14/05/08 20:48:05.87 0
>>506
例えば、親鸞上人は二つの夢告が重要です。
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江戸時代は、妙好人以外でも弾誓上人、称名念仏のみで自然智を得て浄土法界を体得した徳本行者、不断念仏を行い死後舎利を残した祐天上人など枚挙にいとまありません。
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また観音の霊験は白隠禅師が詳しく『延命十句経霊験記』に書き留めています。
白隠禅師は『十句観音経』の霊験を讃えた後に一転してそれらは「ただ世間的あり様、有為の夢幻・空華の談論」と述べています。
これを霊験譚を方便説と解釈する方がいますが、これは原始仏典で釈尊が始めに施・戒・生天、つまり輪廻と出離の功徳を説き、
後で無我・空の教えにより、それら因果も無我・空であると説かれたのと同じでしょう。
つまり「ただ世間的あり様、有為の夢幻・空華の談論」と観音の霊験談を述べます、それは確かに幻で空です。
ですが、それは我々が知覚する対象すべて幻で空なだけで、その場合、実在など何もないという意味です。
言い換えると観音の霊験と世間の現実、どちらも世俗では効果がありますが、勝義ではどちらも幻という意味に他なりません。
信じる信じないは別にして仏教はこういう意味では一貫してます。