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金嬉老事件が改めて注目されている。
在日同胞2世である故クォン・ヒロさんは義父の姓に従って‘キム・ヒロ’という名前を
使用していた1968年2月20日、暴力団関係者2名を射殺した後その翌日から四日間
ふじみや旅館の客など12名を人質に取って新聞やTVなどを通じて民族差別問題を
訴えた。
キム・ヒロは生涯を抗日運動に邁進して来た。記者に偽装した警察官に逮捕されて
無期懲役刑が確定したが、1999年9月日本に戻って来ないという条件で仮釈放された
あと韓国に送還されて、2010年3月26日釜山市内のある病院で世を去った。
一方、去年の言論報道によれば1968年在日同胞の故クォン・ヒロさんが民族差別に
抗議して篭城したいわゆる‘金嬉老事件’の舞台となった旅館が閉業した。
金嬉老事件当時人質として捕らえられた旅館主人の望月英子(73)さんは「観光客も
減ったし、私も歳をとってもう運営することができない」と閉業理由を説明した。旅館で
2010年2月に門を開いた‘金嬉老事件資料館’をどのようにするかは未定であることが
伝えられた。
金嬉老事件にネチズンは「金嬉老事件、切ない」「金嬉老事件、平日抗日運動に力を
尽くして来たのに不憫な死を迎えたんだな」「金嬉老事件、良い所に行かれて下さい」
などの反応を見せた。
▲イートゥデイ(2014/03/31 01:03)
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