10/12/11 23:50:42 0
>>119
それは>>104で説明してあるんだが。
あと、イタリア=航海の技術に優れていたというのが勘違いだ。この時代じゃ海洋
都市と言えばジェノヴァとヴェネツィアしかない。ジェノヴァの船乗りは既に言っ
たようにもうフリー状態だし、この頃に地中海貿易に進出しはじめたフィレンツェ
もトスカナ大公国として独立を守ってるし、それはヴェネツィアも同じ。
交易にしても、基本イタリア諸都市は大抵自国の産業を持っててそれを輸出することで
交易を行ってる。中世ヴェネツィアのような完全中継交易のほうが特殊なんだよ。
ミラノだと武具・絹織物・毛織物とかな。それもイタリア戦争の荒廃と本国産業の保護
目的の圧迫、イギリスなんかとの競合の為の無茶な増税で壊滅状態になってるの。
それで逃げた毛織物、絹織物職人がヴェネツィアに流れたのも説明済み。
これがなんとか安定してきた所でこれらの産業がイギリスやオランダの商品との競合
に晒されて敗退することになっちゃったから、スペインは活用のしようもなかった。
とにかくスペイン領になった時点でのイタリアは、既にイタリア戦争で荒廃してい
ていたから、そこからイタリア人の富を吸い上げたら、何にも残らないのにスペイン
はそれやっちゃったの。それに経済先進地域なのは北イタリアだが、その中で一番大
きいトスカナ・ヴェネツィアは独立守ってて、後はミラノくらいしかない。
イタリアのどこでも先進地域じゃないし交易で儲けてた訳じゃない。イタリア
なんて国は存在しなかったんだから、一緒にしちゃうのが間違い。
穀物地域のミラノを中心としたロンバルディアでの、販売用穀物の所持禁止や消
費者でも二日以上の備蓄禁止とか、完全に収奪のための決まりだが、逆にそれを
やれるくらいスペイン統治はイタリアを統制していたということになる。
これもイタリア人を労働資源として活用してるのはインディオと同じことだよ。