12/03/26 22:41:33.04 hIpoOFGj0
（続き）
「…先生。いつか僕の奥さんが死んでしもたら、僕をボーイフレンドに入れてください」
栄之助が涙声で言う。
「あんた…そんとき、うち、なんぼやねん」
「百…三十歳くらい？」
思わず糸子は笑ったが、栄之助と譲はまた別の感慨に沈み込んでしまったようで、うまく笑えないでいる。
糸子は優しい目でふたりを見つめ、酒を注いでやった。
「ま、飲み…しっかりしいや。アホぼんらが」
それから数日後、父親を先祖代々の墓に納めた譲が、四十九日の法要帰りにカステラを持って店に立ち寄った。
昔、バブルの時代には金箔が貼りつけられていた、あのカステラだ。
「余計なもん貼らんかて、十分勝ちあんでなあ。おいしいわ～」
孝枝や浩二や真、新しい従業員のフミ子も舌鼓を打っている。
「納骨、あんじょうすんだか」糸子は静かに譲に尋ねた。
「…はい。おかげさんで」
西日の光の中で、譲はまだどこか陰のある、放心したようなまなざしでぼんやりと座っている。
（なあ、譲）
糸子は心の中で、その横顔に話しかけた。
（キラキラをはがされて、剥きだしになってしもた四十男の本性は、あんたが思てるよりもっと、ずっと、きれえなんやで…）
以上。