12/04/02 13:00:33.68 0
過去を記憶してるから時間の経過を認識できる
現在から過去へ遡る時の時間は、一瞬。記録データを見る(聴く)時も、一瞬
3:考える名無しさん
12/04/02 14:54:51.30 0
時間とは何か?
「いま、ここ」に始まり、「いま、ここ」に終わる反復の認識に合わせて活動すること
4:考える名無しさん
12/04/02 15:08:44.81 0
それ空間
5:考える名無しさん
12/04/02 15:14:40.94 0
四次元
6:考える名無しさん
12/04/02 15:48:59.34 0
「ここ」に必然的に「いま」が伴うように、「いま」には必然的に「ここ」
が伴う。空間と時間が別々に存在することはない。「かつて、ここ」も
「いま、そこ」も「いま、ここ」を起点/終点としている。
7:考える名無しさん
12/04/03 03:21:00.65 0
タイムマシン系でたのむ
8:考える名無しさん
12/04/03 12:12:06.40 Q
自分の1イメージ
定数をもったいくつかの関数同士の交点がこの宇宙
時間とは1定数が許される値の範囲
つまり結局合わさった特定の関数によって描かれる図形が
過去から未来までのこの世みたいな
決定論的
9:考える名無しさん
12/04/03 12:19:08.56 0
関数という言葉の意味が俺と君とでは違うみたいだ
意味が通じない
10:考える名無しさん
12/04/03 12:41:47.64 Q
いろんな引数をもった関数に様々なパラメータを与えたときに描かれる図形がこの世の全てってイメージ
11:考える名無しさん
12/04/03 23:34:54.25 0
過去って何処に行ったの?
12:考える名無しさん
12/04/04 00:32:38.09 0
>>11
その問いは誤っている
何処に行っても、
今もう無いのが過去であり、
今まだ無いのが未来
13:考える名無しさん
12/04/04 08:30:22.89 0
>>11
記憶と記録の中に
14:考える名無しさん
12/04/04 12:54:05.79 0
では、問おう
記憶と記録の中にあるのがなぜ過去であると分かる?
記録に書かれているのが未来でなく、
記憶しているが未来でないとなぜ断言できるのか
記憶と記録のなかの過去と未来をどうやって区別するのか
15:考える名無しさん
12/04/04 13:06:03.24 Q
起きた事の蓄積物なんだから普通は過去のものと考えていい
決定論を言うならそもそもこの世界そのものが過去から未来までの出来事を持っていると言える
16:考える名無しさん
12/04/04 14:08:19.76 0
>起きた事の蓄積物なんだから
哲学的に考える訓練がまるでできていないようだね。書かれていること、記憶
されていることが、どうやって「起きた事(過去の事)」であると認識できる
のかと問うているんだよ。
17:考える名無しさん
12/04/04 15:12:21.14 0
>>16は過去の記述
18:考える名無しさん
12/04/04 15:55:23.11 0
お馬鹿すぎて問題自体が把握できないようだな
哲学には向かないよ
目の見えない人に青と緑をどう区別するのかと
問いかけているようなものだからもう止めとくよ
19:考える名無しさん
12/04/04 17:21:09.77 Q
18先生、馬鹿な僕にもわかるようもう少し丁寧に説明して貰えませんか?
20:考える名無しさん
12/04/04 21:46:22.17 0
1日は23時間56分4.091秒なのに何で時計はずれないの?
21:考える名無しさん
12/04/04 21:54:21.52 0
24時間を1日にしてるからだよ
22:考える名無しさん
12/04/08 22:58:27.51 0
人
23:考える名無しさん
12/04/13 00:20:12.65 0
魔法使いが
「お前以外の時間を止めてあげよう」
と言った
あなたは 時間が止まったと確信した なぜ?
それはあらゆる物理的運動が停止したから....
「運動の停止=時間の停止」
今現在 我々が言えるのは 「時間=運動」
24:考える名無しさん
12/04/13 00:50:02.26 0
時間っていう基準が間違っているというか、
次のシフトに移らないとダメだと思う
最終的には今の時間は生物の生死がベースになっていて
選択股が一つの時間軸上しか測れないような気がする。
次のシフトでは宇宙の膨張または縮小を軸にした時間軸であらゆる選択股での概念を
考えていくべきだと思う。
25:考える名無しさん
12/04/13 00:55:23.24 0
>>24
時間語ってんのに 時間軸だすなよww
26:考える名無しさん
12/04/13 18:32:00.36 O
重ね合わせ→時間→点
27:kyrie ◆Debha1lQgc
12/04/14 01:44:54.77 0
>>14
もし記憶の中に書かれていることが「実在的な」未来なら、新しいことは一切起こらず、
過去は増大もしないはずですよね?
では、もしそれが「観念的な」未来、ないし妄想に過ぎない未来なら、それはむしろ
「期待」ではないですか?アウグスティヌスに従って。
だから、いわゆる想起の中には、もう起こったこととしての現在の過去、つまり記憶と
これから起こるであろう現在の未来、期待を分けます。
>>23
時間は運動、という説は否定されます。時間は運動に依存している、というのは
もちろん誰もが認めますが。
時間は「運動の数」である。、というのが、アリストテレス以来の通念です。
28:kyrie ◆Debha1lQgc
12/04/14 01:47:28.43 0
×新しいことは一切起こらず
○もし新しいことが起こってしまったら、それは記憶の中にある未来とは違う。
従って、新しく到来したものとしての未来と、記憶の中の未来とは違う
29:Absalom ◆owNN8RDlXo
12/04/14 02:45:07.95 0
>>27
>時間は運動、という説は否定されます。時間は運動に依存している、というのは
>もちろん誰もが認めますが。
>時間は「運動の数」である。、というのが、アリストテレス以来の通念です。
時間は運動に依存している訳ではないでしょう。運動が時間に依存しているんじゃない。運動がなくても時間は進む。
ここで考えたのが、時間と、時間の時間性の違い。すなわち、時間軸の構成要素点と、その上を進むことの
違い。すなわち、時間の速さと時間の長さ。前者は一瞬、後者は定量。アリストテレスが言いたかったのは、
運動を数えることで時間が測れるということだと思うから、後者。前者は謎。後者は人間的な計量(空間と同じく
絶対的基準はない)。
もちろん、うどんも時間に依存している。
30:kyrie ◆Debha1lQgc
12/04/14 03:04:39.79 0
時間は運動に依存している、ではなく、「運動なくして時間はない」、と言っていますね、
失礼。
この定義からも分かるように、アリストテレスにとっての時間は、単なる計量でなく、
もっと実在的なものだった、と思われます。
>時間と、時間の時間性の違い。すなわち、時間軸の構成要素点と、その上を進むことの
違い。すなわち、時間の速さと時間の長さ。
前者は、時間軸上の位置(現在の現在である所以)で、後者は計量か。
しかし、アリストテレスの時間論をこのように分析するのは、誤りだと思われます。
人間的な計量のほうはアウグスティヌスが論じ、実在的な時間の方を
アリストテレスが論じたのだ、というのが、一般的了解であり、
そもそもアリストテレスは現在の現在である所以、
なぜ現在だけが特異的に在るのか、という問題意識はなかった。
それはハイデガーやドゥルーズが苦心して考えたことですね(歴運、特異点)。
ただ、現在は在り、過去はもうない、未来はまだない、とは言っていますが。
少なくともアリストテレスの時間論は、ニュートン的な、数直線状に延びる時間軸という
な表象が確立する前のお話であり、パラメータtに堕す前の支配的な時間論であったはず。
31:考える名無しさん
12/04/14 13:33:00.48 O
状態変化の時間
運動の時間
32:考える名無しさん
12/04/17 14:52:19.86 0
時間は概念であり実在しない。
実在するのは変化し続けるエネルギー。
人類は変化を観測、考察して時間という概念を獲得した。
33:考える名無しさん
12/04/18 01:27:23.94 0
概念として計測可能なら「現象」として実在するわけだ
34:考える名無しさん
12/04/18 10:31:27.22 0
時間は実在するよ
もし実在しないとなると相対性理論は間違っていることになる
35:考える名無しさん
12/04/18 19:14:37.59 O
時間を否定するのはいいが、
変化を否定しだしたら統合失調症を引き起こす
36:考える名無しさん
12/04/26 02:10:53.56 0
その変化の定量化が時間という概念なんじゃねーの?
37:考える名無しさん
12/04/26 02:27:08.20 0
時間概念は因果概念を前提とする
因果概念は時間概念を前提とする
38:考える名無しさん
12/04/26 19:12:54.74 O
少なくとも西洋的な時間が無ければ科学は発達しないようだ
どこかの部族には時間概念が無いというが、真理っぽいが発展しない
39:考える名無しさん
12/04/29 01:46:42.21 0
>>36 多分正解。
太陽や月の動き、原子カウンター等、他の分かり易い基準となる運動と比較して定量化すると、色々な変化を同じ物差しで比較できる。
40:考える名無しさん
12/04/29 01:49:20.82 0
>>34 四次元時空連続体という概念は間違っているかもしれない。
時間はエネルギーの変化に基づくものであり、一つの次元と捉えるのは違う気がする。
時間があたかも一つの次元のように見えるのは、我々の観測している全てのエネルギーの変化に一貫性があるためだと思う。
41:考える名無しさん
12/04/29 14:29:46.59 0
>>40
一貫性があるのは光の速度
三次元の空間に重力のゆがみが作用すると、現象(時間)の緩慢が生じる
42:Absalom ◆owNN8RDlXo
12/04/29 17:28:33.27 0
瞬間の時間は必ず枠組みの中に存在するが、枠組みは長さのある時間の中にしか存在しない(枠組みを認識できない)。
従って、枠組みに従って認識された時間が、枠組みの存在の内容を認識させるので、時間とは枠組みに規定されている。
43:考える名無しさん
12/04/29 17:46:55.33 0
枠組みってなんだい?
44:Absalom ◆owNN8RDlXo
12/04/29 18:06:27.87 0
>>43
単位か、次元だと思うけど、はっきりしないです(すいません)。
45:考える名無しさん
12/04/29 22:47:10.75 0
いや、だいたい同じことを考えていたよ
影響を及ぼす限定された拡がり(空間)
46:考える名無しさん
12/04/30 22:47:19.11 0
>>37
1行目は間違い
47:考える名無しさん
12/05/05 02:00:29.60 0
全世界の人や物が右に動く。
その後に全く同じ動きをして左に戻る。
左に戻ったとき時間は過去に戻ったのか?未来に進んだのか?
48:考える名無しさん
12/05/05 02:11:33.71 0
その後って書いてあるから未来だろ
49:考える名無しさん
12/05/05 02:25:08.76 0
> 41 名前:考える名無しさん :2012/04/29(日) 14:29:46.59 0
>>40
一貫性があるのは光の速度
光速を排他的に絶対視するところが物理かぶれの限界であり躓きの石だな
毎度のことだが
50:考える名無しさん
12/05/05 10:21:00.20 0
>>42
時間はエネルギーの振る舞いによって生じるが、エネルギーの振る舞いは空間の性質に寄って規定されているかもしれないって事かな?
51:Absalom ◆owNN8RDlXo
12/05/05 11:53:17.87 0
>>50
エネルギーは内的な(内側に向かう)ものとしての存在という側面が大きいと思うんだけど、エネルギーの
把握は表出においてのみ行える。すなわち観測にかからない部分が大きいと思うんだけど、物理的には
どうなのか私は知らない。時間がエネルギーの振る舞いによって生じるなら、時間とはエネルギーを
観測した時の現象であると言えると思うけど、エネルギーの振る舞いというものを、物理的に理解することが
大事だと思うんだけど、その辺の知見っていうのはどのくらい進んでいるんだろう。
52:考える名無しさん
12/05/05 12:09:37.65 0
何を言ってるか良く分からんけど
エネルギー自体が物理を説明する為に生み出された概念にしか過ぎない
直接観測出来るはずもない
53:Absalom ◆owNN8RDlXo
12/05/05 12:37:45.10 0
>>52
エネルギーって概念に過ぎないんですか?定量化ができると、思ってたんだけどちがうのかな。
定量化ができるってことは、観測にかかるものだと思ってたんだけど、よくわかっていません。。。
54:考える名無しさん
12/05/05 13:48:48.66 0
wikiぐらい見ろよ。か高校、下手すると中学レベルの話だぞ
55:考える名無しさん
12/05/06 01:01:11.25 0
>>51
時間がエネルギーの振る舞いに因って生じると言うのは違いました。
エネルギーは静止出来ない性質を持つので。
時間に因って変化が生じるのではなく、変化を認識して時間という概念が生まれたと思います。
56:考える名無しさん
12/05/06 12:30:47.11 0
>>54
wikiってどのwikiの事だよ。
Encyclopædia Dramaticaか?
57:考える名無しさん
12/05/06 19:57:26.14 0
何も動かない部屋にいても時間は感じる
時間は自意識とともに生まれる
58:考える名無しさん
12/05/06 20:09:43.72 0
そりゃ自分が動いてるからな
59:考える名無しさん
12/05/08 08:47:40.05 0
夢見ていても時間は感じるからな
60:考える名無しさん
12/05/08 10:11:01.40 0
時間感覚の根本は脳の働きによる。
たぶん正確な理解には大脳生理学が必要かな。
脳が認識をして記憶が生まれ、その記憶の運命を辿れば時間感覚が見えてくると予想。
61:考える名無しさん
12/05/17 12:22:22.78 0
記憶が先か事が先か 何故此処で書き込みしてるのか
それは暇だからである
62:考える名無しさん
12/05/17 22:17:39.94 0
充分な時間が過ぎたと感じるのは安らぎの脳内物質セロトニンが分泌されるからなのだと推測。
なぜ老いると時間が早く過ぎるといわれるのかと言うと、それはその人が歳とともにセロトニンの分泌機能が廃用萎縮していったからだと考えられる。
クリシュナムルティやグルジエフの様に生きれば毎日をより長く感じる事ができるようになるだろう。
63:考える名無しさん
12/05/17 22:49:53.18 0
薬物でセロトニンを分泌させても過剰な時間経過はない
64:考える名無しさん
12/05/19 20:07:41.50 0
海馬の容量を超えて脳内物質を過剰分泌させても効果はないのだろうな。
苫米地がパラレル思考してる時の時間感覚はどうなってるんだろう。
65:あらわれ
12/05/19 20:32:37.89 0
時とは物事の実相の変化のこと。
物事の実相とは次の五つの次元層のこと。
五感感覚の次元、これは、「今-今」の関係へ。
知識記憶概念の次元、これは、 「過去-今」の関係へ。
感情情緒の次元、これは、「今-全体」の関係へ。
按配選択の智恵の次元、これは、「今-未来」の関係へ。
意思創造力発現の次元、これは、「今の持続」の関係へ。
実相はそれぞれ主客の関係を持っているから、
上記はそれぞれ主客に剖判する。
ところで、実相が現象と成って現れるには、主客の橋渡しがいる。
それが八相(古来から八で表徴されているもの達)ある。
そして、時とはその統体である今という一点にあり、そこにしかない。
66:考える名無しさん
12/05/19 20:40:28.48 0
なるほど分からん
いや、文章の意味は分かるがその思考形態が理解し難い
もう少し噛み砕いて頼む
どうでもいいが五感は実際に刺激を受けてから感覚として起こされるまでラグがあるから
人は絶対に「今」を感じることは出来ない
67:考える名無しさん
12/05/19 22:02:08.39 O
自分がしている知覚を現在とするなら、知覚する前の実在は過去
知覚する前の実在を現在とするなら、自分がしている知覚は過去?
68:考える名無しさん
12/05/19 22:24:52.92 0
知覚を現在化することなんて出来るのか?
刹那に細分化された知覚は知覚と呼べないのではないか?
69:考える名無しさん
12/05/19 23:22:01.86 O
いえ、知覚を現在として、まぁ基準を変えるだけ。悪く言うと自己中みたいな。
実在が現在なのか、知覚が現在なのかと考えてた
70:考える名無しさん
12/05/19 23:59:46.37 0
外界からの刺激を脳がピックアップした時が現在になるのではないか
当然そこからこぼれるモンだってある
聴覚や視野の外側は現在ではないのかもな
71:あらわれ
12/05/20 00:06:17.93 0
>>66 タイムラグについて。
五感に限らず起きます。
感じる以前に感覚は無い。先天的可能性であって現象していないのだから、元々「今」の話とは別次元のこと。
ただし、意識の連続した流れの中では感覚の覚醒以前から感覚の了解認識までは、一つの経過内にある。
つまり、一連の経過を保障するものが常に生きて活動していなければならない。
この流れの保障されたものが、生きているという感覚で、
その上に立てば感じられた感覚は今である。
72:あらわれ
12/05/20 00:07:08.87 0
> 今を感じる、について。
66の場合は文章の上では<「今」を感じる>か感じないかが問題らしいが、今を感じなくても今はある。
ラグと感じ、は別々の問題だが、このように同じ土俵上に載せてしまうのが問題となってくる言葉の綾。
感覚の知覚までのラグタイムは、科学的に計測できるのでそちらに任せればよいが、
例えばタイムを観測中の意識というものは、あるかないかきたかこないかまだか等々というように、
「今の持続」で生き続けている。この意志創造力の発現があるからこそ、五感もある。
そこで五感が受動的で非常に鈍いとか感じ過ぎとかの現象が起きるが、
五感にとってはその現象が起きて感知したときが今である。
触られているのに感じなければ今は無いので、時間差も無い。
有るとするのは観念的に過去経験の意識の流れを振り替えって、
既存の経験と実際に流れている現在の時間を同一視しているから。
73:考える名無しさん
12/05/20 01:22:58.46 0
どうも解らないのですがw
今は時が過ぎれば過去になる
今は時が進めば未来になる
しかし時間は進んでる
74:考える名無しさん
12/05/20 01:27:35.52 0
あなたは過去に留まっていますか、未来を駆けていますか
「今」は何処から来て何処へ行くんです?
75:考える名無しさん
12/05/20 01:54:46.60 0
>>74 私が聞きたいぐらいですぅ
時間は進んでも過去になる。では未来は何処にあるのでしょうか
六感が未来と関係あるのかしらね
76:あらわれ
12/05/20 03:13:46.05 0
>>73-75 過去-今-未来
「今は時が過ぎれば過去になる」 - 過去の経験知識、記憶概念から今を見ている。
昨日寿司喰った自分が今日いるという記憶の知識だから、現実にはいない。
「今は時が進めば未来になる」 - 未来はまだ来ていないから、
知識も記憶もなく既得概念の投影としての「未来」という言葉だけがある。
明日寿司を食っている自分がいるなんて、今の現実には無い。
「しかし時間は進んでる 」 - 実は時間というものなど無いのです。
今は夜中の三時ですが、隣の国に行けば四時五時のことです。
時間は各自が勝手に造ったものと、社会集団が造ったものとのちゃんぽんです。
それでも時は動く、とガリレオは言うかもしれませんが、
時が動いたのではなく、今が動いたのです。
「今」のなかに時間の流れで言えば過去現在未来、空間で言えば上中下の四方八方が、含まれています。
この動かし方、動いた感じの取り方が人間の役目で、その表現が時間とか空間のあれこれとなります。
77:考える名無しさん
12/05/20 04:16:46.38 0
>>76
植物は時間の感覚を持たないの?
78:考える名無しさん
12/05/20 09:27:06.40 0
人間の認識では時間は過去から未来へ向かって流れる
物理的には現在だけが永遠続いている
時間が過去から未来へ進んでいるというのは人間の錯覚であり
実際には現在が変化しているだけである
79:考える名無しさん
12/05/20 10:29:48.82 0
>>70
認識論は面白いテーマではあるが、わりとどうでも良い
真理を語る上では単なるお遊びである
貴方が見ようが見まいが、太陽は実在する
結論は必ず人間ってバカだなっとなる
80:考える名無しさん
12/05/20 12:56:20.62 0
時間は未来から過去へ流れるのだと思ってた
で!バカだから時間は無いとは言い切れないと思ってるw
81:考える名無しさん
12/05/20 14:41:34.56 O
決定している未来が、現在化して、やがて過去になる
決定した過去の条件が、現在をもたらして、未来を予見する
82:考える名無しさん
12/05/20 16:07:31.53 0
未来は決定してないと思います
何故そう思うかと言うと例えば右と左に分かれてる道があればどちらに行くか選択出来るからです(一人の場合)
複数になるとバカな人が居た場合 強制的にアンタは右に行けと命令したら左へ行こうと思ってた人の未来は変わる
どうも納得いかないのは過去が決定してる事
それはさて置き、時間は高い方へ行くほど速くなるとしたら何光年先の星の方が先に誕生した事になる訳でしょう
だけど宇宙に高い、低いは無いんでしょ!どうして地球だけあるの?
バカな質問でごめんちょ!
83:考える名無しさん
12/05/20 16:17:20.40 0
>>82
左右以外にも選択肢はいくらでもある
来た道を引き返したり、分岐点に留まったり、その場に穴を掘ったり・・・
84:考える名無しさん
12/05/20 16:19:54.25 0
重力があるからとなると時間ぎれ
85:あらわれ
12/05/20 16:42:53.20 0
>>77 植物は時間の感覚を持たないの?
植物に直接聞いてみればいいのですが、人間の方にそれだけの手段を持っていません。
その代わり植物側の科学物理的な作用反作用反応の変化は知ることができます。
それを植物の時間の感覚と名付けられれば、植物と同意の上そう名付けてください。
86:あらわれ
12/05/20 16:47:26.54 0
>>78 物理的には現在だけが永遠続いている。実際には現在が変化しているだけ。
精神、心はどこに行ったでしょうか。
87:あらわれ
12/05/20 16:51:46.27 0
>>79 「貴方が見ようが見まいが、太陽は実在する」
せいぜいあなた個人の記憶された認識知識の範囲内でしか実在していません。
科学者なら実在以前も爆発後に消滅した太陽も視野に入っています。
88:あらわれ
12/05/20 16:55:28.22 0
>>80 「で!バカだから時間は無いとは言い切れないと思ってるw」
「で!」わたしも「バカだから時間は無いとは言い切れないと思って」いません。
89:考える名無しさん
12/05/20 16:57:59.41 0
バカだね~
科学者じゃなくてそれ宇宙物理学者の話だろ
で宇宙物理学者は実際に時間を追って観測した結果から推測しているわけではなく
せいぜいここ数百年の宇宙の観測結果を元に想像と仮定から推測しているにすぎない
死後の世界を語る宗教家と大差ない
むしろ年期が入っている点では宗教家の論の方が上
そのレベルだよ、宇宙物理学なんて
科学一般の引き合いに出すカテじゃない
90:考える名無しさん
12/05/20 16:59:48.68 0
>>89
文系最低レベルの哲学板で科学を語っているんだからそこはまあ温かく静観してやろうよw
91:あらわれ
12/05/20 17:09:19.71 0
>>81 「決定している未来が、現在化して、やがて過去になる 。 決定した過去の条件が、現在をもたらして、未来を予見する」
結局「過去の条件が」見つかったとき「決定している未来」といい変えただけのようにみえます。
「決定している未来」に気付いたときは既に過去に落ち込んでいます。
明日のこの時間にキーを叩いているといっても、この時間のこの時に人指し指はどのキーの上にあるか「未来は決定して」いますか。
意志、習慣、目標、目的の実現を未来に投影していき、
その意識を持続させていけば、持続させてきた意識の記憶と未来の出来事に関連をみいだします。
しかしどこまでいっても「決定している未来」をみたのではなく、現在の持続を見ただけです。
92:あらわれ
12/05/20 17:20:19.50 0
>>89-90 「バカだね~ 科学者じゃなくてそれ宇宙物理学者の話だろ」
科学者も宇宙物理学者も文系最低レベルの者も最高レベルの者も、
同じ思考構造だから、それぞれレベルが違っても理解の多少はあっても通じています。
理解知識が問題ならあなたがたにしろそれぞれの専門家にはどうせかないません。
ところが専門家にしろバカにしろ思考の運用活用法を見ていくと、
いくらでもバカの方が真実に近いことを言っているのは誰しも経験しています。
93:あらわれ
12/05/20 17:30:35.57 0
>>89 「バカだね~ 科学者じゃなくてそれ宇宙物理学者の話だろ」
バカだね~と言うこの方も、哲学も科学も物理も専門ではありません。
ですので出す内容に関しては、専門家からは「バカ」にされるものですが、
その意識と思考構造、認識構造を見ていけば、まことに正直に自らの真実の概念を述べていることに気づきます。
学者たちにはこうして心の真実さに従う義務も正直さも必要とされずにいるのに、
われわれバカな素人は正直に白状していくわけです。(知識の理解了解の話ではないので御間違えないように)
94:あらわれ
12/05/20 17:43:57.49 0
>> 「バカだね~」
ではここで「バカだね~」の時間とは何かについて見てみましょう。
手っとり早く言えば、発言者内の手持ちの知識概念記憶内容に、相手(わたし)に対して「バカだね~」と、
言えるものがあったということです。
これはその方の心の内容に関することで我々には存ぜぬところです。
しかし「バカだね~」という言葉は通じてしまいますから、それを聞く方も、
自分のもつ聞き方の運用法に従って聞いて、その反応をだしてきます。
要するに「バカだね~」についてのそれぞれが持つ過去知識が出てきてしまいますので、そこで話し合えば、
生まれも育ちも違うため「バカだね~」の時間の取り方、場所の取り方、次元の取り方が違ってきます。
ですので「バカだね~」の時間とは何かも、結構先の長い話になります。
ということでそんなバカなことに構っていられないでしょうから、これでお終い。
95:考える名無しさん
12/05/20 20:07:20.55 0
>>76
典型的な時間論に内在する時間論内部で遊んでるだけ。
時間は各自が作った主観的なものである。
しかし、では各自がそこで生まれ、死んでいく時間、むしろ各自がその都度作っている時間が、
そこから生じている認識そのものが生まれる大域的な構造を、貴方は完全に無視している。
主観的な時間論で満足するだけなら、それって哲学以前に常識じゃね?
時間論の循環的な在り方を分析するのが、哲学の仕事だよ
96:あらわれ
12/05/21 00:18:36.93 0
>>95 「時間論の循環的な在り方を分析するのが、哲学の仕事だよ」
言い換えれば、「」内が95氏の仕事というわけですね。
それが95氏の「時間論」の哲学の考えとなり、主張となり、教義となっていくわけですね。
前途に哲学者の道がひらけています。
では、わたしは95氏の「」には無い95氏の個人的な教えでなく、
真実を実相を探すことにします。
そして普通の人になりましょう。
97:あらわれ
12/05/21 00:25:49.59 0
今の構造は次の通りです。
今という一つの統体は五層の次元で構成されています。まず、静的に見ると。
一、産まれようとしているものが今産まれる、いわば、 今-今の構造関係、
二、産まれようとしてあったものが今ある、といういわば、 過去-今の構造関係、
三、それら上記二態が一挙に俯瞰される状態、いわば、 今-全体の構造関係、
四、そして今あるものがこれから動こうとして産まれる、いわば、 今-未来の構造関係、
の四態があります。
五、そして上記の四つをそれぞれ足らしめる基底音となる持続する創造能動意志が今の全てを貫いています。
いわば、今の持続。
これが現実に流れている今のスナップショットで、この五つに分かれました。
このそれぞれ次元の違う五つは、主体側から見られた今に成っている、今に成っていく今があるという関係です。
これはいわば、今において現在が成り立つ世界です。
それに対して、主体側に対応した受動側の客体側から見られた今があります。
今そこにある世界で、今そこにあったことが了解される世界です。
いわば今において過去が成り立つ世界です。
一’、産まれようとしているものが(今産まれる)今産まれた、いわば、 今-今となった関係、
二’、産まれようとしてあったものが(今あった)今ある、といういわば、 過去-今となった関係、
三’、それら二態が一挙に俯瞰された状態、今あるあったいわば、今-全体となった関係、
四’、そして、今あるものがこれから動こうとして産まれる、今ある今あるだろうといういわば、 今-未来となった関係、
の四態があり、
五’、そして上記の四つをそれぞれ足らしめる基底音となる持続する創造受動意志が今の全てを貫いています。
(能動受動の)今の持続。
これで今の過去-現在の実在は揃いますが、今はそのままでは出てきません。
つまり今の創造出現にはまだ至っていないということです。
上記十項目だけでは今はまだ出現していないということです。
上記は「今」ではなく、今の先天世界に実在している「今」なのです。
そこで今を出現させる魔法の味の素をふりかけます。
98:考える名無しさん
12/05/21 00:32:02.48 0
妄想垂れ流すのも結構な事だけどよ
理解させたいと思ってるなら言葉の定義からやってくれ
理解させる気が無いならチラ裏にでも書いててくれ
99:あらわれ
12/05/21 00:55:29.67 0
>>98 「理解させる気が無い」
どちらかというと後者で、理解は期待していませんし、理解してもらえなくて結構です。
理解するしないに関わりなく、一度読んでしまえば、頭脳内の記憶に何らかの形で残っていきます。
それがどうなるか、どうするかは当方の感知することではありません。
気にかけるとそれだけ頭脳内に染み込みますので、気にしないで構いません。
100:考える名無しさん
12/05/21 01:04:07.20 0
いや、そもそも読む気がしないんだがw
101:考える名無しさん
12/05/21 01:30:16.05 0
>>99
便利な言い訳だな、機会があれば使わせてもらうわ
102:あらわれ
12/05/21 01:37:09.92 0
>>100 「読む気がしない」
わたしはあなたの後見人ではありません。
いちいち報告などしなくて結構です。
見ざる聞かざる言わざる、で行ってください。
ところで見ざる聞かざるまでは簡単にできますが、なかなか言わざるになれないでしょう。
既に、二-二'の記憶世界に擦り込まれてしまっているからですよ。
103:考える名無しさん
12/05/21 01:39:06.80 0
宗教家みたいな話術ですね
104:考える名無しさん
12/05/21 01:39:47.53 0
まあ対話が成立しないのが判ったからNGしとくわ
105:考える名無しさん
12/05/21 01:40:37.96 0
もちろん褒めてません
いくらでもコジツケ可能な物言いを自信たっぷりとするのが特徴です
106:あらわれ
12/05/21 16:07:16.89 0
> 「いくらでもコジツケ可能な物言いを自信たっぷりとするのが特徴です」
前提。
折角の時間スレですから時間で考えてみましょう。例を上にとりました。
例文の言いたい事の見当はだいたい付きますが本心までは分かりません。
時間として問題にしたいのは例文の時の流れが感じられないことです。
例文には時の流れが感ぜられないのでそのまま受け取れば、お前は「~」だと直接響いてきます。
百年経っても千年経っても変わりがないと聞こえます。
相手をそのように見た結果の表現なのでしょうが、千年越えて生きて聞く人間を相手にしているわけではないのですが、
発言者としては正当な判断となっているのでしょう。
ではこの時間の感ぜられない構文は何処から来ているでしょうか。ここを問題とします。
すぐ思い出したのは、親が子を叱る場面です。非常によく似た例です。
確かに親の言う通りだが、生涯に渡って死ぬまでそうだというような言い方の反発を感じています。
そっくり同じ構文=そっくり同じ精神構造なのです。
発言者がそう受け取ったので、相手にそういったものがあったからそうなったのでしょう。
すると発言者の世界と相手の世界にどこか一致できる、この両者を超えた世界があることになります。
そうでなければ両者に共通項が出てきませんから、これは何らかしらの実在世界のものです。
おもしろいことに発言者は自分の感じ方なり思いつき考えでそうなったとしていきます。
相手方はそんなことは知らず、自分が何を与えたのか与えるものを持っていたのかも知りません。
それでも両者間に共通する言葉が行き交います。「~」です。
馬鹿言うな、発言したのは俺でお前はそれを読んだ感想を書いているだけで、
どこにも両者間を言葉が行き交う事など無い、と言われるかもしれません。
しかし冷静になってもらえればそうも言っていられないでしょう。
つづき。
107:あらわれ
12/05/21 16:35:56.99 0
つづき。
とはいっても、立場は違います。主体的能動的な発言者側と受動側の客体があります。
ではここに時間の流れはあるでしょうか。
確かに発言を書き込んだという事からしても読んだとして返答みたいなものを書いている、
ということからしても時の流れはあるように思えます。
今回は発言者の構文の出所を考えるので、発言-返答といった流れは追っていませんが、もちろんその流れの中にいます。
むしろ両者間が結ばれてしまったところとその関係表現である「~」を見てみたいといったところでしょうか。
「~」といった表現が成立してしまうその親元です。
親元でも大本でも原理でも幻想でも構いませんが、それが無かったら両者はご縁が結ばれていません。
ここを注意してもらうと、時の流れ中にあるのに、結びつけた親元は普遍的にあるよう見えます。
無時間的に世界実在として、105氏で無ければ他の誰かが同じようなことを書くだろうし、
また105氏ならばそれを読んで反応する方が出てくるだろうし、といったことで、
そこには無時間的に汲めば尽くせない泉のようなものがあります。
もしそういった実在する世界を真似た表現が成立するなら、その表現も無時間的なものとなるでしょう。
108:考える名無しさん
12/05/21 17:12:14.49 0
で、無時間的なものと、時間的なものがある、というのは、古来の時間論だが、
貴方は何をいまさら言い立ててるの?
しかも貴方の場合、時間的なものは限りなく主観的な時間だから、その外にある時間を
敢えて外在的時間だとは認めておらず、押し並べて無時間的なものだ、と主張したいみたいだけど、
その「親元」はどのように生じたの?まあ貴方だったら、それは時間的なものでないから、
元から在った、と主張せざるを得ないけど、うん、それは主観とは独立にあったし、
主観とは独立の契機ではあることは認めるけど、それがどのように生じたかの説明を
放棄して、「無時間的にあった」というだけでは、いささかお粗末でないかい?
109:考える名無しさん
12/05/21 17:47:15.78 0
創造主がデザインした。それ以上は考えてはならない。
110:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/21 17:51:39.21 0
例えば、ホワイトヘッドの時間論は、神を前提としているが(あと西田も)、
ドゥルーズの時間論は、理念を前提しているのですよね、
いずれにしろなにか無時間的なものを前提しないと、たとえ「あらわれ」さんのような、
徹頭徹尾認識論的な時間論でさえ、どこかでほつれが生じるでしょうね。
111:つくだに
12/05/21 19:34:58.38 0
なんかもめてるのですか。
無時間って言う概念がちょっと理解できないなあ。
ちょうど文学板で時間論の話をしたのでコピペしておきますね。キリエさん添削よろしくです。
ブランショの「踏み外し」に「プルースト的体験」という章があって読んだのです。
時間論について述べている箇所がありました。
いつかプルーストスレでベルクゾン的時間とプルースト的時間の共通点の話なんかしたっけなあと思い、懐かしくなりました。
以下の踏み外しからの抜粋には、ベルクゾン的要素が多分につまっていると思います。
「かれはつぎのような確信を得た。すなわち、持続する存在が各瞬間を与える見せかけの死を免れるのは、
現在と、それに類似した過去との偶然の出会いにより一つの絆が確立されるからだ(プルーストが「時間
の外に」、「時間の秩序から解放されて」つまり、時間による死から解放されている存在と語るとき、かれ
の了解しているのはこのことである)と。さらに、時間内での存在の持続は純粋で決定的な喪失ではなく、
実在であるからであり、だから、彼は特権をもつかけがえのない印象が想像させるがままにこの実在を
再発見させる計画をたてる(そのとき、かれは「存在が決して理解しないものを純粋状態で少しの間ーー
閃光の輝く間ーー隔離し、不動化する事」を語るのである。)。」
↑時間は減るごとに失われて行くのではなく、生の実存を見いだしてよりはつらつとするために発見されつづける
という部分がいかにも創造的で、ベルクゾンとプルーストの時間をうまく繋ぎあわせているなあと思いました。
112:考える名無しさん
12/05/21 20:17:16.32 i
全ての物体に時計がある。
個体の要素に含まれなければ影響はなく、
含まれれば、一緒にその時計は止まる。
その時計を人間が扱えるようにしたのが、時間。
そこで疑問が生まれる。
なぜ人間はその時計を扱いたかったのか?
それはおそらく人間が自分を感じる術をそこに見出したから。
113:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/21 21:09:18.86 0
>>111
佃煮
うーん、それを読む限りでは(レトリックの多様に翻弄されてるだけかも試練が)、
ベルグソン云々というより、むしろ、貴方が「無時間的」という話題に触発されて、敢えて貼ったのだ、
という印象だなあ。
無時間的なもの、それは「時間の外に」ある存在、「時間の秩序から解放されて」いう存在、
「時間による死から解放されている存在」でしょう?
で、ベルグソン的には、持続が生命の在り方の本質であり、そのような時間的な在り方を
しているにもかかわらず、特にある特権的な体験においては、その無時間的なものを、
「閃光の輝く間」に、つまりあくまで主観的の時間の中ではあるけれども、そのような
時間を越えたものを、見ることができる、と俺は解釈するかな。
その条件となるのが、「現在と、それに類似した過去との偶然の出会い」である、と。
つまり、過去はもう変えられない実在であるが、現在は常に生成する。だから、
過去と現在の関係は、常に創造的に刷新されている。
しかし、もっと正確には(ドゥルーズのベルグソン論的には)、この場合の「類似した過去」とは、決して体験されたことがない、
純粋過去なのだろう。つまり、イデアだ。それが、この現在と類似するから、イデア的な体験が現在において
生じうる、と言いたいのだろう。
>特権をもつかけがえのない印象が想像させるがままにこの実在を再発見させる計画をたてる
この実現のために、いわゆる芸術創作などをする、ということでしょうね。
ところで、確かにベルグソンの時間論を踏まえたうえでの議論ではあると思うが、
芸術体験、ないし特権的な経験の只中で非時間的なものを経験する、というアイデアは、
むしろショーペンハウエル的だと思う。
114:つくだに
12/05/21 21:34:02.55 0
>>113
キリエさん添削どうもです。
私は無学なので哲学の素養はまったくないけれども、
無時間というのはようするに体感できる永遠性という意味なわけですか。
まったく形而上の話ですね。だから最初聞いて、耳を疑い、理解に苦しんだのです。
それを聞いて思い出したのは、ニーチェの考えた無限ループです。
たしかブランショも、「わたしについてこなかった男」の中で、
閉じた円環の中で永遠にループし続け、そこから脱出できずに苦しむ人間を描きました。
無時間という話題がでたのでプルーストとベルクゾンの時間論を貼ったのではないにしても、
連想してみると両者は決して無関係な話ではなさそうです。
そして、本題のベルクソン的時間、プルースト的時間ですが、
文学板では、プルーストがベルクソンから影響を受けたという記録が一応あるのだけど、
具体的にどう影響を受けたのかよくわからないし、受けてない可能性が高いという話をしてました。
それで話は一旦終って、しばらくしてブランショによる指摘の箇所がみつかって、
ああ共通点があるんだね、ということになりました。
プルーストの時間は、現在感じている香りの中に、過去がすべて収斂されてよみがえって来るというもので、
ベルクゾンは現在が持続していくというもので、キリエさんの「ドゥルーズのベルクゾン論」的に見ると、
現在に置き去りにされて体験されたこともなければ現在や未来に引き出される事もないイデアとしての過去があったりして、
両者の共通点をさがすのがとてもむずかしかったのです。
でも、ブランショの説明があっさりと片付けてくれました。これで私は納得がいきましたよ。
ショーペンハウエルは未読なのでよくわかりません。よかったら簡単に解説お願いします。
115:飛べないカラス
12/05/21 22:26:01.31 0
久々に盛り上がっているようですね。
>>111
時間が出てきてますが時間論とは微妙に違う印象を受けました。
前半は、過去にも現在にも置いてあるリンゴを見て、ずっとそこにあるリンゴという時刻に限定されない
リンゴとして認識するという意味だと理解。
後半は、自分がよく理解しないことでも名前などイメージを付けて、後からでも考えることができるという
意味に思いました。
116:つくだに
12/05/21 22:41:25.86 0
久しぶりですね。
前は飛べないカラスさんやキリエさんや波平さん、純一さんや三時で一時さん、トーヘンボクさん、ユビーさん他名無しさんで、
かなり盛り上がってスレの伸びがすごかったんですよね。
117:考える名無しさん
12/05/21 23:14:40.68 0
プルースト的時間w
なんかこのスレずれてきてませんか?
118:考える名無しさん
12/05/22 00:52:43.36 i
そもそも人間の知覚のほとんどが視覚で光を頼りにしている以上
現在なんてないに等しい。それ以外の五感を使っても
脳がそれを認知するのにタイムラグがある。
つまりは過去も今もない。あるのは未来だけ。
119:あらわれ
12/05/22 00:55:43.49 0
>>108 氏は判断が早く決定が素早く比較が瞬時にでき、気が短いらしくて、決断断定の用い方が素晴らしいのですが、
わたしとの関連では、それらと的確性正確性真実とはどうやら別のようです。
私の話は私の前提から始まっているので、そこを押さえてもらいたいので、
こちらから見れば派生して出てきた問題にまで手をだしたくありません。
ですので、当方からする枝葉末節に言及するつもりもありません。
氏には氏なりの本筋があるのですから、そちら側からの主張を立ててもらえれば、
それに沿った反応があるでしょう。
主張が間違っているというのではありませんので誤解無きよう。
余計に拡げてもらいたくない、重箱の隅を突ついていたいというわけです。
また、>>97はまだ後半部を書いていませんが、見ぬうちから批判が現れるというのも肯けます。
---------------------
では時間の流れの中にいるのに無時間的な汲み尽くせぬ泉のようなものがあるという言葉のアヤの正体は何でしょうか。
ここに>>76で言った「実は時間というものなど無いのです」の実体が隠されています。
時間があるのではなく、時間に成るのです。
成り成りた時間が、直ちに、時間が在るという形を取ります。その構造の前半部が>>97 です。
120:あらわれ
12/05/22 03:13:05.34 0
ベルクソンの時間自由論は素晴らしいものですが、時間をあるものとして前提してしまっているところから始めているので、
時間そのものに見つかる構造(時間を時間足らしめる先天構造のこと)の代わりに原始原初の体験できる後天顕現現象から始めます。
それはそれは見事な分析でベルクソンの右に出るものはいないでしょう。
しかし残念ながら、誰でもが追体験できる後天現象の原初の形から始めてくれていますが、
「まさに私たちが自由であるが故に、定義できない」(261頁岩波)となっているのが唯一の欠点でしょう。
そこで創造主とか神とかが出てきてしまいますので、誰かも文句の一つも言いたくなります。
その後はグルグルめぐりが始まります(ベルクソンではなく読者たちの)。
彼の示した道は生命の飛躍の体験への誘いです。そして多くの実証を示してくれています。
もう一度しかし残念ながら、かれもまた教祖のように人類に基本要求を与え、
精神意識の使用法の未来への目標を提出しただけでした。
ここに集まる皆さんは自覚の有る無しに係わらず多かれ少なかれ、次次元に目を向けさせられています。
121:あらわれ
12/05/22 03:24:01.99 0
ベルクソンの提示する最終段階は「円錐の尖端から離れた精神の領域に入り込む」ことですが、
これが死後の例としてでなく、現実社会世界の中で行われなくては意義がありません。
哲学者にそこまで要求できないなら、誰かを立てなくてはならないでしょう。
日本では自薦他薦の推薦が盛んであっちこっちでラッパが吹き鳴らされています。
でもどこにも心の御柱の立った方がいません。
というか、世界はまだそこまで行っていないということでしょうか。
いつか世界史的に見た、時間の創造に思いを寄せてみたい。
122:過去・現在・未来
12/05/22 05:49:46.25 0
言霊 過去・現在・未来・・・何処にあるか分からない
過去というのは過ぎ去ってしまってない、これは分かりますね、現実にはない。
現在と思っている心も現在だと思った瞬間過ぎてしまう、
落語じゃないですけど、うなぎを捕まえるようなもので、捕まえたと思ったら捕まえられない。
明日から先はまだ来ておりません、ない。
では何処にあるのか。
何処にもなければ手の打ちようがない。
何処にあるか分からない、何処にあっても分からない心を捉えようとするのが、
禅の坐禅という行為。
経験知で掴もうとすると、現在というものを捕まえることが出来ない。
経験知は過ぎ去ったものを思い起こして、
あの時はこうやったからと、ああやったからこうなったとかの関連を調べるのが経験知です。
過去のもの、だから尾っぽの‘オ’なんです。
現在を捕まえるということは経験知ではできない。
しかしながら経験知というものは役に立つ。
あの人に金を借りるにはどういう顔をしていったらいいか、
どんな言葉を遣ったらいいんだろう、
これ経験知、明日になれば大金が入るようにも思えるのも経験知。
123:考える名無しさん
12/05/22 06:13:09.40 0
離れた2点間における「同時」とは何ですか?
124:考える名無しさん
12/05/22 08:24:30.53 0
>>123
同時は時間が停止した場合も有りでしょうか?
125:考える名無しさん
12/05/22 08:30:11.28 i
>ベルクソンは時間をあるものとして前提している
これは確かなのか?
時間的推移を外延にする諸イマージュの因果全体を直感の形式だと言ってるように思っていたけど俺の誤読?
126:考える名無しさん
12/05/22 08:58:13.45 0
>>124
蓋然性の高い根拠を添えられるなら有りで良いんじゃないでしょうか
127:考える名無しさん
12/05/22 11:16:02.09 0
認識論で言うなら
過去 -> 記憶
未来 -> 推論
現在 -> 認識主体(あなた自身)
がこれにあたるんじゃない?
128:考える名無しさん
12/05/22 11:29:49.75 i
>>127
過去が記憶であるなら、その記憶を視覚化しただけでタイムトラベルするんじゃないの?
そうすると視覚化された記憶(過去)と認識している現在が同居して矛盾にならない?
129:考える名無しさん
12/05/22 14:11:50.24 0
>>128
例えば退行催眠をかけた場合、過去の記憶が呼び起こされ、被験者の意識は記憶と現実の区別はつかないと思うけど...
別に矛盾とか無いんじゃないかな?
130:あらわれ
12/05/22 17:31:14.87 0
>>125 :
>ベルクソンは時間をあるものとして前提している(125)
>ベルクソンは時間をあるものとして前提してしまっているところから始めているので、(120)
「時間があるのではなく、時間に成るのです。」(119)という意味ですが、
ベルクソンも「等質的空間」をあるものとして前提しないとまえに進めないようです。
その意味で、
「時間的推移を外延、、、」もベルクソンも、時間の前提から逃れられていないようです。
------------------------
時間の確認には「等質的空間」を持ってきますが、ではそれは何処で確認するのかと言えば
動的な内的因果性を持ち出し、それを越える飛躍が出てくるわけで、
凡人から見ると堂々巡り、彼から見れば一歩踏み出せ、となります。
これは自証するに必要なことですが、他証ができないものです。
なのでそれらを越える道がまだあるはずとなります。
131:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/22 20:09:10.05 0
>>130
>ベルクソンも「等質的空間」をあるものとして前提しないとまえに進めないようです
こんなことを言ったら、ダメですよ。
時間を他証できないものと、それまでの哲学史に逆らって主張したところに新しさ、
偉大さ、哲学史上の文脈があったので、だから「他証ができないからダメだ」という主張のほうが、
「時間は客観的に他証できるはずのものだ」という古来の時間論の前提が入っているでしょう。
なぜなら、ベルグソンの時間論は、本来一元論ですからね
(まあそれが、宇宙全体の多様性に、のちに拡張されるが。)
「ベルグソンの持続が、そこにおいてあるところの等質的時間があるはず」←これが誤読です。
持続は(本来は)一つしかありません。
まあそれはそれ、どのように無時間的なものから時間が生じてくるのか、楽しみにしてます、
ちなみに貴方は哲学史を全く放棄しているようだが、哲学史という共通の土壌がない、ということは、
公共性に欠ける、ということです。
132:考える名無しさん
12/05/23 00:09:08.15 0
ベルクソンの持続に実は空間が先立ってるというのは九鬼も指摘していたな
133:あらわれ
12/05/23 01:38:49.22 0
>>131 > 哲学史
「公共性、共通」の材料に囚われ方には有意義なようで、「ない、欠ける」者達には馬耳東風のようなコメントです。
哲学史上の誰それの教義は話の種でしょうが、目指すもの提供された材料の調理で、新規の美味しさを求めるのではなく、、
真実を探すことで、材料と料理法に囚われることは三千巻の巻物を五千巻にするだけのものです。
ですので、「貴方は哲学史を全く放棄しているようだが、哲学史という共通の土壌がない、ということは、
公共性に欠ける、ということです。」は、大変栄誉な指摘をもらったように感じます。
一歩踏み出すのは三千五千巻の巻物など必要でなく、kyrie氏に固有の巻物を拡げればいいように、
私もそうしたいものです。
それは各人が持っている「絶対的に新しいものを作り上げるたゆまぬ丹精を意味する」
楽しみにお待ちください。
134:考える名無しさん
12/05/23 02:35:53.23 0
物質の運動を経過的に計る概念
135:考える名無しさん
12/05/23 03:01:23.17 0
★【地震予測】次の地震は7.3!?ネットでまことしやかに流れる噂
■3.11を当てた子どもが「7.03へ~らへら」
TwitterやNAVERまとめなどのサイトで、次の地震波7月3日か?との噂が広がっている。
スピリチュアル情報サイト「ハピズム」の記事によると、3.11の前に「311ぐらぐら」と言っていた知的障害者が
今度は「73へいヘ~らへら」と言っているとのこと。
(中略)
噂を信じるかは個人の自由だが、常日頃から地震や災害に対する準備を怠らないようにする必要はある。
4: かみのけ座銀河団(京都府) 2012/05/21(月) 07:57:59.13 ID:abbn3ksF0
7月3日の次は
10月1日が怪しい。
136:考える名無しさん
12/05/23 03:47:31.22 0
時間が何かって難しいなぁ。
物質の運動は時間と空間とエネルギーで定義出来るけど、時間と空間とエネルギーをそれぞれ定義しようとすると、それぞれの関係から定義するしかない。
このスレでは認識論も入り混じってるから、余計に混乱する。
例えば、数字の1が何かっていうくらい難しい。
137:考える名無しさん
12/05/23 04:12:31.69 0
僕が知りたいのは、我々が今認識している時間は、あくまでも物理学的に記述しうる現宇宙の相対時間であって、それ以外に絶対時間というものが存在するかどうか、という点なんだよね。
宇宙の始まりの前に時間が無いとすると、それ以前の宇宙と今の宇宙は、どちらが先に出来たか区別が出来ない。
でも、それを超越する絶対時間が有ると仮定する事も出来るんじゃないかと。
138:考える名無しさん
12/05/23 08:29:11.02 0
時間は俺が認識する以前にはバイナリデータのようにどんな法則性を見出すことも難しいようなバラバラの暗号だったに違いない
139:考える名無しさん
12/05/23 10:09:05.51 0
超越と一元論の関係ってどうなんでしょうか。
140:考える名無しさん
12/05/23 10:57:46.34 i
>>137
あるなら世界はひとつだし、ないなら世界はたくさんある。
141:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/23 21:01:24.67 0
ポジティブですねw
私はいわゆる貴方の「自分哲学」を非難したのですが……
私が昔この板で、恥知らずにもやっていたように。
貴方がやっている、自己完結の思索を、私は>>108で、公共的に「翻訳」したのですが、
それを貴方は気に入らなかったようですね。
というのは、貴方の「絶対に新しいもの」という自負が、既存の議論にたやすく還元されたから、
貴方は不愉快に思ったのでしょう。
文献を研究する、というアカデミックな姿勢は、「自分の哲学を欠く」ということでは全くない。
むしろ哲学史を貴方は踏まえないから、既存の議論の上で延々と踊っているようにしか見えないのですよ。
まあ、いいです、はやく「時間が成る」ことを論じてください、また私が、翻訳してみますから。
142:つくだに
12/05/23 21:44:15.81 0
キリエさんはツイッターやらないの?
143:あらわれ
12/05/23 22:52:34.51 0
>> 時間の真実
今回の話の都合上、真実という言葉使いは外来種ですので、日本語の「まこと」と言い換えます。
哲学には大和古来の言葉があるのに、近代の翻訳語にいかれちゃう人が結構います。
真実をマコトと言い換えるだけで気に入らないという方もいることでしょう。
そういう方には最初から通じない部分があります。
変なことを引用しますが、ひふみ神示ではマコトを○九十と表記しています。
マコトのマは当て漢字を用いれば、間、真で、コトは九と十、事、言等です。
ですので、○九十を翻訳すると真事、真言、間事、目事、真子十、等々になり、
みなさんも関心が出てきたらやってみてください。
真実という漢字を使用すると、その説明は、科学的客観性とか理性的な合法則性とか、主観感情分野の出来事とかになり、
ようするに現象次元に属する立場からのあれこれ、「真実は複数あるが、事実は1つしかない」「真実は一つなのに」とかが出てきます。
時間スレでも同じことです。時間をあるものとして実体化してしまったところから考えると、
主張の内容が違うだけで、主張の仕方が同じ穴のむじな式でいることを忘れていきます。
144:考える名無しさん
12/05/23 23:01:18.45 0
>>123をご説明出来る方はいらっしゃらないのでしょうか?
145:あらわれ
12/05/23 23:02:32.74 0
ところがこれを大和言葉で表現すると、上記の十人十色の考えと言葉の使い方は「マコト」の一言で全て片付いてしまいます。
翻訳の百や二百どころか、67億個分でてきます。
kyrie 氏の「公共的に翻訳したの」は既にみましたが、まだ残りの67億個分の翻訳が提出されていません。
また137氏は「絶対時間」を「仮定」していますが、そんなものはいくらでもどこでも見つかると同時に、
概念が作り上げたはかない既に本人内で壊れかけている幻想に過ぎないことで説明できます。
そこで、67億の翻訳の幾つかを、哲学史からでも自己完結の思索からでもお気に入りで取るか、
67億全体を貫くマコトをとるかの差になってきます。
「翻訳」の幾つかの例の中に入っているかどうか知りませんが、ちょっとだけ引用してみます。
ヒフミ神示では「神示では〇一二三四五六七八九十と示し、 その裏に十九八七六五四三二一〇があるぞ、 〇九十のマコトであるぞ」
という表現があります。
哲学でも象徴暗喩表現は許されているので、この場合は数列による暗喩です。
出所は神が降ろしたというケッタイなものです。
ヒフミ神示ではこれが67億を貫くマコト(真実)の姿だというわけです。
公共的という一つの現象表現に拘泥するkyrie氏の選択もその中にあります。
「翻訳」方面の中にはありましたでしょうか。
146:考える名無しさん
12/05/23 23:06:21.79 0
あんまり言葉の表現にこだわりすぎるのもどうかね
言語哲学なんかはそういうことを徹底的に考える分野だけれど
言語自体が曖昧性をはらんでいるから
どうにもこうにも唯一の表現になり得ない
だから個別の条件付き「時間」ということで説明するしか方法はないし
時計の時間のように実体化した時間というならそれについての思考と…
でないと先達たちの轍を踏むだけにしかならないよ
147:あらわれ
12/05/23 23:53:00.19 0
>>146
関心のある美味しいところだけをいただいて、後はギブアップも普通にありですね
忠告無視する馬鹿は死んでも直らないというのもあるし、
親の目でやらせて分からすというのもあるし、
性格もあるし、
知識量もあるし、
あれもあるし
これもあるし、、、、、
146だけでも既にいろんなこと含んでいるし、
か弱い、遠慮深い意思もあるし、
それらを一言で言うと、あ(吾)の意識といいます。
148:あらわれ
12/05/23 23:56:42.52 0
145から。
同様に、時間を大和言葉のトキと言い直します。
どの哲学者も哲学史を知っている知らないに関わりなく、暗喩象徴表現を使用しますが、
kyrie 氏の同意の有る無しに関係なく進めることにします。
というのもいちいち係わると67億分の一の意見で分かるとか分からないとかで停滞するからです。
67億全体からする見方とkyrie 氏の67億分の一の「自分の哲学」からする立場とでは最初からかみ合いませんから。
一生かけて一つの問題に係わる方もいらっしゃるのに、「はやく論じてください」とはこれいかにですが、
「翻訳」家とはそんなものなのでしょうか。
ではトキ(時)について。
ここにはマコトと同じ「ト」があります。
こんなことを書き出すと哲学者の皆さんは馬鹿らしくて見る気も起こらないでしょうが、
真実はどこに転がっているか分からないものですから、宝物を拾うかもしれませんよ。
149:考える名無しさん
12/05/24 00:02:08.65 0
なんだ、本当に宗教家だったのか
150:考える名無しさん
12/05/24 00:03:47.99 0
トキ(時)じゃなくてトキでいいよ。
ところでトマトにも「ト」があるよね。
トマトは赤い。時間は赤くない。というか色がつけられない。
まずは色付けされない概念というカテゴリーを検証してみたらいかがか?
151:あらわれ
12/05/24 00:23:02.94 0
>>150
Tomate
英語「tomato」からの外来語で、日本には宝永5年(1708年)に伝来した。
「検証してみたらいかがか?」
152:あらわれ
12/05/24 00:24:57.24 0
「ト」は当て漢字を用いれば「十」であり「戸」です。「トキ、マコト」のトと十、戸とでは何の関係も持っていない、
あるとすれば風が吹けば桶屋が儲かる式の落語と思えることでしょう。
ところがわたしたちからすれば、たった一つの真実(マコト)がここにあるのです。
哲学史で幾ら知識を仕入れても、過去知識でしかないし、本日現れる大天才が三千巻の哲学史をまとめても、
後代の五万巻の巻物のどこかの一ページにしかならないでしょう。
ベルクソンはそんな因縁を越える道を示しているのに普及していませんね。
さらにそんな彼を超えるお話がマコトのトキの「ト、十、戸」の中にあります。
以上は誇大妄想の、現代ではまだいかれた頭の産物ですが、古代大和と今後はその限りではありません。
>>98-105
私たちの立場は哲学史でしか考えられない時代以前の古代大和の時代からはじまります。
--------------------
さあ、桶屋が儲かる式のこじつけか理性的なこじつけかマコトのこじつけか翻訳のこじつけか、ここが思案のしどころです。
理解を求めたり了解させようと説明したりする哲学史以前の、マコトの世界です。
既に149のような者も出てきました。それなら宗教家からする時間論でも一席ぶってみてはいかが。
153:考える名無しさん
12/05/24 00:29:26.35 0
自己弁護ばかり
くだらね
154:あらわれ
12/05/24 00:31:15.91 0
>>150 >時間は赤くない。というか色がつけられない。
本当ですか。
どうして分かりましたか。
google検索「時間と色」
155:考える名無しさん
12/05/24 00:40:13.29 0
コミュニケーションを求めるなら相手の立場にたってものを考えることを始めなさい
156:つくだに
12/05/24 01:08:42.29 0
すごい伸びてるなあ。あらわれさんがんばってる。
157:考える名無しさん
12/05/24 01:22:37.87 0
宗教家の宗教家たる所以は、理屈の大半が比喩から飛躍したコジツケであること
理屈ではなく深淵な真実を喩えたものだ、と本人は言うかもしれないが
158:考える名無しさん
12/05/24 01:36:26.52 i
長かろうが短かろうが、直感的に美しさを感じなければ「真理」ではない。
あらわれさんの文書からは「真理」ではなく「心理」を感じるよ。
159:考える名無しさん
12/05/24 01:57:05.05 i
まあ何が真かわからない以上、心を動かす理の方が賢いとは思うがね。
160:考える名無しさん
12/05/24 06:02:39.92 0
役に立たなければ知ではない
161:あらわれ
12/05/24 18:04:54.00 0
>>160 > 役に立たなければ知ではない
同じ知でも役立ったり、役立たなかったり
役立った事を後で知ったり、知らないままだったり、知らないから助かったり
「役に立たなければ知ではない」
実用的有用な意見と取られたり、無知と取られたり
役に立つのを知としていますが、
知を他の言葉で置き換えられるといろいろ辛い事がおきるでしょう。
しかし、
「役に立たなければ知ではない」ではなく、
「役に立たなければ知は実相にならない」ですね。
こうやって巡り巡って「相手の立場にたってものを考える155」というわけですね。
哲学とは因果な商売だ。
162:あらわれ
12/05/24 18:11:18.32 0
どなたの意見も主張も、少なくとも各自自身に歓喜や満足、快楽をもたらすものが、
各自にとって少なくともマコトであると感じられているものです。
これは理知とはまた別にあります。
各自自分で言ったことに大なり少なり喜びを見いだし納得できるのが、それぞれの真実です。
159、158、157、156、155、153、もみんなそれぞれ自分に納得した発言の喜びがあるから、
何か突っつかれると自分の所有し創造した、観念概念を害されたように感じて怒り出します。
当然時間に関する発言についても同じです。
各自自身で創造し所有し、その表現になっとくし満足して喜んでいます。
果たしてこの時に述べられた時間論は真実でしょうか。
述べた人は自信満々知的財産の登録ノーベル賞への申請さえいといません。
それを読んだ人が同意納得して若干の不備を訂正しました。
二人とも大満足です。この時間論は真実でしょうか。
廻りに賛同者が集まり多数が一致して論の拡大に成功していき、
異にする派とは比較にならないような大集団になりました。
この大集団の時間論は真実でしょうか。
さらに翻訳され各国に取り入れられ教材にもなりました。
この時間論は真実でしょうか。
とうとう全ての大人も理解でき納得して互いに通用できる時間論を持つことができました。
はたしてこの時間論は真実でしょうか。
ある時この時間論を創造した人が山と積まれた本の詰まった部屋の中で言いました。
俺はいま腹減っているのに、「俺の時間論は喰えない。」、あるいは、
「直感的に美しさを感じなければ「真理」ではない。」(158)と嘆きました。
163:あらわれ
12/05/24 18:18:37.57 0
>>
もし以上のような時間論の始まりだったらどうでしょう。
誰しも自分の書き出しに納得了解歓喜しているなら、誰の文句も受け付けないでしょう。
しかもその歓喜は自分が創造所有した表現で成り立ってるとあっては、正しさのタ、
真理のシの字ぐらいはあると自負していることでしょう。
そうなれば書かれたことの内容に関係なく、自分の創造所有として真理を主張していくことになります。
正しい真理と主張はしていても、その時間論は始めた人の了解創造所有の喜びに裏打ちされただけです。
その後に自己満足としてでなく、グループも形成され教科書にもなっています。
果たしてこんなことが許されるでしょうか。
というより普通のことですね。さらに自己所有欲の強さがおうおう真理となります。
レスのどの方の発言もその内容とは関係なく、自分の所有物として真理を主張しているわけですから。
これを時間論で受け取れば、論としての理性としての客観的な時間論と
主体側の意識や感情としての時間論が併存しているとなるでしょう。
ですので俺の時間論は喰えないとか美しくないとかもその存在を主張します。
というより両者(あるいはそれ以上)ともマコトでないならば、未だ中途半端となります。
164:あらわれ
12/05/24 18:26:50.68 0
お分かりですか。主張される見解には二者が含まれています。
一つは科学事実方面に向かい、一つは主観方面に向かっています。
科学者は主観方面は一切切り捨て、宗教家は科学事実方面を切り捨て主観方面からしか見ず、
哲学者はどっちつかずか両方取りです。
このような人の思考を大所から眺めると、どれも不十分です。
その為理論的理性的な主張に感情が混ざり、また自覚的無自覚に混ぜ込み、
自分に対しても相手に対しても混ぜたまま、あるいはすり替えて言い出すことができるのです。
その逆に、感情的な主張にも理論的理性的な思考を取り込み都合のいいように利用します。
でもよく見ると、これらは自分の思考の裏表で、形の上では他人が介入し、他人が賛否しているように見えても、
自分の中にそれに対応できるものがあるから、自分も賛否の返答をしてしまいます。
ですので相手のアホな駄目な意見として捨て去っているようですが、実は自分をかたわにしていることになります。
これは哲学史などをして温故知新を実行することではありません。
哲学史を勉強していようといまいと自分にある両者両面に気付く事つまり、
今出てきた思考、今出ている思考にはもともと感情面も理性面も統体としてあることに気付く事です。
ここの例では感情と理性と言っていますが、実は思考がではなく、心がその統体を動かすという立場からすると、
二者ではなく、心は五つの層になっています。>>97
心が五つの層になっているなら当然時間や主張とかもそれに対応しています。さて。
165:考える名無しさん
12/05/24 18:28:38.23 0
>みんなそれぞれ自分に納得した発言の喜びがあるから、
何か突っつかれると自分の所有し創造した、観念概念を害されたように感じて怒り出します。
当然時間に関する発言についても同じです。
それはそうでしょう、そして「あらわれ」氏においてもそこから逃れることは出来ないでしょうね
だからこそ今度は書き換えをしたところでそれじたいの意味動機も同じもの過ぎません
時間論についてはそれぞれの時間について考察を分けたあと、全体的に語る方法しかないでしょうし
166:あらわれ
12/05/24 21:43:35.28 0
>>165を読みました。 > 「~しかないでしょうし」
165氏ににとってそうなのか真理の考察にとってそうなのかで違いますが、
「分けたあと、全体的」というのも「~しかないでしょうし」に含まれているようですね。
「分けたあと、全体的」は、分類分析から総合へ、というようなことなのか、
または他のことを指しているのか分かりませんが、
精神の性向がそうであるからといって、「~しかないでしょうし」といわれちゃうと、
悲しくなります。
ベルクソンを読んだときそういった精神の運用法の弱点がよく示されていると感心したことを思い出しました。
どうせ書いても分からないでしょうし、書くわたしも分かっていないものですが、物真似みたいに記しておきます。
人の行う「考察の方法」は実は四つしかないのです。
世界中のどこの誰が行おうとこの四つのどれかになってしまいます。
1-めちゃくゃな赤ちゃんのような方法
2-知識概念記憶を駆使する方法
3-感情情緒を維持する方法
4-見通し選択できる方法。
167:あらわれ
12/05/24 21:45:30.20 0
科学、哲学、思想、学術世界、日常考える考察、等々は全て2- の中にあります。
良否、高尚下品、理路整然でまかせ、等々であろうと、その原理運用に変わりはないのです。
いままで私の書いてきたことも2-の中にあります。
そのために賛同拒否が入り交じっていけます。
例えば1-3-には賛否が入り込めないのです。(赤子は考えていないというのはちょっと置いておいて下さい)
1-3-で賛否の出てくる形を見れば、印象記憶経験から作られた概念への、
つまり自己保存された記憶概念3-への賛否にすり変わっているでしょう。
(哲学スレなので原理次元で話してもいいでしょ)
そうすると、言っていることは目茶苦茶間違っていると捕らえられているのに、
感情的には正しいと言っている場合がいくらでもあります。
ここで感情的な考察と知識の考察が同じ原理でないとすれば、
「~しかないでしょうし」ということになりません。
-----------------
これに対して、知的理性的な考察に関してだけならどうなるということもいえるでしょう。
その時は既に同じ2-という土俵に登っていますから、でどころは同じでも、対応が変わります。
結局165氏とほとんど同じことをいっているようです。
最後の「~しかないでしょうし」だけがちょっと別のようですが、3-4-へ行く道がありそうに思えます。
168:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/24 21:50:52.57 0
勘に触ったのならお詫びしますよ、
>みんなそれぞれ自分に納得した発言の喜びがあるから、
>何か突っつかれると自分の所有し創造した、観念概念を害されたように感じて怒り出します。
>当然時間に関する発言についても同じです。
というわけですからね。
いずれにしろ、貴方の言葉を、私が苦労して公共言語にもたらす、
という仕事はさせてください。
貴方の説が、仮に67億を貫くマコトだったとしても、それが公共言語で語られねば、
マコトに映らないのですからね、貴方の用いる言葉そのものに覆い隠されてしまうのですからね。
私の仕事は、そのマコトが、もし真実にマコトであり、従って普遍性を持つのであれば、貴方の用いる言語から推して、そのマコトを追体験して、
より公共的で、哲学史に即した、従ってより万人が理解しやすい言葉に翻訳することです。
だから、何を引き伸ばしているのです?その67億を貫くマコト、時が成ること、を
待っているのですが。
あらゆる指摘・批判を丁寧に撥ね退ける作業は、それらを語ってしまってからでもいいでしょうに。
まあもう邪魔はしませんよ。
169:考える名無しさん
12/05/24 22:05:39.97 0
>>166
なんで「世界中のどこの誰が行おうとこの四つのどれかになってしまいます。」と言い切れるの?
ここは哲学板だからその根拠をまず示さないと駄目でしょ
170:考える名無しさん
12/05/24 22:57:34.49 i
>>166
自分でわからない、整理がついてない事を書くから無駄に長くなる。賛否があるのは当然なんだから、理路整然と書いて欲しい。
171:あらわれ
12/05/25 00:17:07.66 0
>>169 >根拠。>>170 > 理路整然。
>> 四つの方法の、始めと終わり
1-めちゃくゃな赤ちゃんのような方法
2-知識概念記憶を駆使する方法
3-感情情緒を維持する方法
4-見通し選択できる方法。
-------------------------------------
始めと終わり。
1-始めも終わりもなく始めが終わりで終わりが始めです。
2-始めも終わりもお気に入りに左右されています。
3-明瞭、明確な了解した始めしかなく、終わり方を知りません。
4-始めも終わりも掌の内にあります。
-------------------------------------
時間論に当てはめます。
1-めちゃくゃな赤ちゃんのような時間論。始めも終わりもなく始めが終わりで終わりが始めです。
2-知識概念記憶を駆使する時間論。 始めも終わりもお気に入りに、
疑問を感じ起こしたものを心の中心にして、それに左右されています。
3-感情情緒を維持する時間論。 明瞭、明確な了解した始めしかなく、終わり方を知りません。
4-見通し選択できる時間論。始めも終わりも掌の内にあります。
-------------------------------------
自覚と組むと。
1-自分が始めという自覚もなく手段目的もなく、完結性の無いまま、自覚の無いまま終わる。
2-自分が始めた自覚しかなく、対象となっている世界、宇宙との自覚は無い。
完結した体系は得られず、結論を引き出してもそれが次の疑問の始まりとなり、きりがなく終わり方の自覚を知らない。
3-自分が世界、宇宙と同等である自覚を持ち、自覚の内容を基本要求、目標とするが、
完結性を得られず時の経過、未来にゆだねてしまい、終わり方の自覚を知らない。
4-自由自在。選択按配が自由意識として成り立っている。どの時点においても、
結果を事実として確認でき、また完成された結果として提出できる。
172:考える名無しさん
12/05/25 00:38:06.78 0
そんなことより時間を束縛変更の項とすることで我々は一体何をしたことになるのか議論しようぜ
173:あらわれ
12/05/25 00:45:06.75 0
>169>170
通常、論と称するものは2-の次元のものでしかありません。
理路整然を要求する人たちには、他の次元のことは分かりません。
芸術にも宗教にも疎く、人の心の全般に通じていません。(大見得を切る馬鹿なわたし)
根拠を要求しても、了解できる力能がないのは既に分かっています。
多少は色即是空とか悟りとか、芸術、宗教の神とか、ベククソンの時間に関心がないと突破できません。
>168
kyrieさんがしびれをきらしているでしょう。
「からでもいいでしょうに」と相手に言うのか、自身に言っているのかで大変な違いですが、
「まあもう邪魔はしませんよ。」というのは、kyrieさん自身のことでわたしとは関係ありません。
もしお急ぎなら私の種本だけでも先に知らせておきますが。
174:考える名無しさん
12/05/25 00:56:40.80 0
中身がねえ
175:考える名無しさん
12/05/25 01:01:40.63 0
仏教を多少かじるとこうなっちゃうという悪い見本だな
176:考える名無しさん
12/05/25 02:25:07.39 i
>>173
前置きが長い。時間とは何かと話している。
結論が仮にあるなら、時間とは○○であると言い切ればいい。
177:考える名無しさん
12/05/25 02:28:00.73 0
>>173
自己弁護に余念がないw
精神の鍛錬が足りてないんじゃないですか?
178:考える名無しさん
12/05/25 04:23:34.09 0
論理的じゃねーと共有できねーよ
共有できねー知はもう学問じゃねーよ
学べないんだから
これだからデムパは手に負えない
179:あらわれ
12/05/25 15:56:47.26 0
>>174-178 ⇒「中身」「悪い見本」「言い切れ」「鍛練」「論理的」
凄いですね。それぞれ貴重な評価です。
わたしとしてはそんなに多くのバリエーションを与えた積もりはないのですが、ウズメの力は素晴らしい。
わたしにしたってその場で閃いた思いつきが気に入って喜び、書くとちょっと長くなるだけなんですよ。
>>176
「実は時間というものなど無いのです。」とこのように、>>76で言い切っています。
ですので、「中身がねえ」「悪い見本」「鍛練がたりない」「共有できねー」等はずばりな指摘です。
希求心旺盛なのが分かります。注意深く読んでくださってありがとうございます。
どうせいつか皆さんも分かるようになりますが、知的な虫を退治するのが仕事になります。
すくなくともベルクソンだけは読んで置くことを薦めます。
180:考える名無しさん
12/05/25 16:04:12.94 i
>>179
時間はない。このロジックは無理がある。
ないという事は、既にあると知っていなければないとは言えない。
そこであるはずのものをないと言ったところでただの言葉遊びに過ぎない。
結果として、結論がおかしいというロジックになると思うが…?
181:考える名無しさん
12/05/25 16:09:30.90 0
何かの拍子に動く紙芝居
パラメータkはたまに永遠に止まってる
一枚動くとプランク時間
どう動くかが変分原理で予め決まってるのが無限枚用意されてる
182:考える名無しさん
12/05/25 16:09:56.12 0
時間の反実在論は結構有名な議論だよ。論理学者たちもやってる。
183:あらわれ
12/05/25 16:43:04.28 0
>>180、
下手な説明など聞きたくないなら、ベルクソン「創造的進化」231頁~に丁重に
説明してくれています。
最初から当然出てくる疑問であることが解明されています。
わたしの下手な説明ではこうです。
180氏のコメントが180となりました。ここにコメントがあります。
それなのに、、、
時間(コメント)はない。このロジックは無理がある。
(コメントが)ないという事は、既に(コメントは)あると知っていなければ(コメントは)ないとは言えない。
そこであるはずのものをないと言ったところでただの言葉遊びに過ぎない。
結果として、結論がおかしいというロジックになると思うが…?
時間をコメントと入れ換えると上記の文になります。
わたしではなく180氏がそういったのですが、ちょっと拝借しました。
184:考える名無しさん
12/05/25 16:59:55.21 0
時間論の必読書
“The Unreality of Time”, J.M.E. McTaggart, Mind, vol.17, 1908)
『時間は実在するか』(入不二基義、講談社現代新書)
『時間論の構築』(中山康雄、勁草書房)
『時間の本性』(植村恒一郎、勁草書房)
『時間様相の形而上学 現在・過去・未来とは何か』(伊佐敷隆弘、勁草書房)
『真理という謎』(マイケル・ダメット、藤田晋吾訳、勁草書房)
『時間に向きはあるか』(ポール・ホーウィッチ、丹治信春訳、丸善)
『四次元主義の哲学 持続と時間の存在論』(セオドア・サイダー、中山康雄監訳、小山虎+齋藤暢人+鈴木生郎訳、春秋社)
『時間の矢の不思議とアルキメデスの目』(ヒュー・プライス、遠山峻正+久志本克己訳、講談社)→絶版
『時間の歴史』(渡辺慧、東京図書)→絶版
『皇帝の新しい心』(ロジャー・ペンローズ、林一訳、みすず書房)
『意識に直接与えられたものについての試論』(アンリ・ベルクソン、合田正人+平井靖史訳、ちくま学芸文庫)
『自由と行為の哲学』(門脇俊介+野矢茂樹編監修、ストローソンほか、法野谷俊哉ほか訳、春秋社)
『カントと自由の問題』(新田孝彦、北海道大学図書刊行会)
『自由は進化する』(ダニエル・C・デネット、山形浩生訳、NTT出版)
『読む哲学事典』(田島正樹、講談社現代新書)
『マインド・タイム 脳と意識の時間』(ベンジャミン・リベット、下條信輔訳、岩波書店)
185:考える名無しさん
12/05/25 20:40:10.67 i
>>183
時間があると我々は思っているがそんなものはないと?
時間の一秒、一分などは人間が勝手に決めた概念でそこに時間はない。
しかし、ないというにはある事がわかっている。つまり、概念としての意味以外に時間というものはない…でおk?
186:考える名無しさん
12/05/25 21:24:18.74 O
一つ一つ順番に飛ばした粒子が干渉縞を描く。
観測者には、時間をかけてこの事象が起こるように見える。
干渉縞は観測者の系外で同期的に成り立っている。観測者は同期的な事象が逐次的に見えるように、事象の内部に位置している
187:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/25 22:09:28.36 0
>>185
時間が直観の形式である、というのがカント、
実存の根本形式である、がハイデガー、
ベルグソンは、もはや時間というより、持続を語った。
しかしあらわれ氏は、概念としての時間云々より、「時間が成る」ことを、
今後示してくれるそうだから、まあ待ちましょう。
ところで、今の段階での疑問は、成ったところのこの時間が、実在性を欠いているのか?
ということです。
>>76で書いてある時間の在り方、時間に基づいた我々の在り方は、本来的でないことになります。
それは、「成った」時間の上に成り立っているだけだから。
だから、今後は、その我々がその上で認識もし、存在もする時間が、そこから成るところの、
より根本的な実在が語られるのでしょう。
188:あらわれ
12/05/25 22:26:36.60 0
>>180 >ないという事は、既にあると知っていなければないとは言えない。
・お気に入りき言い回し。
この言い回しがお気に入りなのではないかと想像しています。ベルクソンが上手に解きほぐしてくれています。
・今-未来。
彼の場合は「行動が円環をやぶる」という、今-未来の方向をとっています。
・ある、という今。
それでも、「ある」という今の問題が残っています。
・過去-今。
現在有るという今の事を考える片っ端からそれは過去になっていきます。
ですからその今が過去-今になっていく今に対しては、知性より大きい事象といっています。
以上はベルクソンを敷衍しました。
189:あらわれ
12/05/25 22:27:40.08 0
彼の場合は、
知性、ロジック分野に「行動」が出てきてしまいます。
円環を破るというのは空とか悟りとか見神とか芸術家の一匹の龍とかと、同じ構造です。
これを用いれば百人力となり、たちまちそこら辺の疑問は消失していきます。
しかしこれは理論努力を超えた分野の実在で、一歩踏み出さない人間には了解できません。
どの二チャンに集う99パーセントの人間も皆同じというわけです。
(済みませんね。こんなことを平気で言ってしまって。これには何も価値判断はなく当たり前のことを言っただけです。)
しかし、知性、ロジック分野で「知性、ロジック」そのもので円環を破る方法が提出されていません。
ここが、知性知識から離れられない人たちには不満となすところです。
ところが山頂の火口湖は同じ山の中にいては見られないというのが問題になっています。
190:考える名無しさん
12/05/25 22:38:35.14 0
>>189
>これを用いれば百人力となり、たちまちそこら辺の疑問は消失していきます
興味深いですね
例えばどんな疑問が消失するんですか?
「解決」ではなく「消失」と表現してありますが、これは、単に疑問を持たなくなるということとは区別されるのでしょうか?
191:考える名無しさん
12/05/25 22:40:45.01 0
表現が違うだけ、言葉遊びの域を出ない
192:考える名無しさん
12/05/25 22:47:23.56 0
疑問を持たない白痴になることが悟りであり、『THE 宇宙の真理』なんだろw
正確には、お前の極々個人的な『心の宇宙』の話だから、間違っても普遍的なものだと吹聴するなよ
193:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/25 22:51:05.89 0
>>192
まあ、辛抱強く聞いてみましょう。
>>189を読む限り、思考の力で(悟りの力ででなく)、円環を打ち砕ける、と言っているのですから。
そんなに主観的なことを言ってるようには思えませんよ、
むしろ、無時間的なものからいかに時間が生ずるか、この問題に関心をもつ方は多いでしょうから、
その一つの解答を期待しようではありませんか。
なかなか先に進んでくれませんがね…
194:あらわれ
12/05/25 22:52:28.56 0
>>168kyrie氏 ⇒「まあもう邪魔はしませんよ」でいなくなっちゃうと
知らせたいことがあったのに、出て来なくなるはずはないので待っていました。(少々嫌々ながらですが)
見猿聞か猿言わ猿を実行できる人間はそう簡単にはいませんからね。
どうしても一言言いたくなるのか人の性です。何故言わざるを得ないか哲学的に考えるのもおもしろそうですね。
kyrie氏は本職みたいに書けるようで、そちら側から見た目でもはみ出たところがあるように感じたというわけですか。
知らせたいことをまず。
私の種本です。
原本は何ということか、思いも寄らない、『古事記』の神代の巻です。
種本は、書店では売ってない、
URLリンク(www.futomani.jp) からです。
私の言うことはここから勝手にとっています。
もし時間論になるとしたらこんな目次になります。
195:あらわれ
12/05/25 22:56:03.69 0
>>193
もし時間論になるとしたらこんな目次になります。
一、時間というものはない
二、先天の時間
三、私の時間
四、時間を生む準備
五、時間の要素
六、時間を測る主体、測られる時間
七、客観的な時間
八、時間の創造
九、喜びの時間
書かれる内容は。
一、ここに時間論の哲学史。といっても何も勉強していませんから、切り込み方。
二、時間などないというのにあるのですから、そのからくり。 マコト。カミむすび。
三、わたしに与えられたからくりから時間領域の誕生。
四、客体化への準備。
五、客観要素。
六、乗り移る時間。
七、死んだ時間、。
八、復活した時間。
九、創造していく時間。
二、の小見出し
二の一、今とは。
二の二、世界の重層構造
二の三、動くもの。
二の四、意思。
196:考える名無しさん
12/05/25 23:01:38.27 i
>>188
なるほど。
目の前の机の上にりんごがあるとして、それを例えば食べるという行動であったにしようとする事が今-未来。
目の前の机の上にりんごがあるのが今。
そして、机の上にりんごを置いた過去の瞬間が今-過去(りんごを置いた瞬間であり、りんごはそこに「ない」から「ある」に変化した)。
ここまでは納得。
197:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/25 23:05:33.30 0
>>194
貴方にとって、>>168以降の私のレスが邪魔に見えたのなら、謝りますし、反省もしますが、
むしろ貴方を擁護しているように普通なら取れると思いますよ。
まあそんなことはどうでもいいです。
>広い心の宇宙に、ある時ある処で、やがて発展して私という自覚となる原始的な意識が芽生えます。
>その意識がどんなに小さい、ささやかなものであっても、無限大の宇宙がその今・此処の一点から活動を開始するのですから、
>その瞬間の一点こそ宇宙の中心ということが出来ます。
>そしてその一点がやがて「我あり」の自覚に発展して行くのですから、宇宙の主人公というわけです。
>私達日本人の祖先はこの一点の原始的な自覚体に言霊ウ、と名付けたのでした。
全部は読めませんが、この辺がkeyなのでしょうね、西田の「永遠の今の自己限定」にも通ずるし、
私が西田とは全く独立に(従って古事記などとは全く独立に)ドゥルーズ経由で得た認識とも、重なりそうで
興味深いです。
198:あらわれ
12/05/25 23:13:02.45 0
実は以上のことは、
もし時間を語りたければ、『古事記』を開けてその流れに時間を当てはめればいいし、
もし実在を語りたければ、『古事記』を開けてその流れに実在を当てはめればいいし、
というように、『古事記』の神代の巻を精神原論として読み替えただけのものです。
kyrieも関心が出ましたら、試してください。
方法は上記アドレスにあります。
「無時間的なものからいかに時間が生ずるか193」既に書かれてありますので、お急ぎならそちらの方へどうぞ。
「成ったところのこの時間が、実在性を欠いているのか?187」のヒミツも明かされています。
おもしろいですよ。
199:考える名無しさん
12/05/25 23:14:40.67 i
だがわからないのが過去-今の流れ。
今りんごは机の上にあるという事が片っ端から過去になる。(りんごを置いた瞬間から今への流れが長くなる。)
これが理解出来ない。
これは今から見た過去であるから、今-過去ではないのか?
仮に過去-今が知性を超えた大きな事象(これを時間と言いたいのか?)だとしても、過去から今へ流れる時間を見る事は思考の中でしかない。
200:kyrie ◆Debha1lQgc
12/05/25 23:19:04.73 0
>>199
それは、本当にベルグソン哲学の基礎的解釈なので…
あらわれ氏は、その部分に関しては、ベルグソン型の円錐のイメージを
良く保持していると思いますよ。
今-過去というのは、要するにアウグスティヌスの、現在の集中を経ての広がり、つまり
現在の過去、つまり今を中心とした記憶ですよね。
それに対して、ベルグソンは、純粋過去、つまり過去-現在を主張したわけです。
過去は、現在に劣らず実在性をもつ、というわけです。
201:あらわれ
12/05/25 23:20:25.90 0
>>199 今とは
>>97 を見てください。
202:考える名無しさん
12/05/25 23:29:19.94 0
小学4年生が理解できる内容と長さで例など出しつつ説明してくれませんか
203:考える名無しさん
12/05/25 23:34:56.35 0
再掲載
>>189
>これを用いれば百人力となり、たちまちそこら辺の疑問は消失していきます
興味深いですね
例えばどんな疑問が消失するんですか?
「解決」ではなく「消失」と表現してありますが、これは、単に疑問を持たなくなるということとは区別されるのでしょうか?
204:考える名無しさん
12/05/25 23:44:58.85 0
時間とは単に物体、物質の変化または移動で表される感覚的表現じゃないんですか?
205:考える名無しさん
12/05/25 23:49:33.85 i
>>200
誰々が主張する、主張したとかはとりあえず置いといていい?
重要なのは...純粋過去、過去も現在に劣らず実在性をもつ。ここだ。
過去≒現在→未来。ただし、現在だけが未来に変わるって解釈?
それってさ、過去から未来は測地線のように最短ルートがあるけど、今(観測者)が障害物になり見えるルートが変わる。(変わっているように見える)
んで、今も過去と同じように未来方向へと変わっていくから今がある限り、変わり続ける(またはそのように見える)が、過去から未来への測地線は無くなりはしない。
…みたいな感じであってる?
206:考える名無しさん
12/05/25 23:51:38.05 0
過去に実在性があるなら現在から過去への干渉が可能ということだな
207:考える名無しさん
12/05/25 23:55:49.71 0
凍ったマンモスが発見されて解凍したら生き返った
このマンモスは過去 現在 それとも過去から時間すっ飛ばしてるから未来を生きてるの?
208:あらわれ
12/05/26 00:15:10.12 0
>>203
これ=一匹の龍
のことです。
203氏に内在している龍に聞いてください。
203では疑問になっている文は二三の文で提供されています。
その反対は疑問になっていない、理解している、分かっている、関心のない事柄は無数に普通の心持ちで抱えています。
その差が何故何処からどうして出てきたのかは、わたしの心ではなく、203氏が持っている心から出たものです。
多分自分の疑問をたぶらかしている、理解していない、目茶苦茶言っている、出来ないのに、というような心持ちがあると思います。
でも、他人様の心持ちをどうしろというのですか。
それでも納得は出来ないのが普通です。その普通のままでいいのじゃないですか。
209:考える名無しさん
12/05/26 00:28:40.43 0
>>208
「例えば」どんな疑問が消失するんですか?
210:考える名無しさん
12/05/26 00:32:09.23 i
>>207
凍ったマンモスを発見した。つまり発見するより前もマンモスは凍っていた。
凍った瞬間のマンモス(過去のはじまり?)は凍り続ける。(過去→未来)
その後、凍ったマンモスを人間が発見した(今が介入)、もしくは周りの気温が上がりはじめた(今が介入)。
凍ったマンモスは解凍され息を吹き返した。(介入した今が未来を変化させた。もしくはそのように見える。)
なんでこのマンモスは凍っていたんだろう?(今から見た過去)
仮に、凍ったマンモスにとって何の変化がなかったら、マンモスは凍り続けるだろう。(過去→今?)
ところどころ間違ってそうだが、たぶんこんな感じでは?
211:考える名無しさん
12/05/26 00:56:10.72 0
過去→今がわかりません、、orz
今とされる事柄は過去から見たら未来じゃないんでしょうか?
212:考える名無しさん
12/05/26 01:00:58.26 i
>>209
一匹の龍とはおそらく…
龍とは想像上の生き物で誰もみた事がないものだが、この世に一匹だけいるとする。
それをみた事がない99%の人はきっとこんな大きさとか、色はこんな感じだと言うだろう。しかし、一度龍を見た1%(本当に)の人はその正体を知っている。だから、龍に対して疑問を抱かない。
それをありのままに1%の人が伝えても99%のみた事がない人はおそらく、俺の龍はお前の龍とは違う。お前は嘘を言ってる。その龍には逆鱗があったか?などと言い続けるだろう…みたいな事を言いたいんじゃないかな?
213:考える名無しさん
12/05/26 01:09:34.83 0
じゃあ1%(本当)の人は証拠出すか黙ってるしかないですね
だって本当かどうか証明できなければそれは本当とは言わないですから
214:あらわれ
12/05/26 01:15:16.25 0
>>202 「生き返ったマンモス」、今このようなどこからか得られた表現があります。
今の時点を「」内として。
過去(冷凍中)--「土中のマンモス」--未来(解凍か生き返るか死ぬか子を生むかひ孫ができるか未定)
過去(土中)--「解凍中のマンモス」--未来(生きるか死ぬか子を生むか未定)
過去(解凍中)--「生き返ったマンモス」--未来(子を生むかひ孫ができるか未定)
今ある表現(現象)を立てると過去が勝手に侵入してくるのです。その過去は全く恣意的です。 >>206
ですので「過去は、現在に劣らず実在性をもつ>> 200」のではなく、選択された説明可能な内容を持つだけです。
その内容を名付けて、現在の表現と併置するので、それが実在化されてきます。
そうすると、実在化したものが現在の表現を浸食し始めるのです。
こうして今の「生き返ったマンモス」に過去のマンモスが乗り移ります。
そこで視点を移し土中のマンモスにして、得られた内容を実在化すると、未来を生きているとか子が生まれるとかになります。
表現されたこと(現象)とその表現に至らない内容とは別の次元にあります。
215:考える名無しさん
12/05/26 01:18:12.31 0
普通の感覚だとそうだよな
ここには与太にもクソ真面目に付き合ってあげる阿呆が多いみたいだが
それを学問に対する真摯な姿勢とでも勘違いしてるんだろうかねぇ?
個人的には与太を吹聴する人間よりも相手するクソ真面目の方が迷惑な存在だと思うが
216:考える名無しさん
12/05/26 01:21:54.06 0
おいおいそれが2chの醍醐味だろ
(吹聴する側も、それに付き合う側も)リアルじゃみっともなくて出来ないからここでやるんだよ
217:考える名無しさん
12/05/26 01:22:37.11 0
214さん 過去→今だとどんな表現に成りますか?
218:考える名無しさん
12/05/26 01:32:00.79 i
>>211
私も解答待ちだから正解かどうかはわからないんだ。
だけど、過去→今への流れは人間が感じる事の出来ない流れだと思うから、
思考の中だけの時間という感じだと思う。
もしも◯◯だったら~◯◯だろう。的な。
凍っていたマンモス(過去)を、人間が発見した。(今)
もしも凍ったマンモス(過去)を発見していなかったら、あのまま凍り続けるだろう。(未来っぽいが、発見した今がありきなので今とも言える。)
219:考える名無しさん
12/05/26 01:35:19.17 0
>>216
そういうのはより適切な板でやればいいと思うよ
220:考える名無しさん
12/05/26 01:38:59.94 0
今の定義って未来の選択肢(点線)から決めた1つの点で決めたその瞬間に過去と繋がって実線になるって事ですよね?
なら 過去→今 って単に 過去→未来 の内の「今」に選ばれなかった残りの可能性(未来)って事じゃないんですか?
221:考える名無しさん
12/05/26 01:41:00.43 i
>>213
賢者は多くは語らず、愚者は多弁である。
つまりはそーいう事さ。
222:考える名無しさん
12/05/26 01:44:34.55 0
賢者は理解しているから抽象化して一発回答 愚者は理解してないから全文引用か、、w
223:考える名無しさん
12/05/26 02:12:38.14 i
>>220
純粋過去と過去は別。
過去は今とほぼ同義。(記憶を遡る事によってわかる昔の出来事。広い意味での今)
純粋過去→今。
この流れは今見える世界の流れ。
わかりにくければ、星(何万年も前の光)を今この目で見る事と考えればいい。
224:考える名無しさん
12/05/26 03:20:15.48 0
>>222
本人以外には決して伝わらないポエムを抽象化とは言わん(ここは一応対話する場所)
それは頭の悪さを露呈するだけ
225:あらわれ
12/05/26 03:28:54.21 0
>> 217 > 過去→今だとどんな表現をしますか?
「ヲ-オ」です。
上記の文章で「表現を」の「を」を発言したときの、心の動きをみてください。
「表現」という言葉を一旦後に降ろして、また背負う感じを受けると思います。
この過去-今に属するものは、知識概念記憶で代表され、その発展した系列に、学術、科学、哲学等々があります。
哲学も、二チャンも落ちているものを拾う学問文化です。
>>218
表現されたこと(現象実在)とその表現に至らない内容とは別の次元にあります。
今の内容が過去にある、という関係。
マンモスが生き返ったという現象実在表現、この内容は堀りあてた知識の内容を持つが、
例えばマンモスには牙があるはマンモスの内容を説明しても、それだけがマンモスではない。
牙があるを実体化すると牙があれば何でもマンモスにしてしまうことになる。
今は過去の内容を持つって説明できるが、過去の内容が今ではない。
わたしは小学生だったが、小学生がわたしではない。
わたしは疑問をだして説明が分かったが、分かった説明がわたしではない。
226:考える名無しさん
12/05/26 03:53:47.80 0
何も物の無い、窓も無い一室の時間経過を上の例みたいに過去、今、未来で説明してくれ
227:考える名無しさん
12/05/26 04:36:37.49 0
さっきまでの勢いがパタッと止まったな
228:考える名無しさん
12/05/26 04:48:10.49 0
時間は物がないと計れない それは時間が物の変化を表す様だから
振り子だろうが経年変化だろうがなんだろうが変化の値を計ってる
つまり時間とは物体の変差なんだよ まとめてあげましたよー♪
229:あらわれ
12/05/26 05:17:51.77 0
>>226 : 何も物の無い、窓も無い一室の時間経過を上の例みたいに過去、今、未来で説明してくれ
締め切った空気の流れも無い電気も無い部屋で。
既に226氏なりの設定があるはずです。こちら側はそれが分かりません。
>>171 >>97 参照。
1-五感感覚次元でいる場合。
窓のない狭い部屋なら次第に暑くなり汗をかき、呼吸の変化があります。
その他五感の一つ一つに対応した感覚上の時間変化を得ます。
五感の始めはどれが何処からどのように等の始めは予測できないので、感じられるまでは始まりません。
ですので終わりも分かりません。
つまり時間経過の自覚はありません。今-今であったときの感じがあるだけです。
五感継続の時間経過ですが、ここでは、記憶の介在は無いので、経過の意識は次の段階のことです。
五感を感じている今-今だけがあるので、過去も未来もありません。
2-そこで、壁に何があるのかとかの、五感から発生した疑問などが出てきます。
疑問が疑問を呼び、問いなどが自立して記憶概念だけから成る問いなども出てきます。
さっきは床が冷たかったけれど暖かくなってきた、どれだけ座っているだろうかと、
感覚的な時間の長さでなく、概念的な時間がでてきます。
しかしここでも何故どのように自分は疑問を持ったのかと知ることはできますが、
そのような疑問がいつ出てくるのか自覚はできていません。ですので時間の自覚の始めはありません。
あるのは、疑問が出てきたときからです。ところがそれがどのように解決され納得して消えていくのか、
分かったときに分かるというだけて、時間経過については無自覚です。
知識の辿れる、変化の知覚を比較できる過去の範囲内で過去の始めを設定できますが、
未来の事を考えたり推論推理しているようですが、今後ことは過去知識の整理された延長を投影するだけのことで、
未来にとどきません。過去-今止まりです。
230:あらわれ
12/05/26 05:19:39.36 0
3-ついで、暗黒の中で何かと合体する感覚を得たとします。
五感ではなく、知的に分かったということでもなく、わたしは暗黒の主であるというような感情です。
この場合にはその人の考える世界の始まりと同じ始めのときに暗黒主であるという時間が始まります。
ここにおいて始めて世界いる自分は世界と同じ流れにいるという時間感覚を持ちます。
時間経過の始まりはその人の世界の始まりと同じです。
ここでは自分の持つ五感感覚も知識理性も感情(五感ではない)に溶け込まれていきます。
全体的に1-2-の次元も矛盾なく自分のものとなっています。
いわば今-全体の関係ですが、自分の生まれ、時間経過の始めは分かりますが、それがいつどこまで行くのか知りません。
漠然とした未来、希望、目標、努力達成相手としての未来があります。
4-ここにおいて始めて自覚的な時間経過の始めと終わりを得ます。 略。
--------------------
通常は1-2-の組み合わせで、五感感覚上の欲望の記憶とか経験概念の記憶とかが、それぞれの条件に応じて按配されるだけです。
時間経過というのはその範囲内での気づき自覚した範囲内のもので、生きている自分の心の自覚を、
記憶された自覚と取り違えていきます。
231:考える名無しさん
12/05/26 10:31:23.51 i
>>226
なんの物もなく、窓もない部屋にいる。(今) その部屋に今いるなら少なくても認識するその前からいた。(今-過去) この部屋は変化が少なく、というか感じにくいからこの部屋は暗いままだろう。(過去-未来)
が、壁や床に接する事で壁や床を感じる。(純粋過去-今) 壁や床を壊せて別の場所へ行ける(今の介入)、もしくは誰かがその部屋から出してくれる(今の介入)。
それがないのならやはり暗い部屋に居続けるだろう。(今-未来)
232:考える名無しさん
12/05/26 10:47:21.20 0
人間にとっての時間とはようするに「記憶の差異」のことでしょう
「記憶する能力」を失った人間には時間の感覚が無くなってしまうということが報告されています
けっきょく「時間≒記憶の差異」といってもいいかもしれませんね
もちろんほかの言い方もあるでしょうけれども
233:考える名無しさん
12/05/26 11:38:57.18 0
概ね2、3行でまとまりましたね^^
何も無い部屋みたいな極端な例を出して考えてみると本質が鮮明に見えてきますね
234:考える名無しさん
12/05/26 12:10:03.52 0
あらわれさんの論は結局 今から得られる過去の情報であり 今が無ければ過去の情報は得られない
よって 過去→今 において使われる情報はすべて 今→過去から得られている
これは哲学者が考えた引っ掛けのロジックで遊びみたいなものですよ なんとなくそうなのかもって思わせたら作者の勝ちってこと
235:つくだに
12/05/26 12:54:21.03 0
純粋過去って差異と反復だね?読んだけど忘れてるなあ。
体験していないのに所有している時間枠ってなんじゃねんという。
だれか説明よろ~。
236:考える名無しさん
12/05/26 15:04:35.31 0
差異と反復の純粋過去読むくらいなら唯識の阿頼耶識読む方が数倍ためになるなぁ。
体験していないのに所有している時間枠?誰がそんなの信じるかっつーーのw
237:考える名無しさん
12/05/26 18:48:44.97 0
宗教板でやれ
238:あらわれ
12/05/26 19:56:33.20 0
>>235 >体験していないのに所有している時間枠ってなんじゃねん(12:54:21)
こんなのはどうですか。
235の文章は12:54:21に書き込まれ、画面上の実在現象と成りました。
その直前も二分前も三分前にも現象となっていません。
無いものが出てきたことじゃないですか。
文章の構成要素はどれをとっても235氏が既に所有しています。
現象以前に物凄い量の知識概念等を所有しているし、それに要した時間や世界や宇宙を所有しているのではないですか。
現象となった文章はそれらを内容としているではないですか。
(参照。内容がある⇒内容が名付けられる⇒表現(現象)となって実在する⇒客観世界として固定化する)
239:考える名無しさん
12/05/26 20:30:12.95 0
その時間って計ることができない想像上の時間の流れって事でしょ
それが在るって言うのはいいけど何の役に立つのかが解からん
単に想像できるでしょってだけでしかない「推測上の時間経過」に有用性が在るのか?
240:考える名無しさん
12/05/26 20:33:58.60 0
そこに文章がある→きっと人間が書いたのだろう、この言語表現、知識を得るためにその人は数年、文明としては数百年掛かったであろう
これが何の役に立つんだろうか?
241:考える名無しさん
12/05/26 20:38:17.79 0
それどころか間違ってる場合も多いって事の方が問題
たまたまネジっぽいものが一億年前から在ったとしてもネジは~文明の時に発明されたからその分の時間が在るって勘違いも通る
242:考える名無しさん
12/05/26 20:46:01.32 0
結構前に考古学学者が遺跡にまったく別の出土品を一回自分で埋めてから掘り出したってやつがそれ利用した事例か、、
その出土品は真新しい物だけど質形は遺跡の時代っぽいからそっから出てきたからみんな時間経過があると思っちゃったw