:14.29 0
>>220
ウイグルの呼称を好むのはウイグル語話者。
ヤクブ・ベクの乱:阿古柏之亂(1876年-1878)が
最初に清朝に反旗を翻した反乱。ここが「東」の突厥といった表現の初出かな?
この反乱はコーカンド・ハン国の後ろ盾を得ていた。
指導者のヤクブ・ベクの話していた言語は、
(正規兵なら)ウズベク語あるいは(傭兵なら)キルギス語。
ブハラから流れてきたならば、タジク語。
あんまりウイグル族主体で、何かがおきていたわけではないみたいで
新彊での政治力ではキルギス族やカザフ族のほうが上な印象がある。
あくまでも、コーカンド・ハン国が糸をひいていた事実からの印象だが。
228:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/21 23:02:22.91 0
>>227
ヤクブ・ベク自身、新疆の出身じゃなくコーカンド・ハン国の出身だからね。
彼はコーカンド・ハン国以外にもブハラ・ハン国など西トルキスタンの勢力をいくつか味方につけ、
ロシア帝国やオスマン帝国もこの反乱を支持してた。つまり、外部の思惑による反乱という面も、
あった訳だ。そのためか、新疆の人々も必ずしもヤクブ・ベクを支持してた訳ではないらしく、
余所者として嫌う人もいたらしいね。そのうえ、彼は結構高圧的な統治をしてたそうだし。
まぁ、これはあくまで19世紀の反乱の話だから、現在に単純に結びつけるのは危険だけど、
新疆に「トルコ人の地域=トルキスタン」としての意識を結びつけたの外部勢力なのかもね。
ウイグル人という呼称を使うように決めたのは漢人政権だけど、そういう動き自体はもともと、
西トルキスタンで起こった動きみたいだし。それがウイグル語話者にも受け入れられたのかな。
229:世界@名無史さん
12/03/22 01:38:33.98 0
>>220
「ウイグル人」という新しい民族カテゴリを作ったから
それを漢字で表記するのに新しい当て字を考えただけ…じゃないかと思う。
中国語は漢字表記しかできないから、漢語以外の固有名詞は
とにかく何か漢字を当てはめないといけないから。
230:!kab 水 ◆TCygujgOWY
12/03/22 01:49:32.33 0
>>229
今の維吾爾ってのは当て字だと中国語のサイトに載ってた。
「ウイグル」って単語自体には団結とかそんな意味があるんだとか。
231:世界@名無史さん
12/03/22 02:30:14.50 0
遅レスだけど、>>187のサイトにかいてある、
>トルコ語には、鼻音/n、m/がほとんど語頭には現れません。m がないのは、b と融合したためと解釈されるようです。
というとこ、まさに>>101での推測どおりだな。
>バアトル(Baghatur)に比定というのは、遊牧民側でもマアトルから音韻変化したわけか。
232:世界@名無史さん
12/03/22 03:45:56.78 0
パン=テュルクはどうだか分からんけどトゥラン主義でも右より拡張主義だと
モンゴル、ツングース、朝鮮、日本、ウラル、原シベリアも仲間
一番気違いじみた大拡張主義だとアメリカのエスキモー、イヌイット、北米インディアンも含めるがな
233:世界@名無史さん
12/03/22 06:45:50.74 i
トルコとしては仮想敵国がイランとロシア。
こういう国への対抗意識としてパンテュルク的思想に行ったりする。
あとは、欧州からの差別
ここ数十年必死に、欧州連合入ろうとしても入れなかった
俺たちは、欧州でもイスラム圏でもない
中央アジアの覇者だ!ってアイデンティティをね
ここに、カスピ海の資源問題とかが絡んで、、、
234:世界@名無史さん
12/03/22 07:41:10.66 0
>トルコとしては仮想敵国がイランとロシア。
中国もな
235:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/22 08:19:42.58 0
>>229
やっぱりそんな感じなのかな。新しい民族名としての「ウイグル」に、
新しい当て字として「維吾爾」という漢字を当てたんだろうね。
>>233
現政権は結構イランに好意的なほうなんだけどね。最近のトルコは全方位外交を展開したいのか、
中東諸国とも中央アジア諸国ともヨーロッパ諸国ともそれなりに良好な関係を作ろうとしてる感じがする。
中東諸国に対してはイスラームとして、中央アジア諸国に対してはトルコ系として、
ヨーロッパ諸国に対しては世俗国家として、トルコ共和国の存在をアピールしてる。
まぁ、ここ最近のアラブの春でイランとの仲は再び悪化してきてるみたいだけど。
汎トルコ主義の観点から述べると、トルコ共和国はソ連崩壊後一貫して中央アジア諸国に、
積極的な経済援助を行ない、トルコ系国家の盟主という立場を示そうとしてる。
ソ連という足枷がなくなったことで衰退気味だった汎トルコ主義が少し復活した印象。
236:世界@名無史さん
12/03/22 08:27:46.37 0
清朝が、西戎・北狄系のエスニック集団名をいじっている。
彜族は、「夷」だったのを変えた。
辛亥革命以後は、南蛮系も獣扁をとるなど、やはり改変。
苗族などは、一時期「猫」族だった。
音写の文字もそのまま昔のを使わないケースはあるよ。
237:オツガイ ◆EAbyJft1LY
12/03/22 08:34:02.75 0
>>236
そうなんだ。中国では近代になると周辺民族の漢字の当て字を変えてたのね。
ウイグルに維吾爾という漢字を当てたのもそういう文脈においての話なのかな。